冬木の街の人形師   作:ペンギン3

4 / 58
今回の話は割と難産でした。

それと皆様、感想ありがとうございました。
届くとテンションが上がるものですねw


第3話 桜色狂想曲

 私は決めたのだ、あの夜に。

 どんな時でも先輩の側に居る。

 そのために頑張るって。

 

 

「お祖父さま、私を衛宮の家に置かせてください」

 

 

 地下の部屋、暗がりの中で私が魔術の鍛錬をする場所。

 そこで私と相対しているお祖父さま。

 私が一番怖い人、その人に私は語りかける。

 

 

「呵呵っ、衛宮の家での監視は充分行えているはずだがの。

 桜よ、何をしようというのだ」

 

 

 愉快そうに、私を見つめる。

 何を考えてるか、分からない笑いを浮かべながら。

 単に面白がっているのかもしれないし、私の内心を推し量ってるのかもしれない。

 

 

「次の聖杯戦争の時」

 

 

 私からその話をするとお祖父さまは、ほぅ、と呟き杖で床を叩く。

 続きを話しても良いという事だろう。

 私は息を吸う。

 

 

「間桐の家と衛宮の家。

 2つが合併すれば、更に聖杯は近くなる。

 そう思いませんか、お祖父さま?」

 

 

 60年の周期で行われる聖杯戦争。

 その第4回目の儀式。

 その戦いでの魔術師、いえ魔術使いにして魔術師殺し、衛宮切嗣の伝説。

 その一端を私は聞いたことがある。

 ほかならぬ、お祖父さまが語ったこと。

 

 先輩のお父様とは思えないほど、荒んだ戦いの一幕。

 私の死んだお義父様、間桐鶴野はかの魔術師殺しにより拷問を受け、心を病んだそうだ。

 私と同じ人がいる、そんな冷めた目でしか見られなかった、虚ろな目をしたお義父様。

 

 その原因になったのが、先輩のお父様なのだ。

 でもそんなことは、どうでも良い。

 私たちには関係のない話なのだ。

 

 

 

 私が知ってるの事は私の見た先輩のことだけ。

 

 先輩が優しい人なこと。

 先輩が頑張り屋さんなこと。

 先輩は魔術師だけど、魔術師らしくなんてないこと。

 

 そして、先輩になら私が受け入れられて貰えるかもしれないこと。

 

 この程度である。

 私は無知で、魔術の知識では兄さんにも劣るであろう。

 私自身を当てに出来ない。

 

 だから、私が唯一信じられる先輩を信じるしかないのだ。

 

 

「呵呵、桜よ。

 お前の報告では衛宮の倅は魔術師をして未熟で、取るに足らない存在ではなかったか?」

 

 

 私がお祖父さまにした報告。

 先輩を危険から遠ざけたかったが為の言葉。

 でも先輩は実際に、魔術師に向いていない。

 

 つい人助けをしてしまう、優しい先輩。

 毎日遅くまで鍛錬をしていて、土蔵で寝てしまう頑張り屋な先輩。

 頑張っても訓練が問題なのか、中々伸びない先輩。

 

 助けたい、でも知られたくない。

 その二律背反。

 

 

「私が魔術を教えます。

 先輩を立派な魔術師にします!」

 

 

 先輩に汚れてほしくないのに、魔術を教えるなんて言う最低な女。

 それでも先輩と一緒にいたい。

 先輩に嘘をつきたくないのだ。

 

 

「まともな魔術を使えないお前がか。

 冗談にしては面白くないぞ桜」

 

 

 痛いところを突かれる。

 私の魔術は体に覚えさせられた間桐の魔術。

 虫で調整を受けた……汚れた魔術。

 

 

「それとも何かぇ」

 

 

 嫌な予感がする。

 お祖父さま、言ってはダメ。

 言わないで!

 

 

「衛宮の倅も虫の苗床にするか」

 

 

 足元が崩れ落ちそうになる。

 先輩が私と一緒に……?

