冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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何か始め3000文字程度で適当に書こうと思ってた導入のお話が、作者が楽しすぎて文字数が増大し一話分の量になってしまった模様。
なお、何時も通りに深夜テンションで強硬して書いた為のガバガハさです、はい(白目)。


第31話 暗さの中で見えるもの

 ある日の夕方、夕日は既に暮れて、空は黒のカーテンに包まれた、夜とも言える時間帯。

 外に出れば、そよ風が凪いでいるみたいに涼しくて、けれども風が過ぎ去った後には肌寒さが目立ち始めている。

 薄着はそろそろ自重しなくては、なんて事を思ってしまう季節。

 

 そんな日に、私は学校に来ていた。

 我らが母校、穂群原学園の夜の教室に。

 私一人かといえば否と答える。

 ではクラスの全員がそこに居るのかと聞かれても、違うと答えるのだが。

 

 現在ここにいるのは、楓、氷室さん、三枝さんと私の四人。

 陸上部の片付け、それら諸々が終わって、皆が帰った後に私達は教室を占領したのだ。

 

 無論、学園側に許可は取ってある。

 まぁ、学園側といっても、本当のところは宿直の人に話を通してこっそりと教室を間借りしただけなのだが。

 クッキーなんかの賄賂も、印象を良くするのに大きな役割を持たせられたのだろう。

 学生時代は云々と語りたがるおじ様が相手だった(というより、元より氷室さんの指示でその人を狙い撃ちにした)というのが、最大の勝因か。

 しかし、私達は勉強をしに集まったのでも、部活動云々の関連で集まったのでもない。

 もっとくだらなくて、お馬鹿な暇潰しの企画の為に集まったのだ。

 では、それは何か?

 ……などと勿体ぶるほど大層なものでもなく、楓の口からあっけなく宣言される流れと相成った。

 

「それではこれより、陸上部美人三人娘プラスオマケによるチキチキ秋の怪談大会、寒さなんて怖くないっ、の始まりだーっ!

 ついでに言うと、怪談なんて怖くないけど、怖い話したらぶっ飛ばすからなーっ!」

 

「わー、パチパチー」

 

 高らかな楓の宣言、響き渡る三枝さんの手と口からの賑やかし。

 この異様なテンションの高さは、楓特有の明るさ故か。

 辺りは暗く、楓の手にある懐中電灯だけが光源であるが、そんな事は関係ないと言わんばかりのテンション。

 楓も三枝さんも大概ノリが良いのが、大変に微笑ましい。

 そんな中で私と氷室さんは、顔を見合わせて小声で囁きあう。

 

「ネーミングセンスが皆無ね」

 

「一周回って高尚に聞こえない事もない、か?」

 

「360度回っちゃってるから無理よ」

 

「ふむ、返す言葉もない」

 

 だからこそ楓らしいとも言えるが。

 人によっては、分かりやすくて良いと言う人もいるだろう。

 この勢いの良さこそが、楓を楓足らしめているのだから。

 要するに、何時もの彼女と言うだけのこと。

 態とらしい釘の刺し方も、素直じゃないけど正直者な楓そのものと言えよう。

 つまりは別段、特に気にする程の事でもない。

 

「おーい、全部聞こえてんぞ、お前ら」

 

 コソコソと話をしていたら、その言葉と共にジト目を向けてくる楓。

 相変わらず勘が鋭く、わざわざこちらに耳を澄ましていたらしい。

 地獄耳、凜と一緒ね、とでも言えば喜ぶか。

 

「ごめんなさい、正直者で」

 

「問題はない。

 勘は犬並みだが、知能も似たり寄ったりだ」

 

「違う違う、アイアムクロヒョウ!」

 

「訂正するとこ、そこなんだマキちゃん……」

 

 三枝さんが微妙な顔で楓を見ていた。

 それ以上の色を浮かべてないのが三枝さんの優しさか、若干感心している辺りに天然なのかもしれない。

 この中で三枝さんが一番女の子らしい感性を持っているが、それと同時に不思議な感覚も持ち合わせているらしい。

 前の間桐くんの事件で、三枝さんもちょっとだけズレているという事も、目のフィルターの設置を後押ししている。

 

