魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第四十五話 縋り続ける少女

~サキ視点~

 

 

 囚われていたかずみを取り戻した私は、一人先にあきらが借りたホテルの一室へと戻っていた。

 縮小したカプセルの中で静かに寝息を立てている彼女の様子を眺めて、私は安堵して一人掛けのソファに座り込む。

 あきらの言っていた通り、かずみは無事だった。

 里美たちの襲撃を予見し、難なく奪還を果たした手際は流石の一言に尽きる。

 彼こそ、私に必要な存在だったのだ。あのプレイアデスの無能共とは比べるべくもない。

 カプセル内のかずみを起こして、再会を楽しみたいが、あきらには許可を出すまでそのままにするよう言われているため、勝手はできない。

 きっと、かずみを混乱させないための配慮なのだろう。彼はそういう細やかな気配りができる男性だから。

 私はカプセルを部屋のテーブルに置いて、大人しくあきらの帰還を待った。

 あの白い竜と一騎打ちに出た彼だが、負ける光景は見えない。彼は確実に勝利し、私の元に帰って来てくれると確信があった。

 何故ならあきらとは不可能を可能にする男性だからだ。

 しばらくそうして、ソファに座っていると、部屋に備え付けられた時計が二十三時を示した頃、開いた窓から彼がふわりと入って来る。

 怪我らしきものもないが、少し疲弊した様子で二人掛けのソファに寝転がった。

 

「ただいま、サキちゃん」

 

「お帰り、あきら。そちらの方は片付いたみたいだな」

 

「まあ、トドメを刺す前に逃げられたが、格付けは終わったぜ」

 

 彼はそう言って、テーブルの上に置いたカプセルを手に取った。

 

「そうか。お茶でも入れる。待っていてくれ」

 

 気を利かせようとした私はキッチンへ行き、紅茶のパックをティーカップに入れ、お湯を電気ケトルで沸かす。

 こうしているとまるで恋人同士になったようで気恥ずかしい。

 ケトルの水が沸騰するまで会話で場を繋ごうと思ったが、意識してしまい、どうにも口が回らない。

 気まずくはないが、むず痒い沈黙がホテルのリビングを埋め尽くす。

 ……ああ、私がよく読む恋愛小説ではこういう時、何を言うのだったか。

 愛読書の中から最適解を探すが、やはり私の口からはこの場に適した言葉は出て来なかった。

 

「サキちゃん」

 

 沈黙を破ったのはあきらの方だった。

 私は声が上擦らないように気を付けて、聞いた。

 

「な、何だ? あきら」

 

「せっかくなら、かずみちゃんの奪還を俺のマンションで祝いたいんだ。だから、先に行って用意をしていてくれるか? 明日の八時くらいには向かうからさ」

 

 あきらはそれだけ言うと、私へ何かを投げて渡した。

 キッチンから手を伸ばして受け取ると、それは鍵だった。

 話の流れから言って、あきらのマンションの部屋の鍵だろう。

 

「えっと……今からか?」

 

 恐る恐る尋ねると、あきらはにこやかに肯定した。

 

「そう、今から。頼んだぜ、サキちゃん。俺はその間にかずみちゃんに今までの経緯を話して、理解させとくからさ」

 

 確かに私が何か話すよりも、かずみが信頼を寄せているあきら一人で説明した方がいいかも知れない。

 それにホテルよりあきらの家の方がかずみもきっと寛げるはずだ。うん、間違いない。他ならないあきらがそう言っているのだから当然だ。

 

「分かった、任せてくれ。すぐに用意しに行く。集合時刻は明日の朝八時でいいんだな?」

 

「おう。任せたぜ。こっちもこっちで上手くやっとくからよ」

 

