影が薄いことが、僕の存在意義なのかも知れないね……。   作:ゴズ

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第一影

 世の中に色んな人がいるのは、誰でも知っていると思う。

 本当にそうなんだ。

 例えば……朝はこの時間に起きないと気が済まない人とか、この時間まで寝ないと寝足りない人とか、この場所じゃないと眠れないとか、あの場所では眠れないとか……一つの寝るって言う行動でも、パッと思いつくだけでこれ位は出て来るんだから、よく考えればもっとあると思う。

 分かり易い例で言うならアレだ。

 他人にどうでも良いと思われることが、自分にとって何よりも大切とか、そう言ったやつだ。

 心当たりのある人は、軽く億を超えていると思う。

 まぁ、こんな周知の事を話していても何にもならないから、話を進めることにしよう。

 存在感のある人っているよね? 何もしてない、ただそこにいるだけで注目を浴びる様な人。心当たりが無い人は、登校、出勤した時、高い確率で視界に早く入る人を思い出してみれば良いかも知れない。多分その人が、あなたにとって存在感のある人だから。

 存在感の無い人っているよね? 何かをしても、いることをアピールしても気付かれない人。心当たりがある人は、きっとこっちは多いんじゃないかな? 学校や職場でそういう話をするでしょ? 影薄いよね、とか。

 ……ごめんね。これも周知の事だった。

 うん。いい加減に話を進めよう。

 僕の名前は影井薄斗。

 名前の通り影が薄い唯の高校生で、今は楽しい楽しい修学旅行に来ている最中。行き先はありきたりな京都で、バスに揺られながら窓の外を眺めている所だ。

 最後列左窓際に座っている僕の隣には、面白いことに学園NO.1に輝く男女が並んで座っている。本当に面白いことに、この2人、創也一輝と天野小路友輝は、幼稚園の頃から僕の近くに居た。

 理由は知らない。聞いて無いから。これからも、聞くつもりは無いから。

 この2人は、さっき言った存在感のある人達。

 この狭いバスの中で、今している様になんてことは無い話をしているだけで、生徒達の大半は2人を見る。いつもそうだ。2人の人気は衰える所を知らず、入学から1年が経った今でも上がっていく一方で、そんな2人は、同性からも慕われている。敵なんか居ないんだ。本当に、誰1人として。憧れると同時に、諦めているから。

 わざわざ自分から、楽しい筈の学園生活その3年間を手放しているから。

 なんて、僕が言えたことじゃないけどね……僕を独白を聞いている人がいるとして、2人に対してどんな感情を抱いているのか。多分妬みとかそんな感じの感情を抱いているって思うかも知れない。

 けど、それはどんなことが起こってもあり得ないことなんだ。

 僕は、諦める以前に、憧れる以前に……2人に対して、何の感情も抱いていないから。

 それは2人も同じだから。

 そんな始まる前に終わっている関係の2人に対して、どんな感情を抱けって言うのさ。知っている人がいるなら――いいや、教えてくれなくて。どうでも良いから。

 バスは無事宿泊予定のホテルに到着した。

 夕食の時間まで、各自2時間ばかりの自由時間を与えられる。

 そしてバスを降りた途端に待っているのは、2人と共に時間を過ごそうと待ち構える生徒の群れだ。

 影の薄い僕はスルスルとその群れを抜け、部屋で時間を浪費する。つもりだったのに、いつもそうなんだ。この2人は、いつもこんな風に、

「悪いな。俺は薄斗といてぇんだ」

「ごめんね。あたしはは~くんといたいの」

 悉く僕を捕まえる。

 2人に照らされたことで、漸く僕に気付いた生徒達は、一様に僕を睨み付ける。それはそうだろう。僕自身、なんで2人がこんなに僕といようとするのか分からないんだから、当事者じゃない生徒達からしたら、お前何様だ状態に見られるのは当たり前だ。

 そしてこの後に起こることも、最早当たり前なんだ。

「――おい」

「――ねぇ」

 一転。2人の声が声帯を弄ったのかと思わせる程に低く、冷たく響く。そして生徒達はおろか、教師達ですら何も言えなくなる。

「今薄斗に死ねって言ったそこのお前。今すぐ出て来い。俺がお前を殺してやる」

「は~くんのことウザイとか言ったそこのアンタ。出てこないならあたしから殺しに行くわ」

 僕に聞こえない悪口、陰口を、2人の聴覚は敏感に捉える。その度に肩を震わせる生徒がいるんだから、正確さには毎回感心させられる。けど、なにはともあれ、美男美女の2人には普段こそ柔和な笑みを浮かべることが多い反面、こういう時に見せる怒りの篭った目は見る者全てに恐怖を与える訳なんだ。だって、普段のギャップに耐え切れなくて腰を抜かす人なんて、今まで幾らでも見てきたから。

「聞こえなかったのか? 出て来い。俺が殺してやるから。お前だよ、お前。金髪のチャラチャラしたギャル」

 肩を跳ね上がらせて震える関口洋子さん。

「動くんじゃないわよ? そこの紫髪」

 同上。三ツ屋健二くん。

 このままだと関口さんは、やっぱりこれまでと同じ流れで出てこようとして、三ツ屋くんもこれまでと同じ流れで殺されそうになるんだろう。修学旅行で流血沙汰を起こすのは感心しない。旅館の前に血痕なんてあったら、一般客は引くのが当たり前だし。僕だったら間違いなく引くし。

 そんなことはどうでも良いか。2人を止めよう。

「一輝、友輝。散歩でもしよう」

「お、良いな! 3人だけの場所とか探そうぜ!」

「一輝にしては良い案ね。あたしもさんせ~い!」

 これまた一転。

 スイッチを押した様に、2人は通常運転に戻る。いや、2人にとって、今日の中で自分達が異常だったことは一度もないんだろうけど。だって、今の今までの2人だって、2人にとっては通常でしかないから。

 子供みたいに両手を2人から繋がれ、群れを離れる僕達は、何も知らない人から見れば、兄弟にでも見えるかも知れない。

 そんなことを考えながら、一輝の言う3人だけの場所を探す散歩が始まった。

 それから1時間程歩いた所で、恐らく余り知られていないと思われる様な場所を、僕達は見つけた。

 立て札や分かれ道なんかが造られていない、自然に隠されたある通路。そこを通って辿り着いたのは、廃れきった社で、狛犬の像は首から上が無くなっていた。長い間放置されて、風化したんだろう。心の中で、役目を全うし切ったことを願い、祈りを捧げる。こういう時、僕達は繋がるんだ。関節と関節を見えない何かで繋がれている様に、3人で同じことをしていることが分かるんだ。合図なんてしてないのに、一泊足りとも遅れることが無いんだ。始まりから終わりまで。

 祈りを捧げて奥へ進むと、一歩踏み出せば抜けそうな床ばかりの殿があり、一つの鏡が安置されていた。

 好奇心と言う魔物を、誰しも抱えている。

 その魔物は、時として到底抗うことの出来ない力を発揮し、宿主を思うがままに操るんだ。

 一輝と友輝は、ふらふらと吸い込まれる様に鏡へ近付いた。

 2人の手が鏡に触れると、途端眩い光が溢れ――――視界を白一色に塗り潰した。

 

 

 

 そして僕は、黒く鋭い何かに胸を貫かれて、死んだんだ――――。

 

 

 

「――――――――――!!」

「――――――――――!!」

 

 


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