冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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まさかの1万字超え。

やる気の燃料投下は、皆さんのお気に入り登録と感想です。
ありがとうございました。


第2話 コペンハーゲンで人形は踊る

 穂群原学園の1年には、二人のマドンナが存在する。

 そう、衛宮士郎は記憶している。

 

 一人目は遠坂凛。

 容姿端麗、文武両道の優等生だ。

 まだ入学1ヶ月目だが、遠坂の噂はよく聞く。

 最初のテストでトップだったぞーとか、運動神経が抜群でマラソンで男子張りの早さだったとか、彼女の場合は自然と話が聞こえてくるのだ。

 いつも余裕そうにしている彼女は、確かにカッコよく、遠目から見ててもよく目立った。

 

 そして二人目はアリス・マーガトロイド、俺と同じクラスの奴。

 ルーマニアからの留学生だそうだ。

 外国人なのに日本語が上手く、ほとんど訛りが感じられない。

 それだけでも十分に凄いが、彼女は最初の自己紹介の時のイメージが矢張り強いだろう。

 

「私の名前はアリス・マーガトロイド、ルーマニアからの留学生。

 趣味は人形劇、以上よ」

 

 端的にそう言って着席してしまった、マーガトロイド。

 ……他にもっと言うことはないのかな?とか趣味が人形劇?とか色々突っ込みたいところがあった。

 先生も暫く惚けていたが、マーガトロイドに「私の自己紹介は終わりました」と言われ、気を取り戻したかのように、次の奴へと自己紹介を促した。

 

 あの時にマーガトロイドは変わり者の烙印を押され、若干遠巻きにされることとなっている。

 だが、話しかければキチンと返事はしてくれるし、質問にもちゃんと答えてくれる律儀さはある。

 とある出来事があり、更に近寄りがたいと思われているが、それでもクラスの皆は爆発物でも解体するような慎重さで皆、彼女と仲良くなっていってる。

 

 

 

 

 

 そんな彼女だから、人付き合いは最低限にしかしないと思っていた。

 だからこそ俺のバイト先、居酒屋コペンハーゲンにアルバイトとしてやってきた時には驚いた。

 

「やりたいことがあるから、バイトをすることにしたの」

 

 彼女の言葉が何を指すかは分からないが、芯のようなものを感じた。

 特に考えた訳でもないのに、深く納得してしまったのをよく覚えている。

 因みにバイト先で、彼女の白いエプロン姿は可愛いともっぱらの評判である。

 

「いやぁ、エミやん。アリすんは優秀だねぇ。

 お陰でアタシの仕事が殆ど無いよ、良い子が来てくれたもんだね。

 勿論エミやんが、何時も頑張ってくれてるのが一番大きいんだけどね!」

 

 居酒屋コペンハーゲンの一人娘にして、本人曰く昼行灯な蟒蛇。蛍塚音子、通称ネコさんはそう言って笑い飛ばしていた。

 俺もその通りだと、頷くしかなかった。

 

 マーガトロイドが店に来てから、客回りも効率も上がっていた。

 マーガトロイドは物覚えが良く、初日こそぎこちなかったが、たった三日で人並み以上に働けるようになっていた。

 だが、彼女の真骨頂はそこではなかったのだと、後に俺は知ることとなる。

 

 

 

 

 

「なあ、マーガトロイド。

 どうして居酒屋をバイト先にしたんだ?」

 

 俺はマーガトロイドがバイトに入ってきて一週間くらいしたある日、一緒の休憩時間にふと気になって聞いてみたのだ。

 

「マーガトロイドなら、バイト先は幾らでも選べたはずだよな。

 なのにどうして居酒屋をバイト先に選んだんだ?」

 

「知ってどうするのかしら?」

 

 彼女の声には警戒は感じられず、純粋な疑問しか無かった。

 

「いや、別に気になっただけだ。

 答えたくないなら、別にそれでもいい」

 

 だから正直に答えて、それで良いかって思った。

 拗れさせるつもりもないし、唯の気紛れみたいに聞いただけだったから。

 

「……知りたいなら、19時から20時の間にコペンハーゲンに来なさい」

 

 だから答えが返ってきたのには、素直に驚いた。

 驚いていた顔が、思わず出てしまったのだろうと思う。

 

「衛宮君なら隠すこともないと思っただけよ」

 

 マーガトロイドはそう言って、仕事に戻っていった。

 ……これって俺が無害だと判断したから、教えてくれたんだろうか?

