魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

99 / 110
第四十六話 子の心、母知らず

~カンナ視点~

 

 

 私は『誰』だ。何のために存在している?

 自己が揺らぎ、その在り方が確立できない。

 聖カンナという名前も本来は私を指した名ではない。それはニコが捨てたものを私に押し付けただけ。

 意味を持たない記号めいた呼称だ。こんなもの果たして『名前』と呼べるのか?

 『私』は個でありたい。誰かの代わりでも、複製でもなく独立した一個体でありたいのだ。

 それほどまでに高望みなのか? 自分が欲しいと願うのは傲慢なのか?

 教えてくれ……。

 誰でもいいから、私にその答えを授けてくれ……。

 

「ママ〜。あたし、お腹空いた〜」

 

 くすんだ白髪の幼女が私の服の裾を引っ張った。

 かずら。かずみシリーズの肉片とあきらから回収した魂のデータを混ぜ合わせた、悪意の実の落とし子。

 彼女は私のように自己の存在に悩んだりしないのだろうか。

 

「かずら。お前は何とも思わないのか? ドラーゴと……オリジナルの(自分)と出会ったんだろう?」

 

「うーん。確かにほとんど同じ姿でビックリしたけど、あたしはあたしだからね。あとちょっとで倒し切れたところで逃げられたのは悔しいってぐらいかなぁ。そんな事より、お腹空いたよぉ」

 

 空腹にぐずるかずらは複製物の悲哀をまるで意に介した様子はない。自己の存在を認識できるほど精神年齢が高くないようだ。

 幼い故に自分の本質に気付かないとは、羨ましい限りだ。

 私もそんな風に考えられたなら、どれほど楽だっただろうか。

 かずみもあきらたちに奪われ、里美には弱さを見抜かれ、こうして無様にも生き永らえているこの『聖カンナ』を神那ニコが見たら何と()かすだろう。

 そして、タイカ……。赤司大火は……私を何と言うのだろう。

 

「ママぁ、ご〜は〜んんんん!!」

 

「分かったって。朝ご飯食べに行くよ」

 

 育児に追われ、やむなくこの思考を打ち切る。

 食欲だけは旺盛な性格はやはりあきらに似たのだろう。あの男と手を組んでいた時、奴は遊んでいるか、食べているかしかしていなかった。

 奴は獣、否、『竜』だ。知能は非常に優れていたが、品性の方は野良犬にも劣る外道だ。

 あきらを模して設計された、かずらもまたそのような存在に過ぎない。

 魂がまともな人ではないからこそ、悩まない。竜は人間を羨ましいとは思わないのだから。

 私たちは街中で目に付いた適当なファミレスに入店して、モーニングセットを二つ注文する。

 子供だが、かずらはそれなりに食べる方なので、スープやサラダが付いているこのセットでいいだろう。

 

「ママ、それ玩具付いてるヤツ?」

 

「付いてない奴」

 

「やぁだぁぁ〜。あたし、玩具付いてるのがいい〜!」

 

 ぎゃんぎゃんと泣き喚き、店内に居る他の客の目を引いてしまう。

 どう頑張っても中高生にしか見えない私が「ママ」と呼ばれているのも相まって、かなり目立っていた。

 わがままな我が子に根負けして、耳打ちをする。

 

「わ、分かった。あとで何か玩具買ってあげるから泣き止んで」

 

「え、ホント? じゃあ、いいよ」

 

 涙をピタリと一緒で止め、何事もなかったようにそう答えるかずら。こいつ……私から言質を取るためだけにわざと客の前で泣いたな。

 子供というには悪質過ぎる。これも核となるあきらの感情エネルギーの為せる技か。

 疲れ果てる私とは違い、ご機嫌になったかずらは楽しそうに注文したモーニングセットメニューを頬張った。

 食べ終わり、会計を済ませて、店を出てて行くと、私は道を行き交う学生たちの中で同性のクラスメイトの顔を何人か見付けた。

 聖一家は昨日の火災で行方不明という事になっている。両親や妹たちの死体は人形に変えて仕舞っていたため、完全に燃え尽きたが、そのせいでかえって面倒な事になってしまった。

 こちらを発見されては困るので、フードを被って彼女たち足早に離れる。

 その時、不意に彼女たちの会話の内容が耳に入って来た。

 

「朝のニュース見た? あれ、名前出てなかったけど聖さん家だよね?」

 

「うん……。そうだと思う。聖さん、このところずっと学校休んでるし、ウチ、心配だよ」

 

