魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
~ルイ視点~
今だから告白しよう。
私は……プレイアデス聖団が憎かった。
たった一人の親友であるひよりを攫った彼女たちが、私から日常を奪い去った彼女たちがずっと憎らしかった。
想像できるだろうか?
ある日突然、大切な人を何者かによって奪われ、それを追いかけて辿り着いた先でその大切な人を人質に取られる屈辱を。
ようやく見つけた親友を目の前で諦めなければならない苦しみを。
私はプレイアデス聖団によって全てを奪われた。
だが、奪ったのが彼女たちなら、それを取り戻してくれたのもプレイアデス聖団だった。
宇佐木里美。プレイアデス聖団の一翼を担う彼女が私とひよりを解放してくれた。
彼女に対しての第一印象は「狡猾で卑怯な女」だった。
私がかつてアンジェリカベアーズ博物館を発見できた理由は、捕らえた魔法少女をカプセルに入れて運んでいた宇佐木里美を尾行していたからだ。
キュゥべえに『ひよりを見つけ出したい』という願いから魔法少女へなった私は索敵能力に優れた固有魔法を得た。
分身を作り出す魔法は数を頼みに戦力を増やす攻撃的な魔法に見えるが、実のところは違う。
本来の用途は複数の目と耳を持って人海戦術を行ない、調査や索敵を一人でこなすための魔法だ。
この魔法を使ってプレイアデス聖団を調査し、アンジェリカベアーズ博物館に侵入を果たした私だったが、そこでレイトウコへと下降する彼女を押さえようとして、待ち構えるように潜んでいた御崎海香と浅海サキの両名の襲撃を受けた。
全ては罠だった。宇佐木里美が私に尾行されたのも、逃げ場のない場所で追い詰めるための仕掛けに過ぎなかったのだ。
プレイアデス聖団の魔法少女二人は強かったが、複数の分身を操る私であれば逃走は充分可能だった。……宇佐木里美がひよりの入ったカプセルとソウルジェムを地下から持ち出す前の話だが。
これは解放された後で知った事だが、御崎海香は記憶を操作する固有魔法を持っていたのだという。恐らくは、プレイアデス聖団を嗅ぎ回っていた私の身元は、ひよりの記憶から露見し、既に知れ渡っていたのだろう。
ひよりを人質に取られた当時の私は、ただ敗北を認めて、捕まるしかなかった。
プレイアデス聖団に、そして誰より宇佐木里美に対して恨みを抱きながら、レイトウコへと収監された。
それが今や彼女を首領と仰ぎ、徒党を組んでいる。人生とは分からないものだ。
だが、それはひよりや私自身を解放してくれた恩義からではない。私は宇佐木里美の中にあの頃とは違う、「気高さと覚悟」を見た。
かつての彼女では持ち得ない、その誇り高い理念に協力したいと感じた。
だから、私はここに居る。
だから、私は彼女と共に戦う。
だから、——
背後で紙切れのように扉が引き裂かれ、そこから入り口の壁を砕いて潜りながら、奴が侵入してくる。
『あははははははははは。お姉ちゃん、頑張るねェ。もう二人のお友達は死んじゃったっていうのにさァ』
“濁った白”は裂けた口をさらに広げて、
羽ばたいていた“濁った白”は、満身創痍の私と、傍で倒れ伏した二人の魔法少女を見下すように眺めるためにわざわざ床に降り立った。
四枚の翼を持ち、額から曲刀に似た形状の角を生やした竜型の魔女モドキ……。
このふざけた魔女モドキは、魔法少女三人掛かりでもまったく相手にならなかった。
こうなったのも全ては私のせいだ。聖カンナの魔女以外の戦力を保持している可能性も当然考慮していたが、ここまで圧倒的とは思わなかった。
この魔女モドキと対峙した時、既に勝敗は決していたのだ……。
私たちトレミー正団は、かずみ奪還作戦を決行するに至って、二手に分かれる事にした。
騒ぎを起こして、聖カンナを引き付ける陽動班。囚われたかずみという魔法少女を救い出す本命班の二つだ。
前者は固有魔法が戦闘向きではない里美さんとひより。後者は固有魔法が戦闘に特化した舞、カイネ。そして、斥候として私が加わっていた。
特にひよりの透明化の魔法は潜入には打って付けの魔法だったのが大きい。
里美さんは当初危険度の高い陽動班に自ら志願したが、以前にあげた理由とかずみが目を覚ました時に顔見知りが居た方が良いと理由で却下させてもらった。
……囚われている友達に、いの一番で会わせてあげたかというのもあったが、それは些細な理由だ。
そうして、陽動班として敢えて正面玄関から聖カンナの自宅に突入した我々だったが、待ち受けていたのは魔力により変質した異様な光景の屋内だった。
無機質なケーブルやパイプで覆われたそこは外観からは想像も付かない迷宮めいた場所。
