未来人の選択   作:ホワイト・フラッグ

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悲報、書き貯めが尽きた。
原因:タイピングが遅い。


27.崩れ城

飛騨の某寺―――

 

 

江馬輝盛、塩屋秋貞、内ケ島氏理、の三人が集まって話し合っていた。

この者達の共通点は姉小路頼綱を敵と見ていること。

 

「姉小路が織田と盟を結んでしまった」

「どうにかならなかったのか!?」

「そうは言うが内ケ島どの、姉小路家は飛騨統一を目標としているのだから外部の者との協力をするのは道理ですぞ!」

 

早速、内ケ島が塩屋に抗議する。

彼は、織田のうつけ姫が居城を変える際に転居を渋る家臣の家を放火した。美濃を攻める際に放火した。とにかく放火した。

という噂を聞いてすっかり織田家に怯えている。

 

「落ち着きなされ、織田家は上洛を宣言しているあたり、東へは興味がないのでは?」

 

三河の松平と同盟し背後の武田に備え、北近江の浅井家と同盟し京への道を確保していることから塩屋は楽観的に分析する。

 

「ならばこそ美濃を取って新たに隣接する西の飛騨に手を打ったのではないか!?」

「内ケ島どの、落ち着かれよ」

 

それまで黙っていた江馬輝盛が口を開く。

 

「皆の望みはなんだ? 今一度答えていただこう」

 

「知れたこと、姫武将・姫大名なんぞ認めん」

「そうだ! 女は城の奥で男の言う事を聞いておればいい」

 

塩屋・内ケ島の両名は昨今の風習で女性が御家の舵取りをするのが許せないらしい。

 

「皆の気持ちは同じだ。ならば各々が今ある立場で最大限の働きをすれば必ずや姉小路頼綱を倒せる。そうであろう?」

 

輝盛の言葉に三人が頷く。

 

「ならば、いがみ合わずこれからも協力しようぞ」

 

「「「 おう! 」」」

 

その後の会議で、姉小路が連れてくる織田家の軍を様子見してから動こうという方針に決まった。

だが誰も輝盛が己の望みを言わなかったことに気付かなかった。

 

 

 

 

晃助は三百の兵を率いて飛騨に入った。

 

「もうすぐで桜洞城らしい。彦、智慧、珠之介、遅れた兵はいないか?」

「大丈夫です。皆付いて来ています」

「こちらも」

「だ、大丈夫です」

 

晃助は美濃との国境付近の牧戸城で案内役の兵と合流し桜洞城に向かった。

千早家の兵を連れているが、主命は晃助の名指しなので大将は晃助となっている。

 

「ようこそ、お待ちしておりましたよカラスさん」

「直々の出迎え痛み入ります」

 

桜洞城に着くと頼綱が迎えてくれた。

頼綱が自分の家臣を紹介してくれる。

金森長近という頼隆と似た堅そうな眼鏡の少女と短く挨拶をし、その次は、

 

「久しいな」

「アンタか、上手くやっているようだな」

 

下田業兼と久しぶりに顔を合わせる。

彼は今では姉小路の主力戦力のようだ。

あの時の実光の判断は業兼にとってはいい方向に実を結んだようだが、これからの同盟の成り行きによっては敵対するかもしれない。

晃助は表面上笑って取り繕うが、警戒する。

 

「そして彼が……」

 

頼綱の紹介が業兼の隣にいる目つきの悪い少年に移る。

 

「新夜海斗、貴方たちから黒犬って呼ばれているけど、本人は嫌っているから気を付けてね」

「ヨウコソ、オイデクダサイマシター」

 

棒読みのやる気の無い歓迎を受けた。

少年は腕を頭の後ろに組んでそっぽを向いている。

 

「コラ、海斗! ちゃんと挨拶しなさい! 失礼でしょ」

「じゃあ、これ以上失礼のないように俺は引っ込むぜ」

「あっ! ちょっと!?」

 

