「山田晃助を養子にしたい」
実光はこの場にいるすべての人に聞こえるように宣言した。
「なっ、……じ、実光殿?」
晃助はいきなりのことで目を丸くして、隣にいる頼隆は驚いた表情で実光と晃助を交互に見ている。
「兄者その者はいったい何者だ?」
「未来人と申しましたが?」
「この者は未来から来たと言ってのぉ、実際この時代にない知識を沢山蓄えておる」
「それはよき掘り出し物じゃな実光殿」
実光は晃助に教えてもらった未来の知識を披露するが、僅かでも理解できたのは道三だけだった(頼隆は既に知っている)。
「兄者の言っていることは意味が分からん」
「父上の言う通り、そんな意味のないことを沢山知っているだけの素性のわからぬ者を養子にするなど善国は反対ですぞ」
「ワシは反対せんがの」
「たとえ殿がお許しになったとしてもこれは千早家の問題」
「さよう、頼隆は女ゆえ厳しく言いませんが、この者は男だ! 分家とはいえ千早の家督を継げるのです。簡単には納得できません」
道三は晃助の養子入りを許容したが、本家の親子は反対する。
特に善国は猛反対している、理由は家督は男が継ぐべきという古風な考えだ。
隣りの頼隆が抗議の声を上げようとするが、晃助に止められた。
話しが続く
「家臣として抱えるのは兄者の好きにすればよろしいが養子となれば話は別じゃ」
「父上のおっしゃる通り、千早に名を連ねる以上は家に貢献しなければならない、そんな者になにができる? 何もできまい? それともなにか抜群の功績を挙げたとでも言うのですか?」
どうやら、未来人云々はあまり気にしないが晃助の実力を気にしているようだ。
「晃助殿は下田業兼を捕えた功績があるぞ」
「「 なんですと? 」」
「本陣を奇襲しようとした部隊を事前に見つけてワシの部隊が到着するまで時間を稼ぎ、全員捕縛する切っ掛けを作った。 これは大きな功績ではないか?」
「確かに奇襲を止めることで、味方を大勢救ったことになる。更に全員討ち取ることなく捕縛することで後の交渉にも使えるようにするとは、抜群の功績である」
「下田家は人質としても高いからのぉ」
「部隊到着まで時間を稼ぎながら、誰にも怪我をさせないとは相当な猛者じゃの」
「「……」」
実光は晃助の手柄について話し出すと道三はそれを称えだした。
(なんだこの二人? 息ピッタリに俺のことを称賛してるぞ、道三殿は俺が口八丁で丸め込んだことを武力で大立ち回りしたと尾ひれをつけてやがる)
だが、実光と晃助の出会い方を話していない、これでは本家の親子は以前から晃助が家臣になっていると勘違いする。
実光の話し方と道三の称賛という援護により本家の親子は黙り込んでしまったが
「むう……認めるしかあるまい」
「父上!?」
善基が了承した。
「しかし、その者は……」
「なんじゃ善国? なにか不満があるのか?」
「そ、その者は未来から来たとか、出自が気に入りません!」
「ほう、ならば善国殿はこの道三が気に入らぬと?」
斎藤道三は、油売りの商人から美濃の大名に成り上がった者だ。
その前は、寺男をしていたという説があるが、下級の出自から実力で成り上がったことは事実だ、今の善国の発言は迂闊だった。
善国は晃助を貶めようと発言したつもりでもそれは主君である道三を貶める言葉でもある。
道三の放つ気迫に善国はたじろいだ。
「は! ……も、申し訳ありません!!」
「ならば、山田晃助の養子入りを認められるか?」
「はい! みとめまする~!」
善国は腰砕けになりながら認めた。
「というわけじゃ、晃助殿これからは義息子としてもよろしく頼むぞ」
「そんな!? 突然こんなことになっても……」
晃助が返事をせずにいると善基が
「そういえば兄者、ななと
「おお、それはどうしようか迷っておる」
「ダメです! 絶対だめです!!」
実光の実子ななとの縁組が話題に上がると、頼隆が突然猛反発し始めた。
「ほお頼隆よ、何故にそこまで反対する?」
「ななはまだ十歳です! 早すぎます!!」
「それ故に迷っておる、今すぐ結婚とせずに婚約として縁を深めようかと」
「養父上はこの男に実の娘を任せられるのですか!?」
「うむ、晃助殿なら家督ごと任せてもよいかなと考えておるぞ」
「そんなっ!? いえ、私は反対します!」
頼隆・実光の分家親子で言い争っていると、善国が、
「頼隆がそんなに反発するなんて、まさかその男に惚れているのか?」
「!? ちっ、違いますっ! 断じてそのようなことは……」
「なんと!? そうであったか? ならば頼隆と縁を結んでもよいぞ?」
「~~~~!?」
実光の頼隆イジリがまた始まった。
