魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
頭が痛い……。思考が上手く纏まらない……。
重い倦怠感の中で目を覚ました時、俺の身体は鎖で縛り上げられ、レイトウコの床に転がされていた。
視界に入る範囲には数人の魔法少女だけだ。一見したところ、あれほどごった返していた室内に残っている少女の数は五分の一にも満たない。
どこに行ったのだろうかとぼんやりする頭で考えていると、レイトウコの外から里美の声が聞こえてきた。
「あともう一人乗れるわ。皆、少しずつ詰めてもらえるかしら。そこの……黎透子さん。もう少しだけ左に寄れないかしら。そう、そんな感じで。ありがとうね」
そちらを向けば、開かれた二枚扉の外で魔法陣の中に十人近い少女を乗せている彼女の後ろ姿が見えた。
魔法少女たちを上に運んでいるのか……。だから、レイトウコ内に居る人数が少なくなっていたのだな。
里美が魔法陣の上に立つと、足元の陣が輝き、彼女たちは視界から消える。少し経ってから魔法陣が再び輝いた時、その上に立っていたのは里美一人だった。
「次で最後ね。……赤司さん。目が覚めたようね。気分は如何かしら?」
レイトウコの中まで戻って来た彼女は俺が起きた事に気付くと、少し間を置いてから声をそう掛ける。
「あまり良好とは言えないな。それより里美、俺はどうして縛られている?」
重い頭でそう尋ねた途端、彼女の表情は曇った。
「……覚えてないの? 自分が何をしようとしたのかを……」
「俺が……何をしたっていう……うぐッ、ッ……!?」
そう問いかけた瞬間。寝惚けていたいた頭が、急激に覚醒していくのを感じた。
駆け巡る記憶。想起される衝動。そして、己が
俺は、ルイたちに刃を向けて、振り下ろそうとしたのだ……。
ただ破壊衝動に従って、快楽に酔い痴れ、二人の魔法少女を殺そうとした。
「……そうだ。二人は……! ルイと舞は無事なのかッ!?」
彼女たちの安否が気になり、里美に問う。すると彼女は手のひらで隣を指示した。
そちらに立っていたのはルイと舞。その後ろにフードを被ったひよりが顔をぴょこんと出す。
「私たちはここだ」
ルイが静かな口調でそう言った。
良かった。俺は彼女たちを手に掛けずに済んだのか……。
心の底から安堵して、彼女たちの方へ首を伸ばし、笑い掛けた。
「無事だったか……。よかっ……」
「近付くな! それ以上あたしらに近付くなら、容赦しないぞ!」
俺の鎖と繋がっていたフレイルを握る舞は、きつい目付きで俺を睨み付ける。
俺を締め付ける鎖が
「ま、舞……」
「…………」
彼女の瞳に滲むのは、敵意と恐怖。もはや人間に対して向ける眼差しではなかった。
危険な野生動物を見るような、警戒を怠れば身の危険が迫る事を予期した目だ。
舞だけではない。ルイもひよりも同じ目で俺を見ている。
「そうか……。俺はもうお前たちからは、化け物にしか映らないのだな……」
「赤司さん。許してね。これは魔法少女たちの安全を確保するために必要な処置だったの」
申し訳なさそうに目を伏せて里美は語る。
その言葉には裏はないのだろう。一度、魔法少女に襲い掛かった俺は危険な存在だ。
彼女たちを落ち着かせるためにも必要不可欠な行動。責める気にはなれない。
「いや、構わない。当然だ」
「さっきの姿、それに魔法……あれはみらいちゃんのものね?」
「……ああ、そうだ。俺にも何故使えるかは分からないがな」
あの魔法、あの力はみらいに由来するものだ。
あいりの魔法を得たように、みらいのソウルジェムを砕いた時に俺の中に取り込まれたものなのだろう。
今まで発現しなかった理由は断定できないが、あいりの魔法を失ったせいで表に出てきたのであれば、彼女がみらいの力を抑えていてくれたのかもしれない。
『それはきっと、イーブルナッツの持つ特性だろうね』
腹立たしい声が頭に響き、俺はその声の主を探した。