 あきらの返事を聞き終わった私は鍵を片手に、ホテルの部屋から出て行った。

 こうなれば、うかうかはして居られない。彼の部屋に着いたら、すぐに片付けや飾り付けの準備に取り掛からなくては。

 もしかして、料理も必要か? ……いや、私はあまりそういった事は得意じゃない。買いに行くか? しかし、時間的に開いている店など……。

 ひたすら悩みながら、夜道を歩いてあきらのマンションまで向かう。

 住所は前に教えてもらっていた。しかし、ニコの自宅を監視するために、付近のホテルにしたせいで彼のマンションまでには少し遠い。

 仕方ない。緊急時以外使わないようにしていた『イル・フラース』を応用した瞬間移動を使おう。

 私は魔法少女の衣装に変身して、瞬間的に肉体を魔力で稲妻に変換する。

 魔力を帯びた電気の塊と化した私は指定した座標、つまり、あきらのマンションの前に飛び、電気になった肉体を元に戻した。

 

「はあ……」

 

 一瞬で目的地に到着できたものの、立ち眩みをして地面に座り込む。

 やはりこの魔法はキツい。普段の戦闘にはとても組み込める代物ではない。

 肉体そのものを電流に変換するこの技は、かなりの魔力を消耗する。おまけに副作用として、髪が異様に伸びてしまう。

 元々は『妹の残した鈴蘭を永久に咲かせ続ける事』の願いから派生した、生命の成長速度を操る魔法だからか、瞬間移動をする度に毛根の成長を促してしまうのだろう。

 軽く部屋を清掃し終えたら、この長くなった髪もどうにかしないといけない。

 いや、あきらから、長髪になった私を見て喜んでくれるだろうか? いっそ、かずみと同じ髪型にしてみるのも手だ。

 そんな益体のない事を考えながら、彼の部屋に向かった。

 

 

 *

 

 

 男の子の部屋らしく、床には玩具やら漫画雑誌やらが転がっていたが、それらをすべて片付けて、空いている部屋に仕舞い込む。

 掃除機を使って一通りゴミを取り除いた後、床を布巾掛けまで終わらせると時刻は深夜三時を回っていた。

 これでは料理まで調達するのは難しそうだ。冷蔵庫に何かないか見て、簡単なものを作るべきか。もしくはコンビニで食べ物を買って来る方がいいかも知れない。

 こうして、かずみの歓迎会を準備するとなかなか心が(おど)った。

 初めて“彼女”とあった時とは真逆だ。あの時は私や他の皆が“彼女”歓迎されて……。

 脳裏に、『かずみではないかずみ』の顔が過ぎる。

 違う……やめろ。思い出すな……あれは『かずみ』だ。かずみなんだ。他の誰だと言うんだ。

 変な事を考えてしまったせいで、気分が悪い。食べ物は止めて、飲み物だけとりあえず買って来よう。うん、そうしよう。

 私はそう決めて、部屋の外に出る。夜風が肌に吹き付け、僅かに寒さを感じた。いつの間にか汗を掻いていたようだ。

 ジュースを買って、軽いお菓子でも揃えたらシャワーを浴びて身を清めよう。

 マンションの階段を降り、エントランスホールから出ると、街灯の明かりと近くのビルや店の光以外真っ暗な夜がどこまでも広がっている。

 その暗黒の中、二人組の男女の姿がすぐ近くの街灯の明かりの下に佇んでいるのが目に入った。

 あれは……。

 

「どうしたんだ、二人とも。まだ待ち合わせの時刻には五時間も早いが……」

 

 あきらとかずみに、そう声を掛ける。

 もしかして、手伝いに来てくれたのだろうか。だとしたら、非常にありがたい。

 三人で一緒に飲み物やお菓子を選ぶのもきっと楽しいはずだ。

 けれど、二人とも様子がおかしい。暗がりのせいで表情までは確認できないが、纏っている雰囲気がどうも妙だった。

 

「何で……」

 

 無言だったかずみがようやく言葉を発してくれた。

 だが、それは。

 

「何でなの? サキ……」

 

 悲しみと、激しい怒りの混ざった声だった。

 大きく見上げた彼女の顔は、明確な憎悪の色に染め上げられている。

 

「かず、み……? 何を、怒って……」

 

