未来人の選択   作:ホワイト・フラッグ

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前回の後書きの通り一万字書いたぞ!
やっと原作の中心人物を出せた。
遅くてごめんなさい。


23.晃助のあだ名

「……う~ん」

「……」

「……」

 

晃助は広間に広げた絵図を見ながら、唸っている。

絵図には竹山城と周辺の地形が書かれており、碁石で敵と味方の大雑把な位置と数が表されていた。

それらを並べて晃助は傍に置いてある壺に手を突っ込み、ようやく意味のある言葉を発す。

 

「おかしいな? 饅頭がないぞ?」

「……」

「……」

「彦、お前勝手に食ったか?」

 

口元に餡子をつけた長頼が首を横に振る。

 

「じゃ、なんでなくなるんだよ?」

「……」

「……」

「しょうがないな彦、もう一個食っていいから買ってきて」

「やった! わかりました!」

「認めたな! 俺の大好物を返せ!」

はわひ、はれてあいてす~(わたし、たべてないです~)

「……」

 

長頼は晃助に口を引っ張られて暴れ出す。

それまで黙っていた頼隆がややイラつきながら質問する。

 

「あの……晃助? 軍議の為に呼んだのなら早く始めて欲しいのだけど?」

「軍議? しないよそんなの」

「え? じゃあ何の為に呼んだの?」

「暇だから、ちょっとお話しようかなって」

 

頼隆は床を叩いて怒り出す。

 

「ふざけないで!」

「うわ! びっくりした。どうしたのいきなり?」

「どうしたではありません! 何ですかこの緩い空気は!? いくら初戦に勝ったとは言え籠城中ですよ? 直ぐに攻められないにしても戦時ですよ? なにか策が浮かんだから呼んだのではないのですか? それが来てみれば絵図を広げ、碁石置いて、壺に手を突っ込んで数秒唸ってようやく発言したと思えば饅頭が無い? 知りませんよそんなの、貴方の近況報告聞くために来たんじゃないんです! それにしたって、話すまでにこれらを並べる必要があったんですか? どんな準備ですか? 陰陽術でも始めたんですかーーー!」

 

頼隆が肩で息をしながら、捲し立てる。

そんな頼隆を見て晃助はすまなそうに居住まいを正し、

 

「智慧は早口言葉できるんだな……ごめん、知らなかったよ」

「そんなことはどうでもいいです!」

「とりあえずお饅頭買ってきますね」

「六個買って来いよ!」

 

頼隆の言う通り籠城中とは思えない空気だ。

 

あの戦から数日が経った。

晃助の采配により南側が勝利すると、北側の佐藤勢は動揺した。

更に同じ時間帯で尾張の桶狭間にて大軍を率いていた今川軍が弱兵揃いの織田軍に敗れたという知らせが美濃に伝わった。

別にこちらの戦には大した影響は無いのだが、それでも隣国の動きが予想を反して一瞬パニックになるものだ。

度重なる予想外な知らせがあったものの佐藤勢は役目を果たす為に砦を攻めるが、防衛設備と十分な兵を預けられた頼隆は無難に対応し夜になった。

思ったよりも抵抗のある砦を前に佐藤勢は野営を決めるが、その準備中に竹山城から僅かな兵を連れて援軍に赴いた晃助が奇襲を決行。

準備中に攻められて動揺し、砦から打って出た兵を見ると佐藤勢は潰走した。

慌てて逃げたため、多くの物資を手に入れられるというオマケ付きだった。

 

戦いが終わった後、晃助は直ぐに櫻井党を使い美濃中に千早善国寝返りを流言した。

それを聞いた善基に付けられた与力衆は、

 

「あの時、善国を先鋒にしたのは竹山城に援軍として入れるためだな!」

「我らが、森に突入してから火が上がった、我らより前にいた善国は森を抜けて無傷だろう!」

「本隊は誰も火計の被害にあっておらん、最初から計られた!」

 

