冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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一週間であげるつもりが、ゲームしたりとか、本を読んだりしている間にあっという間に時間が経っていて、びっくりしました。


第6話 私が彼を愛するためには

 衛宮士郎はここ最近、衝撃の真実という奴によく襲われている。

 それも、身近に思っていた人物たちによってだ。

 

 俺が付き合いの深かった間桐の兄妹。

 傲岸不遜を絵に描いたようで、実は小心者で不器用な間桐慎二。

 何時も俺の家に来て、ご飯食べたり、料理を作ったりしてくれる1歳年下の間桐桜。

 

 慎二とは桜を巡る過去の事件で、疎遠になってしまっていた。

 そして、その隙間を埋めるように、桜は俺の家に通い始めた。

 

 だが桜の告白から、運命の歯車は回りだす。

 

 

 間桐が魔術の家だったこと。

 俺は桜に監視されていたこと。

 この街に聖杯戦争とかいう、魔術師達の儀式(殺し合い)が存在していること。

 じいさんが、それに参加していたこと。

 次の60年周期の戦いの為に、『衛宮』の家の俺を引き込もうとしたこと。

 

 それらのことを、桜は俺に暴露した。

 正直、まだ色々と飲み込めていない。

 殺し合いなんて馬鹿げているし、俺はそんな物に加担する気はない。

 むしろ、積極的に妨害することになるのかもしれない。

 10年前の、あれを、繰り返させるわけにはいかないから。

 だがあいつらはその戦いに挑む、という理由だけで俺に誘いをかけたのではなかった。

 

 

『それはね…………先輩のことが大好きだからですよ』

 

 

 ドキっとするほど透き通るはにかみを桜はしていた。

 俺の心に染み込んでくるように。

 俺を包むように。

 

 嘘は感じられなかった。

 友達の妹からの純粋な心。

 そんなものを見せられて、俺はそれを受け入れそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――だけれども、少し幸せを感じた俺の脳裏に赤い世界が広がる―――

 

 

 

 喉が乾く中を歩いている。

 呻き声がそこらじゅうから聞こえて。

 たすけて、たすけて、そんな声で溢れかえっている。

 俺はそんな彼らに手を差し伸べることなく歩き続ける。

 

 燃えている家の中を、母さんに起こされて慌てて飛び出した。

 でも母さんは逃げ遅れ、父さんは母さんを助けるために家に飛び込んだ。

 そしてふたりともかえってこなかった。

 

 母親がこの子だけでも、と赤ん坊を誰もいない宙に差し出していた。

 ほのおがもえあがってやけた。

 

 見たことのある友達が俺を見つけた。

 しろうくん、僕はここに居るの、これが重いよぉ。

 掠れた声で訴えている。

 しらないふりしてすすんだ。

 

 

 今度は俺の足が、棒になる。

 動かなくなる。

 背中が熱い。

 焼けてるのかな?

 他の人を見ると真っ黒になってる。

 きっと僕もそうなっているに違いない。

 そっか、ぼくはしんだんだな。

 

 でも俺は生きてる。

 じいさんが助けてくれた。

 

 そんな俺を、見捨てた人たちが罵る。

 

 私たちを見捨てて、何故お前はイキテイル?

 幸せになろうとシテイル?

 

 それを見て俺は思う。

 やっぱり、俺は償わなくちゃいけない。

 俺は彼らの分まで生きて、死んでいった人に報いるために多くの人を助けなくちゃいけないんだって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぱい、先輩!」

 

 

 桜が俺を心配げに顔を覗き込んでいた。

 安心させるように、俺は微笑む。

 

 

「悪い桜、ちょっとびっくりしてた」

 

 

 そういうと桜は何か言いたげだが、引き下がった。

 顔に影が差している。

 そのタイミングで俺は言う。

 

 

「桜の気持ちはとっても嬉しい」

 

 

 そう言うと、桜は暗い表情に、親に見捨てられるような子供の顔をしていた。

 俺が何を言おうとしているのか、分かってしまっているのだ。

 

 

「だけど無理なんだ。悪い」

 

 