(とぼ)けないでッ!」

 

 激昂したかずみは、足元に一冊の本を投げ付ける。

 明かりに照らされて、見えた表紙には……『diario M・K』の文字が刻まれていた。

 ……何だ、それは。何の本なんだ? ……知らないぞ。私は知らない。私はそんなもの知る訳がない。

 

「これ、読んだよ。『和紗ミチル』の残した日記……」

 

 淡々と語るかずみ。だが、その口調とは裏腹に激しい感情が彼女の中で渦巻いているのは明白だった。

 睨むというより、刺すという表現に近い彼女の眼差しは私に注がれている。

 

「私をこのミチルの代わりとして作ったんだね? レイトウコの壁の中に居た十二人の『私たち』も全部、プレイアデス聖団がミチルの死を無かった事にするためだけに!」

 

「し、知らない。私は知らない! ミチルなんて知らない! そんな奴、会った事も聞いた事もない!」

 

「嘘! 日記にはサキの事も皆の事も書いてあったよ! ……都合の悪い事は全部忘れて、粘土の玩具みたいに何度も何度も作って、邪魔になったら閉じ込める……あなたたち、プレイアデスは最低だッ! 最低の外道集団だ!!」

 

 やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ、やめてくれぇぇ!

 話が違う! あきらが……あきらが忘れていいって。そう言ったんだ。私は悪くない。そうだ、あきらだ。

 縋る思いでかずみの隣に立つ彼に視線を送る。しかし。

 

「そして、かずみちゃんを独占するためにニコちゃんと組み、他のメンバーを殺して、かずみちゃんを攫った。計算違いだったのは途中でニコちゃんも処分しようして、決裂した事。——そうだろ、サキちゃん!」

 

 あきらは私を指差し、悲しそうに糾弾した。

 それは本当に違う! 冤罪だ! そんな事、一緒に居たあきらなら知っているはずだろう!?

 あまりの事態に舌が上手く回らない。混乱し過ぎて言葉が出て来ない。

 そんな私の事など気にも留めず、なおも彼の弾劾は続いた。

 

「何でだよ……サキちゃん。何であんなに仲の良かった皆を殺したんだ!? そんな『和紗ミチル』が欲しかったのか?」

 

 涙に濡れた瞳であきらは、私を非難し続ける。

 

「かずみシリーズを閉じ込めたのもアンタだったよな。コレクションでもしたかったのかよ? 『和紗ミチル』と同じ顔のあの子たちを玩具みたいに集めて……。サキちゃん、アンタ、本当に人間かよ!? これが人間のする事なのかよぉ!」

 

 その言葉には巧みに真実と虚構が入り混じり、反論できない勢いまで備えていた。

 悲しみと怒りに彩られた彼の台詞は、私を悪と断定し、追い詰める。

 

「あ……あ、あああ……ああああああああああああああああああああ!」

 

 裏切られた。

 そう気付けたのは私が嵌められた側だからだ。

 もしも、私がかずみの立場なら、彼の悲しみにくれた叫びに賛同していた事だろう。

 いや……本当はもっと前から分かっていた。

 あきらの正体が黒竜の魔女モドキだった時点で、彼への信用は破綻している。

 それでももう後戻りはできなかった。口車に乗せられて、ミチルの存在を否定し、切り捨てた時から私はあきらを信じる以外に道はなかったのだ。

 心地よい幻想に浸り、辛い過去を拭い去る幸福に縋ってしまっていた。

 その結果がこれだ。救い用がない。愚かしいにも限度がある。

 プレイアデスの友情も、魔法少女の矜恃も、全部食べられてしまった。

 あきらという竜に心の大半を喰い千切られてしまったのだ。

 絶望する私に追い打ちを掛けるべく、あきらは白々しく自分の腰の辺りを(さす)って、かずみに促す。

 

「かずみちゃん……。蠍の魔女モドキの戦闘でベルトを壊された俺には、戦う力はない。だから……」

 