海斗と呼ばれた少年は頼綱の静止も聞かず、踵を返す。

業兼がその背中を追いかけ、頼綱は晃助に頭を下げる。

 

「ごめんなさい。根はいい人なの」

「……気にしてません」

 

晃助は海斗の背中を見送りながら答える。

ぎこちない空気になったが、長近が「一休みしてから評定にしましょう」と気を利かせてくれた。

別室に案内され、お茶を出してもらったら小姓には下がってもらった。

晃助、頼隆、長頼、広忠の四人がそれぞれくつろぐ。

 

「よいしょ」

「う~ん、道が悪かったですね~」

(ちょ!? やばっ!?)

 

晃助が長座体前屈で足を伸ばしていると真正面で長頼が背中を反らして体を伸ばす、胸が強調され晃助は下半身に問題が発生し元の体勢に戻れなくなった。

広忠が声をかけてくれる。

 

「膝を曲げずに爪先を掴んでいる。晃助さまは体が柔らかいですね」

「あっ、ほんとだ。私は硬いんですよ。ん~~智慧、ちょっと後ろを押してください」

「しょうがないわね」

 

長頼が真似しようとするが脛あたりしか届かず、頼隆に背中を押してもらっている。

現在、晃助と長頼は向かい合っているのだ。

目の前で女の子が前屈みになればどうなるか?

 

(ちょ!? た、たたた谷間!!)

 

目の前で揺れる胸が湯帷子の襟から見えてくる。

 

「た、珠之介! 俺の背中も押せ!」

「えっ? まだ伸ばすのですか?」

 

意味もなくパニックになり晃助は苦しまぎれに広忠に命じる。

 

「お、俺は本気を出せば顔が床につくんだぜ」

「それは見たことがないですね、それでは失礼します」

 

広忠がゆっくりとだが、力強く背中を押してくれる。

晃助は顔に膝がつきそうな所でゆっくりと足を開き、少しづつ床(畳)に顔を近づける。

それを見ていた長頼が、

 

「わぁすごい、ねえ智慧、もっと押して」

「……大丈夫なの?」

「なんだか負けたくないのです!」

 

何故か対抗してきた。

 

「う、う~~~~」

「ほら、一度力抜いて」

「ふ~~」

「はい、行くわよ」

「う~~~~」

 

頼隆の指示がいいのか、ゆっくりとだが長頼も顔を畳に近づいている。

そして遂に、

 

「うっくっ、と、届いた~」

 

自力では脛までしか届かなかった長頼が顔をつけた。

同時にその大きな胸が畳に押し当てられ形が変わる。

 

(待って、これ失敗じゃね? 刺激的すぎる)

 

だが、苦しいのか少し顔を起こした。

それを見た頼隆が、

 

「いい機会よ、暫くこのままにして体を柔らかくしましょう」

「え~~~、く、苦しいよ~」

「我慢しなさい」

 

なんて言ってこの姿勢を続けさせる。

苦しさのためか、長頼が僅かな抵抗とばかりに体を揺するが、胸が右へ左へとムニムニ形を変える。

おかしい。

下半身の問題を隠そうとしたのに問題を悪化させている。

 

(そうだ! 部屋から出てしまえばいい)

「た、珠之介もういい、放してくれ」

「だめ、珠之介! そのままで!」

「!?」

 

とにかく拘束を解こうと広忠に命じたが、何故か長頼がそれを遮る。

 

「な、なんでだよ彦!?」

「晃助さま! これはどっちが先に音をあげるか勝負です!」

「お、お前の勝ちでいいよ!」

 

意味のわからない勝負に乗せられてたまらないと、晃助は降伏する。

 

「智慧? 今の晃助さまはどう思いますか?」

「大将が勝負を投げ出すなんて、あってはならないことよ。男なら最後まで勝ちを目指しなさい。珠之介も大将を敗北させてはならないわよ。晃助の運命は貴方にかかっているの」

