最後に出てくる奴らは一応オリキャラです。
それは夕方、いや、もう夜と言ってもいい頃合いであった。
良晴が半兵衛の出仕に同伴している間、晃助は義龍のせいで冷や飯を食うはめになっている商人たち会って回っていた。
用件は竹山城に物資を格安で入れてくれることを感謝するためと、義龍の膝元である井ノ口の町で妨害もとい、嫌がらせができないかと会合し、策を練っていた。
ああでもない、こうでもないと話している内に会合が長引いてしまった。
晃助の会合も長引いたが、いくらなんでも良晴が遅すぎる。
そこで晃助は稲葉山城に櫻井を派遣したのだが、
「なんだって?」
「相良さまにお話を伺ったところ竹中さまが稲葉山城を乗っ取りましたが放棄し墨俣に向かうと申しました」
意味がわからない。
確かに竹中半兵衛が稲葉山城を乗っ取るイベントはゲームであるが、それを利用して乗っ取ったのならばそのまま自分の物にしてしまえばいいじゃないか?
そうすれば、良晴は勲功第一で出世ができるのに。
「えと、理由は聞いているか?」
「申し訳ありません。相良さまはとても急いでいらして、長良川を筏で下り墨俣に向かいました。それで事態の報告を優先しました」
「そうか、とにかく合流しよう。長良川まで行くぞ」
晃助は櫻井とその配下と共に長良川まで向かった。
墨俣―――――
長良川の中州にあたるこの地で晃助は良晴と合流した。
「良晴! 一体何があった?」
「晃助か、すまん知らせる余裕もなくて」
「そんな事はいい、出仕はどうなった? どうしてここに来た?」
良晴によると城の門を潜ろうとした際、
彼の理由は分からないが、[美少女×犬のおしっこ]の組み合わせで興奮した斎藤家の重臣たちが、露璃魂を爆発させた。
それに対し自分が苛めれれていると感じた半兵衛が十四体の式神を召還し斎藤家の重臣たち(当主義龍を含む)城から追い出してしまった。
斎藤飛騨守はそのまま逐電した。
こうして竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取りイベントが起きた。
だが、浅井長政がその稲葉山城と半兵衛を籠絡しようとしたが、良晴が妨害。
半兵衛は濡れ鼠になってしまいお風呂に入ったが、微熱を出して伏せってしまった。
その間良晴は犬千代に除き防止のために気絶させられたそうだ。
半兵衛が風呂、良晴が眠っている内に長政は半兵衛の叔父、安藤伊賀守を誘拐。
叔父を返してほしくばここ墨俣に来いとのこと。
晃助は良晴の後ろに隠れている小さな影を見て聞いた。
「それでこの子が?」
「ああ、半兵衛ちゃんだ」
「くすん、千早晃助さんですか? 怖いです」
「どこが!?」
「白い格好で幽霊みたいです。それにお城を守る為とはいえ民の生活を支える森を焼きました。 ……くすん」
子栗鼠のように良晴の背中に隠れながら少しだけ顔を出して半兵衛が言う。
「あれは……仕方がなかったんだ。けど、昼間に苗木を買ったから戦が終わったら植林するよ。元通りには時間かけるけどな」
晃助はやりきれなさそうに頬を掻いている。
あの火計は少し酷すぎた。
「戦後処理を考えているのですか?」
「そりゃ、戦に民を巻き込んだんだ。その損害は補償しなければならない」
聞いた話より優しい人ですと言って半兵衛は良晴の背中から出て来た。
なるほど、確かに無骨な美濃侍が露璃魂を爆発させる美少女だ。
晃助が無自覚にそんな感想をもっていると良晴が、
「でも晃助、その金はどこにあるんだ? もしかして千早家ってお金持ち?」
「それは……今はいいだろう? それより長政はどこだ?」
晃助は答えをはぐらかしたが、良晴はいないと答えてくれた。
浅井長政も安藤伊賀守もいないが代わりに、
「それで、コレか?」
「ああ、一杯喰わされたぜ」
砂浜に長政が書いた置き書きがあった。
どうやら良晴たちは長政に騙されて稲葉山城を放棄させられてしまい、義龍に城を取り戻させることになったようだ。
極めつけは安藤が人質に取られたままだということだ。
半兵衛がおらずとも稲葉山城は難攻不落、それ故に織田家は美濃攻略がままならず、長政に援軍を要請するしかない。
長政はその条件に信奈との結婚を要求するだろう。
