冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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ま、間に合った~!
今日中に仕上がって、肩の荷が降りました!

なお、今日初めて読む人へ。
この小説は後編です。
まだ前編を読んでない人は、そちらを先に読んでください!


番外編 クリスマス・イヴの過ごし方 後編

「お、アリすん、いっらしゃい」

 

「お邪魔するわね、ネコさん」

 

 凛を連れてきたのは、毎度お馴染みコペンハーゲン。

 思いついたのがここで、お手軽に感じたのもここだったから。

 この店は居酒屋となっているが、喫茶店のようなメニューまで取り揃えているのだ。

 近くのテーブルの椅子を引き、凛と一緒に座る。

 注文はコーヒー、この店には紅茶が置いてないのが残念なところである。

 

「で、話すって何を話すのよ」

 

「桜のことに決まっているでしょう」

 

 手を引かれてここに来るまでの間に、凛は精神的再建を済ませて、至って飄々としていた。

 あれほど弱っていたのが嘘のようだ。

 

「桜は良い子よ。

 それは私も知ってるわ。

 でも昔からある決まり事は守らなくちゃいけないものなの」

 

「守りごと、ねぇ」

 

 律儀にそれを守っても、誰も幸せになれない決まり。

 それは存在する意味などあるのだろうか?

 

「何か?」

 

「でも、あなたは桜ともっと一緒にいたそうよ」

 

 そして桜もまた、凛ともっと一緒に居たいと考えているだろう。

 この二人の関係性、とっても強いものを感じる。

 恐らくは、この二人はきっと……。

 でも、もしそうならば残酷なことかもしれない。

 だって二人は、本当は。

 

「アリス、何を考えているの」

 

「今日の晩御飯のことかしら」

 

 凛の見透かすような声が聞こえる。

 これ以上踏み込むのには、相応の資格と覚悟がいる。

 無遠慮に私が踏み荒らしてはならない。

 

「……ずるいわ、凛」

 

 友達のことなのだ、私だって助けになりたく思う。

 だがそれができないのだから、思わず奥歯を噛まずにはいられない。

 

「あんたは普段からずるいから、お互い様でしょ?」

 

「何かあったら、聞く程度のことはするわよ」

 

「いやに気を使うのね」

 

「それはそうよ」

 

 私の距離感は、このくらい。

 できることと言ったら、話を聞いてあげるくらいなのだから。

 

「あっそ、じゃあ困ったら相談事でもするかもね」

 

 そう言って、凛は、ハー、と手に息を吹きかける。

 コペンハーゲンの店内は、暖かいがまだ冷え切った手を温めるまでには至ってない。

 

「ほい、アリすんにお友達さん、コーヒー持ってきたよ」

 

「ありがとうございます、ネコさん」

 

「どうも」

 

 出てきたコーヒーを受け取り、私達はここで話題の転換を図ることにした。

 これ以上は空気が重くなるばかりで、不毛な話だと思ったから。

 

「それよりも凛、私は聞いてないのだけれど」

 

「何が?」

 

 ふー、ふー、とコーヒーに息を吹きかけている凛。

 そんな彼女に、私は鋭く睨むように目を細めた。

 

「楓の家でクリスマスパーティー? するんですってね」

 

「あぁ、あれは方便よ」

 

 方便、ということは。

 

「嘘つきね、凛」

 

「傷つけないための優しい嘘は、バレない限りは有効なのよ」

 

「バレた時の傷は、とっても大きくなりそうだけれどね」

 

 はぁ、と互いに溜息を出していると、勢いよく店の扉が開かれた。

 何事? そう思ってみてみると、そこには見覚えのある顔が3つほど並んでいた。

 

「たのもぉー! マガトロはここに居るのかぁ!」

 

「ちょっとマキちゃん、そんなにおっきな声出したら、マーガトロイドさんも驚いちゃうと思うな?」

 

「由紀香、こういう時の蒔の字に何か言っても無駄だと思うが」

 

「でもマキちゃんを止めないと、お店に迷惑がかかっちゃうよ?」

 

「おや、マーガトロイドと遠坂がセットでいるじゃないか?」

 

「え! 遠坂さんも!?」

 

 あぁ、これが噂をすればというやつなのだろう。

 言霊が要らない仕事をしてくれたようだ。

 

「アリス、貴方に随分と騒がしいお客さんが来たわよ」

 

「凛を見つけたのなら、貴方の方に食いつくでしょう」

 

 私達を見つけた氷室さんと三枝さんに軽く手を振る。

 氷室さんは軽く手を挙げて答え、三枝さんはブンブンと手を振ってくれる。

 そうしてちょっとばかり和んでいたら、陸上部3人娘の中で、歩く爆薬庫、穂群原の黒豹(自称)、もしくはクロネコヤマトと噂されている楓がこっちを見つけたようだ。

 一直線にこっちにやってくる。

 

「よっす、マガトロ、それに遠坂。

 マガトロがここで働いてるって聞いたんだけど。

 噂が本当かどうか、確かめに来てやったぞ!」

 

「……どうしてそうも自慢げなのよ」

 

 胸を張ってエヘンとでも言い出しそうな蒔寺さん。

 全く持って、元気そうでなによりである。

 

「いや、済まない。

 蒔の字がどうしても確かめに行くんだ~! と聞かなくてな」

 

「マキちゃんはマーガトロイドさんのこと、大好きだもんね」

 

「ば、バカ言うなって!

