何というか、申し訳ございませんでした!
あと、結構書きなぐってるので、結構誤字を起こしているかもしれません、すみません。
事件とは、備えている時にはやってこない。
どちらかといえば、油断している隙をついてやってくる。
事故もそうで、自分にはまさかねと思っていても、見事に裏切られる。
二つに共通する事があれば、両方共に運が悪ければ巻き込まれるという事で。
まぁ、何が言いたいかといえば……。
「こんにちは、衛宮くん」
「……遠坂、か」
衛宮くんは、今日という日はとてもツイていなかったという事だ。
尤も、人徳には恵まれていたようで、衛宮くんの後ろから彼を守る様に間桐兄妹が姿を現す。
二人に目配せすれば、間桐くんは睨みそうな顔をし、桜に至っては顔を合わせようとすらしてくれない。
流石に面白くないけど、今回は私が通報したものだし、二人の態度はごく自然なものだろう。
なので凛を人差し指でツンツンとつつきせっつくと、彼女は徐ろに前に出る。
現在、衛宮邸の玄関口、前日には遊びに来ていた場所。
けど、今回は友人の家にやって来た、という名目でここに居るのではない。
凛のお付き、野良魔術師の衛宮くんとセカンドオーナーたる凛の立会いの場に、仲介人として立っているのだ。
気分的には、アウトローの大物に付き従う小物。
仲人と言えば聞こえはいいが、凛は自分で主導権を握りたがるタチだし、桜や間桐くんは怒らしてしまうしで、私に出来ることは非常に限られている。
精々、出来る事といえば喧嘩に成りそうな時に仲介すること……しかも、私自身が火に油を注ぐ事もありうるという、あまりに逃げ場のない状況。
せめてのも癒しは、衛宮くんは私にあまり怒っていないという事だ。
まぁ、だからと言って私に好意的であるかは別であるが。
「別に取って食べたりなんてしませんわ」
警戒する桜と間桐くんに、凛はそう言って宥めに掛かって。
間桐くんもいるからか、こんな時でもネコを被る図太さには敬意を評さずにはいられない。
間桐くんもしっかりと引っかかって、まぁ、遠坂がそう言うならそうかもしれないね、と一旦は矛を収める。
ずっと、玄関先で話をするのもな、という気持ちもあったのだろう。
とりあえず中へ、と先導する衛宮家の三人に続き、私と凛も二人に続いて進んでいく。
「桜」
「……何ですか、アリス先輩」
その途中で、私は桜に声を掛けた。
返ってきた声は不機嫌さを滲ましたものだったけれど、キチンと口をきいてくれるだけマシなのだろう。
なので私は、少しだけ言い訳という名の弁明を開始する。
このままでは、あまりにギスギスしすぎているから。
「今回、割と私は衛宮くんに好意的に接するわ。
……報告はしたけど、悪いとは思ってるから」
でも、出た言葉は自分で意識していたよりも、下手に出ていたもので。
私が悪かったわ、と認めているものであった。
別に凛に報告したのが間違っていたとは思わないが、それでも些かの気まずさと後ろめたさがあった裏返しなのかもしれない。
そして桜は、私のそんな葛藤を汲み取っていたのだろう。
一言、分かってます、と返してきて。
三秒の沈黙後に、言葉を付け足した。
「分かってるから、拗ねてるだけなんです。
兄さんも、一緒ですから」
それだけ言うと、スタスタと早足で歩いて行ってしまった。
そんな桜の後ろ姿を見て、頬をつい掻いてしまう。
桜はつまり、拗ねているだけだから放っておいたら、また元通りにもなります、と言いたいのだ。
そんなことを言われても、私は仲介人なのだから、嫌でも口をきかなきゃいけない。
必要最低限度の事以外、喋らないでという事か。
「……ままならないわね」
「貧乏クジね、アリス」
溜息を吐くと、凛は楽しげにそんな事を告げてきた。
彼女としても、そこまで酷いことをするつもりなんて無いのだろう。
