魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
~里美視点~
『よ、陽動班の皆、大丈夫ですかね……』
ソウルジェムから響くテレパシーが隣に居るひよりちゃんから送られてきた。
ぴったりと密着しているはずだけど、彼女の魔法『ナスコンディーノ』でその姿は隠されている。
揺動班が玄関を壊して侵入したと同時に、逆方向の窓をこじ開けて侵入した私たち本命班は今、魔法で透明化した状態で探索を続けていた。
『どうでしょうね。少なくとも室内をここまで魔力で模様替えしているカンナが、迎撃の準備をしてないはずないわ。レイトウコ内のソウルジェムは持ち出してないとしても、イーブルナッツを持っている以上は新たに配下の魔女モドキを作っててもおかしくない……』
『じゃ、じゃあ、ルイちゃんたちは……』
不安そうな声をテレパシーで届く。いけない、私ったらひよりちゃんを怖がらせてしまった。
ここは嘘でも楽観的な発言を返すべきだったかしら……。でも、下手に誤魔化すのはかえって、不安を助長するだけ。
『そのためにも手早く、かずみちゃんを救出しましょう。私たちが目的を果たせれば、それだけ早く撤退できるわ』
『そ、そうですよね……。す、すみません……』
『いいのよ。友達を心配に思うのは当然の事だもの』
そこでテレパシーでの会話を一旦終えて、お互い探索に戻った。
彼女の魔法の特性上、透明化を維持するには離れる訳にはいかないため、実質捜索範囲は一人分に限られている。
魔力で変質した屋内は異様に広く、部屋数もいくつも増えていた。
私がカンナにコントロールされていた頃に一度訪れたが、あの頃とは勝手がまったく違う、人間が住んでいる住居とは到底思えないくらい入り組んだ造りになっている。
彼女はどういう気持ちでこの場所を作り替えたのだろうか。
こんな異常な空間にしてまでかずみちゃんを守りたかったのだろうか……。
聖カンナという魔法少女の全容を赤司さんから聞き及んだ私からしても、その心情は推し量る事ができない。
それでも彼女の行いは間違っている。
かつてプレイアデス聖団として、そして一人の魔法少女として過ちを重ねてしまった私だからこそ断言できる。
私が教えてあげないといけない。
取り返しの付かないほどに間違えてしまっても、それでもやっぱりどこかでやり直さないといけないって事を……。
私はレイトウコから魔法少女たちを解放した時に、それを学ばせてもらった。
カオルちゃんや彼女たちにやり直すチャンスをもらったのだから。
そこまで考えて、ふと思い出す。
レイトウコ……。あそこは建物の地下に魔法を組み合わせて、存在しなかった空間を作り上げた。
もし私がカンナの立場なら、いくら部屋数を増やしても侵入されかねない場所にかずみちゃんは隠したりしない。
見えない場所。手の届き難い空間に隠す。
『地下……かずみちゃんは地下に魔法で隠されている可能性が高いわ』
当てずっぽうや直感ではなく、そう思った。
聖カンナという魔法少女の意識を一時的とはいえ、中に流し込まれていた私には多少だが、彼女の性格が理解できる。
彼女は用意周到に準備を整えてから、行動に移すタイプだ。行き当たりばったりな事はしないはずだ。
それなら、私たちというよりあきら君の襲撃を想定して、この家は改造されていると見ていい。
赤司さんの話によれば、あきら君は竜型の魔女モドキ。対策するなら、空からの奇襲の方だろう。
地下、それも彼が力を万全に振るえない狭い場所にかずみちゃんを隠していると考えた方が自然だ。
『ち、地下……? で、でも、そんな場所どうやって探し出せば……』
ひよりちゃんは狼狽した声を上げる。
確かにそんな場所を探せと言われても、方法が分からないだろう。
だけど、私にはある推測があった。
『ひよりちゃん。あなたが収容されていた「レイトウコ」はね、それなりに私たちプレイアデス聖団が試行錯誤して作り上げた空間なの。ここみたいに元々ある場所を魔力で変化させて広げるのとは訳が違うわ』
