あと、1時間後にとっても面白い(というよりかは、驚き?)の小説を連続で更新します。
知ってる人は驚いて、知らない人は直ぐに知る為にスコップを握ってください!
「これより、緊急対策会議を行うわ」
後ろのホワイトボードを背景に、凛はメガネをキラリと光らせながら言う。
場所は遠坂邸の凛の部屋、二人だけでの会議。
他の面々と言えば、召喚の結果を見届けてから、私が一時解散を告げてお開きとしたのだ。
これから原因を調べる、それだけ言えばその場に居る全員は了解してくれたから。
お互いに何かしらの思惑があり、だからこそあの場は各員が保留にしておきたかったというのも勿論あるだろうけれど。
そんな事を考えながら、凛のベッドに座っていた私は、静かに挙手した。
わざわざそんな手順なんて踏まなくても良いけれど、凛のメガネがそれを強制してくるのだ……こう、光の反射的に。
「はい、アリス」
「内容は、原因の追求で良いのよね?」
「そうね、何か心当たりある?」
「なくもないわ」
そう返事をすると、凛は促す様にホワイトボードをコンコンと叩いて。
だから私も、頷いて原因を述べていく。
あの時に来てくれた彼女、私が呼んだ英霊。
まだ名前を聞いてないけれど、遠い神代の時に生きていた魔術師。
彼女が、どうしようもなく擦り切れた状態で召喚された、その要因を。
「言ってみなさい」
「まず、魔力消費を抑える様に、弱体化の術式を刻んでの召喚だった事。
二つ目に、六十年周期じゃないイレギュラーな状況での召喚だった事。
最後に、私が聖杯戦争に置ける、正規のマスターではない事。
パッと出てくるだけで、これだけの理由があるわね」
「……アンタ、良くもそんな問題だらけで、召喚しようだなんて思ったわね」
「避けられなくて、どうしようもない問題だもの。
だったら、もう後は勢いが大事でしょう?」
「それでこの結果なんだから、大したものね」
緊急対策会議、名前の仰々しさに関わらず、ものの十秒で結果が出てしまっていた。
凛は容赦なく、黒板に”アリスのせい!”と書き綴り、私を睨みつけてくる。
目が、どうすんのよ、これ、と怒りとジト目の合間で問い掛けてきている。
下手な返事をすれば、私は家無き子になってしまうくらいの迫力を感じて。
言い訳も何も、ここまで協力してくれていた相手に、あまり不義理な事はしたくなくて。
だから、私は軽く息を吸って、そして溜息を吐く様に凛へと答えを返す。
「彼女が回復するまで、私が面倒を見るわ。
判断は、それからでも遅くないでしょう?」
「延長戦って訳?」
「そう、彼女は私の呼びかけに答えてくれた。
礼装を用意していたから、運命じゃなくて必然だけれど。
でも、だからこそ、私は責任を取りたいわ」
真っ直ぐと、凛の顔を見て私は告げた。
私は失敗した、けれども譲る気なんて毛頭ない。
譲れないのだから、私は開き直る他に道はなくて。
我が儘、そう、凛にとっては顔を顰めてしまうかもしれない我が儘で、私は我を通す。
視線の先の、凛の瞳へと。
真っ直ぐに見つめて、答えてと私から促す様に。
「そう、そういう気があるなら良いの。
部屋なら貸したげるから、好きにしなさい」
「……凛は良いの?
そんなにあっさり、決めてしまって」
だから、あっさりとそんな返答が帰ってきた事に拍子抜けしてしまう。
さっきの怒り気味の表情を思い出せるだけに、唖然という方が正しいのかもしれないけれど。
思わず、さっきとは違う目で顔を覗き込んでしまう私に、凛はやや呆れた表情で答えてくれる。
落ち着きなさいと、ボンヤリしている私に言葉を添えて。
「別に魔力を使って召喚する事は、私は元から許可していたもの。
そこでとやかくなんて、言うつもりはないわ。
そもそもね、成功してたらこの家追い出してたから」
「そうなの?」
「そうよ、だって考えてもみなさい。
アリスがマスターだからって、英霊にまでなっちゃった魔女と一緒に暮らせる訳無いでしょう?
