冬木の街の人形師   作:ペンギン3

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 師走さんが一足先にいらっしゃって、最近妙に忙しいです。
 いや、そんなことよりも、アニメ!
 矢鱈とイリヤが強くて、目を見開いて見ておりましたw
 そして、士郎と凛の魔術戦。
 映像化すると、あのようになってるのですね。
 感謝感激雨霰な感じです。
 桜も可愛いですしね!

 長々とすみません、ではお楽しみください!


第10話 虎が廻る輪の中は

 私、冬木の虎こと藤村大河には、悩みがあります。

 それは何か?

 それは、最近の出来事。

 

「先輩、この浅漬、良いですね!」

 

「箸が良く進むからな」

 

 それは目の前の子達のこと。

 いつもの食卓、和気藹々とした光景。

 だけれども。

 

「あ、先輩、ご飯粒です」

 

「ん、どこだ?」

 

「ここですよ」

 

 ふふ、何て笑いながら、桜ちゃんが士郎の頬っぺのご飯粒を取り……。

 

「っえい!」

 

 何とパクッと食べてしまったのです!

 

「桜、恥ずかしいぞ、それ」

 

「ごめんなさい、先輩。

 でも一回やってみたかったんです」

 

 赤くなっている士郎に、同様に赤くなりながら、照れている桜ちゃん。

 その様子はさながら、きゃっきゃうふふの青春ラプソディー。

 こんなの、こんなの!

 

「ぎゃわぁーーーー!!!」

 

「うわ、何だよ藤ねぇ。おかわりか?」

 

「あ、茶碗が空っぽですね、ご飯よそいますね」

 

 てんこ盛りの茶碗をガツガツと食しながら、私ははっきりと確信する。

 何時の間にか、桜ちゃんが士郎とデキていたのである。

 そう!私は桜ちゃん()士郎()を寝取られていたのだ!

 

「うがぁーーーーーー!!」

 

「もう空っぽなのか。藤ねぇ、もっとゆっくり食べろよ」

 

「あ、こちらの浅漬もどうぞ、先生」

 

「フガフガフガ」

 

 全く!二人共、そういうのはまだ早いよ。

 特に士郎、まだ桜ちゃんは○学生なのよ?

 そう考えると犯罪チックよね。

 

「ふ、藤ねぇのやつ、浅漬の大半を飲み込みやがった」

 

「まあまあ先輩、佃煮が確かあったと思いますよ」

 

 桜ちゃんが冷蔵庫をガサゴソと探す。

 そして佃煮を見つけると、ちょっと嬉しそうに戻ってきた。

 

「先輩、あーん、です」

 

「ちょ、ちょっとそれは無理だ。

 藤ねぇもいるし」

 

「みぎゃあーーーーーーー!!」

 

 お姉ちゃん、こんなの聞いてません!

 士郎は私のお婿さんになるんじゃなかったのかあぁぁ!

 

 

 

 

 

 そんな咆哮をしてしまう程に、桃色を振りまいている二人。

 だけれども、問題はそれだけではありませんでした。

 本当に問題なのは……もっともっと別のこと。

 

「桜ちゃん、今日もまたここに泊まるの?」

 

「はい、先生」

 

 ゴールデンウィークに入る少し前くらいからか、桜ちゃんがこのお屋敷に泊まるようになっていた。

 そりゃ通い妻チックだなぁ、なんて考えたこともあったし、士郎の結婚する相手は桜ちゃん以外は考えられなかった。(私以外でと考えると)

 

 だけれども、これはあまりに宜しくない。

 2人がふしだらな行為をする、とはあまり考えられないし、考えたくもないが。

 たまたま、そう、機会が来れば流れでそうなる可能性もあるのだ。

 だから、私としては何とかしなければいけないのである。

 

「じゃあ私もここに泊まるから」

 

 暫くは外からでなく、家から様子を見よう。

 その為に、お爺ちゃん達も説得してきたんだから。

 

「え、藤村先生、お泊りするんですか?」

 

「そういうことは先に言っててくれよ、藤ねぇ」

 

 桜ちゃんは驚いたように、士郎は呆れたようにそんなことを言う。

 でも気にしない、他にもっと気にしなければいけないことがあるのだから。

 

「保護者として、ちゃんと二人の健全を守らなきゃいけないのです、私は」

 

「何言ってんだ」

 

 訳が分からなそうにしている士郎を前に、私は気概を燃やす。

 

 2人の青春は私の手に掛かっているのよ!