「は、はい! お任せ下さい。晃助さまの勝利は必ず守って見せます」

 

頭の上で、当人の意見を聞き入れない賞品無しの勝負が勝手に進められる。

整理すると、長座体前屈をどれだけ耐えられるかという勝負。

対戦は長頼と晃助で行われる。

 

だが、晃助には降伏が認められず味方(?)であるはずの広忠が降伏を許さない。

……つまり、長頼が降伏するまで終われない。

 

「……」

「う~~~」

「……」

「う~~~」

 

長頼は意地を張って降伏する気配がない。

胸に関しては顔を伏せることで解決する。

だが、沈黙を見かねた頼隆が話を振る。

 

「そういえば、海斗と言う彼に随分と嫌われているわね」

「まぁ動乱の時に……!? 名前を語らせたからな……」

 

話しかけられたので思わず顔を上げると胸が視界に入る。

赤い顔をして我慢する長頼の顔もあって破壊力抜群だ。

後半を顔を伏せて話す。

 

「話すときは人の顔を見て話しなさい」

 

頼隆に叱られた。

晃助は頑張って顔を上げて会話する。

 

「気持ちはわかるけど、あの態度はねぇ……」

「恨まれるのは構わないけど……それだけじゃない気がする」

「どういう事?」

「え~と、ねぇ……」

 

 

 

 

 

海斗は馬屋で飼い葉を運んでいた。

隣で業兼が馬の体を手拭いで拭っている。

 

「一体なんだあの態度は、気に入らないのは分かるが今は味方として来てもらったのだぞ」

「分かっているよ」

 

終わったことで本人ではないが、長良川の動乱で気に入っていないとはいえ、自分のあだ名を語られたのは気分がよくない。

頭では理解しているが、自分語りをさせた張本人に会うとどうしても苛立ってしまった。

 

「反省しているのか?」

「当たり前ェだ。主君である光の顔を潰してしまった事もな……」

 

今では反省している。

あの時の行動はどう考えても褒められたものではない。

だが、

 

「どーしても、顔を見たらナンかムカついたんだよな」

「どういう理屈だ……」

 

業兼が呆れている。

そりゃそうだ。顔を見ただけでムカつくとか自分でも意味が分からない。

考えられるとしたら……。

 

その時、別々の場所にいる二人の声が重なる。

 

「え~と、ねぇ……」

「なんつーか……」

 

「「 あいつとどこかで会った気がする 」」

 

頼隆と業兼は尋ねる。

 

「捕虜変遷の時に護衛をしていたわね」

「ワシを引き取りに来た時か?」

 

その問いに二人は首を振る。

 

「どこかは覚えてないけど……」

「たぶんだけどな……」

 

「「 未来だ(で) 」」

 

未来人の心当たりにソレを聞いた者は目を剥く。

二人とも(良晴も)この世界に来てから時間も経ち馴染んできたが、本来とは別の場所からやって来たのだ。

お互いが元の世界に帰る手がかりかもしれない。

だが、

 

「気のせいかもしれないし、今は織田の将と姉小路の将として接するよ」

「ま、勘違いかもしれねェから、適当に振る舞うさ」

 

二人はお互いの関係をそのように判断した。

しばらくして姉小路の小姓が呼びに来て評定となった。

 

そこで晃助は飛騨の状況を聞かされた。

今までは国司の名のもとに豪族達を説得し、それが失敗したら戦をするという流れで、姉小路家は勢力を大きくしていったが、江馬・塩屋・内ケ島の三家が連合を組んで対抗しているため統一まであと一歩というところで足踏みしている。

長近が補足する。

 

「表だって動きはありませんが、この連合の盟主は江馬輝盛のようです」

 

理由としては、姉小路に敵対する共通点はあるが、塩屋は温厚で日和見な性格をしていて、内ケ島は臆病な性格をしているが、江馬は派手な動きを見せない狡猾な性格だと長近は言う。

