冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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お茶濁しの会です。
何を書こうかと考えが纏まらず、引き伸ばしのために書きました。
つまらなかったら、申し訳ないです。



第5話 アリスの休日

 朝、私はカーテンの隙間から差し込む日差しで起床する。

 目覚まし時計などで、がなり立てられるように起きるよりも、この方が私の好みだ。

 

 うーんっ、と軽く背伸びをする。

 部屋に置いてある黄色の時計は、6:30を指している。

 

 丁度いい時間に起きれた。

 悪くない気分。

 今日は朝から調子が良いのかもしれない。

 

 

「おはよう、上海、蓬莱」

 

 

 机の上に揃えて置いてある彼女らにも挨拶をする。

 幼少の時から私と共にあった人形。

 その彼女達に挨拶をするのは、幼少の頃からの習慣だ。

 

 幼い頃は挨拶を返してくれないかな?と毎朝ドキドキしていた。

 そんなことを思わなくなった今でも、何時も助けて貰ってる彼女らに挨拶するのは当然のことになっている。

 

 無論、彼女たちからの返事はない。

 そんな彼女たちを一撫ですると、私は徐ろにパジャマを脱ぎ、今日着る服の選別を行う。

 

 ブラは寝る時に苦しいのでしてない。

 だから、毎日それから決めることにしている。

 下はライトブルーの下着を着けているのだから、上もそれに合わせる。

 

「っん」

 

 胸をペタペタと触ってみても、Bカップの大きさは変わらない。

 凛も同じであろう。

 裏切りは許さない。

 

 ところで今日は日曜日。

 どこにも出かける予定はないし、無地の白いワンピースを部屋着にすることにする。

 白のニーソを履き、色を統一。

 やっつけ気味なのは、見られるのが凛くらいだから。

 

 

 

「朝食を作らないと」

 

 確認するように呟き、台所へ向かう。

 遠坂邸では、家主たる凛が朝が弱すぎて朝食を食べないがために、私が自分の朝食を用意しなければならない。

 ブクレシュティでは、毎日3食を自分で用意していたし面倒だとも思わないが。

 

 冷蔵庫から、卵、ベーコン、トマト、マーマレードを取り出す。

 パン類は日の当たらないところに置いてある、バスケットに保管されている。

 そこからマウント深山(商店街のこと)のパン屋で買った、私好みのクロワッサンを手に取る。

 

 今日は食材を見ての通り、イギリス風の朝食を作る。

 最初にフライパンに火を通し、弱火にしたところでベーコンを投下する。

 こうすることで、ベーコンの油が溶け出しカリカリに焼けるのだ。

 

 ある程度、ベーコンが焼けたのを確認して卵を投入。

 ベーコンの脂、欠けた部分などで味付けをする。

 そして弱火で放置する。

 

 その間にトマトをまな板に置く。

 ヘタの部分を切り、4つに切り分ける。

 終了、実に他愛ない。

 

 匂いに釣られたのか、凛がトボトボと台所に入ってくる。

 

「おはよ、アリス」

 

「おはよう凛。

 洗面所は向こうよ」

 

 私が指さした方向に、のっそのっそと歩いて行く。

 相変わらずの寝起きの悪さ。

 その顔はまるで幽鬼のようで、初めて見た時はゾクリと嫌なものが走ったものだ。

 

 さて、やや半熟に焼けた目玉焼きを確認し、火を止める。

 ベーコンもこんがりと焼けており、問題はない。

 ベーコンエッグの完成。

 

 出来たものを皿に盛り付け、トマトも小皿に入れる。

 

 クロワッサンはオーブンレンジで1分半だけ温める。

 あくまで温めるだけであり、それ以上すると焦げてしまうので注意が必要だ。

 

 ベーコンエッグを作っていた隣で、沸かしていたお湯が吹いている。

 それを止めて、ポットにお湯を注ぐ。

 茶葉は多めに、渋いのを入れる。

 

 これは凛の分の紅茶で、自分のものは後で入れる。

 眠気覚ましの一杯と言った感じだ。

 

 その隙に手早く、食器などを洗う。

 油ものを洗うためのスポンジでフライパンを洗い、しゃもじは軽く水洗いをして、油もの以外を洗うスポンジを使う。

 そして洗い終えたものを布で拭き、元の場所に仕舞う。

 