「うん。分かってる。サキは私が倒す!」

 

 黒い魔法少女の衣装を纏った彼女は一歩踏み出してから、十字の杖の先端を私へ指し向けた。

 かずみはもはや私を仲間でなく、倒すべき敵と認識している。

 彼女の後ろであきらの顔が、邪悪な笑みを浮かべた。愉悦を隠し切れないと言わんばかりの頬の端まで吊り上げた笑い方。

 私は……私たちプレイアデス聖団は最初から終わっていた。

 この世の悪を煮詰めて凝縮させたような、一樹あきらという存在に目を付けられた時点で結末は確定していたのだ。

 後悔に打ちひしがれながらも、私も同じように魔法少女に変身する。

 戦いにはならないだろう。仮に勝っても戻る場所も、迎えてくれる人も居ない。

 全部壊してしまったから。完膚なきまでに消し去ってしまったから。

 他でもない自分自身の手で、捨ててしまったから。

 それでも変身したのは、せめてもの償いのためだった。

 一時でも記憶から消そうとしたミチルへの償い。

 あきらによって支配された彼女をここで止める。私のように取り返しの付かない過ちを犯してしまう前に。

 乗馬鞭を手に持ち、彼女のクローンと対峙する。

 かずみの身体が跳ねる。一息で彼我距離が縮まり、彼女の杖の間合いに入った。

 風切り音を立て、十字の杖は水平に薙ぎ払われる。私は背中を逸らし、地面に着きそうなほど弓なりに曲げて回避を行った。

 振り抜かれた杖に乗馬鞭を引き伸ばして絡ませ、電流を流し込む。

 しかし、彼女は振り抜いた時、既に得物を手放していた。

 

「……ッ! しまっ」

 

 放り投げられた杖に引っ張られ、真横に捻れる私の身体。

 そこへ容赦なく振り下ろされるのは、金属のように硬質化したかずみの拳。

 カオルの魔法……。プレイアデスの魔法で作り上げられた合成魔法少女の彼女なら使えて当然だ。

 

「がはッ……」

 

 がら空きになった鳩尾(みぞおち)に杭の如く突き刺さる鋼鉄の打拳を受け、血の混ざった吐息を漏らす。

 視界に火花が走った。内臓が掻き混ぜられ、呼吸が数拍止まる。

 衝撃で転がった私に、かずみの指から射出された小型ミサイルの追撃が襲い掛かった。

 

「ごぉあッ!?」

 

 爆発にもんどり打って、血反吐を吐く。それでも、両手を伸ばして電撃を放つだけの余力は辛うじて確保していた。

 更なる連撃を当てようした彼女だったが、一旦手を収め、万年筆を円状に並べたようなバリアを展開してそれを防ぐ。

 ニコの魔法に、海香の魔法。それも完璧に使いこなしている。これもあきらの入れ知恵か……。

 鞭も無駄、電撃も防がれる。なら、電流による肉体の超加速で近接格闘に持ち込む!

 身体能力向上させ、後方ではなく前方に飛び出す。

 電流を帯びた私の拳は硬質化した肉体でも伝達する。速度、威力、鋭さ、すべてに置いてかずみを上回る一撃を叩き込んだ。

 伸ばした拳は容易く彼女の身体を貫通する。

 だが、腕が身体を穿ったその瞬間に、かずみの姿が崩れて浅葱色の壁に変形した。

 

「……これは!」

 

 ――ニコの得意とする再生成の魔法!  

