魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
第四十三話 敵を知り、己を知らば
『それでは次のニュースです。昨夜群馬県あすなろ市にて、住宅火災が発生しました。家屋は全焼し、この家に住む夫婦と三人の娘は未だ行方不明。焼け跡からは複数の身元不明遺体が発見され、警察は追って調査を……』
ラジオから流れるニュースを目覚ましにして、俺はダンボールの寝床から起き上がる。
そこには広い河川敷と、俺が出てきたベニヤ小屋や小さなテントがいくつか点在している。
古ぼけたラジオ片手に川縁で釣りをしていたジャージ姿の中年男性が、それに気付いて明るく声を掛けてきた。
「起きたか、新入り君。駄目だぞ、ホームレスの朝は早いんだ。この道で生きて行くなら、君も慣れなくちゃいけないよ」
「おはようございます、杉松さん。今、何時ですか?」
「もう午前七時だよ。まあ、今回は初日って事で大目に見るけど、明日からは朝四時には起きてもらうよ」
「が、頑張ります……」
アンジェリカベアーズ博物館を後した俺には、金も帰る場所もなく、河川敷で
空腹を感じ、川に入って魚を取ろうとした試みたが、いくら普通の人間よりも身体能力が高くても技量のない俺にはフナ一匹捕まえる事も叶わず、途方に暮れていた。
そんな時に出会ったのが、近くの橋の下でホームレス共同体を作っていたこの杉松さんだった。
平日の昼間から身一つで魚を捕獲しようとしていた俺の様子から、訳ありの若いホームレスだと判断した杉松さんは、哀れに思ってか路上で暮らすテクニックを伝授してくれようとしている。
……色々と思うところはあるが、家も金もないのは捻じ曲げようのない事実だ。
何より魔法少女たちから化け物扱いを受け、拒絶された今は人が恋しかった。自分では受け入れたつもりになっていたが、いざこうして完全に孤立すると辛さを隠し切れなかったのだ。
「まあ、しかし若い君にはダンボールのベッドの寝心地は悪かっただろう?」
どう見ても未成年の俺に気を遣ってそう言ってくれた杉松さんだったが、その点に置いては否定させてもらった。
「いえ。河原や木の上で寝るよりは断然寝心地が良かったです。ダンボールって敷いて寝ると背中がまったく擦れないんですね。本気で感激しました」
時間遡行してからはまともな寝床で寝た機会の方が少ない俺からすれば、充分過ぎる快適さだった。
巡回する警察の目を掻い潜って、補導の危機感の中で睡眠を取っていた身としては、久しぶりに安心して熟睡できたくらいだ。
それを素直に伝えると、杉松さんは顔を押さえて泣き出した。
……何故だ。普通に感想を述べただけなのに。
「うう……。そんなに辛い目に……うん、私が間違っていた。少しくらいの寝坊くらい許そう。ほら、朝食も食べなさい」
「え? 食事は自分で調達するという話では」
「いいんだ! 今日は特別だ! さあ、今取れた新鮮な魚を焼いてあげよう」
急に優しくなった杉松さんは、七輪を小屋から取り出すと金網を乗せ、小さな川魚を竹串で刺して三匹ほど焼き始めた。
フナとは違う、細い魚だ。ドジョウよりは太いが知らない種類の魚だ。実家が洋食屋を営んでいたから、海魚には多少見識があるが、川魚はさっぱり名前が分からない。
魚の名前を尋ねようとすると、杉松さんから別の話題が振られた。
「昨日の夜、この街で結構大きな火事があったそうだよ。何でも住宅一軒まるまる全焼とかって話だ。まあ、私らにはそもそも家と呼べる場所がないんだけど。たはは……」
「は、はあ……」
どう反応したらいいか分からない話題が来てしまった。
笑うべきなのか、判断に困る。家の手伝いでこういう冗談が好きなお客さんが居たが、俺は曖昧に肯定する以外に返しを知らない。
目が覚めた時に聞こえてきたあのニュースのようだが、笑い話にするには少し不謹慎過ぎた。こういう場合は、別の話題にすり替えてしまうに限る。
だが、次の杉松さんの一言で俺の考えは一変した。
「何でもその火事を近くで直接見た奴の話によると、燃え盛る家から白と黒の二匹のどでかい竜が屋根を突き破って飛び去ったとか……まあ、酔っ払いの戯言だろうけど」
竜……!? それも二匹!?