レイトウコは言ってしまえば、存在しない空間を複合した魔法で強引に生成した場所。
いくら周到な彼女でも、一から地下構造を組み上げるには膨大な時間と試行回数が掛かる。
それなら、きっとカンナは……。
『多分地下空間があるとすれば、レイトウコの魔力構造をそのままコピーしていると思うの。だから、きっと地下の入り口には私たちの魔法が使われているはず。もしもこの家の中で私の魔力の反応がすれば……』
『! そ、そこが地下へ降りるポイントだって事ですね! す、すごいです、里美さん……天才過ぎます……』
『仮定に仮定を重ねた憶測だけどね。それでも無作為に探すよりはマシだと思うわ』
本気で感心されてしまい、つい気恥ずかしくなる。
他の三人と違って、ひよりちゃんだけは前からずっと私を持ち上げてくるというか、尊敬の眼差しを向けてくる事が多かった。
一度は彼女を人質にして、ルイさんを捕らえた負い目がある私にはバツが悪い。
『ねえ、ひよりちゃん。私は一度あなたに酷い事をしたのよ? 意識はなかったから実感はなかったと思うけど、ルイさんから聞いていたでしょう? なのに私に好意的なのはどうして?』
そこだけはどうしても気になった。
仲間になったとは言っても、多少の
『それは……そ、その、なんていうか……あ、憧れなんです。里美さん、みたいな人……』
『憧れ? 私が?』
『は、はいぃ……。わ、わたし、すっごく臆病で、逃げてばかりいました……。だ、だから、里美さんみたいに、痛みを堪えて進む人に憧れてて』
『それなら、あなたの親友のルイさんだって同じじゃない』
芯の強さという点で言うなら、私よりもよっぽどあの人の方が強い。
むしろ、私は精神的には誰よりも弱い事を自覚している。
しかし、意外にもひよりさんはそれを否定した。
『ル、ルイちゃんとは違うんです……ルイちゃんのは耐える強さなんです。我慢して我慢して、痛いのに平気な振りをする強さ……で、でも、それはわたしには真似できません。さ、里美さんの強さは、辛い事は辛いって受け止めて、苦しみながら立ち向かう強さなんです……わ、わたしの言ってる事、わ、分かりづらいですよね……説明下手ですみません』
『そんな事ないわ。何となくだけど、言いたい事は分かるわ』
ルイさんと付き合いの浅い私にも、それは薄々感じられていた。
彼女はサキちゃんに似ている。痛くても苦しくても、それを言い出そうとせずに自分の胸の内側にしまってしまう。
対して、私は辛さを隠したりせず、見っともない無様を晒しながら、泥臭くても戦うと決めて、動いている。
要するに、痛みの受け止め方の違いだ。
『ひよりちゃんは私みたいな魔法少女になりたいの?』
『は、はいぃ…….レ、レイトウコで見た時から、格好いいなって、ずっと思ってました。か、簡単には、なれないとは思うんですけど….…でも』
恐縮したような声音が返ってくる。透明化しているから見えないけれど、フードの下で俯きがちに言っているのは簡単に想像できた。
まさか、私なんかに憧れる魔法少女が出るなんて思いもしなかった。
『ひよりちゃん……』
『はいぃ……な、何ですか?』
『あなたなら、私なんかよりもずっと格好いい魔法少女になれるわ。私が保証する』
これはお世辞じゃない。本心からの台詞だった。
真実を知って取り乱したり、友達さえも平気で裏切ろうとした私よりも、ここでこうやって自分には関係のない魔法少女のために協力してくれるあなたの方がずっと強いのだから。
『ほ、本当ですかぁ……? わ、わたし、里美さんみたくなれますか?』
『ええ、そうね。そのためには、まずは長い前髪からどうにかしないとね。せっかく可愛い顔してるんだから、隠すなんて勿体ないわよ?』
『か、可愛い顔……は、初めて言われました……』
照れたようにそう呟くひよりちゃん。
顔が見えないのが残念で仕方ない。きっととっても可愛い表情を浮かべてそうなんだもの。
