魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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前回までのアキライブ!

あすなろ市にある伝統校、市立あすなろ中学校は統廃合の危機に瀕していた。
学校の危機に、2年生の一樹あきらを中心とした4人の男子生徒が立ち上がる。
俺たちの大好きな学校を守るために、俺たちができること……。それは、アイドルになること!
アイドルになって学校を世に広く宣伝し、入学者を増やそう!
ここから、彼らの「みんなで叶える物語」( スクールアイドルプロジェクト)が始まった!


第八話 最後のプレイヤー

 さて、二名も新たな尖兵をスカウトした訳だが、ユウリちゃんからもらったイーブルナッツはあと一つ残っている。

 戦うことになる相手は七人居るのだからこちらとしても、俺を合わせて四人は魔物が必要だ。

 俺はひとまず、旭先輩と別れ、ひむひむを連れて教室へと戻った。今の時間帯では皆授業に出ているだろうし、何より教室に居る海香ちゃんたちに不審に思われてるのは避けたい。

 信頼していた友人が実は自分たちを狙う悪の手先でしたという落ちは、サプライズ有ってのことだ。裏切りとは信用を重ねてからするのが望ましい。

 

 教室に戻ると既に一時間目の授業は始まっており、担当の教師にじろりと白い目で睨まれた。

 年齢はそこそこ行っている三十歳後半の神経質そうな男性だ。不機嫌そうなその表情は遅刻してきた俺たちを異物のように見ているのが分かった。

 

「すみません、柳先生。彼、転校したてで緊張していたようでボクが保健室に連れて行ってたんです」

 

 ひむひむが申し訳なさそうに頭を下げて謝罪する。俺も一応頭を下げた。

 柳というらしい教師は「座れ」と小さく、命じるとホワイトボードに向き直り、授業を再開する。

 何ともまあ感じの悪い教師だ。ホワイトボードに書いてある事柄から柳が数学であることが分かる。

 数学教師は大抵感じが悪い。俺の前の学校でも数学の教師は生徒から嫌われていた。『数学教師=悪』。これ、テスト出ます。

 俺は自分の席に座って、机の横に掛けてあった学生鞄から教科書とノートと筆記用具を取り出す。

 せっかく、学校に来たのだから真面目に授業でも受けようかと思った矢先、柳が俺に声を指した。

 

「遅れて来た転校生。前に来て、この問題を解いてみろ」

 

 授業に遅刻されたのがそこまで気に入らなかったのか、柳はホワイトボードに書かれた数学の問題をペンで叩く。

 俺はまだ教科書も開いておらず、やっている内容すら完全に把握していない状態にも関わらず、だ。

 喧嘩売っているのか? この陰険教師が。

 僅かに苛立ちを持ったが、俺はそれを表には出さず、冷淡な表情で教壇の方へ向かうと二秒ほどその問いを眺め、ホワイトボードに途中式と解を書き込んでいく。

 この問題はやったことがなかったが、この問いに必要な公式は知っているのでそれを使い、その場で計算しながら書き込んだ。

 俺は柳を一瞥すると、渋い顔で「……正解だ」と呟いた。

 この程度の問題で俺をやり込めようなど十年早い。俺を苦しませたかったら、フェルマーの最終定理くらいは持って来いという話だ。

 

「座っていいですか? 緊張してるんで」

 

「ッ! ……ああ。早く座れ」

 

 嫌みったらしくそう言ってやると舌打ちをして、俺を席に座らせた。ざまあみろ、陰険教師。

 意気揚々と席に戻ると、カオルちゃんが良くやったと親指を立ててくれているのが見えた。他のクラスメイトも嬉しそうな顔をしているのがちらほらと見受けられる。やはり俺だけではなく、クラスの連中からの受けもすこぶる悪いらしい。

 数学の授業が終わるとまたもクラスメイトが俺の席に群がる。今度は男子も多い。

 

「いやー。俺、柳嫌いだっただんだよ。よくやってくれたな」

 