 ……関係ない。『私』には関係のない事だ。

 彼女たちと友達だったのは、私ではなく入れ替わる前の神那ニコだ。

 入れ替わっても何も気付かないこいつらなど、私にはどうでもいい。

 かずらと繋いでいた手が急に握り締められた。

 急かされたのかと思い、彼女を見ると心配そうな視線を私へ送っている。

 

「ママ、どうしたの? 顔色悪いよ?」

 

「ううん。何でもない……何でもないんだ」

 

 そうだ。私にはまだこの子が居る。

 私と同じ、人工的に作られた魔法の命を持つかずら。

 かずみは奪われてしまったが、この子が居る限り、私は一人ではない。

 

「そっか。じゃあ、デパートのお人形さんコーナーにレッツゴー!」

 

「いや、まだデパート空いてないぞ。というか、ひょっとしてそれが目的で心配してた?」

 

「えへへ〜」

 

 愛らしい笑顔で誤魔化すかずらを見て、少し呆れた。

 気を遣ってくれたかと思いきや、自分の都合しか考えていない。

 だけど、僅かに心が晴れた。あとで何か玩具の一つでも買い与えてやるくらいには、彼女の存在に救われていた。

 

 *

 

 

「ねぇ、ママ。かずみお姉ちゃんを何でさっさと取り返しに行かないの?」

 

 時刻が午前十時を過ぎた頃、デパート内の玩具売り場でかずらはそう聞いてきた。

 着せ替え人形を選びながら、何気ない様子で私に問いかける。

 それほど知りたがっている訳ではなく、純粋な疑問として尋ねているのが分かった。

 理由か。そう言われれば、何故だろう。

 元々あきらに対抗するためにかずらを作り上げた。

 実力は同等。いや、昨日の戦いでほぼ無傷で帰還した事から見て、かずらの方が上と考えていい。

 サキの力を足しても充分に釣りが返ってくる。

 だが……。

 

「かずみを取り戻す理由が分からなくなったんだ。私が欲したのは、かずみではなく、自分自身だったのかも知れない。そう思ったら、何だか疲れて来たんだよ」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「それにお前が居るから、今はいいかなって」

 

 かずらのくすんだ白い髪の頭を撫でる。

 私にとって、本当の意味での家族。聖家のあいつらとは異なり、同じ造られし同類。

 この子の存在が、崩れかけた心をギリギリのところで塞き止めている。

 そうして微笑みかけると、売り場の人形を弄っていたかずらはポツリと言った。

 

「あたしは嫌だな……。こんなに自分勝手なママと二人で居るのは我慢できないよ」

 

 思いがけない拒絶の言葉に血が凍り付く。

 今、かずらは何て言ったんだ……? 私の聞き間違いか……?

 彼女は、私の方へ向き直る。

 あの邪悪な少年のような、瞳が私を侮蔑するように細められた。

 

「かず……ら?」

 

「あ。来た来た。遅いよ、パパたち。二人して何やってたの?」

 

 彼女は私ではなく、私の背後から来る誰かに喋りかける。

 “パパ”? その呼び方は一体誰を示す名詞なのか。

 

「その誤解されそうな呼び方、やめい! 俺のことは『あきらお兄ちゃん』と呼べと言ったろ?」

 

 肩越しにかずらと会話をする陽気な声。違えるはずもない。後ろに居るのは、一樹あきらだ。

 そして、彼女は“パパたち”と呼んだ。複数形、即ち一人以上を表す言葉。そのあとに「二人して」と付け加えた事からも背後から来たのは二人組なのは明白。

 あきらが連れている相手と言えば、普通に考えればサキだ。

 しかし、私はこの時、奇妙にも確信めいた感覚があった。

 振り返った先に居るのは『彼女』であるという感覚が……。

 

「かずみ……」

 

 頭の頂点から一房だけ跳ねた、黒い癖のある長髪。澄み切った、丸く大きな瞳。

 子供らしい幼さの残る顔立ちは今や冷徹に引き締められていた。

 

「慣れ慣れしく名前を呼ばないで、ニコ……。あなたはもう、私の敵なんだよ」

 

 静かな怒りを滲ませたその声は、私をたじろがせるには事足りた。

 どうして、二人がここに居る。そして、かずらは何故その事実を知っていた?

