魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第三十九話 生まれ出でる祈り

~カンナ視点~

 

 

「これさえ完成すれば……これさえ完成すればあきらにも対抗できる……」

 

 キーボードに指を走らせ、製造過程にあるカプセル内のそれを見つめながら、私は勝利を確信する。

 動かしているのは、市販のノートパソコンだが私の魔法で物理的にカプセルと“繋がっている”。これにより、余計な機械を使わずにデータを直接流し込む事が可能だ。

 パソコン内にあるデータは、あきらが抑制装置だと思っていた『アトラスのベルト』から送信された奴の魔力の情報。

 確かにアトラスのベルトはイーブルナッツの活性化を抑制する機能を持つ。

 だが、実際には奴の魔力は単純に抑えられていたのではなく、常時こちらの用意した場所へ転送されていた。

 あきらがアトラスに変身する度に、私の自室の真下に作られた魔力空間にあるカプセルへと流れ込むよう仕組みを立てていたのだ。

 奴の襲撃を受けた時にこの場所も発見されていれば、それこそ打つ手はなかったが、幸いはそうはならなかった。

 念のために何重にも仕掛けた魔力を使わないアナログな偽装が役に立った。勘のいいあきらは魔法で隠せば、その魔力を辿り、難なくこの研究室を見つけていた事だろう。

 しかし、出し抜いたのは私だ。

 カプセルは無事。奴の魔力構成データも必要な分は取れた。反応からアトラスのベルトは壊されたようだが、現段階に置いてはもう不要だ。

 最終調整をすれば、カプセルの中身は完成する。最強の魔物、『ドラーゴ』に匹敵する存在が生まれ落ちる。

 カプセル内には脈動するように明滅する二つのイーブルナッツ。そして、かずみシリーズの死体から採取した肉体の残滓。

 それがうねるように絡み合い、一つの像を形成していく。

 

「もうすぐだ……。もうすぐ生まれるぞ。私の可愛い子供(ベイビー)が……」

 

 思わず、口元が弛む。母親になる女とはこんな気持ちなのかもしれない。

 もしくは最高傑作を作り上げる技術者の気分か。どちらにせよ、新たなものを生み出す喜びには違いない。

 最後に絶対服従を刷り込むために、最初に見たものを親と認識するプログラムを組み込み、コネクトでカプセル内に流した。

 これでいい。これで万が一にでも造反する危険はなくなった。

 『親』という存在は『子』に対して絶大な影響力を及ぼす。これより生まれ出でるこいつは、私を愛し、尊敬し、付き従うものとなる。

 決定キーを押下し、私は最後のプログラムコードを送信する。

 蠢いていたカプセル内の肉塊がスマートなシルエットになっていく。

 透明なガラスに似た材質の壁から見えるのは、一人の少女……いや、幼女か?

 消滅する前に回収できたかずみシリーズの肉が少なかったせいで大きさは彼女たちよりも幾分小さい。

 外見年齢は多く見積もっても十歳前後。目を瞑っている顔立ちはかずみに似ているが、その髪の色はミルクを入れすぎたカフェラッテのような濁りのある白。

 自分が作り出した生命だと思うと、それがとても愛おしく映る。

 

「今、ママが出してあげるからな……」

 

 カプセルに近付き、その中から生まれたばかりの我が子を取り出そうとした。

 けれど、すぐ直前でカッと彼女の目が見開かれる。濁りある白い瞳孔が至近距離に居る私を捉えた。

 その目付きは私が知り得る最悪の存在——一樹あきらに酷似していた。

 

「……っ!」

 

 蛇に睨まれた蛙のように固まる私を眺めた彼女は、にたりと相好(そうごう)を崩す。

 瞬きする間もなく、カプセルが内側から砕け散り、中に溜まっていた液体が流れ出した。

 裸体を晒した彼女はガラス片を裸足で踏み付けなら、脱皮を果たした蝶のようにカプセルから歩み出る。

 起伏の乏しい肢体から、浸かっていた液体の雫がポタポタと流れ落ちていく。

 犬や猫がやるように濡れた身体を振るわせて、付いている水滴を晴らすと、彼女は私を見上げて言った。

 

「ねえ。お腹空いたよ、ママ」

 

 しばらく返事を出せなかったが、彼女が私をちゃんと親と認識している事に安堵し、息を整えて答える。

 

「あ、ああ……。何か食べ物を作ってあげるよ。それよりお前は……いや、名前が必要だな」

 

「名前?」

 