無事にかずみちゃんを助け出せたのなら、オシャレの仕方でも教えてあげたい。
そのためには、早くあの子を見つけないと……。
そうして、私たちは地下への入り口を見つけ出すため、ソウルジェムで私の魔力を発するポイントがないか探った。
そして、数十分くらい経った頃。
『当たりね。……この部屋だけ、私や他のプレイアデスの皆の魔力がする』
カンナが家を魔力で変質させたのは、この反応を隠すためだったのだろう。
ここまで大規模な改造を施しておいて、罠の一つも設置されていなかったのは、単純にカモフラージュが目的だったのなら説明が付く。
自分の魔力で覆う事で、この部屋の魔力を隠蔽する。まさに一本の木を隠すためにわざわざ森を生やしたという訳だ。
念のために用心しながら入室すると、そこは今まで見てきた場所とは打って変わって、普通の部屋だった。
勉強机にベッド、クローゼット、カーペット等置いてある小物や家具のセンスから見て、女の子の部屋だ。恐らくはカンナの自室だった部屋なのだろう。
私は満を
すると、そこにはアンジェリカベアーズと同型の幾何学的な魔法陣が刻印されていた。
……間違いない。ここが地下への入り口だ。
私たちはその上に二人で乗ると、ソウルジェムから魔力を流し込む。
これがプレイアデス聖団の魔法陣のコピーなら、私の魔力でも反応するはず。
期待を込めて、魔力を伝達すると魔法陣は輝き始める。
『う、動きましたよ、里美さん!』
『静かに。ここからが正念場よ』
下降していく足場の上で私はステッキを構え、地下へと潜っていく。
数秒後、到着した場所はアンジェリカベアーズの地下と似た間取りの空間だった。
ただし、間取り以外は似ても似つかない。
ケーブルが蔦のように床や壁にまで網目状に張り巡らされ、柱の代わりに寄り纏めたケーブルの束が木々のように乱立している異様な光景が広がっている。
天井に至っては蜘蛛の巣、もしくは蚕の繭のようにケーブルが複雑に絡んで垂れ下がっていた。
その様子を一言で表すなら人工物で作られた奇妙な熱帯雨林だ。
本物の熱帯雨林と違って、過剰な湿気や暑さこそ感じないものの、カンナの魔力で作られたであろう大量のケーブルから漏れる彼女の魔力が、不快なほど肌にこべり着いてくる。
『……こ、ここがかずみさんの捕まっている場所……?』
『まだ本当にそうだと決まった訳じゃないけれど、この様子なら少しは期待してもいいかもしれないわね。何にせよ、先へ進みましょう』
『は、はいぃ……』
あまりにも異様な景色にひよりちゃんは相当怖がってしまったらしく、繋いでいる手がギュッと強く握り締められた。
足元をケーブルに取られないようにしながら、奥へ進んでいくと二枚扉の前へと辿り着く。アンジェリカベアーズの地下で言えば、レイトウコの扉に相当する場所だ。
扉には意外にも、あれだけ散々見せ付けられたケーブルが貼り付いていなかった。更に言えば、レイトウコの扉と違って、歯車も魔法陣も付いていない。
少し力を入れて押すと、二枚扉は驚くほどあっさりと開かれた。
……いくら地下とは言っても、あまりにセキュリティが甘すぎる。ここに居る可能性は低いかもしれない。
ここに来て、かずみちゃんが囚われている場所の可能性が下がってしまった。けれど、何も調べずに今更戻る訳にもいかず、私たちは中へと足を踏み入れた。
さっきまで見ていた異様な光景に比べると、室内は比較的簡素に見えた。
大きな事務用の机に、木製の椅子が一つ。奥にレイトウコ内にあったもの同じタイプの大きなカプセルが、表面のガラスを割られたまま、無造作に置かれている。
壊れた状態で放置されたそのカプセルは少し気になったが、それよりも先に目に入ったのは事務机の上に置かれたかずみちゃんの入った小さなカプセルだった。
『さ、里美さん! あれが……』
『ええ……。私が探していた、かずみちゃんよ』
ようやく見つけ出す事ができた……。
