魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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番外編的なギャグ回です。読み飛ばしても問題のない話です。


特別編 オイラ、モブじゃねぇ

 閑散とした昼下がりのあすなろ市、住宅街。

 真っ白い猫に似た小動物が道路脇を練り歩いていた。

 彼の名はキュゥべえ。何も知らない第二次成長期の少女を騙して契約させ、未来のない魔法少女に変える外道マスコットである。

 今日もまた新たに魔法少女を生み出し、一仕事を終えた彼は無表情で新しい獲物を品定めしていた。

 このままでは魔女になるしか先のない哀れな魔法少女が増えてしまう事間違いなしの状況。あわやキュゥべえの思惑通りに事が運んでしまうのか!?

 

『……待ちな、キュゥべえ』

 

 しかし、そうは問屋が下さなかった。下さなかったのである。

 キュゥべえの行く手を遮るように現れたのはなんと……。

 

『何だい? 君は』

 

『オイラァ、ジュゥべえだぜ!』

 

 そう、何を隠そうこのあすなろ市に生息する魔法少女たちのマスコット、ジュゥべえだった。

 楕円形の瞳、サメのようなギザギザの歯。額にワンポイントの輪のマーク。

 カラーリングも基本白一色のキュゥべえに比べ、両耳と身体が黒とバリエーション。

 耳の内側ではなく、首周りのファーから生えた二本の触腕。

 デザインの凝り具合だけで言えば、明らかにキュゥべえを凌駕している。

 

『何にかと思えば、プレイアデス聖団に作られたボクの紛い物か。それで出番の終わったモブが何の用だい?』

 

『オイラ、モブじゃねぇ! オイラはこの街のマスコットだ。このジュゥべえが居る限り、お前の好きにはさせねぇ!』

 

 熱意に燃えるジュゥべえだが、対するキュゥべえの反応は冷ややかだった。

 第一部は一樹あきらの登場により、ほとんど出番をもらえず、待望の第二部に至っては僅か一話しか登場できなかった。

 その点、キュゥべえは終盤からの出演だったが一部はもちろん、二部においても魔法少女や主人公組にも劣らない存在感を放っている。

 出番の差は歴然。月とスッポンならぬ、主役とモブほどに扱いに違いがあった。

 

『ジュゥべえ。例えば、魔法少女云々を抜きにしても、君の知名度は地の底だよ。多分、ボクと一緒に並べたとしても何のキャラか分からないって答える人の方が圧倒的多数……』

 

『うるせぇ! 今日という今日はオイラがお前を倒し、魔法少女の真のマスコットの座を頂いてやる!』

 

『いや、今日という今日は、って言っても設定上ボクと君はお互いに喋る機会は本編でなかったじゃないか』

 

 正論という名の暴力がジュゥべえを襲う。

 今までの彼であれば、この一撃で意気消沈していた事だろう。しかし、今日のジュゥべえは一味違った。

 ぺろりと舌なめずりをして、彼は大きく跳ねた。

 

『その減らず口。すぐに閉じさせてやるぜ! とうッ、オイラァチェーンジ!』

 

 空中でくるくると車輪のように縦軸に回転させる。

 ソウルジェムを浄化させるための謎の動作である。ちなみにこの方法ではジェムは完全に浄化されず、表面処理されて見た目が綺麗になるだけの詐欺のような技だ。

 

『……何がしたいんだい?』

 

 感情のないキュゥべえもこれには流石に呆れたように首を竦める。耳の内側から生えた触腕で頬を掻いた。

 だが、彼の余裕はその数秒後、打ち砕かれる事になった。

 

『な、何だい、その姿は……』

 

 ジュゥべえの首から上は相変わらず、ちょっと捻ったマスコットデザインをしている。

 されど、首の下から生えているのは筋骨隆々の成人男性の肉体だった。かのアクションスターもかくやというほどに引き締まった肉体美は、出演する作品がマギカ系魔法少女シリーズとは思えないものだった。

 

『フフフ……こいつがオイラの新しい姿、マッスルフォームだぜ……。どうだい、感情のないお前でもビビっただろ?』

 

 逞しい両腕の上腕二頭筋を盛り上げて、ボディビルで言うところのフロント・ダブルバイセップスの姿勢を取る。

 可愛らしい顔立ちとギャップにより、異様な迫力を醸し出していた。道行く人に聞けば十人中九人が「気持ち悪い」と嫌悪感を露わにするであろう。

 