 

「あくまでも私の主観ですが」

「捌の考えは間違ってはいないんじゃない?」

「では、江馬を説き伏せればなんとかなるかもしれないと……」

「調略に行くのですね?」

「ええ、しかし武田のことが気になります。上杉と睨み合っているようですがどう動くか……」

 

上洛を狙う織田家としても武田のことは気がかりであった。

 

「それならば、戦に出るときに私は残って武田を牽制します。補佐は長近、連合に挑むのは下田・新夜の二将と千早軍で、……援軍の貴方たちに任せてしまうのは申し訳ありませんが」

「いいえ、背中を預かっていただければ結構です。しかし、大丈夫ですか?」

 

主力となる下田・新夜の二名を連合の戦に派遣して武田の抑えは大丈夫かと?

 

「こちらには雑賀の傭兵がいます。鉄砲の音に武田の騎馬隊は慣れていないでしょうから心配ありません」

「そうですか、雑賀の……それなら安心ですな」

 

長篠の戦いで武田の騎馬隊を葬った鉄砲のスペシャリストなら騎馬隊を止めてくれるだろう。

大方の方針が定まったので評定はお開きになった。

 

 

 

翌日、晃助は評定で話した策を実行するため江馬家の高原諏訪城(たかはらすわじょう)を訪れた。

少し待たされたが、会談が叶った。

 

「ククク……、お待たせしました」

「貴方が江馬輝盛か?」

「いかにも、織田家の白カラス殿がこの様な田舎に何の御用で?」

「……織田家はこれから今川義元を擁立して幕府を開く。その織田家に同盟という形で下った姉小路家には正式ではないが飛騨守護に準ずる権威がある。それに従わぬ者は織田家に従わぬも同然。あなた方はご自身の立場をよく考えているのか?」

 

大義名分の無い戦は民も大名も非難する対象だ。

姉小路家は朝廷から飛騨国司、未発足だが今川幕府ひいては織田家から飛騨守護という飛騨を治める為の大義名分がある。

今までは形の無い権威だけの朝廷から許された国司しか持っていなかった。

だから豪族たちはまだ姉小路家を見縊ることができた。

しかし今は織田家が隣にいる。

最近になって尾張をまとめ、大国・今川家を撃退し、美濃を独力で制した織田家がいる。

それでも姉小路家に従わないのか? と聞いている。

 

「天下と貴家のためを思って言っている。降ってくれないか?」

「フフ……確かに飛ぶ鳥を落とす勢いの織田家に攻められては我らは終わりですな。しかし、飛騨の隣は信濃ですぞ、武田が黙ってはいない」

 

輝盛の言う通り、北信濃は川中島で上杉と睨み合っているが、南信濃は武田の支配下だ。

武田信玄がその気になれば飛騨に兵を入れてくるだろう。

 

「武田が出てくる前にあなた方は滅ぶ」

「どのようにかな?」

 

どうせハッタリだろうと輝盛は高を括る。

できるモノならやってみろと言わんばかりに。

 

「まず我らの三百の先遣隊が、次におよそ五千の本隊が、それでもだめなら三河の松平家の一万が順次投入される。いや、もしかしたら本隊は一万になるかもしれない。そうなれば最終的に二万三百の援軍、それに加え姉小路の五千がいるからあなた方は二万五千三百に攻められる」

「それ程の兵が集まるのですか?」

 

輝盛はあり得ないとばかり笑う。

晃助も笑うがその目は真剣だった。

 

「織田の姫さんはこの上洛に五万の兵を動員します」

「五万!?」

 

小さな飛騨の戦ではあり得ない数字に輝盛は腰を浮かす。

 

「桶狭間の戦いの後に松平と同盟し、先日は浅井家に妹のお市様を輿入れしております」

 