少し視線を巡らせると水の止まった噴水の上からキュゥべえが飛び降りて来る。
「まだ居たのか、お前……」
『その言い方は酷いよ、赤司大火。ボクは君の疑問に答えてあげているというのに』
「別に聞いてもいないのだが……何か知っているなら話せ」
相変わらず、不快な奴だがそれでも持っている情報に虚偽を混ぜるような相手ではない事は経験上知っている。
自分にとって不都合な内容は決して言わないが、話しても問題ないと判断した内容はべらべら話すのがこの生き物の性格だ。
キュゥべえは例に漏れず、聞かれた事には素直に答えた。
『君の中核にあるイーブルナッツは、グリーフシードの模造品だ。グリーフシードがソウルジェムに溜まった穢れ、つまり負のエネルギーを吸収する性質を持っている。対して、イーブルナッツは正のエネルギー……ソウルジェムの魔力、正確には魂そのものを吸収する性質を持っているようだね』
「それなら、イーブルナッツを持つ者は、魔法少女の魂を吸収できるって訳か?」
『そうだね。そして、ソウルジェムを吸収したイーブルナッツは、そのソウルジェムの持ち主である魔法少女固有の魔法を行使できるようになるようだ。赤司大火、君にはその経験があるんじゃないのかい?』
キュゥべえの話を聞き、あいりの魔法、そしてみらいの魔法の事を思い出す。
二人とも俺がこの手でソウルジェムを破壊した後で、魔物化した肉体に取り込まれていたというのか。
「ならば、イーブルナッツを持つ魔物にとって魔法少女は……」
『格好の餌という訳さ。もっとも君のこれまでの行動から考えると、取り込むにはソウルジェムを一度破壊して細かく分解させる必要があるみたいだけどね』
それだけ言うとキュゥべえはさっさとレイトウコの中から出て行ってしまう。
どうしてわざわざ詳しい説明を残して行ったのか不思議に思ったが、残された魔法少女たちの顔色を見て察した。
彼女たちは露骨に俺から距離を取り、先ほどよりも怯えた視線を投げて寄こしている。
キュゥべえは、彼女たちに俺を含めた魔物への恐怖を植え付けるためにこの説明をしたのだ。
「里美……」
協力を誓い合った彼女に、縋るような目を向けるが、困ったような表情をするばかりだった。
「赤司さんの事は信用しているわ。……でも、今のあなたは自分をコントロールできているようには見えない。今後一切、魔女モドキの姿にならないと誓ってくれるなら解放してあげてもいい」
魔法少女一同はざわつくが、それでも一目置かれている里美の意見には逆らう者は現れず、露骨な否定意見は挙がらなかった。
それではお前と共に戦えない。そう思って彼女を見つめるが、帰って来る沈黙には俺との共闘への白紙に戻すという強い意思が含まれている様子だった。
「……分かった。もう変身しない。俺は、戦わない……」
決意を込めて言ったつもりだったが、喉から吐かれた声音は絞り出したような、か細く弱々しいものだった。
「舞さん。鎖を解いてあげて」
「でも、里美さんよ。こいつは……」
「大丈夫。彼の人格は信頼できるわ。嘘を吐くような人じゃない」
里美に諭され、不本意そうに舞はフレイルを鎖ごと消滅させた。
身体が自由になった事で腕を動かす。そして、ある事に気が付いた。
「!? ……右腕が」
ドラーゴによって断ち切られた俺の右腕が何事もなかったかのように、肩から生えている。
今まで気にする暇もなかったが、きちんと動き、指先まで感触があった。
「気付いたようね。それが皆があなたを怖がっている理由の一つよ。魔法少女は普通の人間よりも治癒力が高い。ちょっとした傷なら即座に治るわ。でも――赤司さんのように無くなった部位が完全に元通りに生えてくるなんて起きないの……」
我が事ながらぞっとして鳥肌が逆立つ。
俺は、自分が人間ではないと自覚していた。だが、これほどまでに自分が人外めいた特性を持っているとは思っていなかった。
無くなった腕が生えてくる? では、足は? 内臓は? 脳は?