「由紀っち、細かい事は気にしたら負けなんだよ」

 

「犬も狼も同じに見える輩が、何か言っているな」

 

「さっき細かいこと言ってたの、マキちゃんだよぉ」

 

「違う! 黒豹は細かくない!!」

 

 でも、三人で楽しそうに話している姿は、どこにでもいる女子高生で。

 やっぱり、間桐くんの言う普通の女の子なんだなって結論に落ち着く。 

 

 笑顔がほわわんとしている、普通な不思議少女。

 今のところのそれが、私の三枝さんへの評価。

 相反している様に感じて、けれども矛盾していない彼女の存在。

 

 一緒に居ると、そこはかとなく癒される空気を感じれた。

 今までに幾度も、そのキラキラした純粋な目で、凛の良心を揺さぶり続けてきただけはある。

 そう思い思わず口元を緩めると、氷室さんがこちらに気付いたようで。

 

「おや、どうしたのかな、マーガトロイド嬢」

 

「ん、三枝さんは見ていて癒されるな、と思っただけよ」

 

 簡素に答えると、あぁ、と氷室さんは納得を滲ませた声を出して。

 それだけで説明がつくのは、普段から氷室さんも彼女のほんわりオーラに癒されていた、という訳だろう。

 氷室さんは何時もの俯瞰した表情ではなく、柔らかな微笑みを携えて。

 

「我が部自慢の看板娘、と言ったところか」

 

「素朴で素敵な看板ね」

 

 看板娘、これほどまでに三枝さんにぴったしな言葉はないだろう。

 少なくとも、ネコさんや楓よりは余程サマになっている。

 ……尤も、楓は猫を被って、黒豹を自称している癖に、にゃあ、と鳴くが。

 実家のお店の為だから仕方ないのだろうが、普段が普段なだけに違和感が拭えない。

 もしかしたら、化け猫などと呼ばれている類いのモノか。

 

「楓、にゃあと言ってみなさい」

 

「はぁ?」

 

「……ごめんなさい、何でもないわ」

 

 気の迷いでおかしな事を口走ってしまう。

 案の定、おかしな目を楓から向けられ、面白そうに口角を上げる氷室さんを視界に収めるハメになる。

 猫? と首を傾げている三枝さんが、心の清涼剤であった。

 

「猫被りと掛けたか」

 

「裸の王様は、実は猫の毛皮を纏っていたのよ」

 

「意味わかんないぞ、マガトロ」

 

 私の楓に向けていた視線から考えていたことを推察してしまう氷室さんは、本当に流石というしかない。

 そして豹と嘯いている猫は、自分の事とはいざ知らず。

 彼女が猫の毛皮を着ていると指摘出来る者は、些か彼女に生暖かい視線を向けすぎていた。

 つまりは彼女は、今日も変わらず楓であると言うことだけ。

 尤も、指摘したとしても、楓に見る目ないなぁ、と断じられるだけなのだけれど。

 

「ま、いっか。

 それよりほら、懐中電灯を用意してっと」

 

「……ロウソクじゃないのね」

 

「教室で火を付けるわけにも行かんだろう」

 

 結局自己完結した楓は、さっさと事を始めたいらしく準備に取り掛かる。

 懐中電灯を自分の顔に当てている楓は、不気味というよりも気持ち悪い顔をしていた。

 ニタァとでも形容すべき、とっても悪い表情。

 今までも悪事を働いてきたのね、的な。

 

「まずは罪状から確かめるべきじゃない?」

 

「確かに取調室の犯人の様にも見えるが、残念ながら無実だ」

 

 私が言うこと一つ取っても、氷室さんは当意即妙に答えてくれる。

 これは中々に気分が良い事だ……ネタにされている楓からすれば溜まったものではないだろうが。

 

「それじゃ、レッツらゴ~!」

 

 カチカチと懐中電灯の電源を切ったり入れたりしている楓の声を合図にして、私達は椅子を集めて一つの机を囲む。

 楓は上機嫌、最初は自分が何か話すんだという気概に満ちている。

 氷室さんは何時もと変わらず無表情で、三枝さんは話すよりも聞く方に重点を置いているらしく楽しげに楓の方を見ていた。

 私としても、一体どんな話を聞かせてくれるのかと気になっていて。

 

「それじゃあ、まずは私が先陣を切る!