 誰が暗黒人形師のことなんか好きになるかっての!」

 

 騒がしい、そして何? 暗黒人形師って。

 人を危ない人のように言うなど、まったくもって心外である。

 

「そうよね、楓が好きなのは凛だものね」

 

「おい、そこな人形師、ナニヲイッテルンダ」

 

「だって、何かにつけては、遠坂遠坂ですもんね」

 

 面白いくらいに片言になった楓に、油をドブドブと注いでおく。

 口の悪い子は、矯正しておかないと。

 

「マキちゃんも遠坂さんと仲良くしたいの?」

 

「べ、別にそんなことはないから」

 

 私に何か言い返そうとしたところで、楓は三枝さんにタジタジにされていた。

 三枝さんの目は輝いていて、ワクワク、ドキドキ、そんな音が聞こえてきそうなくらいキラキラした目で楓を見ている。

 その姿は、長い旅路の末に、志を共にする同志を見つけたようでもあって。

 

「本当に?」

 

「……少しは、仲良くしたいと思ってる」

 

 三枝さんの勢いに押されて、渋々と楓が認めた。

 小さくガッツポーズをしたあと、三枝さんは楓の手を握る。

 

「一緒に頑張ろうね、マキちゃん」

 

「お、おう」

 

 三枝さんは、楓の握った手をブンブンと振りながら笑顔で言う。

 そして楓も、困惑が抜けきれていない状況ながら、戸惑った感じに手を同じくブンブンしていた。

 

「凛、モテモテね」

 

「……三枝さんって、あのキラキラした感じで和み空間を形成するから、何時か本性がバレそうで怖いのよ」

 

「あぁ、だから距離をとっているのね」

 

 でも仲良くしたい、そんな心情の現れか、凛の足元では貧乏ゆすりが続いていた。

 唯でも貧乏症なのに、これは悪化が避けられないような勢いで。

 

「それで、本題なのだが」

 

「私が働いているかってことね」

 

「あぁ、そうだ」

 

 氷室さんが思い出したように聞いてくる。

 私は気にしてないという態度を取りながら、しっかりと聞いてくるあたり、氷室さんにも野次馬根性というものがあったのか。

 それとも用事を終わらせたいだけなのか。

 

「働いてるのは事実よ。

 今日は休んでいいと言われたのだけれど」

 

「ほぅ、この忙しい時期にか?」

 

 目を細めて興味深そうにしている氷室さん。

 気になるなら理由を教えようかとしたら、手で制される。

 

「まあ、待ってくれ、マーガトロイド。

 ちょっと自分で考えてみたい」

 

「良いけれど……ヒントが欲しかったらどうぞ」

 

 何か知的好奇心が刺激されたのか、氷室さんは謎解きモードに入ってしまった。

 どんな推理をしてくれるのか、その段取りなどが気になったこともあって、私はそれを見守ることにした。

 さて、どういう答えを出してくれるのやら。

 

 そうして氷室さんが考え込んだあと、ふと隣を見るとそこには凛に楓、そして三枝さんがほのぼのと話をしていた。

 主に三枝さんのほのぼのオーラに、他二名が当てられる形となっているのだが。

 

「遠坂さんとこうしてテーブルを囲む……うん、一つ夢が叶っちゃいました!」

 

「こんなことで夢って、大げさな」

 

「そんなことはありません!」

 

 勢い否定する三枝さん。

 グイっと凛に顔を近づけて、自らの熱い思いを語っている。

 それには流石の凛も押されているようだ。

 

「遠坂、お前はいっつも寄ってきた由紀っちを無下にしてたもんな。

 嫌われてるんじゃないかって、すごい気にしてたんだぞ?」

 

「あぁー! マキちゃん余計なこと言わないで!」

 

 もぅ、ひどいんだから! と怒る三枝さんに、悪い悪いと謝り倒す楓。

 そして凛はそれをカラカラと笑いながら見ている。

 

「嫌ってなんかいないわよ。

 ただね、私にも私なりのペースがあるから。

 だからごめんね、大丈夫な時は私から誘うことにするわ」

 

「本当ですか! 本当なら嬉しいです!!」

 

 本当に凛の熱狂的なファンなのだろう。

 三枝さんは凛の手を握って、嬉しそうに笑顔を振りまく。

 その笑顔は、誰が見ても心が癒されるであろう可愛いもので。

 凛も当てられているのか、しゃんとした表情が崩れかかっている。

 

「マーガトロイド、他の店員で誰か休んでいる人はいるのか?」

 

 そんな中で、未だに考え続けている氷室さん。

 ヒントを求めてのことだっただろうが、それは良い線を突いた質問である。

 

「他には衛宮くんね。

 衛宮くんのことは知っていて?」

 

「あぁ、あのブラウニーは一部では有名だからな」

 

 衛宮くん、彼は今まで献身的にコペンハーゲンで働いていた。

 そして休日でも、どうしても来て欲しい、人手が足りない、そういう時には常に駆けつけていたのだ。

 

「もう一ついいかな?」

 

「どうぞ、幾らでも聞いて頂戴」

 

 流石にこれだけでは分からないようだ、当たり前である。

 

「あそこのバイトの人、あの人たちはバイトを始めてどれくらいの人達なのかな?」

 

「大体1ヶ月ね、仕事もスムーズにこなしてくれるから、助かっているわ」

 

 氷室さんが指を指して尋ねたのは、大学生アルバイトの皆さん。

 最初はあまり戦力になってくれなかったが、最近は手馴れてきたためかよく働いてくれている。

 お陰で、私はシフトを少し減らすことになったのだから、良いのやら悪いのやらである。

 

「成程な、謎は解けただろう」

 

「もうヒントはよろしいのかしら?」

 