 蒼白な桜、ガタガタと震えている。

 桜が悪いわけじゃない。

 完全に俺個人の問題。

 だけれど、だからこそ自身のケジメはしっかりつけたい。

 

 

「桜、俺のことを好きになってくれてありがとう。

 でも桜ならもっと良い人を見つけられるは、ず……」

 

 

 そこで気付く。

 異常なほどに震えている体を、強く両腕で抱きしめる桜。

 涙をポトポトと畳を濡らし、小さな声で、嫌だ、と繰り返している。

 

 

「おい、どうしたんだ桜!」

 

 

 普通ではない様子に、急いで駆け寄る。

 振った直後に手を差し伸べるなんて許されない行為だろうが、それでも泣いている桜を放っておくことなんてできない。

 この場に俺と桜しか居ないなら尚更だった。

 

 

「泣くな桜、落ち着け」

 

 

 背中をポンポンと叩き、落ち着くように摩る。

 だが効果は無く、桜の涙は止まらない。

 

 

「先……輩」

 

 

「どうした、桜」

 

 

 桜が泣き始めてから、何分経っただろうか。

 5分のような気がするし、1時間のような気もする。

 どのくらい、こうしていただろうか。

 

 落ち着いたのか俺に呼びかけてきた桜。

 だが目尻には涙の跡が幾つもあり、赤くなってそれがとても痛々しかった。

 

 

「私に、は先輩しかい、ないんです。

 他に、良い人なんて、いないんです。

 だから、私を受け入れてく、ださい」

 

 

「……桜」

 

 

 何が桜を駆り立てるのだろう。

 どうしてそこまで俺に拘るのだろうか。

 分からない。

 

 だが、桜は俺しかいないといった。

 俺以外にも、桜を好いている奴は探せば出てくるはずなのに。

 ここまで思われているのは幸せなのだろう。

 

 だけれど、俺は、俺は駄目なんだ。

 死んでいった人たちの分も、人を助けなくちゃ。

 正義の味方(衛宮切嗣)に成らないと。

 

 きっと、俺は俺でなくなってしまうだろう。

 

 

「どうしたら、良いですか」

 

 

 蚊の泣くような声だった。

 だが俺の耳にもはっきり聞こえた。

 桜にすべての意識を傾けていたから、普段は聞こえないような声でも俺に届いたのだろう。

 

 

「どうしたら良いって……そういうことじゃないだろ」

 

 

 俺が駄目なのだから付き合えないのだ。

 桜は何も悪くない。

 だから、どうしようもないのだ。

 

 

「先輩、正義の味方になるって言ってましたよね?」

 

 

 虚を突かれる。

 桜と一緒になれない理由。

 俺が将来なりたいもの、成らなくてはならないもの。

 

 かつて、夕飯の時に藤ねぇが桜に吹き込んだ戯れ。

 恥ずかしくて真っ赤になった俺に、桜は素敵な夢だって笑ってくれたもの。

 

 

「それが、どうしたってんだ」

 

 

 俺の大事にしている物に桜が触れてきた。

 知らず、声が震える。

 何か重要な言葉が飛び出す予感がするのだ。

 

 

「なら……」

 

 

 桜が言葉を詰まらせる。

 再びしゃくりを上げ、枯れたと思っていた涙が再び流れ始めた。

 桜の顔はしっかりと顔を上げられており、そこから全てが見えたのだ。

 

 

「私を助けてくださいよぉ!」

 

 

 言わず、衝撃を受ける。

 戦慄したといっても良い。

 

 確かに桜は今、泣いている。

 正義の味方なら、ここで手を差し伸べるべきなのだ。

 だけど、僅かな躊躇が生まれる。

 

 そんなに義務的に桜を助けてもいいのか?

 桜をそこに含めてもいいのか?

 

 そこまで考えて、ふと気付く。

 桜は特別なのか?