 ヘヘン、この日の為に面白話を沢山集めたんだからな!!」

 

 怪談ではないのか、なんてツッコミは意味はないだろう。

 聞かないし、効かないから。

 なので流れに任せて一つ、楓の面白話とやらに耳を傾ける。

 何のネタが飛び出してくるか、ちょっと楽しみに思いながら。

 

「それじゃあ、はじまりはじまり」

 

 ――これは、私の知り合いの話なんだ。

 ――何? 友達じゃないのかだって?

 ――バカ、そんなこと言ったら顔が割れちゃうじゃんか!

 

 語り始めた楓、一人ノリツッコミに勤しむ様は流石と言えよう。

 しかし尤もだと言わんばかりに楓の語りに一々頷いている三枝さんは、流石に人が良すぎるのではないかとしか言い様がない。

 ただ、楓の語りも身近で些細で、それだからこそ引き込まれ易いものがあるのだろうけど。

 

 ――兎に角、私の知り合いが夜中の遅い時間に出歩いていた。

 ――勿論、辺りは真っ暗。

 ――薄暗い街灯の明かりだけが頼りの、心もとない世界が一面に広がっていたんだ。

 

 ――でも、流石にどんな奴だって帰り道は分かる、犬でも分かる。

 ――だからそいつは、帰り道をひたひたと進んでいた。

 ――だが、ふとおかしな事に気が付いたんだ。

 

 ゴクリと、誰かが息を飲んだ声が聞こえる。

 多分、三枝さんだと思われる。

 というか、それくらいしか該当者が見当たらない。

 戦々恐々、というよりは続きが気になるといった風ではあるが。

 それは私も、心を同じくしているところで。

 

 ――何時もと同じ道を歩いているはずなのに、急にその道が正しいのか分からなくなったんだ。

 ――それどころか、ここが正しい道なのかも認識できなくなった。

 ――そこで不安になって、そいつは後ろを振り向く。

 

 ――すると、そこには……

 

 一息、言葉が途切れて間が出来た。

 溜め込んで、けれど叫ぶ前兆にも見られない。

 それが余計に、不気味さを煽っている様にも感じさせられた。

 

 ――バカみたいにデッカイ時計塔が一つあって、街並みは全て洋風のものに入れ替わっていた。

 ――そして、何かがこちらに全力で近づいてくる足音まで聞こえてくる。

 ――そいつは驚きながらも、それとは出会ってはいけないんだと本能で理解して走り出す。

 ――振り向いたら、そこで食べられるかもしれない、なんて思いながら。

 ――けど、いくら走っても足音は消えずに、むしろ段々と近づいてきて……。

 

 ――だから必死に逃げていたのに、耐え切れなくなって足を止めてしまう。

 ――そして、遂に振り向いてしまったその先には!

 

「ニタリと笑う自分の影の姿があったんだよ、こんちきしょぉーーー!!」

 

「キャーーーーッ!」

 

 大声で叫ぶ楓に、黄色い悲鳴を上げるノリノリな三枝さん。

 割と勢いだけではあるが、そのノリは嫌いではなかった。

 評価する点があるとすれば、楓らしさとでも言えば良いのか。

 

「自分の影に怯えてたってことは、結局は外的要因は無かったのね。

 ドッペルゲンガーとも違うし、ある意味で自給自足と」

 

「ふむ、幽霊の正体見たり枯れ尾花、か」

 

「それは分かるけれど、前半の時計塔やら洋風の街並みやらは何の伏線なの?」

 

 けれども穴があるのも事実。

 そこを尋ねれば、楓はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに頷いて。

 

「実はな、この話は前半だけが広まっていて、後半の話が流言飛語が飛び交っていてどれが本当なのかわからないんだ。

 メアリーさんって話なんだけど、聞いたことない?