 私が念のために尋ねると、顎に手を当てて黙考。

 そうして頷いて口を開いた。

 

「なら最後の一つだ。

 マーガトロイド、君は週にどれくらい働いていた?」

 

 目の付け所は、流石といったところだろう。

 半ば降参するつもりで返答した。

 

「週に5日ね」

 

「大体はわかった。

 では答え合わせと行こうか」

 

 不敵に笑う氷室さん。

 彼女の整頓された脳内で、私から得た情報を元に正しい答えに導かれていることだろう。

 

「衛宮とマーガトロイド、君達が休暇を貰えた理由は幾つかある。

 まず一つ目は、君たちのシフトが他の人たちと比べて比較的に多く入っていたことだろう」

 

 当たり、私達は普段から多くシフトに入っていた。

 そして店側は、過剰気味な私達のシフトを減らしたほうが良いのでは? と考えてもいたようだ。

 

「そして二つ目、新しいバイトさん達がどこまで働けるのか。

 それを店側が見極めている。

 どれほど働けて、どこがまだダメなのかということをね」

 

 これまた当たり、私たちが抜けた分をどれほど支えられるか。

 それをネコさんたちが見ているのだ。

 人数はそこそこ居るので、フォローはネコさん一人で事足りるそうな。

 

「最後に三つ目、君達、店主達と仲がいいだろう?」

 

「よく見てるわね、その通りよ。

 店長も、その娘のネコさんとも仲が良いの。

 お陰であっさりと、お休みが貰えたわね」

 

 ネコさんから『折角のイヴやクリスマスは君たちをバイトから開放してあげよう!』と言って、今日のバイトを免除してくれたのだ。

 衛宮くんは悪いから、と辞退しようとしていたが、桜をデートに連れて行ってあげれば? と私が言うと、悩んでからだが無事に休暇を受け取っていた。

 ネコさん達も、衛宮くんの過重労働を心配していたようだし、うまく落着できたといったところであろう。

 

「正解よ、氷室さん。

 見事、と言えば良いのかしら」

 

「この程度のこと、造作のない。

 むしろヒントをここまで貰っているのだから、解けなければ恥と言ったところか」

 

 謙遜でもなく、本当にそう思っているのであろう。

 だが少し得意げなところに、解けた達成感を感じてはいるのだろう。

 

「本っ当に無駄なことばかり得意だよな。

 肝心なところでは、てんで駄目なのに」

 

「蒔の字、口を謹んだらどうだ?」

 

「そうだよ、鐘ちゃんの頭は、いつも切れっきれだよ!」

 

 謎が解けたところで、楓が話に混じってくる。

 向こうでの凛ちゃん好き好き、という話も一段落着いたのであろう。

 

「モテモテね、凛」

 

「本当、モテすぎて困っちゃうわ」

 

 じとっとした目で、私を見据えている凛。

 その目には、見捨てやがって! という怨念が存分に込められていた。

 

「ボロがでそうで、おっかなかったわよ」

 

「でも楽しそうだったわよ? 悪くない気分でしょう」

 

 あれだけ遠坂さん凄い! 遠坂さん流石! と褒められていたのだ。

 嫌な気分にはなりたくてもなれないであろう。

 それに、三枝さんは全て本音で語っているであろうから。

 

「……まぁね」

 

 照れているのか、コーヒーカップで口元を隠す凛。

 そういうところ、三枝さん達が気付けば意外に思うかもしれない。

 

「ところで、楓。 貴方私に何か用があったの?」

 

 彼女がここに来た理由は、私であった。

 なら、そう考えるのが普通であろう。

 

「あぁ、それな」

 

 すっかり忘れていたようで、そうだったと頭を掻いている楓。

 三枝さんに小突かれつつ、持っていた鞄から手紙のようなものを取り出す。

 

「明日クリスマスパーティーするんだけど、来るか?」

 

 これは……嘘が転じて真となった、ということか。

 

「良いの?」

 

「遠坂の分もその中入ってるから、来れるなら来ればいいぞ」

 

「マキちゃん、来てください、だよ」

 

 ムム、と唸っている楓に氷室さんも続く。

 

「来てもらう側なら、もうちょっと下手に頼むものだけれどね」

 

「あぁ、もうわかったよ! うちのクリスマスパーティーに来てくださいお願いします!」

 

 一気に言い切った楓に、私と凛は顔を見合わせる。

 どうする? 行くの? 桜の手前、行かなきゃマズイわよ……。

 こんな感じで耳打ちし合う。

 

「で、どうするんだ?」

 

 答えを急かすように楓が聞くと、私も凛も示し合わせたように頷く。

 解答は一つしかないからだ。

 

「では明日、ぜひ参加させていただきますわ」

 

「私もお邪魔するわ、ところで誰の家でするの?」

 

「由紀っちの家、他に兄弟とかがたくさんいるからな。

 明日は私が案内してやるよ」

 

 行くとの返事に、楓は自信ありげに笑い、三枝さんは嬉しそうに手をギュッと握りしめて、氷室さんはメガネの縁を持ち上げて何時も通りにしていた。

 

「よっしゃ、だったら準備しなきゃな」

 

「マキちゃん、手伝ってくれるんだ! ありがとう」

 

 頑張るぞー! と手を突き上げている、楓に三枝さん。

 氷室さんはどうするのかと見ていると、残念そうに首を振って、準備を手伝えないことを告げた。

 

「私は父について、夜はパーティーに出なければならない。

 だから手伝うことはできないが、明日は完全にフリーだ」

 

「……そういえば、氷室さんは市長の娘さんだっけ?」

 