私はね、そこまでお人好しじゃないの」
嘘吐き、と反射的に言葉が出そうになるのを、口を結んで我慢する。
お人好しだから、誠意を持って泣き落としをすれば、きっと凛は妥協してくれるだろうから。
尤も、私にもプライドはあるから、それは最終手段に過ぎないけれど。
「でも、置いてくれるのね」
「あの娘が落ち着くまではって話。
あんな状況で放り出したら、アリスまで共倒れになりそうじゃない。
それは流石に、目覚めが悪いっていうか……」
もにょもにょと、口を動かしながら、凛はそんな事を言う。
人、それをお人好しというのだけれど、凛に告げれば即座に激高するだろうから、口は噤んだままで。
代わりに、精一杯にこういう他に無いのだ。
「ありがとう、凛」
「良いわよ、別に」
実に短いやりとり。
でも、それだけで私達は十分に通じ合っていた。
むしろ、これ以上語ればお互いに恥ずかしくなってしまうから、ある意味での自衛とも言える。
だから私も凛も、それ以上は何かを言う事はなくて。
「今日は部屋に戻って、あの娘の面倒を見るわ」
「ん、分かった。
ところでアリス、寝る場所はどうするの?」
そろそろ戻ろうと立ち上がった私に、凛は一つ尋ねごとをしてきた。
現在、私はあの娘を一人っきりに出来なくて、一緒の部屋に住まわせる事にしたから。
今は私のベッドの上で眠っている。
ずっと彼女は、郷愁そのものである切ない囁きを続けていたから、私と凛で急遽寝かしつけたのだ……魔術的なお薬を使って。
「お布団ってあるかしら?」
「探せば、どこかに?」
「分かった、明日辺りにでも買いに行くわ」
言外にアテにしないと言うと、そ、とだけ凛は答えて。
私は今度こそ立ち上がって、凛の部屋を後にする。
結局、原因の究明なんてあの状況では出来ないし、これからどうするかという話し合いをしに来ただけだった。
でも、そういう事は後々出来る事で、恐らくは直ぐに目の前の事で手一杯にになってしまうから。
だからありがとう、と凛に聞こえない場所でもう一度囁き、私は自分の部屋へと足を進める。
私の下に来てくれた彼女は、どんな寝顔をしてたかしら、なんて考えながら。
そっと、音を立てない様にドアを開ける。
ベッドを確認すれば、仰向けで目を閉じている少女の姿。
ホッと、息が漏れるのを私は止め様がなかった。
もしかしたら、居なくなってるんじゃないかって危なさが、彼女にはあったから。
寝ていても夢遊病の様に、フラフラと幽霊みたいな足取りで。
故郷を探す旅に出てしまはないか、少し心配だったのだ。
「さて、ね」
そんな彼女を前に、私は既にパジャマ姿。
白色を基調とした、フリフリとしている可愛らしい物。
そしてベッドの上の彼女は、薄紫のシルクで出来た可憐なドレス姿。
何かを間違えば、非常に宜しくない現場の様にも見えてしまう。
が、私はそんな事を気にせずに、そっとベッドに入り込む。
現在この部屋にはベッドは一つしか無いのだから、致し方ないのだ。
そんなにベッドは大きくないので、結果として寄り添う形となる私達。
彼女から感じる体温は確かに暖かくて、とてもエーテル体のモノだとは思えない。
これが英霊なのね、と不思議な感慨に襲われるが、目の前にある顔は極々普通の、けれどもとっても可愛い女の子のモノ。
伝承によれば、この頃がきっと彼女が一番幸せだった頃なのだと、そう思わせられる年齢の。
「…………え?」
でも、彼女は空虚な目をしていて。
――そして今も、閉じた目から一筋の涙が流れ落ちる。