黒い方には覚えがあるが、白い竜など知らない。
魔法少女を喰らった影響で色彩が変化したとしても、別々の色の個体が同時に存在するのは妙だ。
「それっ、誰から聞いたんですか?」
「え? 誰だっけかな。あー、思い出したピンさんだよ。ピンさん」
ピンさん。その人は昨日、共同体に加入する時に杉松さんから紹介してもらったホームレスの一人だ。
本名は天平さんで、数十年前にピンのお笑い芸人をしていた事から「ピンさん」の愛称で呼ばれている。
俺は居ても立ってもいられずに、杉松さんにピンさんの居場所を聞いた。
「ピンさんは今、どこに居るか知りませんか!?」
「お、落ち着きなよ。ピンさんなら、二日酔いで自分のテントに篭って寝てるだろうよ。それより、魚焼けたよ」
宥めるように串焼きの川魚を突き出す。
俺はお礼を言ってから、その焼き魚に齧り付き、一口で頬張った。
泥の風味が微かに残っていたが、一日振りの食事は胃に染みる。
美味い不味いの前に、身体が食べ物を欲していた。
これがイーブルナッツに保存された、オリジナルの赤司大火の生理的欲求だとしても関係ない。
食べるという事は、即ち生きるという事なのだ。
二匹目、三匹目と吸い込むように
「えらくお腹空いてたんだね。ダボハゼもう一匹食うかい?」
「頂きます!」
そうして、俺は当初聞こうとしていた川魚の名前を知った。
ダボハゼというらしい。美味い。この独特の後味が癖になりそうだ。
今度は俺が自分で釣り上げて、杉松さんにご馳走しようと心に決めた。
頂いた朝食を食べ終わると、俺はピンさんのテントへ急いだ。
誰がどのテントや小屋で寝ているかは昨日教えてもらっていた。ピンさんのテントは酔って吐き気を催した時にすぐに川に流せるよう、一番川縁に位置している。
テントの場合は小屋と違い、ノックする箇所がないため、近くの石同士を叩き合わせてから声を掛ける習わしだ。
俺は手頃な大きさを二つ拾ってから、互いを打ち付けた。
「おはようございます。起きてますか? ピンさん」
「……おう、その声は新入りの坊主か。何の用だ」
寝ているかと思ったが、ピンさんはすぐにテントの入り口から伸ばし放題の髭面をぬうっと出した。
機嫌が悪そうなところを見るに、二日酔いで頭痛がしているといった具合だろう。
大した事のない用件なら出直した方がいいかもしれないが、事は緊急を要する。
俺は単刀直入に聞いた。
「昨日の夜に見た火事の話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
「杉松の奴から聞いたのか。……入れ、中で話す」
この一人用のテントに、身長百八十ある俺が入るスペースがあるのか……。
内心でそう突っ込んでいたが、わざわざ中で話す以上、他には聞かれたくない話なのかもしれない。
中に入ると、当然ながらまともに座る場所はなく、かと言って立っているほど天井は高くない。仕方なしに、俺はしゃがみ込み、身を屈めた。
「あれは、本物だった。本物の竜だったんだ」
ピンさんは
酒かと思ったが、アルコールの臭いはしない。恐らくはただの水だ。
酔っ払いの戯言という線ではなさそうだ。
「確か、白と黒の二匹だと」
「そうだ……。奴らは燃え盛る家の屋根を突き破って現れた。それぞれ、白と黒の炎を噴き合い、夜空で激しい攻防を繰り広げていたんだ。あの火事の炎も赤じゃあなかった。まるであれは、白い炎と黒い炎がお互いを燃やし尽くそうと競っているようだった」
茶碗を持つピンさんの腕が震える。アルコール依存症の禁断症状ではない。
恐怖だ。純然たる恐怖が彼の身体を震わせているのは一目瞭然だった。
炎を焼く、炎。それは明らかに物理法則に反したオカルトめいた現象。しかし、それが魔力により生じたものであれば、人が見つけた物理など簡単に覆すだろう。
「つまり、二匹の竜は争っていた様子だったんですね?」
「……お前さん、こんな酔っ払いの与太話を間に受けるのか?」
疑う気が微塵もない俺の態度を訝しんだピンさんは逆に質問を投げてくる。
なるほどな。杉松さんのように信じてくれないと思ったから、テントの中で密かに伝えた訳か。
「信じます。その竜たちは、四枚の翼を生やしていたんじゃないですか?」
「なッ、お前……あの竜の事知っているのか?」
ピンさんの手の中の茶碗が落ちて、中の水が床に零れる。
「はい。白い方は知りませんが、黒い方は俺の……宿敵です」