 もしそうだとしたら、ちょっと複雑な気がする。

 

 兎に角である、シフトが俺と噛み合ってない時間帯にマーガトロイドの理由があるらしい。

 藤ねぇや桜を誘って、コペンハーゲンで夕飯を食べるのもたまには良いかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私、アリス・マーガトロイドはバイトを始めた。

 バイトをすることを告げた時の凛の顔は、珍獣でも眺めるが如くであった。

 

「私たち、魔術師よね?」

 

「そうね、私はそれに人形師とも付けてもらいたいところだけれど」

 

 そう言うと、凛はこめかみを抑え、あからさまに溜息をついた。

 

「失礼ね。淑女としての嗜みはどうしたのかしら?」

 

「私はその前に魔術師よ。

 魔術師なんて上品ぶってるけど、中身はロクデナシばかりだし今更よ」

 

 皮肉に返されるのは、呆れるほどの開き直り。

 学園での猫被りと比べると、本当に別人のようである。

 

「研究しに日本まで来たのに、どうして他のことに時間を費やすのよ。

 馬鹿みたいよ、あんた」

 

 本当に呆れているのは私だ、と凛はニュアンスを含ませている。

 だが、まだ彼女は私を理解しきれていない。

 

 当然ではある。

 何せ、まだ出会って1ヶ月。

 理解しきれたというのなら、それは愚か者の戯言か、命数を使い果たすほどに共に駆け抜けたか、または粘着質なストーカー気質の者だけであろう。

 

 幾ら一緒に暮らしているとしてもである。

 私も凛のことは、まだまだ分からないことはある。

 

 凛の部屋でお茶をしていた時に、宝石箱のステッキに付いて聞いた時などの反応などが特にそうである。

 

 無意味に挙動不審になり、ケタケタ笑い始めたかと思うと、急に目のハイライトが消えて沈黙する。

 それ以降、この話題は闇に葬りさられて、暗黙の了解として無かったことにされたのだ。

 

 

 触れてはいけない境界線、それすらも未だに掴みきれていないのが今の私達。

 だが少しずつ分かってきたこともある。

 

 凛が朝食を取らないのは、低血圧からの気怠さから。

 凛が金銭に煩いのは、宝石魔術の燃費の悪さから。

 凛が中華料理が得意なのは、兄弟子に幼い頃から中華料理ばかりを食べさせられていたから。そして、その兄弟子のことがすごく苦手なことも。

 

 手探りでだが、知ることができた。

 前進はしているのである。

 だからこそ、これからも少しづつ知ることとなるのだろう。

 

「私は魔術師であると共に、人形師でもあると言ったわ。

 つまりはそういうことよ」

 

 怪訝そうな顔をしている凛に目的を告げると、今までより更に呆れた顔になった。

 

「もう好きにすればいいわよ。

 それがあんたのアイデンティティなら、これ以上考えるのも馬鹿らしいわ」

 

 本当に馬鹿なのはアリスなのに。

 そんな凛の呟きは虚空に消える。

 

 そんなこと、私はとうの昔に知っている。

 だがそれでも思うのは、魔術師こそが本当の馬鹿の集まりで、私はそのうちの1人に過ぎないのだということだ。

 言わないのは、互いに泥沼にはまるだろうから。

 

「そういえば」

 

 思い出したかの様に、気付いたかのように凛が言う。

 

「衛宮君、あんたと一緒のバイト先だっけ」

 

「そうね、もしかして気でもあるのかしら?」

 

 帰ってきたのは失笑。

 あかいあくま、とでも称されそうなくらい、綺麗に鼻で笑ったのだ。

 

「私はロクにあった事のない奴を好きになるほど、刹那的じゃないわよ」

 

「それならどうして?」

 

 それを聞くと、凛はココでない何処かへと思いを馳せ始める。

 凛の思い人は、きっと衛宮君ではない他の誰か。

 その思いは恐らく恋ではない、別のものだろう。

 

「どうしてかしらね」

 

 凛らしからぬ、歯切れの悪さ。

 それだけ複雑で、雁字搦めのような、そんな問題なのかもしれない。

 

「それより!」

 

 唐突な大声。

 今までの空気を吹き飛ばすかのような転換。

 ……強引にも程があるが、凛らしさに満ちた強引さ。

 

