冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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今回、たった一つの点で皆様にご迷惑をおかけします。
先に言っておきます、ごめんなさいと。
でも、しょうがなかったと、言い訳だけここで呟いておきます。
では皆さん、大変だとは思いますが、是非お読みください。


番外編 冬木の街の風祝 下

 その日、藤村大河にとっては幸福な一日だったと言えるであろう。

 彼女にとっての天国、即ち正月。

 炬燵で丸くなる日もあれば、勢い良く外に飛び出して遊び呆ける日もある。

 今日は後者、お外で遊んで帰ってきた日だ。

 珍しく昼間からもお酒を注入。

 同期生の蛍塚音子や柳洞零観らと共に、ヒャッハーと街に繰り出すという不良振り。

 しかもお年玉と称して、幾らかの店で露骨な値引き交渉まで行い、商店街の人々達の間で、”ティーガー部隊接近!” ”いや、アレはティーガーではない、タイガーだ!”などと恐慌と共に迎えられていた。

 無論迎撃など出来やしないし、書記長戦車もここにはない。

 せめてもの救いは、指揮官たる存在がいないことであった。

 仮定の話ではあるが、もしここに銀髪ロリっ子ブルマ弟子一号なる意味不明かつ属性盛りまくりの存在が居たのならば、被害は更に拡大していただろう。

 ……まぁ、どちらにしろ被害は甚大な事に変わりはないのだが。

 

 兎に角そういう訳で、藤村大河は今日一日を楽しく過ごしたのだ。

 影で商店街の人達の嘆きとかが聞こえてくるが、きっと気のせい。

 大河だけでなく、音子も零観もそう言っていた、だから自分達に間違いないのだウンウン。

 などとほざきながら酔いどれ共は解散した。

 後日、SSF(そこまでにしておけよ藤村)の会から通報を受けた某正義の味方志望の少年から、大の大人が恥ずかしくないのか! と詰問される事となる。

 SSF会長であるはずの音子まで巻き込んでの説教、流石は士郎君と褒め称えられることになるのはまた別の話。

 因みに、零観は修行に出るとか言ってバイクで逃げている。

 三十六計逃げるが何とか、とはよく言ったものだ。

 

 と、そんな事は脇に置いておいて、もうそんな感じで藤村大河は幸福であった。

 歩いている内にお酒が段々と抜けていって、さぁ今日の晩御飯は何かなぁ、何て考えるくらいには陽気さを兼ね備えてもいた。

 白い吐息が煙る冬にも関わらず、大河は今日も全力全開。

 体から酒が抜けても元気に走り回れる位なのだ。

 アレな人は風邪を引いても気付かないし、大河もお酒が抜けても気付かなかったのだろう、ウン。

 

 そんな訳で、大河は我が家に等しい衛宮邸へと全速前進していた。

 既に腹の中に飼っている虎が唸りだしている、早く餌を与えねばという使命感でもあった。

 自身が虎であることに気付いてない、とは士郎の談。

 勿論タイガーなんて呼んだ日には、カムチャッカインフェルノ及びカムサツカ体操不可避なのは言うまでもない事。

 が、そこな道を行く大河には、タイガーがどうとかは全く持って脳裏に存在しない。

 あるのは今日はお鍋か焼肉か、それともしゃぶしゃぶかということだけ。

 どこからか、肥えろよ肥えろ、疾く肥えろ、何て聞こえてくるが大河は漫画体質な為肥えないのである。

 もし仮に肥えたとしても、ギャグ漫画体質だから次の回までには元通りに戻っている。

 心配など欠片もしなくて良いのだ。

 ワオーンとどこからかツッコミの様に犬の遠吠えが聞こえてくるが、それに対して大河はガオーッ! と返礼した。

 ……その場に、それはライオンだというツッコミを入れるものは居ない。

 よしんば存在したとしても、誰がタイガーじゃあ! と謎の逆鱗に触れるだけだから、誰もそこに触れ様などとは思わないのだが。

 

 そんなこんなで、特に事件などなく帰宅。

 途中で、全身青タイツの奴が跳ね飛ばされたぞ! とか聞こえたような気がするが、風の妖精の囁きに違いなく、気のせいと言う奴だろう。

 気のせい、多分気の精とか言われてる妖精さんなのだろうが、そろそろ過労死しそうな気もする。

 尤も、大河にはそんな事関係ないし、今は夕飯の方が大切であった。

 なので衛宮邸の玄関を勢いよく開けると、そのまま流れに乗って居間の方へと強襲した。

 今日の晩御飯は何かな♪ 何かっな♪ と非常に上機嫌で。

 

「たっだいま~! 士郎、桜ちゃん!!」

 

 閉められていたふすまを開けて、そのまま居間に転がり込む大河。

 最早子供、それもはしゃぎたくて堪らないタイプの子供である。

 

「お帰り、藤ねぇ」

 

「あ、藤村先生、お帰りなさい」

 

 けど、そんな彼女を、家族も同然な二人は暖かく迎えてくれる。

 このやり取り、何年も続けてきた気がするが、何げにまだ一年も経っていない。

 桜がこの家にやってきて、そんなに経っていないな筈なのに、もうすっかり昔から居着いてしまっていた気がする。

 不思議だなぁ、何て思いつつも大河は素早く炬燵に潜り込む。

 暖かい気はしていたが、やっぱり気のせいだったということだ。

 恐るべしプラシーボ効果、人体の神秘を感じる。

 

「げ、藤村、飲みに行ってたんじゃなかったのかよ……」

 

 隣に座っていた慎二が小さく悪態をついたが、残念、そこの虎は地獄耳なのだ。

 反抗的な言葉が聞こえたら最後、愉快になるというオプション付きで。

 

「間桐くーん、先生怒っちゃう一歩手前ですよ?

 マジで切れる五秒前?

 つまりはタイガー!」

 

「意味分からない上に沸点低すぎだろ!?」

 

 あはははは、と気持ち良さげに笑っているので、本気で怒っている訳ではない。

 藤村大河の発言の八割は大体勢い、恐ろしい人物としか言えない。

 

「こんばんは、藤村先生」

 

「お邪魔しています」

 

「初めまして、東風谷早苗です」

 

 そして炬燵の端っこの方に固まっている三人娘がそれぞれに挨拶をカマしてきた。

 凛、アリス、早苗のトリオ、早苗は何故だか大河の独特のオーラ的なものに目を輝かせている。

 ……類は友を呼ぶ、のであろうか。

 アリスが内心、高い所が好きにならなきゃ良いけど、何て無礼なことを考えてるが、早苗にはそんな事気付きようがない。

 精々、アリスさんは今日も可愛いです、早苗なりの何時も通りの事を考えている程度であった。

 

 まぁ、そんなこんなで明るいもの同士、割と打ち解けて会話を楽しんでいた。

 そしてほんの数分後、士郎と桜が食材を担いで、キッチンから居間にやって来る。

 どうやら今晩は鍋で、食材の処理がようやく出来たところらしい。

 わーい! と両手を合わせて感激を露わにする大河。

 やっぱり冬は鍋よねぇ、と言ってる彼女が感じているのは風情か、食欲か。

 ……考えるだけ詮無きことなのであろう。

 

『頂きます』

 

 軽々とした会話後の唱和、マイ箸で鮭をフライングゲット。

 バリバリモグモグと、モンスターの如き音を立てながら大河は咀嚼する。

 

「あー、美味しわー、生きてるわー」

 

 などと供述しつつ、鮭の旨みを味わってふと一息ついた瞬間、ん? と彼女は思ったのだ。

 周りを見るとまず目に入ったのは、士郎と桜の二人、うん、何時もの日常。

 次に目に入ったのは、流石僕が持ってきた豆腐だけある、と悦に浸っている慎二。

 たまに夕食時にやって来ることがあるし、許容範囲内の人物だ。

 そして次に目をやったのが……、

 

「海鮮鍋、中々乙なものね」

 

「アリスさんは初めてなんですよね?」

 

「えぇ」

 

「私達は海鮮自体、あまり食べないものね」

 

「処理が面倒なのがいけないわ」

 

 何故かそこに存在している黒、緑、金の三連星。

 これじゃジェットストリームアタックが掛けられないわ! とか一瞬現実逃避するが、目の前の光景が消える訳でもない。

 桜や士郎と話をし、慎二と軽口を叩き合いながらもごく自然に溶け込んでいる三人。

 本来なら、この家に居るはずのない人物達。

 しかも一人に至っては、初めてお目にかかる女の子。

 大河の中で、気付いた瞬間に何かが決壊してしまった。

 心の堤防が、こう、ドバーと溢れたのである。

 

「なんでじゃあああァァァァァーーーーーーっ!?!?!?」

 

「今更かよ」

 

 小さく突っ込んだ慎二の声が耳に入らないほど、大河は混乱していた。

 今まで気付かなかったこと自体が奇跡、もしかしたら早苗の奇跡はこんな事で消耗されているのかもしれない。

 もしくは抜けたと思われてた酒が、大分残っていたかである。

 

 それは兎も角として、大河が事の全容を知るには時計の針を少々戻さねばならない。

 時はそう、アリス達がここに来た時間までだ。

 飲んだくれていた酔いどれ共が存在した頃、もう一つのグループが衛宮邸に訪れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒さに凍える冬の夕暮れ、傾く夕日の下を私達は歩いていた。

 早苗は両手で大きめのショルダーバッグを持っている。

 まぁ、それは問題ではない、衛宮くんの所にお泊りするのだから当然とも言える。

 だが、である。

 

「凛、どういう風の吹き回し?」

 

「ちょっと、ね」

 

 言いづらそうにバツの悪そうな表情で歩いている凛。

 その手の中には、早苗と同じような鞄の姿。

 何が起こっているのか、私も勘ぐったが凛は上手い返事をする訳でもなく黙りを決め込んでいる。

 何を私が戸惑っているのかというと、謂わば簡単なこと。

 