「しゅく、てき? お前、あんな化け物とやろうっていうのか? 正気か!?」
「正気ではないかもしれません。でも、本気ではあります。ピンさん、奴らはどこへ行ったかまでは見ていませんか?」
俺の問いにピンさんは腕組みをして、顔を伏せた。
テントの床に零れた水を眺めて、一拍だけ黙った後に言う。
「……俺は怖くて一目散に逃げ帰ったよ。それ以上は何も見ていない」
「そうですか。分かりました。お話、聞かせていただき、ありがとうございました」
お礼を言ってから、俺はテントから立ち去ろうと振り返り、入り口に手を掛けた。
そこで後ろから、ピンさんの声が掛かる。
「新入り。お前が何者なのかは詮索しない。それがホームレス共同体の鉄の掟だからな。だけど、どれだけのものを相手にしているか知った方がいい」
彼は最後に火事が起きた現場の番地を教えてくれた。それに感謝を述べ、俺はその場所へと向かう。
杉松さんに一言挨拶をするべきかとも思ったが、火事の現場を見学に行くと伝えるのも
教えてもらった番地は、河川敷からは大分離れていたものの、近くに行くに連れて野次馬たちが集まっており、見つけるのはそう難しくはなかった。
そこは、焼け跡としか表現できない場所だった。
柱は一本もなく、壁や瓦礫さえも残っていない。あるのは真っ黒に炭化した地面だけで、他には何も見当たらない。
仮に木造建築の住宅でも、ここまで綺麗に一切合切燃やし尽くせるものではないだろう。
奇妙どころではなく、異常だ。明らかに異常過ぎる。
見物に来ていた興味本位の野次馬たちも、あまりの空虚さに毒気を抜かれ、次々と去って行く。
俺はその焼け跡に近付き、目を瞑る。視覚情報を切り、代わりにイーブルナッツの感覚を鋭敏にしていった。
感じる……。これはイーブルナッツの魔力の残り香だ。残留した魔力の粒子が敷地そのものにこびり付いているのだ。
目蓋の裏に描かれるのは、……炎だ。二つの炎。
片方は黒。もう片方は……濁りのある白。
更に集中すれば、もっと何か分かるかもしれない。俺は集中力を高め、精神をより深いところに潜らせる。
そう意気込んだ時、後ろで誰かの話し声が聞こえてきた。
「ここで怪物を目撃したというのは本当なんですか!?」
「ッ!」
……この声は。
目を開いて振り返れば、そこには野次馬の一人に詰め寄る高校生の姿があった。
俺と同じ顔をした少年。……
そうして様子を伺っていると、どうやら俺と同じく、竜たちの目撃情報を元にこの事件を嗅ぎ回っているようだった。
オリジナルの行動に過去の己の記憶が重なって、俺は苦い気分にさせられる。
「クソッ、この街で普通ではない事件が起きているというのに….…」
オリジナルの赤司大火の漏らした呟きが聞こえた。
馬鹿者が。一体お前に何ができるというのだ。
何の力もない子供が、無用な正義感だけ振り
不幸になるだけだ。己だけではなく、周囲まで巻き込んで破滅するだけなのだ。
この、俺のように……。
お前には悔しがる権利すらない。恥を知れ。
思い上がりとしか言えないその台詞に怒りが湧いてくる。
奴の前に飛び出して、力一杯殴り付けてやりたいくらいだ。
だが、同じ顔をした俺が奴の前に現しせば、更にややこしい事態になるのは明白だ。
せめて、何か顔を隠すものでもあれば、オリジナルの赤司大火にこの一件から関わらないように言い含められるのだが……。
苛立ちを抑え、何気なく後頭部を掻こうとして、うなじ辺りに柔らかいものに指が触れる。
フードだ。上着に付いたフード。
これは昨夜、寝る前に杉松さんが「夜は少し冷えるから」と言って貸してくれた上着だ。
俺は深く彼に感謝をしながら、上着に付いているフードを目深に被る。
そう言えば、カンナも最初に出会った時、同じようにフードで顔を隠していたな。
あの時の出会いが、赤司大火の運命の分岐点だった。ならば、今度は俺が赤司大火の運命を捻じ曲げよう。
物陰から出た俺は、オリジナルの赤司大火の背後へと静かに歩み寄った。
そして、奴を呼び止める。
「おい、そこのお前」
「何だ? ひょっとして、何かこの事件の事を俺に教えてくれるのか?」
期待を込めた顔で振り向く愚か者に、冷ややかな言葉をぶつける。
「逆だ。お前のような無力なガキが立ち入るな。……目障りだ」
「何だと! どうして、そんな事を見ず知らずのお前に言われなくてはならないんだ!」
見ず知らずではないからだ。この大馬鹿がっ!