そう、美濃攻略の際に婚姻同盟によって織田家を乗っ取り、美濃・尾張を手にしようとした浅井長政だが、織田家が独力で美濃を攻略したので逆に攻められる心配が生じた。

幸いにも長政と信奈は互いに天下への野望・夢があったので、信奈の妹であるお市姫を長政の元に嫁がせて同盟した。

北近江の浅井家と同盟したことにより東山道の上洛ルートが確保され、浅井の援軍を受けることができるようになった。

 

「その為、飛騨征伐など路傍の小石を拾うも同然です」

「だ、だが……それ程の兵を飛騨に入れてしまえば武田も黙っていない」

「武田対策はあなた方が滅んだ後に講じるので、どうぞご安心されよ」

 

輝盛が少し焦って話すが、晃助は冷たく払う。

だが、彼の言う通り大軍を動かせば武田を刺激する。

だから自分の三百が派遣されたのだ。

輝盛は暫く考え込み、黒い笑みを浮かべて提案した。

 

「腹が減りましたな、食事はいかがかな?」

「……頂きます」

 

二人の会話は夜まで続いた。

 

 

 

翌日、姉小路・千早軍は連合を崩す為に蜂起した内ケ島家の帰雲山城(かえりくもやまじょう)を攻めた。

 

「なんだよ……まんま山じゃねェか」

 

そう海斗の呟き通り、山深い飛騨の中でも浮島と呼ばれるほど孤立した土地なのである。

当然土地は痩せているが、防衛に関しては鉄壁を誇っている。

 

「陣立てでは姉小路が先鋒ですご武運を」

「チッ、無茶だろ……」

 

長近が出陣の伝令を出してきたが、攻める気が起きない。

喧嘩で坂や階段など高所に位置取りした者は有利である。

高い位置から石やガラス片を投げれば容易に届くが、低い位置から物を投げると重力の問題などで届かなかったり威力が落ちたりする。

目の前ではそれが再現されている。

 

「うがっ!?」

「矢が……雨のようにっ!」

「こちらの矢が届かん!」

「ええい、押し出せ!」

 

頭上から降り注ぐ矢の雨に兵が怯み進軍がままならない。

そんな中で勇気ある将が配下の部隊に盾を構えさせて坂を進む。

 

「怯むな! 接近すればこちらのものだ!」

 

盾に次々矢が刺さり端の方が割れてしまいその陰にいた兵が矢を受け、隊が混乱する。

盾の中心に集中的に矢を受け、盾を持つ兵が絶命し足が止まるなどして決死隊の命がけの進軍が止まってしまう。

そこへ、

 

「あぐぁぁ!」

「うわぁ! うわぁ!」

「足がっ! 足がっーーー!」

 

坂の上から大きな石・岩が落ちてきて兵たちを潰す。

辛うじて生き残った者もいたが、盾を潰され、足を潰され、身を守ることも逃げ出すこともできずにハリネズミにされていく。

 

「クッソ、どうすりゃいい!?」

 

海斗は石突きを地面に叩き付けて悔しがる。

そんな時に背後から鬨の声が揚がる。

 

「おい! 何が起きた!?」

「江馬・塩屋の軍勢が攻め寄せてきます!」

「あのクソ共が!」

 

振り返ってみれば、三、四千程の軍が姉小路軍の背後に迫っている。

殿は頼綱の弟・鍋山顕綱だ。

あの軟弱者が支えられるわけがない。

海斗は業兼の隊に馬を走らせる。

 

「おい! 後ろの状況は知ってるか!?」

「無論だ! 援軍に走りたいのか?」

「あのボウズじゃ支えられねぇ! 俺が行く!」

 

業兼も顕綱の実力を知っている。

あの凡将の五百程の兵では一瞬ですり潰される。

それを弁えているからこそ海斗の後方行きを頷こうとしたが、

 

「うむ、わかっ……!? ならん! 前からも来るぞ!」

「なぁ!?」

 

連合の味方が援軍に来たと知り内ケ島が打って出て来たのだ。

坂を駆け下りるその勢いに姉小路の兵は敗走する。

 