 このままじゃ2人とも、背徳と淫靡で乱れた日々を送ってしまうわ。

 だから、この正義の使者にして冬木の守り手。

 穂群原の英語教師、藤村大河は戦うのです!

 

「頑張るのよ大河、決してネチョらせてはいけないわ」

 

「だからさっきからなんのことだよ、藤ねぇ」

 

 士郎のこの健全さ、しっかり守り通さなきゃ。

 そして女豹(桜ちゃん)、あなたもネチョいものから守ってあげるわ。

 だから二人共、桃色空間を捨てて、早く日常に戻りましょう?

 

 

 

「うふ、うふふふふ」

 

「なぁ、桜。藤ねぇのやつ、どうしたんだと思う?」

 

 あまりに不気味で邪悪な笑い。

 とても正義の使者には見えないそれ。

 故に、士郎は対策を考える。

 SSF(そこまでにしておけよ藤村)の集い会長として(会員はネコさんを筆頭とする被害者)、今度はどんな奇行を引き起こすのか、目を光らせなければならないのだ。

 

「えっと、藤村先生には悪いですけど、何時ものことじゃないでしょうか」

 

「やっぱりそうなのか。でも何か何時もよりも様子がおかしい気がするけど」

 

「もしかして、悪いものにでも当たってしまったのかもしれませんね」

 

 藤ねぇがおかしくなる=何時ものことor変なものを食べた

 

 これが大体の法則であり、そして大概は当たっているのだ。

 どっちだろと悩む二人に、自身の責任感に身を委ねて、周りが見えてない大河。

 今日も衛宮家は、混沌と齟齬に満ちていた。

 

 

 

 

 

「で、相談て何かしら?桜」

 

 放課後、桜とよく合う喫茶店で私は相談とやらを持ちかけられていた。

 深刻ではなさそうだが困った顔をした桜に、私は渋々と相談に乗ることになっていたのだ。

 

「藤村先生が変なんです」

 

 さて、これは対応に困る類の相談事だ。

 私はきっと、困惑した顔をしているだろう。

 

「それは何時ものことよ」

 

 今日の英語の時間、藤村先生が教室に入ってくると同時に転びかけて、何時の間にかブリッチ状態になっていた事は記憶に新しい。

 常時が常時、あんな感じなので、別段それが特別とも思えない。

 

「いえ、そうではなくて、普段と行動が違っておかしいんです」

 

 ……成程、その手のおかしさか。

 どちらにしろ変なのには違いないが、親しい人たちからすると確かな違和感なのだろう。

 例えるなら、毎日八極拳の鍛錬をしていた凛が、唐突にムエタイの鍛錬を始めるとかそんな感じの。

 

「具体的には、どんなところがおかしいのかしら?」

 

 酷い質問だとは思うが、それ以外に聞き様がないのだから仕方がない。

 藤村先生に内心で謝りつつ、私は深く追求する。

 それが分からねば、対処のしようがない為に。

 

「急に先輩の家に、お泊まりを始めたんです。それは別に問題ではないのですけれど。でも、お泊まりを始めた時から、先生は段々とおかしくなっていきました」

 

 桜の語り口を聴き続ける。

 どこかに、ヒントがないのかを探り続けながら。

 

「ご飯を食べている最中に高笑いを始めたり、唐突に弓道の練習を進めてきたりします。

 それから一緒の部屋で皆で寝ようとか、勉強会をしようとか言っておられました」

 

 ふむ、これは……。

 多分そういう事なのだろうか。

 謎は多いし、分からないことも多々あるが、ボヤけた輪郭は掴めた気がする。

 

「今晩あたりにコペンハーゲンに来なさい。

 藤村先生とお話をするわ」

 

「何か分かったんですか!アリス先輩」

 

「分からないことが多いから、先生と直接話してみようと考えただけよ」

 

 そうすれば、見えないところも鮮明になるだろうから。

 ただ私の予測するところでは、今回の件は誰かが決定的に悪いということはない。

 皆が若いと思うだけに留まるのだろう。

 ここまで考えて、こめかみを押さえる。

 

 どうしてこんなにも、達観したように考えているのだろうか?