 

 やめて、先輩を汚さないで。

 

 

「お祖父さま、お戯れが過ぎます」

 

 

 震えながら紡がれる声。

 しかし、お祖父さまには聞こえている。

 

 

「ではどうするのだ。

 お前に何ができる」

 

 

 お祖父さまの言葉と共に体の虫が疼き出す。

 私の無力さを思い出させるように。

 

 

「お、じいさ、ま。

 ど、お、して」

 

 何もかも忘れて感じなくしないと、苦しくて死にたくなる体の汚れ。

 でも今はダメ。

 今は引きたくないのだ。

 

 お祖父さまが私の体を掻き乱すように、虫を動かす。

 でも負けたくない、今は耐えなきゃ。

 

 

「これでも分からんか。

 お前には無理だ、桜。

 どれだけ好いていようと、衛宮の倅はお前を見ない。

 諦めろ」

 

 

 お祖父さまは私を見透かす。

 自覚のある影の部分を揺さぶり、私を諦めさせようとする。

 先輩は私を見ない。

 汚い私を嫌悪する。

 

 そう言って、私の心を折る。

 今までなら屈してた。

 自身で認めてしまえるほどに汚れ切った私。

 

 でもあの日、先輩は言ってくれた。

 

 

『俺は怪物を受け入れたいと思う』

 

 

 こんな私でも、受け入れてくれる。

 そんな予感と共に。

 

 

『だってそいつも人間なんだ。

 綺麗事って言われればそれまでだけど、分かり合えるだろ?

 なら、友達にだってなれるさ』

 

 

 信じたい、でも信じきれない。

 先輩の言葉は抗いがたい、魔法のような言葉で。

 

 もっと近づければ確かめられる。

 先輩のことをもっと知ることで、私は確信したい。

 

 

「わた、しは!」

 

 

 醜く足掻く、それが希望へと繋がっているのなら躊躇なくだ。

 

 

「諦め、ませんっ!」

 

 

 足の震えがとまらず、ヘタリ込み、己の矮小さを曝け出している。

 でも諦めない。

 

 

「どういうことだよ……」

 

 

 上から声が聞こえる。

 苦しいながらも認識できる。

 ずっと一緒だった、慣れ親しんだ声。

 

 

「衛宮が魔術師だって!

 どういうことだよ、一体!!」

 

 

 兄さん、優しかった兄さん。

 私が歪めてしまった、哀れな兄さん。

 その兄さんが、声を荒げながら降りてきた。

 

 

「あいつも魔術師だったって訳かよ」

 

 

 何かを我慢するように、堪えるように兄さんは声を震わせる。

 手を握り締め、歯を食いしばる。

 

 

「呵呵、慎二には言うてなかったのぅ。

 そうじゃよ、衛宮の倅は魔術師じゃ。

 奴の親もそうじゃった」

 

 

 兄さんの目がギラギラしている。

 私に鬱憤を晴らす時のあの目を。

 

 

「そうかよっ!

 成程、桜が衛宮の家に通ってたのもそういう訳か」

 

 

 苛立ちの中で、これまでの繋がりを簡単に看破してのける。

 頭の良い人。

 魔術さえ拘らなければ、立派な人間になれる兄さん。

 

 

「ふむ、成程……これは」

 

 

 お祖父さまが思案する。

 面白いことを思いついた、そう言わんばかりに。

 

 

「慎二よ」

 

 

「何だよ!」

 

 

 お祖父さまの呼び掛けに、怒鳴り返す兄さん。

 まだ現実が認められない、認めたくないのだろう。

 

 

「お前、衛宮の倅に魔術を仕込んではみぬか」

 

 

 

 心の整理がつかない兄さんに、お祖父さまはもっと内心を掻き乱すような言葉をかけたのだ。

 

 

 暗転。

 私の意識はここで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは居酒屋、コペンハーゲン。

 先輩のバイト先であり、あの人のバイト先でもある。

 

 あの人、アリス・マーガトロイド先輩。

 金髪碧眼の愛らしい、綺麗な人。

 この人を見た時、ここが夢であることを漠然と思った。

 

 

 私の背中を押した張本人。

 シンデレラに出てくる魔法使いのような人。

 

 私自身がシンデレラなんて、烏滸がましい。

 だけど、そんな夢を囁いたのもマーガトロイド先輩。

 あの時、あの人が私の耳元でささやいたこと。

 

 

『衛宮くんがいるなら、貴方は大丈夫ね。可愛いサンドリヨン」

 

 

 暗い話の後で童話を持ってくる人形師の彼女。

 お茶目なのか素なのか、判断がつかない。

 唯々、私は目を見開くことしかできなかった。

 