 凛のカップに出来た紅茶を注ぎ、次に私の紅茶の作成に取り掛かる。

 新しく茶葉とお湯をポットに注いでいる時に、オーブントースターのチンという間延びした音が響く。

 

 暖かくなったクロワッサンをパン皿に盛り完成。

 私の分の紅茶を自分のカップに注ぎつつ、少し満足感に浸る。

 

 古き良きイギリスの朝食は、活力の源。

 やはり朝食はイギリスのものに限る。

 ……尤も、朝食以外は遠慮したいものがあるが。

 

「アリス、匂い嗅いでると私も少しお腹がすいちゃった。

 クロワッサン、少しもらうわね」

 

「随意にどうぞ」

 

 顔を洗って、悪鬼から人間に化けた凛が洗面所より帰還する。

 相変わらずの豹変振りにも、もう慣れてしまった。

 

 休日でゆったりしている日は、たまに凛が軽く食べれるものを所望する時がある。

 だから、休日はやや多めにパンを焼いている時が多い。

 本当なら平日にも食べてもらいたいが、無理強いすることも出来ないので歯痒い。

 

「ん、美味し」

 

 凛がクロワッサンの感想を言ったのを確認してから、私も口を付ける。

 ほんのり甘く、サクサクとしていて食べやすい。

 

 気を良くしベーコンエッグを口に含むと、ベーコンの味が全体に広まる。

 ちょっと主張がうるさい。

 おかずはミスチョイスだったのかもしれない。

 でもパン屋に黒パンは売っていなかったし、むぅ。

 

「……渋い」

 

「そう入れたのだもの」

 

 私が半熟の黄身を崩して、ベーコンの味を少しマイルドにしている頃。

 凛は顔を顰めながら、ちびちびと紅茶を飲んでいた。

 何だかんだで飲んでいるので、必要ではあるのだろう。

 毎朝恒例の儀式のような物である。

 そして、渋みに対する甘味を求めるがごとく、クロワッサンを平らげる。

 尤も、それでも比重が渋みに偏っているようでもあるが。

 

「凛、口を開けなさい」

 

 無言で開けられた口に、飴玉を放り込む。

 毎日、紅茶を飲み終えた凛に、私が進呈しているものだ。

 

「これのために、毎朝あのお茶を飲んでいると言っても過言ではないわね」

 

「目的と手段が逆転しているわね」

 

 飴玉で頬がリスのようになっている凛に、ジト目を向ける。

 眠気を覚まさせるのが主、味を楽しむのは従のはずだったが。

 

「どちらも結局は同じよ。問題はないわ」

 

 結果が変わらないのなら、問題はない。

 凛の言葉は最もなために、私は閉口せざるを得なかった。

 ここで何か言っても、負け犬の遠吠えみたいで気に入らないし。

 

「それにしても、よくそんなに飲むわね。

 イギリス人かってくらいに」

 

「イギリス人に対する偏見ね」

 

 私も彼らは紅茶をよく飲んでいるとは思うが。

 それを言うと調子付きそうなので、再び沈黙する。

 日本には沈黙は金、雄弁は銀と言う諺があるそうだが、けだし名言ではないだろうか。

 

「そろそろ入れるとしましょう」

 

 紅茶をしばらく飲んでいるうちに、味に変化を求めてしまう。

 ずっと同じ味では飽きてしまうのだから、仕方がない。

 

「相変わらずロシアンティーが好きね、あんたは」

 

 凛が呆れた目で、私がマーマレードを紅茶に入れたのを見ている。

 多めに紅茶を沸かしている私は、他の味を楽しむために多々ジャムを購入している。

 そして毎日それを入れているのだから、凛は呆れているのだろう。

 だが、私も同じ心境である。

 

「ロシアンティーは、スプーンでジャムを舐めながら紅茶を飲む作法。

 何度言えばわかってもらえるのかしら?」

 

「興味ないし、どうでもいいわよ」

 

 ぬけぬけと抜かす凛。

 違いの分からぬ蛮族め。

 

「飲んでみなさい。

 飲めば紅茶の楽しみ方が増えるわ」

 