そうやって併合した織田家と半兵衛の力で稲葉山城を攻略し浅井家は大きな力を得る。
そうなってしまえば、六角家征伐だろうと上洛だろうと容易いだろう。
だが、
「良晴、半兵衛の乗っ取りをスルーしたんだ。別の策は浮かんだか?」
「……」
「ゲームのイベントを思い出せ。それに答えがある」
「竹中半兵衛の調略の後は美濃三人衆の調略だけど、半兵衛ちゃんは織田に就くと言ってくれないしな……まだイベントが完了していないんだよ」
「よく思い出せ」
「……サルとカラスがサル語で話している」
「千早氏が話しているのではサルにかぎりゃにゃいので、
「親分が噛んだ!」
「かぎりゃにゃい!」
「どうぶちゅご!」
「そしてごじゃる!」
「「「 最高だぜ親分 」」」
「う、うるちゃいでごじゃる」
後ろで川並衆が騒いでいるが二人は話を続ける。
「そうか! ここ墨俣に一夜城を建てるんだ!」
「そうだ、あの川並衆を使ってやる秀吉の最初の武功だ」
西美濃の要地・墨俣に城を造り美濃の国人たちを動揺させ寝返らせる策。
だが、敵地のまっただなかだからこそ敵が動揺するのであって、当然妨害がある。
史実の秀吉は重臣たちが失敗する中で、一夜で城を建ててしまいその名を轟かせる。
「良晴、お前は一度尾張へ帰ってお姫さんに軍を出させろ。城に入れる後詰でもよし、城を囮にして稲葉山城を攻めるもよし、とにかく俺達だけじゃどうにもならん」
「わかった、その前に半兵衛ちゃんを本領の菩提山まで送っていくよ。織田に就かないし義龍に追っ手を出されるかもしれないから」
「お前はお人よしだな」
「いいんだよ。晃助はどうするんだ?」
晃助は木曽川の上流の森を指さした。
「あそこで町の有志と共に城の部品となる柵や櫓を作るよ」
「そして作った部品を川並衆が運ぶんだな」
「その通り、ただし、有志は町人だ。戦には手を貸して貰えないぞ」
二人は来る一大イベントを確認すると、そこで別れた。
その次の日――――
晃助は町の有志を指揮しながら森で密かに作業していた。
数の上では三十人ほどだが、その作業効率は人数の割には悪い。
まず、森に入るのも山伏や猟師に変装させても大人数で入れば怪しまれる。
時間を置いてバラバラで入り、木を切り倒す作業もなるべく音が出ないようにしていた。
同じ場所で木を切るのもマズイ。
遠くから見て違和感が出るからだ。
場所を変えながら木を切っていると自然と間伐作業のようになった。
慎重な作業のため作業は遅々として進まなかった。
そんな時に偵察に出していた櫻井が戻って来た。
「ふぅ、小さな砦を造るにしてもまだ足りんな、良晴の築城作業に響いてしまう」
「晃助さま墨俣で築城する部隊がいます」
「はあ!? 良晴の馬鹿野郎が焦って始めちまったか!? いや、それならこっちに寄ってくるはず」
「相良どのではありません、それが……」
櫻井の案内で墨俣に行くと、
「みんなー! 気合い入れろーーー! 麗しの信奈さまが浅井長政に穢される~!」
「なんだアレは?」
「柴田勝家どのです」
織田家随一の猛将が必死に采配を振るい戦っている。
晃助はそこで思い出した。
墨俣に城を建てる作業は、佐久間信盛・柴田勝家・木下藤吉郎の順番で行われた。
成功者である木下藤吉郎は織田家の名だたる猛将・重臣が失敗する中で油断する斎藤勢を嘲笑うかのようにして一夜にして城を建てたのだ。
佐久間信盛を飛ばしているが、まぁいいやと晃助は納得した。
「どうされますか?」
「は? 何を?」
「柴田勢への救援です」
「できるわけないじゃん。せっかく斎藤の目を引きつけてくれているから作業を早めるぞ」
今の晃助には兵がいないどうもしてやれない。
ならば、利用するまで。
「死ねやぁ、姫さまの操のために~!」
(なにがあったか知らないが、必死だな)
晃助は有志の元に戻り、作業を早めた。
当然、木の倒れ方が派手になったり、組み合わせの作業音が大きくなったが、斎藤勢は柴田勢に罹りきりで晃助たちの作業に気付かなかった。
二日後に斎藤勢の奇襲を受けて築城していた人足が逃げ出してしまい、柴田勢は敗走した。
その間に部品は大方揃えることができた。
そして遂に――――
