魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第四十四話 思い出のかくれんぼ

~ルイ視点~

 

 

 白と黒の炎が飽和し、火の海と化していた屋内。

 二体の邪竜は壁や屋根を砕き、燃やしながら激しく激突する。

 モノトーンの焦熱地獄が私の眼前に広がっていた。

 肌を炙る熱さに囲まれ、じわじわと擦り寄る死をどこか達観した目で眺めた。

 死ぬのだ。私はここで火焔に呑まれ、息絶える。それ以外にない。

 観念した心は指一本動かす気力も貸してはくれない。

 私の精神も肉体も刻一刻と訪れようしている自分の死を受け入れている。

 浅海サキの姿はもう玄関の外から消えていた。かずみのカプセルを持って逃げたようだ。

 トレミー正団は都合良く彼らに利用されただけに過ぎなかったのだ。

 とんだ茶番だ。馬鹿らしくて笑えてくる。

 ……まあ、いい。もう終わった事なのだから。

 

『駄目だよ、ルイちゃん! まだ、終わってない』

 

 ソウルジェムに届くひよりの声。

 もう終わったんだ。私たちは助からない。かずみのカプセルだって奪われた。

 

『これ以上、何があると言うんだ。教えてくれ、ひより』

 

『……あるよ。まだ、まだルイちゃんが居る!』

 

『何を馬鹿な事を、私もお前もここで死ぬ。それでお終いだ』

 

『結界……。魔女の結界なら炎は入って来ないよね?』

 

『……まさか。やめろ、ひより! お前がそんな思いをする必要がどこにある?』

 

『わたしが全部台無しにしちゃったから。わたしがかずみさんをあの人たちに取られちゃったから、せめて責任を取るの。勝手でごめんね……あとはお願い。ルイちゃん』

 

『ひより!? ひより、返事をしろ! ひよりぃ!!』

 

 周囲は白と黒の炎で閉ざされている。

 何も見えない。近くに居るはずなのに彼女の位置が特定できない。

 最後にソウルジェムに声が響いた。

 

『ルイちゃんならきっとわたしを見つけ……』

 

 言葉の途中で、視界に映る光景が唐突に切り替わる。

 モノトーンの炎の海から、夕暮れの公園へと……。

 

 *

 

 私は親友を失い、死に時を失い、生きる意味を見失った。

 もう見えない。見たくない。何もこの目に映したくない。

 以来、こうしてブランコに座り続けている。

 恩人が来ても、死に絶えた心は動かなかった。

 顔を(しか)めて彼は言う。

 

「お前、自分が何を言っているか分かっているのか? 魔女が一般人を結界に連れ込んでいるという事は……」

 

「餌にしている? それのどこがいけないんだ? 恩人だって、魚や家畜の肉を食すだろう?」

 

「……ルイ。本気でそう思っているのか?」

 

「無論だ」

 

 私の返答にフードを目深に被った恩人は、面白いくらいに狼狽する。

 だが、フードを被るのはやめてもらいたい。ひよりの魔法少女時の衣装を思い出してしまう。

 それに恩人そっくりの少年まで居るようだが、あれは双子の兄弟だろうか。どうでもいいので口には出さないが、やたらと騒がしい。

 

「何だ、あの少女は仲間ではないのか?」

 

「……たった今、完全に縁が切れたところだ。お前はこれを持って、少し下がっていろ」

 

 恩人は瓜二つの少年に何かを手渡し、私の近くへ追いやって、遊具の使い魔たちの前に躍り出る。

 その姿を白い蠍の意匠のある魔女モドキに変わり、襲い来る敵を迎え撃った。

 強欲の魔女と戦っていた時とは違い、両腕ともある彼は使い魔を次々と殴り飛ばしていく。

 

「へ、変身した。やはりあの男は、正義のヒーローだったのか! そして、強い……」

 

 恩人に似た顔の少年はそれを見て感動していたが、私には動きのぎこちなさが見て取れた。本来の彼の実力であれば、使い魔くらいもっと楽に倒せるはずだというのに。

 ……十中八九、魔力を抑え込んでいるのだ。あの暴走状態に陥らないように、その力を制限して戦っている。

 使い魔だけを相手取るにはそれで充分だろうが、魔女を探すだけの余力を考えると見通しが甘いとしか言えない。

 魔女になったひより、『神隠しの魔女』は結界発生時から居る私にも見つけられていない。

 魔法少女だった頃と同じく、優れた隠蔽能力を持っているのだろう。

 使い魔で手一杯な彼には、果たして連れ去られた一般人が捕食される前に発見するのはほぼ不可能だ。

 そう分析しながら恩人の戦闘を見ていると、恩人に似た顔の少年が私へ話しかけてくる。

 