 俺は彼女をどう見ている。

 桜に俺はどうしてやりたいんだ、と。

 

 

 

 自然と、彼女を抱きしめていた。

 

 

「先…輩…?」

 

 

「言うな、何も」

 

 

 俺は何をしているんだろうって思う。

 振った直後にこれである。

 これほどの愚挙は滅多にないだろう。

 

 

 だけれど

 

 桜の涙を止めたい。

 桜の助けになりたい。

 桜の……隣にいたい。

 

 そう、烏滸がましいことを考えている俺がいた。

 

 

 過去のことで見捨ててしまった人がいる。

 その人たちの為にも、俺は人々の助けとならなないといけない。

 だけれどもそれなら、泣いている娘一人を助けられないでどうする?

 

 無論、詭弁だということは承知している。

 俺が桜の近くにいたいが為の言い訳だということを。

 

 

 

 分からないのだ、今の俺には。

 どうして良いのかが。

 

 彼女の隣にいて、安らぎを甘受する自分が許せない。

 自分がそんな事にかまけている間に、正義の味方になる道は遠のいていきそうで。

 

 だけれども、俺は。

 桜を泣かせたくない一心で。

 そんな即物的な理由で、桜を抱きしめていた。

 

 

 これからの事なんて考えてなかった。

 だけれども、その時は確かに心が穏やかになっていた。

 

 幸福ではなかったのだけれども。

 満たされることも無かったのだけれども。

 それでも助けになれたのなら、その先にきっと……。

 

 

 

 

 

「先輩、良いんですか?」

 

 

 戸惑った桜の声が聞こえる。

 それもそうだろう。

 俺の行動には全くの一貫性がないのだから。

 

 

「良くはない」

 

 

 俺の返答に桜の戸惑いの色が更に増す。

 不安そうな目で、桜は俺をじっと見ているのだ。

 

 

「それならどうして、私を抱きしめてくれてるのですか?」

 

 

 不安さと戸惑いの中で、少しの期待を俺へと向けてくる。

 

 

「桜と一緒にいたいからだ」

 

 

 ハッキリと言う。

 嘘偽りの無い俺の気持ち。

 桜はそれに伴い、その名前を体現するような顔色になる。

 

 

「ならどうして、私を抱きしめるのは良くないことなんですか?」

 

 

 ほんのりと朱に染まった顔を覗かせながら、ドキドキと不安とを織り交ぜた表情で桜は尋ねる。

 答えを求めるように、俺の顔を下から覗き込んでくるのだ。

 

 

「正義の味方はな、皆に平等でなきゃならないんだ。

 だから、桜だけに優しくするわけにはいかないんだ」

 

 

 正義の味方は、一人だけの味方であってはならない。

 それは、誰かを愛せるものだけの特権だから。

 

 俺にはきっと、そんなことを出来る権利なんてない。

 

 

「だから今だけだ」

 

 

 まだ正義の味方を目指している途中だから。

 完全な正義の味方になった訳ではないのだから。

 

 だからこの瞬間だけ感情を持て余させて欲しい。

 桜を強く抱きしめ、甘えながらそう思った。

 

 

 

 

 

「先輩、いくつか忘れ物がありますよ」

 

 

 桜が俺の耳元で囁く。

 抱きしめてるから、桜の顔が見えない。

 ただ耳元で、桜の熱い吐息を感じながら聞き入るしかなかった。

 

 

「何がだ、桜」

 

 

 俺の問いに、桜は少し自信ありげに言う。

 

 

「正義の味方には、助けてくれる仲間が付き物だってことですよ」

 

 

 ……今日は驚かされることが多い。

 それらのことが、頭の中をグルグルと回る。

 

 

 俺の知っている正義の味方は、常に一人で行動していた。

 人を助けると、幸せそうな、救われた顔をするのだ。

 

 その人が俺の目標。

 だから、今まで全く考えてこなかったのだ。

 

 1人でいるのは、自分の責任でもあるのだ。

 他人を巻き込むまい。

 そう考えていたのかもしれない。

 

 だけれど、

 

 

「だから先輩、頑張って一人になろうとしないでください」

 

 

 そうでなくて良いと、桜は言ってくれた。

 それは俺の心に自然と入り込んできて。

 とても、心に染みた。

 

 

 

「それに、ですね」

 

 

 桜の声がする。

 さっきの優しげな声と違い、不安がるような、心配をするような声が。

 