「アリスは衛宮君のこと、どう思ってるの?」

 

 鮮やかさの中に、下世話さと姦しさを孕んだ、あくまの笑みを浮かべている。

 矢張り、魔術師である前に女子であったらしい凛は、ニタニタとしながら答えを待っている。

 

「別に嫌いじゃないわよ」

 

 そう、嫌いではないのだ。

 

「アリス、あんた本気なの?」

 

 真顔に戻る凛。

 もう少し違う答えを期待していたなら、凛の思惑を外すことには成功したらしい。

 

「恋愛感情は持ってないけど、予々好意的よ」

 

 他人と比べれば、衛宮くんはとても興味深い。

 一見、極度に親切な好青年に見える彼だが、注意深く見ると何かがズレているのだ。

 他人に親切にするのは、好意や下心の裏返し。

 

 だが、彼の場合は平等すぎる。

 親しい人にも、初めて会った人にも、全て均しく親切という名の不平等なものを注ぐ。

 まるで何かに急かされるように。

 

 そんな彼を見ていると人形のようだと思ってしまう。

 自分の意思など関係なく、誘導されるが如く踊っている。

 それに気付いた時から、彼は私のお気に入りだった。

 

「冗談半分で、衛宮君を弄ばないでね。

 あんたとの関係、それなりに気に入ってるんだから」

 

 透き通るような鋭さで、凛が言う。

 衛宮くんを心配しているようで、彼を通して別の人を見ている。

 きっと親しい誰か、訳あって想いを閉じ込めねばならない誰か。

 

「分かっているわ。

 私が衛宮くんを気に入ってるのは、見ていて面白いからだけよ。

 他意はないわ」

 

 本音である。

 凛の目を見る。

 私と同じ碧眼、ラピスラズリのような碧。

 

 互いに目を見る。

 相手を見透かすように。

 真意を伝えようと、掴もうと。

 

「そういえば、あんたは嘘を言ったことがなかったわね」

 

 目を通して察したのか、納得したかのように頷く凛。

 当たり前である、疚しさなど欠片もないのだから。

 

「信じて貰えたようで何よりだわ」

 

「他人の心なんて分かる訳ないんだから、自分で信じれるかどうか判断したまでよ」

 

 あんたは信用できる。

 暗に含まれた、その言葉に少しの優越感を覚える。

 

 こればかりは、日々の積み重ねが物を言う。

 それが正当に評価されたのだから、嬉しく思うのも当然である。

 それと同時に、凛のお人好し加減はかなりの物だ、と思ってしまうのは仕方がないであろう。

 

「その甘さに足元を掬われないようになさいな」

 

「あんたも馬鹿正直に答えて、墓穴を掘らないことね」

 

 互いに欠点をあげつらう。

 だが恐らく、私と同じことを凛も考えてるに違いない。

 

 でも、それがいいの!

 そうでしょう、凛?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎ー、今日のご飯はなぁにかな~!」

 

 藤ねぇが何時もの調子で帰ってくる。

 その様子はまるで、飢えたケダモノのようにであり、とっても凶暴である。

 

「今日はお外に食べに行くらしいですよ、先生!」

 

 桜が藤ねぇの問いに答えを返す。

 俺が直接伝えると、直ぐに飯が食えないことを知った藤ねぇが暴動を起こし、俺が被害に遭うのは確定事項になるので、桜のフォローはとても有難い。

 

「ありがとう、桜。

 埋め合わせは、また今度な」

 

「私は普通に伝えただけですよ。

 でも、先輩がどうしてもと言うなら、明日の夕飯は私に任せて下さい!」

 

 フンスっと、鼻息が荒い桜に一本取られたなと苦笑しつつ、財布を確認し出かける準備を整える。

 

「えぇー、私は!士郎や桜ちゃんのご飯が食べーたーいーのぉ!!」

 

「わがまま言うなよな、藤ねぇ」

 

 まるで子供、まさに子供。

 流石は子供のまま大人になったと定評のある藤ねぇである。

 絶対甘やかして育てた、雷画さんにも責任があると思うんだ。

 

「大体、どうしてお外で食べるなんて言い出したの、士郎?」

 

「あ、私も少し気になります、先輩」

 

 多分突っ込まれると思ってた。

 まぁ、隠しだてする程の事じゃないし言えばいいよな。

 