「なあ、お前は本当に何もしないのか? あの男の口振りからだとお前もあの化け物たちと戦えるのだろう?」

 

生憎(あいにく)、私には戦う理由も、資源もない。もう関係のない話だ」

 

「理由がなくても力を持っているのだから、人を助けるのは当然ではないのか?」

 

 平然と、当たり前のように私に戦いを強いるその発言に私は頭に血が昇るのを感じた。

 力があれば、無力な者のために身を犠牲にしろとこの少年は言ったのだ。

 魔法少女がどれだけの代償を払い、戦っているかも知らずに。

 彼の顔を()め付け、言ってやる。

 

「なら、お前は……自分が化け物になってまで戦えるのか? それも自分を守るために化け物になった親友と」

 

「なッ……何だと?」

 

 露骨に困惑した表情を見せる彼に、魔法少女と魔女の関係。そして、この結界の魔女が私にとって掛け替えのない親友だった事を教えてやった。

 彼の表情は見る間に曇っていき、罰が悪そうに視線を逸らす。

 その様子を見て、溜飲が下がるどころか一抹の虚しさを感じた。

 何をやっているのだろう、私は。こんな一般人に真実を聞かせ、言い負かせたところで何になるというのか。

 

「す、済まない。事情の知らない俺が過ぎた事を言った……」

 

「いや、私こそ柄にもなく説教めいた事を……、ッ!」

 

 頭を下げる彼に私も自分の振る舞いを省みようとし、改めて少年を見つめて気付く。

 彼がその手に持っているもの。それは私たち魔法少女の生命線……グリーフシード!

 

「その手に握っているそれ……」

 

「ん? ああ。これが何だか知っているのか? さっき、あの男に持っているように手渡されたものなのだが……」

 

 彼はそういってグリーフシードを手のひらに乗せて、私の方に見せた。

 見間違いではない。正真正銘、グリーフシードだ。

 これを恩人が彼に手渡した……? 何も知らない一般人のようなこの少年に?

 いや、違う。恩人は私を試したのだ。私がこのグリーフシードを見つけるだけの観察眼が残っているかどうかに賭けたのだ。

 

 

 ******

 

 

 噛み千切ろうと来るシーソーのワニの大顎を踵落としで閉じさせ、絡み付いてくるジャングルジムの蛇ども振り払う。

 倒しても倒しても一向に数が減る様子のない遊具の使い魔を相手に、俺は辟易する。

 やはりみらいの魔法を押さえ付けながらの戦闘は消耗が激しい。魔力の大半を彼女の力の制御に持っていかれるため、多く見積もっても出せる魔力は四割と言ったところだ。

 一体一体を相手取るには問題ないが、それでもこの数を倒し切るのは至難の業。

 これでは魔女へと辿り着くのはいつになる事やら分からない。それまで攫われた人たちが無事で居ると考えるのは希望的観測が過ぎるというもの。

 現状を打破するにはルイが再び、協力してくれる事を願うしかない。

 だが、俺は彼女の善意に縋る事はしない。助けを求める事も、情に訴えるつもりも毛頭ない。

 非常に短い間ながら、皐月ルイという魔法少女を知った俺は彼女にはそういうものを要求しない。

 求めるのは、レイトウコ内で見せた冷静な洞察力と合理的な思考。

 オリジナルの赤司大火に持たせたグリーフシードも見落とすような彼女なら(はな)から用はない。

 しかし、俺の知る冷静沈着な魔法少女であるならば、確実に気付くはずだ。

 そして、グリーフシードを発見できる洞察力と思考が残っているなら……彼女は戦うだろう。

 合理的な思考が、魔法少女としてのルイを動かす。

 たとえ、親友を失っても、ドラーゴたちに打ちのめされたとしても、助かる手段を諦めて魔女化を受け入れる事は合理的ではないからだ。

 俺はそれを信じる。

 信じて戦う。それだけだ。

 彼女の身に降りかかった苦難は辛いだろうし、悲しいだろう。

 周囲に里美たちの姿がない事から、何が起きたかも大体は察せられた。

 だけど、俺は彼女を慰めない。勇気付けない。助けない。

 力を得ただけの英雄気取りの哀れなガキには、何もしてやれない事ぐらい理解している。

 俺は俺の戦いを、彼女は彼女の戦いをそれぞれするだけなのだ。

 

『はあ!』

 

 滑り台の象の鼻を両腕の鋏角で挟んで捉え、腕力に物を言わせて投げ飛ばす。

 後方に居た遊具の使い魔が纏めて、浮いた象の巨体に潰され、その身を歪ませた。止めを刺すため、俺は倒れた象へ螺旋蹴り(スパイラルキック)を放った。

 

『でやあああ!』

 

 直撃した滑り台の象は下敷きにした遊具の使い魔共々、魔力の(かす)になり、消えていく。

 敵を無情に倒して進む。形ばかり気にした正義も、聞こえのいい優しい台詞も要らない。

 俺にできる事は、敵を粉砕する事だけだ。

 これが魔物としての俺の在り方。

 さあ、魔法少女(サツキルイ)、お前は――どうする?