 思い出したように凛が言うと、彼女は頷く。

 

「通りで、立ち居振る舞いが綺麗だと思っていたわ」

 

「そうだろうな。 だがマーガトロイド、君も自然体で綺麗に立ち回っている。

 姿勢や動作、その他もろもろがな」

 

 私のモノは、最初は意識してやっていたが、もう気にならない程に馴染んでいる。

 こういうものは、日頃の努力が物を言うのだろう。

 

「頑張ったもの、出来てなかったらショックだわ」

 

「ふふ、そういうものだろうな」

 

 クスクスと互いに笑をこぼし合う。

 どれだけ苦労したかを、分かり合っているから。

 

「じゃ、そろそろ行くか。

 明日の準備をしなきゃいけないし」

 

「そうだね、じゃあ、遠坂さん、マーガトロイドさん、また明日!」

 

「私もお暇しよう。

 明日は楽しみにしているよ」

 

 それぞれに楓たちが席を立ち上がる。

 もう目的は達したのだし、客数も増えてきているのだから、これ以上居るのも迷惑になると判断したのだろう。

 

「また明日。

 明日は楓の家で会いましょう」

 

「私も楽しみにしているわ。

 では、さようなら」

 

 楓たち三人娘に手を軽く振りながら見送る。

 彼女達が去ったあとは、相対的に静かで、落ち着くもやや寂しい。

 まるで嵐のようなひと時である。

 

「約束、しちゃったわね」

 

「そうね、約束したからには行かないとね」

 

 そうやって私達は嬉しいように、困ったように、顔を歪める。

 嫌ではないし楽しみであるのは本当だ。

 だが魔術の領分が、日常に犯されていく。

 それが本当に良いことなのか、それが私たちには分からない。

 線引きが出来ているようで、何時の間にか侵食されているのではないか。

 そういう疑念があるのも確かで。

 

「幸せね、凛」

 

「そうね、アリス」

 

 でもきっと、それは幸せなことなのだろう。

 日常は何時までも、穏やかなものであり続けてくれるのだから。

 だが是とすれば、魔術師として朽ちる時が来るのだろう。

 もしそうなってしまえば、私達は私達のままではいられない。

 

「クリスマスだから、そう言う理由じゃ駄目かしら?」

 

「そういうことにしておきましょうか」

 

 それが詭弁なのは私達が、一番知っている。

 暖かすぎて、敵わなくて、そして惹かれてしまう。

 魔術師として腐らない為には、何時か試練へと向かわなければならないだろう。

 

「帰りましょうか」

 

「えぇ、今日はありがと、アリス」

 

「大したことではなくてよ」

 

 そうして私達は店を出た。

 現状の認識と、不安を持って。

 

 

 

 

 

「そう言えば、晩御飯の食材を買って帰らないとね」

 

「冷蔵庫、空になってたっけ?」

 

 空気を振り払うように、敢えて普通の話題を振る。

 そうして何時もに戻るのだ。

 

「昨日に使い切っちゃった」

 

「しょうがないわね、買いに出るしかないか」

 

 そうして来たのが何時もの商店街、マウント深山。

 ここは食材だけなら、胡散臭い物でも大概は手に入る。

 裏の店とかを調べれば、面白いものが見つかったりする。

 

「そういえば食用蛙とかもあったわね」

 

「やめなさいよ、フランス人じゃあるまいし」

 

 フランス人はゲテモノ食い、ここで意見が一致したのは偏見だろうか?

 欧州では、ドイツ人がジャガイモ、フランス人がフロッグ、イギリス人はライミー、イタリア人はパスタ(ピザの場合もあるらしい)と、互いの悪口を言う時に罵り合う事がある。

 

 そしてこの中で異質さを放ってるのが、フランスのフロッグ、つまりはカエル。

 他の国が食べ物らしい食べ物なのに対して、フランスはおかしなものとなっている。

 これはフランス貴族の豊かさや心の余裕から、ゲテモノ食いを始めたのも大きな理由の一つに挙げられるのではないかと思う。

 

「何考えてるの」

 

「フランスの食文化についてよ」

 

「今日はフランス料理?」

 

「ポトフにするわ」

 

 それなら手間は少しで済むし、何よりゲテモノだけがフランス料理でないと実感できるから。

 

「じゃあ楽しみにしてるわ」

 

 今日の献立の心を馳せながら、買い物をせっせとして大方買い揃えられた。

 さて帰りましょうか、そう凛と話していた時のことであった。

 

「ヤヤ、良いところに凛ちゃんがいたアルネ」

 

 やたらと胡散臭い日本語で近づいてくる人がいた。

 魃店長、中華料理屋泰山の店主にして、何故だか年を取らない人。

 一時期は死徒だとすら思ったが、本当に普通の人であった、驚きである。

 

「それにアリスちゃんも、渡りに船とはこのことアル」

 

「何か御用でしょうか?」

 

 何かを頼もうとしているのは分かる。

 分かりやすく言葉を並べられたのだから、当然といったところだ。

 

「ウン、綺礼ったら、食べに来たのはいいけど、何時も持参しているれんげを持って帰るのを忘れちゃったでアルヨ」

 

「……綺礼のれんげ?」

 

 魃店長が取り出したれんげ。

 それを凛が珍妙で恐ろしいものを見た顔をしている。

 意味が分からなそうに、首を振ってはまじまじと見つめる。

 そうして、まるで存在そのものが呪われた装備であるように、嫌そうな顔をしているのだ。

 

「これを綺礼に届けてあげて欲しいアル」

 

「えぇー」

 