 

『貴方が何を抱えているかは分からないわ。

 でも衛宮くんなら、もしかするかもしれないわね』

 

 

 あの人はきっと魔女だ。

 魔術師とかそう意味ではない。

 

 人間に侍り、その人の耳に囁くのだ。

 その結果が栄光か破滅かなどは気にしない。

 

 

 だけど、私はその囁きに希望を見出してしまった。

 弱い私が拠り所にしかねない言葉を、サラリと出してしまう惑わす人。

 

 

 だからね、マーガトロイド先輩。

 私、もし先輩に拒絶されたら貴方を恨んでしまうかもしれません。

 

 その時は私を受け止めてくれますか?

 それとも自己責任として無視されちゃうのかな?

 

 

 夢が終わる。

 先輩との帰り道に前に踏み出そうと決めた夜が夢の最終地。

 先輩の照れた顔を可愛く思いつつも、意識が浮上し先輩の赤い顔は薄ぼやけていった。

 

 

 

 

 

 目が覚めて初めに覚えたのは自己嫌悪。

 マーガトロイド先輩に甘えて、押し付けようとしていた。

 自身の決断にさえ、責任を持てない私。

 

 

 その責任のありかを、無意識に探していた。

 先輩さえも信じきれていない、覚悟の足りない私。

 

 今回の出来事、私はそれなりの覚悟で挑んだつもりだった。

 でも勢いが途切れると、途端に不安がぶり返してくる。

 

 

 先輩、会いたいです。

 

 

 そうすれば、きっと私の不安は晴れて笑っていられる。

 近くに先輩を感じられるのなら、私は先輩を信じられる。

 

 

「桜、ようやく目を覚ましたか。

 寝すぎなんだよ」

 

 

 私の前に現れたのは先輩ではなかった。

 兄さん、私が気絶する前に話を聞いて激昂していた彼。

 

 でも今は落ち着いてる。

 それどころか、笑ってさえいる。

 兄さんらしい、不敵な笑顔で。

 

 

「それじゃあ、桜。

 お前、今日から衛宮の家で暮らせ」

 

 

 カバンが私の寝ていたベッドの近くに転がる。

 兄さんが投げたもの。

 恐らくは私の荷物が詰まっている。

 

 

「本当に……いいんですか?」

 

 

 信じられない、未だにそういう気分。

 だって、あんなに苦しい目にあったのに。

 お仕置きされたはずなのに、お祖父さまが許可をくれた?

 

 

「爺が認めたことがそんなに驚くことかよ。

 いや、お前はそうだよなぁ」

 

 

 兄さんの表情が歪む。

 切なくて、憎悪に満ちて、理不尽を嘆く。

 魔術師の私を見る目だ。

 

 でもその中に、イカロスが星を目指すような羨望がある。

 私には分かる。

 

 姉さん、遠坂先輩を見るときの私の目。

 それによく似ているから。

 

 

「爺の言うことに従って生きてきたお前だ。

 急に掌を返す様な真似をされたら、普通は疑うよなぁ」

 

 

 だが兄さんの表情は、バカな私を笑うものへと変化する。

 その表情に違和感を感じる。

 

 

「だけどなぁ、今回ばかりはお前は僕に感謝しろよ!」

 

 

 その言葉の真意を中々察せなかった。

 どういうことだろうか。

 兄さんは何が言いたいんだろう?

 そんな私にイラついた、兄さんは痺れを切らして捲し立てる。

 

 

「やっぱりお前は愚図だなぁ」

 

 

 その時の兄さんの表情に、私は驚きを隠せない。

 夢の中にいるような、懐かしさを覚えて。

 

 

「特別に!この僕が衛宮の魔術を教えることになった!!

 お前が衛宮に説明しろよ!」

 

 

 笑っている、兄さんが笑っている。

 昔に見た、傲慢さの中に優しさが隠れている兄さんの笑顔。

 歪む前の兄さんだ。

 

 

 自信に満ちた、堂々たる間桐慎二。

 その人がそこに立っていた。

 

 

「兄さん」

 

 

「何だよ桜。急に」

 

 

 兄さんが鼻白んだように私を睨む。

 だけど、聞かずにはいられない。

 

 

「兄さんは、どうして嬉しそうなんですか?」

 

 

 兄さんは自慢のコレクションを、紹介するような楽しげな顔をした。

 だけれど、一抹の諦めも介在するような諦めも感じた。

 

 

「お前たちの子供と僕の子供を交わらせる。

 要するに結婚させるって爺が言ったんだ」

 

 

 お前たちの子供?