「ハイハイ、ちょっと待って」

 

 めんどくさそうに、口の飴玉を噛み砕く凛。

 だが、私は引く気がない。

 最悪の場合、嫌がる凛に無理やり紅茶を流し込む所存だ。

 

「はい、どうぞ」

 

 紅茶にマーマレードを溶かし、かき混ぜたものを凛に差し出す。

 それを受け取った凛は、カップに口を付ける。

 

「悪くはないわね、それ以上でもないけど」

 

「あらそう、それは残念」

 

 腹は立つが、合わないのなら仕方がない。

 飲んだ上での発言なのなら、それは真実なのだろうから。

 

「ご立腹ね、アリス」

 

「別に、変わらないわよ」

 

 私の顔色が変化したのか、何時ものとってもいい笑顔を浮かべる凛。

 これを見るたびに凛はいい性格をしていると、思うのは凛の人徳がなせる技だろう。

 早く学校で猫の皮が剥がれればいいのに。

 

 自らを落ち着かせるために、カップを口に運ぶ。

 そこから程よい甘さと酸味が、紅茶の風味で運ばれる。

 ……落ち着く。

 

「で、今日は出かける予定は?」

 

「特に無いわね。

 1日工房に篭ることになりそうよ」

 

 凛の問いかけに答える。

 特に予定もないし、1日のびのびと研究に取り掛かれるだろう。

 

「モグラね、結構なことだけど」

 

「魔術師らしいと言いなさい」

 

 凛の小馬鹿にしたような言葉に反駁する。

 人形劇に傾倒している私に対しての、皮肉ともとれるがブーメランにもなりうる言葉。

 

「あなただってそうでしょ、凛」

 

「私は拳法の鍛錬で動くから問題はないのよ」

 

 そうだった。

 凛は研究の気分転換などに、中国拳法の型の練習などをよくしている。

 私が人形の点検などを行うのと同等の行為である。

 

「性格が悪いわね」

 

「褒め言葉ね、負け犬さん」

 

 ……今日は凛が優勢のようだ。

 目覚めは良かったが、ケチがついてしまった。

 私にできるのは、精々凛を睨みつける程度であった事が悔しさの増大に拍車をかけることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食後、凛の後ろ姿にガンを飛ばしつつ自らの部屋に戻ってくる。

 さて、何時も通り、研究を始めよう。

 

 部屋の本棚の魔道書に魔力を通す。

 そうすると、ガタンという音と共に本棚が右にスライドする。

 ここが私の工房につながっているのだ。

 ベタだが、それっぽくて私は気に入っている。

 

 魔方陣が床に描かれ、薬品の独特なにおいに満ちている密閉された部屋。

 本棚が狭い部屋の中にいくつも存在し、その中には種類別にされた本が沢山並んでいる。

 この薄暗い部屋の灯りは古臭いランタンによって齎されている。

 

 そして奥の机には、本棚から選び出された本が積み上がっている。

 聖杯戦争や、聖杯に関する知識が記された本などである。

 

 これらのお陰で、ここ1ヶ月で聖杯の大まかな仕組みについては理解できた。

 

 聖杯戦争が60年周期なのは、奇跡の御技に近い儀式には60年分のマナを集める必要があるから。

 

 間桐関連の書には、令呪が出来た経緯と使用法が。

 遠坂関連の書には、冬木の土地と霊脈についてが。

 アインツベルン関連の書には、聖杯を錬金していることについてが。

 それぞれの書に書いてあった。

 

 私が注目しているのは、遠坂と間桐の魔術。

 間桐の令呪は私が英霊を呼び出す時に、必要最低限の束縛であろう。

 遠坂の土地は、英霊をこの地に繋ぎ留めるための重要な霊地になりうる。

 アインツベルンの錬金術は、聖杯などの精製を行うわけではないので必要はないだろう。

 

「それにしても、ね」

 

 ほんの少しだけ不安がよぎることがある。

 英霊達は抑止力のデータバンクから、選定されて召喚されるということが今は分かっている。

 なら、その彼らを使って根源への研究を進めようとすると、抑止力が私を消そうとするのではないか?そういう不安である。

 