だから気分は軽く、適当におちょくって帰ろうとしているに違いない。
「普通なら、役人の貴方が嫌われる筈なのに」
「普通の敵より、裏切り者の方が憎いに決まってるでしょう?」
返す言葉もなかった。
ついでに去来するのは、どうしたものかという頭の痛さ。
「衛宮くん、私はどうするべきだと思う?」
思わず衛宮くんに馬鹿なことを尋ねてしまったのも、仕方のない事だろう。
しかし衛宮くんは、マーガトロイドが遠坂に言ったんだろう、って言いながらも、真剣な顔で考えてくれて。
ちょっとしてから、じゃあこうすれば良いと耳打ちでしてくれたのだ。
その方法は、聞いていると衛宮くんっぽいか、と納得できるものだった。
「ありがとう、頑張るわ」
「その代わり、こっちも頼むからな」
「えぇ、任せて」
僅かばかりだが、私と衛宮くんの周りだけには和やかな空気が流れる。
幸いなことに、衛宮くんは私を恨んでいない。
助かることではあるが、逆に衛宮くんが心配を感じてしまう一幕。
私が通報した、という後ろめたさが、余計にそう感じさせてしまっているのだろう。
「その分、援護はするわよ」
主に、私の罪悪感と友情の分だけは。
それに元より凛は、衛宮くんが魔術師だということに関して、驚きはしたが逆に嬉しそうでもあった。
理由は分からないが、恐らくは桜関連での心配事であろう。
何だかんだで、凛は何故か桜に甘いから。
だからきっと、なるようになる。
どさくさにまぎれて桜や間桐くんと仲良く出来たらなお良し、としておこう。
そんな狸の皮算用をしながら、私達は前に来た居間へと案内されて。
半ば、結果の見えている会談が始まろうとしていた。
「まずは、そちらの言い分を聞かせてくれるかしら?」
初めに口火を切ったのは凛。
口調と表情はとても笑顔ではあるが、その実、言い訳はある? と意味合いを含んでいる質問。
意味の分かった私は無表情を、桜は表情を固くし、衛宮くんと間桐くんは文字通りにそれを受け取っていた。
やはり桜は、何だかんだで凛を良く知っているらしい。
でなければ、あからさまな態度を取ることはなかったであろうから。
「……まず、最初に言っておきますが、先輩に魔術師としての常識は殆どありません。
それは間桐と接触してからも同じで、最低限度の事しかか教えていません」
そしてやはり、言葉を返したのも桜で。
第一原則として、衛宮くんの擁護すべき点を上げた。
それに凛は頷きつつ、ちらりと横目で衛宮くんを見る。
凛の視線の先には、衛宮くんが居心地の悪そうに座っている姿があって。
状況が状況だけに気持ちは分かるが、もう少し背筋を伸ばしておかないと、凛に好き勝手されてしまうだろう。
「衛宮くん、貴方は桜から最低限の事は教えて貰ってたんですよね?
なら、私の事も聞いていて当然な筈」
「えっと、魔術師って事は聞いてた」
「他のことは?」
「セカンドオーナーっていう事、法外な土地代を要求されるとも言った覚えがあるね」
そんな衛宮くんに変わって、間桐くんが庇う様に衛宮くんの代わりに言葉を紡ぐ。
凛からは、アンタじゃないのよアンタじゃ! と剣呑な視線を向けられているが、全く気にもしていない。
……本当のところは、気にしてないじゃなくて気付いてないだけだろうけれど。
「語弊があります。
霊脈を宿している冬木の土地を使用しているんですから、当然の対価です」
「いいや違うね。
衛宮はそもそも霊脈なんか、全く手を触れてすらいない。
その論法で行くと、冬木の土地に魔力的干渉をしていないんだから、衛宮は一般市民と変わらないだろう?」
「……屁理屈」
小さく、けれどもイラっとした感じで凛が呟いた言葉が、確かに聞こえた。
確かに、そんな論法を許せば、どんな無法も言い訳一つで通るようになるだろう。