「行かせるかよぉ!」

 

矢合戦ではなく槍の打ち合いならばと海斗は前に出る。

 

「退くな! 海斗殿の勇気に倣え!」

 

業兼も槍を振って兵を鼓舞し黒い背中を追った。

それでも後ろが気になり振り返ると、千早軍が動いたのが見えた。

 

(頼むぞ織田のカラスっ)

 

 

 

 

 

「盾を構えろ! 弓隊は整列!」

 

背後から来た江馬・塩屋に備える為に晃助は兵に指示を出す。

 

「弓隊揃いました!」

「晃助さま! 騎馬隊は如何します?」

「珠之介は敵が斉射してきたらお前の判断で斉射しろ。練習だ! 彦は待機しろ! 数に勝る敵が矢合戦してくれるならそれで時間を稼げ!」

 

晃助は弓隊を率いる広忠、騎馬隊を率いる長頼にそれぞれ指示を出す。

その指示に頼隆が異を唱える。

 

「専制攻撃を仕掛けるべきじゃないの!? 敵の勢いを殺さないとジリジリと追いつめられるわよ!」

 

頼隆の意見は正しいが、

 

「……援軍の大将は俺だ。相手の敵意を確かめてから戦う」

「そんなのって!? 貴方は味方が倒されてから戦うの!?」

「そう言う訳だが……奴らは織田とはまだ戦をしていない。同盟相手である姉小路と戦う以上は既に大義はある……が、直接的な大義が欲しい」

 

頼隆がなおも抗議しようとするが、晃助は敵に采配を向ける。

 

「よく見ろよ。奴ら、射かけてこないぞ」

「は……なんで?」

 

頼隆のみならず、千早軍の将兵が訝しんでいる。

矢が届く距離で停止しながらも、弓を引き絞るどころか、前進も後退もしない。

江馬・塩屋の連合軍はなにもしないのだ。

後方の千早・姉小路軍は事に戸惑っているが、それが前線――内ケ島家――にも伝わった。

 

 

 

 

 

「どういうことだ!? 江馬殿は助けに来たのではないのか!?」

 

内ケ島氏理は城の中で扇子を床に叩き付ける。

深夜に届いた手紙では、敵が攻めて来たら篭城し援軍が到着したら城から打って出る手筈であった。

それが、両家とも動かない。

これでは城の守りから飛び出した家臣たちが、討ち取られるだけだ。

現に、

 

「オラァッ!」

「ふん!」

 

「うわぁー」

「黒犬だ! 敵うわけねえ!」

「逃げろー」

 

最初こそは姉小路を追い散らしていた家臣が、黒犬・海斗と業兼によって返り討ちにあっている。

 

「怯むな! 一斉に掛かれば討ち取れる!」

 

三十人程の隊が黒犬を扇状に包囲しつつあった。

いける! 内ケ島はそう思い拳を握る。

 

三つの槍が突き出されるが海斗は馬上から飛んで避ける。

槍は誰もいない鞍を掠めるだけでその槍の持ち主は黒い影が頭上を横切ると倒れる。

飛び越す間に三度突きを放ち、別々の首に同じ穴を開けた。

これで三人死ぬ。

着地した瞬間に周囲から槍が突き出されるが、海斗は槍の中ほどを両手で持つと右手を上に、左手を下に振る。

槍は『/』の形に動き、突き出される右の槍を上に弾き、左の槍を地面に叩き付ける。

攻撃を弾くと海斗は右の敵との距離を縮め、その敵の腰に差している刀を抜きとり持ち主の首に突き入れる。

地面に槍を叩き付けられた敵は強引に槍を持ち上げて突こうとするが、海斗は首から血を吹く者の槍を奪うとそれで突き出される槍を弾き、自らの槍で敵の腹を刺してその動きを永遠に止める。

追加で二人死ぬ。

 