どのパーツが無くなっても、トカゲの尻尾のように生えてくるというのか。それでは俺は何を以って、俺と認識すればいいのだろうか。
「赤司さん。あなたの気持ちがまったく想像できない訳じゃないけれど、このままずっとレイトウコの中に居る訳にもいかないわ。さあ、立って」
俺は里美に促され、喚き散らしたくなる感情を抑えて立ち上がる。
彼女は俺が立った事を認めると、号令を飛ばして全員に魔法陣の前まで行くように言う。
俺たちが入口付近まで出ると持っていた鞄から透明なカプセルを一つその場に置いた。
「それは……」
「海香ちゃんの身体よ。お葬式なんて開いている暇もお金もなかったから」
入っているのは縮小された長髪の眼鏡の少女。
海香の入れられたそのカプセルを置き、開いた二枚扉を手ずから閉じる。
「これでこのレイトウコも役割を終えたわ。……ここは無くなければいけない場所よ」
扉に触れた里美の手が扉の付いた魔法陣を撫でる。
輝き出す幾何学的な魔法陣はその端から削れるように消えていく。
同時に激しい揺れと音を立てて、レイトウコの扉の輪郭がぼやけるように薄れていった。
まさか、里美はこの場所を消滅させようというのか……。
「里美、そんな事をすれば中の海香や五人の魔法少女たちの身体が!」
「じゃあ、どうするつもり。突然死した事にして六人のお葬式でもしたいの? それとも彼女たちを裸の死体のまま警察にでも連れて行く気? どちらも現実的じゃないわ。無用な騒ぎを引き起こして、私たちが動き辛くなるだけよ」
その言葉に俺は口篭もる事しかできなかった。
彼女の言う通り、もし警察沙汰になれば、俺たちが拘束されて、その間あきらたちを野放しにするだけだ。
魔法少女や魔物の話をしても信用してもらえないだろうし、仮に信じてもらえたとしてドラマ宜しく共に戦ってくれる訳がない。
下手をすれば、それこそ危険な存在として隔離されてしまう。
俺たちの前でレイトウコは消えていく。そこに取り残される救われなかった少女たちの身体を入れた空間は、逡巡している僅かな時間で永久にこの世から消滅した。
「さあ、行きましょう。地上で他の魔法少女たちが待っているわ」
凛とした表情の里美は俺と魔法少女たちを連れて、魔法陣の床まで先導する。
魔法少女たちのリーダーに認められた彼女は貫禄すら見せ付けて、俺たちを地上まで送り届けてくれた。
アンジェリカベアーズ博物館へと戻って来ると、そこには先に上がっていた魔法少女たちが視線を向けて来る。
里美はそれを宥めるように手を上げて、魔法陣から降りると静かだがよく通る声で語り出す。
「お待たせしたわね。魔法少女の皆。あなたたちが持っていた荷物は残されていなかったから、所持金や携帯なんかは全て返せないけれど、ある程度の電車賃や家族へ連絡は可能な限り取らせてあげる」
魔法少女たちは、口々に言うのは「そんなものは要らないから、今すぐに帰りたい」という言葉だった。
持ち物の回収などもはやどうでもいいのだろう。家に帰りたい、家族や友人に会いたい、その想いだけが彼女たちに残された最後に残された希望なのだ。
「大丈夫。あなたたちは自由よ。各自好きに帰ってもらって構わないわ」
頼りになるリーダーの発言にわっと少女たちが沸き立つのを感じた。
表情の暗かった彼女たちの顔にようやく喜色が浮かぶ。しかし、彼女たちがその場から
「ただ、キュゥべえの言った発言は悔しいけど真実よ。私は、私と共に戦ってくれる魔法少女を募っている。でも、無理強いはしない。この場で私と一緒に戦ってもいいと思える子は一旦残ってちょうだい。戦いを望まない子は私の目の瞑っている間に帰ってもらっていいわ。私はその子を責める気もなければ、咎める気もない」
そう発した後、里美は瞳を閉じた。
それは、逃げる者の顔を覚えないという無言の宣言だった。去っていく姿を後ろめたく思う必要のないように配慮した彼女の優しさ。
本当は恩着せがましく、彼女たちに助力を強制する事もできたはずなのに里美はそんな素振りは微塵も見せない。
高潔とも言える精神。だが、その優しい彼女の前で聞こえて来るのは、遠ざかっていく多くの足音だけだった。
次に里美が目を開いた時に立っていたのは、たったの四人。