全身から力が抜け落ちてしまいそうなくらい安心した。
カプセル内から見える彼女には外傷はない。傍に寄ればすやすやと寝息を立てている様子さえ確認できた。
『じゃ、じゃあ、一旦わたしの魔法を解きますね。そ、そうしないと里美さんの顔、み、見せてあげられないですし……』
『ありがとうね。今は周りにはカンナも居ないようだから、ちょっとだけお願い』
かずみちゃんとの再会に気を遣ってくれるひよりちゃんの配慮に感謝した。彼女は一つ頷いて、透明化の魔法を解除する。
彼女の被っていたフードが取られて、ふわりと桜色の長い前髪が揺れた。
姿毛見えるようになった私は万感の思いで、そのカプセルに手を伸ばす。
カプセルに指先が触れる瞬間——。
部屋の外から、何かが背後へ高速で迫る気配を感じ取った。
反射的に振り返った私は、隣に居るひよりちゃんを突き飛ばし、迫り来る気配を瞬間的に手の中で作ったステッキで弾く。
「わ、わっ! い、いきなり、何ですか!? ……ひぃっ」
「これは……」
弾いたのは――部屋の外から伸びてきたケーブル。
私はこれを放った魔法少女の名を呟いた。
「聖、カンナ……」
「まさか、お前が来るとは思ってなかったぞ。……今の攻撃に対処できるともな」
入口の前に
薄い黄色、
……やられたわ。そういうカラクリだったのね。
カンナはずっと地下のケーブルの中に潜んでいたのだ。その証拠に柱状になったケーブルの束が咲いた花のように開かれている。
ケーブルで地下を一杯に満たしたのは、自分の存在を魔力で覆い隠すため。……本当に木を隠すために森を作るのが好きなのね。
私は傍でひっくり返ったひよりちゃんに視線も向けずに告げた。
「ひよりちゃん。かずみちゃんのカプセルを持って逃げて」
「えっ、えっ、ええ!? で、でも、わ、わたしも一緒に……」
当然のように戸惑うひよりちゃん。でも、ここで口論している余裕は私にはない。
「お願い……ここでかずみちゃんを助け出せなきゃそれこそ、皆の頑張りが無駄になっちゃうの」
カンナの姿から一切視線を逸らさずに、私はそう頼み込む。
「うっ、わ、分かりました。で、でも、か、必ず助けに来ますからね……『ナスコンディーノ』」
彼女は堪えるように声を絞り出し、私の目の端から姿を消した。
後ろでものを掴むような音が聞こえ、気配だけが脇を通り抜ける。
「させるかッ!」
カンナの手のひらからケーブルが飛び出し、ひよりちゃんが消えた辺りへ伸びた。
声は出さなかったが、小さく喉のなる音が聞こえる。
大きく踏み込んだ私は、そのケーブルもステッキで弾いた。
「させてもらうわ。……あなたの相手は私よ」
彼女の顔を睨んで言うと、歯軋りをしながら両手の先からケーブルを鞭のように
「お前如きが……この私の相手になるとでも?」
「そうね。少しくらいはなれると思うわ。——付き合ってくれるかしら?」
私は一息で跳ね飛び、カンナとの距離を詰めて、両手で握ったステッキを振り降ろす。
常に余裕のあった彼女の顔が一瞬で驚愕に塗り潰された。
伸びた二本のケーブルが網のように張り巡らされ、防壁を形成する。私の殴打はその“網の壁”に弾かれた。
「……この速さ。お前、何をした!?」
「それを、あなたに教えると思うの?」
「くッ、クズの分際で……」
確かに今までの私はクズだったと思う。それでも、ここに居る私はあの頃の卑怯者とは一味違う。
後ろへ後退した私に合わせ、カンナもまたケーブルのジャングルの方へと下がった。
彼女の手が床に敷き詰められた大量のケーブルに触れると、蛇のように先端を鎌首をもたげて、何本ものケーブルが私へ襲い掛かる。
「ッ!」
あれだけ魔力を使って、大量生産していたケーブルは自分を隠すためだけに用意した訳じゃなかった。
あらかじめ、武器として用意しておく事で戦闘を有利に進めるための布石……。家のどこで戦おうとも万全の状態で戦えるようにしていたのだ。
これだけの魔法。これだけの用意。本来は私ではなく、恐らくはあきら君たちとの戦闘を想定した大仕掛けだ。