 小さな声で、だが凄く嫌そうに凛が呻く。

 彼を蛇蝎のごとく嫌っているであろうから、凛の反応は尤もなものはあるのだろう。

 確かに胡散臭くて、信用における人物でないのは明らかなのだが。

 

「綺礼はネ、友達が少ないから、誰に声掛けたものかと苦慮してたところにちょうど君達が来てくれたのヨ。

 お願いだから届けてあげて欲しいアルよ」

 

 確かにあの神父に友達がいたら、それは大きな驚きになるだろう。

 仕方がないかな、そう思ってしまったのが運の尽きか。

 

「分かりました、持っていきます」

 

「おぉ、ありがとうアル」

 

 魃店長が私にガバっと抱きついて感謝の意を示していると、隣で凛が私を射殺さんと視線を投げている。

 本当に、どれだけ嫌なのだろうか……気持ちは分からなくないが。

 

「じゃ、アリスちゃん、凛ちゃん、あとは任せたアルよ~」

 

 魃店長はスッキリした顔で泰山の中に戻っていく。

 そうして魃店長が店に戻ったのを確認して、凛が殺気を滲ませながら私ににじり寄ってくる。

 

「どういうつもり?」

 

 笑ってる、凛はとてつもなく笑っていた。

 凛の場合、可愛い笑顔と危ない笑顔の二種類が存在している。

 そして私に向けているのは、明らかに後者の方であった。

 

「落ち着きなさい、凛。

 あの神父のことよ、誰も持って行ってくれる人が居ないに決まっているでしょう?」

 

「日頃の行いのせいよ! あいつのれんげがどうなろうと、私は知ったこっちゃないわよ!」

 

 そう、あの神父はロクでもないことに変わりはないだろう。

 だがその神父に、私は借り、と呼べるものが一つばかり存在していた。

 

「こっちに留学に来る手続き、あの神父に結構手伝ってもらったのよ」

 

「あんた何悪魔に魂売ってんのよ!」

 

 信じられないものを見る目で私を見る凛だが、致し方がなかったのだ。

 教会同士の繋がりで、私は冬木へのコネを作ったのだから。

 

「何にしても私は行かなきゃいけないわ。 凛はもう帰る?」

 

 それだけ嫌なのなら、それも選択肢の一つであろう。

 そしてその提案に、凄く、凄く迷いながら凛は顔を上げた。

 

「ここまでくれば、毒を食らわば皿までよ。

 あんた一人おいて帰るのも後味悪いしね」

 

「面倒見がいいのね。 ありがとう、凛」

 

「そう思うなら、今度からは気をつけてよね」

 

 はぁ、とため息を履きながら凛は言峰教会への道を歩き出した。

 ほら、早く! と急かす声もあってか、私も早足気味で凛に続く。

 嫌なことはさっさと終わらせて帰ろう、絶対に凛はこう思っているに違いない。

 ……悪いことをしたという気持ちは、ある。

 また埋め合わせをしなくては、そんなことを考えながら教会への道を歩いていた。

 

 

 

 

 

「今年は良い子にしていたかね、少年」

 

「はい、頑張って勉強して百点を取ったり、良い子になれるように頑張りました!」

 

「ならば、神もサンタも、君の行動を注視しているのだから、素敵なプレゼントがもらえることであろう」

 

「ありがとうございます、神父様!」

 

 何かがおかしい、何がおかしい?

 

「おや、凛にマーガトロイド嬢ではないか。

 日頃の傲慢さを、懺悔でもしに来たのかな?」

 

 赤い服、赤い帽子、そして片手に聖書。

 そこにはサンタの姿をした言峰綺礼の姿があった。

 そっと、教会の扉を閉める。

 

「なに、あれ?」

 

「分からないわ、もしかしたら何かが起こる前兆かもしれないわね」

 

 端的に言って違和感しかない。

 早く病院に連れ行った方が、皆の為になるのではないか。

 そう思えてしまう。

 意味が不明にも程があった。

 

「神父様? あのお姉ちゃん達はどうしたの?」

 

「あれらはな、今年一年悪い子で過ごしてきたから神様に懺悔をしに来たのだよ」

 

 ……は?

 

「お姉ちゃん達、悪い人なの?」

 

「そうだな、ロクでもないことに変わりはない」

 

 ……オイ。

 

「ふっざけたこと言ってんじゃないわよ! 口を縫い合わされたいの!!」

 

「ほら、あれを見るが良い。

 まるで獣の目だ、見ていると本性が分かるというものだ」

 

「あんたの死んだ眼よりかは、断然にいいに決まってるでしょ!

 それより綺礼、その子供たちは何?

 もしかしてアンタ人攫いも始めたの!!」

 

 凛が先に爆発した。

 誰だってあの神父にロクデナシと言われれば、お前が言うなと口を揃える。

 

「ご挨拶ね、言峰神父」

 

「なに、君たちほどではない」

 

 何時もの如く、飄々と受け流している言峰神父。

 口が上手い分だけ、めんどくさい事この上ない。

 

「それで綺礼、この子達は一体なんなの?」

 

 凛の気迫に怯えて、言峰神父の背に隠れた子供がいた。

 そのことにショックを受けたことで、凛は多少の落ち着きを取り戻して冷静に聞く。

 確かにアレと比べられて負けるのは、流石に私も心に傷がつくというもの。

 正直、勘弁して欲しい。

 

「簡単なことだ。

 今日一日、清い信仰を捧げに来た子供たちを歓迎していただけのこと。

 それに私はこの街のサンタ協会の名誉顧問でな。

 その仕事も兼任して、クリスマスの前日から活動しているだけなのだよ」

 

 サンタ協会の名誉顧問?