だが、晃助は悩んでいた千早家に養子入りしてしまうと、この世界との縁を深めてしまい未来に帰ることができないのでは? 母の食事が食べたい、父とまた将棋を打ちたい、学校の友達とくだらない話がしたい。
この世界で生き抜くため武家に仕官して修行しているが、そんなことをしたくない。
自分の日常に帰りたいそう強く思ったからだ。
「―――――っ!?」
するとここ数日の思い出が浮かんできた。
兵士たちに訓練してもらいながら泥だらけになるが、長頼をはじめ部下たちは自分の上達を褒めてくれた。
彼女たちは実戦ではどうすれば生き残れるか真剣に教えてくれた。
実光は未来の話を聞きたがるが、かわりに内政の仕方や斎藤道三の国盗りを手伝った苦労話をしてくれた。
いつか役に立つかもしれない、そして史実の貴重なウラ話を聞くことができて晃助にも勉強になった。
実光の妻
無理をしないでと本当の息子を心配するように労わってくれた。
実光の娘ななは、晃助の少ない休憩時間を減らす行動だが、遊んでくれるようにせがんでくる。
その無邪気な笑顔に心が救われることもあった。
頼隆はいつもは冷めた目で自分の訓練を見ていて、辛辣な評価をするが、
傷の手当てをしてくれた。
もうすでに、この世界で家族と言える存在に囲まれていたのではないかと晃助は思い知らされた。
ならば、言うことは決まった。
「養子入りの件、お受けします」
「おお、では誰を娶るのじゃ?」
「いいえ、誰も娶りません」
「それはなぜじゃ?」
「この戦国乱世で本家が倒れたあとは分家が領地の舵取りをする。そんな風習ですが、それを狙い本家に下剋上しようとする輩がおります」
姫武将の考えもお家騒動を回避するために生まれた発想だ。
後に起きるであろう、
「将軍家を助けるのは自分だ」 という名分が強く影響する。
そう血筋だ―――――
「もし私が竹山の千早家を継いだ場合、下剋上の意思がなく本家を守り立てる覚悟があると示すために分家の血を絶とうと考えます。血は絶えても名を残し本家の宿り木であろうと存じます」
戦国時代では軍事同盟でも縁組をするのは、家族としての情を利用するためだ。
どこまで影響するかはわからないが、無いよりあった方がいいのものだ。
だから晃助の提案はこの時代では異端だ。
だが、
「そうかそうか、それはよい心がけだ」
頼隆の養子入りを厳しく言わず、自分のことでごちゃごちゃ言うのだから、実光が
ならば、殊勝なことを言っておけば次期本家のコイツを黙らせることができるそれに。
(養子になっても血の交わりが無ければこの世界との縁もギリギリだろうよ、何よりななを娶ると智慧が毎日うるさそうだ)
「まあ、それもよかろう」
実光は残念そうな表情をしながら、晃助の意気込みを許した。
もしかしたら、本家に疎まれることを気にしていたのかもしれない。
こうして、山田晃助改め
帰り道で長頼は主要館で行われた話を驚きながら聞いていた。
彼女は道中の護衛なので館に入れなかったからだ(頼隆は一門、晃助は実光が本家に許可を取ったから入れた)。
「じゃあ! 晃助様は一門として千早家臣で頭一つ抜けた立場になったんですね!」
「ええ、しかも私と違い家督を継げる立場にあるから実質筆頭家臣よ」
「わあ、すごい! 私も鼻が高いです!」
そういって長頼は飛び跳ねて晃助の出世を喜んでいた。
そのたびに彼女の大きな胸が揺れるが、晃助は頑張って目をそらす。
そうしないと頼隆が背後に般若を召還して、睨んでくるからだ。
長頼には[様]をつけなくてもいいと言ってあるが、
「それでも主君です」
と言って、聞いてくれない、
(まあ[殿]じゃないだけマシか)
「ということでこれからは、一層訓練に力をいれましょう!」
「え? あぁ、そうだな」
「剣術もそうだけど、軍略と内政の座学もしてください」
「あぁ、……わかってるよ」
「なんですかその返事は? いずれ私の主になるかもしれないのですから私より有能になってもらわないと……」
「そんなこと言ってると、嫁に行けねえぞ」
「なっ……!」
「え!? 私は行けますよね?」
「さあな」
実光のマネでからかってみると二人の反応は面白かった。
その後で、晃助が悲鳴を上げたが―――――
後日、下田業兼を引き取りに使者がやって来たのだが
「初めまして、
眩しい笑顔をする女の子が来た。
はい、野望ネタですが、マジメに書いてます。
出自を気にする善国ですが、もし本当に晃助がななと結婚して分家を継ぐと、その内本家を乗っ取られるのでは? と恐れていました。
そのため、晃助の縁組なしの養子入りを認めました。