晃助隊、潜伏場所――――――――――
「晃助さま、いつ突撃するのですか? もうみんな戦っていますよ?」
「だから言っただろうが、俺の指示があるまで待機だ」
「その指示はいつしてくれるのですか?」
頼隆は暴れたくてうずうずしている。
本来なら頼隆は実光の指揮下で軍を支えさせたほうがいいのだが、晃助の部隊には突破力が欲しいだからこうして来てもらっているのだが。
「早く暴れたいです!」
「あ~もう、もうちょっと我慢できないのかお前」
「だってせっかく晃助さまに私の活躍を見せられるのに~」
「ちゃんと見てやるから、もうちょっと待ちなさい!」
(も~面倒だな、焦って突撃されたときには、この戦負けるから抑えなきゃならんが、ハ~)
「なら待ちますけど、何かを待っているのですか?」
「そうだ、他の味方が活躍してできる混乱を突いても一時的な優勢に過ぎない。だから敵が帰りたくなるような状況を作り、そのうえで攻撃する。その役目を小平に任せてある」
「う~、よく分かりませんが、小平を待っているのですね」
「理解できなかったのかよ、まあそうだな小平を待っている」
「よし! それなら分かります。さあ小平! 早く来い!」
「小平はここに来ないぞ」
「へ?」
「だってあいつ……」
数刻前――――――――――
「敵は北東美濃の勢力です、ここを突きます」
「ほぉ、どのように」
「北東に一部の兵を送り敵を動揺させます」
「それはよいが向こうもいくらか留守居を残しておるじゃろ」
「俺の部下に
「小平を? ほっ! 面白いな、よし任せる」
その小平は美濃北東まで馬を使い大回りしてから作戦を開始した。
「あまり気が進まないが、殿の仰せだ致し方なし」
小平は刀を抜くと叫んだ。
「黒犬推参! 斎藤の木端武者よ! いざ勝負せい!」
「ひえ! 黒犬じゃと!?」
「うわぁ!? 逃げろ!」
「俺達だけじゃかなわん!」
「すぐに戻ってもらうように遣いを出せ!」
「小平の具足は真っ黒だ。だから名乗るだけで姉小路の黒犬と勘違いしてしまう、北東の奴ら黒犬にビビっているようだから効果はでかいだろう、小平は腕が立つから向かってくる敵は倒し、逃げる敵はほっとけばいいと命令してある。念のため無人の家屋に火を放ち飛騨方面に下がるように言ったから、北東の奴らは姉小路の襲撃と勘違いして援軍を呼ぼうとするだろう」
「晃助さまぁ、まったくわかりません」
「要するにここにいる敵が帰ってくれるのさ」
「なるほど、流石は晃助さま!」
「馬鹿! 跳ねるな! 揺らすな!」
そんないつものやり取りをしていると他の家臣が
「晃助さまあれを!」
「お! 泡を食ったような勢いで早馬が敵本陣に向かっている、少し待て! 情報がある程度広がってから突撃するぞ」
「「「 ハッ 」」」
「やったあ、遂に暴れられる!」
「彦、静かにしろ」
晃助は腰の刀と肩に掛けた弓の調子を確認しながら、タイミングを計った。
湿原
敵本陣――――――――――
知らせを受けた佐藤某は狼狽えていた。
「なんだと!?」
「く、黒犬に備えるため兵を返してください」
「ならん! もう少しなのだ! あの忌まわしき邪魔者を打ち払い。義龍さまの命令を遂行するにはもう少しなのだ」
せっかく義龍に媚を売り北東美濃衆を預けられ大事な任務を遂行しようとしたら、蜂屋軍が邪魔をしてきた。
手こずったが、兵力差を頼みに押し込んだら大将とその息子を討ち取ることができたというのに、今度はその娘が邪魔をする。
同じ兵で戦ってきたのですぐに崩せると思ったが、今度は千早実光が来るではないか、実光の采配に悉く翻弄されたがようやく勝てるという頃合いで、指揮下にある北東の兵の故郷に黒犬が現れたのだ。
佐藤はどうでもよかったが、指揮下の兵達が帰りたがっている。
怒鳴りつけて無理やり言うことを聞かせようとしたその時。
「おらぁ! やっと暴れられるぞー!」
「彦が切り込んだ! 続け!」
戦いをお預けさせられていた長頼が鬱憤を晴らすように暴れ出す。
慌てて隊列を作り応戦しようとする者は列ごと吹っ飛ばされ、そこに他の足軽が突っ込み本陣をかき乱す。
晃助も配下の足軽に守られながら必死に刀を振るい戦う。