日が沈みかけた頃合いで良晴が晃助のいる森に川並衆を連れてやって来た。
「すげー作ったな」
「鬼柴田殿が暴れてもらっているうちに作れた。まだ足りないから手伝ってくれ」
川並衆が来たことで人手が増え作業がはかどる。
「これだけあれば一日で美濃を落とせるな」
「ああ……は!? えっ、城を造るんだろ一晩で?」
「いいや、一日で稲葉山城を攻略する」
「なんでさ!?」
良晴は説明した。
良晴の主君、信奈が稲葉山城よりも半兵衛を選んだとか勘違いを起こし、良晴と喧嘩。
三日後に浅井長政と婚姻同盟をして稲葉山城を攻略すると宣言。
信奈は亡命してから老けこんだ斎藤道三が元気なうちに自分が後継者にふさわしいと証明してみせようと、美濃を攻めを焦っていたようだ。
「それで今日で三日めか?」
「ああ、だから今日で落として、信奈の結婚を邪魔してやるんだ」
「なんだかお互いにヤキモチ焼いてないか?」
「そそそ、そんなんじゃねえよ! あいつが桶狭間の恩賞で美少女をよこさなかった仕返しだ!」
キーキーと鳴く友人を「はいはい」と流しながら、晃助は筏の準備を手伝った。
なんにせよ速攻で城を建てなきゃ話にならないからだ。
一行は川を下り墨俣に着くと、直ちに築城を開始した。
柵を建て、櫓を組み、美濃勢の襲来に備えながら次々と組み上げていく。
部品を組むだけなので通常の築城より手早く進んだが、東の空が明るくなると墨俣の様子が敵に伝わり美濃勢が集まって来た。
「やっべえな、八千近くいるんじゃね?」
「ここが正念場だ」
城が完成しても守備兵が数百の川並衆だけではどうにもならない。
「織田の援軍は?」
「ない。ここで美濃勢を一手に引き受けている間に稲葉山城を攻略してもらう」
無茶だ。防衛線になるはずがない。
川並衆の面々は撤退を叫んでいる。
晃助が東を見ていると、五右衛門が忍者刀を抜いて敵に向かう。
「ここは拙者が食い止めるでござる! これにて御免!」
「てめえら、親分を死なせるな!」
「敵が幾万いようと親分は守れ!」
(こいつらも露璃魂か……)
五右衛門の活躍で川並衆の士気が上がった。
「待て五右衛門、俺も行く」
良晴も櫓から降りて槍を振るう。
やはり戦をしない未来人らしくその槍さばきは出鱈目だが、敵を寄せ付けないでいる。
晃助は櫓から矢を放って援護する。
一本目は良晴に槍を突けようとする敵の首に、
二本目は良晴に槍を弾かれた足軽の胸に、
三本目は雄叫びを上げる敵の口の中へ、
晃助は次々と敵を斃していく。
次の狙いはと晃助が周りを見回すと、鉄砲を構えた敵が良晴を狙っていた。
「っ!? 当たってくれ!」
弦を十分に引き絞り、腰を傾けて遠的の要領で矢を放つが、
(外れた!? まずい)
矢は鉄砲射手の手前に突き立ってしまい、射手は健在。
そして引き金が絞られ、良晴に向かって弾が飛ぶ。
逃げ上手な良晴でも鉄砲は避けられない。
「良晴!」
「え?」
良晴は死ななかった。
だが代わりに小柄な影が彼を庇いその腕の中で崩れ落ちた。
「……うにゅう」
「五右衛門!」
良晴は腕の中の家臣と二・三言、言葉を交わしたがその小さな身体を抱きながら吠えた。
自分が矢を外したばかりに友人の家臣―――女の子―――を死なせてしまった。
晃助はショックで気を逸らしたときに矢が飛んできた。
「あぐっ!?」
左肩に刺さった。
晃助は頭に衝撃を感じた。
倒れた、そう認識すると身体の内側からなにか響いているのを感じた。
実光の養子になったとき、良晴と喧嘩したとき、町で女の子に手を触れたとき。
あの感じだ。
自分の内側、
それが語り掛けてくる。
「未来に帰る方法がわからない。ならば、一先ず生きる為に立場を固めよう。自分に気を許す実光の養子に、武士になった。武士になったなら領地を治め、戦をするだろう。その立場を守る為に戦って、人を殺しているが、どんな覚悟でやっている? どんな風に生きている? 人を殺すことも殺させることも、自分や家臣・領民を守るためと理由をつけるが、本当にそれでよいのだろうか? 別に構わないけど中身がちゃんと伴っていないんだよ。時代が違うとかで
何かが頭の中でさえずる。
確かに晃助は戦のことで葛藤していたが、コイツはいきなり出てきて何を言っている?
