冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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書きました(質を投げ捨てての行軍)。


第42話 迷いと悩みのお節介

「もしもし? お久しぶりです。

 アリス・マーガトロイドです」

 

『アリすん?

 いやぁ久しぶり、元気してた?』

 

「お陰様で、ネコさんも元気そうで何よりね」

 

『本当は暖かくして寝ていんだよ?

 ほら、ネコは炬燵で丸くなってるのが相場でしょ?

 でもさ、飲んだくれ共はひっきりなしだからねー』

 

「忙しくて暇がないのは良い事よ。

 暇も悪くはないけれど、つまらないもの」

 

 遠坂邸にある黒電話。

 少し古びた家人越しに、久方ぶりの声と私は会話していた。

 電話先はコペンハーゲン、冬休みからずっと休んでいた私のバイト先。

 どうしてそこに電話したのかと言えば、それは勿論世間話が主な内容ではなくて……。

 

「ねぇ、そろそろ復帰しようと思うのだけれど。

 人手はいる時期かしら?」

 

『居れば助かるかなぁ。

 えみやんのお陰で回せなくはないって感じだけど、無理させてるからね』

 

「そう、分かったわ。

 ところでネコさん、ちょっと良いかしら?」

 

『何だいアリすん』

 

「ちょっと、あって欲しい娘がいるの」

 

『アリすんがわざわざそんな事言うなんて……もしかして、桜ちゃんの時と同じかな?』

 

「そうなるかもしれないわね」

 

 ほぅほぅ、だったら助かるにゃあ、とわざとらしい語尾で嬉しげなネコさんに、くれぐれもお願いしますねと頼み受話器を置いた。

 軽く息を吐いたのは、少し安心したからか。

 全て事もなしとはいかないけれど、悪くない滑り出しに感じたのだ。

 それは、メディアの為に私に出来ることの第一歩。

 独善的かもしれないけれど、何かしたいと思ってしまったのだから。

 

 その第一関門は、クリアできた。

 凛に頼んで、メディアの戸籍も手に入った。

 滑り出しは悪くなく、むしろ順調……。

 そこまで考えて、またも息を吐いてしまう。

 今度は安心からでも不安からでもなく、ある意味では憂いと呼べる溜息だけれど。

 

 手放しで喜ばれる、なんて微塵も考えてはいない。

 今のメディアは、人と関わるのをあまり喜べない娘になっている。

 でも、と思ってしまった。

 決して、メディアは人間嫌いではないのだ。

 ただ、人間不信なだけで、本来は人の温かさを感じていたい娘だから。

 なので、もっとなんとか出来たらと、そう感じたから……。

 

「難しいわね、メディア」

 

 返事のない独り言は、最早愚痴と何ら変わる事がない。

 もしかしたら、虚空に溶けた言葉が、そのまま彼女の胸に混ざるのを期待しているのか。

 どうしようもない事を呟いたのは、一方的に理解を求めてしまいたいからかもしれない。

 ただ、嫌われたくはないから分かって欲しいというのは、間違いなく私の我侭だから。

 前の逆みたいに、メディアに心を覗かれたら私は死んでしまう。

 だから、素知らぬ振りでメディアを外に連れ出さなければならいのだ。

 

「複雑ね、本当に」

 

 自分の事か、メディアの事か。

 このぼやきがどちらのことなのか、私自身も分かってはいない。

 ただ、全部が上手く行く様にと思っていたのは、確かな願望だった。

 

 

 

 

 

 ここ最近、バイトに入る頻度が少し増えている。

 理由は単純で、バイトに来れない奴がいて、抜けた穴があるからだ。

 それも、ここ一ヶ月の間。

 

 居酒屋コペンハーゲンは何時だって忙しい、書き入れ時は特に。

 だから必然的に、抜けた穴には誰かが塞がなくちゃいけない。

 結果として、俺のシフトも必然的に多くなる。

 だからどうこうって訳じゃないが、それがようやく収まると聞けば、結構長かったなと感じてしまう。

 理由があるなら仕方ないけども。

 帰ってきてくれるなら、それで御の字だろう。

 最近忙しくて、慎二が妙にあのさぁ、と睨みつけてくる事が多かったから。

 これで、ようやく落ち着ける。

 