と義龍に報告し、善基は反義龍派になった。

勿論、善基は弁明の使者を出したが、聞き入れてもらえず、状況に流されるしかなかった。

義龍は直ぐに竹山・茂呂の二城に軍を送ろうとしたが、千早家は東美濃の有力な家臣だった為、攻めるには多くの兵が必要なのだが、道三を追い出して間もなく、新体制を作るために時間が必要だった。

今回の竹山城征伐でも、合計五千五百の兵しか動員できなかったのもこれが原因である。

義龍は新体制を盤石にしてから千早を征伐し、織田に当たろうと考えた。

軍をまとめる前に内政面からである。

 

 

 

そして今の状況である。

東美濃の義龍配下により、遠巻きに牽制されながら千早家は今も生き残っている。

 

「どうするもなにも、当初の目論見通りに善国を使って本家を巻き込むことで状況は硬直した。 後は軍が来たら応戦するだけ、だけど遠巻きに睨んでくるだけで手を出してこないから結局なにもしなくていいんだ」

 

状況確認しながら、頼隆に説明していると、長頼が戻って来た。

 

「晃助さま~、お饅頭買ってきましたよ」

「よおし食うぞ」

「はい、智慧の分」

 

差し出される饅頭を受け取ってしまったが、ここで食べてしまうと自分までこの緩い空気に巻き込まれるのではないかと、頼隆は固まってしまったが、最早遅いと諦めた。

 

「そういえば六個買って、ここには三人、あとは誰が食べるんですか?」

「俺」

「ずるいですよ晃助さま」

「冗談だよ智慧、奥に持って行ってくれ」

 

奥ということは、ななと桜がいる、あと一つ余るが……。

 

「実光さまが、起きられたのですか!?」

「そうだよ、だから砦から呼んだんだよ」

「それを早く言いなさい!」

 

頼隆は饅頭の入った袋を長頼から取り上げると、奥に走った。

長頼は急須でお茶を入れながら晃助に尋ねる。

 

「やっぱり、行かないのですか?」

「俺は……櫻井と話してくる」

 

饅頭を食べて、口元に付いた餡を舐めながら、お茶を一息で飲み干すと晃助は外に出て行った。

 

「晃助さまは、やっぱりカッコつけだな、熱いのに」

 

一人残された長頼は湯呑の縁をなぞりながら微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「実光さま!」

「うん? おお、頼隆か」

 

奥に駆け込むとそこには布団から身を起こした実光が妻と娘と話をしていた。

 

「お加減はもうよろしいのですか?」

「うむ、熱はまだ少しあるが、こうして起きることができるようになった」

「お前さま、まだ無理はできませんよ」

「そうですぞ、おっとう」

「わかっておるわ」

 

確かに熱っぽいが、実光は回復していた。

饅頭を部屋の家族に配って頼隆は城の外について報告しようとしたが、その必要はなかった。

 

「ここに晃助どのが書いてくれた報告書がある」

「晃助が報告書をですか?」

 

報告書には一部内容に怪しい所があったが、戦の開始時の状況、戦の推移、現状が書かれていた。

晃助は武芸について意欲的ではなかったが、書類仕事は更に嫌がっていた。

なんでも、

 

「墨で書くんだぜ、間違えたら最初からやり直しじゃん? 嫌だよ」

 

どうやら未来の世界には書いた文字を消して、間違えたところだけを直すことができる筆記具があるらしい。

なんとも、我儘な物だ。

確かに便利かもしれないが、最初から間違えなければいいのだ。

そんなことで晃助が自ら進んで書類を書いたと聞いて頼隆は驚いていた。

 

「しかもこの書類は長頼が持って来た」

「晃助が書いて彦が持って来た? 自分で持ってくれば……いえ、口頭で説明すればいいじゃない、なんでそんな回りくどいことを?」

 

その通りだ。

晃助の行動は時間も手間もかかり面倒だ。

彼は面倒事を嫌っていたのにいったい何故?