 聖杯戦争の場合、召喚される英霊たちは抑止力からの外圧を排され、独自の思考で行動が可能になっている(令呪による制約があるため、結局はマスターと共に行動しなくてはならないが)。

 だけれど私は独自で召喚する予定なので、何かイレギュラーが発生するのでは?と考えた結果がそれであった。

 何か対策を講じなければならないだろう。

 

「それについて今日は調べるとしましょうか」

 

 そうそう見つかるとも思えないが、千里の道も一歩からとも言う。

 まずは本棚から、それらの本を見つけることから、私の今日の研究は始まった。

 

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 

「無理難題ね、これは」

 

 抑止力を躱すための方法は、薄らと見当がついた。

 だが、同時に不可能でもあると理解できてしまった。

 

 抑止力が介入してくるのなら、抑止力が介入できない空間を作れば問題ない。

 世界との関わりを絶てる空間を用意すればいいのであろう。

 

 固有結界(リアリティ・マーブル)、自らの心象世界を顕現させる大魔術。

 その中でなら、抑止力の介入は発生のしようがない。

 その世界では自身が神であり、抑止の楔は外れるであろう。

 

 だが、それは先に述べた通りに不可能である。

 第1に、抑止力が中には発生しなくとも、外から攻撃を加えてくるであろうことから。

 第2に、そんな馬鹿みたいな魔力を供給できる訳が無いから。

 そして第3に、固有結界を使えるということは、限りなく魔術師として最高峯の実力を有する必要性があるということである。

 

 そもそも、固有結界を延々と展開することなど不可能だ。

 かの名高い、死徒27祖でも数時間しか結界を供給できないそうなのに。

 霊脈に頼っても、すぐに枯れてしまうだろう。

 よって不可能と断ずることとなった。

 

「さて、どうしましたものかしらね」

 

 このままこの方向性で固有結界を応用した方法で、抑止力を避ける方法を探すか。

 それとも、別のベクトルで解決策を見つけるか。

 

 そこで気付く、もう夕方が近い。

 工房の古時計が4時を指している。

 昼食を食べずに、ずっと部屋に篭っていてこの時間になっていたみたいだ。

 

 

 

「とりあえず一息つきたいものね」

 

 進展はなかったとは言え、ひと段落は付いたところ。

 少し気分転換がしたい。

 それに思い出したかの如く、喉が渇いていることに気付く。

 

 研究に熱中しすぎるのも問題だなと思う。

 が、それが魔術師の性なのでどうしようもないだろう。

 

 紅茶が飲みたいがために、工房を出る。

 そして食堂へ向かう途中、窓から庭にいる凛の姿が見えた。

 どうやら例の中国拳法の鍛錬の最中らしい。

 

 それを片目で見つつ、食堂にたどり着く。

 お湯は温め、今は熱いものよりも飲みやすいものが良い。

 ポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。

 

 お茶請けには、クッキーを選ぶ。

 自分で作ろうかとも思ったが、面倒なので今は既製品のものを用意。

 紅茶に少し工夫をして完了。

 そしてそれらをトレーに乗せて、私は中庭に向かう。

 

「ご苦労なことね、凛」

 

「そっちは一旦休憩ってところかしら」

 

 凛の視線が私のトレーに向いている。

 それを見れば一目瞭然といったところであろう。

 私は首肯で肯定をしつつ、どう?とトレーを凛に勧める。

 

「私も休憩したいところだったし、ちょうどいいタイミングね。

 ありがたく頂戴するわ」

 

 凛がカップを取り、私も凛が口を付けるのと同時に紅茶を飲む。

 

「ブハッ!?」

 

 凛が紅茶を吹き出す。

 まったく。

 

「マナーがなってないわ、凛」

 

「あんた中身何入れてんのよ!?」

 

 喚く凛を尻目に、ほんのりと砂糖が効いている紅茶を味わう。

 疲れている時には、単純なのが一番なのかもしれない。

 

「貴方がロシアンティーを飲みたそうにしていたから、用意したまでよ。

 片方には塩、片方には砂糖が入っていたわ」

 

「朝のこと、根に持ってんじゃないわよ!」

 

 う~、と変なうめき声を出しつつ、凛が私を睨む。

 別に根に持っていたわけじゃない。

 私は気を利かしただけよ。

 