 他人と関わる時、私はどうにも一歩引いた所から、何時も物事を見ているようだ。

 それは冷静な目が必要な時には役に立つだろう。

 だけれども、それほどに深く踏み入れることも、踏み入らせることもないだろうから。

 だから、衛宮くんや桜、それに藤村先生が少しだけ羨ましくなった。

 そう、少しだけ。

 

「分かりました、今晩はよろしくお願いします」

 

 桜が頭を下げる。

 それを認めると、私は頷き認める。

 さて、会計の時間だ。

 バイトもあるし、そろそろと行かなくてはならない。

 立ち上がり伝票を確認する。

 

「アリス先輩」

 

 ふと、桜が私を呼び止める。

 何か?と私が振り向くと、桜が安心させるような笑みを浮かべて、私を見つめていた。

 

「アリス先輩も悩み事があるのなら、私に言ってください。

 何時もお世話になっているんですから、それくらいはお茶の子さいさいなんですよ?」

 

 恐らくは私は堂々とこめかみなんか押さえていたから、心配をかけたのだろう。

 だから私も、努めて自然な笑みを浮かべて安心させるように言う。

 

「百年ほど早いわ、桜。

 まずは自分の事をしっかりなさい」

 

 自分の未熟を棚に上げて、桜を諭す。

 私のことを気にする必要はない。

 自分のことは自分で何とかするから。

 そう言うと、桜は何も言わずに困った笑みを浮かべる。

 

 後輩に心配をかけさせるのは、どうにも忍びなかった。

 だから私に出来ることは、堂々として普段通りにしているだけ。

 それだけで、きっと問題はないはずだから。

 

 そんな考えの元に行動する。

 これは何気ない日常の断片なのだから、桜もきっと直ぐに埋もれて忘れる。

 ただ、最後に笑顔を見せるのだけは忘れずに。

 それが何時もの事なのだから。

 そうして私は桜と別れた。

 

 別れて桜の顔が見えなくなった時にふと気付く。

 私も結構隙だらけなのかもしれない、と。

 桜の前で緩んでしまっていた。

 これではとても達観してるとも言い切れない。

 そんな考えを巡らせると、妙に気恥ずかしくなり、早足気味でコペンハーゲンに向かう。

 まざまざと自分の未熟、そして相手に寄りかかっているのを実感してしまったがために。

 

 

 

「分かった、今日はコペンハーゲンで夕飯を食べるよ」

 

「是非そうして頂戴」

 

 バイトの間を縫って、衛宮くんに藤村先生の事を話すと、二つ返事で即決してくれた。

 簡単に承諾を貰えたあたり、本当に藤村先生の様子はおかしいのだろう。

 

「大丈夫よ、歯車が噛み合ってないだけだから、戻せば元通りになるわ」

 

 困ったような顔をしている衛宮くんに、何とかなる旨を告げる。

 私にできることは、大して無いだろうが出来るだけのことはしておこう。

 

「アリすん、もう休み時間終わりだよ!早く来てー」

 

「衛宮くん、お願いね」

 

 もう一度だけ念を押すようにして、私は仕事に戻る。

 

「マーガトロイド」

 

 声を掛けられる。

 後ろから、立ち去る私に向かって。

 

「ありがとな、助かる」

 

 わざわざ律儀なことだ。

 だからこそ、衛宮くんなのだろうが。

 

「なら、今度からは余計なお世話、とか言う気概くらいは見せてみなさい」

 

 きっと振り向けば、衛宮くんは難しい顔をしているだろう。

 自身の責任と相手の気持ちとの間で。

 ちょっと意地悪が過ぎたかもしれない。

 だから振り向かずに、こう付け足した。

 

「冗談よ、衛宮くんは他人が笑ってなきゃ嫌なのよね」

 

 衛宮くんを観察して、彼の行動原理の原則は大体理解した。

 彼にとって、それが第一の指針。

 それを必死に成し遂げようとする彼は、必死に人形が踊ろうとしているようで、私は優しい気持ちになれるのだ。

 

「いや、今度から自分で出来る限り頑張るよ」

 

 本当に、律儀なことだ。

 私はネコさんの元に向かいながら、衛宮くんの愚直さに深く感心していた。

 

 

 

 

 

「他人が笑ってなきゃ嫌、か」

 

 マーガトロイドが残した言葉、それが妙に引っかかった。

 確かに人が笑っているのを見るのは、気持ちのいいものがある。

 自分がその笑顔に関われているのなら、尚更だ。

 だが、それ以上に思うことがある。

 

「正確には、他人の泣き顔を見たくない、だな」

 

 あの災害から俺が思ったこと。

 それは誰もが、悲しくて泣くことのない世界。

 辛くて、苦しくて、抜け出せない。

 そんな状況を作りたくないだけだ。

 

 だから俺は希う、正義の味方になりたいと。

 そうすれば、あの時の爺さんのように……。

 