しかし実光は理解しているらしく苦笑しながら、説明してくれた。

 

「恐らくちゃんと治してから会いに来いと言いたいのかもしれん」

「は?」

「意地を張っているのかもしれん、総大将として義理とはいえ父親の見舞いをする弱さを配下に見せたくないのかもしれん、全くそれは余計な意地なのだが、まぁ戦に備えているようでよいわ」

「意地? 備え? いいえ、晃助はとても呑気にしていますよ。砦から私を呼びつけておいてふざけた振る舞いを……」

 

頼隆は実光に先ほどのことを話した。

 

「ほほほ、晃助どのがそのようなことを……」

「兄さま面白い!」

「ふふ、そうじゃな晃助どのもお主のからかい方がわかってきたようじゃな」

「笑い事ではありません!」

 

「だが、そんな様子ならワシはもう少し休めるな……それにこの饅頭も頂こうか」

 

実光は皿に置かれた饅頭を手に取り食べ始めた。

 

「頼隆よ、兵は健康で士気も高いじゃろ?」

「はい」

「それは、外部から食料や衣類などを入手しておるからでは?」

「……はい、先の戦で佐藤勢の野営用の荷を得ることができましたし、詳しくは知りませんが、晃助が新たに抱えた者達が外部から物資を買い入れてくるので、不足はありません。 しかし何故それを? 報告書には佐藤から奪った兵糧くらいしか書かれていませんが」

 

頼隆は実光がどうして兵の様子を知っているかわからなかった。

 

「この饅頭が知らせてくれた。あの倹約家の晃助どのが、ワシらの為に嗜好品を買ってくれたのじゃ、ワシらだけでなく自分でも食べたとなればそれなりに余力がある証拠じゃ、なにより」

 

そこで実光は目を細めて言った。

 

「意地を張りながらもワシのことを心配しているようじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

晃助は城下の端に位置する人気の無い小屋で櫻井文と会っていた。

この小屋は本来、獣害対策の為に見張り番が休むための小屋なのだが、持ち主に話をつけて、櫻井からの報告を聞く場所として借り切っていた。

 

「……やっべ口の中、火傷してる」

「大丈夫ですか?」

「ああ、それより外はどうだった?」

 

彼女は口元のマスクを下して晃助を心配する。

竹山城はすぐ側を包囲されている訳ではないが、少しでも城外へ出ようとすれば、たちまち周囲から兵が出てきて攻撃される。

そこで彼女たちに忍び特有のルートから、城内で足りなくなった物を入手してもらっている。

勿論、櫻井党はそんなに人数がいないので、一度に多くの物資を運べないが、それは何度か回数を分けて行ってもらっている。

そして物資よりも重要な情報を仕入れてもらっている。

 

「義龍は新体制を整える為に長良川で道三どのに従った領主たちを追放したり、攻め滅ぼしたりしてその旧領を自分に近い家臣たちに新たに与えております」

 

義龍は少しずつではあるが、反対派を掃討しつつあるようだ。

このままでは近いうちに東美濃へ再度征伐軍を送るに違いなかった。

しかも前回よりも大勢で―――、

櫻井の報告は町のことに移り彼女の声は悲しげに小さくなった。

 

「井ノ口の町を初め、道三どのの革新的な町作りが中止され、古い商工業者たちに商いの権利が復活し、新参の商人たちは冷たい風を浴びています。勿論、私の実家も……」

「それは残念だな……悪いが今の俺にはそれをやめさせる行動ができない。許せ」

「……存じております。更に竹山・茂呂の二城に連なる関所が封鎖され商人たちの商いに制限が掛けられております。しかし、悪いことばかりではありません。爪弾きされた商人たちが美濃国内で一番の反対派である千早家に物資を格安で提供してくれます。ですからまだしばらく抵抗は可能かと」

 

道理で領収書の相場が安くなっているなと晃助は思っていた。

 