なので凛は、話題を挿げ替えるようにして、こんな事を言い始めた。
「そもそも、セカンドオーナーに届出が必要なのは、魔術師を管理するためです。
神秘の漏えいが起きた時に、適切に対処するために必要なこと。
なので、報告されないと困ります」
最もらしい事を言っている凛。
けど、その内実は相手を言い負かしたいのだということに、私は気がついている。
私が凛に衛宮くんが魔術師だと報告したとき、凛が真っ先にした行動は貯金通帳を眺めるという奇行だったのだから。
そんなにお金が欲しいのか、遠坂凛。
恐らくであるが聞けば、欲しいに決まってるでしょう! と家訓を忘れて笑顔で言うに決まっている。
魔術はお金に足が生えさせる、しかも全力で逃げていく。
凛は宝石魔術師なのだから、特にそれが顕著である。
だからこそ、得られる収入は確保しておきたいと考えているのであろう。
……凛に欲が無いかといえば、別問題になるのだろうが。
「そんな事必要ないくらいに、衛宮の魔術はしけたものだったのさ。
強化の魔術を延々と、バカの一つ覚えみたいに繰り返してるだけだったのさ」
そしてまたも、間桐くんが口を開く。
口から出るのは、擁護とも罵倒とも付かない言葉。
しかし、明らかに衛宮くんを守るための思いやりはある。
間桐くんも大概だな、と思わずにはいられない風景である。
「先輩の魔術は、内に内に潜ってました。
外に漏れる心配なんて、万に一つもありません。
……それでも、ダメですか?」
訴えるように桜も加勢し、凛へと詰め寄る。
しかし、凛は微塵も動じた素振りを見せず、だからどうしたと言わんばかりで。
全く口撃が通用しない、無敵遠坂マネーイズパワーを発露してしまっている惨状である。
「内に潜っていっても、器から溢れて惨事が起こることもあります。
そんな事、私は看過するつもりはありません!
そもそも、間桐家も衛宮くんの事を隠しだてしていた罪は、それ相応のものがあります」
断言するように言う凛に、弱いところを突かれた間桐くんと桜は口を噤む。
更に追い打ちを掛けるように、凛は追撃の言葉を吐き出していく。
「でも、私達は学友、言うなれば友達。
だから加減することも吝かではないです。
……でも、皆さん気付いてますよね?
どうあがいても、支払いからは逃れられないって」
「……そういう話だったか?」
あまりの言葉に、今まで口を閉ざしていた衛宮くんが素で突っ込んでいたが、誰も反応せずに受け流す。
お金、大事、絶対、つまりはそういう事である。
尤も、間桐くん達は契約としての観点から、凛は単に現金が欲しいというすれ違いがあるのだが。
しかし何にしろ、今の一撃で空気は明らかに凛の方へと傾き始めた。
桜の顔色は宜しくないし、間桐くんなんて露骨に顔を顰めているし、衛宮くんも空気的に支払い前夜が近づいているのを察知して、ダメでござるか、と何かを悟り始めた表情を浮かべ始めている。
私から見ても、これはマズいといえるものがあって……。
「そういえば、私渡す物があるんだったわ」
だから態とらしく、会話に介入した。
何を言っているんだコイツは、という視線が私に集中するが、それにメゲずに持ってきていたカバンの中から、私はビニールの包みを取り出す。
今朝、遠坂邸のオーブンで焼いてきた自信作。
「クッキー?」
「えぇ、紛うことなきクッキーよ。
……仲直りの賄賂として、用意していたの」
今やる事ではないのは分かっている。
でも、このまま一方的に凛が口撃を続けるのは、些か宜しくない。
なので、一回怪しい空気を改めようとしての行動であった。
凛からは余計なことをするなと睨まれるが、流石に一方的にやりこまれるのを見ているだけというのは、私が耐えられそうになかったのだ。
これでは、話し合いというよりも通告に過ぎないのだから。
「衛宮くん、台所を借りていい?