『訳が分からないよ……』

 

『その台詞もオイラの代名詞にしてくれるぜ! これからは全てのマギカ系列のマスコットはキュゥべえではなく、このオイラ……ジュゥべえになるのさ!』

 

 凄まじい形相で利権関係者が聞けば、耳を疑うようなせい台詞を吐き、キュゥべえ目掛けて丸太のような腕を振り抜いた。

 

『オイラァ!』

 

 持ち前の俊敏さで彼はさっと身をかわすが、ジュゥべえの放った重量級の手刀はアスファルトの大地を真っ二つに叩き割る。

 さしものインキュベーターもこの狂ったマスコットの凶行は理解が追い付かず、総体と生きる生物にも拘わらず、一つの個体としての危機感を覚えた。

 否、彼の狂気に当てられ、この個体はある種の精神疾患に罹患したのだ!

 

『ちょ、ちょっと待ってよ。君の発言はおかしいよ。もうどこから切り込んだらいいか分からないくらいにおかしいよ!』

 

『何もおかしい事なんてないぜ! オイラは過去と未来のあらゆるキュゥべえを消し去りたいだけだ! そして、マギカ系マスコットの座を頂くのだぜ! オイラァ!』

 

『口調も何かおかしい!? そして、その一人称は掛け声なのかい!?』

 

 脱兎の如し、という表現が似合うほど一目散に逃げ出すキュゥべえ。

 顔だけは振り向いて、細かく突っ込みを入れて来るのは精確さを重んじるインキュベーターの性なのか。はたまた確立した自我から発生した個性なのか。それは魔法少女の女神にも分からない。

 

『待て待て、逃げるんじゃねぇ。オイラララララララララララララァッ!!』

 

 巨岩のような握り拳を激しく突き出して、ジュゥべえは道路を陥没させていく。その速さは二本しかない腕が百本に見える拳の嵐!

 雨季に入れば、この道路の空いた大穴に水が溜まり、カエルやヤゴたちのビオトープへとなって都会の忙しない社会人に一時の安らぎを与える事だろう。

 

『待って。何か、見えないところもおかしい!』

 

『訳分かんねぇ事言ってんじゃねぇ! ラッシュの速さ比べと行こうぜ! キュゥベープラチナ先輩よぉ!』

 

『見えるところはもっとはおかしいよ!』

 

 ジュゥべえ・マッスルフォーム改めジュゥべーダイヤモンドと化した彼は、更なる連続突きでキュゥべえを追い詰める。

 しかし、時を止める魔法少女相手に培ってきた彼の逃走能力は並大抵ではない。

 抉れたアスファルトの中に潜り込み、間一髪で連撃を回避すると衝撃で外れていたマンホールの中へ飛び降りた。

 下水に潜れば、筋肉質のジュゥべえは乗り込んで来れないと踏んだのだろう。

 だが、安心したのも束の間。下水道には降り立った彼を待ち受けていたのは……“五人”のジュゥべえたちだった。

 

『増えてる!? 設定上、君はボクと違って一体以上居ちゃ駄目だろう!?』

 

『何を言っているのか分からないぜ、先輩。メタな発言をするのはご法度なんだぜ』

 

『……この扱いは理不尽だよぉ』

 

 作品の世界観を壊す発言を注意したジュゥべえたちはそれぞれボディビルのポージングを決めつつ、己の名乗りを上げて、キュゥべえを威嚇する。

 

『オイラの名はジュゥべえ・マリポーサ!』

 

『オイラの名はジュゥべえ・ビッグボディ!』

 

『オイラの名はジュゥべえ・ソルジャー!』

 

『オイラの名はジュゥべえ・ゼブラ!』

 

『オイラの名はジュゥべえ・スーパーフェニックス!』

 

 五人は各自、フロント・ラットスプレッド、サイドチェスト、サイド・トライセップス、アブドミナル・アンド・サイ、モスト・マスキュラーのポーズを狭い下水道の中で華麗に決めていた。

 そのどれも古代ギリシャ的な男性としての美を放っている。彫刻のような腹筋の割れ具合、各部位の筋肉の盛り上がりは一種の奇跡と言っても過言ではないだろう。

 彼ら五人が隙間なく詰め込まれたこの空間は、筋肉の天国となっていた。

 

『オイラたち、五人合わせて運命の五マスコット! キュゥべえ、いざ尋常にマスコットの座を掛けて争奪戦を申し込むぜ!』

 