「それで、国外はどうだ?」

「織田軍、出陣の気配があります」

「おお、遂に来てくれるか!」

 

これは朗報だ。

美濃国内で千早本家を味方に抱き込めても時間稼ぎに過ぎない。

不完全だが美濃国主を倒せるだけの勢力が本命だ。

道三が亡命している織田家が来てくれるなら、この戦いは終わってくれる。

 

「同調して出陣すると手紙を書きませんか? 私が届けますが?」

「そうだな、待ってくれ直ぐに書くから」

 

(同調はするが、こちらの株が上がるように立ち回るがね)

 

腹の中で千早家を高く売る算段をしながら、晃助は机の上で手紙を書くと、櫻井に渡す。

 

「じゃあ、気を付けて」

「わかりました」

 

櫻井は返事をすると忍び装束のフードをかぶりながら小屋から出て行った。

ひとまず織田信奈あてに書いたが、良晴にも手紙を出したかった。

 

(元気にしているだろうか? 桶狭間で戦に参加したかな? やっぱり、あいつも人を殺しただろうか?)

 

先の戦で晃助はその采配と弓矢で大勢の敵を殺した。

遠距離武器のせいかあまり殺人の実感がなかったが、火計を実行させた時は自分がおかしいと思った。

火計の合図で「祭り」とか言い、人が目の前で焼かれ、悲鳴を聞いても笑っていたのだ。

当然だが後悔は無い、あの時殺さなければ、自分や配下が死んだ。

まさに戦国時代だ。

 

それは殺しの時代。

守るために殺す、食うために殺す、意見が対立するから殺す。

 

それは称えられる。

守った数だけ称えられ、沢山食わせただけ称えられた、対立する者がいなければ志を同じくする者達で生き易い国を創れる。

 

そうだ、殺し、殺させただけ、自分たちを救ったはずだ。

分っているのだが、やりきれない思いを抱えながら、小屋を出る。

 

小屋から出ると、足軽たちが声をかけて来た。

 

「おや大将、こんな昼間から密会ですか?」

「大将、頼隆さまが戻ってるときにそんなことしたら危ないですぜ」

「そうだぜ、どうせヤルなら、頼隆さまがせっかく戻ってきているんですし……」

 

(いかん。櫻井の姿を見られたか!? だがどうやって誤魔化すか……)

 

晃助は自分に諜報がいることをなるべく知られたくない。

孤立している竹山城に外部から補給してくれているのは、櫻井党だ。

今、彼女たちの行動が義龍派に漏れたりしたら、関所や町の警備が強化され、彼女たちが動きにくくなる。

情報がどこから漏れるかわかったモノではない。

敵を騙すなら味方から、と言う。

櫻井が忍びであることを伏せたまま彼女のことを誤魔化すには……。

晃助は意を決して、答える。

 

「そうだったな、迂闊だった。お前ら、このこと他言無用だぜ」

「わかってますよ」

「顔を隠しててよく見えなかったけど、あの長い髪、美人特有ですね」

「どこで知り合ったんですか?」

「前に井ノ口の町に行ったときにちょっとな、ホントに他言無用で頼むぜ」

 

晃助は適当に相槌を打って、逃げ出した。

その姿は密会を目撃され、照れくさそうに逃げる若者の姿だった。

 

 

 

 

 

 

後日、木曽川―――――

 

 

 

 

 

 

「義父・道三が奪われた美濃を奪回する」

 

尾張勢が斎藤家の居城、稲葉山城を目指して進軍していた。

夜陰に紛れての行軍であった。

その総大将にして自他共に認める美少女、織田家当主、織田信奈(おだ のぶな)は側近に尋ねる。

 

「万千代、千早は来るって言ってたわね」

「はい、途中で合流できればお味方に勢いがつきます。六十二点」

 

答えたのは織田家家老、丹羽長秀(にわ ながひで)