ついでにどこに何があるか、教えてくれると嬉しいわ」
「あ、あぁ、分かった」
それに最早、私と衛宮くんはこの場において空気に等しい。
イタリアのドゥーチェを気取っていたはずの私であるが、結局のところ折衝に茶々を入れる程度のことしか出来ていない。
この場において当事者の筈の衛宮くんは元よりハブられており、余計に物悲しさが増していたからこその提案であった。
「分かりました、美味しいお茶をお願いね」
ニコッと凛は笑いつつも、さっさとどっかに行けと言わんばかりに目だけは据わっていて。
桜は私が台所に踏み入れると聞いて何か逡巡しているが、座ってろバカ、という間桐くんの声に従って、仕方なくその場に留まっていた。
因みにであるが、間桐くんはさっさとどっか行けと口に出していた、失礼な事この上ない。
けど、折角の仕切り直しの機会でもあるので、一時私と衛宮くんはこの場を離脱する。
……さて、どうしたものかと思考の糸を張り巡らせながら。
「悪い、マーガトロイド、助かった」
「大した事じゃないわ、そもそもあれはミュンヘン会談よ」
「……ドナドナの歌が聞こえてくるぞ」
「自覚している様で何よりだわ」
今にも溜息を吐きそうな衛宮くんに、耐えなさいなと励ましつつ、お茶の在処を尋ねる。
衛宮くんの指差した方向を探せば、そこには茶筒があって。
置いてあったのは、緑茶の茶葉。
これも独特の渋みが、また癖になるので紅茶と比べても悪くない。
飲み慣れているという意味でなら、紅茶の方が好みではあるが。
茶筒を振れば、勢い良く中身が飛び出してきた。
これで茶を入れれば、渋さのあまり卒倒すること間違いなしと保証できる。
「なぁ、どうすれば良いと思う?」
出しすぎた茶葉を戻していると、衛宮くんは唐突にそんな事を尋ねてきて。
私としてもどうしたものか、と考えているのだから、容易に答えられなんかしない。
このままいけば、凛は埋蔵金ゲットと言わんばかりに衛宮くんに支払いを要求するだろう。
それが悪いとは言わないが、少しは容赦して欲しいものである。
「衛宮くん、ご両親はいないって言ってたわね」
「あぁ、桜や藤ねぇがいるから、別に天涯孤独なんて事はないけどな」
「有難い話よね」
「あぁ、全くだ」
シミジミと呟く、衛宮くんと私。
揃って、感傷は無きにしも非ず、といったところか。
まぁ、それは兎も角として、これで分かったことは、衛宮くんには所得はないという事。
バイトだって、そんな大した額を稼げている訳ではない、精々学生のお小遣い程度である。
本来責任を持つべき親は、既に他界してるとのことだし、既に衛宮くんは袋小路の真っ只中。
衛宮くんは、他人に迷惑を掛けれない、と頼ることをあまりしないであろう。
「……支払う気はある?」
既に凛達が話し合っているであろう内容について、私は衛宮くんに振る。
それに衛宮くんは、ゆっくりとだが頷いて。
なら、と私は提案する。
「それなら、分割払いをお勧めするわ。
貴方からすれば、いきなり意味不明なイチャモンを付けられてお金を巻き上げられようとしていると思うでしょうけどね」
「いや、俺がルールとか、そういうのを知らなかったのがいけないんだ。
キチンと自分で払うさ。
一応だけど、俺も魔術師だし」
「一応、ね」
あまり自信がないのか、少し気になる言い回しだけれど、今はそれよりも大事なことがある。
衛宮くんが支払うと、自分の意志で決めたのだ。
私としては、お金は人間関係を拗らせるので、早々に解決してくれそうなのは有難い。
尤も、私が横からこんな事を言うには、自分でも中々に気まずいものがあるが。
「お湯が沸いたぞ、マーガトロイド」
「分かったわ」
けど、衛宮くんは気にせずに私と接してくれる。
助けられる反面、自分が小さく思えてならない。
「ん、これで良いわね」
「後は運んで、マーガトロイドのクッキーを配って、小休止を入れるだけだな」
「終わったら、それからは……」
「あぁ、自分で言うさ」
お盆を用意してもらい、そこにカップを載せていく。
幸いなことに、何とか落着しそうな空気を感じて、少しばかりではあるが安心していた。
利己的、と自分の事ながら自嘲しそうになるが、魔術師って大概そういうもの、と開き直ってるところがあるのも、また事実で。
そう言う意味では、衛宮くんはやはり天然記念物なのかもしれない。