晃助は自分の魂(仮)と話すことになった。
「お前はナンだ?」
「俺はお前の一部にされた物、そうとしか言えないな」
ふざけている。
「一体なにをしたい?」
「お前に気付いて貰いたい」
「何を?」
「俺には願いがあるが、それを叶えてもらうにはお前に願いを持ってもらわないといけないんだ。とびきり強い想いをね……」
こいつが言うのは自分の葛藤のことだろうか?
未来のゲーム等にある武将たちの華々しい話などない殺し合いを恐怖し、悦びを感じている自分が嫌いだ。
「お前は基本的に戦は否定的だろう? 殺すし死ぬし、どちらかと言えば嫌だろう?」
「そうだな」
「嫌な物は遠ざければいい、いいや無くす方が現実的だ。戦の元凶を、火種を摘めばいい」
正体がよくわからないくせに[現実的]なんて言葉を使うか、笑わせる。
「戦があるからお前はそんな苦しみを覚える。ならそれを無くそうぜ」
「戦を無くすことより俺は未来に帰りたい」
「どうやって?」
「わからない、だが探していくつもりだ」
「戦の中、もしくは終わらせた先に帰り道があるとすればどうする?」
「なんだと!?」
コイツは自分の中にいるわけのわからん存在だ。
鵜呑みにするのは安易で浅はかであるが、手がかりではある。
「……非力な俺にそんなことができるはずない」
「そうかい? でも乱世がいつまでたっても終わらないから姫武将なんて風潮が生まれて、戦乱は続いている。切りがない。女の子達は戦乱を終わらせようと各地で勢力を作り今を戦っているぞ?」
「それは……」
現代から飛ばされた自分にとってこの世界の騒乱なんて正直知ったこっちゃないが、コイツの言うことは男として不甲斐なく思っている。
有名武将が女の子なのは意味がわからないが、女の子に戦なんてさせたくない。
「そうだな、お前の好きなゲームで例えようか、[太閤立志伝説]一人の足軽から出発し、功をあげて出世し城持ち大名になる。そのまま主に仕え続けるのも良いし、謀反を起こして独り立ちしてもいい。
周辺の小国を吸収し、大国になったら大国同士でぶつかり、負けた方が吸収される。そうやって戦の規模を大きくしながら世は平和へと収束する。ほら、お前でもできるじゃないか?」
言うは易く行うは難しだ。
だが、ゲームに当てはめて考えてみれば自分や良晴の現状だ。
アイツは帰り道が見つかるまで織田家の天下統一を手伝うと言っていた。
自分もそれを手伝うと決めた。
なにも変わらないじゃないか。
「お前はなんの為に語りかけてきた? 結局やることは変わらないぞ」
「意味を持たせたいのさ、ああ、お前がやろうとしていること、ソレをすればいい。だけど、考えてほしい、
「俺は……」
生きる為? この世界に来て最初に思ったこと。
帰る為? コイツの言うことは信用できない。
家族の為? どっちの? 未来にいる両親か、
わからない。
「まぁいい、そろそろ起きないと本当に死んじまう。だけどちゃんと考えてくれよ?」
声が遠ざかっていく。
交代するかのように喧噪が晃助の意識を迎えに来た。
「……ぁ、あぐ……なにが? う? ぺっ」
砂利を食っていることに気付いた。
どうやら矢を受けてそのまま櫓から落下し地面に倒れていたようだ。
「戦は!? どうなった?」
慌てて身を起こし周りを見回すと墨俣城を守ろうとする兵が増えている。
どういうことだ?