信奈の小姓上がりで、物事に点数を付けるクセがある。

 

「どうしたのよ? 点数が低いじゃない?」

「味方に勢いはつきますが、その数はあまり期待できません。過信は禁物です」

「大丈夫でしょ、蝮とサルが言うには、サルと同じ未来人で長良川の戦いを生き延びて、その後の戦いで討伐軍を退けたみたいじゃない」

 

あてにしているわけではないが、期待が無いわけでもない。

織田家は晃助の助勢をそう認識していた。

ぱらぱらと美濃兵が迎撃してきたが、その悉くを撃退し、勢いがついてきた。

だが、稲葉山城までもう少しという場所まで進むと霧が出て来た。

織田軍は突然の霧に動揺する。

 

「なんなのよ! 全然見えないじゃない!」

「千早どのからの援軍も来ません。 二十三点」

 

そんなとき一斉に鬨の声が上がった。

その方角は全方位(●●●)から。

美濃兵が銅鑼を鳴らしながらワラワラと出てきて織田軍に襲いかかる。

 

「この程度の伏兵、打ち払ってる」

 

襲い掛かる美濃兵を打ち倒していると、後詰の津田信澄(つだ のぶすみ)の元に配されていた良晴がやって来た。

彼は一人で馬に乗れないので、配下の忍び蜂須賀五右衛門(はちすか ごえもん)の後ろに引っ付いている。

 

「信奈! 今、信澄が退路を確保している、撤退しよう!」

「なに言ってんの、伏兵はもう終わりでしょ!」

「いや、まだ出てくる!」

「どうしてそう言えるのよ!?」

「伏兵による多重攻撃、これは【十面埋服の計】です! このままではお味方が壊滅、零点!」

 

唐国の古の軍師、程昱が得意とした計略で、四方八方に伏兵を配し、伏兵がいる位置まで小勢で敵を引きずり込み、一斉に襲い掛かる必殺の戦法。

中国の古典や兵法に明るい長秀が薙刀を振るいながら説明する。

 

「恐らく、出陣前に道三どのが言っていた。竹中半兵衛(たけなか はんべい)によるものかと」

「ともかく、清州に引き上げるわよ!」

「五右衛門、霧には煙幕で対抗するんだ!」

「承知つかまつったでござる」

 

良晴が五右衛門に命じ〔たどん〕を投げさせ煙幕を張って伏兵たちの目をくらませるが、それでも、伏兵が途切れることなく出現し、徐々に追いつめられる。

 

「くっそおー! ここまでかー!」

 

良晴が叫んだその時。

 

「伏兵の横っ腹に噛みつけや!」

「「「 おおお!! 」」」

 

千早晃助率いる五百の兵が美濃兵に襲い掛かる。

 

「援軍!?」

「奇襲して来る敵を奇襲するとは、七十八点」

「晃助か!? 来てくれると信じてたぜ!」

「お初にお目にかかります。千早晃助です。挨拶もそこそこに、我らがスキを作っている内に撤退を!」

 

晃助は馬上で采配を振るいながら、信奈に撤退を促す。

 

「随分といい時に援軍に来たわね?」

「誠に、間に合ってよかった。さあ早く、時間が無い」

「そうだぜ信奈、すまねえ晃助!」

 

良晴は信奈を連れて撤退する。

 

「よし、ボチボチ引き上げるぞ!」

 

自分たちは正式に織田家の家臣になったわけではない。

ここで殿として殉じることに意味は無い。

美濃兵は新手の晃助たちを逃がすつもりがないようで、退路を塞いでくる。

晃助は突撃に向いた鋒矢陣を組ませ、突撃させようとするが、

突然、美濃兵が動揺した。

理由はよく分からないが、この好機を逃がす手はない。

 

「退路は目の前! 突撃だー!」

「「「 おおお!! 」」」

 