 ――はずだけれど、それだけでは済まないらしい。

 曰く、誰かバイトが増えるかもしれない、とはネコの談での情報で。

 その事について今日、話があると俺はコペンハーゲンに呼び出されたのだ。

 ……何故か、マーガトロイドに。

 

 一体何があるのか、それが休んでいた時の何かに関連しているのか。

 全くもって分からない、けど……。

 そんなに悪い事にはならないのだろうな、とは思ってる。

 マーガトロイドは、変な奴だけど悪い奴じゃないから。

 ただ、何かは起こる予感だけは、漠然とあるけれどもあった。

 マーガトロイドが何かをする時、何かしらの変化が発生するのだ。

 だから、コペンハーゲンにこれから何かしらの変化があるのだろう。

 それが新しいバイトがそうなのかということについては、これから行って確かめなければならない。

 

 どうなるのかと考えながら、玄関で靴を履く。

 もう、その呼び出された時間に近いのだ。

 すると、奥の方からトテトテと、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。

 十秒もせずに現れたのは、言わずもがな桜である。

 最近は、よくエプロンが似合うようになってきた。

 

「じゃあ桜、行ってくる」

 

「はい、先輩。

 今日は早く帰って来れるんですよね?」

 

「あぁ、今日は会議みたいなのだけだからな」

 

「分かりました。

 あ、今日のお夕飯は鰤の照り焼きにしますね」

 

「はいはい、と。

 もし藤ねぇが暴れたら、先に食べてて良いから」

 

「先輩、ちょっと意地悪です。

 藤村先生、先輩が九時までに帰ってきたら待ってるじゃないですか」

 

「その度に、”おっそーいっ!”って怒鳴られてるんだぞ。

 それに、何時もより多く藤ねぇが食べるから、すぐご飯が空になるんだ。

 あれはあれで問題だぞ?」

 

「今日は先輩が早く帰ってくるから、問題ないです」

 

「そうだな、できるだけ早く帰ってくる。

 ……最近、桜にばっかり飯作らせて悪いな」

 

「いえ、私が好きでやってるんです。

 私のご飯、美味しいって先輩が言ってくれるから……」

 

 染みる様に胸に手を当てて語る桜に、一瞬言葉に詰まってしまう。

 事実として美味しいのだから思った通りの感想なのだが、それを特別なことの様に言われると困惑してしまう。

 

「ん、それじゃ行って来ます」

 

 結局、その場で口にできたのは、逃げの口上の様な行って来ますだけ。

 けど、桜はそれでも、何時もの通りに笑顔を見せてくれる。

 

「はい、いってらっしゃい、先輩」

 

 もう慣れたけれど、それでも藤ねぇ以外にそう言われるのは何だかこそばゆいモノがあって。

 ……少しだけ、冬の寒気が和らいだ気がした。

 

 

 

 

 

 私達のバイト先であるコペンハーゲンは、冬木市の居酒屋として活動している。

 しかし、その内装は居酒屋を自称する割には、些か整いすぎていた。

 等間隔に配置されている円卓、カウンターの背後に並べられている酒類、部屋を温め続けている暖炉。

 実質、バーと呼んでも差支えはない。

 お陰で人形劇もやりやすく、バイト先ではここが私にとって最良とも言える場所。

 客層も良く、酔いどれながらも人形劇を楽しげに鑑賞してくれる。

 だから、私はこのバイト先が居心地が良いと思っている。

 ここの雰囲気は、陽気なのだ。

 だからこそ、連れてきた彼女にも、この場所を気に入って欲しい。

 無理にとは言わないけれど、それでも。

 

「どしたのアリすん、考え事?」

 

「えぇ、少しね」

 

 少しだけボンヤリとしていた私を、ネコさんはひょいっと覗き込む。

 フムフムと謎に頷いているネコさんは、どこか妙に楽しげで。

 その視線がチラチラと私の隣へと向いていたので、何かしらの関連付を行ってるのだろう。

 ……ハズレではないのが、何ともむず痒い気持ちにさせられる。

 そして、視線を向けられた当人は、居心地悪そうに椅子を私の近くに寄せてきていた。

 