 ――つまりは、凛は衛宮くんの家に早苗と一緒に泊まろうというのだ。

 

「クリスマスの時はあれだけ嫌がってた癖に」

 

「何よ、文句あるの?」

 

「別にそうは言ってないわ」

 

 解せてない、ただそれだけ。

 嫌がっていた……という訳ではないけれど、それでも凛は桜を避けている。

 なのに今更ながらに、一緒に衛宮くんの家に行って泊まろうとするなんて、何だか裏がある気がしてならないから。

 

「でも不可解な行動だから、それは気になっても仕方ないことでしょう?」

 

「そっと目を伏せるという事は出来ないの?」

 

「気になるんだもの、仕方ないわ。

 ……珍しいから面白い、という思考は無いこともないのだけれど」

 

「何て下劣」

 

 最後にぼそりと呟いた言葉は、しっかりと凛に拾われたみたいで、即座に吐き捨てられた。

 でも人間なんて、大抵こんなもの。

 どうしようもないことなのだから、一々悩んでもしょうがない。

 尤も、私が凛に同じことをされたら似たような感想を抱くのだろうけれど。

 

「で、答えは何かしら?」

 

「……思うところがあっただけ」

 

「それは知ってるわ」

 

「なら聞くな!」

 

 それだけ言うと、これ以上は答えんぞと言わんばかりに口を閉ざす凛。

 まぁ、あまり妙な勘ぐりを入れるべきでない、デリケートな部分ではあるのだろう。

 もしかしたら分かるかも、と思って突っ込んだが、特に何か分かるなどということはなかった。

 相変わらず、凛にとって桜は特別ということを匂わせるだけだったのだ。

 

「お話は終わりましたか?」

 

「そうね、終わったわ。

 折角だし、道中早苗とも話したいわ」

 

 そしてこのタイミングで早苗が話しかけてきた為、私と凛の間だけで行われていたこの話題は棚上げせざるを得なくなった。

 凛にとっては、これ以上とない程のタイミングであろう事は疑いようもなく、都合良く早苗に便乗し始める。

 何が何でも追求しなくてはならない事ではないから、問題はないのだけれど。

 

「はい、ありがとうございます凛さん。

 ……ついでに、気になっていたことがあるんですけど、聞いて大丈夫ですか?」

 

「何? 答えられる範囲で返事をしてあげるわ」

 

 完全に早苗が会話に入ってきた事により、最早蒸し返すこともできない。

 まぁ、一々私が気にすることでもないのか、と思うことにしよう。

 なのでまずは、凛と早苗の会話に耳を傾け始めたのだが……。

 

「アリスさんと凛さんは良く二人でヒソヒソ話をしてますけど、これって何時ものことなんですか?

 もしそうだったら、私は……」

 

 むぅ、とした表情で凛を見つめる早苗。

 何を言おうとしたのか、途中で口を噤んでしまった為わからないが、大体は予想がつく物言いをしている。

 そして凛も、察しがついたように、あぁ、と若干呆れ気味の声を漏らしていた。

 

 

「はいはい、ごめんなさい。

 私とアリスはちょっと隠し事してるの。

 だからそうやってこそこそ話もする。

 でも、別にそれだけで早苗よりも仲が良いなんて言わないわ。

 だからほら、しゃんと顔を上げなさい」

 

 そう言うと凛は、早苗の両頬に手を当てて、顔を上げさせる。

 どこかキョトンとしていた早苗の顔が印象的。

 そこに軽く凛が笑いかけて、早苗の目を少しだけ見た。

 

「あ……」

 

 小さく、早苗が声を漏らす。

 何を思って何を感じたか、この時ばかりは計りかねたけど、それでも悪いふうにはならないか、ということだけは感じられて。

 早苗はどこか、ムムムと悩んだ顔をしてから、チラッと視線を私に向けた。

 その目が、本当ですか? と尋ねてきている気がしたので、私はコクンと一つ頷いた。

 それからむー、と口で言ってから、早苗はこう続けたのだ。

 

「分かりました、二人だけの秘密というやつですね」

 

 そう何だか違う理解を示すと、早苗は凛の両手サンドイッチからスルッと抜け出した。

 それから、早苗は私にグイっと一歩踏み込んで来た。

 顔に浮かぶは何故か得意げな表情。

 そして私の耳に口を近づけてきて……、

 

「神奈子様も諏訪子様も元気です。

 だから、きっとアリスさんにも加護はありますよ」

 

 と小さく耳打ちしてきたのだ。

 早苗の息が感じられる距離、白い息と首筋に当たる生暖かさが何とも生々しい。

 思わず、体をゾクリと震えさせてしまった。

 ――いけないと感じて、体が勝手に一歩後退する。

 

「アリスさん?」

 

「えぇ、そうね。

 早苗のお裾分けもあって、きっと私は幸福ね」

 

 怪訝そうな早苗の声に、誤魔化すようにちょっぴり微笑を添えて私はそう言ってのける。

 気恥かしさがあったのかもしれない、くすぐったいというよりは張り詰めたものがあったのかもしれないけれど。

 

「そうですよね!

 それが私とアリスさんの秘密ですよ!」

 

 だけれど直ぐに早苗は誤魔化されてくれて。

 にっこりと笑って、そう言ってくれたのだ。

 だから私も笑顔を返して、それでほんのりとだけれど心が暖かくなった気がする。

 これが早苗の良いところ、純真さと実直さが織り交ざってとても眩しく見える時がある。

 ただ、ここにはもう一人、

 

「アリスったら、やらしいんだから」

 

 ニヤニヤした顔でそんな事を指摘してくる、性格の悪い女の子がいるのだ。

 そしてそれは、私としても自覚している分だけ反論しづらかった。

 早苗が、え? と良く分からないという顔で首を傾げているのだけが救いであろう。

 少しばかり凛を睨むが彼女的にはどこ吹く風のようで、素知らぬ顔で未だにニヤニヤしていた。

 

「アリスさんの何がやらしいんですか?」

 

 そんな中で、早苗が不可思議そうに首を傾げたのに乗じて、凛は囁くように早苗に言ったのだ。

 

「アリスはね、早苗に耳元で囁かれた時にビクって体を震わせたの。

 きっと早苗にドキドキしちゃったのね」

 

「盛らないで、変な意味に取られるでしょう?」

 

「嬉しいくせに」

 

「煩いわよ」

 

 完全に凛の言葉はからかい混じりのモノになっている。

 口元なんて、完全に釣り上がっていた。

 柳洞くんが良く凛のことを女狐! 何て罵っている理由が良く分かろうというものだ。

 はぁ、と溜息を吐く私に意地の悪い狐耳が生えた凛、困惑顔の早苗。

 何とも言い難いのに居心地が悪いと感じないのは、もうスッカリ染まってしまったという事だろう。

 そう考えると、私を染め上げた凛の方がよっぽどいけない娘ではないか。

 

 全くもって悪い娘だこと、と呆れてしまう。

 だけれど、それで凛らしいと感じてしまうのだ。

 感じてしまった横暴さに、もぅ、と呆れて声を漏らしてしまった。

 だが、これでいいとも思ってしまえるのが、何ともくすぐったい。

 

「アリスさんが……」

 

 だからもう許すし早く行こうか、と思っているところに、早苗が小さく、だがキチンと声にしているモノが聞こえてきた。

 多分、凛には聞こえていない。

 私だけに、聞こえる声の小ささを、早苗が意図して出しているようだから。

 

「アリスさんが、私をそういう目で見るというなら……ちょっとだけ、本気で考えてもいいです」

 

 私は、早苗に私にだけ聞こえるような声で囁いてくれた事に感謝した。

 こんなこと凛に聞かれたら、取り返しのつかないくらいに空気が死んだかのようなドン引きが場を覆う事になるだろう。

 お陰で、少々の頭痛が私を襲い始める。

 早苗の真面目で真っ直ぐなところは大変良いとは思うが、あまりに純真すぎるというのも問題であるのだと理解してしまったから。

 

「お馬鹿、お調子者」

 

 言葉に本気が垣間見た様な気がしたので、茶化すようにデコピンを早苗にお見舞いする。

 ペチっと軽い音がして、あいたっ、と早苗の悲鳴が響く。

 ほんの少しばかりの罪悪感を感じるが、これが正しい、間違ってなんていない。

 

「そういう事は男の子に言うものよ。

 もっと大事に、心の箱にそっと置いておくの。

 箱の中は、本当に大好きな人だけにしか見せてはいけないわ」

 

 厳し目に、窘めるように早苗に告げる。

 とてもじゃないが、女の子同士でする会話ではなかった気がするから。

 そういうのがあるのは知っているが、少なくとも私はそうではないのだ。

 

「うー、アリスさん、いきなり酷いです」

 

「あなたの発言の方が酷かったわよ」

 

「……勘違いさせたアリスさんが悪いんです」

 

「あなたの早とちりよ、早苗」

 

 コソコソと、凛には聞こえないような小さな声での会話。

 むぅ、と納得がいってない早苗に、私はけど、とこっそりと言葉を続けた。

 

「でもね、早苗の結婚式には出席したいわ。

 式のスピーチをさせてもらって、早苗の可愛いところをいっぱい紹介するのよ。

 ね、きっとそういうのも素敵なのよ、分かる? 早苗」

 

 いたずらっぽく言うと、一瞬早苗は呆気に取られたような顔をして。

 直後、クスッと笑ったのだ。

 表情にはしょうがないなぁ、というものと、何かを発見したような喜びじみた色が滲んでいた。

 

「アリスさんって乙女チックですよね」

 

「知らなかったの?