 それは誰と誰の?

 

 

「ま、魔術の修行は僕が付けることになるようだし?

 その為に衛宮で予行演習をするって話しさ。

 精々使えるやつになって、僕の家系にマトモな才能を持った子供を産んでもらわなくちゃ、僕が困るんだよ!」

 

 

 間桐の栄光のためにもね。

 そう言う兄さんは、大切な玩具を無くしてしまった子供のようで。

 少し大人な顔になっていた。

 

 

「すみません、兄さん。

 子供って誰の子供と、兄さんの子供を結婚させるのですか?」

 

 

 でも空気が読めない私。

 仕方ない、そう自分に言い聞かせる。

 だって、兄さんの話が本当なら私は……。

 

 

「誰って、お前と衛宮以外に誰もいないだろうが。

 やっぱりお前は馬鹿だな。

 まぁ、馬鹿同士、気が合うのかもしれないけど」

 

 

 かおがあかいきがする。

 

 やっぱりそうなんだ。

 お祖父さま、私は貴方に感謝致します。

 

 

「でも、兄さんはそれで良いんですか?」

 

 

 現在時刻は7時。

 あれから1時間も経っていないのに、決意を固めたのだろうか。

 落ち着こうと考えを巡らしたら、そこに行き当たったのだ。

 

 

「しょうがないだろ」

 

 

 少し声を荒げるも、それは小波のようで。

 落ち着いているのだ。

 

 

「僕には魔術回路がない」

 

 

 それは兄さんのコンプレックス。

 私が哀れんでしまった理由。

 

 

「だけど、そんな僕でもようやく魔術の世界に関われるんだ!」

 

 

 だから、それで満足するしかないだろう?

 

 

 それが兄さんの答え。

 現実に相対した、彼の回答なのだ。

 

 

 

 

 

「兄さん、ありがとうございました」

 

 

 深々と頭を下げる。

 私は今はそれしか術を知らない。

 

 

「これは貸しだ。

 お前ら二人に何時か返してもらうからな!」

 

 

 兄さんは尊大に、それが当たり前のごとく振舞う。

 だけど、それが気持ちよく感じる。

 

 

「お前、ちゃんとシャワー浴びてから衛宮の所いけよな。

 2日も寝たきりだったんだから、臭ったら最悪だぞ」

 

 

「え?」

 

 

 2日?

 1時間じゃなくて?

 

 混乱する私を尻目に、兄さんは去っていく。

 2日も寝たきりだったんだ、私。

 

 

 そうなんだ、じゃあ兄さんの心の整理がついていたのもそのお陰で……。

 2日も顔を出していなかったんじゃ、先輩にも心配をかけてないだろうか?

 それに気付くと、慌てて支度にかかる。

 

 

 まず最初に始めるのはシャワーを浴びることだった。

 ……先輩に臭うぞ、何て言われたらしばらく立ち直れなくなりそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下校時間、私は遠坂邸への帰路の最中に振り返る。

 

 

「何の真似かしら?ストーキングにしては、分かり易いけれど」

 

 

 先程から私を追跡する人物が存在している。

 長い髪をぴょこぴょこさせながら、電柱の陰に隠れてこちらの顔色を伺う兎。

 

 

「あ、すみません。

 ずっと話しかけようと思ってたのですが、いつ話しかければ良いのか分からなくて……」

 

 

 顔を朱に染め、ワタワタしながら出てきたのは間桐桜。

 

 少し前に人形劇を見せた娘。

 衛宮くんにベッタリな娘。

 色々と複雑な事情を抱えてるであろう娘。

 

 

「普通に話しかけなさい。

 それとも何か、話しづらいことなのかしら?」

 

 

 私の言葉を聞いた彼女は、くるみ割り人形のようにカクカクと首肯する。

 顔も熟した林檎みたい。

 少なくとも、暗い話にはならなさそうだ。

 

 

「ご相談に乗って頂けないでしょうか、マーガトロイド先輩」

 

 

 ……私は間桐さんから、相談を受けるほどに信頼を勝ち得ていたのかしら?