 確か口癖は、子猫(キティ)って呼ばないで! だったと思うけど」

 

「詳しくは知らないけど、都市伝説で有名なものよね」

 

「そうだよ、マーガトロイドさん

 私も、弟から聞いた話で知ってるの」

 

「私も、少々聞いた覚えがある」

 

 ただ、皆が皆、楓の語った話とは別のものを知っていただけであったが。

 それは氷室さんも、三枝さんも、別々の話で。

 

「私はメアリーさんって捨てられたお人形が携帯電話で電話してきて、”私メアリーさん、今どこどこにいるの~”って定時報告しながら近づいてくるって話だよ。

 最後は電車に乗って離れていく御主人に、”私絶対にあなたのそばに戻るから!”って全力で走りながら告げるんだって」

 

「私が聞いたところによると、作家のメアリーさんなるもののところに、自分のドッペルゲンガーを名乗るメアリー・スーと呼ばれる怪物が現れる。

 夜な夜な自分の作品のキャラクターを徐々に徐々に歪めて、侵食して行くそうだ」

 

「みんな別の話ね」

 

 個人的には三枝さんの話が気になるが、何故こうまで食い違いが発生しているのか、そちらもまた気になる。

 こういう時に優秀な氷室さんに目を向ければ、彼女はひとつ頷いて語りだす。

 

「私が思うに、このメアリーさんなる都市伝説は、様々な消化されない事象や噂の受け皿になってるのだと思う。

 メアリーなる者は、ある意味でジョン・スミスやジェーン・ドゥ的な役割を担わされているのだろう。

 だからこそ、ここまで話が大きくなり、そして広まっているのだと思われる」

 

「なるほど、確かにそれで説明は付くわね」

 

 詳しくなんて分からない。

 だからこそ推測で物を言うしかなくて、氷室さんのそれはかなり妥当だと思われる考えで。

 ウンウンと、納得のいく説明で結論であると、私の中で選ばれたのであった。

 

「ふーん、ま、そんなもんかね」

 

 一方、この話題を持ち込んだ楓は、あまり話が膨らまなかった為か、詰まらなさそうな顔をしていた。

 つまらないオチが付いた、とでも思っているのだろう。

 それが悪いとは言えないが、面白くないと言わんばかりだ。

 

「現実なんて得てしてそんなものよ」

 

「面白くないぞー、マガトロー」

 

「はいはい、拗ねた声出さないの」

 

「拗ねてなんか無いやい。

 不貞腐れてるってだけだぞぉ」

 

「あんまり変わらないよ、マキちゃん」

 

 夢はでっかく北海道並みに! なんて訳の分からない標語を掲げる楓を尻目に、次は誰が話すのかと周りを見れば、うずうずモジモジしてしている三枝さんの姿が目に入って。

 氷室さんと目を合わせると、彼女も気付いていたようで頷かれる。

 

「三枝さん、次のお話、貴方が聞かせてくれる?」

 

「え、あ、はい!

 私で良いなら、話させてもらいます!」

 

 ふんもっふ、と気合の入った声を上げる彼女に、私達はそっと顔を合わせて緩めてしまう。

 何というか、小動物を見た時の可愛さの様なものを感じたから。

 横で面白くねーなー、なんて言いつつ耳がぴくぴく動いてる楓も、また別の生き物としての可愛げはある様な気もしなくもない。

 やっぱり猫ね、と結論を脳内で付けると、三枝さんの方を覗き込む。

 さて、彼女はどんな話を聞かせてくれるのかと期待に胸を膨らませながら。

 

「うんっとね、これは実際にあった出来事なんだけど……」

 

 思い出すようにして、三枝さんは言葉を紡ぐ。

 チラリと私の方を一瞬見て、そして語りだす。

 ……何故だか、嫌な予感がしてならなかった。

 

「ある日の夜の事なんだけどね、その日は私は弟達とゲームしてて、罰ゲームを受けちゃったの」

 

「何してたんだよ、由紀っち」

 

「早口言葉勝負」

 