 私は人形師、とっても夢ある職業よ。

 女の子だもの、えぇ」

 

 そうして、私と早苗は示し合わせたかのように笑みを浮かべた。

 きっと、こうするのが正解だと互いが答え合わせをするように。

 

「で、お二人さん。

 長い長い内緒話は終わって?」

 

 だから私は、少しだけ凛のことが頭から抜け落ちてしまっていた。

 声をかけられた事で、ようやく思い出せたのだ。

 早苗も同様のようで、アッと気付いたような顔をしている。

 

「それはもう」

 

「内容は?」

 

 内緒話をしていたというのに、わざわざ凛は聞いてくる。

 聞かせられない内容なんでしょ? とそんな暗喩も込めて。

 意地悪、と内心で罵りつつ、口が動くがままに私は言い放った。

 わざとらしさ満載だが、それがお約束のように。

 

「私と早苗の秘密ごと、二人だけの秘密よ。

 そうよね、早苗」

 

 そう水を向けると、早苗は息を飲んで。

 それから満面の笑みを浮かべて、確かに頷いたのであった。

 

「はいっ、私とアリスさんの秘密です!」

 

 凛は肩をすくめて、先に先にと歩き出し始める。

 呆れ半分、感心も多分に含んでいるとみられる。

 

「なるほどね、こうして誑し込んだわけね」

 

 どこか本気で納得している凛に、無礼者とばかりにチョップをくれてやった。

 全く持って、不健全な思考なことこの上ない。

 

「もう、凛は――」

 

「アリス、到着よ」

 

 もう一つばかり文句をたれようとしたところで、丁度着いてしまった。

 衛宮くんの家、立派な武家屋敷である衛宮邸に。

 容赦なくピンポンする凛を横目に早苗を見ると、ほわぁ、と何か凄いものを見たような表情をしていた。

 確かに、こんなに立派な武家屋敷など、日本に居ても珍しいのだから仕方がないだろう。

 

「さ、ここが今日、あなたのお泊りする場所よ。

 ……ワクワクする?」

 

 茶目っ気たっぷりに尋ねる凛に、早苗は一も二もなく頷いていたことを、心の手記に明記するものとする。

 ドタドタと玄関に近づいてくる足音を聞きながら、私はそんな事を考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちは桜、元気そうでなによりね」

 

「はい、こんにちはアリス先輩。

 元気なのは、先輩達のお陰ですね」

 

 目の前で、桜がにこりと笑みを浮かべる。

 早苗のように眩いものではないが、見ていて心が落ち着く微笑み。

 桜との会話は、彼女の雰囲気のお陰で大概ゆったりとしたものになる(ただ、その中身は大概衛宮くんがどうこうというお話なのだが)。

 ただ、視線を私からチラッと離して別の場所を見ては戻す、という作業を桜は繰り返しており、何だか落ち着きが感じられない。

 

 ……まぁ、それも無理はないことだろう。

 何故なら、私の隣には桜を観察するようにじっくりと眺めている早苗の姿が存在し、台所には衛宮くんに耳打ちをして青ざめさせている凛の姿が見えてしまっている。

 桜的には気が気じゃなくてもおかしくは無い構図だ。

 

「早苗、自己紹介して」

 

「……はい」

 

 ただ早苗が珍しくも突撃ではなく観察という行動を取っていたので、背中を押すように私は声を掛ける。

 早苗と桜は何だかんだ言って可愛い二人なので、早く仲良くして欲しいという気持ちも存分にあるのだ。

 だからせっついて、早苗が応答したことに安堵感を覚える。

 

「私は東風谷早苗といいます。

 アリスさんとは親友、凛さんとはさっきお友達になったところです」

 

「は、初めまして、間桐桜です。

 アリス先輩には日頃からよくお世話になっています」

 

 早苗は割とふてぶてしく、桜は緊張気味に言葉を交わす。

 二人も視線が交錯する、一方は探るようで一方は困惑したように。

 桜が、早苗の強い視線に押され気味なのだ。

 

「早苗」

 

「はい、アリスさん!」

 

 対して早苗は、私の呼びかけには元気に返事をする。

 それはある意味露骨で、少々ばかり思うところができてしまうのは事実であった。

 

「桜とは仲良く、ね」

 

「念を押してアリスさんがそう言うなんて……」

 

 むぅ、と上目遣いで私を見て、そのまま視線を桜にスライドさせる。

 どこか警戒している様にも見える視線、そこであぁ、と思い当たることがあったのを思い出す。

 そういえば、凛に初めて会った時も似たようなものを向けていたな、と。

 

「ごめんなさいね桜、早苗はいい子だけれど、どうにも初めて会う人には警戒心が強くてね」

 

「いえ、それは違います」

 

 フォロー替わりに私がそう言うと、即座に早苗からの否定が入る。

 まさかの背後からの一撃である。

 思わずジトっとした目を向ければ、早苗は堂々とこんなことを言ったのだ。

 

「私はアリスさんに近いと思った人を警戒するんです」

 

 言い終わるやいなや、ビシッと桜を指差し、早苗は胸を張って告げたのだ。

 

「貴方からは私と同じ匂いがします。

 アリスさんが大好きな匂いです!」

 

 間違いないですね、何てキメ顔で告げる早苗。

 それに私どころか、桜まで唖然としてしまっている。

 さて、どうしたものか、なんて考えてたら、頭より先に口が動き出していた。

 ちょっと空気がアレになりかけているのかもしれないと、私の本能が察したのかもしれない。

 

「早苗にはね、起きながらに寝言をいう特技があるの」

 

「アリスさんひどいです!?」

 

「間違ったわ、病気ねこれは」

 

「悪化してますっ!」

 

 まさかの裏切り!? とユダに裏切られたような顔をしているが、まずはおかしな発言を繰り返している自分を振り返って欲しい。

 普段から振り回してくれてるから、ほんの些細なお礼をしておこうとは、少ししか考えていない。

 早苗は早苗でいてほしいから、こうしてたまに少しの仕返しをするだけ。

 ただ、もう少し勢いを抑えるようになってくれれば、言うことはないのであるが。

 

「持病でしょう?」

 

「寝言じゃないです、本音です!」

 

「ほら、ね」

 

 ムキになりかけの早苗を横目に、私は桜に笑いかけた。

 決して、取っ付きにくい子ではないのだ、と伝えるように。

 すると桜は、私達を見ていて、ふんわりと笑ったのだ。

 桜も早苗の様になる時もあるが(主に衛宮くん関連)、今の桜はやっぱりホッとさせてくれるオーラを感じられた。

 

「東風谷さん」

 

 優しい口調で、桜は早苗へと語りかけ始める。

 何故だか親しみを持って、柔らかく。

 

「私もアリス先輩のこと、好きです。

 東風谷さんはよく人を見てるなぁ、と思いましたもん」

 

 けれどそこから飛び出した言葉は、私を褒め殺そうとでもしているのかと言わんばかりの甘いもの。

 ビックリして桜を見るが、彼女は笑みを深めるだけ。

 早苗に至っては、そうでしょうそうでしょう、などとドヤ顔で頷くばかり。

 個人的に恥ずかしいから、そんな褒めそやすような真似は謹んでもらいたい。

 何か、この娘達の間では、どうにも私は過大評価されがちなのだから。

 

「だからきっと、私達は仲良くできると思いませんか?」

 

 けれど私のことなんてお構いなしで、桜は早苗に手を差し出した。

 これで早苗が手を握れば、二人はきっと本当に仲良く過ごせるのだろう。

 思わず私も二人を注視する。

 桜は手を差し出してジッと待ち、早苗は手を見て少し考えているようだ。

 ……そして、

 

「握手をする前に、一つ聞いておいても良いですか?」

 

「はい、何ですか?」

 

 早苗が真面目な顔をして、桜に問いかける。

 桜も首を少し傾けながら、それに応えていた。

 

「あちらの人」

 

「先輩?」

 

 早苗の目は台所に向けられていて、そこには衛宮くんと凛の姿。

 凛に何か言い含められてしまったであろう遠い目が、郷愁を誘われる物悲しさがある。

 

「あの人、あなたにとっての何なのですか?」

 

「先輩が、ですか……」

 

 どうして? と桜からの疑問が明け透けて伝わってくる。 

 私も同じことを考えているから、桜の気持ちは良く分かる。

 早苗がどうしてそんなことを気にしているのか、ちょっと分からないから。

 でも、真面目な顔をしている早苗に、あまり不躾な質問はしづらい。

 だからか、桜は戸惑いつつも正直に答えた。

 

「私の……好きな人です」

 

 答える時は躊躇しつつも、顔を赤く染めてキチンと桜は告げたのだ。

 恋人、と明言しなかったのは、桜故の奥ゆかしさがあるのだろう。

 私はそれに微笑んで、今度は早苗の方を見た。

 彼女はなるほど、何て言いながら桜に手を伸ばし始めて。

 

「それなら、私は間桐さん、ううん、桜ちゃんの友達になれそうです!」

 

 そう言って、早苗の方から積極的に桜の手を繋いで、ブンブンとその手を振り始めたのだ。

 それに私も桜もポカンとしていたが、もう何か早苗がそう言うならいっか、という空気になっていた。

 思いつめる必要もない、早苗は大体こんなんだから、と会って間もない桜にも伝わったようで。

 早苗の手を、ギュッと握り返したのであった。

 

「そっちは……うん、無事に終わったようね」

 

 そんな時、タイミング良く凛がこちらに戻ってくる。

 台所には頭を抱えた衛宮くん、哀れな、と思わずにはいられない。

 

「貴方も、手酷くやったようね」

 

「あら人聞きの悪い、私は当然の権利を主張しただけよ」

 

「唯我独尊ね」

 

「道は自分の前にあるものよ」

 

 良くも言えるものだと、逆にそこまで行くと感心してしまう。

 王道というには、些か邪道が過ぎていたとは思うが。

 私が衛宮くんに哀れみの視線を向けると、凛はどこか楽しそうに口元を歪めて宣言する。

 

「じゃ、楽しいお泊まり会の準備、始めましょうか!」

 

 その凜の声は、何時もよりも幾分か浮かれているように感じられた。

 

 

 

 

 

 

 僕、間桐慎二は大変に不服だった。

 何が? と聞かれれば勿論、この僕が! わざわざ桜の為に使いっぱしりをさせられることであった。

 どういうことかというと、それはあの爺の一言から端を発している。

 

「ふむ、レトルトは不味いのぅ」

 

「チンしてないからだよ、何でチンしてないんだよ!」

 

「間桐の家の者が、電子レンジなど下々の、それも文明の利器を使うなど論外じゃ。

 そんなことをするのは桜だけで良い」

 

 間桐の屋敷の食卓、そこでは爺が食事をしていた。

 チンしていないレトルトカレー、その冷たくドロッとしているだけの気持ち悪い物体を機械的にスプーンで掬っては口に運ぶという愚行を繰り返していたのだ。

 ついにボケたか! と思いはしたが、怪しげな笑いからは、何時もの不気味さが抜け落ちていない。

 舌打ちしそうになるのを我慢しつつ、爺の奇行を僕はただ見ていた。

 文明の利器を使うよりも、チンしてないレトルトカレーを喰らう方がマシなんだ、とある種の驚愕を持って。

 

「で、お爺様は何で僕を呼んだ訳?

