未来人の選択   作:ホワイト・フラッグ

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語彙をもっと勉強しなければ……


21.黒犬は不機嫌

稲葉山城――――――――――

 

一人の男が上段に座る大男に頭を下げていた。

 

「佐藤よ貴様はどの面下げてワシの前にやって来た!」

「申し訳ございません。 途中で邪魔が入りまして……」

 

上段に座る男はこの稲葉山城の、更に言えば美濃の新たな主となった、斎藤義龍(さいとう よしたつ)である。

義龍にひたすら頭を下げる佐藤某(さとう なにがし)は、新たな主君、義龍に叱責されていた。

 

「貴様が親父殿を討てると申すから、お主の領地に近い北東の全兵をお主に預けたのだ。それをたかが千やそこらの兵に負けるとはお主は何をしておる!」

 

佐藤某は北東美濃衆を率いて長良川を渡河し斎藤道三(さいとう どうさん)の尾張への退路を塞ぐ役目をおっていたが、蜂屋・千早の軍団に妨害されたのだ。

結果として千早晃助(ちはや こうすけ)は、蜂屋頼隆(はちや よりたか)の早すぎる死を止めようとしたが、斎藤道三の亡命に手を貸したことになる。

本人は長良川の戦いで局所的な勝利が大局に影響を及ぼすことは無いと思い、頼隆救援を実行したが、皮肉な付録が付いてきたのだ。

 

そのせいで、ここに一人義龍の機嫌取りに頭を抱える者がいるが。

 

「し、しかし……これで姉小路は義龍さまに逆らう存在とわかりました。飛騨侵攻の口実ができました」

「飛騨への口実など小さいわ! それよりも美濃譲り状に加え、親父殿本人が尾張へ向かったならば織田の美濃侵攻の大義名分が十分に立つわ!」

 

美濃の豪族たちが義龍を支持して道三の討伐・追放に加担したのは、道三が美濃守護である、土岐氏から美濃を奪ったときに土岐氏の御曹司とされる義龍を後継者にして、豪族達を納得させていたからだ。

それを撤回した道三が国を追われるのは道理だが、仮にも美濃の国主だったのだ。

美濃国人からすれば、「冗談じゃない」だが、他国の者からすれば「仮にも領主だったんだぜ? 追放なんかするお前らが悪い」と攻める口実になってしまう。

 

「織田家は今川家から攻められております。それにとても勝てるとは……」

「戯け! 親父殿が今川の手に堕ちれば今川に大義を掲げられ、美濃を攻められるわ!」

 

織田が今川に負けると誰もが思っている。

尾張兵は弱兵で有名だ。

今川家は衰退している足利幕府を親族として盛り立てる名分で、上洛しようとしている。

恐らく今川義元(いまがわ よしもと)は。

 

「わらわの道を塞ぐ者は幕府の敵、すなわち、わ・ら・わの敵ですわ、おーほほほほ」

 

とでも言って、大義にしているのだろう。

そこに道三が加われば、美濃を攻め領地割譲もなしに丸々直轄地にできる。

危険なのは織田よりも今川なのだ。

義龍はそのことを危惧している。

 

「その上、ワシに刃向う輩が東に結集しておるようだな?」

「ハッ、私を妨害した千早実光(ちはや じつこう)が盟主のようです」

「ええい! 明日の昼に攻め滅ぼすぞ!」

「お待ちを、その役目私にお任せ下さい! 汚名返上の機会を何卒……」

 

佐藤は討伐を叫ぶ義龍に取り入る。

 

「貴様! あれ程の失態をしておいて、まだそんなことをっ」

 

義龍は佐藤を蹴飛ばすが、床に頭を這わせながらも佐藤は続ける。

 

「失態を犯したからこそです! 義龍さまは皆に認められて道三を追い出しましたが、当主としての器量を示しておりません。ここで寛大な処置を下すことで、私は勿論、諸将の結束を図れます。特に美濃三人衆は蝮と親しかったため、義龍さまを恐れております。」

 

佐藤は己の保身のためだが、義龍が一考するような言葉を次々と語り出す。

確かに義龍は美濃の正当後継者だが、出来の悪い当主と判断されれば、斎藤家親子が行ったように下剋上を企む者が現れるかもしれない。

美濃三人衆も周りが義龍についたからという理由で、自分達もと付いてきたのだ。

三人衆の筆頭格である安藤元就(あんどう もとなり)は【蝮の右腕】という己の評判を気にしてか、隠居を申し出ている。

有力家臣が使えないのでは、義龍も困る。

義龍が自分の意見に考えているのを見て、佐藤は義龍に許しを請う切り札を出した。

 

「そういえば引出物がございます」

「……引出物?」

 

佐藤が隣の部屋にいた家臣を呼ぶと引出物を連れて来た(●●●●●)

 

「ほう、これは……」

「反逆者達の娘子です」

 