「なるほど、見事に分が悪いな」

 

 あっちゃー、という顔を楓がし、氷室さんは小さく頷くだけ。

 私は、どちらかといえば楓寄り。

 確かに罰ゲームのある方が盛り上がるとは言うが、三枝さんの場合は笑顔で罰を受け入れてしまいそうなのが恐ろしいから。

 鼻からスパゲッティ食べろと言われたら、最初は嫌がってもゴリ押しされたらきっと拒否できない。

 そんな押しの弱さがあるから、三枝さんを支えなきゃという気持ちがムクムクと湧いてきてしまう。

 庇護欲と判官贔屓、それらを同時に拗らせてしまうのだ。

 しかも天然物だというのだから恐れ入ったと平伏すしかないのが、三枝さんという女の子なのである。

 

「で、どんな罰ゲームだったんだ?」

 

 楓は当然の様に聞く。

 もし酷いものだったら、あのバカ達(弟共)懲らしめてやる、なんて呟いている。

 殺る気満々なのが、中々に恐ろしいところだ。

 けど、三枝さんは大丈夫だよ、と楓の顔を見ながら言って、こんな内容だったんだ、と優しく告げる。

 

「気分転換の、夜のお散歩。

 夜のお寺って、凄く雰囲気あるの!」

 

 石段登るのも、お昼と違ってワクワクしたんだよ!

 なんて、実に楽しげに告げているから、三枝さんも決して嫌だったわけではないのだろう。

 楓も理解したようで、あっさりと引き下がる。

 そんな私たちを確かめながら、三枝さんは語っていく。

 演技のような口調ではなく、ごくごく普段通りの口調で。

 

「石段を登ってると、トントンって音がしてね。

 私の足音だって分かってても、つい後ろを見ちゃうんだ。

 誰かいませんかって、そんな気になっちゃう」

 

 不思議だよね、と三枝さんが言うのに頷く。

 理屈では分かっていても、本能的に背筋に走るものがあるから。

 一人と暗さと不安、これらが合わされば何かを幻視してしまうし、逆に何かに見られている気がしてしまうのが人間の性なのだろう。

 

「お、おいマガトロ。

 怖いなら手を握ってやるよ……」

 

「静かにしてなさい、楓」

 

 急にキョドりだした楓を無視して、私は三枝さんの語りに再び耳を傾ける。

 ゆったりとした口調に、共感を感じれる素朴さ。

 想像以上に、三枝さんは話すのが上手いと感じながら。

 

「まだ、ちょっと熱くなる前の、夏前の事だったからかな。

 不思議と周りが涼しかったの。

 風がそよいだりしてないのに不思議だねって、そう思いながら歩いてたんだ。

 それでね、気付いたらもう門の前なの。

 何だかどこかに繋がってる気がして、夜のお寺の門は通って良いか迷っちゃうね」

 

「由紀香が言うと洒落にならないな……」

 

「氷室ぉ、メガネ光らせながらヘンなこと言うなぁ!」

 

 ずり落ちて来ていたメガネをクイッと上げている氷室さんに、楓が情けない声を出して。

 そう言えば、楓はオカルトが苦手と前に言っていたなと思い出す。

 このイベント、もしかしなくても楓が企画したのではなく……。

 隣を見れば、楽しげに話を聞いている氷室さんの姿。

 相も変わらず食わせ物、実にイイ性格をしている。

 

「でも、折角ここまで来たんだしって思って、中に入ったの。

 そしてらどこからか分からないけど、何かが打ち付けられる音が聞こえてきてね。

 最初、もしかして鐘でも鳴らしてるのかなって思ったけど、それにしては全然響いてなくて、鈍い音しかしてなかったんだ。

 だからね……もしかしたら、呼ばれてるんじゃないかって、そう思ったの」

 

「んなわけあるか!」

 

 小さな声で、けど急に私の手を握り出す楓。

 微妙に汗ばんでるのが嫌だけれど、仕方ないのでそのまま握り返してあげる。

 このまま放置していると、多分奇声をあげて走り出しそうだから。

 

「それで私、気になってそのまま音の方まで歩いて行ったんだ。

 そうしたらね、すごく音が良く聞こえるようになってきたの。

 近づいてるって、すごく実感できちゃうんだ。

 それでね、段々と何の音か、はっきり聞こえてくるようになってきてね。

 何か分からないから、余計に気になっちゃったんだ」

 

「いやいやいや、そこは全速力で後ろにランしてだな」

 

「底なし沼に沈んでいくのね」

 

「いやおかしいだろ!?