「ホントホント。あの野郎、わざと解けない問題引っ張り出して来るからな。マジうぜえよ」

 

 肩を叩かれたり、感謝の言葉を述べられたりと一躍人気者になってしまった。何をやっても目立ってしまうのは俺が天性の主役だからだろうか。

 しかし、悪い気はしない。もっと俺を褒めろ。(たた)えろ。(あが)(たてまつ)れ。

 クールな表情にお調子者の意識を潜めて笑っていたら、その人ごみを掻き分けて、カオルちゃんと海香ちゃんがやって来た。

 

「やるねー、あきら」

 

「私もあの先生は嫌いだったから溜飲が下がったわ」

 

「二人ともようやく話しかけてくれたな。俺寂しかったぜ?」

 

 俺の元に近付いて来てくれた二人に笑いかける。周りの女子は彼女たちを睨むが二人は一顧だにしない。

 やはり凡百の女の子と雰囲気が違う。湧き上がる華々しさがある。

 

「場所、変えよっか。ここじゃ、色々煩いし」

 

 教室から二人を連れ出して、階段の踊り場まで移動する。廊下もガラス張りなので人目がつきにくい場所というとここくらいしかなかった。

 そこへ行くとすぐに不満そうにカオルちゃんは俺に尋ねてくる。

 

「それであきらは何で転校の事黙ってたのさ?」

 

「別に黙ってた訳じゃないよ。まさか、同じクラスだと知ったのは今日だったし」

 

 言い訳をすると、今度は海香ちゃんが鋭く突っ込んでくる。

 

「でも、私たちがあすなろ中の制服を着ていた事は見ていたんだから、同じ学校だって事は分かっていたいたのよね?」

 

「……驚かせたかったんだ。二人の驚く顔が見たくてさ。怒らせちまったなら、謝るよ」

 

 しょんぼりと俯いて、カオルちゃんたちに謝る。柳の時よりもよほど誠意のある謝罪だ。

 二人は顔を見合わせると、すぐに表情を綻ばせた。そこまで本気で怒っていた訳ではなく、少し拗ねていただけだったようだ。

 

「うそうそ。そんなに怒ってないって」

 

「ただ、連絡がなかったのが気に食わなかっただけよ」

 

「何だ。俺は怒らせたのかと思って凄いびびったよ。こう見えて繊細なんだから、そういうの止めてくれよな」

 

 和やかに談笑しつつ、俺は二人が心を開いてくれていることを再確認する。

 たった一日程度しか付き合いのない人間をここまで信用させるとは流石は俺だ。前の学校の奴らも自殺に追い込まれる寸前まで俺のことを心底信頼してたのを思い出す。

 まったく、どいつもこいつも俺を信用し過ぎだ。自分の前に居る男が自分を殺そうと企んでいるのを気付かない。

 俺に猜疑心を持っているかずみちゃんでさえも、俺と行動を共にしている内に俺に心を許していた。

 自ら壊してくださいと懇願してくる玩具のようだ。心優しい俺としてはそんなお願いを聞かずにはいられない。

 

「まあ、これからは同じクラスなんだし何かと宜しく頼むわ」

 

「転校初日であそこまでできるあなたに助けなんているとは思えないけど?」

 

「ていうか、あのクールな演技は何? 私は笑いそうになったわ」

 

 海香ちゃんは慎みのある小さな笑み、カオルちゃんは快活な大きな笑みを浮かべる。俺はそれに頭を掻きながら苦笑いをする。

 

「おいおい、手厳しいね。緊張してたんだよ、緊張」

 

 二人からはほぼ同時に「似合わない」と言われ、俺も結構へこんだ。演技としてはなかなか良い線言っていたと思ったが、素の俺を知っている人間からするとお笑い沙汰だったらしい。

 授業間の小休みが終わり、俺は二人と一緒に戻ろうとする。

 するとカオルちゃんが右の肩、海香じゃんが左の肩に手を置いた。俺はそれに驚いて一瞬立ち止まる。

 