「ちょっと気になる事があってな。

 同じクラスのマーガトロイドって奴が、この時間にコペンハーゲンに来れば疑問が解消するって教えてくれたんだ」

 

 ……沈黙が訪れる。

 

「先輩? マーガトロイド先輩って、前に話してくれたバイトが一緒になった人ですよね?」

 

 桜の不安そうな表情での、角度45度からの上目遣い。

 疚しい事はないのに、何故か心が痛くなってくる。

 

「士郎、マーガトロイドさんにお酌されたいから、オトコのところに行くんだ~」

 

 藤ねぇの目が不潔ー、と雄弁に語ってる。

 あれ、もしかしなくても誤解されてる?

 

「待った、桜も藤ねぇも落ち着けって!

 そういうのじゃないから」

 

 確かにマーガトロイドは美人だと思うけど、それとこれとは別問題だ!

 

 結局、誤解を解くのに10分位時間を消費する羽目になる。

 ……10分で済んだのって奇跡じゃないかな、多分。

 てか、ネコさんと藤ねぇって知り合いだったんだな、初めて知ったぞ。

 

 

 

 

 

「オ~トコッ!食べに来てあげたわよぉ」

 

「止めろって藤ねぇ、他にも客がいるんだから」

 

 大声で来店した藤ねぇの後に俺が続く。

 俺の後ろを桜が小さくなりながら、顔を赤くして入店する。

 これは桜の反応が正しい。

 普通は恥ずかしがるものである。

 

 だが周りの客層は近所の連中ばかりなので、特に気にした風もなく、むしろ好意的であった。

 

「やぁ、大河ちゃんいらっしゃい。

 久しぶりだね、元気だったかい?」

 

「おやっさん、お久しぶり。

 藤村大河、元気さと可愛さが取り柄だから、心配しなくても大丈夫だって!」

 

 藤ねぇの図々しい物言いに、ガハハと笑い飛ばしながら、肩を叩く店長。

 相変わらず、みんな藤ねぇに甘いと思う。

 

「よく来たわね、タイガー。

 あと、オトコって呼ぶな、ネコと呼べネコと」

 

 不機嫌だが、口元がつり上がってるネコさんが、藤ねぇに注意を呼びかける……って!?

 

「あんたこそ、タイガーって呼ぶなってんでしょうが!」

 

 禁句を平然と口にしたネコさんに、楽しそうに突っかかる藤ねぇ。

 もしかして、これが藤ねぇ達の何時もの光景なのだろうか?

 

 周りの客はエンヤエンヤとはやし立てるだけで、止めるどころか煽るだけ。

 あ、頭が痛い……。

 

「よし、勝負ね。オトコ!」

 

「上等よ、タイガー!」

 

 何故だろう、2人の後ろに炎が燃え盛っているように感じる。

 ネコと虎が2足歩行で互いに、「にゃー」や「がおー」と威嚇し合ってるように見えてくる。

 

「先輩、どうしましょう……」

 

 いきなりのことで、ついて行けなくなったのだろう。

 俺の上着の裾を引っ張って、桜が居心地が悪そうにしている。

 俺も正直予想外すぎる、これが日常なら胃に穴が空くと思うぞ。

 

「素敵な保護者を連れてきたのね、衛宮くん」

 

 そしてこんな中で俺のある意味、目当ての人物がここに現れる。

 

「貴方が……」

 

 桜が息を呑む。

 俺もそれは理解できる。

 敬遠されつつも、穂群原学園のマドンナに選ばれたのだ。

 

 容姿は飛び抜けているに決まっている。

 フランス人形のように、精巧な造形をしている少女。

 幻想のように感じさせる、その存在感。

 アリス・マーガトロイドがそこに立っていた。

 

「可愛い子を連れているわね。

 彼女なのかしら?」

 

 だがその幻想は、即座に木っ端微塵に砕け散った。

 幻想のような存在は、平然と下世話な話を始めたのだ。

 

「え、私が……ですか?」

 

 驚いたように桜が漏らす。

 それに珍しく、と言うか初めて見せるほほ笑みを浮かべ、マーガトロイドは肯定する。

 

「初めまして、衛宮くんの彼女さん。

 私はアリス・マーガトロイド、衛宮くんの同級生よ」

 

 エプロン姿のマーガトロイドは軽く、だが上品に会釈する。

 