「み、皆さん! 八卦の陣を構築します!」
「美濃三人衆筆頭、安藤伊賀守は仕方なく相良どのにお味方いたす!」
「稲葉伊予守一徹も相良どのにお味方いたす!」
「氏家卜全直元もお味方いたす!」
竹中半兵衛が指揮し裏切った美濃三人衆の兵を防御陣を構築している。
良晴に預けられていた川並衆と共に浅井家から叔父・安藤を救出することに成功し、良晴に就いたことで三人衆の残り二人も寝返って来た。
彼らは半兵衛の軍才、奪った城を返す欲の無さを高く評価していた。
残念なことに主君に恵まれないことを嘆いたが、その半兵衛が、
「義によって……いいえっ、義よりも大切なもののために良晴さんを助けます!」
という発言に、叔父の安藤は勿論。
稲葉・氏家の筋肉オヤジ達も、義理堅い半兵衛が多勢に無勢を承知でお味方する相良良晴はよほどの器量人。
そう判断し良晴に加勢した。
「半兵衛ちゃん、ありがてえ! でも、五右衛門と晃助が……」
「人はいずれ死にます。弔いは後です。今は、ご自分のことを……」
「俺はまだ死んでねぇ」
「うわぁ!?」
「ひゃあ!?」
「何を驚いている? 生きてちゃ悪いか?」
「ああ、よかったー! 晃助!」
「バッカ! 抱き付くな! 戦はまだ続いているんだぞ!」
喜んでくれるのはありがたいが、野郎に抱き付かれるのは気持ち悪い。
そこに更なる朗報が飛び込んでくる。
「墨俣城はもうすぐ完成よ! 全軍突撃!」
良晴によると墨俣に義龍が気を取られている隙に稲葉山城を落とすはずで、ここに来ないはずの織田軍本隊が、救援に来てくれた。
これには斎藤義龍も、
「あの数は全軍としか考えられない。策士、策にはまるとはこのことか……!」
墨俣に城を築かれては国人たちの寝返りが心配される。
だから築城を妨害しているのだが、織田軍が空城の稲葉山城を攻めることを警戒して城に十分な守備兵を残してきたのは失策だった。
兵力差が完全に覆されたことにより義龍は墨俣防衛を断念して、手早く稲葉山城に引き上げるしかなかった。
こうして「相良良晴の墨俣一夜城」は伝説になった。
そんな英雄になった良晴は信奈に詰め寄る。
「信奈! なんで稲葉山城を攻めなかったんだよ!?」
「気が変わったのよ。運がよかったわね」
「別にいいじゃねえか、総大将が堅城から出て来たんだ。討ち取れたら儲けもんだろうが?」
「その通りよ。サルと違ってカラスはまだ頭が回るわね」
「カラス?」
「アンタのあだ名よ。光栄に思いなさい」
(おい良晴、この女はなんで人にあだ名付けるんだ?)
(動物の名前を与えられたら気に入られているんだってさ)
(それにしたって、なんでカラスなんだ?)
(ああ、それはお前の経歴を聞いたらカラスみたいにズル賢いなって俺が言ったから)
晃助は溜息をついた。
そんなにあくどい事をしてきただろうか?
まぁいいやと流そうとしたところ。
良晴の腕の中にいた五右衛門がむくりと起きた。
「相良氏、早く稲葉山城を囲むでござる」
「五右衛門! 鉄砲に撃たれたはずじゃあ……!?」
「忍びは素肌の上に鎖帷子を着こむでごじゃる。弾の一発くらい防げまちゅる」
「やったー! 晃助に続き、五右衛門も生き返った!」
「わ。わ。わ。おにょこにだきちゅかれると、うにゃあああ~!」
五右衛門の復活を感激して、良晴は抱き付いた。
晃助は「死んでないっての」と言いながら後ろを振り返ると、
「テメエ親分を」
「抱っこしてほおずりしやがって」
「このど外道が!」
「痛い痛い痛い! そんなことより城せめなきゃ~!」
川並衆に袋叩きにされながら、今すべき事を忘れていないようだった。
「行くわよ! 日が落ちるまでに稲葉山城を落とす!」
長政と信奈が祝言を挙げる刻限は近い―――。
織田家は半日の内に美濃の九割を制圧していた。
東美濃の勢力が織田に就いたことにより、竹山城からも頼隆と長頼が援軍に来た。
「晃助! その肩はっ!?」
「よう智慧、これは……かすった」
「かすったなんて……心配させておいてなによ!」
肩の傷は手当されているが、怒られた。
「心配してくれたのか?」