 どこから湧いて出たんだ底なし沼は!」

 

「そこな二人、静かにしていろ。

 騒ぎたいなら、校庭を走りながらか屋上で叫べ」

 

 氷室さんの冷たい言葉に、ごめんなさいと二人して謝る。

 楓がお前のせいで怒られただろ的な視線を向けて手を強く握ってくるが、私も同様にやり返す。

 けど、三枝さんの話はまだ続いており、折角の話なので馬鹿な事はやめて再び耳を傾けた。

 ここで楓とお馬鹿な事をしているよりかは、遥かに有意義であろうから。

 

「聞こえてくる音がはっきり分かって、ちょっと足早になっちゃった。

 ごっすん、ごっすんって、とっても低い音。

 響いてる音がとっても本物で、怖いからそっとお寺の物陰に隠れながら私、何があるのかを見たの。

 するとね、そこにはね……」

 

 楓が握っていた手に力を入れて、唐突にバイブレーションを開始する。

 横目で見れば、本気で震えている楓の姿。

 心なしか白目を剥いている様に見えるのが、下手な怪談よりも怖いことこの上ない。

 けれど、三枝さんは話すのを止めたりなんかしない。

 むしろスルリと、呆気なく結末を告げてしまっていた。

 

「遠目ではっきり見えなかったけど、ビックリするぐらい美人な人がいたの。

 後ろ姿しか見えなかったけど、その後ろ姿を見ただけで分かっちゃうから不思議だね。

 何か、特別な力でも働いてるみたいに」

 

「へ、変なこと言うなよぉ、由紀っち!」

 

「いや、存外本物の幽霊かもしれんぞ」

 

「そこのメガネもだ、お調子者ぉ!!」

 

 クク、と悪い笑いを漏らす氷室さんに、どこか遠くを見ている三枝さん。

 楓といえば、無駄に想像を膨らませてしまい、怯えが抜けていない模様で。

 

「そんな人が黒い服を着て、無言でずっと大木にハンマーを叩きつけたの。

 私、すごく驚いて、どうすれば良いか分からなかったから……」

 

「から、何?」

 

 私が聞き返せば、三枝さんは恥ずかしそうに頬を掻きながら、うん、と小さく返事をして。

 

「確かめずに、そのまま帰っちゃった。

 怖いっていういうより、本当に驚いちゃって。

 なんで私、走って帰ったんだろうなって、今更ながらに思っちゃうんだ」

 

「……そう」

 

 それを聞いて私は、ちょっとホッとしていた。

 些か以上に、彼女の言う黒い服を着た人物に心当たりがあったから。

 その正体まで気付かれていなかったのは、幸か不幸か。

 

「く、黒でハンマーで美人ってなんだよ!

 狙ってんのか! 呪ってんのか!」

 

「明らかに呪っているな。

 ところで蒔の字、後ろに何かあるようだが……」

 

「ヒエ!?」

 

 楓は慌てて私の手を離し、持っていた懐中電灯を後ろに照射する。

 しかしそこには何もない、人も影も、もちろん人形も。

 

「くっそー、嘘ついてんじゃねぇよ!」

 

「いやはや悪い、過剰反応があまりに面白くてつい調子に乗ってしまった」

 

「言って良い嘘と悪い嘘があるだろっ」

 

「そしてこれは良い嘘だと」

 

「悪いに決まってんだろ、こんにゃろ~!」

 

 ワイワイと戯れている楓と氷室さん。

 じゃれてくる楓を、氷室さんが適度に構ってあしらっている、というのが正しいのだろうが。

 その彼女達の横には、優しい目でその様子を楽しげに見守っている三枝さんがいて。

 三枝さんの目は優しくて正直者の目だったから、つい気になったことを尋ねてしまう。

 聞いている最中に、感じたことのままに。

 