「わ、私は、ま、間桐桜といいます」

 

 それを見た桜は慌てて、深々とお辞儀をする。

 

「落ち着きなさい、間桐さん。

 今は客人が貴方で、私が礼を尽くす側なのよ」

 

 そう言って、桜の顔を上げさせる。

 そしてこれまでの流れに、滑稽さを感じたのか、マーガトロイドは微笑し、桜は赤面する。

 

「今日はよろしくお願いします。

 マーガトロイド先輩」

 

「こちらこそ、寛いでいって頂戴、間桐さん」

 

 和やかな雰囲気、ほのぼのしている。

 正直このまま、こっちで一緒に会話に加わっていたい。

 だが、そうもいかない。

 

「私は忘れない!

 オトコ、あんた退学になる時に私の机を木っ端微塵にしたわよね?

 あのおかげで、机の中に入れてたプリンが散乱して、教科書がグチャグチャになったのよ!」

 

「あんたこそ、よりにも寄って全国放送の時にオトコなんて呼び方したわよね?

 お陰でワタシの高校生活は男子が寄り付かなくなって、ドドメ色だったんだからね!」

 

 醜い争いがそこにはあった。

 大人、そう、いい歳した大人がずっとあの調子でケンカしている。

 ネコさんも、珍しくヒートアップし手がつけられなさそうだ。

 

「止めなくていいの?」

 

「マーガトロイドは止められると思うのか?」

 

「あなたにならね」

 

 無茶ぶりもいいところだ。

 だが仕方ない、このまま喧嘩になったら大惨事になり、その後片付けに奔走するハメになるだろう。

 そう考えると、止めないとと思えてくる。

 世話になってる店での乱闘は、流石に気まずいで片付くどころの問題ではない。

 

 店長も客も何故か乗り気だが、そんなのは関係ない。

 早く止めないと、不味い!

 

「藤ねぇもネコさんも落ち着けって。

 藤ねぇ、ここは店の中だし、今日はご飯食べに来たんだぞ。

 それとネコさんも。

 藤ねぇに乗せられてますよ」

 

 そう言うとピタッと二人は固まる。

 藤ねぇは、お腹が空いていたのを思い出しヘタリ込み、ネコさんはムッツリした顔で引き下がった。

 

「おぉ、流石は士郎君!」

 

「怪獣を止めた勇者に乾杯だ!」

 

 常連の客たちは意気揚々と、そう叫びながら追加でビールを頼む。

 あんたら騒げたらそれでいいだけだろ。

 

 何だか、どっと疲れが湧いて出てきた。

 なんで俺、こんなに疲れているんだろう……。

 

「お見事な手並み、大したテイマーね、衛宮くん」

 

「褒められてるのか、それ?」

 

「えぇ、それなりにね」

 

 マーガトロイドは面白がるように、適当なことを言う。

 中途半端に感心しているのも伝わって来るから、更に気分を微妙にさせられる。

 

「そうね、面白いものを見せてくれたお礼に、良い物を見せてあげましょう

 ……あなたの気にしていたものでもあるわ」

 

 マーガトロイドはそう語る。

 いよいよ本来の目的にたどり着けるらしい。

 

「店長、何時ものをします」

 

「あいよ、アリスちゃん!

 今日も楽しみにしてるよ」

 

 客からも歓声が飛び交う。

 一体何が始まるのか、この期待が渦巻く中でもうすぐ答えはわかるだろう。

 

「オトコ、一体何が始まるの?」

 

 無粋にも、近くにいた答えを知っている人に藤ねぇは答えを尋ねる。

 しかしネコさんは意味深に笑うだけであった。

 

「お待たせしました」

 

 マーガトロイドが現れると同時に、場が静まる。

 バカ騒ぎばかりしていた連中が、静かになったのだ。

 

「今宵の演目はフランケンシュタイン。

 作られた怪物は何を求めるのか。

 また、怪物を追う者は何を怪物に対し、どんな感情を持ち合わせていたのか。

 ゆるりとご覧下さい」

 

 居酒屋で聞くことになるとは思えない口上。

 彼女が持っていたのは、人形や小道具であった。

 手早く組み立てた彼女は、マリオネットの糸を引く。

 

 それに合わせて人形が一礼したのだ。

 そして劇は開演する。

 

