晃助は頼隆が蜂屋家に戻ったことを説明していた。
「……ということで、頼隆は蜂屋家の当主となり千早の家を出ました。」
「兄さま、頼隆はもう……戻らないのか?」
「ああ、多分な……」
「あぁ、なんてこと……」
「うわあああーー!」
桜とななは泣き出した。
頼隆は血の繋がりがなくても千早の娘なのだから、更に出ていった先が戦場だ。
圧倒的に不利なのにそんな場所に行けば討ち死にしかない。
二人が泣くのは無理もなかった。
(何がみんなに言っといてくれだ? こんな役回りごめんだってのに)
晃助は泣きじゃくるななを抱きながら心の中で毒づき、解決策を講じていた。
「実光殿は泣かれませんか?」
「……晃助殿、ひとつ聞いてよいか?」
「なんでしょう?」
一応聞き返すが実光の質問は晃助の考えていた通りだ。
だから面倒になる。
「頼隆の援軍に行くことは道三殿の命に背かんな?」
「ええ、道三殿の遺言状には[自分に]援軍は無用と書いてあるので、智慧に援軍を出しても問題ないでしょう。更に言えば、本人は縁を切ったつもりでも智慧は千早家の家族です。[家族を守る]ためにも援軍は出さなければなりません」
「やはりそうじゃのう、お主は反対せんのか?」
「どちらかと言えば賛成です。ただ……」
(俺の知っている蜂屋頼隆はこの動乱の後に織田家に仕える、だから智慧を助けなければならないが問題はその方法と俺たちの事後処理なんだよ、止むを得ず義龍と争う場合は、かなりの博打だ正直あまりやりたくない)
「頼隆を救った後の義龍とのことか?」
「はい、どうしたものかと」
「ほっほっほっ、死ぬかもしれん戦の前に生き延びた後を考えるとは大物じゃのう」
「当然です。俺はこんなところで死ぬ気はないのだから」
(そうだ、博打でもやらなきゃ史実の通りにならないのだ。未来に帰るために、目の前の歴史イベントを円滑にこなす。やってやる!)
「ぐすっ、兄さまが頼隆を連れ戻しに行くのか?」
「ああ、またみんなで町で買い物できるように連れ戻してくる」
「では、行くのかね?」
「ええ、義龍のことは後で何とかしますよ」
「晃助殿、日ごろから言っているけど無理をしないで」
「はい、御母さん」
ななと桜に言葉を交わして実光と晃助は陣触れを出した。
千早軍、四百はすぐに集結した。
農兵たちも集めるべきという声があったが、二人は集めなかった。
実光は農兵はできるだけ使いたくないとのこと、その慈悲深い実光だからこそ農兵がたくさん集まるのだが、晃助は農兵が集まるの待っていたら、戦いに間に合わないと判断したためだ。
夕方になっても野戦で戦う道三の采配は恐ろしいものだが、流石に兵がもたないだろう、急がなければならない。
城の守りには五十人、晃助の部隊に三十人、別働隊に二十人、実光の率いる本隊に残りの三百人と振り分けた。
「城には一切敵を入れん!」
「留守はお任せを!」
「ななちゃん、ハァハァ」
「……頼む」
少々不安だが城の守りには晃助が人選した、なな信仰(露璃魂)?の強い者達を選んだ。
城になながいる以上は、彼らは死んでも敵を通さないだろう。
「兄さまがんばって~!」
「フォーーー!、ななちゃん!」
「はい! 頑張りますだからもっと応援して~」
「「「 なな、ハイ! なな、ハイ! なな、ハイ! 」」」
「人選、間違えたかな……?」
周りの城は道三か義龍のどちらかに援軍に行ったか、日和見の勢力ばかりなので襲われることは多分ないのだが、念のために留守居を置かなければならないとはいえ、秋葉原のライブ会場を彷彿させる騒ぎが逆に不安になった。
ため息をついていると長頼が声をかけて来た。
「そういえば晃助さまは初陣になるのでは?」
「ん? そういえばようだな」
「初めて戦場に向かうのにそんなに落ち着いていられるなんて、やっぱり晃助さまはすごいです!」
いつもの如く、長頼はピョンピョン跳ねながら称賛してくる。
(鎧の胸元がめっちゃ揺れてる!? どうなってんだ!?)