「そうだ。和沙ミチルを略して『かずみ』と名付けた奴らに倣い、『かずら』にしよう。お前の名前は今日からかずらだ」

 

 一樹あきらから名前を取るのはあまりいい気分はしないが、それでも奴の魔力情報から作られた彼女には相応しい。何せ、かずらのコンセプトは“私のために戦うドラーゴ”だ。

 かずらは命名された名前を気に入ったのか、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。

 

「あはは、いいね。かずら! あたしはかずら!」

 

「喜んでくれて、私も嬉しいよ。かずら」

 

 私は近くに用意してあったタオルを手に取って、彼女の湿った髪を拭ってあげる。

 ふと妹たちをお風呂に入れて上げた記憶が脳裏に過り、胸に良く分からない痛みが走るが、黙殺した。

 ……あんなものは私の家族じゃない。私の家族はこの子とかずみだけだ。

 

「ねえ。ママ。その透明なのに入ったお人形さんは何?」

 

 髪を乾かしてやっているかずらが、机に乗っているかずみの入れれた小さなカプセルを指差した。

 彼女は未だに里美を操って強制的に意識を遮断したため、人形のような大きさのままで眠っている。

 

「それは人形じゃない。かずらの……お姉ちゃんだ」

 

 詳しく説明すれば、複雑すぎて関係性を正しく表現する単語は見当たらない。

 だが、姉妹でも問題はないだろう。何せ、構成している肉体自体は同じ由来のものなのだ。

 名前も二文字ほど被っているし、姉という扱いでいいだろう。

 

「へえー。あたしのお姉ちゃんってちっちゃいんだね」

 

「元の大きさになればかずらよりも大きいよ。かずみって言うんだけど、……ちょっと理由があって眠っているんだ」

 

「かずみお姉ちゃん! 何だか、かずらと似てるね」

 

 私に笑い掛けるかずらに愛らしさを覚えた。

 良かったと、それを見て胸を撫で下す。

 イーブルナッツ二つ分の魔力を支配下に置くにはあきらの魔力構成データ……ひいては奴の魂を模倣する必要があった。

 エピソード記憶はないものの、あきらと同じ性格になる事を危惧していたが、かずらからは奴のような邪悪さは感じられない。

 見た目通り、無邪気な子供そのものだ。……これなら扱うのは難しくない。

 

「ママ。かずみお姉ちゃんに触ってもいい?」

 

「うーん。カプセルを揺すらないならいいよ。お姉ちゃんが起きちゃうから」

 

「わーい。おっ姉ちゃん! おっ姉ちゃん! かっわいいかっわいいおっ姉ちゃん!」

 

 許可を出すと妙な節を口ずさみながら、かずみのカプセルを手に取って眺め始める。

 同じ肉体だからこそ惹かれたのか、自分の姉妹と聞いて愛着が湧いたのか、かずらはご満悦の表情だ。

 強大な魔力を保持しているのに、可愛いものだな……。

 そう思って、見つめていると彼女はスンスンとかずみの匂いを嗅ぐ。

 

「かずみお姉ちゃん、良い匂い……。とっても美味しそう……」

 

 舌舐め擦りをして、目を細める。

 ……何をする気だ、こいつ。

 獲物を定めた蛇のような仕草に私は慌てて、かずみのカプセルを取り上げた。

 

「やめろ! かずみは食べ物じゃない!」

 

「冗談だよ、ママ。そんなに怒らなくてもいいじゃん……」

 

 口を尖らせて文句を言うかずらの姿は、記憶の中のあきらを彷彿とさせる。

 まともな神経では行えない残虐行為を働いて、なおもちょっとした悪戯のように語る奴の顔とそっくりだ。

 油断ならない。やはり、こいつはあきらの精神を継いでいる。

 ……化け物の子だ。プログラムによって、私に逆らう事はないが、それでもかずみには危害を加える可能性がある。

 

「いいか、かずら。お前は私の娘。私の言う事は絶対だ。以後、かずみに危害を加える事は冗談でも許さない」

 

 そう言い含めると、かずらは幼い顔立ちをくしゃくしゃにして泣き始める。

 

「う、うん。分かったからぁ……。ママ……怖いよ。許して、ちょっとふざけただけなの……」

 