 

「私を仲間にしてくれないと、先輩も私も一人ぼっちになってしまいます。

 それは、嫌です」

 

 

 俺の背中を桜が強く抱きしめる。

 居なくならない様に、しっかりと。

 

 

「そう、だな。

 一人は寂しいな」

 

 

 

 

 

 爺さんが死んだ時。

 俺は世界にたった一人、取り残された気分を味わった。

 それを乗り越えられたのは、たった1つの約束のため。

 月下の下で交わした、最後の約束。

 

 

『うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ』

 

 

 それは夢を見れる、子供だけがなれるもの。

 

 

『爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は俺が――』

 

 

 その約束に縋って生きてきた、俺の軌跡。

 

 何かを追い求めて、ここまで生きてきた。

 藤ねぇや桜といても、充実の中に空虚さを感じてもいた。

 

 だが、その空虚さに、桜は近づいてきている。

 このままでは、何れそれに触れられてしまうだろう。

 

 本当に良いのか?

 桜に触らせてしまっても良いのか?

 絶対に触れられて欲しくないものに。

 

 

 怖い

 

 

 親しみが、愛情がこんなに怖く感じるなんて。

 

 

 怖い

 

 

 爺さんとの約束が果たせなくなりそうで。

 

 

 怖い

 

 

 あの日死んだ人たちは、俺を見て何を言うのかと考えてしまって。

 

 

 怖い

 

 

 桜が俺に、何を与えようとしているかが分かってしまいそうで。

 

 

 

 

 

 そして気付く。

 俺が桜を通じて、求めそうになっていたものに。

 すごく、吐き気がした。

 

 

 

 

 

「先輩?

 どうしたんですか、先輩」

 

 

 俺は震えている。

 このままでは、決定的に何かが欠けてしまいそうだったから。

 何かを見破られてしまいそうだから。

 

 

「ぁ」

 

 

 このまま、桜を抱きしめていてはまずい。

 そう思って、一旦離れる。

 名残惜しそうな、桜の漏らした声が妙に耳に残る。

 

 

「済まない桜、びっくりさせたな」

 

 

 何事もなかったかの様に取り繕う。

 何時も通りに、話しかける。

 これで元通り。

 

 

「先輩、どうして逃げるんですか?」

 

 

 そんな訳はなかった。

 真剣な目で俺を見る桜。

 もう限界は近いのかもしれない。

 

 

「逃げるって何のことだよ」

 

 

 抵抗はする。

 このままでは不味い。

 桜は本当に俺に――を与えてしまう。

 

 それが、とてつもなく嫌だった。

 

 

「先輩は何かが溢れそうなのに、それを我慢しています」

 

 

 簡単に看破されようとも。

 

 

「そうなのか?気のせいじゃないか?」

 

 

 虚勢を張らなくては。

 

 

「先輩は……何かを怖いのを我慢しているんですね」

 

 

 どうして

 

 

「どうしたんだよ、桜。

 急にそんなことを言って」

 

 

 どうして

 

 

「だって、それ。

 私もよく知っていますから」

 

 

 桜は俺を――――理解しようとしているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩に沢山我が儘を言ってしまった。

 助けて下さいなんて、とっても狡い言い方をしてしまった。

 先輩は優しいから、絶対に悩んでしまうに違いないのに。

 

 そうして、やっぱり先輩は私を助けてくれた。

 ダメなことだと言いながら。

 自分のルールを曲げてまで。

 

 だけれど、先輩は何かに怯えている。

 平気な顔をして、何時も通りに振舞おうとしているけど、分かってしまう。

 

 私が慣れてしまっているから。

 そういうことは簡単に、見えてしまうのだ。

 先輩は分かり易いから、殊更に。

 

 

「桜は、何か我慢していることがあるのか?」

 

 

 先輩は私を見つめ、そう言う。

 その目は何かを覗こうとしているようで。

 私は少し怖くなる。

 

 

「そう、ですね。

 先輩に話してない、辛いことはあります」

 

 

 私の禁忌。

 これを言うのだけは踏ん切りがつかずに、ずっと心に秘めていたこと。

 

 

「先輩はどうなのですか?