「「こちらこそ、これから宜しく!」」

 

 そう言って、ふっと先に教室に戻って行ってしまった。

 思った以上に気に入られているようだ。本当に同年齢の奴には持てるな、俺。

 この性格のおかげで昔からちょっとでも同世代の人間と話すと、やたらと好かれるところがある。カリスマ性というか、人気者体質というか、どうにも人を惹きつける体質なのだ。

 

 俺は教室に帰って来ると、待ち構えていたようにひむひむが話しかけて来た。

 

「あきら君って勉強もできるし、可愛い女の子にも持てるんだね。その上、特別な力まで持ってるなんてまるでヒーローみたいだ」

 

「可愛い女の子って、カオルちゃんと海香ちゃんのことか?」

 

「そうそう。牧カオルさんと御崎(みさき)海香さんだよ。あの二人クラスでも人気なんだよ?」

 

 何となくそれは分かる。魔法少女になったからなのか、それとも天性のものなのかは知らないが、二人ともスター性のようなものを持っている。

 そして、自分がそういう存在であることも自覚して動いている節がある。そういう人間は総じて人気が出るものと相場が決まっている。

 ……そう言えば二人の苗字ってそんなだったな。普段名前だけで女の子を呼ぶから苗字まで気にしないが、ちゃんと覚えていた方がいいな。

 

「……ひむひむ。あの二人には気を付けろ。『俺たち』の敵になる女の子たちだ」

 

 ぼそっと耳打ちしてやると、ひむひむの表情が瞬時に変わる。

 普段は隠している恍惚な変態性のある顔だ。

 

「……じゃあ、いづれは二人の血をぶち撒けてもいいって事かな?」

 

 俺と同じく小声で返す。声を潜めるとより一層変質者のように見えて、思わず一歩後ずさる。予想以上のやばさだ。俺と出会う前はどうやってその頭のおかしさを隠し通していたのか聞きたいレベルだ。

 俺はそれに引き気味で小さく頷いた。

 

「ただし、俺がいいと言ったらな」

 

 ひむひむと別れ、チャイムの音を聞きながら席に着席して、俺は二時限目の授業を受ける。

 二時限目は英語の授業で担当教員は佐々岡だった。それだけで真面目に授業を受ける気が霧散した。教科書も出さずに窓の外をずっと眺めていると、佐々岡は俺に気が付いたようだが困った顔をするだけで注意をしなかったので無視した。

 その後もつまらない午前の授業が続き、昼食もカオルちゃんたちとさらりと食べ、午後の授業はシエスタをして潰した。

 あっさりと放課後になると俺はひむひむを連れて、三階の三年生の教室へ行くと帰り支度をしていた旭先輩を捕獲する。

 

「パイセーン! ちょっと俺らと遊びに来てください」

 

「えーと、確か……あきら、君」

 

 旭先輩は俺の名前を覚えていた。ちゃんと名乗ってはいなかったが、ひむひむが俺の名前を呼んでいたから、しっかりと頭に刻んでいたようだ。うむうむ、結構。

 俺とひむひむは旭先輩の両脇から手を入れて掴み、がっちり固定してそのまま連行する。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「レッツゴー、トゥギャザー」

 

 ひむひむもよく分かっていないようだったが、この場のノリだけは把握して、俺と同じように旭先輩を引きずっていく。

 旭先輩も戸惑ってはいるものの、抵抗する気はないらしく、されるがままの体勢でいた。

 俺のナビゲートにより、辿り着いたのはあすなろ中の外にある建物の一つ、『格技場』。

 学校のホームページで見たが、この学校は柔道部、剣道部、相撲部などの武道系の部活はここで交代してそれぞれの活動をしているのだという。

 俺は元々ここに目をつけていた。武道を習っている人間の中には人を傷付けることを目的に参加している奴も少なくない。

 さぞや、素晴らしい『戦力』になってくれることだろう。

 