実は晃助の背後では、斎藤道三の指揮で良晴から借りた五十人の川並衆が、手に手に松明を掲げて大部隊のふりをしていた。

美濃兵は手薄の稲葉山城を襲撃する織田の奇襲部隊と勘違いして動揺したのだ。

道三は義娘の信奈が竹中半兵衛を味方に就けた義龍に負けると予想して偽兵を用意したが、思わぬ人物も救うことになった。

 

「信奈ちゃんのために用意した策じゃが、結果的にお主も救うことになったな千早の坊主。僅かでも恩返しができたかのう……」

 

道三は織田軍と千早軍の撤退を見届けると自らも引き上げた。

 

 

 

 

 

 

信奈は無事に清州へ逃げおおせたものの、屈辱に燃えていた。

 

「今夜もう一度、夜討をかける!」

「兵はみな、半兵衛の策で恐怖もあって疲れております。最低三日間は兵を休めなければなりません。三十点」

 

と換言を受けて、渋々思いとどまった。

そこで話題が晃助のことに移った。

 

「それにしても嫌らしい奴ね、千早晃助は……」

「晃助が? どうして?」

「援軍に来た時期が、私たちが丁度危機に陥った所だからですよ相良どの、四十点」

 

長秀が他にもありますと、それまで調べたことを話した。

道三と義兄弟の契りを交わした、千早実光の養子になったことから始まり。

姉小路家との交渉役という役目を得たこと。

長良川の動乱で姉小路の援軍(実際には無い)を取り付け、迂回軍の足止め、撃退をしたこと。

そして、敗残兵をまとめながら、千早本家を味方に引き込んで征伐軍を撃退したことなど。

それを聞いた良晴が、

 

「他人の力を存分に使って自分の利益を……か、まるでカラスだな」

「カラス? それいいわね! あいつはカラスで決まり!」

「晃助にあだ名を付けるのかよ!?」

「確かに嫌らしい男だけど、家臣としては申し分ないわ! 少なくともあんたより使えそうだし」

「キー、事実なだけ言い返せねえ」

 

良晴の唸り声で、信奈の小姓、前田利家(まえだ としいえ)―――犬千代―――が気づいた。

 

「……犬、サル、カラス、数日前に姫様が三河のタヌキを含めて言ったときより、鬼退治に相応しい」

 

数日前、今川家を倒したことにより三河のが独立し、織田家と同盟交渉していたときだ。

松平家は狸を始祖と崇めているため、タヌキに例えられ、犬千代、良晴、元康で桃太郎の鬼退治伝説になると豪語していた。

勿論、鬼とは斎藤義龍だ。

 

「そうね、タヌキより鳥類でキジに近いから、そうしましょう」

「待てよ! カラスは黒いだろ、あいつ白い格好してたぞ!」

「それなら【白カラス】と呼びましょうか」

「ああ、なんかややこしくなってきた」

 

晃助のあだ名を(勝手に)決めている織田家であった。

 

 

 

 

 

 

「正直危なかった。助けに行って死にましたじゃ意味ないからな」

 

晃助は戦場から駆け戻って、主要館で休んでいた。

信奈たちの予想通り、晃助は織田軍が危機に陥ったときに助けようと動いていた。

そうすれば、傘下に就く前に高評価されると踏んだからだ。

 

「ご無事でなによりです」

「ありがとな彦、出るときは突破口作って、帰るときには撤退路を作って、助かったぜ」

 

そう、いくら大半の兵士を織田軍迎撃に向かわせるとは言え、竹山城にも抑えの兵が割かれていた。

それを長頼には蹴散らしてもらった。

 

「やっぱり俺、戦場に出るとおかしくなるのかも、だって『退路は目の前!』だぜ、どこの九州バーバリアンだよ」

「馬ー罵詈庵? なんですそれ?」

「気にしなくていいよ」

(少し先の未来で行われる関ヶ原の伝説だ、薩摩兵の勇敢さを語ったところで……だ。 あ!)