 誰なのだ、そんなものにこの神父を就任させた馬鹿は。

 隣で凛も絶句していた。

 

「信仰とサンタ、切っても切れない縁があるものだよ。

 この国ではサンタだけが独立して活動しているらしいがな」

 

 嘆かわしいことだ、と言っているが、薄らわらいを浮かべているので、到底本気ではないのだろう。

 ひどくアホらしい。

 

「では今度はこちらからの質問だ。

 罪深き君たちは何をしにここまで来たのだね?

 懺悔をしに来たようには、見受けられないのだが」

 

 変わらない胡散臭さが滲み出ている笑みを貼り付けての質問。

 さっさと帰りたくもあるので、手早く答えることにする。

 

「魃店長に頼まれたのよ。

 忘れ物を届けに来たってところね」

 

 鞄から、ナプキンに包まれたれんげを取り出すと、言峰神父はほぅ、と興味深そうに私を見た。

 

「珍しく善行を積みに来たらしいな」

 

「悪徳の限りを尽くしているあなたに言われるのなら、そうなのかもしれないわね」

 

 溜息を吐きそうになりつつ、私は手短にれんげを言峰神父に渡した。

 そうして、私はさっさと帰ろうと踵を返した……その時。

 

「まぁ、待ち給え」

 

 嫌よ、と口から漏らすのを寸でのところで堪える。

 ここで言ってしまえば、子供たちの前で悪役に仕立て上げられるのは明白であったから。

 

「君達のせいで子供たちが怯えてしまった。

 責任はとってももらえないのかな?」

 

 思わず振り向いてしまうと、子供たちは教会の長椅子などに隠れてこちらの様子を伺っている。

 

「私達が去れば、それはなくなるのではなくて?」

 

「君は本当にそれでいいのか?」

 

 タチの悪い笑顔、先ほどの胡散臭い笑みを超越する、嬲るものが特有に発するものだ。

 ここで何もせずに去れば、私達は大方魔女にでも例えられて、子供たちに刷り込まれるのだろう。

 

「何をしろと?」

 

「君の人形劇、商店街では評判でね」

 

 あぁ、そういうことか。

 弱みを握られている状況では、拒否できるものではない。

 

「あなた一人では、そろそろ間が持たなくなってきているのね?」

 

「聖書を音読するだけでは、子供たちは退屈してしまうのでな」

 

 この人に子供の世話ができるとは到底思えない。

 そしてこのまま私達が去れば、子供たちが哀れなことになるのは目に見えている。

 

「良いわ、やってあげる」

 

「それは重畳。

 皆、この金髪の娘が人形劇をしてくれるそうだ。

 業は深いが、実力だけは折り紙つきだそうだ」

 

「いちいち一言余計よ」

 

 はぁ、とため息を履きながら、鞄から持ち歩いていた人形を取り出す。

 この教会に来てから、どれほどため息を吐くことになったであろうか。

 

「みんな、集まって頂戴。

 人形劇をはじめるわよ」

 

 言峰神父が頷いたのを確認して、子供たちが恐る恐る私の周りを囲み始める。

 この怯えを、今回の劇で全て取り去ってしまうとしよう。

 

「さあ、開演よ」

 

 演目は――マッチ売りの少女

 

 では、始まり始まり

 

 

 

 昔々ある日、大晦日の晩にマッチを売って歩く少女が存在していたのです。

 彼女の家は大層貧乏で、少女自身は学校に行けずに毎日毎日マッチを売り続けていました。

 だけれど、その日は売れ行きが悪く、殆どのマッチが籠に余っていました。

 もう日は暮れて、行きかう人々の足も早足で、誰もマッチ売りの少女に目を向けようとはしなかったのです。

 

『マッチを買ってください! 付けると暖かくて、心も温まります!』

 

 そうやって、通りかかった人達に近づきますが、誰も彼女を鬱陶しそうにして素通りしてしまいます。

 少女はどれだけ頑張っても、誰も買ってくれないので、寂しくて泣いてしまいそうになります。

 どうすれば売れるのか、うんうん、と頭を捻って考えついたのが実際にマッチを付けてしまおうというものでした。

 暖かそうに私がしていたら、みんなもマッチを欲しがるに違いない!

 少女にとってそれは名案に思えて、早速マッチをつけてみました。

 

『暖かいわ、本当に暖かい」

 

 少女は家で、マッチは売るものだからと、全く使わせてもらえていなかったのです。

 祖母が生きていた時に唯一、この暖かさを感じれていました。

 それを思い出すと、自然と涙が溢れてきてしまいます。

 

『おばあちゃん、私頑張ってるよ?

 なら、そのうちきっといいことがあるよね?」

 

 火の中に祖母を見たような気がして、涙声で問いかけます。

 無論返答はない、そう思っていた時です。

 火の中になんと、七面鳥が見えるではないですか!?

 びっくりしていると、段々とマッチの勢いは弱くなっていき、七面鳥ごと消えようとしています。

 慌てて、次のマッチを付けると、七面鳥は元に戻り、今度はクリスマスツリーが、火の中に現れたではありませんか!

 少女は嬉しくて舞い上がってしまいます。

 

『凄いわ! きっと神様がご褒美をくれたのね!』

 

 そうして嬉しくなった少女は、もう一本のマッチをつけます。

 そうすると、今度は火の中から大好きだった祖母が現れたではありませんか!?