「そ、それは……。あ、貴方は総大将なんだから。だから心配したのよっ!」
「大丈夫だよ。お前たちが来たからもう戦わなくたっていいから」
「前線で槍を振るうのは私に任せて、晃助さまは下がっていてください!」
「そうするよ、頼りにしているよ彦」
美濃の西も東も斎藤家の敵だった。
敗色濃厚な義龍は稲葉山城の防御を固めたが、織田家の猛将・柴田勝家が、
「先の築城失敗の不名誉を挽回するんだー!」
と、金華山のふもとにある砦をあっという間に落とし、周辺の砦も次々と奪い。
稲葉山城を完全包囲するが、難攻不落。
通常なら援軍の見込みもないこの状態で暫く囲っていればいいが、今の織田家は時間が無い。
そこで、良晴が、
「俺が城の裏手に周り、内から城門を開けるぜ」
と決死隊に志願した。
「おい! 成功するアテがあるのか?」
「半兵衛ちゃんが裏道を教えてくれた。切り通しの崖を何度も通る死地だから五右衛門と二人で行く」
「そこには兵がいないのか?」
「少しいるみたいだから、犬千代が追い払ってくれる」
「一人でやらせるのは危ない。俺の配下で身軽なヤツを数人送るよ」
ということで、門を開ける決死隊は良晴が担当し、その陽動を犬千代を含む晃助の配下で行われることになった。
「ちょっと! 貴方はもう戦わないって言ってたじゃない!」
「そうだよ。だから頼むわ」
「ああもう! 行くわよ!」
「私も付いて行きます!」
「いいや彦は城門が開いたら突入する部隊に混じってくれ。俺達の仕事は大事だが地味だ。城門に突っ込む分かり易い手柄を立てて、千早家が参戦したことを織田に知らしめてくれ」
「はい! お任せ下さい!」
頼隆が溜息をつきながら陽動部隊、長頼がやる気いっぱいに突入部隊に配属された。
「がお、がお~」
「虎だ! 虎が出たぞ~」
「虎娘だっ! ……ぐっ!?」
「矢だ! 敵がっ!?」
「敵は動揺している! 掛かれ!」
虎皮をかぶった犬千代が、やる気の無い声で吠えながら駆けまわり注意を引いたところを頼隆の部隊が討ち入るという策で美濃兵は混乱した。
城門が開いてからはあっという間だった。
「サルばかりいい格好させないぞー!」
「織田の譜代の方々に負けないぞー!」
「なんだよお前!?」
「千早家の原長頼です! 主の為に一番乗りを頂きます!」
「な!? させないぞー!」
勝家と長頼が先を争うように守備兵をなぎ倒し、二の丸を占拠しそれを見た義龍は、
「全て終わった」
本館の開城を―――降伏―――を宣言した。
これにより美濃攻略が成ったのだ。
晃助は稲葉山城の別室で待たされた。
評定の間では美濃攻めの事後処理をするために評定が開かれている。
敵の総大将・斎藤義龍の処罰や、半兵衛や三人衆を始めとするこれから仕官する者達の処置について話されている。
「晃助さまの織田家の支援は外様の中でも抜群です! 絶対にいい返事がもらえますよ!」
「それを決めるのは勝者たる信奈さまです。くれぐれも無礼のないように、いいですね」
「……ああ、わかっているよ」
評定の間に呼ばれるのは晃助のみだから頼隆が先ほどから貴人に対する礼接をしつこく講釈している。
晃助がダレてきたところ。
「貴様が千早晃助か?」
「……その大柄な体躯、斎藤義龍か?」
白装束を着た六尺五寸(195cm)の大男、斎藤義龍が評定の間から戻って来た。
今回の戦いは織田家と斎藤家のものであったが、晃助の度重なる暗躍もあったのは義龍は知っている。
だが、こうして二人が顔を合わせたのは初めてである。
「助命されたのですか?」
「うむ、誠にあの娘はうつけじゃ、ワシは必ず再起する」
「貴方が再起できる頃には天下は大方まとまっておりますよ。そこで乱を起こせば日ノ本が統一されるのが遅れるだけだ。大した障害にならない。やめた方がいい」
「勝ち目が無いと申すか?」
「左様」
晃助と義龍が視線を交わす。
「やってみなければ解らん。現にお主は敗将のワシが率いていたとはいえ、美濃を相手に良く立ち回ったではないか?」
「確かに今回貴方が負けたのは人材を上手く使ってやれなかった事でしょう。だが、貴方はこの敗北から大きな物を学び名将に近づいたかもしれないが、織田信奈に敵わない理由は別にある」