空間そのものが魔力を用いて無理やり拡張された内部は、魔女の結界と見
廊下であっただろう場所は地下鉄の通行路よりも複雑に張り巡らされ、私たちを惑わした。
警戒をしながら進んだ私たちだったが、思いの外、聖カンナの襲撃を受ける事もなく、ただ何もない部屋や道ばかりがいくつも続いていた。
だが、数十分ほど経った頃。私たちは、その部屋に足を踏み入れた。
そこだけは、無機質だったケーブルとパイプだらけの空間とは違い、生活感が感じられる内装になっていた。
食卓やソファ、テレビ、タンス、クローゼットといった普通の家具が並んでいたからこそ、かえって異様な雰囲気が感じられた。
しかし、何よりも目を引いたのは、置かれた家具などではなく、ソファの上に転がる一人の幼女だった。
濁った白い長髪のその幼女は二人掛けのソファの上で寝息を立てていた。胸の上には直前まで食べていたらしきパンか焼き菓子のような食べかすをいくつも乗せていた。
攻撃すべきかと悩んだが、年端もいかない睡眠中の幼女に魔法を放つ事は三人とも抵抗があった。
……今思えば、それが間違いの始まりだった断言できる。奴に容赦や躊躇などというものを掛けるべきではなかったのだ。
この家に居る以上は聖カンナの身内。少なくとも彼女から何らかの情報を聞けると判断した私は、近付いて声を掛けた。
それが途方もない強さを持つ聖カンナの秘蔵っ子だとも知らずに。
『お姉ちゃんたち……ママの敵? 敵だよね? ここに入って来ているって事は……食べちゃってもいいんだよねぇ?』
にたりと寝転んだままで、幼女が笑ったのを覚えている。
ネコ科の動物が獲物を前にした時に浮かべる、嗜虐心の滲む笑みだった。
そこから先は思い出すのも嫌なほど、最悪な展開だった。
幼女は跳ねるように起き上がると、その姿を四枚の翼を持つ白竜に変え、私たちに鉤爪の付いた腕を振るった。
六メートルはある
幼い子供が急に化け物に姿を変えた事に驚愕を隠せなかった私たちは、その二つを兼ね備えた一撃に重傷を負い、命からがら部屋から逃げ出したのだ。
『何々? 追いかけっこ? いいよォ。捕まったら殺すね』
加工されたようなその声音はもはや人だったものから発せられたとは思えない、邪悪さに満ち満ちていた音だった。
そして、現在。
私以外の二人は床に伏していた。衣装はもちろん、身体中に切り付けられた痕をいくつも付け、真っ赤な血潮を流している。
残る私も無論無事ではなく、同じようにズタズタに引き裂かれ、立っているのも辛いほどだった。
これでもまだ倒れていないのは初撃以外の白竜の魔女モドキの攻撃に遊びがあったからだ。乱雑な狙いで攻撃し、速度を抑えて追跡してくる奴は、本当にふざけている。
もしも奴が最初から本気であれば、一瞬で私たちは死亡していた事だろう。
倒れている二人には目もくれずに、白竜の魔女モドキは私へとゆっくり近寄って来た。
『お姉ちゃんたち、弱っちいね。なるべく長く遊びたかったから、加減したんだけどなァ。……でも、仕方ないよね? お姉ちゃん、もう逃げられないモン。追いかけっこは終了だよねェ?』
弱った獲物に止めを刺そうとする狩人の眼差しを浮かべている。
高揚感と一抹の寂しさを併せ持つその瞳は、品定めをするように私を下から上に順繰りと眺めた。
蛇の如く絡み付く視線は、しばらく続く。まるで視線で私の心までも恐怖で凍り付かせようとしている風に思えた。
私は意を決して、白竜の魔女モドキに尋ねた。
「……最後に聞かせてくれ」
『うん? 何が知りたいの?』
奴は足を止め、不思議そうに長く伸びた首の上部を傾げる。
その仕草だけ見れば、子供らしい純朴そうな動作だった。
「お前の名前だ。何というんだ、教えてくれ」
『それ、聞いてどうするの?』
「決まっているだろう? ――お前の墓標に刻むためだ!」
台詞と同時にこの部屋の扉側の天井の隅に仕掛けた数十に及ぶクナイを、私の分身へと変化させる。
「『ブル・スクーロ・アッサルト』!」
白竜の魔女モドキの死角から放たれた分身は、紺色の発光する砲弾と化し、奴の頭部へ撃ち込まれた。
これが私の仕掛けた
油断と慢心に溺れた奴に、報いる逆転の一手。
深手を負い、逃げ切れないと判断した私は、すぐに白竜の魔女モドキを罠に掛ける方針に変えた。
奴の不合理的な行動から、獲物を
全ては、奴に精神的な隙を生ませるための布石。
どれだけ速くなろうが、どれだけ強くなろうが、元は人間である以上は後頭部を狙われれば一溜りもない。
魔力で皮膚が強固になっていたとしても、その衝撃は脳を確実に揺らす。
紺色の爆撃は完全に奴の後頭部に着弾した。これで形勢は……逆転する!