 それとも魔術関連の話なのだろうか?

 

 

「話の内容によるわ」

 

 

 取り敢えずは、判断する材料を集めてみましょう。

 何も聞かずに決めるのは早計でしょうし。

 

 そう言うと、更にモジモジとして両手を胸に押し当てる間桐さん。

 その姿はすごく女の子らしい。

 まるで恋する乙女のようで。

 

 ……そこまで考えたら、自然と答えがわかった。

 

 

「衛宮くんに関する相談でいいかしら?」

 

 

「マーガトロイド先輩は心が読めるんですか!」

 

 

 驚いたように、怯えたように後退する間桐さん。

 ころころ変わる表情は非常に飽きさせられない。

 

 

「貴方の色ごと関係での話なら、衛宮くんしかいないと思っただけよ。

 心が読めるわけではないし、そんな魔眼も持ってないわ」

 

 

 そういうと安堵したかのように息を吐き、そして再び赤面しつつ疑問を持ったようでもあった。

 

 

「どうして、そういう話だと思われたのですか?」

 

 

「貴方の表情が色ボケていたからよ」

 

 

「嘘……」

 

 

 確かめるように、自らの顔をペタペタと触って確かめる間桐さん。

 そして、沸かしているポットみたいに沸騰する。

 

 

「これは違うんです!

 あ、いえ、違わないですけど、そこまで自覚してなかっただけで……」

 

 

 言い訳をするほどに、墓穴を掘り、更に赤面していく。

 正直な話、延々と見ていたい気もするが、そうもいかないだろう。

 

 

「でも、残念ね。

 相談には乗れそうにないわ」

 

 

「え?」

 

 

 どうしてだろう?そんな感情が、彼女からありありと読み取れる。

 そんなに想像できないものかしらね。

 

 

「私、男の子とは一回も付き合ったことがないのよ」

 

 

 そう、母国の学校でも休み時間に常に人形を弄り倒している女。

 そんな私に男の子が寄ってくるはずもない。

 学内で行った人形劇の評判は予々良かったが、それでも告白なども一度すらされたことがないのだ。

 

 

「マーガトロイド先輩、こんなに綺麗なのに……」

 

 

「褒められてはいるのよね?」

 

 

 自分の容姿が良いことはそれなりに自覚している。

 だが、そのせいで無表情で人形を弄ってる時の、不気味さが際立つのだとも思う。

 

 

「はい、勿論です。

 マーガトロイド先輩は、私なんかと比べ物にならない程に輝いて見えます」

 

 

 私を持ち上げる形で褒める間桐さん。

 でもそれは貴方の主観でしかない。

 

 

「人の好みはそれぞれ違うわ。

 衛宮くんなら、私よりも女の子らしさを感じる貴方の方が好みでしょうね」

 

 

 そして大多数の人も、私よりも優しそうで取っ付きやすい間桐さんを選ぶだろう。

 私を選ぼうとする人はきっと、私を装飾品のようにして扱う人か変人の二択だと思われる。

 

 

「そう、ですね。

 女の子らしい方が先輩も喜んでくれますよね」

 

 

 間桐さんの表情が曇る。

 それは一瞬のこと。

 次の瞬間には元の通りに戻っていた。

 

 

 少しだけれども、確かな違和感。

 彼女には問題があるのだろうか?

 家事が壊滅的に出来ないとか、体重計が怖いとか。

 

 それらは単なる憶測。

 もしかしたら邪推のしすぎで、彼女が自信を持ってないだけなのかもしれない。

 

 

「そうね、私が相談に乗れるのはこれまで。

 それじゃ、また機会があれば会いましょう」

 

 

 考えても分からないし、そもそも興味自体がない。

 これ以上いたら、惚気け出すかもしれない。

 そう思うと、足早にこの場を立ち去りたくなるのも道理だろう。

 

 

「ま、待ってください」

 

 

 制服の袖を掴まれる。

 逃がさないためにしっかりと。

 

 

「これ以上、話すことがあるのかしら」

 

 

 少し冷たい物言いになる。

 だが事実でもあるのだ。

 私は今回に関しては無力だろう。

 

 

「後生ですから聞いてください」

 