「怖くなんてないわ。

 ネコさんはおかしな人だけど、安心して」

 

「おかしな人って、アリすんてばひどいね」

 

「ネコさんは時々読めなくなるから、ちょっと怖い時があるのよ」

 

「大河だって似たようなもんじゃない。

 いや、アタシは全然アイツと違うけどさ」

 

「藤村先生は何を仕出かすか分からないだけで、そこら辺はハッキリしてるわ」

 

「このネコさんは、何時だってフレンドリィ。

 だから、意地悪アリすんに騙されちゃダメだぞ」

 

 読めない表情で、でも私の隣に居た彼女……メディアが安心する様に穏やかに話しかけるネコさん。

 はい、と小さく返事をしたメディアは、未だに馴染めないままで、時折私に視線を寄越してくる。

 つまりは、アリスちゃんは本気なのですか? と。

 困ったような視線で、私を見るのだ。

 でも、私は気付かないふりをしてネコさんとの会話を続ける。

 ここに居るのは、彼女の本意ではないのだとしても、私の我が儘ではあるのだから。

 

 事の始まりは、私の言葉が切っ掛けだった。

 ”メディアと離れたくないの。バイト中も一緒にいて欲しいわね”、という言葉。

 自分でも過保護が過ぎるとは思っていたけれど、今のメディアは放っておけない儚さがあるから……という名分で、私は彼女を連れ出した。

 本音のところは、私とメディアと凛の三人だけの完結した世界に閉じ込めたままにしておけなかった、といったところで。

 半ば無理を言って、私がメディアを外に連れ出したのだ。

 だから、メディアが納得いかないと言い出したりしても、何ら不思議はない。

 むしろ、ようやく言ったかと思うかもしれない。

 でも、メディアはまだ何も言ってないから、私はこのままこうしているのだ。

 

「そろそろね」

 

「もう直ぐ五時か、話してるとあっという間だねぇ」

 

 ネコさんが時計を見てしみじみと呟いているのに同意しつつ、出されていたコーヒーカップに目を落とす。

 ほんの少しだけ残っている液体は冷めていて、大変飲みずらいモノへと変わっている。

 一方で、メディアのカップは既に空、途中から手持ち無沙汰になっていて。

 カップの中身が暖かかった頃から、メディアは殆ど言葉数は少なかった。

 それが申し訳なくて、罪悪感がチクリと胸を刺す。

 ごめんなさいなんて、決して言えた口ではないのだけれど。

 

 チラリとメディアを見ると、ちょうど彼女もこちらを見ていたのだろう。

 視線が絡み合い、膠着する。

 ジッと見つめ合い、相手が何を考えているのかを読み取ろうとする。

 ……メディアも、同じ事をしていて、だからか。

 目に見える色合いで、メディアの中で困惑が拡大してるのは。

 誤魔化す様に、何か言おうとする。

 流石に、メディアに嫌われたくてやっている事では無いのだ。

 目標は達成したけれど嫌われました、何ていうのは具合が悪すぎる。

 なんて言うべきかしら、なんて考え始めようとした時だった。

 店の扉が開いた。

 開いた扉からは、学校で何時も見ている赤毛の男の子の姿が。

 そうだった、もうそんな時間だったのだ。

 

「こんにちは、衛宮くん。

 急に呼び出して悪かったわね」

 

「いや、別に構わないさ。

 それより……」

 

 到着したばかりの衛宮くんの視線が、私の横へとズレる。

 ピクリと、メディアが震えたのが分かった。

 

「この娘はメディアっていうの、メディア・マーガトロイド。

 苗字は私と同じだから、メディアって呼んであげて」

 

 私が代わりに紹介すると、衛宮くんは頷いて、メディアはちょっとだけ嬉しげな表情を浮かべた。

 私も、メディアと同じ苗字というのはなんともこそばゆい物がある。

 少し前の話、凛に頼んでメディアが冬木の街で活動できる為に戸籍を用意したのだ。

 尤も、そういう工作は神父経由から行わなくてはいけないから、私と凛の二人共が恐ろしく嫌な顔をしながらの作業だったけれど。

 終わってしまえばこの通り、メディア・マーガトロイドの誕生である。

 