「ねぇ、三枝さん」

 

「ん? どうしたの、マーガトロイドさん」

 

 物思いに耽っていた三枝さんに声を掛けたら、彼女はゆっくりと私に振り向いて。

 何の警戒も見せない表情に擽られる様な感覚を感じながら、私はそっと彼女に訊いたのだ。

 

「貴方が見た美人さん、本物か幻想、どっちだと思う?」

 

 美人さん、なんて妙なフレーズだと思いつつも、つい尋ねずにはいられなかった。

 彼女から見たその人物が、一体どう見えたのかを。

 ちょっとした認識の確認と、外から見られる風景について、確かめたかったから。

 

「えっと、私の見た感じなんだけどね」

 

 そんな前置きから始まった、三枝さんの言葉。

 彼女の顔は頬が緩んで、とてもリラックスしていて。

 悪い感情は、一切見受けられなかった。

 

「良く分かるほど見てなかったけど、イヤな感じは全然しなかったよ。

 むしろ、後から考えたら、お話ししてみたいくらい」

 

「つまり?」

 

「人でも幽霊さんでも、どっちでも良いかなぁっていうのが、私が言いたいことかな?」

 

 三枝さんの物言いに、思わず口を噤んでしまう。

 悪い意味ではなくて、彼女の柔らかさが胸にまで染みてきた気がして。

 暖かいなと、心で感じることができたのだから。

 

「マーガトロイドさん?」

 

「ん、何かしら、三枝さん」

 

 今度は、三枝さんから私に話しかけてきて。

 疑問を宿したイントネーションに、私もまじまじと彼女を見つめ返す。

 すると彼女は、ほにゃりと微笑んだまま、少し首を振るとこんな事を尋ねてきた。

 

「マーガトロイドさんは、幽霊っていると思う?」

 

 真意の読みきれない質問、三枝さんの表情は気楽そうに微笑んでるまま。

 けれど、さっき私の質問を答えてくれたのだから、今度は私が答えるのが筋だというのは確かで。

 

「いるわ、普通の人には見えないだけで」

 

 なので、キチンと思うがままに答える。

 望まれている返答が分からない以上、私は所感を述べる他にないのだから。

 

「確信的なんだ」

 

「吸血鬼のいる国が出身だもの」

 

 まぁ、うちの国の英雄は悪し様に罵られて吸血鬼扱いなのだが。

 げに恐ろしきはローマカトリックの影響力か。

 本人が聞けば立腹するかもしれない、なんて考えて。

 そこまで考えて、関係ない方向に思考が及んでいるのを頭を振って振り払う。

 

「兎も角、ヨーロッパはオカルトで満ちているの。

 幽霊なんて、散歩すればぶつかるのよ」

 

「成仏できてない人で沢山なんだ……」

 

「それとこれは、また別問題よ」

 

 なんて暇潰し程度にしかならない会話を交わして。

 私はじっと三枝さんを見る。

 さっきの質問の真意を探るように、真っ直ぐ。

 すると、三枝さんもそれに応えるように、私の視線にこう答えたのだ。

 

「少し、私が見た人はマーガトロイドさんに似ていた気がするから」

 

 こんなこと言って、気を悪くしないで欲しいな、と三枝さんは困った様な顔で言って。

 髪も金髪だったし、と小さく付け加えた。

 些か心当たりがありすぎて辛いのが何とも言えないが、私はそれを黙って聞く。

 

「だったら、お寺で見た人も、きっと素敵な人なのかなって」

 

「そうね、きっと気に入った子に取り付いて、執着するのかもね」

 

「はは、そうなったら家族になるしかないよ」

 

 話していると、こちらまで緩々になってしまいそうな三枝さんの世界。

 浸っていたく感じるが、あまりにズブズブと入れ込み過ぎると出られなくなりそうなのが恐ろしいところ。

 

「そろそろ、次のお話を始めましょうか」

 

「次はマーガトロイドさんが?」

 

「そうよ、話す内容は、寝起きの遠坂凛には悪霊がついている、なんて内容で」

 

「え、どういうことなのかな?」

 

「文字通りの意味合いよ」

 

「ちょっと待った、マガトロォ!