「爺さんのように、いつか笑えるのかな」

 

 俺を助けた時の衛宮切嗣の顔。

 何時になったら、あそこまでたどり着けるのか。

 

「はぁ、藤ねぇを迎えに行くか」

 

 それはきっと俺の努力次第。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 だから不毛な思考はそこで打ち止めて、餓える虎を迎えに行こう。

 

「それにしても」

 

 マーガトロイドの奴、一体どうする気なんだ。

 あいつの事だから、無理なことは言わないとは思うが。

 彼女が取るであろう手段、恐らくは口車に載せる類のことだろうが。

 まぁ、マーガトロイドのことだから、きっと悪いようにはならないはず。

 そう結論を出して、俺は桜と藤ねぇの待つ屋敷へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 私こと藤村大河は現在、衛宮邸の今にいるであります。

 そして桜ちゃんより、今日のお夕飯の予定を聞いていたのですが。

 

「んー、またネコんところなの?」

 

「はい、アリス先輩がいらっしゃいと言ってたので」

 

「マーガトロイドさんも商売上手よねぇ」

 

 今日は外食、予定はネコから酒を掻払うこと。

 これは確定事項で、拒否は一切認められません!

 ということで、久々にネコと飲み明かそう、お代はネコ持ちで。

 

「あー、でもー、マーガトロイドさんかぁ」

 

「アリス先輩がどうしたんですか?」

 

 桜ちゃんが不思議そうな顔をしているが、明らかにおかしいことがあるのだ。

 

「そうよ、それよ!

 桜ちゃん、マーガトロイドさんのこと、何時から下の名前で呼ぶようになったの?」

 

 何時の間にか、桜ちゃんはアリス先輩、とマーガトロイドさんのことを呼ぶようになっていた。

 あまりに自然だからツッコミ損ねていたのだが、もうここは勢いで突撃あるのみ。

 そういえば、桜ちゃんがアリス先輩と呼ぶようになってから、士郎と付き合い始めたのだ。

 

 そこまで考えてガチリ、と私の中で何かが結合して、そして答えを得た。

 そうか、桜ちゃんに毒りんごを授けたのは、マーガトロイドさんだったんだ!

 お陰で私は、私は!

 

「……という訳です、先生。

 えっと先生、藤村先生、どうしましたか?」

 

「ふふふ、どうもしてないわよ、桜ちゃん」

 

 これは少しばかり教育が必要ね。

 科目は道徳の授業よ。

 

「ただいま~、て、うわっ!?

 藤ねぇが不気味に笑っている。

 桜、何があったんだ?」

 

「分かりません、さっきからずっとこんな調子なんです」

 

「フフ、フフフフフ」

 

 待ってなさい、マーガトロイドさん。

 特別授業のはじまりよ!

 

 

 

「先生、それは逆恨みというものです」

 

 え?

 

「そもそも、付き合うなどは個人の自由意思なのですから、それに介在するのは如何なものでしょうか?」

 

 っぐ

 

「第一に先生は、衛宮君と桜の二人が付き合う事がそんなに嫌ですか?」

 

 ぐはっ!?

 

「もし嫌でないのなら、素直に祝福して差し上げれば宜しいと思われます」

 

 あべし!

 

「うわああぁん!!!

 マーガトロイドさんの鬼!悪魔!魔女!毒りんご!」

 

 マーガトロイドさんが苛める。

 モンスターペアレントならぬ、モンスターチルドレンだよぉ!

 その口をもってして、桜ちゃんを誑かしたのね、今確信したわ。

 でもこんなのに勝てるはずないよぉ!

 

「しろーっ!!マーガトロイドさんは人でなしだよぉ!」

 

「人聞きの悪いことを言わないでくれませんか」

 

 だって事実だもん、マーガトロイドさんが強すぎるんだもん。

 うぅ、まさかこんなに簡単にやられるなんて。

 士郎に抱きつきながら、マーガトロイドさんを睨む。

 抱きつかれた士郎が、グエッとかカエルの潰れるような声を出していたけど気にしない。

 

「藤ねぇ、流石に今回は藤ねぇが理不尽だろ。

 早めに謝った方が絶対に良いぞ」

 

「エミやんの言うとおりだね」

 

「音子め、裏切ったな。このオトコ野郎!」

 

「オトコだけでも許せないのに、野郎までつけてくれちゃって。

 このタイガー!川流しの刑にしてあげるわ」

 

 力を入れて、士郎をギュっとすると、ウボァなんてよく分からない呻き声を出していたが、それも気にしない。

 マーガトロイドさんは後回し。

 今はこの憎っきネコを三味線にしてくれる。

 

 

 

 

 

「嵐のようだったわ」

 

「藤ねぇの周りは、常にあんな感じだって」

 

 藤村先生に抱きしめられて?死にそうになっていた衛宮君は、肩をゴキゴキと慣らしながら溜息をつく。

 だがその渦中にいて、しぶとく生き残っている衛宮君は異能生存体ではないのだろうか?