 ポロポロと涙を零して謝る姿は年相応の幼女と変わらず、少し強く言い過ぎたと後悔が募った。

 脅し過ぎてしまっただろうか。いくらあきらの精神を模倣したとはいえ、この子は生まれたばかりの赤ん坊だ。

 行動の良し悪しさえ覚えさせれば、おかしな言動はなくなるはずだ。

 あきらという外道に育ったのは環境や境遇によるものかもしれない。いや、きっとそうだ。あれほどの邪悪が自然発生する訳がない。

 この子も私が適切な教育を施せば、奴のような真性の狂人には育たないだろう。

 

「言い過ぎたよ、かずら。上で起き替えして、それからご飯を食べよう。ね?」

 

「うんうん。あたしも……ふざけたりして、ごめんなさい……」

 

 しゃくり上げる彼女の頭をポンポンと撫でて、研究室から自室へ戻る魔法陣へと連れて行く。

 その際に再び、かずみのカプセルを研究室の机の上に置いた。

 かずみを起こすにはまだ早すぎる。この状況下であきらを超える信用を彼女に刷り込むのは難しい。

 だから、かずらを使ってあきらを殺し、プレイアデスの残党を潰し……そして赤司大火を(くだ)した後、じっくりと彼女に全てを教える。

 この私以外に頼る者の居なくなった世界では、かずみも私に縋るより他になくなるのだから。

 そして、世界を焼き尽くし現生人類を放逐する。

 イーブルナッツに感情エネルギーを籠めれば、新たな人になる事が証明された。

 私たちは新たな人類。ヒューマンと異なる、作られし命。

 名付けるなら“ヒュアデス”。

 全人類から感情エネルギーを抽出し、それをイーブルナッツに注ぐ。

 私はこの新人類を統べる神へとなる。

 このかずらこそ、そのための第一歩。

 (わたし)の創造する世界を実現するために、今ある世界を破壊する天使だ。

 誰にも邪魔させるものか。……誰にも。例え、お前にもだ、『タイカ』……。

 

 

~里美視点~

 

 

 夜もすっかり()けた空を見上げる。

 家に帰った魔法少女たちはどうしているかしら……。

 何か月も失踪していた彼女たちを親兄弟や友人たちは温かく迎え入れてくれるかしら……。

 彼女たちが失いかけた青春を僅かでも取り戻せたのならいい。彼女たちを探していた人たちはほんの少しでも安らぎを得られたのならいい。

 プレイアデス聖団の最後の一人として、私はそれを心から祝福する。

 だから。

 今度は私がプレイアデス聖団のために戦う事を許してほしい。

 夜空に輝く星座の七姉妹を見て思う。私は本当に駄目な姉だったと。

 末の子であるかずみちゃんを内心では怖がっていた。ミチルちゃんの代わりだと思っていたのもあるけれど、根本的なところで私は彼女を人間ではなく、人形だと思っていた。

 辛い過去を塗り潰すために作った魔女の心臓を持つ人形。……これじゃあ、お姉ちゃんなんて名乗れないわね。

 でもね、今日からいいお姉ちゃんになるわ、私。

 攫われた妹を、必ず取り戻す。

 聖カンナの自宅は操られていた時に場所を覚えている。彼女がかずみちゃんを隠しているとすればあそこしかないだろう。

 アンジェリカベアーズ博物館の屋根から飛び降りると、私はそこに集まってくれた四人の魔法少女たちの顔を見渡す。

 紺色の魔法少女、皐月ルイさん。

 桜色の魔法少女、小春ひよりちゃん。

 橙色の魔法少女、三鳥舞さん。

 深緑色の魔法少女、時雨カイネさん。

 これから彼女たちに理不尽な頼みをする。拒絶されたのなら、それでもいい。

 私が行おうとしているのは街のためというよりも、個人のための行動だ。

 

「四人とも来てくれてありがとう。私はこれからこの街を襲う元凶の魔法少女、聖カンナの家を襲撃します。これはお昼にも伝えたわね……でも、私にはもう一つだけやらないといけない事があるの」

 

 全員の顔を見ながら、可能な限り自分の本心を隠さずに伝える。

 嘘や欺瞞はもうたくさん吐いた。騙されるのも騙すのもうんざりだ。

 

「私は彼女に捕まっているプレイアデス聖団の魔法少女を取り戻したい。かずみちゃんって言うその子はね、私たちが作り出してしまった女の子なの」

 

 かずみちゃんを作った事を話した。

 ミチルちゃんの死を踏みにじった事を話した。

 自分たちの罪と弱さと夜空の下で告白した。

 四人の魔法少女は何も言わない。ただ、静かに私を見つめ、その言葉を聞いている。

 