 体裁としては私の親戚で、両親は国際結婚をしたギリシャ人。

 親戚の私を頼って、日本に留学してきた女の子。

 来年からは穂村原学園に入学予定、といったところか。

 メディアの学力は聖杯からの知識か、一部を除き問題がなかった。

 留学生という事も鑑みられて、一部の学力的課題は大目に見られたという事実がある。

 そんなこんなで、今年の四月からはメディアは高校生という訳だ。

 

「メディア……で、良いんだよな?」

 

「は、はい」

 

 おずおずと、メディアは衛宮くんの問いかけに答えて。

 私と衛宮くんを交互に見て、落ち着かなさそうにそわそわとしていた。

 衛宮くんを前に、緊張してるのだ。

 召喚されてから今日まで、メディアは男の子とお話をした事はなかったから。

 男の人が得意でないらしいのも、一つの要因なのだろう。

 

「少し、人見知りする娘なの。

 悪い娘じゃないから、良くしてあげて頂戴」

 

「あぁ、こっちこそよろしく」

 

「は、はぃ、よろしくお願いします……」

 

 ぺこりと、メディアは頭を下げる。

 どこかへっぴり腰な言葉が、メディアの今の心境か。

 衛宮くんはそれを感じ取ったのか、無理に話しかける事もない。

 尤も、多弁な衛宮くんというのも、中々に想像しづらいモノがあるのだけれど。

 

「妹か?」

 

「親戚よ、血としては遠いけれど」

 

 素朴な疑問といった感じで尋ねてきた衛宮くんに、私は元より決めていた設定通りに話す。

 取り敢えずは、手に入れた戸籍的にはそうなっているから。

 衛宮くんになら後で詳しい事情を話しても良いけれど、今はネコさんの手前だから正直に話せなかった。

 けれども、衛宮くんは特に気にした風もなく、そういうモノかと納得してくれているけれど。

 とにかくアレコレは、お話が終わってからで。

 そう決めて、私は少しメディアを見遣った。

 落ち着かないのは、この場に居る事に気後れしてしまっているのか。

 やや困惑が強い表情からは、戸惑っているというのが正しいのかもしれない。

 だったら、と私はメディアにきつけ代わりとして、軽くテーブルの下から、彼女の手を握った。

 大丈夫だと、ここは貴女が居て良い場所だと安心させる様に。

 一瞬、メディアはチラリと私へ視線を向ける。

 僅かな間、メディアは何ら表情を見せる事はなかった。

 ただ、返事をする様に、ギュッと手を握り返してきたのが彼女の唯一の返事で。

 それをどう受け取れば良いのか、迷ってしまった、けど。

 私は都合よく、”アリスちゃんにお任せします”と、そう受け取る事にした。

 今日の私は図々しく、そう言い聞かせながら。

 

「それで、衛宮くん。

 来てくれて早々、悪いけれど本題に入っても良いかしら?」

 

「頼む、マーガトロイド」

 

 特に何か言うことなく、僅かに視線をメディアに向けて、直ぐに衛宮くんは私の方を見た。

 恐らく、大体の状況は察しているのだろう。

 促す様に、衛宮くんは言葉なく耳を傾け始めていた。

 

「それではネコさんも。

 今回集まってもらったのは、ここに居るメディアについてよ。

 詳しくは、今から話をするわ」

 

 一瞬間をおいて、軽く息を吐く。

 正直、この話を聞いて一番戸惑うのは、メディアだろう。

 でも、どうか私の我が儘を今は通して欲しい。

 いきなりの切り出しで戸惑うかもしれないけれど、きっとここが気に入ってくれると思うから。

 繋いだ手は、そのままに。

 前置きから、話を始めた。

 

「まず、これは私がこうして欲しいという話よ。

 実を言うとね、まだメディアに了解を取ってないの。

 けれどね、まずは聞いて欲しいわ」

 

 衛宮くんは少し訝しげな顔をし、ネコさんはそれで? と続きを待っている。

 なので、私は話を繋げて、そのままここに呼んだ理由を語っていく。

 どこか落ち着かないのは、私も緊張してしまっているのだろうか?