魔術師である前に、衛宮くんは衛宮士郎という個人で有り続けているのだから。
「ありがとう、衛宮くん」
「唐突にどうした?」
「ううん、言いたくなっただけよ」
「なんでさ」
戻る前に、少し気持ちを込めた感謝をする。
不思議そうにしている衛宮くんを見れると、僅かばかり笑顔を浮かべてしまう。
こちらが不思議と元気を持たされてしまうのは、ある意味で衛宮くんの人徳か。
「じゃ、行きましょうか」
「そうだな」
短く言葉を交わして、私達は居間へ戻る。
さて、一休みだと茶を携えて。
そしてそこには……、
「じゃあ、間桐の家が全額支払うってことで良いんですね?」
「あぁ、その代わり衛宮の生殺与奪は、こちらの自由にさせてもらうぞ」
「えぇ、構いませんわ」
「なんでさ!?」
見事、衛宮くんの決意を吹き飛ばすような取引が行われていた。
その現場は、悪代官と越後屋の密談の如き空気が漂っていたようにも思える。
「本当に売り飛ばされたわね、衛宮くん」
「冷静に言ってる場合か!
どうなってるんだ、一体……」
困惑したような衛宮くんの声、表情も押して知るべし。
私は聞いた瞬間、瞬時に察してしまえる状況であった。
そしてそんな衛宮くんに、桜が話しかける。
今の決定を、間桐くんに対するフォローを交えながら。
「兄さんは照れ屋ですから、ちょっと言い方を過激にして、誤魔化してるだけなんです」
「いや、それでも何か言わないと不味いだろ」
ご尤も、生殺与奪を握ったぞと言われて、ウンと笑顔で返す輩はネジが何本か飛んでそうである。
「それはそうですね、ごめんなさい先輩。
……それで、ですね。
今の話し合いで、決まったことなんですけど」
桜は言う、要するに今までと変わる事はないのだと。
凛は干渉しない、衛宮くんは間桐の庇護下に置かれる、しかし衛宮くんの自由は間桐が保証する。
大まかに纏めると、この三点が今回の話し合いで決まった事だそうだ。
むぅ、と唸っている衛宮くんを傍目に、私は凛へと小声で話しかける。
「悪辣よ、凛。
衛宮くんがいないところで、さっさと決めてしまうなんて」
「いられちゃ、気になって話が進まないでしょう?
円滑な話し合いのため、ある意味で上出来よ、アリス」
「私が片棒担いだかのように言うのは、止めてもらいたいものね」
サラッと私まで悪人扱いしようとする凛に、私は辟易とした目を向ける。
けど、凛からすれば、どちらにしろ同じことらしい。
「衛宮くんの事、通報した時点であんたはこっち側」
そう言われれば返す言葉がないので、本当に卑怯だと言わざるを得ない。
どうあがいても、良い顔をしていても、結局私は衛宮くんの側に立てないのだ。
当たり前で本当に基本のことだが、台所での事を思い返せば、私は衛宮くんの好意におんぶに抱っこ。
あまり格好が良いものとは言えない。
「……意地の悪さは、相変わらず天下一品ね」
結果、出てきたのは正に負け犬の遠吠えそのものと言える、捨て台詞のみ。
それを聞いた凛は、ツンとした笑みを浮かべながら、楽しげに言う。
「当たり前、私は魔術師だもの」
「その前に、守銭奴」
お金を集めて悦に浸る凛の姿は、前世がカラスであったであろう事を想起させる。
溜め込んで使いたがらないところなんて、本当にそっくり。
「ピグマリオンコンプレックスがよく言うわ」
「そこに愛情はあるもの」
「私にだって愛情はあるわ」
「金銭への愛情なんて、どどめ色に輝いてるわね」
誹謗と紙一重の応酬、けれども楽しいのはどうしてか。
低レベルだけれど、楽しくてつい小突きあってしまう。
多分、私の顔は笑っている。
凛の顔もそうなのだから、恐らくは間違いない。
「調子、出てきたわね」
「お互い様で」
しかも、これでも凛は気を使っているというのだから、全くもってヒネクレ者だ。
でも、有難いと思ってしまう私も、もしかしたらズレているのかもしれない。
ついでにヒネクレ者で繋がりで、すぐ隣に目を向ける。
そこにはモロに上から目線で、衛宮くんに得意げに語りかけている間桐くんの姿が。
「要するにだ、お前は今日から僕の奴隷なんだよ。
精々使えるように、今から準備をしておけってことさ」
「困る、それ以前に断る。
そんな巫山戯た提案、受けられるはずないだろっ」
「はぁ? 衛宮ァ、お前立場が分かってないな。
ハハッ、よく聞けよ?