あとは二槍の戦いだった。

一本突き出されたらそれが届くより早く左手の自らの槍で刺し。

二本以上突き出されたら右の奪った槍で払い、脅威を無くしてから左手を突き出す。

囲まれそうになったら後退し、背中をとらせない。

時折奪った槍を投げて、連携を崩してから自らの槍を短く持って乱戦する。

 

それだけで三十人いた兵が死んでいく様を内ケ島は顔を青くして見ているしかなかった。

 

「ありえん……こんなことがあってたまるものか!?」

 

訓練が不十分な足軽でも三十人いたのだ。

一人が殺されている隙に二・三人が槍を突きだすくらいの動きはしている。

それが、

 

弾いて殺す、

弾いて殺す、

避けて殺す、

攻撃される前に殺す、

弾いて殺す。

 

まるで意味がない。

決定打がない。

内ケ島の兵は屍となって城の登り口を埋めていく。

 

高所から矢を射かける兵士は敵がよく見えて狙いやすいから今まで落ち着いて弦を引いていたが、味方に当たることを恐れて射撃を止めていた。

だが、眼下で仲間が次々死んでいく様を見て竦み上がり援護どころではなかった。

正面を切り込む海斗と、突出した兵を応対した業兼とその配下によって遂に打って出た兵があらかた全滅した。

こちらに進もうとしている海斗の様子を見て内ケ島は、

 

「なにをしておる!? 矢を射かけよ!」

 

呆けている弓兵の顔をはたきながら命じる。

 

「鉄砲はっ……鉄砲はどうした!? 持ってこい! あれがあれば……」

 

内ケ島は狂乱しながら、虎の子の鉄砲を持ち出そうとした。

高価な鉄砲だが内ケ島家は豊富な金山を有し、それらを買い集めることができた。

 

「こちらです」

「なんじゃこの暗さは!? 明かりを持てい!」

 

家臣の案内で薄暗い武器庫に蝋燭を持って入って行く内ケ島だが、彼は落ち着くべきだった。

鉄砲の保管と同時に火薬を保管する場所なのだ。

動揺して手先が震える彼は蝋燭を取り落してしまった。

火薬の上に……。

 

 

 

天が震えたかと思うような轟音が鳴り響いた。

城が吹き飛び、山の一部では土砂崩れが起きた。

城に篭っていた者は皆、爆死あるいは城の崩落によって圧死した。

これにより対内ケ島征伐はあっけなく終わった。

 

 

 

桜洞城――――

 

 

 

「これより江馬家は姉小路家に従いまする」

「塩屋家も同じく従いまする」

 

評定の間にて江馬輝盛・塩屋秋貞が姉小路頼綱に向かって平伏する。

上座に座る頼綱は満面の笑顔でそれに答える。

 

「内ケ島討伐に力を貸してくれてありがとう。これから織田家の上洛を助けるけど付いて来てくれる?」

「ククク……勿論ですとも、これからは頼綱様と共に何処へなりとも」

「お、お供いたします」

 

江馬・塩屋の二名は内ケ島討伐の際に姉小路を攻撃しなかった。

形式上ではあるが二人は姉小路に加勢したことになり、また本人たちが服従を申し出て来たので頼綱は受け入れた。

他の大名では斬ったかもしれないが、降伏すれば許すという姿勢でいる頼綱はそれをしなかった。

代わりに上洛の際に大いに働いてもらうという条件は付けた。

また岩谷家の遺産分配では横から口を挟んで来た彼らだが、今回は内ケ島の領地・金山の所有権を姉小路に全てゆだねた。

なんでも、自分たちは参戦しようとしたのにも関わらず直接矢玉の応酬をしたわけではない。

それなのに領地云々に口を挟むのはおこがましいと、

結果、金山の運営は全て姉小路家が担うことになった。

 

評定が終わり帰り際に輝盛は晃助に声をかけられた。

 