「なんだそれは?」
「恐らく御身がよくご存じかと……」
義龍は晃助の目に浮かんだ感情を読み取ると、薄く笑った。
「それでも勝ちたいのだ。血の繋がりが無くとも同じ男を養父と仰ぐ者として跡を継ぐのは強者であると証明したいのだ」
「天下に迷惑かけてでも命がけで誇りを通す……か」
「どうだワシに仕えぬか? 今度はうまく使ってやるぞ?」
「お断りします。私のような青二才では付き合いきれない」
義龍は言ってみただけだと言うと、城から出て行った。
そこで小姓が晃助を呼びに来た。
評定の間では様々な視線に晒された。
今回の活躍で、期待する目、妬む目、運が良かっただけという侮りの目。
その視線の中心で、うろ覚えの礼作で平伏する。
「カラス! アンタの活躍は長良川の時から織田家の支援をしてくれたことよ!」
「恐悦至極にございます」
信奈からお褒めの言葉を賜るが、「でもね……」と付け足された。
「いろいろと小賢しいことしてくれたわね?」
「はて? なんの事ですか?」
晃助は知らないフリをする。
「二度目はしょうがないとは言え私たちが最初に美濃に進軍したときよ! あんたは私たちが十面埋伏に陥るまで加勢しなかった。違うかしら?」
「アレは霧のせいで到着が遅れた次第です。それに我らが貴方の首を上げて義龍に献上すると帰参が叶ったかもしれません。それをしなかった時点で反抗の意思はありません」
周囲が主君の首を上げたらなんて際どい台詞にどよめいている。
信奈は床を叩いて周りを黙らせる。
「まぁいいわ、次! 六が墨俣に城を建てようとしたときよ! 築城を妨害されないように警護の兵を出してもよかったんじゃない? 六が失敗したから次にアンタの友人であるサルが築城を始めたわ、あんた友人に手柄を上げさせようと
「それは……」
晃助はそこで悩む、良晴の為に柴田軍が負けるのを知りながら利用したのは事実だ。
「あんたが私情を優先させたせいで全体の勝利が遅れたかもしれないわ!」
「……」
晃助は即興で言い訳した。
「その時に手紙などで出陣を促しましたか?」
「いいえ」
「それならば咎められる言われはありません。こちらも城を囲まれながらの援軍は困難なので……」
「それならどうして墨俣にあんたがいたのよ?」
そうきたか。
晃助は少しヒヤリとしたが、続ける。
「良晴から援軍要請がありました」
「本当なのサル?」
「えっ!? えと……そうだ。援軍要請したぜ」
良晴がこの誤魔化しに参加してくれた。
「あんたあの時、『守備兵はいらない、俺と川並衆だけで城を造る』って言ってなかったかしら?」
「え、援軍要請は俺に来ました。兵は要らないということで千早軍は使っておりません。大した守備力ではなかったでしょう?」
「あんた、大将でありながら城を単身で抜け出したの!? 武士にあるまじき行いよ!」
誤魔化しがきかなくなってきたかも、そう思った時に救いの手が差し伸べられた。
「いつも家臣を置いて戦に出て行かれる姫さまの言葉とは思えませんね。三十点」
「そ、それはあんた達が遅いからよ……」
「では、姫さまが武士にあるまじき行為をしないでいるのは家臣の働きですね」
信奈の姉代わりの丹羽長秀が助けてくれた。
暗に、「家臣を大事にしろ、これから参陣しようとする者に対しても」と言ったのだ。
「……あ~もう! わかったわよ万千代」
信奈が大きなため息を漏らす。
「本当なら、領地割譲、人質の要求をするところだけど万千代に免じて許してあげるわ!」
「では?」
「千早家を織田家の家臣として認めるわ」
「それでよいのです。八十六点」
晃助は二度目の平伏をする。
だが、晃助の求めている物はこの先にある。
「恐れながら此度の戦の褒美を賜りたく存じます」
「……なによ?」
周囲はどよめいた。
普通は本領安堵があるだけでもありがたいことなのだ。
現に先に仕官が許された美濃三人衆は座・市の特権は取り上げられたが、領地は安堵されたのだ。
これ以上何を望むというのか?
「俺が望むのは木です」
「……木?」
何故そんな物を望むのか?