「気のせいよ。

 それよりも、クッキー食べれる?」

 

 勧めてみるも、手をつけようとしない。

 流石にこれは警戒されるか。

 これには何にも仕掛けてなどないのだけれど。

 

 私が一つ摘んで食べると、恐る恐ると言った感じでクッキーを口に含む凛。

 何事もなかったのにホッとしているのが目に見える。

 その姿が、何となくリスなどの小動物を連想させる。

 

「あんた、内心でとっても愉快な気持ちになってるでしょ」

 

 ものすごく忌々しげに凛が私の顔を睨みつける。

 さて、確かに私自身面白がっている節がある。

 

「否定はしないわ」

 

 そう言うと、目に見えて不機嫌さが増したように見える。

 具体的には青筋がピクピクしている。

 

「久々にこんなに鶏冠に来たわ」

 

「そう、鶏ね」

 

 よく怒ってるのを忘れている辺り。

 もしかしたら自覚できてないだけなのかもしれないが。

 

「あんた、一回躾てあげるわ。

 準備なさい」

 

 少し弄りすぎたようだ。

 軽く3人くらい手を下してそうな程に、凛の目が据わってる。

 ……私も人形達をたまに動かしてやりたいし、利害は一致しているか。

 

「人形たちを取ってくるから待ってなさい。

 それと、遠坂邸の防衛システムは切っておいて。

 それが認められるならいいわ」

 

「問題はないわ。

 早くとってきなさい」

 

 凛の目が好戦的に輝いている。

 獲物を狩る獣のように、笑顔を貼り付けている。

 もしかしたら、日頃のストレスも全て私にぶつけようとしているの?

 そうだとしたら、迷惑千万ね。

 

「焦ることないわ。

 逃げも隠れもするつもりはないから」

 

 私も狩られる獲物と見られているのは、少々腹が立つ。

 教育してあげる必要があるようね。

 さあ、喧嘩の始まりね。

 

 

 

 

 

 だけど、どうやって戦うものか。

 人形を取りに行く途中、凛の取るであろう戦術に思考を巡らせる。

 

 凛は宝石魔術の使い手。

 だが、こんな阿呆なことで貴重な宝石を使うとも思えない。

 だったら魔術礼装を使ってくるか、魔術刻印を駆使して相対してくるであろう。

 そして、自分が有利な距離に詰めてくるだろう。

 凛はイニシアチブを自分が握りたいであろうから。

 

 では、私はどうするか。

 基本的に接近戦は凛に分があるのだから、まず距離を取る必要があるだろう。

 そして、距離を近づけさせずに、手数で勝負するしかない。

 

 必然的に受けに回らざるを得ない状況。

 それを考えると、少し憂鬱になってきたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分ぞろぞろと連れてきたわね」

 

「そうね、全部で25体くらいかしら」

 

 上海、蓬莱の2体を筆頭に、私が自ら拵えた人形がズラリと整列している。

 盾を持っている人形や非殺傷武器を持っている人形、無手の人形も散在している。

 

「そんなに操って大丈夫なの、アリス」

 

「問題はないわ、この子達が貴方を寄せ付けないから」

 

 凛が無防備なお前を叩くぞと、言ったのを私は切り捨てる。

 むしろ、凛と運動能力で張り合うのは馬鹿げているので、私の方針は間違ってはないだろう。

 

「さてと、始めますか」

 

「ルールは?」

 

 凛が早速噛み付きそうなのを制し、確かめる。

 条件が分からねば、どうしようもないのだから。

 

「相手が参ったっていうか、気絶するまで」

 

「野蛮ね」

 

 凛が提示したのは単純明快。

 原始的な力での解決。

 

「分かりやすくていいでしょう?」

 

「そうね」

 

 野蛮だからと言って、別段否定する気もない。

 そもそも、こんなことになった経緯からして幼稚なのだから。

 

「じゃ、このコインが地面に落ちた瞬間に開始よ」

 

「分かったわ」

 

 

 

 

 小さく返し、神経を研ぎ澄ませる。

 針に糸を通すのをイメージする。

 これが私のスイッチの押し方。

 

 

 

 

 

 ―――刹那、私の中で、何かが切り替わる音がした―――

 

