16.動乱と手紙
その知らせは突然だった。
いつもの竹山城に伝令が走って来た。
知らせを聞いた実光は
「頼隆と晃助殿を急ぎ呼べ!」
伝令が庭に行くと泥だらけの晃助が頼隆と木刀を打ち合っていた。
「っ! ふっ! はぁ!」
「くっ! ちっ! うおっ!?」
「これで七連勝よ晃助」
「いやぁ、情けないな」
「まだ成長しているわよ、最初のころなんてロクに受けることもできずに反撃なんて全然できなかったじゃない?」
「確かに上達してるかもしれないが、いつも泥だらけになってるのは変わらんな~」
相変わらず晃助は剣術で誰にも勝てずにいた。
火急の用事だが打ち合いがひと段落したところで、伝令は声をかけた。
「晃助様、頼隆様、実光様がお呼びです。お急ぎください」
「実光様が急ぎで? 珍しいですね何かありましたか?」
「ハッ! 斎藤義龍が謀反しました」
「なっ!?」
頼隆は驚いていたが、晃助は動じなかった。
(ついに起きたか、さてどのプランで進めるかな?)
晃助は実光の元に向かう間、これまで準備していたことをおさらいしていた。
「現在、道三殿は長良川で義龍軍と交戦しておる」
「戦力差は?」
「十倍以上じゃ」
「馬鹿なっ!? どうして長良川で戦うのですか!? その戦力差なら篭城するしかないのに!」
頼隆が兵法の常識を説くが。
「恐らく道三殿はうつけ姫のことを思って野戦を挑んだのじゃろう」
「どういうことですか?」
「篭城すれば戦が長引く、そうなれば養父を助けるためにうつけ姫は援軍を出すじゃろう、だが今川が尾張を狙っておる今、スキを作る訳にはいかんのじゃ」
「!? そこまで考えての出陣とはさすがは蝮です」
(おかしい、史実じゃ織田は援軍を出したぞ、まさか性別が逆転したことで歴史に狂いが生じたか? まぁいい、どうなろうと道三には死んでもらう)
「だが恐らくみすみす討たれる気はないのでしょう、野戦とはいえ平原でなく川で戦っているのですから」
頼隆の言う通り、平原なら小細工抜きで兵力差と将の質で勝敗が決まるが、道三は兵力で負けている。
だから、小細工のできる川で戦っているのだ。
どの道死ぬとなっても、将として華々しく死にたいのだろう。
晃助は尋ねる。
「実光殿はこの戦をどうします?」
「むぅ……」
「実光様! 義を重んじるなら道三殿を助けるべきです!」
「本気で言っているのか智慧?」
「どういうことよ!?」
「道三殿を助けるだと? 俺達が加勢しても兵力差は変わらん、道三殿は死ぬしかない」
「そして、この戦で道三殿を助けた者は生き延びても後ほど処断される、そう言いたいのじゃな晃助殿?」
「はい、それ故に義龍に味方されるとよろしいかと」
「そんな!? 実光様に義兄弟である道三殿を討たせると言うのですか!?」
「別に直接討たなくても、義龍に味方する事を示せばそれで十分だ。実光殿ご決断を」
「むぅ……」
実光は決めかねていた。
確かに道三は負けて死ぬだろうが、それを少しでも救いたい、自ら兵を引き連れて戦いたいがそれでは子供たちに類が及ぶ。
かと言って、道三と敵対するのは嫌だった。
実光が悩んでいるところに斎藤道三の手紙を持った使者が来た。
わが義兄弟よ、このような別れになって申し訳ない。
美濃を譲る話を聞き入れてくれた者はお主を含め片手で数える程度しかおらなんだ。
当然じゃ、美濃を乗っ取った際に旧主の息子を、義龍を養子にしていずれ返すと言っていたことを反故にしてしまったのだからワシに
だが、義兄弟はワシの意見を聞き入れてくれて嬉しく思う。
お主のことだ義に殉じワシを助けようとするかもしれん、だが援軍は無用である。