 辛いこととか、苦しいこととか、何かありますか?」

 

 

 先輩の必死さの中に、何か違和感を感じたから。

 

 私は尋ねる。

 自分のことは話さないのに。

 厚顔さを自覚しながら。

 

 それでも先輩を知りたいと思ったから。

 

 

「中々形容しづらい話なんだが、話した方が良いか?」

 

 

「はい」

 

 

 心当たりのあることがあったのだろう。

 先輩はあまり話したそうにしていなかったが、私に問いを投げた。

 それを知らないと、先輩にそれ以上近づけないと思ったから。

 

 

「そうだな、これは昔の大火災の時の話だ」

 

 

 そうして先輩が語ったのは。

 

 とっても悲しい話で。

 すごく理不尽な話で。

 そして先輩の始まりの話。

 

 

「俺はさ、あの赤い世界で一回死んだんだと思う」

 

 

 そこから先輩が語った話。

 それは大火災のあった日のこと。

 

 苦しんでいる人達を、助けることができなかった。

 そして自分だけ生き延びてしまった。

 そのことを悔やんで、暫くは夢にまで見ることになった。

 

 

「胸が苦しくなって、どうして自分だけ生きているんだって、何度も思った」 

 

  

 だけれど、先輩のお父さん。

 衛宮切嗣のおかげで先輩は救われた。

 彼が先輩を助けた時の救いを得た幸せそうな顔。

 息子にしてもらった時に感じた憧れ。

 

 

「オヤジの子供になれてよかった、そう心から感じたんだ」

 

 

 そして衛宮切嗣の夢、正義の味方。

 彼の死に際にそれを受け継ぐと約束した。

 それが今の先輩の原動力になっている。

 

 

「本当に綺麗で、憧れて、どうしてもなりたいって思った。

 だから頑張ってるんだ」

 

 

 先輩の顔は、確かに大切なものを、純粋に見つめている目だった。

 私が、姉さんを見つめる嫉妬混じりのものとは大違いのもの。

 

 先輩の目はとても綺麗で。

 それ故に、少し無機質に感じてしまった。

 

 

 

「先輩はそれで幸せになれますか?」

 

 

 だから私は一番聞きたかったことを聞いてみた。

 ずっと他人のために頑張る先輩。

 その理由が分かった。

 

 なら、それは先輩にとって幸せなのかということが、最後の疑問として残るのだ。

 立派であるし、先輩が頑張るというのなら、私も応援しようと思っている。

 だけれど、先輩はそれで本当に自身の幸せを手に入れることができるのだろうか?

 

 それを聞くと、少し先輩は考え込んだ。

 目を瞑り、何かを想像するように。

 

 私はそれをじっと、待ってた。

 先輩の出す答えを。

 そうして目を開けた先輩は、一つ頷く。

 

 

「そうして幸せそうにしていた人を俺は知っている。

 だから、きっと幸せになれると思う。

 少なくとも、俺はそう信じている」

 

 

 先輩が想像したのは、きっと衛宮切嗣、先輩のお父さんだろう。

 ここまで話して、何となく分かった。

 

 先輩はその衛宮切嗣の生き方しか見ていないし、それにしか成れないのだろう。

 他の生き方は興味を持てない。

 いや、持つのは罪だとすら考えていそうだ。

 

 全ては大火災の日に死んでいった人たちのため。

 自身が生きているのに、きっと罪の意識を覚えずにはいられない。

 

 

 

 とても痛い。

 先輩の心は沢山の剣が刺さっているのだろう。

 抜きようもない程に深く。

 

 その時に私が感じた感情は、『愛』だったと思う。

 この人の苦しみは、理解できないほどに重たいのだろう。

 私は個人の苦しみなのに対して、先輩は知らない何十人もの苦しみを背負って生きている。

 

 辛くない、なんて嘘なんだ。

 だけれど、だからこそ私は強く思う。

 

 

 

 この人がどれほど傷ついていても、癒せる人になりたいと。

 

 この人が失ってしまった愛を。たくさん注いであげたいと。

 

 