お前に決定権は無い! 全ては僕が決める権利があるんだよ」
「兄さん、言い過ぎです」
「何言ってんだよ、桜。
僕達はコイツを遠坂から金で買ったんだぞ?」
「だからそこからして、違うって言ってんだ。
俺だって、何年か掛ければ返済はできる」
「じゃあ相手が遠坂から僕にスゲ変わったと考えろよ。
それとも何? そんなに僕の犬は嫌なの?
柳洞の犬には喜んでなるのに?」
「そんな無茶苦茶な……」
とても生き生きしている。
その姿は、最早好きな子をイジメる男の子そのもの。
最高に輝いている間桐くんに、困った顔の衛宮くん。
それが余計に間桐くんをそそっているとは、露にも気付いていないみたいで。
桜は気付いてはいるが、あまりに楽しげなコミュニケーションを取る二人の前に、あまり口を挟めていない様子だ。
「男の子同士でも、イチャイチャはするのね」
「友情って複雑ね」
「形は人それぞれだもの」
「……深読みするべきかしら?」
思わず呟くと、即座に凛はニヤついて。
即刻私の言葉尻を捉えに来る。
おもちゃが欲しいのね、と白い目を向けてしまいそうなほどに。
「アリスったらやらしいわね」
「凛の性格ほどじゃないわよ」
今この時が言葉の通り、凛の素早さは泥棒猫並み。
皮肉混じりに返せば、当然返ってくるのは同数の皮肉。
雪合戦で雪玉を投げつけ合うのにも似ている、そんな会話。
「まぁ、良いわ、そんなことは。
それよりも」
「何よりも?」
尋ね返してくれた凛に私は視線で、言いたいことを示す。
すると凛は、あぁ、と納得した顔になって。
「犬も食わないわよ」
「楽しげだけれど、ずっと続かれても困るのよ」
「そう? 幾らでもイチャつかせとけばいいじゃない」
「桜が不憫でしょう?」
私が口にしたのは、未だに男の子同士で楽しそうにしている二人。
それをジッと見ている桜は、口元は綻んでいるが、ずっと聞いているだけで。
衛宮くん達を見守っているという風情であるが、このまま放置されているのは可哀想に思えたのだ。
ね、と私が凛に了解を求めたら、凛は面倒くさそうな顔をしつつも、決して拒否はしない。
やっぱり、凛は桜に甘い。
本人に直接言えば酷く複雑な顔で、そんな事ないわ、と否定してくるのだが。
ちょっと卑怯かもと思っても、ついつい伝家の宝刀的に使ってしまう常套句であった。
「衛宮くん、間桐くん、話し合いは終わらなくて?」
そして凛は、半ば思惑通りに二人の間に割って入る。
衛宮くんはジト目で、間桐くんは元気よく凛を迎えていた。
ここまで二人揃って顔に出るのだから、ここには正直者しかいないのではないか(凛を除く)と思えてしまう。
「とぉさかぁ、お前からも言ってやってくれよ。
衛宮が売り渡して、僕にコイツの責任はあるって」
「いや、マテ慎二。
キチンと代金は何年掛かっても返す。
そこが焦点だろ?」
「いいや違うね。
衛宮が間桐の、いや、僕に従うかどうかって話だよ」
「はい、二人共、少し静かに」
不毛な言い争いを続けようとする二人に、凛は優しく、けれども謎の迫力を持って中断させる。
衛宮くんと間桐くん、二人揃って開いた口を閉口して。
流石は遠坂凛と褒め称えてもいいほどに、鮮やかな手腕だ。
「論点がズレてるんです。
そんなの、何時までも終わるはずはないですよね?」
すごく笑顔だけれど、無条件で肯定しろという空気を出している凛。
それに感化されて、衛宮くんは無言で首肯し、間桐くんも顔を引き攣らせている。
凛はそんな様子を見て、よろしいと話を進めていく。
「衛宮くんは、立て替えてもらうであろうお金をキチンと間桐くんに返したい。