そこには、後ろ手に縛られた五人の少女達だった。

皆、恐怖の目で義龍を見ている。

中には鎧を着た子もいる、戦闘中に捕縛された姫武将だろう。

当世流行りとなっているが、戦に負ければ敵将の温情で尼になるか敵将の側室になることで生きながらえることができるが、当然、男ならどんな選択肢を選ぶかそんなものは決まっている。

義龍は少女達の体を己が巨体に寄せると。

 

「よかろう、引き続き北東の兵とそれに加え、東の兵を二千五百だけお主に預ける。 反逆者の残党共を黙らせろ」

「ありがたき幸せ、必ずや実光の首を持ってきます」

 

佐藤の言葉を全て聞かず、義龍は奥の部屋に下がった。

少女達と共に―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

桜洞城――――――――――

 

「どうして海斗が出陣したことになっているの!?」

 

姉小路頼綱(あねがこうじ よりつな)は知らせを聞いて悲鳴をあげる。

知らせの内容は、

 

・黒犬が美濃北東に現れ、数人の兵士を打倒し、民家に火を放って逃げたこと。

・斎藤道三は尾張に亡命したこと。

 

「ありえません! 彼は東村の草むしり行っています。美濃とは反対方向です」

 

金森長近(かなもり ながちか)は知らせを否定する。

日中の知らせで斎藤道三が義息子の斎藤義龍に謀反を起こされ、長良川で戦っていることは聞いた。

この動乱について頼綱は当初援軍を主張したが、長近をはじめとする家臣に反対されたのだ。

頼綱としては同盟相手を救うべきと強弁に訴えたが、飛騨から長良川までは距離が開きすぎていること、不確定な情報だったが、道三自身が無謀とも言える野戦をしていて死ぬつもりだということ、なにより今軍を動かすと周辺の江馬家あたりが行動を起こす恐れがあった。

先日、彼らとは会談をしたが、水面下では争っているのだ。

僅かなスキを見せれば狙われるに違いがなかった。

それでも援軍を叫ぶ頼綱に長近は、

 

「我々は確かに斎藤家と同盟していますが、謀反を起こした義龍に大義があります。 ここで道三殿を救えば姉小路は不義の輩と侮蔑されます。この動乱は静観しましょう」

 

と説得し、頼綱も渋々了承したのだ。

だから海斗にいつもの日課として民の仕事を手伝わせていたが、美濃北東に黒犬が出たという知らせに動揺しているのだ。

 

「じゃあなんで黒犬が美濃を、斎藤を襲ったなんて知らせが来るのよ!?」

「落ち着いて下さい」

 

長近は頼綱を諌めようとするが、彼女もワケがわからず動揺している。

そんな中、下田業兼(しもだ なりかね)は口を開いた。

 

「海斗殿は確かに出陣していない、ならば別の誰かが黒犬を装ったと考えるべきでは?」

「別の誰か……」

「左様、黒犬が北東に現れて得をする人物……」

「「 まさか!? 」」

 

頼綱と長近は正解に気づく。

 

「しかし、確証はありません」

「確かに、あの人がこの動乱でどちらに就いたかわからないけど、もしもこの動乱を見越していたなら只者ではないわ」

「憶測はともかく、姉小路家はこの騒ぎに巻き込まれたと考えるべきです」

「同盟を利用して周りの豪族たちを説得できるかと思ったけど、逆に利用されたわね……しかも一度きりの使い捨てよっ!」

 

頼綱は怒りに拳を振るわせるが、すぐに収め。

 

「……まぁいいわ、報復戦を仕掛けられるかもしれないから、牧戸城に兵を入れるわ」

「しかし、多くの兵を入れるとかえって刺激することになります」

「ならば少人数で十分な防衛ができる者達を入れよう」

 

業兼の提案により牧戸城に行く面子が決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

牧戸城――――――――――

 

「北、東の村に草むしりに行かされて、次は城の防衛だと? (みつ)は本当に人使いが荒いなァ」

 

新夜海斗(あらや かいと)は百の兵と共に牧戸城に入城した。

皆、精鋭であるが、海斗に敵う者はいない。

その強さから彼らの訓練を頼まれたことがあるが。

 

「オイ! なんで避けれねェンだ?」

「無理だ! なにかコツを……」

「見て、避けろ」

「「「 できねー!! 」」」

 

訓練の方法は組手だ。

数十人の兵を相手に海斗は一人で勝利してしまう。

開始の段階では海斗は素手で兵士たちは訓練用の槍と木剣、好きな獲物を持たせたが、最初の一人の木剣を奪ってからは次々と兵たちの武器を打ち飛ばし、拳や足を叩き込み無力化させていく。

兵達がどうすればいいか教えを乞うても。

 

「何度もぶちのめされていれば体が覚える」

 

としか言わず、訓練の教官としては不評だった。

せっかくの武勇を生かせないことに残念に思ったものの、頼綱から。

 