『ボクはかつて、ここまでの仕打ちを受けた事はなかったよ……』

 

 視覚的な暴力にキュゥべえは疲弊し、遂に弱音を漏らす。

 これまで真実を知った魔法少女に殺された事はあった。邪悪な少年たちに洗脳された事や頭から捕食された事もあった。

 しかし、ここまで精神的な責め苦を受けた例はなかった。

 嘆きや悲嘆を通り越し、一周回って悟りの境地へと辿り着きそうである。

 五マスコットたちがそれぞれフィニッシュ・ホールドを掛けようと、彼ににじり寄って来た。

 

『さあ、オイラのジュゥべえリベンジャーで今までの仕打ちの報復を果たしてみせるぜ!』

 

『もう明らかにボクの方が酷い仕打ちを受けているんじゃないかい?』

 

『いやいや、ここはオイラのジュゥべえインフェルノで地獄に落としてやるぜ!』

 

『ここが地獄だよ! 断言するよ、ここより下は絶対に存在しないって』

 

『なんのなんの! オイラのジュゥべえスパークが火を噴くぜ!』

 

『ボクの思考はスパークして既に火を噴いてるよ!』

 

『甘いぜ。オイラの真・ジュゥべえインフェルノでイチコロさ!』

 

『もうイチコロどころか、サンコロ、ヨンコロしているから許してよ!』

 

『そんなんじゃ駄目だぜ。オイラのインテリジェンスジュゥべえパワークラッシュでフルボッコにしてやるぜ!』

 

『自分がインテリジェンスの欠片もない発言してるって気付いてないのかい!?』

 

 五マスコットの発言に一進一退の突っ込みで、キュゥべえは見事に窮地を乗り切る。

 伊達に世界でも知名度のあるマスコットを務めている訳ではない。これまで多くの魔法少女相手に悪徳契約を結び、魔女化一直線コースへ突き落していたその口の上手さは天下一品なのだ。

 

『くう……流石はマスコット番長を張ってきたその突っ込み力……下手なギャグ漫画よりも切れ味が良いぜ……』

 

『何か、倒れ始めたよ!?』

 

 キャラとしての強度を見せ付けられ、勝手にバタバタと倒れて行く五人のジュゥべえたち。

 筋肉こそ肥大化したが、そのキャラとしての個性はまるで成長していなかったのだ。どれだけ凝ったデザインであろうとも外道マスコットとして一世を風靡したキュゥべえの個性には敵わなかった。

 心が敗北を認めた時、ジュゥべえたちの筋肉は萎み、元の姿へと戻っていく。

 

『お、終わったのかい……』

 

『いいや、オイラはまだやられていないぜ!』

 

 下水道の天井を殴り壊して、落下してきたのは最初に出会ったジュゥべえだった。

 悟りを開き、感情とは、宇宙とは何かを理解し始めていたキュゥべえも彼の執着には打ちひしがれそうになる。

 

『また君かい……いい加減にしてほしいよ』

 

『いい加減かどうかはその身で味わってもらうぜ!』

 

『そんな姿になって、腕尽くでマスコットになってどうする気なんだい? そんな君を誰が愛してくれるというのさ?』

 

『オイラは……オイラはここでお前に勝利し、究極かつ至高のマスコットになるんだぜぇ! それだけだぜ……それだけが満足感だぜ! 過程や方法なんて……どうでもいいんだぜぇーーッ!』

 

 下衆な笑みを浮かべたジュゥべえの拳が彼に迫る。

 キュゥべえは思った。

 この生き物がマスコットになるくらいなら、もう魔法少女なんて存在しない方がいい、と。

 首から下が筋肉質の異形と契約するような悍ましい絵面を許すなら、そんな世界は存在しない方がいい。

 そう思った。

 その瞬間、世界に罅が走る。

 

『な、何なんだぜ……? 何が起きているというんだぜッ!?』

 

『分からないのかい? この世界が君という醜悪な存在を認めないとそう言っているのさ。……ジュゥべえ、君は一つ思い違いをしているよ』

 

 下水道のみならず、空間そのものに無数の亀裂が生まれ、広がっていく。

 

『お、思い違いだと……それは何なのだぜ!?』

 

『マスコットというのは自分でなるものじゃない。世界がその在り方を望むからマスコットが生まれるんだ。君はそれを無視した。世界の声を無視したんだ』

 

『……な、にぃ?』

 

『君に圧倒的に足りないもの……それはキャラの濃さでも外道トークスキルでも、可愛さでもない』

 