悲しい事があったのか、耐えられない事があったのか、それを私は知っている。
だから、彼女が召喚された時に言った言葉の意味も、分かっているのだけれど……。
私には、どうしようもなかったから。
貴女の故郷にはいけないわ、なんて残酷な言葉は吐けるはずもなく。
対処療法的に、私は彼女をそっと抱きしめた。
寂しさを紛らわす為に、落ち着かせる為に。
貴女の居場所は、仮にだけれど私のここにあるんだと示す為に。
撫でり、撫でり、と背中を摩る。
安心してと、気持ちを体温に乗せて。
「幸せな夢を見なさいな。
悲しい夢と表裏一体だもの、直ぐに見れるわ」
彼女の涙を拭って、私も抱きしめたまま目を閉じる。
せめて、こうしている間だけは、彼女が悪い夢を忘れられます様に、と。
――夢、そう、夢を見ていた。
――どんな夢かは、もうボンヤリしている。
――ただ、少女は魔女となり。
――荒野を、大地を、ギリシアを、ひたすらに彷徨い続けていた。
――どこか遠い、嘆きを口にしながら。
パチクリと、不意に目が覚めた。
朝の太陽はまだ昇りきらず、少し顔を覗かせている時間帯。
まだ寝れるわね、なんて考えていると、目元からポロリと何かが零れ落ちる。
そっと頬に手を当てれば、一筋の濡れた感触を感じて。
目の前には、抱きしめて眠った少女の姿。
良く良く気がつけば、私は抱きしめたまま、片腕は少女の下敷きになってすっかりと痺れていた。
「……起きた方が、良いかしら」
まだ、ぼぉっとする頭で思考しながら、そっと少女の下敷きな腕を開放してもらう。
自業自得だけれど、今日一日は響くかも、なんて思いながら。
まぁ、後悔なんて微塵もしてないから何も問題はない……結構痺れるけれど。
体を起こせば、まだ肌寒い冬。
直ぐに冷気に素肌を撫で回されて、少し不快な気分が過ぎる。
だからか、折角起きたのに、活動を始めよう何て気持ちになれなくて。
思わず、シーツを被り直してベッドの中に籠城してしまう。
暖かい方に体を寄せれば、必然的に彼女のすぐ近くで。
とっても心地よい体温に、思わず擦り寄ってしまいながら。
緊急避難、そう、これは緊急避難なのだと自分に言い聞かせて。
暖かいと、人は気が付けば眠りに誘われていく。
それも人肌で心地よい体温ならば、尚更で。
だからこれは仕方ないのよ、と小さく言い聞かせながら私の意識は暗転する。
お休みなさい、と目の前の彼女に告げてから。
ゆっくり、ゆっくり、呑まれる様に……。
――夢、そう、夢を見ている。
――夢の内容は、とても穏やかだった。
見えていたのは、そこそこに広い、だけれども人の気配があまり感じれない洋館の中。
けれども、綺麗に行き届いている洋館からは、生活の匂いが感じれて。
恐らくは入口であろう扉と、床に敷かれた絨毯から、トテトテと小さく走る音が聞こえてきた。
『おかーさん』
そして、柔らかな声が響く。
絨毯の上で、金色の髪をした少女が駆けていた。
瞳は蒼く爛々としていて、笑っている姿は幼子らしくて。
青のリボンを揺らしながら、一つの背中を追いかけていたのだ。
『アリスちゃん、どうしたの』
『ううん、呼んでみただけよ!』
『あらあら、甘えん坊ね、アリスちゃんは』
振り返って、近付いてきた幼き少女を抱き上げたのは、銀色の髪が美しい女性。
よしよしと抱き上げた少女の頭を撫でて、それに対してアリスと呼ばれた少女は嬉しげに微笑んでいた。
ただ、女性の耳元で、彼女は私は大人よ、と囁いているのがとても可愛らしい。