勝ち目は薄い。勝率なんてまともに考えたら、三分の一にも満たないだろう。
「——それでもね」
ステッキを握り締め、ケーブルの蛇を弾き飛ばし、前へと進み出る。
数百、いえ、数千にも及ぶケーブルの蛇たちは私を絡め取ろうと迫った。
宙を跳ね、空中で強引に態勢を変えて、ケーブルを避け、あるいは弾き、中心に立つカンナへとステッキを
「私はもう負けられないの!」
ステッキの先に付いた猫の顔が大きくなって、射線上にあるケーブルを噛み千切りながら、カンナへと飛ぶ。
「なッ、武器を……投げただと!? 臆病者の里美が!?」
天井から垂れ下がるケーブルで盾を作り、攻撃を防いだカンナだったが、その様子には余裕の欠片も感じられなかった。
私は、予想通りに自ら
「……ッ!」
彼女はすぐに気付いて振り向くが、それでも遅すぎる。
既に手の中に持っていた新しいステッキを彼女へと突き出す。
しかし、寸前で真横から束ねたケーブルで構成された腕が現れ、私の側面を殴り飛ばした。
「ごふッ、がぁッ!」
私の身体は叩かれた羽虫のように地下の壁に叩き付けられる。咳き込んだ喉から鉄臭さと共に真っ赤な血が零れた。
即座に地面からケーブルの蛇が肉を裂こうと追撃してくる。私はそれを跳ね飛んで、どうにかかわした。
……あまり、無理は利かないようね。でも、普段の私の戦い方とは全然違うんだもの、仕方ないわ。
落ち着きを取り戻したカンナは、冷徹な眼差しで私を眺める。
「その動き。今までのお前とは違う……。勇気や覚悟なんて精神的なものだけじゃない。……まさか、お前……!」
気付かれてしまったみたい。もう少し侮ってくれていた方が楽だったのだけど。
「自分に使ったのか! 『ファンタズマ・ビスビーリオ』を……! あの他人を操る事しかしてこなかったお前が!」
そう。カンナが看破した通り、私は自分に操りの魔法『ファンタズマ・ビスビーリオ』を使った。
肉体を魔力で強制的に動かすこの魔法は、他者を操るためのものだけど、自分にも使えない訳じゃない。
この魔法で自分の身体を思考のままに操る事で、身体能力以上の力を無理やり底上げする事ができる。
筋肉がちぎれても、内臓が潰れても、今の私は思考の働く限り止まらない。
「……これが今の、トレミー正団リーダーの、『宇佐木里美』の在り方よ!」
「ッ、図に乗るなよ! 里美ぃ!」
ケーブルが津波のように押し寄せる。
私は肉体の限界を無視して、両脚を使って跳ね飛び、それを乗り越えた。
その途端、天井のケーブルが寄り集まって、巨腕になり、滞空している私を殴り飛ばす。
避ける事も受ける事もできないその一撃を正面から浴びて、全身の骨が砕ける音を聞いた。
視界は真っ白に染まる。
だけど、身体を動かす事はできる。今の私の身体は、操り人形と同じ。意識が止まらない限り、私が立ち止まる事はない!
殴られた勢いを利用し、射線の上にある反対側の壁を蹴り跳ねた。
この度はケーブルでできた腕の横を通り抜けて、カンナの元へと飛んだ。
「はあああああ!」
「……な、んだ、と!」
両目を見開き、固まる彼女の姿が朧げな視界の中で大きくなる。
体感時間がとても長く感じられた。彼女の声も自分の声さえもゆっくりに聞こえる。
長い滞空時間の中、私はカンナに対して、さまざまな思いが駆け巡った。
ニコちゃんが生み出した、もう一人のニコちゃん。
自らを偽物だと理解し、その人生を憎しみで満たした合成魔法少女。
自分と同じ境遇のかずみちゃんを作ったプレイアデス聖団を憎み、彼女を唯一の理解者にするために攫った女の子。
……終わらせてあげる。あなたが抱えている絶望も、悲しみもすべて!
魔力を込めたステッキを彼女へと向けて振り被り、——叩き付ける。
それが、元プレイアデス聖団の一人として、私にできるせめてもの責務なのだから。
里美はそれほど好きなキャラでもなかったのですが、展開上やたら熱いキャラになりました。不思議なものですね。