 

 

~ルイ視点~

 

 

 ……やってくれる。

 力押ししかできない男だと思っていたが、なかなかの策士だ。

 助かる術を自分で見つけさせる事で、私を再度奮起させるつもりだったとは思わなかった。

 恩人はその背中を見せ、自分の在り方を無言のままに見せ付けてくる。

 魔力切れという逃げ道を塞ぎ、こう問いてくる。

 お前はどうするのだと。お前はどうしたいのかと。

 私は……何がしたい。

 もう魔法少女の力が通用する争いではない事を知っている。

 場違いにもそれを認めずに関わったせいで、仲間を、親友を失った。

 感情で物を言えば、もう何もしたくないというのが本音だ。

 しかし、理性はどうだ? 私の中の合理的な部分は何と言っている?

 決まっている。

 ―—諦めるには手札が揃い過ぎている、と。

 相手は魔女。魔法少女の力で対抗できる存在。

 魔女の行動や思考は元になった魔法少女に依存する。

 彼女のパーソナリティを知っている私であれば、神隠しの魔女に対して優位に戦えるだろう。

 それに……最期にひよりは言った。

 私なら自分を見つけられると、そう言ってくれた。

 

「かくれんぼは……鬼が隠れた子を見つけるまでがゲームだったな」

 

「どうした? 急に何を言っているんだ?」

 

「こっちの話だ。悪いが、そのグリーフシード。私に使わせてもらう」

 

 ブランコから立ち上がり、彼の傍まで行くとその手からグリーフシードを奪い取る。

 こうしてまじまじと眺めると、その細部の意匠は落とした魔女ごとに違うようだ。

 里美さんがレイトウコの皆の浄化に使用した御崎海香や牧カオルのものとも、海豹の魔女や強欲の魔女のものとも異なるデザインをしている。

 ……これは『家』か?

 

「え? 何だいきなり……」

 

 戸惑う彼を無視して、そのグリーフシードを自分のソウルジェムに接触させた。

 紺色の宝石を濁らせていた穢れはグリーフシードに吸い込まれていく。その度に私の身体が軽くなっていくのを感じた。

 完璧に浄化し終えたソウルジェムは淡い輝きを放ち、魔力の粒子を飛ばしている。

 

「……変身」

 

 宝石から流出した魔力が私の衣装として、身を包む。

 今までにないほどの充足感。長い間、背負っていた重石を下したような心地だ。

 私は恩人似の少年に向き直って、謝罪を述べた。

 

「少年。さっきは済まなかった。その詫びに『魔法』を見せてやる」

 

「お、おう」

 

 両手の指の間に紺のクナイを作り出し、宙へと放り投げる。

 中空に飛んだクナイが光り、八体もの私の分身が生まれた。さらに私はもう一度同じ行動を繰り返す。

 合計十六体の私の分身がこの場に現れた。

 分身はすぐに飛び跳ねて、自分たちに課された目的を果たすべく、散り散りに去っていく。

 

「分身……ってどこかに行ってしまったぞ」

 

「ああ、それでいい。私たちのやるべき事は戦闘ではない。……捜索だ」

 

 私もまた分身たちと同じようにその場から駆け出し、自分の目的を果たしに向かう。

 遊具の使い魔の脇を潜り抜け、魔女と攫われた人間の姿を探す。

 脳裏に送られてくるのは分身と同期させた視界映像と音声。差し詰め、十六台の監視カメラのモニターでも監視しているようだ。

 捜索を始めると、今まで私を無視していたスプリング遊具のシャチやイルカの使い魔が突撃してくる。

 ……邪魔だ、お前に構っている暇はない。

 クナイを飛ばして、スプリング遊具の使い魔を撃ち落とし、私はなおも分身を使って結界の中を調べて回った。

 そして。

 ……見つけた。

 高台のような盛り上がった足場を登った分身は、倒れていたスーツ姿の男性を見つける。

 ローラー滑り台を追っていた分身は、気を失った様子で乗せられている制服姿の少女を発見した。

 他の分身もまた、雲梯(うんてい)の上ややリングネットの中でそれぞれ攫われた一般人を次々に探し出していく。

 十人、二十人と一般人を見つけてはその度分身に元居たブランコの元へ運び出させる。

 行ける。私の斥候に特化した分身の魔法はこの障害物が多い結界内でも存分に探査能力を振るえていた。

 しかし、まだ神隠しの魔女は未だ発見できていない。

 であれば、恐らくひよりと同じように透明化しているのだろう……。

 一体、どこに隠れているというのか。 

 