 所詮は戯言だが、衛宮君にしろ、藤村先生にしろ、そのバイタリティは素直に称賛されてしかるべきだろう。

 

「それにしても藤ねぇの奴、ネコさんに絡みに行ってるけど、あれは大丈夫なのか?」

 

 衛宮君の視線の先には、何時もの如く、仲良く喧嘩する虎と猫の姿があった。

 でも、それは問題ではない。

 むしろそうでなくては困る。

 

「店長、休憩に入ってもよろしいでしょうか?」

 

「ん、良いだろう」

 

 本当はまだ早いのだが、気を利かせてくれた店長の許可を得て、早めの休憩に入る。

 すぐに復帰はする、少しの時間だけ、状況を説くだけなのだから。

 

「さ、衛宮君に桜、少しお話をしましょう」

 

「……俺たちにか」

 

 衛宮君が訝しがるように顔をしかめて、桜は困惑したかのように困り顔をしている。

 そういう状況だから、きっと藤村先生は珍妙な行動をとり始めるようになったのだろう。

 きっと自覚が足りないから。

 大人に甘えるのも程々にすべきなのよ、二人とも。

 

 

 

「二人共、不思議そうな顔をしてるわね」

 

「だって藤ねぇの様子がおかしいから来たのに、何だって俺達と話してるんだ?マーガトロイド」

 

 衛宮くんの言葉に、桜が隣でうんうんと首肯している。

 確かに彼らからすればおかしい事なのだろう。

 だが私からすれば、何ら当然のことをしているだけだった。

 

「藤村先生の今回の件、問題は貴方達にもあるからよ」

 

「どういう……ことですか?」

 

 桜が不安そうに聞いてくる。

 その顔には、何かいけないことをしてしまったのか、そんな不安がありありと示されていた。

 衛宮くんも難しそうな顔をして、黙り込んだ。

 私の言葉で原因を考え始めたのであろう。

 

「貴方達は何時も通り、今まで通りと思っているのかもしれないけど、それでも変わったことはあるでしょう?」

 

 衛宮家の三人は、いつも通りに過ごしていた。

 そのつもりだったのだろう。

 だがそれでも、決定的な齟齬が出てくるのだ、それは。

 

「俺達が、付き合い始めたからなのか?」

 

 何時もだったら照れるであろう言葉を、何の気概もなしに悩めるように言う衛宮くん。

 桜も私の顔を見て、それを確かめんとしている。

 

「そのはずよ」

 

 衛宮くん達からすれば、何時もの日常だったのだろう。

 だが長く共に過ごしてきた藤村先生は、敏感にそれを感じて、そして疎外感を覚えたのだろう。

 何時もの距離感で接しようにも、衛宮くん達の距離が近づけば近づくほど、藤村先生は遠近感が分からなくなってくる。

 だから恐らく、藤村先生は衛宮くん達と一緒の距離に並んで、何時も通りに戻ろうとした。

 だが二人は恋人という、殆ど距離がない状態で有り、姉という立場の藤村先生はどう頑張っても、ある一線から近づけなくなっている。

 藤村先生は何時も存在していた輪の外から、じっとそれを眺めるしか出来なかったのだ。

 

「でもさ、藤ねぇは何時も通り俺たちと一緒にいて、笑ってるんだ。

 居るのが当然で、これからもずっとそうなんじゃないかって思ってる。

 でも、これまでのままじゃ、いけないのか?」

 

「藤村先生は、私が笑顔で居られるようにしてくれました。

 笑えているのが、どれだけ有り難くて、そして救われているのか。

 藤村先生が教えてくれたことです。

 だから先生とはこれまで通りで居たいんです。

 でも……」

 

 強い意志を込めて、桜は衛宮くんを見つめる。

 絡みつく様に、それほど強固に、衛宮くんを強い意志で捕まえているのだ。

 

「先輩と寄り添って、私は前に進むんです。だから!」

 