「で、面白そうだから、あきら君に言われるがままにここへ来たけど……何しようとしてるの?」

 

 今まで何も聞かずに付き従ってくれたひむひむがついに尋ねてくる。俺はそれに四文字で答えた。

 

「スカウト」

 

「ああ、ボクらと同じように魔物になる人間をスカウトしに来たんだね?」

 

「頭がいい奴は話が早くて助かるわ。もう一人、仲間が増えたらこれからのやる『ゲーム』について話してやるよ」

 

 ひむひむは俺側の人間だから、すぐさま得心が行ったと理解してくれたが、旭先輩はまだよく分かっておらず首を傾げている。

 まあ、直接見てもらって理解してもらえばそれでいい。

 ともかく旭先輩を解放して、俺たち三人は格技場の中へと足を踏み入れた。

 中へ入ると、汗臭い臭いが鼻先に吸い込まれ、不快な気分にさせられる。そして、俺たちの視界には半裸の男同士が汗まみれでぶつかり合っている地獄絵図のような光景が飛び込んできた。

 彼らは上半身は何も纏っておらず、肥えた肉体を惜しげもなく見せびらかしていた。股間には申し訳程度にふんどしに似たものが付いているのみ。正直、生で見せられると精神的に込み上げてくるものがある。

 そう。それは相撲。マワシ一つ着けただけの肥満体の男どもが肌をぶつけ合う日本古来からあるスポーツだ!

 この時間帯はどうやら相撲部が格技場を貸し切っているようだった。

 うーん。どちらかと言えば、剣道部か、柔道部を狙っていたのだが、この際贅沢は言ってられない。高望みをしているといつまで経ってもプレイヤーが集められず、ゲームが始められないからだ。

 俺らが道場の入り口付近で見回していると、それに気付いた相撲部員の一人が近寄って来た。

 

「お前ら、何だ?」

 

「入部希望者でーす。今回は見学させてもらいに来ましたー」

 

 前もって考えていた台詞を吐いた。

 こうして入部希望を装えば、部活動である以上、快く中に入れて見学させてもらえるはずだ。もっとも、お目当ての人間さえ見つけて、こちらに引き込めばここに来ることもないだろうから、本気で入部する気などさらさらないが。

 

「ええ!? ……むぐ」

 

 事態が飲み込めていない旭先輩は声を上げたが、傍にいたひむひむが口を手で塞ぎ、黙らせた。グッジョブだ、ひむひむ。あとで鼻血を流させてやろう。

 俺が入部希望者だというと相撲部員は思ったとおり、快く招き入れてくれた。

 

「おう、そうかそうか。なら、入ってみて行け。俺は相撲部の部長の山田だ」

 

 山田部長に連れられ、俺たちは靴下を脱ぐように指示された後、道場の奥に入って行く。固定された床板が外されて砂が多少付いた地面が剥き出しになっていて、中に丸い綱が大きく円を描いている。

 これが土俵という奴か。初めてみたが、中学校ながら結構本格的だ。

 

「今、二年に稽古付けてたんだが……おい! 力道! またお前か!? 何勝手にへばってんだ、立てっ!!」

 

 比較的に親切に話していた山田部長が急に表情を変えて、怒気を立て声を荒げた。

 土俵に立っている力道と呼ばれた少年は叱咤され、青痣(あおあざ)だらけの身体を辛うじて持ち上げた。

 相撲部にはおおよそ似つかわしくない細い身体だったが、一応は最低限の運動部に属している程度の筋肉は付いている。それでも俺よりも貧弱な体型だ。

 

「そんなんだからお前はいつまでも経っても弱いままなんだよ! 親御さんたちに恥ずかしいと思わないのか!?」

 

 山田部長の声に動かされ、気合のこもった声を上げた力道は稽古相手に向かって張り手を撃ち出すが、体格差があり過ぎてびくともしない。

 相撲相手はへらへらと笑みを浮かべている。その落差が必死になっている力道がなおのこと滑稽に映った。

 