 その答えはかずら自身が行動を以って教えてくれた。

 私の脇を通り過ぎ、彼女はあきらの隣に立って、こちらへ目を向ける。

 浮かべた嘲笑。私がかつて、神那ニコへと向けたものと同一のものだった。

 

「かずら……裏切ったのか! 私をわざとこのデパートのこの場所に誘導して……」

 

 どうしてだ! どうして、裏切ったんだ、かずら……! あんなにも大切に想っていたのに。

 睨み付けると、かずらは呆れた返った素振りで大きな溜め息を吐く。

 

「ママさぁ……。あたしがどんな気持ちで傍に居たのか、考えた事もなかったの? 勝手な都合で生み出され、勝手な都合で利用され、最後には勝手な都合で愛情を向けられる。ねぇ、最悪な気持ちだと思わない?」

 

「……ッ!? それは」

 

 私が、神那ニコやプレイアデスの魔法少女に向けていた感情と同じだった。

 気付かなかった。あるいは気付かない振りをしていた。

 身勝手で傲慢に命を弄ぶあいつらと、同じレベルの行いしていた事から目を背けていたのだ。

 神那ニコにした仕打ちが正当だというのなら、私がかずらにされるこの裏切りもまた正当。彼女の憎悪と軽蔑は何らおかしなものではなかった。

 これは起こるべくして、起きた叛逆だった。

 かずみがかずらから、会話のバトンを受け継ぐように語る。

 

「あきらから聞いたよ。この子も私やかずみシリーズと同じように新たに作った人造人間なんだってね。……一体どこまで命を弄べば、気が済むの? 私たちはあなたたちの玩具じゃない!」

 

「ニコちゃん……アンタは人として触れちゃいけない領域まで手を伸ばした。俺の言ってる意味、分かるよな?」

 

 神妙な面持ちのあきらが追随するように続いた。

 ニコ? ああ……、そうか。お前は私からすべてを取り上げる気なのか。

 かずみも、かずらも、『聖カンナ』という名すら奪った上で、私を殺そうというのか……。

 外道や下衆などという言葉では到底表し切れない、真性の邪悪。

 合成魔法少女(わたし)なんかよりも余程人間から逸脱した精神構造。

 悪人ではない。文字通り、邪な悪しき竜——邪竜だ。

 最も大切なものを奪い、汚し、破壊し尽くし嘲笑う邪竜。それが一樹あきらの正体だ。

 二人に説明するか?

 お前たちの隣に居るそいつこそが、最悪の化身だと。

 ……無駄だ。信じる訳がない。かずみは遅行性の神経毒のように奴への“信頼”が染み込まされている。

 何を言っても、小悪党の作り話と一蹴されるに決まっている。

 かずらの方は、自分を創造した私を真っ当な理由で憎悪している。

 誕生前に打ち込んだ、刷り込みのプラグラムによって、直接私を手に掛ける事こそできないが、あきらを再び裏切ってこちらに戻って来るとは思えない。

 王手詰み(チェックメイト)だ。

 手札はすべてあきらに奪われた。もはや私には逃げる事しかできない。

 即座に背を向けて逃げ出そうとする。

 

「ねえ。ママ、何であたしが女の子向けのお人形さんコーナーに連れて来たか分かる? ここね、男の子向けの玩具コーナーよりも小さくて狭いんだよ」

 

 あきらたちと反対に向かった瞬間に何者かに遮られた。

 立ち塞がるように立っているのは黒いとんがり帽子とマントを羽織った六人の……かずみ!

 

「なッ……!」

 

 あり得ない。かずみシリーズは死んだはずだ。十二体以外にストックがあった?

 いや、違う。これは魔法だ。自分の分身を生成する魔法。

 この魔法を得意としていたのは――神那ニコ。

 

「『分身の魔法(プロドット・セコンダーリオ)』! かずみ、お前の仕業か!!」

 

「助けを呼んでも無駄だよ。このフロアに居た人たちは操りの魔法(ファンタズマ・ビスビーリオ)で意識を奪って避難させた。ニコ、もうあなたの逃げ場はどこにもない。ここがあなたの死に場所だよ!」

 

 一般人にまで平然と魔法を使い、あまつさえ、こんな場所で戦闘を始めるなど、かつてのかずみの倫理観では絶対に考えられなかった。

 完璧にあきらの色へと染め上げられている。

 魔法少女へと変身したかずみは十字架を模した杖を手に、私に飛び掛かった。

 私の逃げ場を塞ぐ彼女の分身たちも同じように武器を構える。各々が生み出したのは、どれもプレイアデス聖団の魔法少女たちが使用していた固有の武器だ。

 皮肉にも、私が壊滅させたプレイアデス聖団の魔法少女の力が、私へと復讐を果たすかのように襲う。

 魔法少女の姿になって天井にケーブルで張り付いて、この場から脱しようとするが、一斉に向けられた七人分の合体魔法は私を逃がしてはくれなかった。

 

「逃がさないよ! ニコ! これはあなたが弄んだ私たち(かずみ)からの復讐なんだから!」

 