「分かっているわ、誰も別れろなんて話をしに来たわけじゃないのよ」

 

「承知してます。

 でも必要だと思ったので言いました」

 

 桜は内気なようで、強かさが芯から飛び出して来る時がある。

 そして、その芯の中にしっかりと衛宮くんの事も刻まれているようだ。

 だからこそ、こんな無意識で惚気られる。

 呆れと感心を同時に感じ、そしてそう言う無邪気な無意識化での独占欲が藤村先生を追い詰めて行ったんじゃないか、そうも思えてしまう。

 

「桜、ありがとう。

 嬉しくもあるんだが、それが問題なんだ」

 

 衛宮くんの言葉に、桜は怯んだように下を向く。

 覚悟の表明、それに限りなく近かった桜の決意に衛宮くんはあくまで冷静であった。

 だから面白くもあるのだが。

 

「だからさ、藤ねぇがどうやったら、ギクシャクせずに済むか、一緒に考えよう」

 

 訂正、やっぱり天然の垂らしだった。

 そんなことばかりやってるから、藤村先生もどうすれば良いか分からなくなるのだ。

 ジトっとして目で、茶番を眺めるように2人を睨みつける。

 

「はい、先輩!」

 

 私の視線に、幸か不幸か気付かなかった2人は改めて私の方を向いた。

 一瞬、おかしな物を見る目で見られる。

 どう考えても、純粋な不純さに満ちているのは2人の方なのに。

 藤村先生の気持ちが分かりそうになりながら、少々の溜息を漏らした。

 

「マーガトロイド、今日は助かった。

 大体わかったよ、どうすれば良いのか」

 

「できるかどうかは別でしょうけどね」

 

 皮肉っぽく返してしまうのは、きっとこの桃色な二人だから。

 藤村先生の苦労も分かってしまうだけに、懐疑的な見方をしてしまうのだ。

 

「大丈夫ですよ、アリス先輩」

 

 そんな私に、桜は自信アリげに胸を反らす。

 

「私達も努力しますけれど、でもよく話し合えば、きっと綺麗に収まるはずです」

 

 どこからその根拠は来るのだろうか。

 私には分からない法則から来ているのだろうか。

 考え込む私に、桜は自慢するような口調だった。

 

「だって、藤村先生なんですから」

 

 やはり根拠なんてない楽観論。

 でも、それが出来るのはこれまで積み上げてきた信頼があるからだろう。

 桜の隣で腑に落ちた顔をしている衛宮くんを見て、私は脱力してしまった。

 手間を折ってこの結論は、怒りではなくて呆れしか出てこず、私は休憩を終えると立ち上った。

 

「ま、それでなんとかなるのなら、何とかしてみなさいな」

 

「マーガトロイド、ありがとう。

 おかげで助かった」

 

「アリス先輩、本当にありがとうございました」

 

 やれやれと肩を竦め、私は仕事に戻る。

 あの衛宮くん達と藤村先生。

 結局私が出した結論は一つだった。

 

「姉離れには、相当な時間が必要なようね」

 

 

 

 

 

「うー、もう一杯」

 

「あんたどんだけ飲むのよ、藤村」

 

 音子が呆れたような表情をしている。

 でも、今くらいは飲ませなさいよぉ。

 

「気が晴れるまで飲むわよ!」

 

「あんた代金払えるんでしょうね?」

 

 音子が懐疑的な目を向けてくるが、私もそこは抜かりないのだよ。

 

「大丈夫、音子が払ってくれるわ」

 

「……本人を前にしていうセリフじゃないでしょ、それ」

 

 知らないも~ん、全部が全部……あれ、何が悪いの?

 むー、マーガトロイドさんは悪くないのは分かっているし、士郎と桜ちゃんの件も喜ばしいのも知ってる。

 じゃあ私は何で怒っているんだろ?

 

「あんたさ、寂しいんでしょ。

 エミやん達とどう接すれば良いか分からなくて」

 

 寂しい?何時も一緒にご飯食べたりしてるのに?

 いつも一緒なのに、寂しいはずはない。

 そこまで考えて、ふとした日常のことを思い出す。

 

 士郎が昔から、何かを隠していることは知っている。

 私にはそれを知られたくなさそうだったから、触れていなかったけど。

 でも桜ちゃんは、それを知っているようでもあった。

 時々意味深にアイコンタクトを飛ばし合い、何かを計るようにして頷き合う。

 そして私はそこには入れない。

 

「そうかも、寂しかったのね。音子の癖に鋭い」

 

「そういうあんたは、何時もよりも鈍い」

 

 動物的な嗅覚と食欲、あと鋭さを持っている、みたいなことを零ちゃんに言われたっけ。

 ん?動物?