 

『元気してるかえ?』

 

『うん、私は元気だよ! おばあちゃん!!』

 

 少女の言葉に、すごく嬉しそうに祖母は微笑みました。

 そうして次にこう続けました。

 

『なら、大丈夫かぁ』

 

 祖母が呟くと、段々と火が小さくなっていきます。

 このままでは、美味しそうな七面鳥も、綺麗なクリスマスツリーも、そして大好きな祖母まで消えてしまいます。

 

 いや、いや、そんなのはいや!?

 

 慌てて残りのマッチを全て擦って、火を強くします。

 そうすると、全てが元通り。

 ただ、愛情に見た顔の祖母は、困った顔になっていました。

 

『のう、本当は元気かぇ』

 

 再びの同じ質問、少女は考えます。

 考えて考えて考えて、そして言いました。

 

『本当はね、辛いの。

 毎日あんまり売れないマッチを売るために歩いて、家では固いパンしか食べられない。服も靴もいつもボロボロで、お父さんは怖いの。

 どうしてこんなに辛いのか、私わからないわ』

 

『そうかぁ』

 

 祖母はそれだけ言って、しばらく黙り込んでしまいました。

 そうしてポツリと、聞きます。

 

『なぁ、お父さんは好きかぇ?』

 

 少女はお父さんのことを思い浮かべます。

 お父さんは、黙りんぼで、それでいて怒りりんぼでもあり、いっぱい叩かれてしまいます。

 でも、時々優しくなる時があるのです。

 

『好きよ。でもね、このままだときっと嫌いになっちゃう』

 

 最近は毎日叩かれてしまう少女。

 すきま風が吹き込む家のベッドの上で、少女はいつも枕に涙を流していました。

 好きだけれど、ずっと好きでいられるはずがない。

 それが少女の考えでした。

 

『だからおばあちゃんのところに連れて行って。

 お父さんのことを嫌いになりたくないから!』

 

 おばあさんに訴えかけます。

 するとおばあさんは、ちょっとだけ微笑むと、手招きをしました。

 少女は嬉しくなり、火の中に飛び込みます。

 すると一面別世界になっていたではありませんか!

 

 光が差し込み、心が満たされて、上の寒さも心配ない場所。

 ここは神様が住まう場所だったのです。

 

『これからどうするんだい?』

 

 おばあさんはこっちに来た少女に話しかけます。

 疲れきっていた孫が解放されたことが、安心したようで、残念だったようで。

 誘ったは良かったけれど、それ以上のことはおばあさんはしてあげられそうになかったから。

 

『お父さんを見守るわ。

 そしてお父さんが何時ここに来ても良いように、おうちを作るの!

 風が入ってこない、暖かいおうち!』

 

 孫の優しさに、おばあさんは涙を流しながら手伝うことを約束しました。

 そして月日は流れて、お父さんがそこにやってきました。

 

『おぉ、この立派な家は!?』

 

『お父さん、こっちこっち』

 

 少女が嬉しそうに手を振り、祖母は優しくその様子を見守っていました。

 

『娘よ、苦労をかけたな』

 

 感動したお父さんは涙を流して今までのことを詫び、少女は笑顔でそれを許しました。

 こうして、家族は末永く、どこまでもどこまでも幸せに暮らしましたとさ。

 

 

 

 

 

「これで、おしまい」

 

 そう告げると、子供たちはパチパチと勢いよく手を叩いてくれる。

 そうして近くにいた女の子が、人形を触っていいかと訪ねてきたので許可を出す。

 

「わぁ、可愛い」

 

 上海の頭を撫でながら、少女は嬉しそうに呟く。

 上海がマッチ売りの少女役だったから、殊更にそう思うのであろう。

 そのうちに、ぼくも、わたしも、と殺到してきたので、順番に頭を撫でさせてあげることにした。

 

「みんなも、家族に喜ばれるようなことをしてあげたら、感謝してくれるでしょうから、頑張ってお手伝いをするのよ」

 

 はい! という唱和が返ってきて、私も満足そうに頷く。

 そうして警戒心をなくした子供たちと共に、雑談をしていると、ポツポツと子供達の親の姿が見え始める。

 口々に、神父様、ありがとうございましたと言っている。

 何だか、ひどく納得いかない。

 だが、子供たちは帰り際に、お姉ちゃん達バイバイ! と言ってくれるのだけが救いであった。

 そうして最後の一人が教会を去り、ようやく静寂を取り戻したのである。

 

「ご苦労だったな」

 

「あなたの相手を勤めるよりかは、幾分にも楽だったわよ」

 

「これは手厳しい」

 

 全然堪えてないふうに、言峰神父は言っている。

 事実としてそうなのであろうが。

 私が苦虫を噛み潰していると、凛が逆襲のように捲くし立て始めた。

 

「あんた、体よく私たちを利用したけど、当然何か見返りはあるんでしょうね?」

 

「これは異な事を。

 元はといえば、子供達を怖がらせたお前たちの責任ではないのかな?」

 

「はん、そもそもはアンタが煽ったからでしょう?