 もしそうなら、ある意味で滑稽でもある。

 

「メディアは冬木、もとい日本には今年やってきたばかりなの。

 知らない事が沢山あって、出来ない事もきっとあるわ。

 それに、今はナイーブになってて、そこを私が無理矢理に引っ張ってきたの」

 

 今ここに居るメディアは、私が呼んできてくれた優しい娘。

 だけれど、私のせいで苦しんでもいる。

 それを緩和できたら、どれだけ良いだろうか。

 強く、思わずにはいられない。

 

「込み入って詳しくは話せないのだけれど、メディアはある事情でダウナー気味になっているわ。

 私と凛以外、日本での面識も殆どない。

 でもね、本当はもっと明るい娘なのよ。

 だから、メディアにとって余計なお世話だって事は百以上承知で、ここに連れてきたの。

 衛宮くんやネコさんなら、きっとメディアに優しくしてくれるから。

 そうね、率直に言えば、迷惑な話だけれど期待してるといっても過言ではないわ」

 

 衛宮くんやネコさんからしたら、急すぎて話についてこれてないかもしれない。

 そう思って二人の顔を見たら、衛宮くんは真面目な顔で話を聞いていて、ネコさんはウンウンと納得したかの様に微笑んでいる。

 意外、とは言えない。

 そもそも、期待していたといったのは私の方なのだから。

 こういう反応を望んでいた、とすら言えるだろう。

 

「そういう事だから、メディアちゃんをここに置いて、ついでに言えばバイトさんとして働かせて欲しいって事なんだよね?」

 

「まぁ、結論だけを伝えるなら」

 

 なるほどー、とネコさんは呟いて、メディアの方に顔を向ける。

 メディアを見るネコさんの目は、どこか探る様で。

 怯んだのだろう、メディアは私の手を握る力を強めて。

 ジッと、ネコさんが口を開くのを待って、それで……。

 

「メディアちゃんは、それで良いの?」

 

 ネコさんは変わらない口調で、ある種の素っ気無さを伴ってメディアに尋ねた。

 ドキドキしてたけれども、ちょっと力が抜けてしまうくらいに。

 それは、ネコさんなりの気遣いなのかもしれなくて。

 だからか、メディアも言葉数は少ないけれど、キチンと返事が出来ていた。

 

「はい、良いです。

 アリスちゃんが、居てくれるなら」

 

 メディアの答えに、僅かにネコさんは沈黙して。

 澄み切った静寂のあと、そっか、と小さく漏らしたのだ。

 

「メディアちゃんがそれで良いなら、働いて欲しいかな。

 アリすんが、良いんだよね?」

 

「はい、アリスちゃんが良いんです」

 

「なら仕方ないね、分かった。

 今日から、メディアちゃんは居酒屋コペンハーゲンの従業員さ!」

 

 意味深な会話のあとで、何かが通じ合ったのか二人で頷き合うメディアとネコさん。

 ネコさんはメディアに握手を促しながら、手を差し出して。

 ネコさんが差し出した手を、メディアは恐る恐るに握る。

 ブンブンと腕を振るいながらメディアの肩を叩いているネコさんは、さっきまでの奇妙な圧は無くて。

 繋いでいた手が解けてしまったのは少し寂しいけれど、居心地の悪そうだったメディアの雰囲気が和らいでいたのは何よりも安心できたのだ。

 

 そうして暫く、ネコさんはあれやこれやとメディアに質問したりしていたのだけれど、それも一段落着いたのか。

 ひょこっと、立ち上がって私の前までやってきた。

 私を何時もと変わらない顔で見下ろしているネコさんに、何かなと思い見つめ返す。

 すると、ネコさんは耳元に顔を近づけてきて、小さな声で私にこう囁いたのだ。

 

「あんまり、メディアちゃんに構いすぎるのも問題だよ、アリすん。

 大好きでも、縛って良いのは恋人だけなんだ。

 このままだと、二人共依存しちゃうかもね」

 

 ――ドキリと、自分でも分かるくらいに心臓が脈打った。

 自覚のなかった事を、ネコさんは見事なまでに可視化出来る様にしたのだから。

 言葉にされて、それがハッキリと分かってしまったのだ。

 このままでは、私もメディアも雁字搦めになって、身動きが取れなくなってしまう事を。

 しかも、更にタチが悪い事に、別に嫌でもないと思ってしまっている自分自身が、身勝手そのものな気がして、羞恥が顔を巡りかける。

 