 

「誰がタイガーよ!」

 

「一言も言ってないわよ、酔いどれ!」

 

「酔っ払ってないもん、まだまだ飲めるも~んだ」

 

「酔いまくってるあんたに飲ます酒は、勿体なくて仕方がないね」

 

「音子に飲ませるお酒の方が、よっぽど可哀想よ。

 あぁ、悲しきかな、人でなし音子に飲まれる酒。

 お酒も飲まれる人くらいは選びたいわよねぇ」

 

 音子の額に青筋が見える。

 怒ってるなぁ、あはは。

 

「とうっ!」

 

 音子が軽い手刀を落としてくる。

 速さはまちまち、音子は怪力野郎だから当たったら痛いに決まっている。

 

「遅いわよっと!」

 

 だから避けるに決まっている。

 体を逸らす形でいなし、逆に脛を軽くけってやった。

 

「痛っ、酔ってるからいけると思ったけど。

 腐っても冬木の虎なのね、あんた」

 

 涙目の猫が悔しそうにそう漏らす。

 ふふん、どんなもんよ!

 

「音子、負けたんだから、今日の勘定はよろしく!」

 

「クソ、仕方がないわね」

 

 やた、飲み放題だ。

 グビグビと飲みまくってやろう。

 

「おやっさ~ん、ビール追加で!」

 

「程々にしてよ、ほんとに」

 

 大丈夫よ。加減は分かってるから、許容範囲ギリギリまで搾り取ってあげるわ。

 

「でさ、あんた、弟離れは出来そうなの?」

 

 運ばれてきたビールに口をつけていると、音子が本道に話を戻す。

 ビールをゴクゴクと飲んで、その勢いで私は口を軽くする。

 

「出来るとかそういうのじゃなくて、家族は常に一緒なものよ」

 

 だって切嗣さんに頼まれたんだもん。

 士郎とは家族のように接してやってくれって。

 そして士郎はもう私の家族なんだもん、離れられるわけがない。

 家族を一番大事にしていた切嗣さんの意思、私が引き継ぐって決めたんだから。

 

「あっそ、じゃあせめておかしな態度を取るのはやめなさい。

 お陰でエミやん達が不安がっているわ」

 

 おかしな態度?私そんなの取ったっけ?

 うーん、考えてみれば、最近あまり私らしくなかったような。

 置いてかれるような気がして、士郎や桜ちゃんにベタベタしていた気がする。

 

 でもそっか。

 私らしくないだけで、士郎も桜ちゃんも心配してくれてたんだ。

 ちゃんと、家族の位置には私は居れてるんだ。

 

「士郎も桜ちゃんも良い子に育ったねぇ」

 

「反面教師がいたからかも」

 

 しみじみと呟いた私に、音子が余計な茶々を入れてくる。

 もぅ、と私は口を尖らせる、がそれ以上は何もしなかった。

 音子の口車に乗っては、きっと気分が殺がれるだろうから。

 

「このお酒が飲み終わったら、何時も通りに戻るとしますか」

 

 自分に言い聞かせるように宣言する。

 そして私はこのお酒をちびちびと飲む。

 気持ちの整理をつけるほんの少しの時間を得るために。

 

「ま、こんなところかね」

 

 音子が何かを納得した様に言い、どっかにウィンクを飛ばした。

 その先にはマーガトロイドさん。

 マーガトロイドさんも、微笑を浮かべながら音子に軽く手を振っている。

 点と点が線として繋がった。

 

「謀ったな、音子~」

 

「貸しが一つ、ね」

 

 恨みがましい私の声は、音子の調子に乗った声の前に胡散する事になってしまっていた。

 神様、こいつをしばいて下さい。

 もし、しばかれないのでありましたら、私に朝駆けでこいつをしばく権利をください。

 

 

 

「ネコさん、お疲れ様でした」

 

「アリすんこそ、忙しい時間に私が抜けちゃってごめんね」

 

「いえ、元々は私が提案したことですから」

 

 あの後、藤村先生は唐突に「ふっかーーーつ!!!」と叫んで、奇行を始めた。

 近くの席に座ってたおじさんに「ちょっとお腹へっちゃったなぁ。あ、そうだ!おじさん焼き鳥一個頂戴!」と言って、略奪していったり(そのおじさんは笑っていたから問題はない……はず)、唐突にcongratulation!(やったわ!)と叫びだしたり、そして終いには「士郎の料理が食べたい~」何て言って、衛宮家一家は嵐のごとく去っていったのだ。