「……懐かしいな、この感覚」

 

 本気で隠れたひよりを探すのは、小学校の頃以来だ。

 懐旧(かいきゅう)の念から思わず、口元が綻ぶ。

 夕暮れのあの日、私たちは初めて出会ったのだ。

 友達に意地悪をされ、かくれんぼの途中で一人だけ公園に取り残されていたひより。

 周囲に合わせる事が苦手で学校で孤立気味だった私は、そんなお前と出会った。

 二人だけのかくれんぼ。

 あの時、お前が隠れていた場所は……。

 

「そうか。だからこそ、あの言葉だったのか」

 

 ひより。私はお前を見つけ出す。

 いつだって隠れたお前を探し出すのは、私の役だからだ。

 私は全力で追跡するスプリング遊具の使い魔たちを振り切って、思い出の中の場所へと走り出した。

 ひよりはあの場所に隠れるのが好きだった。

 それはきっと隠れ易い場所だからではない。

 私が必ず、見つけ出すと信じていたから。

 そうだろう? ひより。

 

「はあ……はあ……」

 

 目的地に到着すると息を整え、視線を巡らせる。

 着いた場所は――箱型ブランコの前。

 南瓜の馬車を模したその遊具は、私たちがよく遊んだ公園にあったものと寸分違わず同だった。

 あの公園のブランコは子供が怪我をする危険があると撤去されてしまったが、私の記憶にはしっかりとその色も形も残っている。

 その懐かしいブランコの中へ入っていく。

 対面式の座席の一つに座って、私はその台詞を口にする。

 

「ひより……見つけたよ」

 

 向かいの座席に、顔を隠した「起き上がりこぼし」が言葉と同時に現れた。

 ずっと彼女は待っていた。私が見つけてくれるその時を、この思い出のブランコの中で。

 魔女になってしまった彼女はもう何も言ってはくれない。

 それでも私には分かる。

 あの日初めて出会った時のように、その覆い隠した手の下で笑っている顔を。

 

「遅くなってごめん。でも、私がお前を終わらせる」

 

 手のひらに生み出した紺のクナイを強く握り締め、神隠しの魔女へと突き立てた。

 魔女は避けなかった。その攻撃を迎え入れるように受け……手で隠していた顔を見せる。

 その表情は、私の想像したとおりのものだった。

 魔女の身体が解けるように消え、私の座るブランコが消える。

 目の前に残されたのはグリーフシードだけ。

 私はそれを両手で拾って抱き締めた。

 

「ごめん……本当にごめん……」

 

 今この時だけは涙を許して欲しい。もう二度と何があっても泣かないから。

 だから、たった一人の親友のために流す、弱い私を最後の涙を許してくれ……。

 

 

 ******

 

 

「……終わったようだな」

 

 遊動木のクジラを倒し終えた俺は、夕暮れの公園が掻き消えていく様を見て理解する。

 ルイがこの結界の魔女を倒したのだ。それを確認して、魔物態への変身を解く。

 振り返れば、そこには焼け跡とそこで倒れる二十人以上の人々。

 そして、無邪気に喜ぶ俺と同じ顔の阿呆とルイの姿があった。

 

「凄いな! 本当にお前たちはヒーローだったのか!」

 

「……もうそれでいい。というか、さっさと学校に行け」

 

 この馬鹿にヒーローと呼ばれる度に、かつての己の阿呆さ加減に(うずくま)りたくなる。

 俺は奴の相手を止め、ルイの方へと近付いた。

 彼女は涙はもう流していなかったが、その顔は泣き腫らした跡が目元に残っている。

 ここは目を背けてやるべきだと思ったが、俺はあえてその彼女の瞳をまっすぐに見つめた。

 

「ルイ。……お前はどうする?」

 

 それだけ言って、返答を待つ。

 ルイは手のひらに持つ二つのグリーフシードを見つめ、再び顔を上げた。

 その表情は実に彼女らしい凛とした雰囲気を纏ったものだった。

 