内心怒気で破裂しそうになるが、堪えて俺は問いを投げた。
「お前には大切に思う人が居ないのか? 今まで過ごして来た日常を尊いと思わないのか? ……それを失う事になってもなお首を突っ込む気なのか?」
「や、矢継ぎ早に何なんだ……。それは、大切な人は居る。日常だって大事だ。だが、それを守るために俺は……」
「それが自惚れだと言っているんだ!」
俺は目の前の何も知らない少年に詰め寄る。
両肩を掴んで、きつい口調で糾弾した。
「お前にはそれを成すだけの力も覚悟もない! いい加減気付け! お前は結局、己の自尊心とちっぽけな正義感を満たしたいだけだッ! 少し喧嘩が強くて、同年代の奴より僅かに度胸があるだけで何かを成せると思ったら大間違いだ!」
「な、何を根拠にそんな事を……」
オリジナルの赤司大火は狼狽えた様子で、俺を見つめる。
自覚はないが、図星を指された事を認識している表情だ。
根拠ならある。それが俺だったから、赤司大火の残り滓だから分かってしまうのだ。
この台詞は自分自身に
とどのつまりは、俺はイーブルナッツを得る前から何一つ成長できていなかった。
かつての己を直視してそれがようやく呑み込めた。
赤司大火は……自惚れ屋なのだ。
自分は強い。だから、他人の事も守れる。否、守ってやらねばならない。
そう思っていた。ガキが一丁前に英雄気取りになっていただけに過ぎない。
あまりに滑稽。あまりに愚か。一度死んでもなおも変わらぬ救えなさ。
「お前は死んだ親父に引きずられているだけだ。他人を庇って死んだ親父を美化したいあまりに、他人のために尽くす己に酔い痴れている」
その原点は、死んだ親父の影響だ。
単なる洋食屋の店主だった親父は、押し入って来た強盗から客を庇い、ナイフで刺されて死んだ。
親父の死を正当化するために、赤司大火は他者を守る事に命を懸けるという行為を至上と定義したのだ。
そうでなければ、あまりにやるせなかったから。
大好きだった父親が突然奪われ、それを行なった犯人が責任能力なしで無罪になる世の中など到底受け入れられなかったから。
しかし、それ故に俺の行いは
何と薄っぺらな理由だろうか。だが、それが悲しいかな赤司大火という人間の核なのだ。
俺に隠してきた内面を言い当てられたオリジナルの赤司大火は、崩れ落ちて、膝を突く。
「お前……何で……。何で、その事を……?」
顔面蒼白になり、胃の中のものをこの場で吐き出しそうな表情で俺に問う。
答えてやる筋合いはない。俺は己の内心を、己で指摘しただけだ。
「さあな。だが、内心を言い当てられた程度で及び腰になるようなガキは、このまま大人しく学校にでも行け」
肩を掴んだいた手を放し、その場から背を向けて立ち去ろうとする。
だが、そこでふと周囲に居た野次馬が一人も居なくなっている事に気付いた。
全員帰ったのだろうか。いや、それにしては人が通り過ぎる気配も感じられなかった。
「おい、お前。今、周りの見物人が……」
振り返った先には、既にオリジナルの赤司大火は居なかった。
目を離したのは一瞬。その一瞬で膝立ちだった奴は消えていた。
「これはまさか……魔女の仕業か?」
魔女は使い魔を使って、自らの結界に人間を連れ込むという話だ。
いつもはそれよりも早く俺か魔法少女が退治しに行く場面しか知らないので、こういう事態は初めてだった。
俺は焦る気持ちを深呼吸で落ち着かせ、状況を整理する。
オリジナルの赤司大火を含めた複数の人間が一瞬で姿を消した。それを起こしたのは恐らく魔女とその使い魔。
そして、人が消えたのはこの焼け跡付近……。
となれば、魔女の結界は近くにある!