 

「あれは元に戻ろうと反動が出ているだけさ。ほっときゃもどるよ」

 

 ネコさんはそう断じていた。

 長い付き合いなのだ、きっとそうなるのだろう。

 

「でも、衛宮くん達の姉離れは当面のところ、先になりそうですが」

 

「藤村だってそうさ、時間が覚悟を用意してくれるだろうけど、今すぐは無理だねありゃ」

 

 家族が揃ってベッタベタ。

 それは少し……。

 

「羨ましいのかい?アリすん」

 

 ニヤニヤしているネコさんに、何時も通りの表情で私は対応する。

 

「私の場合は特には」

 

 私は問題ないのだ、だってその為の――なのだから。

 

「ありゃ、ちょっと憂い顔のアリすんは可愛かったのになぁ。

 すぐに何時ものお澄まし顔に戻っちゃった」

 

 つらなさそうにネコさんが言っている。

 だけれども気にしない、気にする必用はないのだ。

 

「余計なお世話です、ネコさん」

 

「怒ってるアリすんも可愛いなぁ。

 今日は色々なアリすんが見られて良い日だね……藤村に巻き上げられたこと以外」

 

 私を弄ることで、現実逃避をしていたネコさんだが、自分で思い出してしまい自爆。

 虚ろ気味な目に、合掌するのが今私にできる唯一のことだった。

 

 

 

 

 

「藤ねぇ、ごめんな」

 

「私からもごめんなさい」

 

 士郎と桜ちゃんが私に頭を下げている。

 あはは、私が変だった理由が見透かされちゃってる、何だか恥ずかしいな。

 

「謝ることなんてないのだよ、二人共」

 

 言い回しに教師を意識してみる。

 学校の先生のようにだ。

 だって素面だと言いづらいから。

 ん?酒飲みまくっていたって?

 良いのよ、ネコのお金で飲んだんだから、あれはお酒のうちに入らないわ。

 

「二人は新しいステージに登っただけなの。

 私たちの関係は変わらない、貴方達2人が少しずつ変わってるだけなの」

 

 二人の距離が近づいたからって、私との関係は変わらなかったのに。

 私はヤキモチ焼いちゃって、勘違いしちゃったから。

 

「だから士郎、桜ちゃん。

 精一杯青春をしなさい。

 これから先も輝いていられるように」

 

 認めよう、士郎も桜ちゃんも、大人になってきていると。

 

「藤ねぇ……俺」

 

「藤村先生……」

 

 まだ何か言いたそうな二人。

 でもその必要はないの。

 だって、

 

「私は藤村大河、貴方達の家族にしてお姉ちゃん。

 それだけ分かってたら良いのよ、もう」

 

 そうよね、士郎、桜ちゃん。

 

 私の思いは通じたのか、士郎も桜ちゃんも破顔する。

 きっと私の顔も、同じようになってる。

 

「早く帰りましょ、士郎、桜ちゃん、美味しいもの作ってね!」

 

「しょうがないなぁ、藤ねぇは」

 

「そうですねぇ、れんこんやごぼうが余ってましたし、きんぴらごぼうでも作りましょうか」

 

 和気藹々、何時も通りの光景。

 もう大丈夫、みんなみんな元通り。

 

 ねぇ、切嗣さん、見えてますか?

 士郎は元気にやってますよ。

 可愛い可愛い、恋人ちゃんを見つけて。

 私は今、幸せです。

 だから、士郎にもそれが分かっているよね?

 桜ちゃんも、暖かいよね?

 うん、きっと伝わってる。

 家族の幸福は共有出来てる。

 士郎は優しい顔をしてるし、桜ちゃんは笑ってる。

 

 だから安心して下さい、切嗣さん。

 私は二人がこのままでいてくれるなら、ずっとこの輪を守っていきますから。

 だから、優しく見守っていてくださいね。

 

 夜の帳が下がった暗い世界。

 幾つか見える星の中に、切嗣さんがどこにいるか探しながら。

 私は今と、そしてこれからのことを、憧れだった人に伝えたのだった。




 はい、冬木の虎こと藤村大河姉さんの回でした。
 最初のギャグチックなノリがどっかに旅立ってしまって、何時の間にかシリアスになっていました。
 ずっと、ギャグのノリで行くつもりだったのに、不覚です。

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