濁った白色の鱗で覆われた白竜の魔女モドキの首から上は、爆ぜた紺色の魔力の粒で隠されていた。
激しい魔力の爆発のせいで、宙を舞う残留粒子が消え失せるまで数秒かかった。
『……今のはちょォォっと痛かったかなァ?』
爬虫類の顔が粒子のカーテンの向こうから覗く。
鱗は僅かな焦げ目すら付いておらず、依然奴は無傷だった。
「ば、かな……? 後頭部を直撃したんだぞ……なのに何故……?」
『威力が弱かったからだと思うよ。軽く眩暈がしたくらいには痛かったし。あー、名前だっけ。あたしはかずら。こっちの姿は……そうそう、ママはこう呼んでたよ。「
濁った白竜、ドラーゴ・ラッテはそう名乗ってから、私の頭上から曲刀状の角を振り下ろす。
鉤爪よりも鋭い切れ味がする事は一目で理解できた。もしもそれが私に刺されば、頭蓋骨を唐竹割りのように綺麗に切断し、真っ二つにできた事だろう。
だが、それは起こらなかった。否、起こさなかった。
――私の仲間たちの手によって……。
橙色の鎖がドラーゴ・ラッテの角に巻き付き、先端に付属された碇が絡んでいる。
中途半端に頭を振り上げた姿勢で奴は拘束されていた。
『な! え……何で? 死んだはず、じゃあ?』
反り返った首でドラーゴ・ラッテが見たものはフレイルを伸ばした舞の姿。
そう、最初から彼女は死んでなどいなかったのだ。あくまで死んだように見せかけていただけ。
これが二手目の
私の攻撃だけでは倒せない事は想定の範囲内だった。
それでも目眩ましくらいにはなっただろう。倒れていた仲間が立ち上がり、武器を作る程度の時間には。
『ま、まさか、もう一人も……!』
戦慄するドラーゴ・ラッテ。
その通り。カイネもまた健在とは言えずとも生存している。
私の魔法は威力が弱かったと言っていたな……。では、喰らうがいい。トレミー正団、最高威力を誇る時雨カイネの魔法を!
ヘッドフォンを付けた深緑色の髪の魔法少女が、その手に握った武器を反り返った奴の頭部に直撃する。
一見するとエレキギターのように見えるそれは「斧」。
振り下ろされた刃はドラーゴ・ラッテの頭部へと叩き付けられた。
しかし。
『ふふふ……あはははははは。どんなモンかと思ったけど、全然痛くないよォ? コケ脅しだったみたいだねェ……』
斧の刃は硬質な鱗に阻まれ、肉を断つ事は叶わなかった。
接触時の衝撃も私の魔法を超えるほどの威力を奴へもたらさなかった様子だ。
侮蔑に満ちた視線で斧を握るカイネを嘲笑っている。
対するカイネは酷く落ち着き払って、言った。
「……勘違いしてる」
『は?』
「自分はまだ魔法を使ってない」
彼女は斧の側面に着いた数本の弦へと片手を伸ばした。
私は彼女の武器は斧だと言ったが、それは決して、ギターに見える箇所が飾りという訳ではない。
カイネの武器は……。
「……『インテンソ・スオーノ』」
音を奏でる斧なのだ。
刃を奴の頭蓋に接触した状態で、彼女は弦を掻き鳴らす。
激しい音、即ち強力な振動波がカイネの斧から響き渡った。その衝撃は近ければ近いほど威力を増す。
つまり、そんな激しく振動を発している斧に触れている奴の頭部は。
『がッ、ああああああああああああああああああああああああッ!』
彼女の音楽は“効く”だろう――?