「私は魔法少女だ。この街に巣食う“魔女”を見過ごせない。たとえ、モドキであっても」

 

「そうか。ならば、一時的に手を組んでくれ」

 

「こちらこそ頼む。私一人には手に余る」

 

 すっと差し出された彼女の右手。

 俺はそれを握り締め、文字通り彼女と手を結んだ。

 彼女から聞くべき内容は多い。だが、今はこの握手だけで充分だ。

 しかし、空気の読めない男は分かり合う俺たちに無作法にも話しかけてくる。

 

「えーと、ルイだったか? お前も凄かった。あれが魔法という奴なんだな」

 

「ああ、そうだ」

 

 奴は感服したように大仰に頷くと、今度は俺の方へ声を掛ける。

 

「そちらのお前のあの蠍の騎士のような姿に変わるのも魔法なのか?」

 

「……多分、そうなのではないか。魔力で姿を変えているのだから」

 

「なるほどな。安心した。俺の街をこんな強い奴らが守っていてくれるなら、俺の出る幕はないな」

 

 そんなものは最初からない。顔を洗って出直して来い。

 口を開く度に俺を苛立たせる機械と化したオリジナルの赤司大火は、一人で納得したように(しき)りに頷くと俺に頭を下げた。

 

「これからも俺たちの街を守ってくれ」

 

「言われなともそうするつもりだ。……頼むから、さっさとどこかに行ってくれ」

 

 一々突っ込みたくはないが、この男はどの目線で物を語っているのだ。

 あからさまに邪険にしているというのに、奴は憧れたような眼差しで俺を見てくる。

 

「ああ、分かった。だが、その前に名前を聞かせてくれ」

 

「名前……」

 

「俺の街を守ってくれている人の名前は胸に刻んで置きたいんだ」

 

 ……どうしたものか。

 この状況で一番答えられないものを尋ねられてしまった。

 ここで名前を明かせば、それこそ顔を隠した意味がなくなる。

 仕方ない。ヒーローは名前を明かせないとか言って、誤魔化しを……。

 

「ああ、それは私も聞きたかった。思えば、恩人の名前を私は未だに知らない」

 

「何!?」

 

 早々に手を組んだ魔法少女に裏切られ、退路を塞がれた!

 そう言えば名前を名乗る前に里美に拒絶され、アンジェリカベアーズから出て行ったのだった。

 まさか、この局面で聞かれる事になるとは、不意打ちにも程がある。

 まずいぞ。これでは都合よく誤魔化せない。

 何か名前を考えなければならない。

 名前を思い浮かべるが、そう簡単には思い付かなかった。

 俺は赤司大火の残り滓。コピー元が馬鹿なら、どれだけ頭を捻ったところで……。

 うん? 残り、大火の残りか。それなら……。

 

「……俺の名は残火だ。残り火と書いて、残火だ」

 

「残火か! 俺は赤司大火と言うんだ。何だか響きが似ているな!」

 

 お前の名から取ったからな。似ているのは当然だ。

 勝手に共感を感じて嬉しそうにするオリジナル、いや赤司大火。

 これからは己を残火と呼ぶ事にしよう。紛らわしくなくなる上に、俺自身、別の名前が欲しかった。

 

「恩人、いや残火はこちらの男とは無関係なのか? それにしては顔立ちが……」

 

「あーあーあーあ。無関係だ! こんな男、見た事も聞いた事もない!」

 

 余計な事を口にするルイに大声で否定して、誤魔化し通す。

 何て事を言う奴だ。油断も隙もない。

 俺は赤司大火を蹴飛ばして、彼女に小さく耳打ちする。

 

「……その事は色々面倒な事情があるんだ。後で話すから今は追及しないでくれ」

 

「……分かった。複雑な家庭、というのも知らない訳ではない。嫌なら無理に話さなくても……」

 

 そう返して、憐憫の入り混じった視線を向けるルイ。

 ああ! 何か勘違いしているぅ! ややこしい勘違いをしているぅ!

 頭が痛くなる思いだったが、それを差し置いても俺は少しだけ安心していた。

 ようやく。

 ようやく誰かを救えた気がした。

 あいり、ニコ、優衣。

 俺が出会い、救えなかった魔法少女たちの顔を思い出し、ほんの少しだけ気持ちが晴れた気がする。

 

「いつつ……。な、何故蹴られたんだ、俺は……」

 

「煩い。お前は学校行け、学校に!」

 

 そう言って、文句を言う赤司大火をもう一度、蹴飛ばした。

 




今回でようやく、二部主人公の名前が確立されました。

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