「死ねぇ!」
「くっ、死ねるかよ!」
「殿!」
基本的に向かってくる敵の攻撃を受けて、その間に仲間が倒すとゆう戦い方だ。
今までの訓練で勝つことができなくても、負けるまでの時間はだんだんと伸びていた。
それはつまり、集団戦では時間を稼げるということ。
晃助は仲間の援護を信じて敵の刃を率先して受け付ける。
乱戦の中声が聞こえた。
「くっ! 槍合わせ願う!」
「よし! 来い!」
立派な具足を着た武者が長頼に一騎打ちを挑む。
お互いに槍を突いて払って激しく打ち合う、長頼は女の身ながら屈強な男に一歩も退かぬ戦いを繰り広げていた。
「せい!」
「なんのっ! とったわ!」
長頼の突きを武者は首を横に振って避けると自らの槍を突き出す。
マズイ、晃助はそう思い、弓を向けるが首が落ちたのは敵の武者だった。
「敵将! 討ち取ったり!」
「すげえ……あんな技が……」
長頼は槍を躱されたのではなく、
槍が敵の後ろに行った後に首に寄せながら引けば、首が切れるのである。それにしても一撃で切り落とすとは彼女の力・技が相当な証しだろう。
長頼が槍を掲げて周囲の兵に勝利を宣言している様を晃助は感心しながら見ていると敵の中心で言い争いが聞こえた。
「わ、ワシは逃げる! 後はなんとかせい!」
「お、お待ちください! 敵は少数です」
「いいや退きましょう黒犬が我らの領地を攻めているのですぞ!」
「何を言っている! 立て直せばこの程度の……ぐわっ!?」
「矢が飛んできた!? あ……わ、ワシは逃げる~!」
佐藤某は近臣の一人が死ぬと馬に飛び乗り逃げ出す。
周りの兵も我先にと逃げ出した。
「晃助さま! お見事です!」
「さすがだぜ! 大将!」
「剣はからっきしでも、弓だけはすげえな!」
長頼を始め、配下の足軽が晃助の弓を褒め称えるが
(やっべ、総大将らしき人物を狙ったけど外した。なんて言えね~)
晃助が苦い笑みを浮かべていると本陣の兵が撤退したことによって形勢は逆転し千早軍の追撃戦が繰り広げられていた。
逃げる兵を討つのはとても楽だ、千早の兵は首狩り賊となって戦場に悲鳴を広げる。
背中から胸まで貫かれ傷口から血をまき散らす者、足を切られて這いずって逃げるが馬乗りされめった刺しにされる者、何本もの槍で手足・腹を貫かれる者、
命のやり取りで興奮状態にある勝利者が行う残酷な宴が目の前に展開され、晃助は思わず目を逸らした。
だが気づく、自分は先ほど同じように殺し合いをしていたこと、実感があまりないが自分の放った矢で人を殺したこと、そして何よりそれを今まで気にしなかったことに身震いした。
(これが戦、生から死へ転ぶ世界、こんなところにいつまでも居たくない。 自分の元いた場所に帰りたい。 自分も殺しておいて勝手なことだと思うが、嫌なんだ! その為には史実の通りにこの世界を進めて生き抜く、プランCを以て、今の
そんな時に頼隆が晃助を見つけて駆け寄って来た。
「晃助!」
「……智慧か、よかった生きていたんだな」
「……ええ、実光様や彦、あなたのおかげで……その……」
「すまん、行くところがあるから」
頼隆が何か言いかけるが、晃助は遮って近くの兵が連れて来た馬に乗る。
「待って! どうして
頼隆は馬の轡を抑えて、尋ねる。
(時間が無いってのに、面倒だな)
晃助は早く頼隆を説得するために、苛立ちながら浮かんだ順に説明した。
「お前に死なれちゃ困るんだよ」
「え?」
「計画があるんだよ、その為に実光殿から貰う給料も無駄遣いしないようにしたり、防具を買うときもケチって安めのモノを買ったりとか、金を貯めて今後に備えているんだよ」
「でも、千早の家を保つためなら私のことを切り捨てればよかったじゃない!? あんな酷いことした私なんか……」
「馬鹿野郎! お前が生きていなきゃ俺の計画が崩れるだろうが!」
「え!?」
「いいか? 今の俺の立場を保障しているのは千早の家だ。だが今のままじゃ簡単に潰れてしまう、だから! 身の回りを固める必要があるんだよ! でもお前にも都合があるし、俺は馬鹿だけど……なるべく苦労かけないように段取りを考えているんだよ!」
「え? え? それって……」