 私にも聞かせろおぉ!!」

 

「静かにしてたらキチンと聞かせてあげるから、少し落ち着きなさい」

 

「だそうだ、蒔の字」

 

 一瞬にして、私の周りに楓が戻ってきて、氷室さんもその隣で興味深そうな目で私を見ている。

 そして三枝さんも、私を真剣な目で見て、じっと話が始まるのを待っていた。

 遠坂凛という名前が持つ魔力のお陰か、さっきまでの雰囲気がどこぞへと旅立ってしまったようで。

 流石は凛ね、と感心しつつ、私は楽しくなって語り始める。

 凛の寝起きの悪さと、その時の眼光について。

 

 知ってる面と知らない面、それらは全部表裏一体。

 語り終わった時に凛の評価がどうなっていたのか、それは私だけが知る秘密としておこう。

 唯、敢えて一言言うならば、相変わらず優等生な凛の周りには喧騒が絶えてないということだけ。

 

 そんな私の小話の後に、氷室さんは愉快そうに一つ、話を始めて。

 それがあまりに恐ろしく、楓が絶叫し宿直の人が駆けつけてきたのは、割とどうでも良いお話。

 みんなで怒られたのは頂けないが、ある意味で青春の一ページと銘打つことも可能であろう。

 今日のお話は、悪くないかなと感じることができたから。

 また、お寺に顔を出してみようかと気紛れの発作を起こしたのも、それはそれで良いかなと感じれて。

 

 私はそっと三枝さんを見ると、彼女はやはり優しそうに笑っていた。

 きっと、彼女は今日私にどれほど影響を与えたかなんて知らないのだ。

 人は心を覗けないのだから、当たり前のお話。

 だけれど、それでも私の水面に波紋を起こしたのは、間違いなく彼女で。

 間桐くんが普通の子と称した彼女は、私も今は意見を同じくするところだが、それでもと思うのだ。

 彼女には、普通が故の非凡さがあると。

 

「三枝さん」

 

「はい?」

 

「今日はありがとう」

 

 彼女に感謝を、彼女のお陰で楽しいと沢山感じれたのだから。

 そんな私にキョトンした目を向けてくるが、それ以上は私も語ろうとは思わない。

 フフ、と思わず笑いが溢れたのは、普通な非凡さという特異な属性を感じれたからか。

 黒髪メガネの優しい青年を少し思い出したが、もしかしたら包容力が彼に似ているのかもしれないと思って。

 

 少しばかり、私は雰囲気に酔っていた。

 学生らしい、楽しくて、愉快で、ちょっとお馬鹿なささやかさに。

 この時ばかりは、私は自分が普通で良いわ、と思えていたのだから。

 

 だから、もう少しばかり仲良くなりたいわね、と三枝さんを見て感じずにはいられない。

 ちょっと、私が彼女を気に入ってしまったから。

 私が幽霊ならば、ちょっと執着してしまうかもって、思ってしまうくらいに……なんて、ね。

 

 

 そんな事を感じたこの時、空を見上げれば黒色のキャンバスに星が散りばめられて。

 何が空に描かれているのか、占星術や天文学は分野でないから分からないけど。

 けれど、きっと素敵な願いが込められた星座がそこにあるのねと予感出来て。

 だからそれは、今日は楽しかったと感じれた、確かな証なのだろうと理解できたのだ。

 

 だから帰ろう、凜がいる遠坂邸へ。

 そしてまた、皆で話すネタを探そう。

 なんて、お馬鹿な事を考えながらの帰り道。

 思わず笑ってしまった私の声は、この暗闇に溶けていった。

 また、新しい機会が得れたら良いなという気持ちと共に。




三枝由紀香嬢、最後までどんな口調にすれば良いか分からなかったとかいう悲劇。
違和感があれば、ご報告頂けると幸いです。

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