 それに責任以上の働きはしたわよ!」

 

 イライラしている凛の声を聞いて、ふむ、と考える動作をする言峰神父。

 そして、少し待っていろと言い、奥の方へすっこんでしまった。

 

「あいつ、本当に腹立つ」

 

「全く持って、同意見だわ」

 

 どうしてこうなったのか、と考えて、予々私のせいな点に頭が痛くなる。

 凛に後で何と詫びたものか、それに頭を巡らしていると、引っ込んでた神父が戻ってきた……酒瓶片手に。

 

「エセ神父」

 

「破戒僧」

 

 私と凛から似たような言葉が飛び出し、それに対して言峰神父は平然としてこういった。

 

「知らなかったのかね?」

 

 ……よくもまぁ、ここまで開き直れることだ。

 凛も敵愾心を剥き出しにして、だがどうしようもない憤りを感じているようであった。

 

「これでは足りないかね? 100年もののワインなのだが」

 

「本当に、よくもそんなものを持っていられるわね」

 

「なに、色々と理由があってな」

 

 どうせロクでもない理由に違いないわ、と凛が吐き捨てる。

 が、しっかりとワインは強奪していた。

 

「今日はこれで勘弁してやるわよ」

 

 こいつの相手は御免だ、そう言わんばかりに凛が扉に向けて歩き出す。

 私もそれに続くが、その時、後ろから声をかけられる。

 

「マーガトロイド嬢、最後にひとついいかな?」

 

「なに」

 

 ようやく解放されると思っていたところでの呼び止めであり、イラついた声を出してしまう。

 言峰神父はそれでも、更に笑みを深めて私にこう問うた。

 

「君の演劇、少女は天に昇り父親のために尽くしたとあったな。

 では、地上にいた少女はどうなったのだね?」

 

 本当に嫌なことを聞く。

 この人は嫌がらせをするために生きているのかもしれない。

 

「決まってるわ、灰になったのよ」

 

 私がそう言い捨てると、言峰神父は両掌で喝采をあげ、拍手を始めた。

 

「つまりは生きている限り、あの少女は幸せになれなかったと、そういう訳だ」

 

「そういう訳ではないわ。

 あの少女が現状での努力を諦めただけよ。

 もしかしたら、彼女の祖母くらいの年齢になる頃には、何か幸運があったかもしれない。

 結局のところ、究極的にはあれは逃げだったのよ」

 

「だがそれは強者の理論だ。

 弱者はやはり、諦めてしまうのではないかな?」

 

 本当に嫌な人、きっと結婚なんて出来そうにないだろう。

 

「そうね、結局は強者の理論よ。

 だけれど、弱者でもそれを成せる時があるわ」

 

 ほぅ、と興味深そうに、耳を傾ける言峰神父。

 だから私は臆面もなしに言ってやった。

 

「愛さえあれば、絆さえあれば、人は生きていけるものよ」

 

 彼は、笑みを深めて、だが酷く詰まらなさそうな顔をした。

 もう、呼び止められはしなかった。

 

 

 

 

 

「アリス、今夜は飲むわよ!」

 

「私達、未成年よ?」

 

 ようやく我らが城、遠坂邸に帰還することができた私たち。

 楽しく見回りをしようと思ってただけだったのに、大きく時間を取られることとなってしまった。

 

「そんなことは関係ないわよ!」

 

「気にしなさいよ……」

 

 もはや勢いだけで言っているであろう凛。

 それだけ苛立ちを溜め込んでいたであろうことから、仕方がないのかもしれないが。

 

「アンタも私に付き合わせたんだから、飲むのに付き合いなさい!」

 

 飲んでないのに、すでに酔ったふうなことを言う。

 呆れが湧いてくるが、私も悪かったのであまり強く拒否できない。

 

「でも私、お酒を飲むと意識がなくなるの」

 

「それがなによ」

 

 恐らくは意識がすぐに落ちる為。

 だから飲む相手としては不適切、と伝えたつもりだが、馬耳東風とはこのことか。

 

「……一杯だけだからね」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 勝った! と言わんばかりに良い笑顔をしている凛。

 もぅ、と思ってしまうのだが、これだけ笑ってくれたのだから、きっと悪くない。

 そう思うことにする。

 

「じゃ、乾杯」

 

「乾杯」

 

 グラスに注がれた紅い液体。

 それを一気に飲み干す。

 そうして。

 私の意識は。

 そこで無くなった。

 

 

 …………

 ………

 ……

 …

 

 

「凛~!」

 

 え、何この状況は?

 ちょっと意味がわからなくなっていた。

 

「凛! 凛!」

 

 簡単に状況をまとめる。

 お酒を飲み、そうしたらアリスがぶっ倒れた。

 そこまでは良い、本当に弱かったんだと呆れただけだったから。

 

 だがそのあと、急に起き上がって私に抱きつき、凛、凛!と連呼しながらお腹あたりを、ギューとしている。

 ……本当になんなのだ、これは。

 

「凛はお姉ちゃんみたいだね」

 

 初めて凛以外の言葉が出た。

 だけれど、お姉ちゃん、か。

 

「すごく暖かくて、ぎゅっとしてたい」

 

 私を抱きしめる強さをアリスはちょっと強めた。

 アリス、もしかしてものすごい甘え酒だったのか。

 ……何だか可愛く思えてきた。

 

「しょうがないやつね、良いわ、ギュッとしてあげる」

 

 私もアリスを抱きしめ返してあげると、ん~、と安心したように鳴き、そしてばったりと意識が途絶えたようだ。

 本当に眠ってしまったのか。

 びっくりした、本当に。

 だが、意外すぎる一面を見れてちょっと得した気分。

 

「それにしてもコイツ、絶対に見透かしてるわよね」

 

 よりにも寄ってお姉ちゃん。

 桜と私の関係を言っているようにも見えた。

 

「もう、今日は可愛さに免じて見逃してあげる」

 

 眠ってしまったアリスの頭を一撫でして、そして私は呟く。

 

「メリークリスマス、アリス」




アリスは可愛い(真顔)

なお言峰とアリスの問答。
あれ、言峰はサンタ姿のままでやってます(目を逸らす)

そしてこれが、今年最後の投稿になるものかと。
では皆さん、読んで下さりありがとうございました!
良いお年を!

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