 

 握られた裾が皺になっているにも関わらず、更に強く握り締める間桐さん。

 必死さが滲み出ており、思ったよりも切羽詰ってるのかもしれない。

 ……仕方がない。

 

 

「良いわ、話してみなさい」

 

 

 話を聞いた方が早く終わりそう。

 そう合理的に判断する。

 

 

「はい、お願いします!」

 

 

 彼女は私が逃げない内にと思ったのか、何時もの彼女からは想像できないほどの勢いで語りだした。

 

 

 間桐の家で決定した、衛宮家との関係。

 自身の意思。

 そして、衛宮くんとの家での出来事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜、大丈夫なのか!?」

 

 

 インターホンを鳴らし家に上げてもらうと、先輩が慌て気味に私に確かめる。

 昨日来れなかったから、心配をかけてしまったのだろう。

 

 

「昨日は来れなくて、すみませんでした」

 

 

 先輩に申し訳なさを感じ、すぐに頭を下げる。

 だけれども、先輩は私の肩に手を置き、顔を上げさせる。

 

 

「ウチに来る義務は存在しないんだ。

 桜が気にする必要なんてない。

 来てくれた方が嬉しいけど、無理をする必要はないしな」

 

 

 そう言ってもらえるとホッとする。

 先輩の近くに私の場所がキチンとあるのだから。

 

 

「でもな」

 

 

 先輩の手に力が入る。

 肩を通じて、先輩が強く握ってくれてるのが分かる。

 それだけ伝えたいことがあるのかもしれない。

 

 

「慎二が学校に来なかったんだ」

 

 

「兄さんが、ですか?」

 

 

 あの話を聞いてしまった兄さん。

 ショックで混乱していたのだから、休んでしまっても仕方がない。

 でも、先輩はそのことを知らないのだ。

 

 

「桜さ、あの日の帰り道を覚えてるか」

 

 

 あの日、それは容易に特定できる。

 私が先輩の側にいたいと思った日だ。

 

 

「あの時の桜、戦おうって決めた目をしてたんだ。

 だから、きっと間桐の家で何かあると思った」

 

 

 先輩が考えているのは兄さんのことだろう。

 昔、正当な後継者が私であると知った兄さん。

 

 屈辱や鬱憤を晴らすために、兄さんは私に乱暴していたことがあった。

 私もそれで兄さんの気が晴れるならと、私も容認していたのだ。

 でもその場面に、先輩が遭遇したことがある。

 そのせいで二人は大喧嘩して、あまり話すことがなくなってしまった。

 

 

「慎二が休んだのと関係があるんじゃないかって考えると、不安になったんだ」

 

 

 優しい先輩。

 でも信用が足りてない兄さんは少し可哀想に思う。

 

 

「関係してないといえば、嘘になります」

 

 

 真剣な目で私を見る先輩。

 怖いくらいに、真面目な表情。

 

 

「でも、先輩が思ってるのとは、また別問題の話です」

 

 

 今回は私は兄さんに危害を加えられていない。

 むしろ助けてくれたんだ。

 

 

「私、少しお祖父さまと喧嘩したんです」

 

 

 先輩の顔が難しくなる。

 兄さんが原因とばかりに考えていたのだろう。

 やっぱり可哀想な兄さん。

 

 

「でも兄さんの取り成しのお陰で、無事に事なきを得ることができました」

 

 

 キョトンとしている先輩。

 驚いているのだろう。

 そんな表情も優しく愛でてあげたい。

 

 

「だから、そんなに兄さんを疑わないであげて欲しいです」

 

 

 私がそう言うと、気まずそうに頬をかき、目が泳ぎ始めた。

 

 

「むぅ、慎二に少し悪いことをしたな。

 でも慎二が桜を助けたのか」

 

 

 心から良かったって顔をする先輩。

 その気持ちは私にもわかります。

 

 

「やっぱり慎二は桜の兄ちゃんなんだな」

 

 

「今度兄さんと会ったら、一緒にご飯でも食べましょう。

 仲直りの印に」

 

 

 先輩は力強く頷くと、私の荷物の方にようやく目を向けた。

 

 

「ところでどうしたんだ?