 僕だってそんなに暇じゃないんだけど」

 

「呵呵、儂は暇じゃ。

 桜が家に帰ってこんからな」

 

「…………」

 

 サラッと外道なことを言ってのける爺。

 例の調練は正月くらいは無しにしてやろうとか、今更何をと言わんばかりの気遣いであったが、悪い提案ではないのでそのまま黙って反抗はしなかった。

 今頃桜も、衛宮の家でのんびりとやっている事だろう。

 それを考えると良かったと思う反面、鼻で笑ってやりたくなる衝動に駆られるが、品が宜しくないので我慢をする。

 

 そんな僕を他所に、爺は来ている和服の懐に手を突っ込み、ゴソゴソと何かを探り始めた。

 さて、何処じゃったかな、何て言ってる辺りで、早くボケてしまえとも思ったが、あと百年は優に生きそうである。

 早く死ねばいいのに、と本気で思う。

 

「これじゃったか」

 

 そうして、爺が懐から取り出したもの、それは黒光りしていて生理的嫌悪感を催すもの。

 思わず、顔が引き攣ってしまう。

 

「ゴキ、ブリ?」

 

「そうじゃな、ゴキブリじゃ」

 

 震える声で尋ねると、爺は鷹揚に頷く。

 そしてそれを掴んだまま、次の奇行に走り始めたのだ。

 

「これをこうしてじゃな」

 

 突如、掴んでいたゴキブリを宙に放り投げる。

 

「ヒィ!?」

 

 何てことを! と憤慨しかけるも、次の瞬間、僕は言葉を失うことになる。

 それは、一瞬で起こった出来事。

 

「こうじゃ」

 

 爺が一つ指を鳴らすと、音を超えるスピードで幾つもの羽虫が飛来した。

 透明色の羽の大群、それらは宙のゴキブリを自らの羽で次々と細切れにしていく。

 最終的に、ゴキブリだったものは粉末状になり、そのままチンしてないレトルトカレーに降り注いでいく。

 まさに圧巻、色々と酷い惨状であった。

 

「ふむ、やはり苦いのぅ」

 

 そしてそのまま、そのチンしてないレトルトカレーを口に運ぶ作業に戻り始める爺。

 もう僕、部屋に帰ってもいいかな、と本気で思うこの時。

 

「それで慎二よ」

 

「……何でしょうか、お爺様」

 

 顔を引き攣らせつつ答えると、爺は再び懐に手を突っ込んだのだ。

 思わず腰が引けてしまうが、爺が次に取り出したのは何の変哲もないお年玉袋。

 それが二つあり、それらを僕の方に投げてきたのだ。

 

「お前が桜に届けるのじゃ、慎二よ」

 

 それだけ告げると、黙々とゲテモノカレーの消化に戻り始める爺。

 もう一生そこでそれ食ってろ、と心の中で吐き捨てて、僕はコートを取りに行く。

 このまま家の中にいてても爺が煩いだけだし、提案に乗ってやろうと思ったのだ。

 

「でもこれ、ゴキブリの入ってた懐から出てきたよな……」

 

 出かける間際に、嫌なことに気が付いてしまう。

 さて、と思いながら、取りあえずは家を出る。

 衛宮の家に行く前に、少し寄り道していくかと考えながら。

 

 

 

 

 

 衛宮くんの家の居間の炬燵、それで足を温めながら皆で話をしていた時のことだった。

 ピンポーンとよく響く音がして、ガラガラっと扉を開く音がする。

 チャイムを押したのに、そのまま入ってくるの? と疑問を感じていると、あぁ、といった感じで衛宮くんがあっさりと答えてくれた。

 

「慎二だな、相変わらず強引だ」

 

 困ったやつだ、という口調ではあるが、どこか嬉しそうである声音。

 男の子一人の環境に居心地の悪さがあったらしいから、衛宮くんにとっての救いの神となったのだろう。

 衛宮くんは徐ろに立ち上がると、間桐くんを迎えにそのまま居間を離れていった。

 私と凛は、顔を合わせて肩を竦め合う。

 悪いことをしたかな、という気持ちと、間桐くんかぁ、という複雑な気分。

 それらが合わさっての反応だった。

 衛宮くんが間桐くんを無下にしない、というのを分かっていたというのも大いにあるのだけれど。

 

「ま、なるようになるでしょ」

 

 凛のその言葉に、私も同意するように頷く。

 考えてもどうにもならない状況なら、流されるのもまた一興。

 クリスマス・イヴの時に凛にしばかれているから、滅多なことにはならないだろうという憶測も多分にあった。

 

 ……そして、彼は来た。

 予定調和のように、居間へとやってきて。

 

「今日は京豆腐を買ってきたぞ衛宮ぁ。

 高いんだから、味わって食べるんだぞ!」

 

「へぇ、そりゃ楽しみだ。

 今日は海鮮鍋にでもしようと考えてたし、丁度いい」

 

「ふーん、まぁ、悪くはないんじゃないの?」

 

 そんな会話をしながら、衛宮くんに対して結構笑顔満載で。

 その楽しげな彼がこの居間に入ってきて私達を認識した瞬間、見事にフリーズする。

 順番に、私、凛、ついでに早苗とガクガクの首の動きで視線を移動させて、何故かもう一度同じような仕草で私達を見る。

 そして処理落ちした動画の様な動きで衛宮くんを見ると、彼は首を横に振るばかり。

 どう言う意味だと言わんばかりに凛が睨むと、さしもの衛宮くんもスっと視線を逸らす他になかったようだ。

 

「あの、こちらは?」

 

「ホモよ」

 

 早苗が不思議そうに尋ねると、即答で凛が返答する。

 あんまりな反応だが、つい面白そうだから黙って私は静観していた。

 さて、どう荒れるか、何て悪いことを考えながら。

 

「遠坂、お前ぇ!?」

 

 即座に凄い形相で間桐くんが凛を睨むが、凛は凛でやたら好戦的な目をしている。

 どれだけ間桐くんに対して、思うところがあるのだろうか。

 前は柳洞くんと間桐くんで、衛宮くんを取り合っているなんて噂を流していたし、凛の私怨混じりの容赦なさを垣間見た気がしたものだ。

 

「ね? 桜もそう思うでしょ?」

 

 だが気にするでもなく、凛は急に桜に笑顔満点でそう言って。

 急な問いかけに、え、と困惑する桜だが、凛を見ている内に、次第にしかたないなぁ、という表情に変わっていって。

 

「そうですね、私と兄さんは先輩が大好きですから」

 

 なんて、ちょっと意味深な回答をしてのけていた。

 その思わぬ伏兵に間桐くんは言葉なく絶句するが、更に追い討ちをかける出来事が起こってしまう。

 

「そうですね、何か顔がホモの人に見えてきました」

 

 早苗が、何て言いながら慎二に止めを刺したのだった。

 凛が吹き出し、桜がつられ、私も腹筋を擽られたかの様に笑ってしまう。

 間桐くんに至っては、ホモの人……何て呟いてウスターソース並みに濃ゆい顔をしていたのが、更に腹筋を虐めるのに拍車をかけてしまう。

 

「え? どういう事なんですか?」

 

 ただ、止めを刺した早苗だけが状況を理解してなく、何事? と私達を見回していたのだった。

 事態が収集されるのは、衛宮くんが慎二を虐めるのはそこまでにしておけ、と呆れ顔で止めに入ってくるまでのことである。

 

 

 

「えっとつまり、その間桐慎二さんはホモではない?」

 

「そうね」

 

「でもホモの方のような顔をしていらっしゃりますよ?」

 

 それから、簡易的な自己紹介を妙な雰囲気の中で間桐くんと早苗の中で交わされた。

 けれど、第一印象が強烈過ぎた為に、未だに早苗の中で間桐くん=ホモの人という方程式が成り立ってしまっているのだ。

 

「ねぇ、これ、どうやって責任取ってくれるんだよ遠坂!」

 

「あら? 間桐くんは衛宮くんが大好きなんじゃないの?」

 

「誰がこんな貧乏人を!」

 

 間桐くん的には大きな精神的損害を被ったらしく、凛に食って掛かってる。

 仕方がないししょうがない、凛も悪ふざけが過ぎたことを自覚しているくせに、未だに飄々としている。

 どうしてここまで辛辣になっているのか、未だに謎だ。

 過去に何があったというのであろうか。

 

「衛宮のことより、先に僕のことだろうがぁ!

 これ、ずっと勘違いされたままだったらどうしてくれるんだよぉ!

 お前がマーガトロイドとレズってるって噂が広がったらどう思うのか考えろ!」

 

「あらアリスと?

 フフ、面白いことを言うわね」

 

 凛が面白そうに言うが、まだまだ間桐くんをおちょくり足りないのか。

 言葉に反応して早苗がこっちを見てくるが、首を振るって何もない事を告げる。

 別に、私と凛とが背徳の儀式をしているとか、そういう事実は全く無根なのだから。

 

「あのさぁ、遠坂はそうやって笑ってられるけど、僕はもう笑えないくらいに学校で噂が広がってんだよ?