家族から見放されたワシが言うのは可笑しいかもしれんが、お主には素晴らしき家族がおる、その者達のことを考えてほしい。
自分の家族を守れ
最後の命令をお主に言い渡す。
そしていずれ美濃を切り取りに来るわが義娘をどうか助けてやってほしい。
お主もいい歳だが、ワシは一足先に行く。
お主はゆるゆる参るように、さらば
「おぉぉぉ!」
「そんな……!」
「……」
手紙を読むと実光はその場で泣き崩れ、頼隆も目元に涙を浮かべていた。
晃助は。
(要は、どちらにもつかずこの戦を静観しろということだな。 直接敵対した訳でないから寛容な処罰で済むと……蝮と考えが被るとはな……これはプランBだな)
冷めた目で考えを巡らせていた。
プランAは義龍に加勢してお叱り無しで戦を乗り越えて、引き続き姉小路家の交渉窓口として斎藤家に仕えていればいい。
プランBは中立を保ち道三が死んだあと、姉小路家との交渉窓口としての千早家の価値を示して乗り切ろうという考えだ。
実光を説得できずに道三の援軍に行こうとすればどうやってBに持っていくか考えてなかったが、思わぬ
「では、両者の援軍に行かず中立を保つということで」
実光は激情のあまり返事ができなかったが、何度も頷いていた。
晃助が終始冷めた目をしていたことに気づいていない二人を残して晃助は主要館を退出した。
「念のため戦況は知っておいた方がいいな、誰かいないか!」
「ハッ! ここに」
「長良川とその周辺の戦況を知りたい、物見を出せ」
「すぐに!」
足軽を何人か物見に向かわせると、晃助は弓の稽古をするため的場に向かった。
追加の知らせは夕方だった。
晃助の放った物見は着々と戻って来たがその中に蜂屋家の家臣がいた。
「蜂屋軍、大敗しました」
「父上が!?」
聞けば蜂屋家とその縁者・周辺の豪族たちは蜂屋頼隆の父親を大将とし
蜂屋軍は七百に対して佐藤軍は四千だという。
蜂屋軍は善戦して六百削り、残り三千四百にしたが、
二百減り、残り五百となり、頼隆の父と弟が戦死した。
頼隆の父は死の間際に遺言状を書いたという。
頼隆よお前の才を認めながら家督を倅に決めたことを許してほしい。
もし倅が凡将ならばお主に家督を任せたかったが、倅は優秀だった。
だが、倅はワシより早く討ち死にした。
こうなっては蜂屋家をお主に任せる、勝手な父で申し訳ないが、家臣達を守ってくれ。
よれよれの字で途中から筆跡が変わっている、遺言状を持って来た家臣は途中から筆を持つこともできなくなった主に変わり、その言葉を代筆したという。
戦場からの手紙らしく所々に血がにじんでいる。
「……他の家臣たちは?」
「殿と若の仇討ちのため佐藤勢と対陣しております」
「それは丁度いいわ」
「おい、智慧……まさか?」
「ええ、行くわよ仇討ちに」
「駄目だ! 絶対死ぬぞ!」
「私はもう蜂屋家の当主よ! この決定は誰にも邪魔させない!」
「実光殿が、御母さんが(桜)、ななが、悲しむぞ!」
「……ッ! もう一度言うわ! 私は蜂屋家当主、蜂屋頼隆よ! もう私は千早の義娘じゃない邪魔しないで晃助!」
「待てよそんな勝手なこ……!?」
頼隆の肩を掴んで引き留めようとすると、空中を舞っていた。
頼隆が晃助の手を掴み、投げ飛ばしたのだ。
「くっ、智慧!」
「さようなら晃助、他のみんなにも言っておいて」
そう言うや馬に乗って竹山城から出ていった。
「くそ! 面倒なことになった」
晃助は地面に這いつくばりながら、毒づいた。
人物や道具・ネタを参考にしているのは、クロスオーバーと言えるのかな?