 

 

 

 

 凛との距離はおよそ15メートル。

 彼女がその気になれば、どれだけ妨害しても5秒も掛からずに距離を詰めることが可能な距離。

 ならばこの勝負、彼女の接近を許してはならない。

 

 各人形との接続は良好。

 どれも、自身の指の如く動かせる。

 

 魔術回路は全て稼動。

 今は人形を通じての、魔弾すら放つ事が可能だ。

 

「じゃあ」

 

 凛の声。

 それが私の鼓膜に届いた時、コインは宙を舞っていた。

 まだだ。

 焦るな、隙を晒すな。

 

 ただひたすらに集中する。

 目で見えないものを捉えんばかりの勢いで。

 コインが地面に接触する一瞬。

 永遠にも感じる瞬間。

 

 

 

「せーのっ!」

 

 凛が踏み出す。

 私に目掛けて疾駆する。

 仕掛けるのは、接近戦。

 

 予想はできていた。

 準備もでいている。

 

「上海!」

 

 だから、あとは開放するだけ。

 

「行きなさい!」

 

 赤い閃光が放たれる。

 魔弾となって凛の、その足元へ炸裂したのだ。

 

「ッチ!」

 

 ステップで簡単に躱される。

 無論当たるわけがない。

 当然である、当てるつもりなどないのだから。

 

 凛の足元は穿たれ、足が止まる。

 狙い通り。

 私は間髪入れずに行動へ移る。

 

告げる(set)

 

 本格的に動けなくしてあげるわ、凛!

 

「デヴィリーライトレイ!」

 

 6体の人形から弾幕が形成され、凛の動きを制限するように光が幾つも凛を掠る。

 だが、どれも直撃はしない。

 ただ、動きを止めるだけ。

 それが私の今回の作戦。

 絡め取ってから、じっくり料理するのだ。

 

「舐めんじゃないわよ!」

 

 直撃などしないのだから、もちろん凛には見破られる。

 彼女は自らが焼かれるもの気にせずに、踏み込む。

 右手を構えて、何かを放とうとしている。

 

「ガンドッ!」

 

 凛の構えられた右手から、黒き弾丸が飛び出す。

 弾丸のように鋭く、重みのある黒。

 それが私の人形を確かに射抜いた。

 

「そんなガンド、ある訳ないでしょう!」

 

 呪いのはずのガンドが、人形を撃墜する。

 人形には大穴があき、行動不能と化していた。

 

 ……ふざけた話だ。

 凛のことを私は見くびっていたのかもしれない。

 こんな脳筋な真似が出来るとは、想像もしていなかった。

 

「これ以上、やらせないわ」

 

 動きを制限している今の内に、10体の人形たちで肉薄戦闘を仕掛ける。

 蓬莱を筆頭に警備棒やスタンガンを持った人形たちが、凛に向けて大挙する。

 これで引導を渡してあげるわ、凛。

 

 だが、それを見た凛の口元はつり上がっていた。

 自然と、蓬莱を離脱させていた。

 他の人形も急ぎ散開させようとするが……。

 

「これだけ集まって、選り取り見取りってね!」

 

 先ほどのガンドが、その圧力と数を増やして牙を剥いた。

 密度が高い、ガトリングの掃射の如き攻勢。

 散開しきれなかった人形、肉薄攻撃を仕掛けた8割の人形が行動不能となったのだ。

 そしてそれらに気を取られた私は、上海達の弾幕が薄くなっていた。

 

「迂闊ね、アリス」

 

 薄く微笑を浮かべている凛。

 彼女の表情がよく見える。

 それだけ近づいていたのだ。

 

「冗談!」

 

 迫るガンドを盾を持った人形たちで防御する。

 中には、チタン製の盾をぶち抜き人形を直撃しているモノもある。

 

 凛を止める手立てはない。

 蓬莱たちは凛の後方に。

 上海たちの魔彩光は幾らか撃墜されたことで、弾幕の密度が薄くなっており足を止めることさえ出来ない。

 

「取った!」

 

 気付けば目の前に凛がいる。

 私に右手を向けている。

 

 極度の緊張状態にあるのだろうか。

 凛の動きがとても緩慢に見える。

 右手から放たれたガンドが、私の胸へ直撃コースとなって飛ぶ込む。

 