「馬鹿! いつも言ってるだろあんまり跳ねるな、胸が揺れてるぞ!」
「えっ! ひゃあ!? 申し訳ありません!」
長頼は胸を押さえて赤くなるが、どうせすぐに忘れるのだ。
「とっ、ところで作戦とかあるのですか?」
「一応あるけど、彦の役割は俺が指示したときに暴れるだけだ」
「なんか悔しいです、けど暴れるのは任せてください! 晃助さま私の活躍見ててくださいね!」
「ん? ああ、わかった」
「ちょっと! ちゃんと聞いてるんですか!」
兵が集まるまでの間、実光に話して許可を貰った作戦を思い返していた。
「俺の部下に
「小平を? ほっ! 面白いな、よし任せる」
その小平は馬を使い作戦を開始した。
「あまり気が進まないが、殿の仰せだ致し方なし」
小平は刀を抜くと叫んだ。
湿原
蜂屋軍本陣――――――――――
頼隆は自ら刀を振るい戦っていた。
「やはり数が足りない! それにみんな疲れている」
頼隆が戻ってから蜂屋軍は彼女を大将にして仇討ちを叫んだ。
無論、頼隆はそのつもりで来たが、彼女に否定的な者達もいた。
「姫武将など」
「出戻り娘が」
「亡き殿はいったい何を考えている」
といった風に彼女の意見を聞かず国元に帰った者もいる。
だが、彼女は佐藤勢に挑んだ。
実光直伝の用兵で敵をかく乱することで佐藤勢に食らいついている。
問題は数・士気・疲れだった。
これらの条件が対等なら頼隆はこの戦に勝っていたが、最初から数で負けているのに更に減り続けている。
実家とはいえしばらく離れていたこと、頼隆が女でありながら大将をすることから家臣の忠誠心は低く。
頼隆が来る前から戦い続けていたため疲労困憊である。
「でも最後まで戦う! 父上のため弟のために!」
頼隆は討ち死にを覚悟していたが、心残りもあった。
(実光様、桜様、なな、ごめんなさい。最後に挨拶ができなくて……でも挨拶をしていたらきっと戦場に立てなかった。重ねてごめんなさい)
千早家の家族を思い返しては泣きそうになるが、ふと晃助のことを思い出した。
自分を最後に見送った、あの少年の言葉を。
「実光殿が、御母さんが(桜)、ななが、悲しむぞ!」
(あなたはどうなのよ! 止めてくれたけど、みんなのことを考えてのことでしょう!? あなた自身は私のことをどう思っているのよ! ……わ、私はいったい何を……)
怒りがわき上がると同時に胸がズキズキした。
「姫!」
「!? く、ええい!」
味方の警告で左方から襲い掛かって来た敵兵に気づくと、刀で受け止め、味方の方に押し返した。
押し付ける形になったが味方が敵を仕留めてくれた。
だが、戦場で余計なことを考えてはいけない、周りの味方が減り、その分敵が多くなる。
もうここまでかもしれない、頼隆は刀を握りなおしたが。
「千早軍! 攻撃開始!」
「「「 おおお!! 」」」
「どうして……実光様!?」
実光率いる千早軍が佐藤勢の横腹に突撃を仕掛けた。
その采配は頼隆のモノより精巧だった。
少数で敵をかく乱するため[面・戦線]と言ったものを散らすように複数の場所で戦いが始まった。
敵はそれらを迎撃するため兵を分ける、これにより全体的な兵の負担が大分違う。
この戦法は自らの兵も分散させるため、兵の練度は勿論だが、押された場所に送る増援の時期・数を誤ればたちまち全軍が崩れる危険な戦法だ。
長頼の場合、四半刻(三十分)も持たず陣形が崩れて自ら刀を振るっていたのに実光は巧みに兵を操り戦っている。
「どうして来たのですか!? 実光様!」
「道三殿は[家族を守れ]と命令した。その家族を迎えにきたのじゃ!」
「っ! 私は蜂屋家の当主で……もうあなたの義娘ではありません!」
「馬鹿者ーーーーーー!!!!」
実光は今まで誰も聞いたことのないような大音声で怒鳴る。
頼隆が目を丸くしながら、飛び退くほどだった。
「娘が家を出るときは、尼や嫁に行くときでも挨拶のひとつもあるじゃろうが! それもせず家出する馬鹿娘を連れ戻しにきたのじゃ!!!」
「そんな、私は、私はもう……」
頼隆は仇討ちという大義のためとはいえ自分勝手な行動を後悔したが、涙を拭い蜂屋軍の態勢を整えると実光の指揮下で戦いを再開した。
だが実光が来ても大勢は変わらず、混乱から立ち直った佐藤勢は盛り返してきた。
実光は采配を振るい、退いたり押したりを繰り返しながら、なんとか堪えるがそんな誤魔化しがきかなくなってきた。
「致し方ない、ワシが出る!」
「実光様!」
「大将が出たぞ」
「いかん! 皆続け!」
「「「 大将を死なせはしねー!! 」」」
実光が刀を抜き敵に切り込むと実光を死なせまいと兵が奮い立つ。
「ぬん!」
「ぐあぁ」
「ええい! 大将が出てきたのだ討ち取れぇ」
実光は馬上で刀を振り回し敵を薙ぎ払うが、囲まれつつある。
頼隆は実光の加勢に行こうとするが、その時一本の矢が飛ぶのを見た。
気づいたときには。
「ぬうぁ!?」
「よし取り囲んで討ち取れ」
「「「 おおお 」」」
「させない!」
実光は肩に矢を受けて落馬した。
首を取ろうと集まる敵に頼隆は突進し実光を背中に庇う。
「いかん! お主は逃げよ!」
「二度も義父を見捨てることはできません!」
「こんなときに義父と呼んでくれるか……」
二人は死を間近に感じたが、後方で敵兵のどよめきが聞こえる。
それを聞くと実光は笑った。
「さあ、機は熟したぞ晃助殿」
「晃助? そういえば姿が見えませんが……」
敵の本陣で悲鳴が上がった。
実光殿が参戦しても、九百と三千四百です。 おまけに兵の大半が疲れているので誰が見ても劣勢・無謀です。
原作五巻の道三の戦法をアレンジしたものを、千早家のお家芸としております。
というか合戦を書くの難しいな(涙)