「カラス殿、上手くいきましたな」

「それは良うございましたな、それとカラスは止めて頂きたい」

「ククク……時折、狐と呼ばれる私を驚かせた貴方は狸と言えましょうが、せっかく通り名があるならそちらの方がよろしいかと思いましてな、なにより姉小路家中では貴方はカラスの名で通っておりますぞ」

 

晃助は溜息をつく。

実は今回の内ケ島討伐並びに、江馬・塩屋の参戦は晃助が提案したのだ。

自分にとって面倒事な今回の援軍を早く終わらせるには殲滅ではなく調略がよいと。

 

三人を取り込めば一番早いが、三人は既に姉小路に対抗するために連合したのだ。

それを大した理由もなく従属させるのは対面が悪かった。

そこで、連合の盟主である輝盛に「どっちか殺そうぜ」と提案した。

輝盛は厄介な堅城と手見上げになる豊富な金山資源を持つ内ケ島を選んだ。

後は簡単だ。

輝盛の手紙で内ケ島は単独で蜂起。

それを討伐するために姉小路軍が動く。

そこに意見の反発など適当な理由をでっち上げ参戦する。

これで江馬・塩屋の二人は許される。

 

だが、晃助の予想外は内ケ島が自爆したことだ。

頼みの援軍であった輝盛が敵対することから士気の低下した内ケ島は数日で降伏するだろう、斬首あるいは隠居させればいいかなと考えていたが、火薬が引火して一日で全てが終わったことに拍子抜けした。

そこに頼綱の弟、顕綱が見送りに来た。

 

「おお、江馬どのカラスどの、お帰りですか?」

「ええ、これから上洛戦の戦支度がありますので」

「同じく、織田の姫さんは人使いが荒いので」

「それは残念、では落ち着きましたら茶会でもしましょう」

「ククク……それは楽しみでございますな、カラスどのもいかがですか?」

「……俺は茶が苦手なのでご遠慮します」

「それは残念」

 

覇気が無いが姉に似てよく笑う男だ、それが晃助が顕綱に抱いた感想だった。

茶会を誘うあたりお気楽な性格なのだろうか?

 

「お二人共これからはよろしく頼みますぞ」

「ええ、こちらこそ、これからもよろしくお願いします」

「同盟相手の陪臣ですがよろしくお願いします」

 

何故だろう晃助はこの二人の会話に違和感を感じた。

いや、不気味と言った方がいいか、よくわからないが茶会を断ったのは吉と出るか凶と出るか、今この時はわからない。

 

 

 

 

「今回の戦はすんなりといきましたね」

 

長近が頼綱に話しかける。

 

「そうね、たったの一日で、しかも二刻(四時間)程度で終わるなんて」

 

流石に二人は今回の戦に疑念があった。

連合の一角である内ケ島が倒れ、残りの二人が膝を屈した。

更には内ケ島の金山を獲得する。

こちらの損害は軽微。

話が良すぎるくらいだ。

 

「捌、カラスさんの様子はどうだった?」

「あまり変わりはありませんでしが、塩屋どのがカラスさんをチラチラ見ていました」

「……そう、長良川に続きどんな絵図を描いたのでしょうね」

 

二人は長良川の事からどうしても晃助を信用できないでいた。

前回のことは証拠が無いので深く追求できないが。

 

「でも、これからは味方だから……」

「わかりませんよ、なにか危機が訪れた時にあの男は自分の保身のために味方を切り捨てるやもしれません。油断はできません」

「じゃあ、捌は彼を注意していてちょうだい。私は信奈さまを見ているから」

「承知しました」

 

姉小路による飛騨統一は一先ず成った。

だが、これから中央に乗り出そうとする織田家との付き合いがある。

慎重にしなければどう転ぶかわかったモノではないからだ。

こうして姉小路家は激動に身を投じることになった。

 

 




ちょっと駆け足ぎみでしたが、飛騨統一です。
内ケ島の最後は史実を参考しました。

次回はちゃんと上洛します。

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