 先輩は誰かに愛されることが怖いのかもしれない。

 ずっと、死んでしまった人たちを背負ってきたのだから。

 いつも疲れている中で、必死に助けられる皆のために奔走している。

 

 

 それを理解して、私はこの人を更に愛さずにはいられなかった。

 誰にも理解されなくても、私だけは理解してあげたい。

 

 

 

 

 

「やっぱり先輩が大好きです」

 

 

 そう言うと、目を見開いて私をまじまじと見つめる。

 どうして?そう先輩の瞳が語っているように私は思えた。

 

 

「私は先輩を愛さずにはいられません。

 私を愛して、何て言いません。

 ただ側にいて、助けれるだけで十分なんです」

 

 

 私がそう言い切ると、先輩は呆れたように溜息を履き、私の頭をガシガシと撫でた。

 

 

「馬鹿、そういうこと、滅多に言うもんじゃない」

 

 

「知ってました」

 

 

 少しおちゃらけて言うと、コイツめ!と少し頭を小突かれた。

 ちょっと痛い、でもそれがとっても幸せ。

 

 

「先輩」

 

 

「何だ?」

 

 

 何気なく話しかける。

 

 

「先輩を幸せにできるとは約束できません」

 

 

「あぁ」

 

 

 先輩は聞いてくれている、私の戯言を。

 だから今は雰囲気によって、一気に言ってしまおう。

 

 

「だけれど一生懸命、その方法を探します。

 ありふれた幸せでも、それで先輩が満たされるようになりたいです」

 

 

 そう言って先輩の顔を見上げる。

 その顔は戸惑っていた。

 動揺しているのかもしれない。

 

 

「私がその資格を作ります」

 

 

 ずっと、自分を責めることしかできなかった先輩。

 だったら、私がそれを許してあげたい。

 私の特別は先輩なのですから。

 

 

「桜はさ」

 

 

 今度は先輩が私に語りかける。

 

 

「俺がバカみたいな夢だけ見てても、ずっと一緒にいてくれるのか?」

 

 

 答えは一つしかない。

 

 

「はい、どこまでも一緒です」

 

 

 どこに行こうとも、私がついていきます。

 たとえそれが、天国でも、地獄でも。

 

 

「……桜に言いたいことがあるんだ」

 

 

「何です?」

 

 

 改まった先輩に、私は胸の鼓動が早くなるのを感じずにはいられない。

 これから、先輩は大事なことを言おうとしている。

 

 

「俺には夢がある」

 

 

 知ってます。

 正義の味方、それが先輩の夢。

 

 

「それを叶えるために、無茶なことだってすると思う。

 後ろを振り向く余裕なんて無いんだとも思う」

 

 

 そうなるために全力だから、それ以外に気が回らなくなるのは道理。

 

 

「だから桜のことを、気付いたら蔑ろにしているかもしれない」

 

 

 私はそれでも、ただついて行くだけです。

 

 

「だけれど」

 

 

 先輩の目が私を捉える。

 それはどこまでも真摯でいて、やっぱり綺麗で憧れている瞳だった。

 

 

「それでも俺は桜を大切に思いたい」

 

 

 どこまでも真っ直ぐで、愛おしい目で私を見ながら先輩はそう言った。

 

 

「ぁ、ありが、とう、ござい、ます」

 

 

 人は嬉しくても泣ける。

 どこかで聞いたようなフレーズ。

 

 苦しくて泣くことは幾度あったけど。

 嬉しくて泣けることが、こんなに安心できることなんて初めて私は知った。

 

 

 その日から、私と先輩の日常は始まったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぇ、ねぇ、聞いてますか?アリス先輩」

 

 

「ごめんなさい、聞いてなかったわ」

 

 

「もうっ!ちゃんと聞いてくださいよ!」

 

 

 桜が、私、怒ってますよ?と言わんばかりに不満そうな顔をしている。

 でも気にしていたら精神面で持ちそうにない。

 

 

 あの日、桜が衛宮くんに告白すると言ってから、2日ばかりたった。

 お世話になったとのことで、私に桜が結果を報告しに来たのだが……。

 