 荷物なんか持って、中身が詰まってるけど」

 

 

 手持ちのカバンにギュウギュウに詰まった荷物。

 兄さん、かなり強引に詰めたんだ。

 服とかにシワが寄ってなかったらいいんだけれど。

 

 

「先輩、今日からよろしくお願いします」

 

 

 出来うる限りに嫋かを押し出す形で、にっこりする私。

 だけれど、先輩はまだ分かってないらしい。

 どういうことだ、って顔で私を見ている。

 

 

「今日から、先輩の家で暮らすことになりました。

 不束者ですが、よろしくお願いしますね」

 

 

「は?」

 

 

 目を見開く。

 瞳孔が広がり、まん丸くなった目で私を見る。

 

 

「マジか?」

 

 

「マジです」

 

 

 沈黙が訪れる。

 2秒、3秒経っても言葉が発せられない。

 だが、10秒後にようやく。

 

 

「なんでさ」

 

 

 呆然とした先輩のお声を聞くことができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでは良いですか?マーガトロイド先輩」

 

 

「えぇ、充分ノロケだということを理解できたわ」

 

 

 一旦提案して、喫茶店に入って話を聞く。

 帰ろうと思っても、裾が掴まれて動けない。

 抵抗すると服の裾が伸びて、嫌だから出来そうにない。

 だから仕方なくだ。

 

 

「で、貴方たち、ついに同棲まで始めたのね」

 

 

「はい、強引に先輩が惚けている間に部屋決めまでしました」

 

 

 思わぬ強かさを発揮し、衛宮くんの家に上がり込んだ間桐さん。

 これ以上何を望むのだろうか、彼女は。

 

 

「でも、家族からは結婚するようにと申し付けられていて。

 先輩にどうやったら振り向いてもらえるかなって」

 

 すごく照れくさそうに笑う彼女。

 本当に乙女なのだと思う。

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

「ま、マーガトロイド先輩、帰ろうとしないでください。

 まだ話は終わっていません」

 

 

「後は実質、入籍するだけじゃないの。

 私は必要ではないわね」

 

 

 裾が伸びる?

 知らない、これ以上聞いても無駄だ。

 むしろ堪らなく疲れそうである。

 

 

「わ、私まだ告白も何も出来ていないんです!」

 

 

「じゃあ、今すぐしてきなさい。

 そして大人になったら、判を押しなさい」

 

 

 どうしてそんな道理すらも分からないのだろうか。

 衛宮くんなら、間桐さんを粗略に扱うことはないだろう。

 

 

「妹のようにしか見られてないんです、私!」

 

 

「じゃあ、裸で衛宮くんに抱きつきなさい。

 それで一発よ」

 

 

「さっきから、どうしてそんなに投げやりなんですか!」

 

 

「むしろ私を選んだ理由が知りたいわね。

 他にもたくさん、相談相手はいるでしょうに」

 

 

 間桐さんはゼイゼイ、と息を荒げながら可愛く睨んでくる。

 でも、いくら可愛く睨んでも私の心は変わらない。

 

 

「マーガトロイド先輩だけだったんです。

 こんな話を相談できそうなのは」

 

 

「どうして?」

 

 

 本当に不思議。

 もしかしたら、魔術をやっている仲同士のシンパシーとか?

 

 

「マーガトロイド先輩が魔法使いだからです!」

 

 

 これは比喩であろう。

 私は魔法使いという高みには到達する気配すらしない。

 

 

「魔法使いってどういう意味なの?」

 

 

 素直に尋ねる。

 分からなければ聞くのが最短、調べるのが最良である。

 

 

「シンデレラとかの魔法使いなんです。マーガトロイド先輩は」

 

 

 私は絵本の中の住人になっていたらしい。

 自分でも驚きである。

 

 

「ではサンドリヨンな少女。

 私に願いの続きを話しなさいな」

 

 

 間桐さんが私をそういう役に固定してしまってるのなら、最早どれだけ否定しようとそういうことなのだろう。

 諦めの境地とはこういう物か、と噛み締めながら私は続きを促した。

 

 

 

 

 

「マーガトロイド先輩って、遠坂先輩の家にホームステイしてるってことは、その、あの」

 

 

「私が魔術師ってことが聞きたいの?」

 

 

「遠坂先輩の所にいるって事はそういう事だと思ってましたが、確証が持てなくて」

 

 