 顔を見上げてネコさんの顔を見れば、何時も通りの顔がちょっとだけ真面目になっていて。

 心配だから、大人としての親切心を、ネコさんは覗かせていたのだ。

 それが有り難くて、何ともバツが悪い。

 

「肝に銘じておきます」

 

「うん、アリすんを信じるね」

 

 朗らかに、軽やかにネコさんは頷いた。 

 それでお仕舞い、ネコさんはそれ以上何か言う事はなかった。

 言葉通りに、私を信じてくれたのだろう。

 

 メディアを縛り過ぎず、私もメディアに縛られすぎない。

 ……少し、難しいかもしれないと思ってしまった私は、些か病気気味だったのかもしれない。

 もっと、メディアの事を知りたいと思っている私も、確かに居るのだから。

 

 私が喚んで、しかも不安定な状態で顕現させてしまった彼女。

 だからこそ、深く知りたいと思った事は間違いだとは思っていない。

 でも、だからと言って、私の下に縛り付けていたいというのも違う。

 自由で対等、サーヴァントとしてあらゆる束縛を施した私が言葉にするにはあまりに厚顔無恥な願い。

 それを、今度はメディアに押し付けようとしている。

 そして、そういう立ち位置にメディアが居てくれると、私も嬉しいのだ。

 切っ掛け、という程の事でもないけれど、それはメディアの心の中にお邪魔をした時。

 心の声が聞こえて、その中でも堪えた言葉があった。

 

 ――自身のマスターでさえ、信じられていないのですから。

 

 振り絞る様に独語されていた言葉、飾らないメディアの本音。

 これは、客観的に見ればメディアから言われても仕方がない言葉だ。

 魔術でメディアに枷を掛け、子供と大人の境界を曖昧にし、それでいて令呪を持っている存在。

 信用しろと言われても、出来るものではないだろう。

 サーヴァントとしての在り方があれど、ここに聖杯戦争はないのだから。

 ただ、メディアは優しいから。

 彼女の言う少女の側が、私に居てくれても良いと思ってくれているのだろう。

 それが嬉しくて、悔しくて……。

 何か、メディアの為にして上げたいという傲慢な感情と共に、今回のお節介へと発展してしまった。

 要は、良い格好がしたくて、先走って余計なお世話を焼いていたという事なのだ。

 

 メディアを横目で見遣ってから、溜息を一つ吐いて立ち上がる。

 何か、何でも良いから声を掛けたくなったのだ。

 

「ねぇ、メディア」

 

「はい、アリスちゃん、どうしましたか?」

 

 椅子に座ったまま、こちらを見上げているメディア。

 そんな彼女に、何を言うのか僅かに考えて。

 別段、何がどうとかそういう話をしたい訳ではないという結論を出し、メディアの耳元で囁いた。

 

「好きよ、どんな貴女でも。

 勿論、変な意味じゃないけれどね」

 

「…………え、えぇ?」

 

 急にそんな事を言われて、意味が分からなそうにするメディア。

 何か説明するべきかもしれないけれど、今は良いかと脇に置く。

 ただ、戸惑っているメディアを見ているのは、何だか愉快で。

 こうしていると、やっぱり普通の女の子だと安心してしまう。

 きっと、直ぐにコペンハーゲンの皆とも仲良くなれると、そう思えるから。

 

「それじゃあ、メディアのシフト決めを始めましょうか」

 

 困惑を深めるメディアを他所に、私はそう言って。

 笑みを浮かべてしまったのは、ある種の疑問が解決した爽快感の為か。

 もしくは、課題はこれから解決していこうという開き直りの類だったかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 それから、あーでもないこーでもないと話し合い、私が居る日にシフトを多めに入れる事となった。

 私がいない日も、衛宮くんにサポートをお願いしたから、恐らくは大丈夫だろう。

 それで、メディアに関しての用事は終了。

 なので、今日の用事はこれにて終了……という訳には、残念ながらいかない。

 私には未だ用事、というよりも伝えなければならない事があるのだから。

 