 しかも解けなさそうな誤解がまたひとつ増えたときた!

 分かる? この罪の重さ!」

 

「今更一人増えたぐらいでガタガタ煩いわねぇ」

 

 加害者側なのに態度が悪い凛。

 ただ間桐くんも元気なので、そこまで傷ついてる様子が見られないことだけが救いか。

 

「慎二もしばらくしたら収まるだろうし、俺達は先に夕食の準備をしておこう」

 

 衛宮くんも大抵マイペースで、そう告げると立ち上がって台所へと向かい始める。

 桜もそれに追随し、私も衝動的に立ち上がっていた。

 

「手伝うわ、私も」

 

「アリスさんが手伝うなら、私も頑張ります!」

 

 私に続くように早苗も立ち上がるが、衛宮くんは私達を手で制する。

 そこまでする必要なないと、落ち着きとある種の自信を持ってだ。

 

「お客さんにそこまでさせる訳には行かないさ。

 それにどうせ夕飯は鍋だ。

 同じような作業をするのに、台所が埋まってるとちょっとな」

 

 そう言うと衛宮くんはお茶をついで、そっと蜜柑を差し出してきた。

 これで待ってろということだろう。

 一瞬逡巡するが、結局私と早苗は蜜柑を受け取って、炬燵の中にいそいそと戻った。

 桜だけがちゃっかり衛宮くんと一緒に台所に入っていくのに、思わず笑みを浮かべてしまったのは仕方がないことだろう。

 

「桜?」

 

「一人くらいなら、別に手伝っても邪魔になりませんよね?」

 

「まぁ、それはそうだけど」

 

「なら折角なので手伝っちゃいます!」

 

 楽しげに桜に告げられては、流石の衛宮くんもタジタジなようで、頷いてしまっていた。

 やっぱり、この二人は良いな、と改めて思ってしまった瞬間である。

 

「良いですね、ああいうの」

 

「そうね、お互いに何時か素敵な人が見つかれば良いのだけれど」

 

 そんな二人を、私と早苗は羨望とはまた違う、憧れのような目で見ていた。

 素敵だなと、素直に思えてしまったのだ。

 

 そうして互いにじゃれたりしているうちに、時は過ぎていって……。

 それから、である。

 

 

 

「なんでじゃあああァァァァァーーーーーーっ!?!?!?」

 

 元気すぎる、藤村先生の咆哮をその耳に捉えたのは。

 ただ皆は、何時もの事と割り切って楽しく鍋を消化している。

 早苗にも、あらかじめ気にしちゃダメよ、と伝えていたので驚きつつも、本当に叫びました、とどこか感心した様な表情をしていたのだ。

 

「せ、説明できる人カモーン!

 士郎、士郎! 説明なさい!!

 お姉ちゃんは士郎のハーレム建設なんて、許可した覚えはないんですからね!」

 

 錯乱した藤村先生が猛々しく狂っている何時もの平和な光景。

 鍋というのは、ここまで独特な風味があるのかと感心しながら食べている。

 特に、この魚介の風味が何より良い。

 

「ちょ、藤ねぇ、落ち着けって!

 ほら、ほたてがあるぞ、白菜も一緒にいれるからな」

 

「ありがとー、ハグハグって違う!」

 

 ちゃっかりとよそわれた食材を食べながら、藤村先生は絶叫を繰り返す。

 何時もの事とは言え、流石に近距離でのハイパーボイスは辛い。

 ビーストテイマーたる衛宮くんに目を向けると、既にあやす様に色々と食材を藤村先生の取り皿に放り込みながら、ゆっくりと言い聞かせるように彼は告げてゆく。

 

「ほら、桜の為の女子会みたいなもんだよ、今日は。

 俺に会いに来た、というよりもそっちのほうが近いんだ。

 だから俺が云々とか、そういう話はやめろよな。

 慎二だっているのに」

 

「で、でもぉ、最近は間桐君も、士郎に野獣の眼光を向けてない?

 ”お前は士郎ではない、尻ぃだ”的な」

 

「なんでさ」

 

「おい藤村、巫山戯るなよ!

 一体僕になんの恨みがあるんだ!!」

 

「あー、間桐君いけないんだー!

 先生の事を呼び捨てにしたらいけないんだー!」

 

「小学生かよ!」

 

 何時の間にか間桐くんも巻き込んでの、楽しげな喧騒が聞こえてくる。

 桜はそれに加わるわけではないが、とても微笑ましそうに眺めていて。

 これが衛宮家の日常か、と思わせるものが存在する。

 

「優しいわね」

 

「……はい」

 

 桜に語りかける。

 何が優しいとか、わざわざ口にはしなかった。

 その言葉だけで、桜はキチンと肯定してくれたのだから。

 暖かい、と評しても良いだろう。

 

「むしろ美味しいです」

 

「そうね、早苗は牡蠣でも食べてなさい」

 

「あ、ありがとうございますアリスさん!」

 

 早苗のお椀に具をよそってあげると、嬉しそうにモグモグと食べ始める。

 しっかりとした衛宮くんの家の出汁が、鍋の美味しさを一層引き立てているのだ。

 早苗が夢中になってしまうのも、無理はない話だろう。

 

「桜」

 

 そんな騒がしい中で、凛が桜に話しかけた。

 余裕そうに見える表情ではあるが、凛の内心が揺れていることを、私は知っている。

 それでも、凛は桜の前では意地を張りたがるのだからしょうがない。

 

「今、楽しい?」

 

 凛が聞いたこと、それはとてもごくありふれた、そこらに散らばっているもの。

 誰だって探せば見つけられるであろう、素敵な欠片の一片。

 そんな当たり前を、凛は桜に尋ねて。

 

「そう、ですね」

 

 桜の視線は、あの喧騒へと向けられている。

 お祭り騒ぎの中心部、仲裁しようとしている衛宮くんや、牽制し合っている間桐くんに藤村先生。

 きっと、一人でも一緒にいると、飽きない日々を遅れそうな面々。

 桜は、そんな人達を、胸に手を当てて眺めていた。

 彼女の目がレンズで、自分のフィルムに今を書き込んでいくような儚さ。

 しっかりと目に焼き付けて、桜は凛へ答えを返す。

 ぶれる事のない、確固たる真実として。

 

「私、幸せすぎて怖いです」

 

「……そう」

 

 桜の返事に、凛は安心したような、けれど何か悔しそうな感情を噛み締めていた。

 複雑極まる凛にも、桜は衛宮くん達と同様の目をしていた。

 それは桜が、何よりも凛の事を気にしているということにほかならない。

 

「遠坂先輩も、ここにいてくれるんです。

 それだけで私は幸せ、望み以上のモノが手に入ってるんですから」

 

 穏やかだけれど、滲み出すものを感じられる桜の言葉。

 万感の思いが詰まっている、彼女の幸せのカタチ。

 凛はそれを聞いて、そっと目を閉じる。

 噛み締めるように、繊維に色を染み込ませるように。

 ……そして凛が目を開けた時、何かを吹っ切ったような顔をしていた。

 開き直ったような、好意的に見れば盲が開けたような。

 

「桜は遠慮のしすぎね。

 世の中一つ幸せが手に入ったら、次の幸せを取りに行くものよ。

 探せばそこら中にあるわ、それこそ星の数以上にね」

 

 ま、見つけるのは難しいけど、何ていう凛に、桜はクスッと笑いを漏らす。

 そして、そうですね、と確かに桜は同意した。

 

「遠坂先輩らしいです。

 でも、だからきっと、遠坂先輩は沢山の幸せを手に入れられると思います」

 

「そうね、だから桜も、沢山の幸せを手にしてみせなさい」

 

 凛と桜、二人で笑い合っている。

 きっと二人は、今この瞬間にも幸せを手にしているのだろう。

 何とも羨ましく、また伝わってきてしまうのだろうか。

 

「……アリスさん? アリスさんはハマグリ何てどうですか?」

 

 横合いから、食べるのに必死だった早苗が、あまり食を進んでいない私を気遣って声を掛けてきてくれた。

 あちらとは温度差を感じるが、それでも早苗のお陰で私も笑顔になれる。

 不思議と、早苗にはそんな魅力があるから。

 

「えぇ、頂くわ」

 

 お椀を渡し、早苗がそこにハマグリやらマロニーさんを詰めていく姿を見て、ふと思った。

 ――何だ、私にも幸せ、キチンとあるじゃない、と。

 

 

 

 

 

「ふぃー、食べた食べた」

 

「本当にな」

 

「全く、量を食べれば幸せなんじゃないのか?」

 

 食後、衛宮くんが入れてくれた緑茶で喉を潤しながら、私達はぼんやりとしていた。

 間桐くんの凛に向いていたヘイトは、殆どが理不尽の塊である藤村先生へと現在向けられているようだ。

 どうせ直ぐに聞く耳持たないと判断するだろうと、今は放置気味。

 テレビでは正月特集と銘打って、芸能人達が色々としているのを流し見で見ている。

 

「うー、美味しいからって食べ過ぎましたー」

 

 一方で早苗も藤村先生のごとく、そのまま仰向けで寝転がっていた。

 この場には男子もいるぞ、という警告は、一向に早苗の耳に届かない。

 

「藤ねぇ、だらしないぞ。

 それに、えっと、東風谷さんも、食べてすぐ寝ると牛になるぞ」

 

 衛宮くん、もうすっかり主夫である。

 主夫というか、お母さんというか、取りあえずは保護者ということで間違いはない。

 

「イイのよー、別に。

 お正月ってそういうものでしょう?