「聞かねえよ! そんなへなちょこの突っ張り! 突っ張りっていうのはこうやんだ!!」

 

 相手の張り手が腕を引いた力道にカウンターぎみに入る。

 くぐもった呻き声を上げて、土俵から外へと押し出され、力道は後頭部から地面に倒れ込んだ。

 頭を押さえ、悶え転がる力道に駆け寄った山田部長は助け起こしてやるのかと思いきや、平手打ちを食らわせた。

 

「馬鹿野郎! 見学者も居るのに見っともない真似見せやがって!! お前にはまた扱きだ!」

 

 力道はその理不尽な扱いに文句も言わず、よろめきながら立つと土俵へと戻って行く。その後ろ頭にはいくつもタンコブが出来て、凸凹に盛り上がっていた。

 他の部員はそれを嘲りの目で見て、声こそ上げてはいないが笑いものにしていた。

 ひむひむは内出血は興味が湧かないのか平然とした表情で見下ろし、旭先輩は数時間前までの自分を被ったのか我がことのように顔を(しか)めた。

 

「あの部員いつもこうなんですか?」

 

 俺が『いつもこういう扱いを受けているのか』という意味合いで尋ねたところ、山田部長は勘違いしたらしく、溜め息を吐いて教えてくれた。

 

「ああ。あいつは二年の力道鬼太郎(おにたろう)って名前なんだが、どうにも名前負けしたへっぽこ野郎で入部した時からまるで成長がない。特別に扱いてやってるんだが、いつまで経っても弱いまんまだ」

 

 俺の発言を『いつもあんなに弱いのか』と取り違えた山田部長は相撲部始まって以来のヘタレだと懇切丁寧に力道について話してくれた。

 一人だけあれほどボロボロにされているのに皆誰もそれについて異議を唱えるものもおらず、まるで本人も当然のようにその仕打ちを受け入れている。

 なるほど。集団心理が働いて、この状況がイジめ以外の何物でもないことに気が付いていないのか。

 そうでなければ、まだ部外者である俺たちにここまで詳細に語りはしないだろう。

 この相撲部において、力道鬼太郎という少年はサンドバックのようなものらしい。

 実に面白くない。

 狭い空間で本人すらも肯定されているイジめ。そこにカタルシスはなく、欲望の情動もない。

 物言わないぬいぐるみを殴り続けているようなものだ。

 ここに加虐者は居ない。居るのはサンドバックに稽古をする真面目なスポーツマンだけだ。

 少なくても、ここに俺のゲームに参加させたいプレイヤーは一人も居なかった。

 もう帰ろうとひむひむたちの方をちらりと振り返る。

 すると、旭先輩が力道が居る土俵へと歩いて行った。

 

「……ねえ。君、辛くないの?」

 

 とても静かな声で旭先輩は力道に問いかけた。その声に含まれたものは義憤だろう。恐らくは自分と同じ、(しいた)げられているものへの共感もあるはずだ。

 抑えきれない感情を無理に締め上げた故にとても静かで穏やかな声。

 俺はそれを聞いて小さく笑った。これから起きるエンターテイメントの予感を感じ取ったからだ。

 

「え? あんたは……誰?」

 

 力道はこちらのことなどまったく気付いておらず、旭先輩が目の前に近付いたことでようやくその存在に気が付いた様子だ。

 

「答えてくれ。当たり前のように傷付けられて辛くないのか? 悔しくはない? 悲しくはならない?」

 

「……全部、俺が弱いせいだから……」

 

「じゃあ、強くなれば変わる? 力があれば自分が今居る場所が間違ってるって思えるようになる?」

 

「それは……俺が強くなれば分かるかもしれないけど」

 

 二人の問答はここに居る全ての存在を無視して、行われている。

 似た人間でありながら、力を手に入れた人間とそうでない人間の会話。旭先輩にとっては少し前までの自分に対して尋ねているようなものなのだろう。

 