 自ら身分を明かすと、間桐さんは安心したかのように、はにかみながら話し出す。

 

 

「私は間桐の魔術師です」

 

 

「そう」

 

 

 本当は知っていた。

 ある夜の日の出会いで。

 でも知らないふりをする。

 それが約束だったから。

 

 

「驚かれないのですね」

 

 

 意外そうな間桐さんの声。

 でも気にするほどの話でもない。

 

 

「そういう場合もあるということよ。

 私も何件か、覚えがあるわ」

 

 

 通常長子が後を継ぐのが、魔術師の習わし。

 でも長子よりも優秀な魔術師が生まれた場合、大概の親はそっちの方に乗り換えたがるものである。

 そして、それが家督争いの種になる事もしばしば。

 私の尊敬する、『赤』もそうだと聞いたことがある。

 

 

「そうですか」

 

 

 事もなさげに、何も感じないようにしているのか、あっさりと流す間桐さん。

 そのような理由で、兄妹仲が歪むこともあるのだろう。

 彼女には彼女なりの葛藤があったはずだ。

 

 

「それで、貴方は何を聞いて欲しいの?」

 

 

 もしくは望んでいるの?

 

 

「私」

 

 

 間桐さんが私を見る。 

 射抜くように、真っ直ぐと。

 

 

「私、先輩に自分が魔術師だってことを言います」

 

 

 長いこと付き合うであろう彼には、その事は打ち明けなければならないだろう。

 これからも共に歩んでいくならば。

 

 

「なら今は我を通しなさい。

 嫌われるかもと思うくらいに、彼の懐に飛び込みなさい」

 

 

 間桐さんが私に求めていた役割がわかった。

 

 

「ありがとうございます、マーガトロイド先輩」

 

 

 彼女は私に最後のひと押しをして欲しかったのだ。

 人形劇を見て、彼女がそれに影響された日のように。

 

 

「これで私、先輩に全部を話せます」

 

 

 もしかしたら、あの劇を見た時に間桐さんは私を特別に扱ってるのかもしれない。

 思い上がった考えかもしれないけど、そう思えてしまう。

 でなければ、こんな遠回りな素直でない激励を求めになど来ないであろう。

 

 

「アリスでいいわ、マーガトロイドじゃ長いでしょう。

 だから私も桜と呼んでいいかしら」

 

 

 なので思い上がったまま、もう少しだけ近くに寄ってもいいだろう。

 確かに鬱陶しくもあるけど、こそばゆくもあるのだ。

 信頼されるというのは。

 

 

「っはい!アリス先輩」

 

 

「よろしくね、桜」

 

 

 でも私が気を許したのは、信頼されてるからという理由だけではない。

 桜の遠まわしさ、もっと言うなら妙なところで奥手なのは誰かに似ている気がする。

 さて、誰に似ているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、私は本当は魔術師だったんです」

 

 

 帰って告げると、何時ぞやの様に先輩はまた固まってしまった。

 落ち着くようにお茶を勧めると、先輩は熱いお茶を一気飲みしてしまい大変だった。

 

 

 バタバタした後、私は色々と話し始める。

 

 間桐が魔術の家系であること。

 聖杯戦争という儀式があって60年周期なこと。

 先輩のお父さんが聖杯戦争に参加していたこと。

 私の最初の目的が、先輩の監視だったこと。

 

 まだまだ、喋ってないことは沢山あるけど、肩の重荷はだいぶ楽になった。

 先輩に吐いている嘘が無くなったから。

 

 

「でも桜はどうして今、それを俺に言ったんだ?

 黙っていれば、そのままで済んだのかもしれないのに」

 

 

「それはですね、先輩」

 

 

 これは魔術とか、聖杯とか、私にとっては全く関係のない話。

 もっと単純な気持ちの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩のことが大好きなだけですよ」

 

 

 




間桐家の確執がこんなにあっさり解決するの?とか、超展開ワロタみたいに思われた方々。
それは正しいです、僕もどうしてこうなったのかが分かりません。

それはさて置き、桜ちゃんヒロイン回でした。
彼女は最近、自分の幸運みたいなのが怖いみたいです。

但し、2週間に一回くらいの割合で魔術の訓練を実家で受けねばなりません。
桜も慎二も妥協するかたちで、手を打ちましたが士郎が知ったらどうなることやら。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。