どう見ても、甘えたがりの少女なのだから。
『おかーさんは、最近忙しいんだよね』
『ごめんね、あまり構ってあげられなくて』
『ううん、良いの。
おかーさん、忙しいもんね』
『忙しかったら子供を放っていても良いって、そういう事にはならないんだけどね』
『わたし、我が儘はたまにしか言わないわ』
『そこで、言わないなんて断言しないのは、とっても可愛い。
正直な娘に育ってくれて、お母さん将来が心配よ』
『大丈夫! 将来は魔術師じゃなくて、お人形屋さんになるから』
『別に良いんだけれど……そうねぇ』
女性は頬に手を当てて、少し困った表情をしていた。
このままで良いのかしらという心配と、このまま大きくなって欲しいという相反した願い。
あまりの擦れて無さに、この娘は魔術師として育てられた訳では無いのが如実に伝わってくる。
母子の間にある絆も、愛情も、全て。
在りし日の自身の姿を思い出し、懐かしく思ってしまう程に。
『だからね、おかーさん。
お人形さんの縫い方を、作り方を教えて欲しいの。
ほら、しゃんはいもほーらいも、とっても可愛いもの!』
降ろしてもらった少女は、大きなポケットより人形を二つ取り出す。
赤のリボンでそれぞれオシャレをしている、一見で可愛いと思える二組の人形。
少女の言葉から、この女性が縫ったのだろう。
女性は困り顔を嬉しそうに綻ばせて、フフッと声を漏らす。
そうしてまた、少女の頭を撫でるのだ。
『アリスちゃんのお誕生日だったから、お母さんも気合入っちゃたわ。
我ながら、中々の出来だと思うもの』
『うん、おかーさんすごい!』
『アリスちゃんはお人形さんが大好きだものね』
『うん、家族よ、私はみんなのおねーさんなの』
『……アリスちゃんよりも年上のお人形さん、実はあそこにいるのよ?』
そう告げられると、少女は途端にショックを受けた表情になる。
そんな馬鹿な、と言いたげに。
『わ、私お姉さんじゃないの!?』
『アリスちゃん、年上の女の子におねーちゃんって呼んでって言える?』
『……私の方が背が高いもん。
だから、私がおねーさん』
聞いていても分かる通りに、とても苦しい言い訳。
女性の方も、堪らず笑ってしまって。
少女は、とってもむくれた顔を浮かべていた。
『おかーさんの意地悪』
『ごめんなさいね、アリスちゃん。
でも、私の子供はアリスちゃんだけだから』
『おかーさん、おかーさんはしゃんはいとほーらいのおかーさんよ?』
『……言われてみればそうね。
確かに、私の手作りは、あの娘達だけだものね』
『うん、だから私はしゃんはいとほーらいのおねーさん』
『はいはい、アリスちゃんはお姉さんだわ』
女性に認めさせた事で満足したのか、満足げにウンウンと頷く少女。
お姉さんというのに拘りがあるのか、それとも人形は全て妹とでも思っているのか。
少女は、そっと女性の服の袖を掴む。
ねぇ、おかーさんと声を掛けながら。
『だから、今度は私がおかーさんになるの。
お人形さん、作るから』
『あ、アリスちゃんにお母さんはまだ早すぎるわ!!』
『……ダメ、なの? おかーさん』
『え? えっと、ダメかというとやぶさかではないんだけれど、そのおかーさんという表現は、ちょっと違うんじゃないかなーってお母さん思うの』
『じゃあ、何?』
少女に潤んだ目で見上げられて、女性は慌てていた。
あわあわと、母というよりは困った質問をされた姉の様に。