「これは私情よ。あなたたちには何の関係もない私情。それでも恥を忍んで私は頼みたい。かずみちゃんを……私たちの妹を取り戻すのを手伝ってください! お願いします!」

 

 深々と私は皆に頭を下げた。

 下げ過ぎて、視界には地面しか映らない。

 重苦しい沈黙が辺りに流れる。

 私は怖くて顔を上げる事ができなかった。

 私を信用して一緒に戦う決意をしてくれた魔法少女たちが、どんな表情をしているのか確認するのが怖かった。

 失望されただろうか。軽蔑されただろうか。ひょっとしたら敵意を向けているかもしれない。

 綺麗事を吐いておいて、身内可愛さに自分たちを危険に巻き込むのかと、そう思われているかもしれない。

 それでもこれは果たさないといけない事だ。

 プレイアデス聖団として、レイトウコを解凍したように。

 かずみちゃんの姉として、彼女を助けに行かなきゃいけない。

 それが私の矜持。私の誇り。恥しかない私に残されたたった一つの願いだから。

 

「頭を上げてくれ、宇佐木里美さん」

 

「そ、そうですよ。里美さん……」

 

「リーダーがいつまでも頭下げてちゃ格好付かないよ」

 

「……皆の言う通り」

 

 顔を上げた先に待っていたのは、四人の笑顔。

 彼女たちの誰も怒るどころか、祝福でもするように微笑んでいた。

 ルイさんが頬を掻きながら、困ったように言う。

 

「そう畏まらないでくれ。あなたがそのかずみという魔法少女を大切にしている事は話を聞いただけで伝わって来た。こちらこそ手伝わせてくれ」

 

 横目でひよりちゃんを一瞥する。

 そうか、彼女には私の気持ちが共感できるんだ……。

 かつて、ひよりちゃんを助け出すために、アンジェリカベアーズまでやって来た彼女には。

 

「そ、そうですよ……もう里美さんはわたしたちのリーダーなんですから……」

 

「そうだな。あたしらにもチーム名が欲しいとこだ。言っとくが、『新生プレイアデス聖団』とかは嫌だぞ」

 

 ひよりちゃんと舞さんがそれに追随する。

 チーム名……そんな事を急に言われてもパッと浮かんで来る名前なんて……。

 私がお礼も忘れて考え込んでいると、カイネさんが服の裾を掴んで引っ張った。

 

「な、何? カイネさん」

 

「『トレミー星団』……とかどう?」

 

 トレミー星団……。それは前に星座に詳しいミチルちゃんに教えてもらった事のある散開星団の名前だ。

 古代ギリシャの数学者プトレマイオスの英名を冠したその散開星団はさそり座の尻尾の辺りにあり……。

 

「『さそりの針に続く星雲』と呼ばれている……。そう、いい名前ね」

 

 私はふと(たもと)を分かった彼の事を思い出す。

 彼もまた共に戦う事は叶わなかったけれど、かずみちゃんを心配している一人だ。

 

「あすなろ暗黒五重奏(ダーククインテット)という手もあるぞ」

 

「ル、ルイちゃん……冗談でもそれキツいです……」

 

「……わりと本気で考えたのに」

 

 隣でルイさんとひよりちゃんがコントを繰り広げている。ルイさんは真面目だけど、ネーミングセンスはあまりないようだった。

 そして、ひよりちゃんも友達には結構はっきり物を言うタイプらしい。

 

「あたしもそれでいいぞ。ただし、『せいだん』は正しき団の方で頼む……あすなろなんちゃらは死んでも御免だ」

 

 不評ね、あすなろ暗黒五重奏(ダーククインテット)。私も嫌だけど……。

 満場一致でチーム名は『トレミー正団』に決まった。

 皆は私へ何かを求めるように視線を向けてくる。

 それに気付いて、一つ咳をして全員に号令を告げた。

 

「トレミー正団として結成してすぐになるけれど、これが初めてのオペレーションよ。皆で聖カンナを倒して、かずみちゃんを助け出しましょう!」

 

「承知」

 

「わ、わかりましたぁ……」

 

「OK」

 

「…………うん」

 

 四人ともまったく揃わない返事をする皆に苦笑し、そして、私は改めて誓いを立てる。

 このトレミー正団で必ず、かずみちゃんを救い出してみせるわ。

 出来損ないの恥知らずだけど、それでも私、あなたのお姉ちゃんだから……。

 




やっとカンナ編でカンナを登場させられました。
しばし主人公たちは出番がないかもしれません。

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