 私はそれを……

 

「え?」

 

 それは誰の声だっただろうか。

 唖然とした声がその場に響いた。

 

 腕がしびれる。

 今日はまともに右腕が使えそうにない。

 

「腕を盾にしたのっ!?」」

 

 苦虫を噛み潰したような声を凛があげる。

 だが彼女はそのまま、勢いに任せて突進してくる。

 

「どちらにせよ、これで終いよ!」

 

 彼女の右腕が私を捉えた。

 

「っがぁ」

 

 衝撃が走る。

 骨ではなく、臓器を直接殴られたかのような吐き気と気持ち悪さを覚える。

 

「もう一発!」

 

 肘が完全に肋骨に決まる

 衝撃で意識が遠のいていく。

 

「少し驚いたわよ、まさかあんな事するなん……て?」

 

 私の顔を見た凛が少し驚いたような顔をする。

 何かあったのか、どちらにせよこれがラストチャンスだった。

 

 私は左腕で思いっきり、何かを引っ張る動作をする。

 凛は何故か固まっており、それに対応できなかった。

 

「ぁ、や…たわね、ひ、きょうもの」

 

 隙だらけなのがいけない。

 凛が倒れこむ後ろに、スタンガンを持った蓬莱の姿があった。

 そして凛が頭を打ち付ける形で倒れ込むのを、上海が支える。

 

 上海、蓬莱……ご苦労様

 

 そこで私も意識が遠のく。

 もとより限界を超えていた。

 これほど頑張れたのは、やはりこのまま負けるのが悔しかったからだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ぅん」

 

 頭が痛い。

 二日酔いをしたように、頭がガンガンと鳴り響いている。

 

「ようやく起きたのね、このねぼすけ」

 

「ぁなただけには言われたくないわね、凛」

 

 この低血圧魔人がよく言う。

 薄らと目を開けると、何事もなかったかの様に凛が私を見下ろしている。

 場所は室内、客間のソファーに私は寝かされているようだ。

 

「んー、やっぱり青色よね」

 

 私が開けた瞼を見て、凛は呟く。

 安心したように、だけれど納得してないように。

 

「何が?」

 

 体のあちこちが痛い。

 右手は痺れたままだし、肋骨は軋んでいる気がする。

 気分が悪いので、あまり含みがあるのはよして欲しい。

 

「アリス、一つ質問をしてもいい?」

 

「……1つならね」

 

 疲れているので、そんなに多くは答えられないだろうが、1つなら問題はないだろう。

 

「あんた、魔眼とか持ってたりしない?」

 

「そんな便利なもの、持ってるわけないわよ」

 

 どうして持ってると思ったのか。

 ん?そういえば、喧嘩の最中に凛は一瞬、動きを止めた場面があった。

 もしかしたらその時にそう見えたのかもしれない。

 

「どちらにせよ、目の錯覚でしょう」

 

 凛はうんうん唸っていたが、疲れきった私に思考能力はもう残されていなかった。

 この脳筋族め、好き勝手に暴れてくれて。

 

「それよりも気になることがあるわ」

 

「何よ」

 

 私が唯一、この中で気にしていること。

 それに凛も反応した。

 それはというと……。

 

「この勝負、どちらの勝ちなのかしら?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 私たちが夜遅くまで言い争いをしたのは、言うまでもないことだった。

 余計に疲れて後悔するのは、別の話である。




練習がてらに戦闘描写を書いたのですが難しくて、全然書けませんでした(汗)
正直な話、題名をやっぱ戦闘描写ってクソだわ!にしかけたのはここだけの話です。

あと、アリスが凛に苦戦気味にしたのは、アリスは「作る人」で凛は「戦う人」かな、と考えたがためです。
違和感があるようでしたら、ぜひ言って頂ければ幸いです。
あと、アリスに余裕が無さ気なのは、まだそのレベルに達していないからです。
ロリスとアリスの中間地点くらいとお考え下さい(心の余裕具合が)
以上、言い訳でした。


次回は桜が告白してからの衛宮邸に、焦点を当てたいと考えています。
……アリスの出番はあるのですかね(遠い目)

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