 内面をよく描写する劇。

 どこからか聞こえてくる音響と共に、進む舞台。

 そして、それと共にのめり込んで行く意識。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 科学者ヴィクターは自らが手がけた理想の人間の設計図に則り、死者の墓を暴きたて、設計図通りの人間を創成する。

 自らが行う行為に、罪悪感と背徳感を感じながらもヴィクターは自分を止めることができなかった。

 

 そうして出来たものは、想像を絶する怪物。

 こんなはずではなかったと、絶望に暮れたヴィクターは怪物を見捨てて、故郷のスイスへと逃亡する。

 

 だが怪物とて生きている。

 容貌こそ醜いが、人間の心をもっているのだ。

 自らの醜悪さを嫌悪しつつも、怪物は彼を追わざるを得なかった。

 怪物は創造主を追い、アルプスをも超えてヴィクターのもとにたどり着く。

 

『伴侶が欲しい。我が身すらも顧みないほど愛せるものが!私と同じ者が!!』

 

 道中の迫害、幸せを願った人間達からも嫌悪される世界に怪物は疲れきっていた。

 だから希う。

 自身と同じ者を、共に生を謳歌できるものを!

 

 これさえ叶えてくれれば、私はもうあなたの前に姿を現さない。

 そう嘆願する怪物。

 

 しかし、更なる背徳と悪徳を重ねることを嫌悪したヴィクターにその願いは拒否されたのだ。

 

『ユルサナイ』

 

 怪物は理不尽な世界や創造主を憎み、ヴィクターの愛する者たちを手にかけていく。

 ヴィクターは尽力を尽くす。

 愛する者達をこれ以上はやらせはしないと。

 

 しかし、零れていく。

 母が父が、婚約者に友たちが。

 

 こうしてヴィクター・フランケンシュタインは一人ぼっちになった。

 

 だから復讐することにしたのだ。

 

『奴を生み出したのが私の業なら、私がそれを払うしかないのだ』

 

 怪物は待ちわびている。

 創造主が自身に会いに来るのを。

 人間がいない北極の海で、ただひたすらに。

 

 自ら北極海まで出向いたヴィクターであったが、彼は病に陥る。

 死が自らに迫ってきているのは、容易に想像できた。

 

 病の中で必死にヴィクターを助けようとした、航海者ヴォルトンに対し、すべての罪を告白してから、怪物を殺してくれと頼み、絶命した。

 

 その夜、ヴィクターの遺体の前に怪物が現れたのだ。

 

『おぉ、創造主よ。

 我が憎き、しかして救いを与えられる唯一の創造主よ。

 なぜ死んだ、私はあなたを失ったのか!』

 

 彼に救いをもたらせる、憎き創造主の死。

 それは怪物に生きる気力を無くさせるには十分だった。

 北極海に舞い戻った彼は、自らに火を放ち絶命するまで悶えて灰燼と化す。

 

 名も無き怪物は、それ以降誰からも見つかることがなくなった。

 ただ北極の地にて、灰が降り積もるのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご清聴、ありがとうございました」

 

 マーガトロイドが頭を下げるのと同時に、現実に引き戻される。

 周りからは、喝采の拍手を持って迎えられている。

 

「ほへー、マーガトロイドさんてびっくり人形師さんだったんだ」

 

 藤ねぇ、が何か言ってるがよく聞こえない。

 それだけ、この物語には救いがなく感じた。

 

「私の人形劇は、お気に召したかしら?」

 

 片付けを終えた、マーガトロイドが話しかけてくる。

 

「うんうん、すごく上手だった。

 次は新選組をお願いしたいなぁ」

 

 藤ねぇが答えを返す。

 

「新選組は登場人物が多いですから、無理ですね」

 

 にべもなく返されて、露骨にしょげて、次の瞬間に酒を注ぎ始める藤ねぇ。

 今日も絶好調である。

 

「マーガトロイドのしたいことって、人形劇のことだったのか?」

 

 入学当時の自己紹介を思い出す。

 あの時の趣味が人形劇とは、こういうことだったんだなと理解する。

 

「その通りよ。

 私は人形師、だから人形劇が出来るところでしか働きたくなかったの」

 

 それを受け入れてくれたのはこの居酒屋だけだったわ、と回想するマーガトロイドに少しおかしくなる。

 普通、バイトをするなら自分の我を押し通すことはしない。

 だけどそんな我が儘を言えるマーガトロイドだからこそ、このバイト先はピッタリなのかもしれない。

 