「衛宮くん、この後ちょっと時間を貰っても良いかしら?」

 

「良いけど、何かあるのか?」

 

「えぇ、友達から衛宮くんに伝言を託されてるの。

 話すのに時間が欲しいのだけれど……」

 

「あぁ、あ、いや、ちょっと待ってくれ。

 ネコさん、家に電話を掛けたいんで電話を借りても良いですか?」

 

「好きにすると良いよ~。

 エミやんが帰ってくる遅いと、桜ちゃんも心配するだろうしねぇ」

 

 クツクツと笑うネコさんに苦い顔をしながら、衛宮くんは電話をしにこの場を離れる。

 ネコさんも、そろそろ営業時間だし準備しなきゃね、と立ち上がって小走りで駆けていってしまった。

 残ったのは、私とメディアの二人だけ。

 トコトコと私の傍に寄ってきたメディアは、思案顔を浮かべた後に”あの”、と質問を投げかけてきた。

 

「アリスちゃん、後の衛宮さん? との話し合いには、私も着いていって良いでしょうか?」

 

「ごめんなさい、結構込み入った話なの。

 メディアが居ると、話しづらくなる事でもあるわ」

 

 ごめんなさいね、ともう一度言うと、メディアは不満そうな顔は浮かべたものの、分かりましたと頷いてくれた。

 私としても、本当は一緒に帰りたかったところだけれど、もしかしたら話が長引くかもしれないし、待っていてとは言い難かったのだ。

 そういう訳で、ここでメディアとはお別れ。

 また会うのは、遠坂邸に帰ってからになる。

 

「悪い、待たせた」

 

「それじゃあ行きましょうか。

 メディア、また家でね」

 

「また、後で」

 

 メディアに別れを告げて、私達はコペンハーゲンを出て喫茶店へと向かう。

 寒い中で話をしても、あの娘を思い出して笑みが浮かぶだろうけれど、衛宮くんにはそれは伝わらないだろうから。

 向かった場所は、前に衛宮くんと一緒に訪れた雰囲気の良い行きつけの喫茶店。

 扉を開ければ、相変わらず皺の似合った店主がいらっしゃいと声を掛けてくれた。

 思えば、ここにも暫く来ていなかったと、店内の紅茶の匂いで思い起こせられる。

 冷えた体を温めるべくその紅茶を頼むと、私はそのままテーブル席に腰掛けて衛宮くんと向かい合った。

 座った場所は、お気に入りの窓側の席。

 冬なせいもあり、もう辺りは暗くなって景色なんて見える事はなかったのだけど。

 

「それで、話って何の事だ?」

 

 その暗さを気にしてか、衛宮くんも早々に話を振ってきた。

 もう少しすると、ただでも寒いのに堪えるレベルになるというのもあるだろう。

 だから、私も早速それに応える。

 まぁ、直ぐに終わる話ではないので、どちらにしても帰るのは遅れてしまうのだけれど。

 

「えぇ、今から話すわ」

 

 一瞬、間を空け、軽く深呼吸をする。

 何から話すかは、大よそ決めているけれども、かなり重要な事だったから。

 脳内を過ぎるのは、あの時に見た妖精みたいな彼女。

 ……これから話そうとしている、衛宮くんにとって関係がある少女の事。

 

「――貴方の家族に関わる事について。

 女の子から、衛宮くんに言伝を託されているわ」

 

 言った瞬間、衛宮くんの目が僅かに戦慄いていた。




皆様お久しぶりです、最近はめっきり寒くなりましたね。
自分はコートを引っ張り出してきましたが、皆様は如何でしょうか。
冬といえば、ついにこの物語、今年中に冬を抜け損ねましたよ(白目)。

と、それはさて置いて。
久しぶりの更新のせいか、話のバランスが取り辛いです、うーむ(士郎とのくだりを切断しながら)。
あと、ネコさん久しぶりに登場(今まで空気にしてごめんなさい)。
そんなネコさんですが、メディアの渾名をネコさんに決めさせようとしたら、ファンブルを出して渾名がメディすんと化したので桜と同じちゃん付けで妥協しました。
流石はタイガーと同級生、油断ならないです……。

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