でも、少女の圧力に屈したのか、僅かに考えてから、少女へと語りかける。
それはね、と少女の目線まで腰を下げながら。
『人形師って言うの。
お人形さんを作ったり、お人形さんで劇したりして、お人形さんと一緒に暮らしている人の事よ』
『にんぎょうし……』
『そう、だからアリスちゃんは、お母さんじゃなくて、人形師になると良いわ』
そう女性が告げると、少女の顔には何だか楽しげな色が広がっていく。
素敵、と顔に書いてあるかの様に。
にんぎょうし、ともう一度口の中で言葉を転がして。
『じゃあ、おかーさんも、にんぎょうしなんだ』
『そうね、私も人形師よ』
『なんか、カッコイイね』
『お母さんは、アリスちゃんの為なら、幾らも格好良くなれる生き物なのよ』
『それは何だかカッコ悪いよ、おかーさん』
『えー、何でよ、アリスちゃん』
アリスちゃんに意地悪されたー、と拗ねている女性と、微笑んでいる少女。
よしよしと、今度は少女に頭を撫でられる始末で。
でも、何だか二人揃って楽しそうな光景。
これが幸せなのだと、私も理解できる二人組。
私にも、こういう時はあった事を思い出すと、何故だか胸が暖かくなっていく。
心に空いた穴が、まるで埋まっていくかの様に。
――あぁ、何て穏やか。
二人の笑い合う姿が、段々とセピア色に染まっていく。
まるで記憶の一枚画。
色褪せていて、それでもその笑顔はどこまでも色濃く心に残っていて。
大切なんだと、私の胸に自然と届けてくれていた。
「わた、し……」
目が、覚めた。
不思議な夢、だとは思わない。
繋がるモノと、自然に理解できるから。
「ん……」
隣で寝ている彼女、恐らくはこの人が、さっきの夢の中の少女。
成長して、背も伸びていて、大分に変わっているけれど。
それでも、面影があって、可愛いのは変わらなくて。
「わた、し」
自分がどこに居るのか、分からなくなりそう。
自分が何者かすら、忘れてしまいたいくらいに。
私の居場所はどこ?
私は何処に居るべきなの?
私は何処に行きたいの?
全部が全部、自らに尋ねては、首を振って払い落としてしまう。
違う、違うの、と。
私はここに居る、けれどもここは居場所じゃない。
先ほど見た夢、あの夢の様な場所こそに、帰るべき故郷がある。
だから……だから?
私はどうするべきなのか、どうしなくてはいけないのか。
考えれば考える程、嫌な事を思い出して、嫌な事が頭に過ぎっていく。
起きているのに悪夢を見ている、覚められないというのは、なお悪い。
どうして、ただそれだけしか、感情は湧き出てこない。
さみしい、かなしい、かえりたい。
揺り動かされるのは、心の奥の原風景。
お師匠様や姉弟子と過ごした、代え難き日々。
どうして、私はこんな所に居るんだろう、と再び思ってしまって。
「泣いて、いるの?」
だから、不意にそんな声を掛けられて、ビクリと体を震わせてしまう。
見てみれば、さっきまで泣いていた彼女は、目を開けて私を見上げていた。
何故だか、綺麗な瞳に涙を溜めて。
「貴女も、泣いてます」
「私は貴女に泣かされただけだから、何も問題はないわ。
でも、貴女が泣いているのは問題なのよ。
泣いているのは、私のせいじゃないでしょう?」
優しく、私に語りかけてくれる彼女に、私は一つ頷いていた。
私と彼女は繋がっていると分かっていて、恐らくは私の夢を見てくれていたから。
彼女が私に泣かされたといったから、彼女はすごく優しい人だと、そう思えたのだ。
「泣きたいの? 泣きたくないの?