「……マーガトロイド先輩、少しいいですか?」

 

 俯いた桜が話しかける。

 表情は影と、髪に隠れてよく見えない。

 

「何かしら」

 

 どうぞ、とマーガトロイドが続きを促す。

 

「怪物は……どうやったら救われたのでしょうか?」

 

 それは俺も思ったこと。

 フランケンシュタインの怪物は、醜くても人間の心を持っていた。

 それなのに存在を拒絶した、ヴィクターに俺は憤りすらも感じていたのだ。

 

 それを聞いて、金色に煌く髪を弄る彼女。

 だがそれも数秒で、思考が纏まったのか、俺の方に顔を向けた。

 

「衛宮くんなら、怪物をどうするの?」

 

 俺に話が普及する。

 試すような目で見る彼女に、見つめられる。

 それに応えられるかは分からないが、俺の思ったことは全部伝えようと思う。

 

「俺は怪物を受け入れたいと思う」

 

「醜悪で、自らを殺せる怪物を?」

 

 意地の悪い問い。

 だが、それは何ら障害にならない。

 

「だってそいつも人間なんだ。

 綺麗事って言われればそれまでだけど、分かり合えるだろ?

 なら、友達にだってなれるさ」

 

 そう言ったら、マーガトロイドは満足したように、うんうんと頷く。

 

「だ、そうよ間桐さん」

 

「……え?」

 

 自失したかのような、緩慢さでゆっくりと顔を上げる桜。

 それを確認しつつ、マーガトロイドが更に続きを言う。

 

「衛宮くんみたいな変わり者を探すべきだったのよ、怪物は。

 創造主なんてほっといてね」

 

 桜の目が見開かれる。

 驚いたように、信じられないものを見るように、縋るように俺を見る。

 

「怪物は同じ怪物同士でしか、理解し合えないと思っていたようだけど、人間に絶望するのが早かったのね。もしかしたら、どこかに受け入れてくれる変人がいたかもしれないのに」

 

 マーガトロイドも観察するように俺を見る。

 面白いものを見つけたかの如く。

 

「怪物は体が丈夫でも、心が脆かった。

 人間を忠実に再現してしまった、ヴィクター・フランケンシュタインの功績にして罪ね」

 

 嗤うように、憐れむように彼女は言う。

 ただ、と付け加える。

 

「自分の生み出したものに対して、無責任だったヴィクターはあまり好きではないわ。

 生かすにしろ、殺すにしろ、ね」

 

 言い終えてから、マーガトロイドは桜の耳元で何かを囁く。

 そして一筋の涙が零れ落ちるのを俺は見た。

 一筋だけ、それ以上は溢れなかった桜の涙だ。

 

「店長、今日は上がります」

 

「あいよ、明日も期待してるからなぁ」

 

「アリすん、お疲れー」

 

 店長とネコさんに会釈しながら、何事もなかったかの様に帰っていくマーガトロイド。

 

「マーガトロイド先輩!」

 

 どこからか大声がする。

 それが桜の物だと認識するのに数秒が必要だった。

 

「今日はありがとう御座いました」

 

「私の人形劇がそんなに気に入ってくれたのなら、重畳ね。

 また見に来て頂戴」

 

 桜の真意をはぐらかすかの様に、煙に巻くマーガトロイド。

 だが、それでも思いは伝わったと感じたのか、振り向いた時には笑顔の咲いた桜がいた。

 

「先輩、私たちも帰りましょうか」

 

「そうだな」

 

 短く返して、俺も立ち上がる。

 良い時間だし、そろそろ頃合であろう。

 

「しろぉ、私はもっと飲んでから帰るねぇ」

 

「そうね、私たちの宿命の対決は始まったばかりなのよ」

 

 藤ねぇとネコさんが飲み比べがうんちゃらと言っている。

 積もる話もあるだろうし、ここはそっとしておくのが一番かもしれない。

 

「わかった、あんまり遅くまでいるなよ、藤ねぇ」

 

「士郎こそ、しっかり桜ちゃんを送って帰りなさいよ」

 

 何時ものように念押しをし、再びグラスを傾け始める藤ねぇ。

 そんな何時もとあまり違わない光景に、少しホッとしつつ、桜に言う。

 

「じゃあ、行くか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

「なぁ、桜」

 