 異なる七つの魔方陣がかずみたちの前に出現し、激しい魔力の光がこの私を狙って、一つに収束する。

 ケーブルを身体に纏わせて防御するが、装甲にもなりはしなかった。

 

「ぐッああ゛ああああ゛あああ゛ああ゛ああああああ゛!!」

 

 肉体を破壊する暴力的なエネルギーの渦が私を蝕む。

 身体を、精神を、魔力を、砕き壊し尽くす光の球体。逆転のための思考どころか激痛に叫びを上げる事しか許さない、憎悪の籠められた魔法。

 合成魔法少女たちは睨んでいる。激しい怒りを叩き付けながら、なおも収まらない感情を魔力に変えて流し込んでいる。

 当然だ……かずみは確実に私を殺す気なのだから。

 対して、二匹の邪竜は人の姿を保ったまま、テーマパークのパレードでも見物するように楽し気に眺めている。

 ……かずら。お前はずっと私を憎んでいたのか? 子供ような無邪気さで私に取り入って、この瞬間を待っていたとでもいうのか?

 教えてくれ……私たちの間に、親子の愛情は本当になかったのか?

 

 

~かずら視点~

 

 

 激しい光の渦の中。ママが面白い声を上げて、苦しそうな顔であたしを見つめている。

 どうせ、あたしが自分に懐いてなかったのかとか思っているんだろうな……。本当に、どこまでも馬鹿なママ。

 あたしは別にママを恨んではいない。生んでくれた事自体はありがとうって、ちゃんと感謝している。

 許せないのは、自分より弱くて馬鹿なママに従わないといけない事だけ。

 最初にカプセルの中でママを見た時、思ったよ。なんて利用しやすそうな人なんだろうって。

 だから、ママが求める“子供らしい”反応でたっぷり喜ばせてあげた。

 本当は、もう少しくらい親として使ってあげてもよかったんだけどね。でも、ママがいけないんだよ?

 

 ――だって、かずみお姉ちゃんをあたしに食べさせてくれなかったから。

 

 自我があたしの中に宿った瞬間にあったのは不完全な感覚。短い手足に小さな身体。

 生まれた時から「足りない」って感じた。そして、それを埋めるための欠片が何かも本能的に分かった。

 お姉ちゃんの入ったカプセルを一目見て理解した。

 『ああ、これがあたしに必要なピースなんだって』。

 これを取り込めば、この未熟な身体は完全になる。そう確信した。

 でも、馬鹿なママはそれを邪魔して、あたしをコントロールしようとした。その時点でぶち殺してやりたかったけど、そういう考えが実行できないようにあたしは作られてた。

 だから、パパ……あたしの(ソフト)のオリジナルと出会った時、これはチャンスだって思ったね。

 最初は誰だか分からなかったけど、交渉相手としては最適だった。

 ママの決定的な間違いを一つだけ挙げるとしたら、それはイーブルナッツ同士で独立した通信回線を開ける事を知らなかった事だ。

 パパとあたしは交戦に見せかけて、ママの家を破壊しながらイーブルナッツで通信し、お互いに情報を交換した。

 そして、最終的には利害が一致して、秘密の同盟を結んだの。

 パパの提示した条件の一つはママを誘き出して、かずみお姉ちゃんに殺させる事。

 これは直接ママに危害を加えられないあたしとしても願ったりの条件だったから、喜んで受け入れた。

 その後、パパから出した条件はもう二つ。パパの正体をかずみお姉ちゃんに隠す事。そして、蠍の魔女モドキの殺害のサポートをする事。

 後半は面倒だったけど、パパがあたしにしてくれた約束に比べれば些細(ささい)なものだった。

 役割を終えた後に、かずみお姉ちゃんをあたしにくれる。

 邪魔くさいママが消え、お姉ちゃんを食べさせてもらえるなら、あたしとしては何の文句もなかった。

 こうして、あたしはママを裏切る事に決めた訳。ま、当然のなりゆきってヤツだよね。

 愛する娘のために犠牲になる……家族に幻想を懐いているママには幸せな最期だもん。むしろ、最初で最後の親孝行ってヤツ?