それでも彼女は本当に嬉しそうに涙ぐんで頭を深々と下げた。
「ありがとう……本当にありがとうね。こんな私に着いて来てくれるなんて……」
里美と共に戦うと決意した魔法少女の内、三人は見覚えがあった。
皐月ルイ。小春ひより。三鳥舞。……もう一人は初めて見る顔だ。
深緑色の髪にヘッドフォンを付けた魔法少女。
リストの紙束をレイトウコ内に破棄して来たために、彼女の名前を確認する事は叶わない。
「ごめんなさい。見っともないところを見せちゃったわね。名前を改め、教えてくれるかしら。これから一緒に戦う人たちだからちゃんと覚えたいの」
そう願い出る里美に四人とも頷いて、右から自己紹介を始めていく。
「皐月ルイだ」
「こ、小春ひよりですぅ……」
「あたしは三鳥舞」
「……時雨カイネ」
四人が名乗りを上げた時に、俺もまた彼女たちへ名乗ろうとした。
しかし、名前を言う前に里美が首を横に振る。
「赤司さん。あなたはいいわ」
「な、何故だ? 俺も一緒に……」
「ここで名前を言うのは共に戦う人だけ。申し訳ないけれど、赤司さんはその中には入れられない」
俺の力は借りないと里美は断言する。
伊達や酔狂での発言ではない。自分の発言に責任を持つ者の重みのある発言だった。
「そんな……」
「これは魔法少女たちの戦い。それに今のあなたは戦力として数えるにはあまりにも不安定過ぎる。はっきり言って、肩を並べる方が危険なの」
彼女の瞳には敵意こそないものの、仲間を見つめる眼差しではなかった。
里美はあくまで冷静だった。冷静に俺を危険視し、協力関係を断ち切ったのだ。
やっと一人ではないと思えた矢先にこれなのか……。
胸の奥が締め付けられる。ぐっと奥歯を噛みしめて、俺は彼女たちを背にアンジェリカベアーズから出て行った。
脇を通り過ぎる寸前に魔法少女たちは何か言いたげに視線を向けたが、
入口から出た俺は日が照っている天を仰ぎ見る。
空は雲もなく、忌々しいほど晴れ渡っていた。
~あきら視点~
「いいね~。それ! 実にグッドだぜ、サキちゃん」
白いタイトシルエットのパーティドレスを着たサキちゃんを、俺はサムズアップで褒め称える。
細身で身長が高めのサキちゃんにはこのシルエットタイプが一番合う。フィッシュテールシルエットも着せようと思ったが、こっちのが良いだろう。
「そ、そうかな? でも、こんなに高いドレスなんて買ってもらって申し訳ないな」
照れたようにはにかむサキちゃん。髪型のセット代まで出してるってのに、まだそんなこと言ってるのかよ……。いい加減、奢られ慣れろ。
「いいのいいの。ほら、ここそこそこ良いホテルだからさ。ある程度ドレスコートも必要なんだよ。俺だってこんなスーツ着てんだぜ?」
椅子に座ったまま、黒いスーツを広げて見せる。
あまり格式ばっていないセミフォーマルスーツだが、それでもそこそこ生地が硬くて着ていて鬱陶しい。
ひじりんと戦争を始めるために俺はホテル住まいになっていた。
流石に脳内フラワー魔法少女ちゃんでもあれだけやれば、俺の自宅の郵便受けに爆弾でも突っ込んできかねない。
まあ、それはそれで楽しいんだが、服や室内が汚れるのは嫌だったので早々にマンションは放置した。
「……それにしても、あきらがあの黒い竜の魔女モドキだったなんて」
「嫌いになった? もしくは騙されたと思ってる?」
サキちゃんにそう振ると、彼女はぶんぶんとセットした髪が乱れるくらいの強さで首を横に振る。
「そ、そんな訳ないだろう! あきらはどんな姿でもあきらだ! 強くて、賢くて、格好良いい……あっ、変な意味じゃなくてな。うん……」
「あはは、ありがと。それじゃあ、いいじゃん。気にしなくて」
笑い飛ばして、二人を挟むようにあるテーブルからコーヒーカップを啜った。
ミルクを入れずにシュガーとジャムだけをたっぷり入れた『あきら式ブラック』は良い感じに甘ったるく口の中に広がる。
いくらお馬鹿なサキちゃんと言えども、彼女は薄々は自分が騙されたことは分かっている。
分かっているが、絶対に認めない。認めれば、自分が何もかも捨ててしまったことに気付いてしまうから。
「騙される」という状況には何段階かフェーズがある。
その内の最終フェーズに入ると、騙された人間は今度は自分自身を騙し始める。