それだけ、今は聞かせてくれるかしら?」
「私は、わたしは……」
どうしたいのと聞かれても、どうすれば良いのだろうと困ってしまう。
涙なんて、自然と流れていくもので、だから泣きたいなんて思った事はなくて。
でも、泣くのを止めたいなんて、そんな事も考えた事はなくて。
「そう……貴女は泣きたいのね」
自然と、涙は流れていくもの。
だからか、今も勝手に流れてしまって。
彼女は、それを泣きたいと解釈してしまったみたいだ。
泣きたくて、泣いてる訳じゃないのに。
「だったら、今は泣いておきなさい。
泣くのに疲れたら、泣き止めば良いわ」
そう言って、彼女は夢で女性がしていた様に、私をギュッと抱きしめてくる。
暖かくて、ホッとして、涙腺が余計に刺激されて。
さっきよりも、涙が多く流れてきて。
なんでとか、どうしてとか考える前に、泣いちゃおうと心が勝手に思ってしまっていた。
私は、昨日知り合って全然会話もした事のない人の胸で、声を出さずに泣いている。
不思議な感覚、けれども分かる。
夢だ、さっきの夢のせいだと。
あの夢のせいで、私は涙が止まらなくて、懐かしくて、彼女ならと思えてしまって。
彼女はさっき、貴女に泣かされていると言っていたけれど。
今は私が、貴女に泣かされているの、と心より思ってしまう。
虐められた訳じゃないのに、女の子に泣かされるなんて。
そんな事を考えながら、私は彼女に泣きすがっていた。
言われるがままに、疲れるまで泣いてしまおうと、そう思えてしまったから。
……彼女は、どこか優しい、女の子の匂いがした。
「ご機嫌如何かしら?」
「泣いてしまわないくらいには、大丈夫です」
あれから、少しして。
私の胸で泣き止んでいた彼女は、目を腫らしつつも泣き止んでいた。
ティッシュで涙の跡を拭うと、ありがとうございますと小さく声が返ってくる。
そうして、そのまま私を見上げてきて、泣いた後で赤いけれど、綺麗な顔がジッとこちらを見つめていた。
なので、何かしらと尋ねると、彼女はこんな事を聞いてきたのだ。
「貴女の、名前が知りたいです」
「名前?」
「はい、貴女の名前です」
住んで瞳で、純粋にこちらを見つめる彼女。
私に、一体何を求めているのか。
深いところなんて分かるはずもなく、だから素直に名乗る事にする。
取りあえずは、それが取っ掛りに丁度良いのは事実であるから。
「アリスよ、アリス・マーガトロイド」
「アリス、やっぱり……」
呟きながら、彼女は俯いてしまう。
何がやっぱりなのか、サッパリ私には分からない。
ただ、彼女が納得しているのだけは確かで。
彼女が何か言い出すまで待っていると……僅かな時間の後に顔を上げて。
その顔を上げた彼女は、何故だかとっても決意に満ちた顔をしていた。
「あの、お願いがあります!」
「何かしら?」
言ってみなさいと言うと、彼女は頷いて、けれども驚くべき事を言い出す。
「わ、私、マスターの事なのですが、アリスちゃんって呼びたいんです!」
「アリス、ちゃん?」
「はい、そうです!」
記憶が刺激されて、懐かしき日々を思い出すが、それ以前に何を言っているのだろうかこの娘はという気持ちが強くて。
まじまじと顔を覗いても、至って本気という以外に読み取れるものはなかった。
「本気なのよね?」
「はい……やっぱり、駄目ですか?」
正気なのかどうなのか、大変に怪しいところはあるけれども。
酷く残念そうな顔をしている彼女に、あまり無粋な事は言いづらい。
なので、私は良いわ、と彼女に告げる。
「アリスちゃんでも何でも、好きに呼びなさい」
パァ、っとそれを聞いた瞬間に、彼女の顔が分かりやすく明るくなる。
劇的という程ではないけれど、それでも今までの暗い顔よりかは明確に分かるくらいに明るくて。
そもそも、楓からはマガトロ呼ばわりされているのだ。
今更、アリスちゃんと呼ばれて怯むなんて早々ない。
単に、彼女のイメージから外れていた物言いな気がしただけなのだ。
「うん、ありがとう、アリスちゃん」
「……えぇ、どういたしまして」