そういうことですよね?」
尋ねられれば、衛宮くんはあっさりとそれを認める。
義理堅く律儀な衛宮くんらしい、明確な理由だ。
そして次に凛は、間桐くんに向かって話しかける。
「間桐くんは、衛宮くんを束縛していたいの?」
「……遠坂、そんな気色悪いこと、僕が考えるわけ無いだろう?」
「だったら?」
「僕はね、衛宮が僕にかしずけば、それだけで良いって言ってるだけだよ」
妙に自信有りげに語る間桐くん。
何がそんなに胸を張れるのかは分からないが、ここまで堂々としていたら開き直っている用には見えなくなってくる。
それが当たり前、と間桐くんが信じているような気がするから。
「要するに、構って欲しいだけね」
「えっと、間違ってないと思います」
小声で桜に話しかければ、桜は微笑みながら返してきて。
その反応が意外で、私は思わず桜を凝視する。
だって桜は、さっきまではすごく私に腹を立てていたから。
「怒ってないのかしら?」
「クッキーで手打ちなんですよね?」
あまりに自然に返してきたので、私は反射で頷いてしまって。
桜のニコニコとした笑顔に、飲み込まれてしまっていた。
この娘も、中々に強かになったと感心せざるを得ない。
「優しいわね、桜」
「あのクッキー、甘くて美味しかったですから」
「ありがとう」
何だかんだで桜も甘い。
怒っても、すぐに許してくれるのだから。
しかも褒めてくれまでするのだから、つい上せてしまいそうになる。
そうして私が桜と和やかに会話している時、一つの言葉が向こうの方から聞こえてきた。
大声だったのでよく響いて、そして内容はあまりにも男気に満ちたもの。
「そんな事、言われなくたってやるさ。
友達の頼みなら、巫山戯たもの以外なら手伝うに決まってる。
だからこそ、お前や桜に金でしがらみを作りたくないんだ!」
「……そうかよ」
間桐くんは結局、衛宮くんの無条件の尽くす精神の前に屈してしまった。
無謀な献身は無事に間桐くんの心にも届いたのだから、決して無駄なものではないのだという証左に他ならない。
流石は衛宮くん、皮肉なしで素直に褒めちぎれる。
その分、心配も乗数的に増えていくのだけれど。
「これで決着ね」
「見事な大岡裁きね、お疲れ様」
「どこでそんな言葉習ってくるのよ」
「大抵は柳洞くん」
あっそ、と気のない返事をして、凛ははぁ、と溜息を吐いた。
この場で間桐くんに気を使って猫を被っているのだが、それで疲れるならいっその事やめてしまえば良いのに。
素直に耳元でその旨を伝えたら、そうね、考えておくとだけ返事をしてきた。
なんにしろ、これでようやく、私も動けるというものだ。
「ねぇ、少し良いかしら?」
「あん? 何だよマーガトロイド」
何時もながらに私を無意味に警戒している間桐くんを他所に、私はこの場を見回す。
「一件落着で良いわね?」
「そうだよチクリ魔」
「そう、それは良かったわ」
間桐くんの言葉を流すと少し不機嫌そうな顔をされたが、私はそっとクッキーの残りを差し出すと、皆に提案する。
衛宮くんに話し合いが始まる前に提案されて、ずっと言い出す機会を伺っていたものを。
「ねぇ、これからここでお料理会を始めましょう?」
返事は、は? とか、はい? とか、はぁ? と大体が微妙なもの。
でも、その中で一人だけ、私の言葉に乗ってきた人がいて。
「いい考えだな、マーガトロイド。
冷蔵庫に、賞味期限切れ寸前のも結構あるんだ」
「ついでだし、少し和食を教えてくれると嬉しいわ」
「任せとけ」
乗ってきたのは衛宮くん。
元々が彼が私にこうしたら? と発案してきた計画者であるのだから、ある意味で予定調和。