 私も今晩はここに泊まってくから、よろしくー」

 

「やっぱり、妥協点はそこになるんだよな。

 ……ま、しょうがないか」

 

 どこか達観したように衛宮くんはそう言い、布団足りるかな? とボヤきつつ居間から離れていった。

 お疲れ様としか言い様がない働き振りだ。

 

「アリスさんもー、横になりましょうよー」

 

「バカおっしゃいなさい、牛になるんでしょう?」

 

「いーじゃないですかー。

 アリスさんと一緒なら、私牛になっても良いですよぉ」

 

 もうすっかりダラダラである。

 藤村先生の自堕落菌が、見事早苗にまで感染してのけたのだ。

 

「あー、東風谷さんだっけ? マーガトロイドさんのお友達の。

 話わかるわねー、日本人の風情と言ったらこれよねー」

 

「はい、全く持ってその通りです。

 これが幸せなんですー」

 

 二人揃ってだらけてしまっている。

 類が友を呼ぶとは正しくこのこと、蟻地獄のようだとさえ思う。

 

「やっすい幸せね」

 

「プライスレスですからー」

 

 凛の皮肉さえ、早苗には全く効く様子がない。

 こりゃ重症ね、と呆れている凛に桜がまぁまぁ、と空になったコップに、お茶を注いで渡していた。

 元から互いをすごく気にしていたが、今は自然体で相手に接している。

 あの時の会話に何があったのかは、私は対して理解していない。

 だが、あれでお互いに分かり合えたことがあるんだということだけは分かる。

 兎に角和やかさがあるな、と感じられていた。

 

「それじゃ、僕はそろそろ帰る」

 

 そんな中で、間桐くんは唐突にそんな事を言いだした。

 突然、というほどでもない。

 間桐くんが衛宮くんの家にお泊りするなんて話は聞いてないし、本人もそういうのは嫌がりそうだと感じたから。

 

「折角のハーレムなのに?」

 

 からかう様に凛が言うと、間桐くんは鼻で笑って私たちを見た。

 周りを見て、正気か? とでも言うかのように。

 

「何よ」

 

「お前さ、周りにいるのが牛二匹と天敵二人、それから妹だということをよく考えろよ。

 この中で一番マシなのが桜って時点で無いんだよ、僕からしたらさ」

 

「……へぇ」

 

 綺麗どこばかり集まったこの場を見ての反応であるのだから、中々にひどい発言だ。

 だが、それ以上に私達が間桐くんにしてきた所業を考えると、言い訳はし難いものがあるのだろう。

 私に至っては、恨みどころか弱みまで見せてしまっているから、兎に角接触を避けようとまでしているし。

 

「帰り道には気を付けなさいな」

 

「一々言われなくても分かってるさ」

 

「ご尤もでしょうね」

 

 私の言葉にすげなく間桐くんが返答し、そのままこの場を離れていく。

 最後に、居間から出ようとする時に間桐くんが振り返って、

 

「じゃあな。

 それから桜、爺からお年玉だそうだ」

 

 そう告げてお年玉袋を投げて去っていったのには、素直じゃないなという感想しか抱けなかった。

 そんな性分ご苦労さま、としか言い様がない。

 桜も、兄さんったら、と小さく呟いている。

 凛はそんな間桐くんを面白そうに眺めていて、間桐くんも大概人気者だな、と感じさせられるものがあった。

 

「おーい、部屋どこにするんだ?」

 

 丁度間桐くんが帰ったタイミングで、衛宮くんの声が響く。

 布団を卸し終えたのであろう。

 私達は自然と顔を見合わせて、示し合わせたように立ち上がる。

 寒い中で、衛宮くんだけ苦労させるには忍びないから、出来るだけ急ぎながら。

 テコでも動かなかった藤村先生は……まぁ、なるようにはなるのだろう。

 

 

 

「で、どうするんだ?」

 

 押入れから布団を取り出した衛宮くんが、私たちにそう訊ねてくる。

 どうするのかと言われても、衛宮くんの家は広いという事だけは知っているが、どこにどんな部屋があるかまでは知らない。

 どこにどの部屋があるのか、まずは聞かなきゃ、と私が思っていると、急に早苗が手を挙げた。

 恐らくは発言を求める為の挙手、どこまでも律儀である。

 

「何だ、東風谷さん」

 

「はい、あのですね!」

 

 衛宮くんが早苗に向くと、相変わらずの元気印全開で早苗は語り始めた。

 さっきまで牛になろうとしていた人物とは、全くもって思えない元気さだ。

 ……だが、その元気さ故の発言だったであろう次のものは、ちょっぴり私達を驚かせる類のものであった。

 

「私は、折角のお泊まりなので、皆さんと一緒に雑魚寝したいです!」

 

「……え?」

 

 衛宮くんが困惑したような声を出す。

 心底困っている訳ではないが、さてどうしようかと悩んでしまう程度のもの。

 だが、早苗が何を早とちりしたのか、衛宮くんの声に対して、別の解釈をしたらしい。

 

「あ、その、流石に男の人と雑魚寝はちょっと……困ります」

 

 ほんのり顔を赤くして告げる早苗に、衛宮くんは頭が痛そうにこめかみを押さえていた。

 何時ものことなのよ、と告げると、どこか諦めたような表情も浮かべて。

 

「流石に女の子と一緒に寝ようなんて思わないさ。

 それより、雑魚寝ったってどこでするんだ?

 場所がないし、詰めても三人くらいしか入らないぞ」

 

 衛宮くん、意外に切り替えも早い人である。

 即座に返答してのけたのは、流石といえよう。

 そしてその答えに、早苗は少々考えてから……。

 

「じゃあ、私とアリスさんと凛さんの三人で大丈夫ですか?」

 

「いや、俺は良いけど……」

 

 そう言うと衛宮くんは私達に視線をやって。

 決めるなら自分達でどうぞ、と言わんばかりである。

 それはそれで、当たり前なのだが。

 

「どうするの、凛?」

 

「ん、私は別に良いけど」

 

 回答はあっさりしたもの、凛は即座にオッケーを飛ばす。

 無論、私も嫌がることはないので、すんなりとその要求は通った。

 その最中に桜がこっそりと、

 

「私も……先輩と一緒に寝たいなぁ」

 

 と呟いていたのが印象的であった。

 二人共、とっくの昔に一緒のお布団かと思っていたが、違っていたらしい。

 節度があると感心すべきか、スローペースと呆れるべきかが迷いどころだ。

 

「じゃ、決まりね。

 桜は藤村先生の看護でもする?」

 

「こらこら、桜に面倒事を押し付けるなよ」

 

 私が巫山戯てそう言うと、衛宮くんは呆れながら私を窘めて。

 ……でも、何故だか、桜はしっかりとその言葉に反応していた。

 あ、そうか、と何かを思いついたように。

 

「先輩、今日は私と藤村先生と先輩で一緒に寝ましょう!」

 

「なんでさ!?」

 

 丁度良い都合を見つけたと言わんばかりの桜に、衛宮くんの絶叫が響き渡る。

 気恥ずかしいのか、今まで全く進展していない関係に、桜としてもヤキモキしていたのだろう。

 まずは第一歩と、そう言いたげである。

 

「大丈夫ですよ先輩。

 藤村先生がいる中で、そういうことってあると思いますか?」

 

「……まぁ、それはそうだけど」

 

 説得力のある言葉で、衛宮くんの退路を塞いでいく桜。

 それだけ溜まっていたものがあるのだろう。

 その様子を、私達は眺めていた。

 凛はニヤニヤ、早苗はキラキラ、私はワクワクの三者三様。

 結果を楽しみに眺めていて、そして……。

 

「……藤ねぇが一緒にいる、それが絶対条件だ」

 

「はい、ありがとうございます、先輩!」

 

 桜のゴリ押しで、今日の寝床の分布は決まったのだ。

 すごいですねぇ、などと早苗と語り合いつつ、私達も自らの布団を持ち上げる。

 さて、今から布団を運ばなくては。

 

「こっちだ」

 

 衛宮くんに先導されるがままに、私達は布団を運ぶ。

 冷たい廊下を渡ってたどり着いたのは、ちょっと広めの和室。

 布団には和室が似合うと、ふと思ってしまう。

 

「じゃ、お前たちの部屋はここな。

 さて、次は俺達の部屋を探さないとなぁ」

 

「はい、先輩!」

 

 楽しげに、桜と衛宮くんは去っていく。

 きっとこれからも、ずっと続くであろう光景を幻視させながら。

 

 

 

 

 

 それから私達は、お風呂に入ったり歯を磨いたりしていると、自然と時間は過ぎ去っていく。

 気が付けば時は十二時近く。

 衛宮くん達とは、既におやすみなさいをしている。

 ついでに言うと、藤村先生は衛宮くん達と布団を並べるのに積極的だった。

 曰く、士郎がそんなことしないのは分かってるけど、保護者としてちゃんと監督しなくちゃね! とのこと。

 本人は至って楽しそうにしていたから、全く問題はないのであろう。

 そういう訳で、私たちもまた布団の中の住人になろうとしていたのだ。

 

「それじゃ、電気消すわね」

 

「よろしく、アリス」

 

 凛の言葉に従って、部屋の明かりを落とす。

 暗くなった部屋で、早苗と凛を踏まないように気を付けながら自分の布団へと潜る。

 中はまだ冷たいけれど、何れは暖かくなるだろう。

 この部屋には、私だけでなくて他に二人もいる。

 その内に、三人分の暖かさで温くなるはずだ。

 

「でも、こうしていると何だか不思議な気分ね」

 

「そうね、一緒だなんてね」

 

 私と凛の声が静かに響く。

 喧騒とは程遠いこの場所で、私達以外の声が響くことはしない。

 何だかこの場所が、世界から隔離されたような、不思議な感覚。

 不安でも孤独でもなく、静けさが齎す不可思議さの方が気になってしまう。

 

「まるで修学旅行ですね!」

 

 但し、早苗は私とはまた別の意見であったようで。

 その言葉を聞いて、成程確かにそちらの方がらしいか、と納得してしまう。

 ちょうど藤村先生もこの家にいるんだから、と。

 

「修学旅行、ね」

 

 そしてその時、凛が意味深にその言葉を繰り返した。

 多分ニヤリとでも笑っていそうな、含みのある声。

 

「なら、折角だし恋バナでもする?」

 

「わぁ、良いですね!