自分は騙されていないという自己暗示をかける訳だ。自分の間違いや愚かさを素直に認めるには、遅すぎた人間の末路。
後戻りできないことを理解した人間は振り返ることもせずに、ひたすら前へと直進する。
騙した相手を信用し続けることで自分の心を守る。早い話が現実逃避だ。
こうなった人間は、例え騙されたことをバラされても現実を見ない。見れば、自分の愚かさを突き付けられてしまうからだ。
サキちゃんは、本当の意味でもう俺を見てない。この子が見ているのは、自分の脳内に作り出した都合の良い幻想の俺。
その幻想を俺に被せてはしゃいでいるだけでしかない。
例え、目の前で俺が一般人を惨殺し始めても、納得できるカバーストーリーを脳内で作り上げてくれるだろう。
サキちゃんはもう壊れちまっている。取り返しの使いくらいバッキバキに。
哀れな玩具を内心でこき下ろして楽しんでいると、その玩具は深刻そうな顔で尋ねてきた。
「それよりもニコを放置しても大丈夫なのか? この街からかずみを連れて逃げてしまうんじゃ……」
「ああ、それは問題ない。俺がちょいとした悪戯をかましたからな。このまま、逃げる方があの子にとっては恐ろしいだろうよ」
ひじりんが偽物のニコちゃんだと理解しているのに、未だに「ニコ」と呼んでいるのも壊れている証拠だ。そろそろ飽きたし、ゴミ箱にでも捨てるかなぁ……。
とはいえ、ひじりんと遊ぶのに手駒が一つある方が便利か。
「あの子は俺に住所がバレていることを知ってる。そして、留守中に家を軽く荒らしてやった。別の土地に逃げれば、その恐怖を味合わなきゃならなくなる。だから、逃げない。——いや、逃 げ ら れ な い」
この街で俺を迎え撃つよりも、どこかに逃げて俺を見失う方がずっとひじりんには怖い。
姿の見えない相手の襲撃を待つのは精神的にこの上ない苦痛になる。ソウルジェムが精神的苦痛で濁ることは実験済みだ。
いくらグリーフシードがあっても無限じゃない。精神的苦痛を抱えながら、この先一生過ごすなんて選択肢は魔法少女には絶対に選べない。
家族全員皆殺しにしたのは、それを教えるための仕掛け。家族そのものに愛着が無くても逃げられないという意識を刷り込めば充分成功している。
大人二人、子供二人の死体処理なんて簡単にはできないだろう。何らかの魔法で死体を処理したとして、その欠落までは埋められない。
隣人付き合いがどうかは知らないが、五人家族の家から誰も外出しないと分かれば親の職場か、子供の幼稚園なりが不審に思って連絡をするはず。
昨日の時点で蠍野郎が街を破壊したこともでかい。今や真夜中に起きたあの破壊痕はニュースにもなっている。
警察が夜に巡回をするようになれば、中学生の夜逃げなんか見過ごさないだろう。
魔法で逃げれば、魔力の反応が出て、俺に気付かれる。
となれば、ひじりんができることは、住所のバレた家の中で必死に俺の襲撃に怯えるしかない訳だ。
つまり、今、圧倒的に戦闘能力で劣っているあの子は地の利を生かしてせっせと涙ぐましく迎撃の準備をしている。
「俺たちは待つだけでいい。籠城戦を決め込む奴に、馬鹿正直に攻撃してやる気はねーよ」
攫われたかずみちゃんを取り戻したいのは俺たちだけじゃない。里美ちゃんに拾われて、運よく生き残ったらしい蠍野郎も同じこと。
馬鹿VS馬鹿でうだうだやっている時に、最高のタイミングで横から掠めとる。そいつがベストだ。
皿に乗ったマカロンをいっぺんに三つ摘まんで、齧り付く。……あらやだ、これおいしいじゃなーい。後でまた買ってこよ。
「そ、それならいいが……。なら、私たちはその間何をすればいいんだ?」
「何って、美味しいもの食べたり、遊んだりしてていいんじゃね?」
サキちゃんにマカロンを一つ取って口元に運んであげる。
可愛らしく頬を朱に染めたサキちゃんは誰も見ていないのに、周囲を見回してから口を付けた。
今回残りのオリジナル魔法少女を登場させる事ができました。
PT2180さんより頂いた時雨カイネと、huntfieldさんより頂いた黎 透子の二人です。
後者の方は名前だけの出演になりましたが、お気づきなられたでしょうか。
前回までバトルばかりだったので、今回は説明回でした。
大火……主人公なのに悲しい子。