 

そこで思い出したことがあったので、晃助は館を出た。

 

 

 

牢―――――

 

 

 

一応、城下の盗人を捕える為に作ってあった牢の前に晃助はたどり着いた。

さほど大きくないので、下級の捕虜は外で縛って見張りを配置している。

要があるのは牢の中にいる者だ。

 

「よう、元気かい?」

「……ふん」

 

千早善国、先の戦で捕縛した一応の身内。

彼を捕まえて寝返ったと流言することで、千早善基を無理矢理だが味方に引き込むことが晃助の策だった。

善基は茂呂城を包囲されているので、策が成った。

あとは彼が付いてくれたらな、とオマケ程度に考えていた。

 

「それで、こっちに付かないか?」

「……」

「あの時はほら、戦だったじゃん? 頭に血が上っていたから冷静になってもらおうと、ここ数日間、牢に入って貰ったんだけど、どうかね?」

「……」

「いやー、やっぱり無理?」

 

ずっと黙り込む善国に晃助は困ったが、善国が質問してきた。

 

「……貴様、俺の存在を忘れていただろう?」

「……」

「頭を冷やさせるなら一晩で十分、翌日にはダメもとでもこうして会いに来るものだよな?」

「……」

「それが、捕まえてから数日経って初めて会いに来た。飯の世話は番兵に指示していたようで俺も兵も飢えることがなかったが、呆れたぞ」

「……」

 

先ほどとは打って変わり、今度は晃助が目を逸らして黙る。

 

「うん、まぁごめん」

「阿呆が!」

「いや、忙しかったんだよ。そう気を悪くしないでくれよ」

「これが怒らずにおれるか! これから共に戦う大将がこのような男で情けなく思うわ!」

「えっ!? こっち付くの?」

「父上がもう戦っておるのだろう? ならば俺も従うのみ」

 

意外にも善国は味方してくれるようだ。

善基が戦っているのは、ある意味で善国のせいなのだが、そこは触れないであげよう。

 

「私はどう戦えばいい?」

「北側の砦、今は智慧に任せているけど変わってくれ」

「ちえ?」

「ああ、頼隆だよ」

「ふん、あの姫武将か、変わるのは構わんが、いいのか? 要地を寝返ったばかりの私に任せて」

 

一応の身内とは言え、元敵を前線の拠点に就けると敵を招き入れる恐れがある。

善国はそれを言っているのだが、

 

「北の攻め手は大体、佐藤だよ。あんたなら防げるだろう?」

「……あの佞臣か、無論だ」

 

先日の戦いで善国が佐藤のような佞臣を嫌っているようなので、気位の高いこの男が佐藤を相手に降伏や内通をするとは思えなかった。

むしろここぞとばかりに、戦うだろう。

頼隆を城に戻せば、次に出陣する際に副将として城を任せられる。

長頼は前線で戦うタイプなので留守を預けることには不安があったからだ。

 

 

 

櫻井の調べによると敵の指揮官は竹中半兵衛だということがわかった。

今孔明と言われた智謀で、有名な武将だ。

晃助は勿論ゲームで知っていた。

知略のパラメーターが九十代後半であることが多いので、かなり重宝・厄介なキャラだ。

その半兵衛が兵に指揮して大量の石を運んで何かの作業をしているらしく、気を付けろと言われたが、三日後にまた攻めると織田家から手紙が来たので出陣した。

 

「これは……」

 

手紙に書かれた合流地点に向かおうとしたら、無数の石塔がズラリと立ち並んでいた。

よく見れば迷路のようになっている。

 

「これって、三国志の石兵八陣?」

 

晃助は日本の戦国時代が大好きだが、石兵八陣は有名なので知っていた。

石で塔を造り、その迷路に敵を誘い込んで近くの水辺から水を引き入れて敵を溺死させる。

いくつか入り口があるらしいが、その内「死門」から入ると絶対に死ぬらしい。

ならば、迷路を直ぐに引き返せるようにすればいい。

 