 崩れた壁の後ろにかずみがもう一人。薄ピンク色の大剣を構えていた。

 見間違えるはずもない、みらいの大剣……。

 

「はあああああ!」

 

 それがかずみの掛け声と共に袈裟切りに振るわれる。

 腕は壁にがっちりと埋め込まれ、抜き取る事は叶わない。

 

「……ぅ!」

 

 瞬間移動を使うしかかわす手段はない。けれど、一日に二回もこの魔法を使った(ためし)はなかった。

 転移先の座標を特定する暇もない。下手をすれば、地面の中に埋まる可能性も、上空に放り出される可能性もある。

 しかし、この方法以外に私の助かる選択肢は存在しなかった。

 大剣が私を両断する寸前、意を決して瞬間移動を発動させる。

 私の肉体は瞬時に電気となり、深夜の街で空間跳躍を行なった。

 

 

~あきら視点~

 

 

 片腕を壁に固定されていたサキちゃんの身体が、かずみちゃんに二枚に(おろ)される前に掻き消えた。

 惜しくも魔法少女の刺身を完成できずに、かずみちゃんの大剣は空を切って地面に刺さる。

 あと一歩だったが、まあ仕方ない。サキちゃんにこの奥手がある事は知っていた。

 髪が伸びていたから既に一度使用済みだと高を括っていたが、二度も使うとは思わなかった。

 俺にちょっと急かされたくらいで、貴重な瞬間移動を一回使ったと思うと笑えてくる。ていうか、本気でウケるんですけどー。

 

「ごめん。あきら……サキには逃げられた」

 

 剣や壁を消してから、魔法少女の姿のかずみちゃんが俺の方に擦り寄って来る。

 それを優しく慰めるように抱擁をくれてやった。

 

「仕方ねぇよ。かずみちゃんはずっとあいつらに意識を奪われて、ようやく起きたばっかりだ。上手くやれた方だと思うぜ」

 

「あきら……。うん、ありがとう」

 

 潤んだ恋する乙女の瞳で見上げてくるかずみちゃん。うむうむ、()い奴じゃ。苦しゅうない。

 これについては珍しく本音だった。

 今回、サキちゃんを切り捨てたのはかずみちゃんの試運転のため。

 サキちゃん相手にどこまでやれるのか、元仲間だからと言って躊躇ったりしないかのチェックが目的だった。

 もしも、俺の要求するレベルに達してなかったら、二人纏めて“燃えるゴミ”になってもらうつもりだったが、この様子なら「大変よくできました」の判子を上げてやってもいいだろう。

 ぶっちゃけてちまうと、俺にとってかずみちゃんは居ても居なくてもいい存在だ。

 ひじりんや蠍野郎のような執着心は欠片もない。なのに、わざわざ手間暇かけて争奪戦に参加した理由は一つ。

 ——かずみちゃんが大好きで堪らないあの二人を、そのかずみちゃんに殺させるためだ!

 きっと最高に面白いぞ! 「かずみぃ~、どうしてぇ~」とか情けない断末魔を上げて絶望に染まりながら、惨めな死に様を俺に見せてくれること請け合いだぜ!

 俺はその愉快な展開を巻き起こしてくれる新しい玩具を気遣う。

 

「疲れただろ? 後はゆっくり休もうぜ」

 

 かずみちゃんの手を取って、その場を後から去ろうとした。

 

「え? でも、あきらの家ってここじゃ……」

 

「あー。別にセーフハウスを借りてるんだよ。この場所はサキちゃんに知られちまったからな。ここはもう安全じゃねぇ」

 

「あきらってお金持ちなんだね……。あれ? でも、中学生ならお金がいくらあってもお家は借りられないんじゃないの?」

 

 鋭い質問をしてくれるかずみちゃん。記憶はない癖にそういう知識は和沙ミチルから受け継いでいるんだな。

 だが、その点においても抜かりはない。

 

「この街でできた大人の友達に名義を貸してもらって代わりに借りてもらったんだ。だから、表向きは俺が借りた訳じゃないし、表札も一樹じゃねぇ。万が一にもサキちゃんやニコちゃんに居場所が割れる心配もナッシング」

 

 いや~、良い仕事してくれたぜ。宿利さん。

 ロリペド野郎で生きる価値のない腐ったカスみたいな奴だったけど、俺に忠実だったことは評価してやってもいい。

 死後評価されるなんて芸術家みたいな奴だなぁ……。

 

「へぇー。あきらの友達なら私も会ってみたいかも。どんな人?」

 