ここに残っている僅かな気まずさ、それごと全てを流してしまおうと考えての計画。
単純に、私達の趣味が合致したというのもある。
「さ、そうと決まれば準備をしましょう。
凛、桜、立ちなさい。
間桐くんは、どうするの?」
「味見係でいいだろ」
「妥当ね」
「お、おい、何勝手に決めてんの?」
さっさと話を進めていく。
文句を垂れる声が聞こえた気もするが、幻聴として無視して事を進める。
「ちょ、ちょっと!」
「アリス先輩?」
凛と桜、二人の手を揃って引き上げると、二人は目を丸くしていたが、私が笑顔でこっちよというと、揃って仕方なさげについてきて。
凛と桜は目が合うと直ぐに逸らし合うという、ある意味で息ピッタリな連携を見せてくれていた。
「あんた、元から機会を狙ってたわね」
「だから?」
「……良いわよ、乗ったげる。
桜も、今は良いわね?」
「は、はい、頑張ります!」
一瞬目を鋭くした凛と、緊張気味の桜。
先程までの論争してた毅然とした女の子達は、既にこの場にはいない。
「さぁ、衛宮邸料理大会の始まりよ」
ずっと仲直りする機会を待っていた。
遺恨を完全に吹き飛ばす機会を。
だから、緩んだ今が好機と感じたのだ。
「色々と教えてね」
誰に告げるでもなく、敢えて言うならこの場の皆に言った言葉。
それにどこからともなく、”はい””おう””えぇ”などの、統一性のない返事が返ってきて。
勢いとノリで形成した出来レース、私はそれを煽りつつも全力で楽しみはじめる。
――さて、では楽しいパーティーを始めよう。
伊達と酔狂、それに酔いながら私達はそれぞれに話しながら、行動を開始する。
今日は、夕飯もここで頂こうなんて、図々しい事を考えながら。
私なりの、仲直りを始めたのであった。
あと、蛇足的な事ではあるが、夕飯には和食に洋食、更には中華と食い合せを全く考慮していないものが立ち並んだ。
味見という大義で毒見をさせ続けた間桐くんは、食べる前からグロッキー。
作りすぎたか、と全員で冷や汗をかき、全員の目が泳ぐ羽目になった。
さて、と各々が責任を感じ始めたとき、そこに彼女はやってきた。
藤村先生、ハイテンションで帰宅。
珍しくその背中には、後光が差して見えたのは、何も私だけの話ではないだろう。
私と凛がいることに驚きつつも、藤村先生は食卓に並んだ色とりどりの料理群を次々と捕食していったのだ。
プレデター、と衛宮くんがこっそり呟いていたのが、何とも印象的な食卓であった。
あと、肉じゃがの作り方をマスターできた、レパートリーが捗る。
それを考えると、中々に有意義な一日だったと言えよう。
帰る頃には柔らか、というには弛緩しすぎている堕落した空気があったから、本来の目的も達成できている。
だから私と凛は、気分よく衛宮邸を後にした。
……何かを忘れている気がしたが、それが思い出せなかったのは、ある意味でご愛嬌なのかもしれない。
今話で30話、しかしstay night本編はまだ遠いという……。
とってもファッキンですね、えぇ。
でも、これからものんびりとやっていくので、是非とも宜しくお願いします。
ところでですが、自分の他に投稿している小説に、ペンギンのおもちゃ箱なる格納スペースがあるのですが、そちらに一ヶ月遅れで書き終えた冬木の街の人形師のエイプリルフール短編があるので、お暇な方は是非どうぞ(ダイナマイトマーケティング)
……なぜこっちに投稿しなかったか?
それはですね、エイプリルフールはとっくの昔に過ぎ去ったのに、今更投稿なんて出来なかったからですよ!(白目)