信奈を含むその部屋にいた全員が疑問に思った。
「実は先の戦で自分の城下にある森を焼きまして……その森を元に戻す苗木が大量に必要でして……」
「自分で買えばいいじゃない?」
「ええ、もう買いましたが何分今の千早家は財政が苦しくて……」
晃助は懐から証文を見せながら頭を掻く。
その金額を見た信奈は叫ぶ。
「バ、バッカじゃないの!? そんな値段を織田家に払えと言うの!?」
「こればかりは少々……二十二点」
温厚な長秀も呆れている。
良晴が口をあわあわとしながら尋ねる。
「こ、晃助!? あの時『今はいい』って言っていたのは……」
「ああ、あまりにも大金なモンで最初から織田家の金蔵をアテにしていた」
「お前やっぱりカラスだ!」
「何がだよ!?」
「使えるモンは何でも使うところが! しかも今、仕官したばかりの家にそんなモン要求するか?」
「いいだろう? あの戦も織田家の手助けになったはずだ。多少のお恵みがあってもいいはずだ」
晃助は何としても苗木の予算が欲しい。
だが、それを欲する相手が少々悪かった。
「頭にきた! 褒美が欲しければ自分で勝ち取りなさい!」
信奈はそう叫ぶや、小姓から刀を受け取ると抜刀。
「お、おい信奈! 切るのはやりすぎだ!」
「うるさいわねサル! あんたは黙ってなさい!」
良晴の静止を無視し、信奈は傍らにあった饅頭の山に刀を突き刺した。
刀の先には饅頭が三つ刺さっていた。
「順番に所領安堵、人質、苗木よ。食べられた分だけ叶えてあげる」
晃助の眼前に刀が差し伸べられた。
晃助は息を飲む。
真剣がこれ程までに顔に近づけられたことがない。
だが食わなければ、実光から預かっている領地が無くなる、人質としてななが取られる、先の戦で壊した民の生活を元に戻せない。
(食ってやる!)
晃助は一つ目にかぶりついた。
二つ目を何とか口に入れるが、舌に刃が触れる。
(ぁ、味なんて解らん。あっ、鉄の味)
三つ目を飲み込もうとするが、異物を追い出そうと喉がえずく。
だが、晃助は堪えて涙目になりながら三つ目を歯の内側に入れ、全ての饅頭を刀から引き抜く。
口の端から血が零れるが、饅頭を吐き出さないように口を押えながら咀嚼する。
そして、
「至高の褒美、有難く頂戴しました!」
口の中に何も無いことを証明するために大声で礼を述べる。
信奈は刀を小姓に返すと、
「デアルカ! 万千代、工面してやりなさい」
「わかりました」
晃助の願いは聞き届けられた。
周りの諸将も晃助の豪胆さに息を飲み彼を称賛した。
その後、広間から出て行った晃助は家臣たちにこっぴどく叱られたが、それは別の話。
その夜、信奈の命令で町の人々が松明で蛇の絵を描いていた。
金華山の山頂に昇らなければ見れないこの絵はそこに居るであろう義父に向けての絵だ。
その絵を見ていた義父は涙していた。
だがその絵を見て震える者もいた。
△△△
一人の男が眼下の蛇の絵を見ながら、己の肩を抱いて震えていた。
「大丈夫だ。
気だるげな男がそんな彼を気遣う。
「そうですよ。ご自分で作った
慇懃無礼な男が小ばかにしながらも彼を気遣う。
「ああ、すまんどうしても思い出してしまった」
恐怖する男が仲間たちの声で我を取り戻し、眼下をもう一度見やる。
「驚いたのだよ。お前達の言う通り私の世界の中に奴がいるはずがない。それにアイツのシンボルは二頭だ」
「あの絵が二頭の蛇でしたら、どうなっていたでしょうね?」
「おい! やめろ縁起でもない」
「そうよ、冗談でもタチが悪いわ」
そこに四人目、女の声が混じる。
女は慇懃無礼な男を窘め、恐怖する男を気遣う。
「大丈夫よ。奴に立ち向かうためにこの実験を始めたのでしょう?」
「ああ、その実験もようやく素材の準備ができてきた」
「じゃあ、こっからが本当の実験開始だな」
「全く、時間がかかりすぎですよ。では、ここで改めて開始宣言をされてはいかがです? また、小鹿のように震えないように」
「一言余計なんだよ。だがいい案だ。やろうぜ。」
慇懃無礼な男の提案を窘めながら、気だるげな男は賛成する。
「貴方たち仲がいいのか悪いのか分からないわ、でも私も賛成よ! 気を引き締めて行きましょう!」
「わかった」
仲間たちの提案により恐怖する男は数十年前に言ったフレーズをもう一度言う。
「私の世界に取り込まれた皆様へ、私は皆さまに繰り返す苦しみを与えた者を斃す。
大半の方は何を言っているかは分からないだろうが、あなた方は苦しめられてきた。
その元凶を倒し、更に多くの人々を救うため私は立ち上がる。
私は膝を抱える日々はもうごめんだ。
だから立ち向かう、皆様にしてほしいことは見届けてほしい。
それだけだ。
では一つ、皆さま私の実験をご観覧あれ。
その手法はありきたりだが。
素材が良い。至高と信ずる。
故に、仕上がりはよくなるだろう。
さぁ、今宵の観測を始めよう!」
ということで、鬼退治終了です。
そしてクロスオーバー作品の一つはDies iraeです。
投稿後しばらくしてからタグの追加を行います。