「(俺にとっては都合の)イイ奴だったぜ……。性癖がちょっと変わってたけどな。だが、もう会えない」

 

「どこかに行っちゃったの?」

 

「ああ……遠い遠い国に逝っちまった」

 

 遠い目をして日の出てない空を眺める。

 地獄と言う名の国へ、な。俺に合う前から細々と幼女相手に強姦殺人を繰り返したみたいだし、多分最下層辺りに落とされているだろう。知らんけど。

 俺のように徳を積み、生まれ直してほしいモンだぜ。

 ま、クソに集る蠅みたいな奴だったから、生まれ変わるとしたら便所蠅だろうけどな。

 ……どうでもいいことを考えてたら、なんかお腹減ってきた。途中でハンバーガー屋に寄って帰るか。

 

 

~サキ視点~

 

 

「がほッ、げぁ……ッ」

 

 喉から零れる血が止まらない。

 魔法少女が持つ治癒能力を超えるダメージが肉体に蓄積されている。

 目の前がチカチカ点滅を繰り返す。呼吸をする度、肺が痛みを訴える。

 私は近くの壁にもたれ掛かり、身体を休めた。

 駄目だ……もう一歩も歩けない。立ち上がる事さえ困難だ。

 魔力も二度の瞬間移動でかなり消費してしまった。グリーフシードもあきらに返してしまったため、手元には一つもない。

 転移先こそ無事に着けたが、ここがどこかも分からない。魔法の移動距離は、あすなろ市から出るほどではないから、市内なのは間違いないが、こうも周りが暗いと地形で判断できない。

 

「あッぐ……はあ、はあ……」

 

 アスファルトの地面。コンクリートの壁。視界に映る道幅は決して広くない。

 こんな場所この街にはいくらでもある。特定は不可能だ。

 意識が混濁してきた。思考が整理できない。

 日の出までまだ時間がある。通行人が通るまでどのくらい掛かるか見当も付かない。

 このまま、死ぬのか……。騙されて、大事なものを捨ててしまって、誰にも知られずたった一人で死に絶える。

 実に私らしい、惨めな終わり方だ。

 皆に謝りたい。プレイアデス聖団の皆に、ミチルに……許しを乞いたい。

 そう思って瞳を閉じた時。

 

「…………!」

 

 足音が聞こえた。

 幻聴ではない。小さいが一定のテンポで一人分の足音が近付いて来る。

 奇跡だ早速、助けを求めよう。そうすれば……そうすれば……。

 待て。本当にそれは一般人の足音か?

 あきらか、かずみが私を追って来たのではないか?

 もし本当に一般人だとしても、血塗れの如何にも訳アリの私を助けてくれるのか?

 仮に助けてくれたとして、その人物が本当に善人だという保証は?

 あきらのように私を利用して、裏切らないという可能性はどのくらいある?

 疑心暗鬼に陥り、私は恐怖に震える。

 怖い……。他人を信じるのが怖い……。

 信じなければ死ぬだけだと分かっている。でも、怖いのだ。

 伸ばした手が、踏み躙られるのが、途方もなく怖い。

 だが、それでも……それでも私にはこの希望に縋るしかないのだ。

 覚悟を決め、すぐ近くに来た人影に話しかける。

 

「た……」

 

「……?」

 

 人影がこちらに気付いた様子でより接近して来る。

 不信感と恐怖が増大し、言葉を塞き止めようと喉に貼り付いた。

 それを気力で乗り越え、私は震える声で口に出す。  

 

「たすけて、ください……」

 

「…………」

 

「お願いします……。私を、助けてください」

 

 鉛のように思い手を伸ばして、人影に頼み込む。

 駄目だ、もう……意識が途切れる……。

 意識が遮断される前に私が見聞きしたものは――。

 

「うん、分かった」

 

 簡潔な肯定と、夜風に揺れる銀色の髪だけだった。

 




あきら君は本当に最悪な奴だと改めて再認識しました。
次回はカンナの方を書いていきます。

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