 あたしのここでの仕事はこれでおしまいっ! あとはローストになったママを眺める事くらいだ。

 だけど、どこの場所にも厄介な邪魔者っていうのは湧くもので……。

 

「きゃあぁ!」

 

「かずみお姉ちゃん!」

 

 合体魔法に集中していたかずみお姉ちゃんたちの足元に、唐突に数十本のクナイが飛んで来て、床に刺さると同時に爆発した。

 紺色の魔力の粒子が、煙幕のようにもうもうと玩具コーナーで巻き上がる。

 この魔法、見た事がある。これはあの忍者みたいな格好のお姉ちゃんの魔法だ。

 ドラーゴ・ラッテの姿に変身しようとするが、隣に居たパパがあたしを止めた。

 

「……パパ?」

 

「いや、イーブルナッツの反応はねぇ。蠍野郎が来てないなら、雑魚魔法少女どもは戦いに来た訳じゃねーよ」

 

「それなら、かずみお姉ちゃんを連れて行く気じゃないの?」

 

「それも違うみたいだぜ。見てみろ、かずら」

 

 粒子が晴れた後、七人に増えたかずみお姉ちゃんは誰一人欠けてはいなかった。

 でも、その代わりにママの姿がない。紺色のお姉ちゃんはかずみお姉ちゃんではなく、ママを連れて行ったのだ。

 

「パパ! 大変、ママが!」

 

 焦ったあたしはパパの袖を掴んで引っ張るが、パパはまったくと言っていいほど慌てていなかった。

 

「意外っちゃ意外だったが、ひじりんならくれてやればいい……。どの道、もう致命傷は負ってる」

 

「でも、もし助かったら?」

 

「そしたら、俺が直々に殺す。それでいいだろ?」

 

「むう……。他人事だと思って」

 

 パパとしてはママなんか取るに足らない存在なんだろうけど、あたしとしては自分ではどうにもできない目の上のたんこぶ。

 できる事なら早めに排除したいと思うのは人として当然の事だった。

 あたしの頭をあやすようにポンポンと叩いてから、パパはかずみお姉ちゃんに話しかける。

 

「かずみちゃん。そっちは無事?」

 

「うん。ちょっとびっくりしたけど、怪我はないよ。すぐに追った方がいい?」

 

「いや、少し様子を見ようぜ。ニコちゃんに協力者が居ないのはかずらに裏を取ってた。にも拘わらず、外部から助けが来たってことは俺らの知らない勢力があるってことだ」

 

 如何にも、知的でそれっぽい事を言って、かずみお姉ちゃんに追跡を止めさせるパパ。

 方針としては間違っていないけど、どの勢力かぐらいは見当は付いているのにあえて言わないのはパパの嫌らしいとこだ。

 嘘と真実を巧みに混ぜて、簡単には否定できない意見を作る。この辺りはあたしとは全然違った。

 

「あきら……。私また敵を逃がしちゃった」

 

「ドンマイドンマイ。今回は相手が上手だったんだ。かずみちゃんのせいじゃねーよ」

 

 落ち込むかずみお姉ちゃんを、パパは優しく抱き締めて慰める。

 排除しようと思えば充分できたのに、やらなかったのは逃がした方が面白い展開になると踏んだからだ。

 大方、ママをメッセンジャーガールにして、蠍の魔女モドキを焚きつける気なんだろう。

 こういう凝り性なのは分かるけど、そのせいで自分の首を絞める可能性があるのは勘定に入っているのかな?

 

「さて。それじゃあ、お互いに親睦を深めるために飯でも行こうぜ。かずらも玩具何か欲しかったら買ってやるよ」

 

「いや、パパ。今、売り場の人居ないけど。もっと言うとコーナーごと玩具吹き飛んでるんだけど」

 

 気前のいいところを見せて誤魔化そうとしているけど、そもそも売り場の一角が棚ごと消滅している。

 砕けた床や天井の瓦礫しかないのに何を欲しがれっていうんだか……。

 

「あ、じゃあ、私が魔法で直しておくよ。海香の分析魔法を使えば、元の形とか分かるだろうし」

 

「おっ、頼むぜ。かずみちゃん」

 

 パパの便利な女と化したかずみお姉ちゃん……。あたしと肉体(ハード)の部品はほとんど同じらしいが、中身(ソフト)までこうならずに済んで良かった。 

 

「ところであきら……何でその子にパパって呼ばれてるの……?」

 

「そりゃあ、もちろん俺の溢れる父性が幼い子に自然とそう呼ばせるんだよ。なっ、かずら」

 

 適当な発言で誤魔化しつつ、ニヒルな笑みを浮かべて、あたしを抱き上げる。

 前言撤回、これが中身(ソフト)なのも結構ヤダ。うう、早くお姉ちゃんを食べて、終わりにしたい……。

 あたしはパパの胸板に頬を押し付けられながら、しみじみとそう思った。

 




いくら強いからと言って、コピー元をあきら君の魂にした時点で叛逆は決定付けられていました。
何故なら、あきら君は生まれながらの悪だからです。
若干、かずらの方が真面目なところがありますが、根は同じく邪悪です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。