 まるでアリスさんとや凛さんと、本当に修学旅行してるみたいです!」

 

 凛からの提案、恋バナ。

 私も好きな話であるそれ、早苗も話したがっているのだから、拒否する理由もない。

 凛がそんな提案をするのは、少々珍しいな、とは思うけれど。

 

「凛、言い出しっぺの法則とかあるのはお分かり?」

 

「別に良いけど、そんなに面白い話があるわけじゃないわよ?」

 

 バトンを投げると、凛はあっさりとそれを受け取った。

 だとすれば、本当に何もないのか。

 もしそうならば、あまり面白くはない。

 

「で、話をするとね……私、結構モテるのよ。

 告白だって、何回かされた事があるんだから」

 

「わぁ、それ凄いですよ凛さん!」

 

「まぁ、それ程のことじゃないわ。

 早苗だってないの?」

 

「んー、私はあんまりないですね」

 

 あんまりということは、少しはあるというのか。

 何とも言えない敗北感を感じる。

 いや、私にだってあるのだが、それは……。

 

「それでは凛さんは男の人とお付き合いをしたことがあると?」

 

「いいえ、私はまだ無いわね」

 

「え、何でですか?」

 

「私はね、これでも理想が高いの。

 これだって思った人としか、そういうお付き合いはしたくないのよ」

 

「流石は凛さんですね」

 

 二人で盛り上がっているが、凛はしつこく付き纏われれば、逆上して相手をノックダウンする心のメンタルの持ち主だ。

 その後に、その部分の記憶を曖昧にさせるという悪辣さもある。

 ……だが、早苗の中に出来ているであろう、モテる凛さんの図を壊すのも忍びないので、あえてないも言わない。

 実際にモテているのだから、何か言って嫉まれているとでも思われた方が厄介だ。

 

「じゃあ次はアリスね」

 

 そして凛は、楽しげにそんなことを告げてきて。

 ちょっと嫌味でも入ってるのかもしれない、と思わず邪推せずにはいられなかった。

 

「私は凛より、もっと面白くないわよ?」

 

「いいからちゃっちゃと始めちゃいなさいよ」

 

 私の前置きを凛は一蹴し、早くするように促される。

 だが本当に、語り得るものが少ないのだから、私としてもどうしようもない。

 

「そうね、精々一回間桐くんにナンパされたことがある程度かしら」

 

「え、あのホモの人ですか?」

 

「……いい加減許してあげなさいな、早苗」

 

 

 早苗の中ではずっと間桐くんはホモの人。

 フォーエバー間桐くん、フォーエバーホモの人。

 色々と酷い、間桐くんが凛に切れていたのも納得である。

 本当にこれしか語る事がなくて困っていると、凛がじゃ、私が続けてあげる、何て感じで続きを勝手に述べ立て始めた。

 

「えぇ、そして更に補足するなら、アリスはナンパした間桐くんにその場で平手打ちをお見舞いしてるわ」

 

「凛!」

 

「何よ、本当のことでしょう?」

 

 思わず声を荒げるが、凛は全く気にしてない。

 むしろ楽しいネタでしょう? と言わんばかり。

 巫山戯た話だ、ここには早苗がいるというのに。

 

「あのね早苗、凛の話は――」

 

 大体半分くらいは聞き流しなさい。

 そう言おうとしたが、その前に導火線に火が付いたの如く早苗が反応した。

 

「アリスさんすごいです!

 さすがは出来る女、と言ったところですね!」

 

 ……思っていたよりも、好意的な反応で。

 は? と意味不明で疑問符が飛び交いまくっているが、早苗は構わず続ける。

 

「うん、こう言ってはアレですが、アリスさんは高嶺の花で居て欲しいです。

 我が儘だって分かってるんですけど、やっぱりそうあってくれた方が落ち着けます」

 

 しみじみと言う早苗に、返す言葉に詰まってしまう。

 だってそれは、要するに早苗は私に恋人ができて欲しくないと言ってるのと同義だから。

 今は全く気配は無いが、もしかしたら何時かはそのタイミングが来るかもしれない。

 だから安易に、うんとは頷いてあげれなかったのだけれど。

 

「フフ、早苗はアリスがアイドルにでも見えているのね」

 

 凛が、早苗のそんなところを、そう評したのだ。

 さてはてどうなのか、と耳を澄ませると、どこか言い倦ねている様な早苗の声が聞こえる。

 あーとか、うーとか、色々。

 早苗も早苗で、ちょっと難しそうである。

 

「そうなの? 早苗」

 

 それが気になったので、軽く背中を押す感じで私は尋ねる。

 どういう答えが返ってくるのだろうという、軽い気持ち。

 すると呻いていた早苗は、観念したのか拙く言葉を選びつつ語りだしたのだ。

 

「そうですけど、そうなんですけど。

 なんていうか、アリスさんは私だけのアイドルというか。

 私だけが知っている、凄く可愛い人だって思っていましたから……」

 

 だから、と早苗は続ける。

 

「この街に来て、少しショックでした。

 考えれば当たり前のことなのに、アリスさんは私と一番仲が良いと思い込んでいました。

 話してみれば、凛さんも桜ちゃんもアリスさんのお友達だと感じさせられて、意味も分からずに悲しくなりました。

 凛さんも桜ちゃんも私のお友達です。

 けど、アリスさんの一番は私が良いなって、今でも確かに思っているんです」

 

 饒舌に、多弁に、早苗は心の中を語ってくれた。

 それは早苗の心を、私にそっと見せてくれたようで。

 私はそれを、優しく撫でてあげたい気分になっていた。

 何というか、すごくいじらしいと感じてしまったのだ。

 

「ねぇ、早苗」

 

 だから語ろう、私の心の内を。

 早苗だけに開かせたのなら、それはあまりに不公平。

 そもそも、第一に私が早苗に応えてあげたくなっていたのだ。

 

「私はね、友達に序列とか今まで考えてきたことはなかったから、一番とかそういうのは決められないわ」

 

 どこからか、息を呑んだ気配がした。

 恐らくは早苗、きっとショックのような物を受けている。

 でも、私はこれで語るのを終えようとは思わない。

 まだ、伝えたいことがあるのだから。

 

「でもね、私は友達の中で、一番早苗が可愛いと思うわ。

 容姿の話だけじゃなくて、そういう頑張り屋で真面目なところとか、すごく一途で思っていてくれるところとか、他人のために一生懸命になれるところとか。

 それに頑張りすぎて空回っちゃうところとか、そそっかしいところさえ、全部が全部、早苗が可愛いって思えてしまうの」

 

 昼間は桜と一緒に褒め殺されたのだ。

 今ここで復讐を果たしても許される、むしろ決行しろと私の心が叫んでいる。

 

「早苗は純粋だから、私ばかりを見てくれていたのね。

 正直に言うと嬉しいし、ありがとうって思うわ。

 早苗は優しいから、一番初めになった私を一番に置き続けてくれるでしょうしね」

 

 どこも隠していない本音、早苗に伝えたいことを言葉にのせる。

 早苗の正直さには、私も自分の誠意を持って応えなければと感じたから。

 

「だからね、貴女を縛るようで悪いけれど、私は貴女が一番可愛いわ。

 それこそ、順序を付けるなんて宜しくないけれどね」

 

「……アリスさん」

 

 最後まで告げると、どこか震えている声で、早苗が私の名前を呼ぶ。

 早苗が何を感じているのか、まるで手に取るように分かってしまう。

 

「何、早苗」

 

 だから私は、淡々と返事をする。

 今は、余計な色を混ぜたくなかったから。

 

「……ありがとうございます。

 今日はもう寝ることにします、すごく幸せに眠れると思いますから。

 おやすみなさい、アリスさん」

 

 早苗にしては小さな声、だけれど照れと恥ずかしさを多分に含んでいるとも感じられる。

 やっぱり、早苗は可愛い。

 そんなことを、今日改めて確信した。

 当の本人は、布団を頭まで被っているけれど。

 

「あんたさ、男として生まれてたらきっと女の敵だったわね」

 

 そんな中で、小さく凛がそんなことを囁いてきて。

 

「煩いわよ……言われなくてもね」

 

 言おうとして、結局言葉はそこで止まってしまった。

 最後まで言う元気がなかったのか、それとも言いたくなかったのか。

 私にもそれは分からない。

 ただ、今は睡魔に身を任せようと、私は自然にそう思ったのだ。

 

「寝るわ、お休み、凛、早苗」

 

「はいはい、お休みなさい」

 

 からかう様な凛の声を受けながら、睡魔に身を任せていく。

 最後まで減らず口を、と凛の事をこき下ろしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、みんな、忘れ物はない?」

 

 藤村先生の声、それに私達は揃って頷く。

 準備すべき物は全て鞄の中、忘れ物は一つもない。

 玄関先で、私達は頷き合う。

 

「それじゃ、ありがとうございました。

 衛宮くんと桜も、いきなり押しかけて悪かったわね」

 

「いや、たまにはこういうのも良いさ」

 

「あ、士郎が鼻の下伸ばしてるよ、桜ちゃん!」

 

「こら藤ねぇ、変なこと言うんじゃない!」

 

 衛宮くんと藤村先生のやり取り、何時もの事とはいえ別れ際くらいはどうにかならないか、と思ってしまう。

 そんな二人を呆れて見てると、桜が早苗に話しかけた。

 笑顔だけれど、どこか寂しそうに。

 

「早苗さん、帰っちゃうんですよね?」

 

「遠くから来てます故に、仕方ないんです」

 

 早苗も早苗で、大分残念そうに語る。

 お互いが、相手を惜しんでいるという点で、この二人は短時間で仲良くなれたんだということに、思わず笑みを浮かべてしまう。

 それは凛も一緒だったみたいで、二人揃ってこっそりと笑う。

 