 帰りの宵闇の中で、俺は語りかける。

 

「家で辛いこととかあったりするのか?」

 

 たった一筋の涙。

 その時の桜の顔は、前に進もうと決意した表情でもあった。

 

 立ち向かう先は自ずと限られてくる。

 そして最有力候補は、間桐の家だった。

 

 慎二に殴られていた桜が、脳裏によぎる。

 アイツと大喧嘩をする理由にもなった事件。

 

「大丈夫です」

 

 俺の内心を想像してか、笑って告げる桜。

 答えになっていなかったが、年下の彼女は安心させられる母性のようなものを感じさせていた。

 

「ヤバくなったら、勝手に助けに入るからな」

 

 年下の妹分である桜に見透かされて、妙な気恥かしさを感じた俺は、照れ隠しのようにそう言うしかなかった。

 

 ……3日後、桜が荷物を持って俺の家に住むといってくるのはまた別の話。

 いや、なんでさ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たぶん彼女がそうなのだろう。

 間桐桜を見て、私は憶測する。

 

 遠坂凛の特別に意識している誰か。

 衛宮くんのことを気にしてたのは、彼女が衛宮くんの近くにいたからだろう。

 

 1年違いの、未だ中学生の彼女。

 魔術師同士の家柄である彼女との関係は、浅からぬものがあるだろう。

 最近学んだ、聖杯についての知識の中にある、始まりの御三家。

 その一角である間桐、それに遠坂。

 

 

 

 

 彼女達は、友だったのだろか。

 特別でも絆はあるのだろうか。

 それともそれ以上の存在だったのだろうか。

 

 全ては全て、謎に埋もれている。

 

 いずれ凛が話すかもしれないし、話さないかもしれない。

 語るにしろ、騙るにせよ、全ては凛の裁量一つ。

 

「時が来れば、分かることね」

 

 何にしろ、今わかることではない。

 凛も、触れては欲しくなさそうであった。

 時にはそっとしておくのも、必要なことである。

 

 それにしても、と思う。

 

「彼女は何を見たのかしらね」

 

 私の人形劇を通して。

 

 自身の影を幻視したのだろうか。

 もしそうだというのなら、彼女は相当に業が深いことになっているはず。

 だが、先程の会話で間桐桜が悟ったように、確かなことはあるだろう。

 

「やっぱり衛宮くんは面白いわね」

 

 綺麗事ばかり言っているが、それさえ信用されている間桐桜の希望。

 とても可愛い、自動人形さん。

 

「なんてね」

 

 私の人形の理想系を見たような気がしたから、つい気にしてしまう。

 これからも、暫くは衛宮くんの観察は止められそうにない。




目に付く範囲で観察するだけです。
アリスは決して、ストーカーにはなりません(キッパリ)

次は流れ的に桜を書いたほうが良いんだろうなと思う何かです。
それにしても、主人公のはずであるアリスの描写が薄い。
タグに群像劇とでも、追加したほうが良いのでしょうかね?
あと、士郎の正妻は桜だと書いてて思いました。























 遠坂邸にある宝石箱。
 その中には、ゆめときぼーが詰まっていた。


「このステッキ……」


 アリスはずっと気になっていた。
 凛が話題に触れるたびに、豹変するこの不思議なステッキのことを。


「後で謝ればいいし、問題ないわよね」


 軽い気持ちであった。
 何気ない、日常での一幕。

 そう……なるはずであった。


 魔力を注ぐ、おそらくそれが発動条件であろうから。
 そして、アリスの予想は的中する。


「おぉ、おお!
 なんて魔法少女力なんでしょう!
 素晴らしい、素晴らしい逸材を発見です!!」


 一瞬の隙にステッキに自身の主導権を奪われる。


 (このままでは!)


 自我が塗りつぶされるかもしれない、その恐怖を感じて身が竦む。


「大丈夫ですって、乱暴しませんから。
 だから体の主導権を私に貸してくださいな♪」


 意識が途切れていく。
 
 (私、こんなバカなことで死ぬのかしら)

 後悔してもしきれぬばかりの無念の中で、アリスの意識は途切れることとなった。
 
 ………
 ……
 …

「カレイドライナー、マジカルアリス♪
 魔法の国より、参☆上!」



 次回、魔法の国のアリス(大嘘)

 無論、続きません。
 というか、こんな迂闊なこと、アリスはしませんし(白目)

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