ドラーゴ・ラッテの首がうねるようにもがき、身体が小刻みに揺れる。しかし、その額から生えた角は舞のフレイルに巻き付かれ、固定されて逃れる事は不可能。
白目を剥き、口の端から泡を吹き出す様はラッテというよりカプチーノだ。
カイネの指が弦から離れた時、演奏会は終了した。
ドラーゴ・ラッテはぐらりと一際大きく身体を揺らすと、その姿を元の幼女へと変わる。角が消えたせいで、彼女の身体を支えるものが無くなり、床に眠るように転がった。
「勝った、のか……」
うつ伏せに倒れた幼女、かずらを見つめて、舞は張り詰めていた緊張の糸が切れたように息を吐く。
カイネも額に大粒の汗を垂らしながら、膝を突いた。二人とも身体に受けた損傷自体は決して軽いものではないのだ。
それは私も同じ事。全員、満身創痍なのは嘘ではない。
奴が最初から本気で私たちを殺しに掛かっていれば、文字通り瞬殺されていただろう。
念には念を入れて、首を断ち、止めとする。
クナイを片手に倒れているかずらへと、近付いた。
その瞬間……。
「…………あったま来た」
小さな呟きが聞こえた。
「……ッ!」
すぐさま、クナイを首筋へと突き刺そうと振り下ろす。だが――間に合わなかった。
再び、白竜の姿に戻った奴は、目にも止まらぬ速さで飛び立つと、巨大な顎を開く。
そこから溢れ出したのは、白い炎。
ほんのりと濁りのある白炎は一瞬で部屋を覆い尽くす。
「皆、逃げ……ッ」
そこまで言ったところで、私の腰に舞のフレイルの鎖が絡み付いた。
何故こんな事を問う間もなく、私の身体は投げ飛ばされ、扉の壊された部屋の外へと投げ出される。
最後に見えたのは、橙色の袴を白い炎で覆われた舞と深緑のパンクな衣装のカイネの顔。
彼女たちは……笑っていた。
傷だらけで、燃え盛る火焔に囲まれてなお笑っていた。
「何故……私を……」
その結論は脳内で既に弾き出されている。
一番損傷が浅かったのが、私だからだ。他の二人は逃げ出す力も残っていなかったのだ。
しかし、それでも私は納得できなかった。
理屈ではなく、感情として、仲間を見捨てて逃げる事を拒んでいた。
昔の私であれば、ひより以外に感じた事のない感情……友情を彼女たちに感じていたから。
カイネの『インテンソ・スオーノ』の音が響き渡る。ほぼ同時に腰に巻かれたフレイルの鎖が音もなく、消滅する。
部屋から私を追いかけるように出る白い炎を激しい音の波が塞き止めた。
——……逃げろと。そういうのか、この私に。お前たちを見捨てて、逃げろと……。
いつもの冷静な私が言う。
戻ったところでどうにもならない。彼女たちの命を無駄にしないためにも早く逃げろ。
その通りだ。その意見は正しい。それこそこの状況でのベストアンサーだ。
だが、私の中でもう一つの声が叫ぶ。
彼女たちを助けてくれ。三人でこの場を逃れよう。
馬鹿な考え。何と愚かで考えなしなのだろうか。
私は当然前者の声に従った。残っている魔力を両脚に集め、全力で遁走した。
背後で白い炎が更なる火の手を上げている。廊下でこれだ。部屋の中は完全に火の海に沈んでいるだろう。
そこに居る者など助かる訳がない。
目の前が歪む。不自然に光が屈折する。
泣いているか……私は。炎に巻かれたせいだ。急激に熱された網膜を守るために涙腺から涙が出たに過ぎない。
これは単なる生理的反応。断じて、悲しみの涙などではない。
今更、私にそんな情緒的な人間らしい反応など似合いはしない。
あくまでも冷徹で……。
機械的なのが……。
「う……うううううぅッ……」
この私、皐月ルイという魔法少女なのだから……。
次は本命班の視点になります。