晃助は千早家が実際の戦国時代でどんなことをしてきたか知らない、だからしばらくは有名な武将の力を借りて家にある程度の力を蓄えようと考えている。
そして、できるだけ自分の知っている歴史の展開にすることで、乱世を生き抜き易くして、どこから手を付ければいいか全く分からないが、未来へ帰る方法を探す気でいる。
お金を蓄えるのは、有力な武将に賄賂を贈ったり、兵の士気を上げる宴会費のためであったりする。
蜂屋頼隆は地味ではあるが、武勇・内政ができる人物だ。 だから動乱まで千早の内政や自分の訓練を見てもらい、その後で史実の通り織田に行ってもらい活躍してもらうために助けに来たのだ。
だが、イラついた晃助の説明は頼隆に誤解を与え続けている。
「とにかく、お前には生きてもらわなきゃダメなんだよ!」
「え? そんな……私なんか……」
「ああ……お堅くて、おっかなくて、かわいげの無いお前の命でも俺には必要なんだよ!」
「あ……私をそんな風に……」
「わかったら離せ! 計画を進める! それから兵をまとめて竹山城に帰れ! 皆に謝れ!」
頼隆は未来がわかる晃助の計画が、この動乱から千早家を守るためだと思っていたが、あらぬ誤解をして真っ赤になって放心していたため、轡を掴んでいる手を放してしまった。
晃助は馬の腹を蹴り長良川へ馬を走らせた。
途中で追撃をしていた長頼を見つけ、命令した。
「彦! 追撃はやめだ! 竹山城に帰れ!」
「わかりました! 晃助さまはどちらに!」
「戦後処理だ! 一人で行く!」
「だ、駄目です! 私も付いて行きます!」
「それこそ駄目だ! 俺一人じゃないと……」
「私は晃助さまの命令なら何でも聞きますが、戦場で一人にさせる訳にはいきません!」
長頼は付いて行くと言って聞かず、戦場をさまよう乗り手を失った馬に乗った。
時間が無いので、付いて来てもらうことにした。
「晃助さま、どちらに向かうのですか!?」
「長良川だ、間に合ってくれ!」
「道三殿を助けるのですね!」
「……」
一人で行こうとしたのは、これからやることを実光の耳に入れたくないことだからだ。
(プランC、道三を一度救うが、暗殺して義龍に許しを請う。直接殺す必要があるためかなり成功率は低いプランだ。やらねば、千早での俺の生活が……)
予め出しておいた物見によると、道三は筏で尾張へ移動しているとのこと、どういう訳か道三は戦場で潔く死ぬのをやめて尾張へ亡命するようだ。
逃げるつもりがあったならば、最初から逃げれば多くの兵を死なせる必要が無いはずだ。
道三の行動に違和感を感じながら、晃助と長頼は川へ向かった。
尾張の国境付近で二人は筏に追いついたがそこには
「馬鹿な!? 織田軍だと!?」
「あの数、おそらく全軍ですよ!」
織田の旗がずらりと並び、盛んに矢を射かけている。
大軍が来たことと、矢の攻撃を受けて義龍軍は引き上げていった。
つまり。
「斎藤道三が生存した……?」
「よかったじゃないですか!」
「よくねぇ!」
「へぁ!?」
「俺の知っている斎藤道三はここで死ぬはずなんだ! なのにどうして生きている!?」
晃助は苛立ち抑えられず、叫び出す。
そして気づいた、道三の隣にいて美女に平手打ちされている少年を。
「相良……良晴?」
本文の補足
頼隆は晃助の計画が千早家を守るためのモノと考えていた。
その為、自分が義龍軍に攻撃したことを出奔した人物がやったと説明できるのに助けに来たことに疑問を持つ。
↓
晃助の計画、戦国時代を生き抜いて未来へ帰る方法を探す。
身元不詳な自分が身分を持つために実光の養子入りを決める。
武士に限らず農民や商人でもよいかもしれないが、実光が自分のことに理解を示しているので、手っ取り早い。
せっかく戦国時代の知識を持っているのだから、最大限利用できるように史実の通り歴史を進ませようとする(長良川のプランはその一部)。
苛立ちながら誤解を与えるような説明をする。
↓
頼隆の勘違い。
貯金:結婚資金とその後の生活のため
段取りを考える:お堅い性格の自分のため
命が必要:自分が生きていないと結婚ができない
ちょっと無理やりかな?
次回は尾張へ行きます。