 最初から、最後まで惚気けているだけ。

 怒る気力が出てくる前に、疲労が私に蓄積されていく。

 もう、正直な話鬱陶しい。

 

 

「要するに、互いが互いにベタ惚れだったって話でしょう?」

 

 

 億劫そうに私が言うと、恥ずかしそうにジタバタしだす。

 ここは喫茶店、周りの人がチラチラとこっちを見ていたりする。

 無論桜のせいである。

 

 

「桜、あまり私を疲れさせないで。

 明日から私は遠出するのよ。

 しばらくは帰ってこないわ」

 

 

 そう言うとピタッと彼女の動きが止まる。

 

 

「それ、本当なんですか?」

 

 

 身を乗り出して、私を問いただす桜。

 勿論、嘘をつく理由が私にはない。

 

 

「本当よ。

 明日から、連続休暇があるでしょう?」

 

 

「ゴールデンウィークのことですね」

 

 

 それに頷きつつ、行き先の事を考える。

 日本に来る前に、知り合いの紳士から頼まれていたアレ。

 

 グンマー県の土。

 それを入手すべく、私はグンマー県に旅立つのだ。

 

 凛にそう言うと、何だか馬鹿を見る目つきで私を見ていた。

 お返しに、宝石箱、ステッキ、というとビクッとしたまま動かなくなる。

 本当になんなのかしら、あれは。

 

 

「そうなんですか」

 

 

 どうにも遣る瀬無さそうに、むぅっと唸っている桜。

 何か言いたげに私を見ているのが、また構って欲しいのかと思わせる。

 

 

「どうして、そんなに不満そうなのよ」

 

 

「別に不満ってわけじゃないんですけどね」

 

 

 ちょっと語り口が言い訳のように聞こえる。

 だが、とりあえず言い分は聞くことにすると……。

 

 

「アリス先輩が居なくなると、先輩と私の話は誰にすればいいんですか!」

 

 

「うるさい」

 

 

 どうしてそんなに猛り狂っているのだろう。

 後ろに虎の亡霊みたいのが見えたような気がした。

 悪い虎にでも、影響を受けているのかしらね。

 

 

「……アリス先輩、何だか冷たくないですか?」

 

 

「あれだけ惚気けられたのよ?

 冷ますために冷たくするのは妥当ではないかしら?」

 

 

「冷まさないでください!

 先輩と私は、まだまだこれからなんですから!」

 

 

 何だろう、初めて会った時に見たお淑やかな少女はどこへ旅に出たのだろうか。

 序でに、何だかとっても鬱陶しくなっている気がする。

 

 

「分かっているから、静かになさい」

 

 

 周りの人どころか、店員もこっちをたまに見ている。

 もう、潮時だろう。

 

 

「今日はここまでよ」

 

 

 伝票を持ち、会計でお金を払う。

 後ろから、桜が立ち上がって慌ててついてくる。

 

 

「アリス先輩は、何時も最後まで話を聞いてくれません」

 

 

「そんなに聞いて欲しいなら、凛にでも聞いてもらいなさい」

 

 

 何かと桜のことを気にかけていたし、適任ではないだろうか。

 だがそう告げると、少し顔が曇り、急に黙り込む。

 外に出て、太陽の光で如実にそれが分かりやすく出ている。

 

 

「何か問題でも?」

 

 

「……問題だらけです」

 

 

 凛と桜の間には、何があったのだろうか。

 安易には聞けない。

 私はそもそも、傍観者兼聞き役にしか過ぎないのだから。

 

 

「なら衛宮くんにでも、相談なさい」

 

 

 私の言葉に、桜は困ったように笑う。

 それしか方法を知らないように。

 

 

「先輩は色々背負ってます。

 私が乗っかって、重りになるわけにはいきません」

 

 

 少し寂しげな桜。

 恋をしているから感じるであろう悩み。

 私には、まだそういう感覚が分からない。

 

 

「別に重りになっても良いんじゃないかしら?」

 

 

 だから主観で述べることにする。

 もしかしたら、私も恋をすれば意見が変わるかもしれない。

 だけれども、今の私はそういう重みがない分、自由に意見を言えるのだから。

 