「早苗さん、是非またいらして下さい。

 一緒にご飯を食べて、今度は私とお布団を並べましょう」

 

 桜は悲しげだけれど前のめりに、そんな提案をする。

 それは上手く早苗にも伝わったようで、残念そうな顔ばかり浮かべていた彼女は、今度はフフン、と何故か得意げな顔をしていた。

 

「なら、今度来た時は、一緒に料理もしましょうね!」

 

「フフ、良いですね、そういうの」

 

 中々に波長も合い、先程までの雰囲気も無くなっていた。

 けど、その和やかさを壊すようで気が引けるが、何時までもここに留まっている訳にはいかない。

 私が早苗の肩を叩くと、早苗も分かってますと言わんばかりに頷く。

 そして、大きな声で告げたのだ。

 

「お世話になりました。

 またご縁があれば、お邪魔したいと思います!!」

 

 ぺこりと、綺麗なお辞儀を見せる早苗。

 その綺麗さは、衛宮くんと藤村先生の間から争いを奪い去る事に成功する程のものだった。

 

「あ、何時でも来て良いからねー」

 

「藤ねぇが言うなよ……でも、東風谷さんも来たかったら、何時でも来て良いから」

 

「私も、待ってます、早苗さん」

 

 三者三様、衛宮家の人々は暖かい。

 早苗は彼らに笑顔を向けて、溌剌と告げたのだ。

 

「では皆さん、また逢いましょう!」

 

 それが、早苗の衛宮邸での最後の言葉。

 早苗が出て行くのに付き添って、私に凛も慌てて早苗についていく。

 出て行く間際に、凛がこっそりと優しい笑顔を浮かべていたのは、私の心の引き出しに閉まっておこうと思った。

 いつの日か、桜にでも語り聞かせようかと考えながら。

 

 

 

 

 

「ねぇ、早苗。

 本当にもう帰るの?」

 

 そして帰り際のバスの中、凛は思わずといった感じで尋ねていた。

 確かに、たった一日、それも街を回るなど特にせずの早苗に対する気遣いでもあったといえよう。

 だが、早苗はゆっくりと首を振る。

 その必要はないと、はっきり伝えるために。

 

「元々は、アリスさんに会いに来るだけの予定だったんです。

 それが新しい縁も得れて、とっても良いことだと思いました。

 もうこれで満足してるから、今回はこれで帰ろうと思います」

 

 とっても楽しげに早苗は語る。

 凛さえも、口を閉ざしてしまう笑顔で。

 

「ただ、今度来た時は、是非凛さんにこの街を案内して欲しいです」

 

「っ、任せておきなさい!

 嫌がっても隅々まで案内してやるんだから!!」

 

 けど、早苗の言葉で凛も嬉しげに言葉を返す。

 何だかんだで偏屈者の凛の心に入り込んでいる早苗は、やはり元より人好きのする性格だったのだろう。

 凛は気付いてないかもしれないが、桜に向けるのと似たような目をしている。

 流石は早苗という他ないだろう。

 

 

 

 

 

「んじゃ、私は買い物にでも行くわ。

 最後の一時くらい、邪魔するのは憚られるしね。

 じゃあね早苗、また来なさいな」

 

 バスを降りた時、凛はそう言ってこの場を去っていった。

 颯爽として何ら隙無く、凛はこの場から退場した。

 なのに、それでも彼女の余韻が残っているのが、遠坂凛という女の子なのだろう。

 あまりの鮮やかさに、さしもの早苗もボンヤリしていたが、私が肩を叩くと正気に戻ったように、目をパチクリとさせた。

 

「凛さんって、凄いですね」

 

 非常に曖昧な物言いではあるが、それは大いに頷けるところがある。

 凛はそこにいるだけで存在感を示し、居なくなるとその香りを意識させられずにはいられない。

 本当にアイドル気質なのは凛ね、と思いつつ私達は歩き始める。

 

「で、早苗はわざわざ私に会いに来てくれたのね」

 

「はい、折角アリスさんから年賀状をもらいましたから」

 

 思い出すように手を胸に当てて、早苗は回顧する。

 私からの年賀状がどれほど嬉しかったか、影響されたかということを。

 

「本当は神奈子様や諏訪子様のお世話をしなければならない身であるのに、お二人にはとても気を使わせてしまって……。

 あまりに私がそわそわしていたから、そっと送り出してくれたんです」

 

「そう、あの二柱が」

 

 目に早苗を入れても痛くない扱いをしている二柱が早苗を送り出すなど、どれほど早苗は挙動不審だったというのか。

 彼女たちからすれば、早苗への愛情が上回ったから送り出したのだろうが。

 

「帰ったら、二人に孝行しないといけないわね」

 

「はい、神様孝行です!」

 

 元気に告げる早苗に、私は頷きつつ彼女に問いかけた。

 

「早苗はさ、私が一番の友達だって言ってくれたけど……」

 

 聞こうとして、ちょっと浅ましいかなとも感じてしまう。

 そんな、何とも聞き辛いこと。

 だけれど、口はそれでも勝手に動いてしまっていて。

 

「何時か、私より好きになれる友達が現れると思う?」

 

 だけれど、やっぱり心配であったのだ。

 私が一番、と言ってくれる早苗は優しいが故に、その輪を縮めてしまうのではないか、と思ったから。

 思わず聞いてしまって、その直後に直ぐに後悔してしまう。

 だって早苗が、困った顔をして私を見ていたから。

 

「ごめんなさい、余計なことだったわね」

 

「いえ、そんな事はないです」

 

 口では否定しても、早苗はジッと私を見ていた。

 見透かそうとしているように、だけれどもその中で答えを探しているように。

 そうして私達は歩いていき……、

 

「あの、ですね」

 

 静かな、私にだけ聞こえる小さな声で、早苗は言ったのだ。

 

「正直なところ、あまり自信はないです」

 

 言った早苗は、どこか申し訳なさそうだったが、それでも安心したかのような表情をしていた。

 やっぱり、そういうところが私の心に早苗という音を響かせる。

 いけないと分かっていても、それでも嬉しさは確かにあるのだ。

 そんな事を考えてる私に、早苗は続きの言葉を述べる。

 

「でも、アリスさんより好きになることは無いにしても、もっと友達は作ろうと思います」

 

 振り返るように、目を瞑る早苗。

 昨日あったことを、思い出しているのだろうと、そう思う。

 そして数秒たって早苗が目を開けると、困った目はしておらずに、何時もの元気な娘に戻っていた。

 

「凛さんも桜ちゃんも、衛宮さんに間桐さんもみんな楽しい人でした。

 だから、きっと探せばいるんだと思います。

 私と合う人も、振り回されてくれる人も」

 

 それは、自分の胸の内から湧いてくる自信なのであろう。

 私以外に、凛達とあって、早苗の世界も広がったのだ。

 それなのに、わざわざ確かめてしまった私は、きっと早苗を過小評価をしていた。

 

「ごめんなさい、私は心配性なのね」

 

「いえ全然、ありがとうございます」

 

 早苗は軽くお礼を言って、でも、と次の瞬間には少しむくれた表情をしていた。

 

「次は、そんな意地悪な質問をしないでくださいね?」

 

「悪かったわ、本当に」

 

 再度謝ると、早苗は満足そうに笑顔を見せた。

 何だかんだ言いつつも、私としても早苗に好かれるのは嬉しい。

 だからこそ、余計なことまで言いすぎてしまうのだろうが。

 

「……今回、楽しかった?」

 

 もう、駅が見えてきた。

 だからこそ、最後に最終確認としてそれを聞いて。

 早苗は、何を今更と言わんばかりに胸を張って、そして然りと頷いたのだ。

 

「アリスさんがいて、新しい友達もできて、これほど充実した一日は無いと思いました」

 

 ですので、と早苗は上目遣いで私を見上げた。

 どこか、早苗にこの目をされると弱い自分がいるというのを自覚しながらも、私はその目を見返して。

 

「また、何時か遊びに来ますね」

 

 そんな、いじらしいことを告げられたら、私は。

 

「いつでもいらっしゃい、早苗」

 

 そう返すしかなくなるではないか。

 今回は、早苗の方が狡かった何て思いつつ、私も笑顔を浮かべた。

 何時もは出来るだけ静かな笑みを浮かべるようにしているけれど、今だけは早苗と一緒の元気な笑みを。

 

「ついちゃい、ましたね」

 

「そうね」

 

 喋ってる内に、ついに駅へと付いてしまった。

 何ごとにも終わりはあるが、今回はここが終着点だったのだろう。

 

「また会いましょう、早苗。

 私からも、会いにいくから」

 

「はい、いつでもなんどきでも、私はアリスさんをお待ちしています!」

 

 明るく告げて、早苗はこれ以上ないほどの明るい笑みを見せて、そのまま駅へと駆けていった。

 私も、敢えてそれを追いかけようとは思わない。

 ここで別れたほうが、綺麗なんだと感じたから。

 

「空が青いわ……雪が降れば良かったのに」

 

 私はそれだけ呟くと、駅から身を翻した。

 さて、今度は何時早苗に逢えるのかと、そんな事を考えながら。

 

 ――蒼空、何となく今日はそれが憎らしかった。




何が大変だったか、読み終えた皆さんはお分かりでしょう……。
これ、文字数が2万8千文字なんです(白目)。
辛かったでしょう、大変だったでしょう、お疲れ様です。

納期に収めようと手をつければ、ガバガバ過ぎたせいで文字数が増大していくばかりという悪夢。
結果が五日間の遅刻と相成りました。
削ろうかとも思いましたが、何か気力が足りずにこのまま投稿した次第です。

読者の皆様、ここまで本当にありがとうございました。
この物語はまだまだ続きますが、こんな愚行(文字数の爆発化)はもう金輪際ないと思われます(というか思い込みたいです)。
という訳で、今後も、そして今年も是非よろしくお願いします!

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