俺はもう一度目を瞑り、魔女の魔力の漏れ出る箇所を探す。
ソウルジェムほどの精確に感知できなくとも、近くにあるなら俺にも見つけられるはずだ。
「………………………………そこだぁ!」
ドラーゴたちの魔力の残り香の下に、異なる魔力の流れを感じた。
俺は目を瞑ったまま、その流れが漏れる場所へ向けて走り出す。
突進を敢行すると、すぐに身体が何か薄い膜のようなものを突き抜けた感覚を受けた。
両目を見開いた先にあったのは、沈みかけた夕焼けの見える公園。
大小さまざまな遊具が敷き詰められたこの公園こそ、人を攫った魔女の結界だ。
「やはり、俺の見立ては間違っていなかったか……。攫われた人たちは何処だ?」
結界の中を見回すと、傍でオリジナルの赤司大火がうつ伏せの姿勢で倒れているのが認められた。
「おいッ、しっかりしろ」
俺は近くに寄って、奴の身体を揺する。
少し呻いた後、オリジナルの赤司大火は目を覚ました。
「あ、お前は……!? いや、それよりもここはどこだ? 夕方? さっきまで通学途中だったはずだぞ!?」
我ながら煩い奴だ。息がある事だけ確認して、起こさない方がよかったかもしれない。
これ以上騒がれるのも鬱陶しいので、溜息混じりに適当に答えておいた。
「ここはお前の知る世界ではない。異空間とでも言えばいいか。ここに魔女と呼ばれる化け物が居て、お前はその手下の使い魔に攫われたんだ」
「な、何!? それでは、その魔女がこの街を騒がしている諸悪の根源なのか!?」
「厳密には違う。あと、煩いから黙ってくれ。気が散る」
何もできない癖に暑苦しく語らないでくれ。これが他人から見る俺なのかと思うと少々泣けてくる。
オリジナルの赤司大火はしょげた様子で謝罪すると、俺に尋ねた。
「お前はこの場所に詳しいみたいだが、まさかその魔女と戦うヒーローなのか?」
少し前なら胸を張って名乗っていたかもしれない。だが、今の俺にはその称号は似合わない。
「……ヒーロー? そんな格好良いものではない。何にでも首を突っ込みたがる、ただの勘違いしたガキだ」
己の力に呑まれるような未熟者にはそれくらいがお似合いだ。
それよりも他の攫われた人間が見当たらないのが気になる。一体、どこへ連れて行かれたのだろう?
俺はより注意深く結界内を見渡す。
そうすると、遊具に溢れた公園の中央にブランコを発見した。
そのブランコに一人の少女が座っている。見覚えのある少女だ。彼女は……。
俺はそちらの方向へと駆け出した。
「お、おい。待ってくれ。俺も行く!」
……余計なのも付いて来た。反応すると面倒なので
ブランコの前に辿り着いた俺は、その少女へ話しかけた。
「一日振り、だな。ルイ……」
皐月ルイ。里美と共に戦う事を決め、俺と袂を分かった魔法少女だ。
しかし、彼女からは以前感じられた凛とした雰囲気は微塵もなく、疲れ果てた暗い顔をしている。
「その声は……恩人か。おかしいな。ひよりは、無力な一般人しか中に入れないはずなのに……」
「ひより……? 今、ひよりと言ったか? なら、この結界の魔女は……彼女なのか!?」
何故彼女が魔女に堕ちたのかとルイに尋ねようとしたが、それよりも早く背後で叫びが上がった。
「な、何だ!? あれが遊具が、化け物に!?」
振り向くと、そこには象をモチーフにした滑り台が台座を鼻のように掲げ、こちらに向かっている。
オリジナルの赤司大火はそれを見て、酷く驚いている。腰を抜かしていないだけマシが、何とも情けない。それでも俺のコピー元か。
他にもジャングルジムは絡み合う蛇に変わり、シーソーはワニのような姿になる。どれもユーモアのある児童向けのデザインだが、それ故どこか底の知れない怖さがあった。
「使い魔か。ルイ、お前も一緒に戦って……」
「私はもう戦えない。いや、ひよりの使い魔に武器を向ける理由がない。……それにその内、私も魔女へとなる」
ルイは暗い瞳で自分のソウルジェムを見せ付ける。
紺色の宝石は、その表面をほとんど黒く濁らせていた。
「ルイ……お前……」
「ひよりが魔女になったのは私のせいだ。私を燃え盛る炎から守るために、結界を発生させられる魔女へと自らなったんだ。自分の魔力をあえて全部使い果たして……」
紺色の魔法少女は、そう言ってほの暗い笑みを浮かべる。
暗く濁った彼女の紺色の瞳は、そのソウルジェムと同じ色になっていた。
大火がオリジナルに厳しいのは同族嫌悪によるものです。
というか本人からすれば、未熟な姿を進行形で見せられているようなものなので、多少きつくなるのは仕方ないのです。