「じゃあ体力があるし、民の仕事を手伝いに行ってよ」

 

この一言から、彼は姉小路支配下の村に行き、草むしりや荷運び、街道整備などの仕事に汗をかく日々となっていた。

そんな日々からいきなり戦争関連だ。

彼はイライラしながらも頼綱の命令に従った。

 

「クッソ、黒犬なんて勝手に変なあだ名付けておいて、それを語る奴まで出てきやがって、俺に喧嘩売ってるよなぁ? よくわからんでたらめを信じ込んで報復してこようって輩もいるって?」

「しかし海斗どの、貴方の武具はいかがしましたか?」

 

海斗と一緒に援軍に来た兵が尋ねる。

末端の足軽達でも武家に仕える者達は基本的に自分の武具を持っている。

だが、海斗は平素の服装に支給された刀が一本という出で立ちである。

戦は最初、槍の応酬で始まるものだ。

現代の歴史番組では刀で鍔迫り合いをする演出があるが、乱戦になるまで刀は使用されない。

それは刀より槍のほうが長く、間合いが長ければそれだけ敵と距離を取り安全に戦えるからだ。

だから、今の海斗は戦えるが、有利に戦えないのだ。

 

「ああ、なんか光が『貴方にぴったりな物を用意するよ』って言ってた」

「つまり今は……」

「そうだな、刀一本で戦う」

「いくら貴方でも無茶です!」

「しょうがねェだろう? つーか最初は預かり物の兜と落ちてる槍を拾って戦っていたんだから、そんなに変わりねェよ」

 

そういえば、あの兜も岩谷家の遺産(?)分配で姉小路の物になったなと海斗は今はなにも乗っていない頭を撫でながら思い出していた。

今は亡き若者の物だったが、不思議と自分の頭に合って驚いていた。

頼綱が修理に出してくれているが、あの兜には前立てが無くなっていただけだ。

前立ては武士が自分の存在を乱戦の中で目立たせて、主に自分の活躍を見てもらうためにあるらしい。

海斗はそんな物は要らないと言ったが、

 

「誰の兜かわからなくなるよ」

 

と、言われたので仕方なく適当に任せた。だが、

 

「正直、武具はそんなに好きじゃないんだよ。 戦に使われる物だからなァ」

 

そうだ、自分が嫌う戦には武器が絶対に必要だ。

殺し合いの場に殺す為の道具がないことはあり得ない。

姉小路という武家に世話になっている以上、戦には巻き込まれるかもしれない、だが戦国時代は信長が統一するまで、そこらじゅうで戦っているのだ。

何処でどんな事をしようと、五月蠅げな争いの音があるなら、自らが止めてやるのみ、ここに来る前からやってきたことだ。

ただ、どこまでするかの違い。

 

平和な日本(もといたばしょ)では相手を殴り倒してしばらく(●●●●)動けなくするまで、

 

戦争する日本(いまいるばしょ)では相手を殺してもう二度と(●●●●●)動けなくするまで、

 

どの道、自分が嫌う争いというモノを止めるなら、海斗は自分が血で汚れるのは厭わない。

姉小路にいるのは、頼綱が戦を無くしたいと行動しているからだ。

これまで何度か、小さな豪族の元に会談しに行くのを護衛してきた。

話に応じて姉小路の傘下になった者もいたが、誇りがどうこう言って戦をする者達もいた。

それでも頼綱は最後まで降伏勧告の使者として話し合いで戦を終わらせようとしているのだ。

そんな頼綱の、姉小路家に喧嘩を売ってくるなら。

 

「俺がぶっ殺してやるッ」

「か、海斗どの……」

「……!? 悪かった、少し外を歩いてくる」

 

突然苛立ちを露わにする海斗のおかげで城の内外で緊張がはしった。

海斗は場の雰囲気を悪くしてしまったことを謝罪しながら、これ以上悪くしないようにその場を離れることにした。

それは城の偵察に来ていた物見の目に入った。

 

「いかん、黒犬がいるぞ」

「!? あれが黒犬か……」

「本当なのか!?」

「間違いない、黒い格好をすれば誰にでもわかるかもしれんが、俺は奴が初めて現れた戦で生き延びたから、奴の顔を覚えている」

「もしや、美濃に再侵攻するのやも……」

「このことをすぐに佐藤さまに」

 

 

 

姉小路家と佐藤某、諜報力の低い者同士が誤解し合うのであった。

 

 

佐藤は「姉小路の黒犬を牧戸城で確認」という知らせにより兵の半数、二千を領地に置くことになった。

よって竹山城征伐は北から佐藤某が直接率いる二千。

南から進行する二千五百の兵は分家の不始末を清算するするために千早善基が大将となり行われることになった。

 

 




ということで、海斗がなぜ草むしりを仕事としてやっていたかです。
原作でこの時期は夏なのでめっちゃ生えます。
大変だろうな(笑)

ただ彼が戦うのは少し先になります。

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