ただ、どうにもむず痒い。
名前にちゃんを付けられているだけなのに、どうにも落ち着かなく感じてしまう。
そわそわと、記憶が心と連動して、私に良いの? と問いかけてくるのだ。
それに良いのよ、と私は言い聞かせて。
代わりに、彼女へと私も質問を向ける。
「貴女の真名も、教えて貰えるかしら?」
「知っていて、召喚なさったのではないのですか?」
「勿論、その通りよ。
でも、実際に貴女の口から聞きたいの」
本来なら、キャスターと呼べば事足りる。
でも私は、元々彼女に師事するつもりで召喚したのだ。
そんな相手に、クラス名だけで呼ぶ事は憚られてしまう。
そもそもが、今は聖杯戦争中でないのだから、真名で呼ぶ事に何ら戸惑いはないのだから。
「だから、教えて欲しいの」
先ほど私が頷いた事への対価、等価交換とも言えるかもしれない要求。
でも、それを彼女は、それで良いのなら、と了承してくれる。
儀礼的なモノでしかないにしても、彼女はそれを是としてくれたのだから。
少し嬉しくて、同時にワクワクする。
相手から名前を聞くという行為が、私としては嫌いじゃないから。
「メディア、私はコルキスのメディアです」
「宜しくお願いするわ、メディア」
手を差し出せば、彼女はおずおずとだけれども握り返してくれる。
冬だからか、ちょっと冷たいけれど少し暖かな手。
まるで今の彼女の様で、少し苦い顔になってしまう。
彼女、メディアはコルキスの王女とも、単なるメディアとも答えなかった。
色々と入り混じっている状況で、不安定なのだろう。
だから不安で、沢山泣いてしまうのかもしれない。
故郷への強い思いが、そう名乗らせたのかもしれない。
未だに胸が空虚さが燻っているのかもしれない。
大体がしれないで、私はまだあまりにも生の彼女について知らない。
だからこそ、もっと知らないと、知りたいと思ってしまう。
とても今の彼女の精神状態で教えを請う、何て事はできそうにないのだから。
「私の方こそ、宜しくお願いします」
小さな声で告げたメディアは、そっと握手を終えると、そのままキョロキョロと部屋を見渡し始める。
この部屋が珍しいというのではない。
むしろする事がなくて、所在無げにしてしまっていると言った方が正しいだろう。
なら、最初に何を勧めれば良いのか。
ご飯か、お風呂か、それとも……。
「……あ」
そんな少しばかり、お馬鹿な方に頭が傾きかけていたら、唐突にメディアの小さく漏らした声が聞こえてきて。
振り向いたら、彼女はジッと真っ直ぐに見つめているモノがあって。
私が視線の方向に目を向ければ、そこには……。
「あら、上海、蓬莱、おはよう」
朝から何か慌ただしく、朝の挨拶を二人にするのを忘れていた。
だから早々に挨拶をして、それからメディアがどうしてこの娘達に反応しているのかを考え始める。
あの娘達に特別何かがあるのか、それとも単に人形が好きなのか。
全くもって謎であるが、後者であるのならば私としてはとても嬉しい。
共通の趣味として、長く語り合っていけそうだから。
「メディアは、人形が好きかしら?」
「はい、人並み以上には好きです。
でも、ですね……」
メディアは、そっと上海と蓬莱に手を伸ばした。
優しく柔らかく、二人の頭を人撫でする。
「この娘達は、特別他の娘達よりも好きになれそうです」
「そう」
一体メディアは何を感じてくれているのか、全然私には読めない。
だけれど、私が好きな二人を好きと言ってくれて、私としても嬉しいから。
「ありがとう、私も貴女が好きになれそうよ」
そっと、メディアがした様に、私も彼女の頭を撫でた。
目を瞑っていた彼女は、どこか心地良さげに見えて。
今日は良い日になるかしらと、自然と思えたのだ。
これが、私と彼女の実質的なファーストコンタクト。
これから始めていく、二人の道の第一歩。
色々と問題はあるけれど、ゆっくりで良いから前へと進んでいきたいなと、私は思えて。
麗らかな空が、せめて私達を祝福してくれます様にと、そっと願うのだった。