 

「そして、それで潰れてしまったのなら、起こしてあげるのが恋人の役目だと思うわ。

 支えがあるだけで、大分違うと思うけれど」

 

 

 私の意見は理想論に過ぎないのかもしれない。

 だけれど、衛宮くんと桜の二人三脚はそれくらいで、丁度良いのかもしれないと感じている私がいる。

 

 少し体重をかけすぎる桜を、必死にフォローしようとしている衛宮くん。

 ちょっと滑稽な光景だろうが、とっても似合っているとも思う。

 

 

「そうなれたら良いのですが。

 …ぇさんみたいの様に出来るかなぁ」

 

 

 桜は軽く笑いつつも、やはりまだ自信がなさそうで。

 後半はよく聞こえなかったのだが、誰かに願掛けでもしていたのだろうか?

 

 

「貴方以外には出来ないわよ」

 

 

 それを聞いた桜は私を見つめる。

 続きを求めているように。

 

 

「貴女だけが衛宮くんの恋人なのだから」

 

 

 それを聞いた桜は、納得したように、安心したように笑みを浮かべた。

 

 

「アリス先輩はやっぱりズルい人です」

 

 

 桜が私に何を思ってそう言っているかは知らない。

 だけれども。

 

 

「桜、一つだけ言っておくわ」

 

 

 ズルい人ついでに、もう少しだけお節介を焼いておこう。

 

 

「貴方たちが幸せになれるかなんて分からないわ」

 

 

 そう言うと、桜は怒られた子供の様に少し震える。

 だけれども、私の目から視線を外そうとはしなかった。

 

 

「でも、幸せになるよう努力しなさい。

 そうしないのは、貴方にとっても、衛宮くんにとっても罪よ」

 

 

 私の言葉に桜は深く頷いた。

 それが正しいと、認めたように。

 

 

「それじゃあね、桜。

 最大限に努力はすることね」

 

 

 分かれ道、衛宮くんの家に泊まっている桜とは、この道で別れるのだ。

 軽く手を振ってから、私は遠坂邸への帰路へとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にズルい……魔法使いさんです、アリス先輩は」

 

 

 その言葉は風のせいで、アリスには届かない。

 だけれども、風のお陰で別の人物には届いていた。

 

 

 

「アリスが魔法使い……ね」

 

 

 桜の後ろ姿を見て、躊躇してしまった凛がいた。

 見つからないように隠れて、どうして私がこんなことをしているのだろうと、自問自答していたところ。

 そんな時に聞こえた言葉だった。

 

 

「おこちゃまね」

 

 

 そう、一言いって、彼女は何もなかったかのように振舞おうとする。

 そう自身に言い聞かせて。

 

 

「ん、遠坂?こんなところで何やってんだ?」

 

 

 だから、後ろから近づいている人がいるのに気づかなかった。

 

 

「え、衛宮くん!?」

 

 

 振り向けばびっくり、桜の意中の相手がそこにいて。

 凛を訝しげるように、見ていたのだ。

 

 

「な、何でもないわ!

 私、急いでるから」

 

 

 それだけ言って、早足で駆けていく。

 もう桜の姿はなかった。

 

 

「どうしたんだろう、遠坂のやつ」

 

 

 後ろから凛を見かけた時、彼女は手をギュッと握りしめていた。

 何かを我慢していたのか。

 それとも、何か悔しいことでもあったのか。

 

 

「もしかして、トイレか?」

 

 

 慌ててたし、と士郎は推測する。

 彼はいつもの如く、鈍さを存分に発揮していたのだった。

 そしてそれ以上深く考える事もなく、買い物帰りの食材を持って家へと帰路を歩く。

 

 

 守りたい大切な人と、猛獣の虎が待っている我が家へ。





今回は桜と士郎の、告白前後のお話でした。
とりあえず言える言葉はただ一つ。



茶番だぁぁぁ!!!



もうとりあえず出来レースでした、はい。



次回はアリス、グンマー県に行く……では話が全く膨らまないので、誰か特別ゲストにでも出てもらおうかと思います。

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