「馬の手綱をほどけ、細くていいから長い紐を作るんだ」

 

配下に命じて数等分の手綱から紐を作らせ、それを石の迷路の入り口にあった木に結んだ。

 

「進軍!」

 

最後尾の兵には紐の塊を持たせている。

これにより分かれ道に入って道に迷っても来た道を見失わないのだ。

 

暫く進むと、水が溢れてきて兵士たちの腰まで浸かった。

 

「くっそ突破できなかったか、撤退! 紐を辿って帰るぞ!」

 

なんの成果も上げられず、配下を溺死させるわけにはいかない。

晃助は速やかに引き上げた。

途中、背後から大きな破壊音が聞こえてきたので振り返ると、遠くの石塔が次々と倒れる。

 

「……反則じゃね!?」

 

恐らくあの場所に織田軍がいて、こちらと同じように水から逃げるための行動なのだろうが、めちゃくちゃだ。

この石柱破壊だが、迷路に迷った織田軍を脱出させる為に信奈が、

 

「稲葉山城を落とした者には恩賞自由!」

 

と、宣言したところ。

良晴がやる気を出し、この迷路の抜け方が分からなければ、壊してしまえと思い付き、良晴の配下の五右衛門がたどんの爆発で、織田家きっての巨乳の持ち主にして最強の武を誇る柴田勝家(しばた かついえ)(あだ名を(りく)という)が、

 

「何も考えずに壊すだけなら、任せておけー!」

 

力任せに石柱を破壊しまくっている音だ。

 

手綱をほどいて紐として使う方法は密かに、「俺って天才!」と思っていたのに水を差された気分だ。

晃助は何かに負けたような気になりつつも、竹山城に撤退した。

千早家に実害はないが、織田家は二度も負けたことになってしまった。

 

 

 

稲葉山城―――――

 

 

 

美濃兵は勝利に喜んでいた。

噂通り織田軍は弱兵だったが、大国今川家を倒しただけあって、勢いがあった。

その勢いを警戒した義龍は美濃三人衆筆頭の安藤伊賀守守就(あんどういがのかみもりなり)に隠棲している竹中半兵衛を表に出させた。

陰陽師にして天才軍師と謳われた半兵衛の手腕により織田軍は二度も撃退され兵士たちは喜び勇んでいた。

だが、義龍は二度にわたって奇怪な陰陽の術で織田軍を撃退した半兵衛に兵権を預けたことに危機感を覚えた。

そこで義龍は半兵衛の叔父である安藤を呼んだ。

 

「家臣の中には『兵を率いれば主君より上』『あやかしの術師ゆえ家臣と言う枠に収まらない』などと言う者達がいる。 そこをはっきりさせる為に半兵衛に出仕を命ずる」

「しかし、半兵衛はおめん子(美濃弁で人見知りする子)ゆえ、出仕を断るかと」

「軍師なき会合はありえぬ、呼んで参れ」

「……わかりました」

 

義龍の有無を言わさぬ睨みに、安藤は折れた。

やはり自分はかつて【道三の片腕】と言われていたせいで信用がないようだ、と安藤は溜息をつくが、安藤本人が腹黒いため信用されてない面が強い。

 

「半兵衛を出仕させるにもあの子には直属の家臣がおらん……そうだ! 新しく雇えばよいのじゃ、ついでにその時に金を持っとる奴を雇えばワッチらの大得じゃ」

 

邪な理由が多分に含まれてはいるが、

こうして井ノ口の町に「竹中家仕官面談」という看板が立てられた。

 

 

 




三日休むとありますが、原作では一週間です。
これは晃助の援軍により大きな被害を受けなかったから……(嘘)
作者が一週間も待てなかったからです。

勝家のあだ名である六(りく)ですが、おそらく六の大字である陸からとられていると思われます。
金森長近の捌(はつ)も史実の通称である五郎八の八を大字にしたものです。

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