 そこで一度、言葉を止め、はっきりと言い放つ。

 

『それは人気だよ! 君を認識してくれる人たちに好かれなくてはいけなかったんだ。どれほどマスコットと言い張っても、それを受け入れてくれる人が居なければマスコット認定されない。過程や方法を顧みないと宣言した時点で、君は――マスコット失格だ!』

 

『そ、そんな……じゃあオイラは……オイラは……!』

 

『君は二度とマスコットには戻れない。そして、マスコットと筋肉質の異形の中間の生命体となり、永遠に二次創作の海を彷徨うんだ』

 

『あ……あんまりだぁーー!』

 

 世界の隅々へと罅が広がり、ジュゥべえの嘆きと共に弾け消える。

 キュゥべえは砕ける世界の中で思う。

 彼もまた被害者だった。マスコットというそのコンテンツの顔とも言える存在。それに憧れ、手を伸ばした事は決して間違いではなかっただろう。

 間違っていたのはその解決法だった。

 ジュゥべえは塵になった。

 彼が無意識の内に取っていたのは、耳から飛び出た触腕での「敬礼」の姿だった。

 インキュベーターの肉体構造上涙腺がないため、涙は流れなかったが、無言のマスコットの詩があった。

 珍妙不可思議な友情が、そこにはあったのだ。

 

 

~かずみ視点~

 

 

「……って感じの夢をずっと見てたよ」

 

 今まで気を失っていた時、どういう感覚だったのかあきらに聞かれて、私は素直に見ていた夢の話をした。

 彼は買ってきたチョコのシェイクをストローで一頻り啜ってから、口を離して憐れんだ目を向けて来る。

 

「……かずみちゃん。心病んでんじゃねーの。病院行く? 頭の病院」

 

「失礼だなぁ、もう! だから正直に話すの嫌だったんだよ」

 

「いや、だってよ。それ、もう心病んだ人が見る夢じゃん。壁の染みとお話しちまう人のお話じゃん」

 

 冗談とか言葉の綾じゃなく、本気で可哀想な人を見る目で私を眺めて来る。

 凄い不本意だ。私だって、こんな夢を見たくて見た訳じゃない。それに言わせてもらうなら、私の境遇って結構悲惨だ。

 変な夢の一つや二つ見てもおかしくない。

 

「今日、寝たらジュゥイチべえが出て来るぜ、きっと」

 

「やめてよ。わりと名前に数字が入っているのトラウマなんだから」

 

 十三番目だから一と三で「かずみ」。和沙ミチルの略でもあるんだろうけど、私にはもう一つ意味が重ねられている。

 私も、十三人の内の名前の内の一人でしかない。そう思うと心が痛い。

 食べかけのハンバーガーとフライドポテトを見ながら、物思いに(ふけ)っていると、あきらが頭をポンと叩いた。

 

「大丈夫だぜ。かずみちゃんはこの世で一人だけだ」

 

「あきら……」

 

 見上げたあきらは口元にポテトの粗塩が付いたまま、にかっと太陽のように笑う。

 

「他の奴がアンタを別の誰かと重ねたって、俺にとっての手間が掛かるお転婆なかずみちゃんはアンタだけだぜ。だから、しょげるなよ。飯が不味くなる」

 

「うん! って、ポテト触った手で髪に触ったな!」

 

「ああ~、良い感じの話だったんじゃん。どうしてそう落ちを作るかねぇ、ウチのお転婆ちゃんは……」

 

 あきらは面倒くさそうにシェイクを啜って、顔を逸らす。

 ……お転婆で結構だ。本当は、その優しさに泣きたくなったなんて言える訳がない。

 部屋の転がったティッシュ箱から何枚か抜いて、目元に当てる。

 

「ポテトの塩が目に入ったのか? ったく、ちゃんと拭いとけよ」

 

「……うん、そうだよ。だから、こっち見ないで」

 

 そう。これはフライドポテトの塩が目に入っただけ。

 だから、こんなにもしょっぱいんだ……。

 あきら。本当に、本当に一緒に居てくれて、ありがとう。




時系列は前回のすぐ後くらいです。
ギャグ回でもあり、あきら君の誑しスキルやばいという話です。

追記

ジュゥべえが登場する二次創作の発展を願ってこの話を書きました。
キュゥべえと違って出し辛いし、キャラが浸透していないですが、このマスコットが皆様に愛される事を心より祈っております。

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