「おい。勝手に土俵に入ってもらっちゃ……」

 

「まあまあ。もうちょっと待っててやってください、山田部長。彼らにとっては大切な話なんですから」

 

 旭先輩を土俵から出させようと咎める山田部長が二人の傍に行こうとするが、俺はそれを止めた。

 山田部長は憮然とした表情を俺に向けたが、少しだけ待ってくれる様子だった。力道以外の人間にはそこそこ寛大なようだ。

 きっと外側の人間から見れば、善人の部類と判断させているのかもしれない。

 再び、会話している二人を視線を移すと旭先輩は制服のポケットに片手を突っ込んでいた。

 

「じゃあ、見せてあげる。力があれば虐げられていることが間違っていたって……諦めて無気力で受け入れていたことが愚かだったって分かるから」

 

「え……?」

 

 ポケットから取り出された手にはイーブルナッツが握られていた。

 旭先輩はそれを額まで持って来て、思い切り押し付ける。

 姿が歪み、肥大化し、旭先輩の抱えていた欲望に対応した形に変わっていく。

 

『これが力を持った人間の姿だよ。力道君』

 

 そこに居たのは黄土色の巨大な針鼠。一本一本が五十センチほどの長さの針を剣山のように蓄えている。

 驚く力道を余所に針鼠の魔物と化した旭先輩は背中の大針を弾けたように打ち出した。 

 

「何だ、こ……」

 

 大針は俺とひむひむ、力道を除いた全ての人間に降り注ぐ。

 山田部長は顔と胴体に満遍なく、大針で串刺しにされた。人間サボテンとなった山田部長は地面に崩れ落ち、血液で真っ赤な水溜まりを作った。

 

「おお!! これだよ、これ! やっぱり人間のフィナーレは鮮血で飾られていないと駄目だね!」

 

 キラキラと幼児のように喜ぶひむひむに俺はげんなりしつつ、周囲を見回した。

 人間サボテンがごろんごろんと樽のように転がっている。生きている人間は俺を含めて三人しか居ない。相撲部の部員は皆肥えていたため、体型までも樽っぽかった。

 相撲部の部員を殺した旭先輩を見つめて、立ち竦んでいる。

 その目には欲望の輝きは垣間見えていた。

 旭先輩の行いが歩くサンドバックに『ゲーム』に参加するプレイヤーとして資質が宿らせたようだ。

 俺は彼の傍まで近寄って顔を覗きこむ。

 

「やあ、可哀想なシンデレラ」

 

 俺をその目に捉えると力道は状況の説明を求めてくる。

 

「あ、あんたは誰だ!? 今の起きたことについて知っているのか!? 知ってるんなら何が起きたのか教えてくれ!?」

 

「まあ、待てよ。俺は可哀想なシンデレラに魔法を掛けてあげる優しい優しい魔法使いさ」

 

「は? シンデレラ……? 魔法使い……?」

 

 比喩的な俺の言葉に目を白黒させて混乱する力道に微笑んで、胸ポケットに入れて置いた最後のイーブルナッツを取り出して見せた。

 

「力が欲しくはない? 誰にも虐げられない力が」

 

「それ……」

 

 イーブルナッツを見た後、針鼠になった旭先輩を一瞥する。これが魔物への変身アイテムだということは一度見て、理解しているようだった。

 

「く、くれ……! 俺も欲しい! 力が欲しい!!」

 

 その懇願する言葉を聞き届け、俺は力動の額にイーブルナッツを押し込んだ。

 

「おめでとう。これでアンタも加虐者の側に立つ権利を与えられた。期待してるよ、リッキー」

 

 プレイヤーは揃い、ようやくゲームの仕度を始められる。

 俺は異形に変貌する力道を見ながら、頬の端を一際大きく吊り上げた。

 

「さあ、ゲームの説明をしようか」

 




今回登場した力道鬼太郎君は中沢さんの応募キャラクターです。
私なりに描いてみましたが、どうでしょうか? 満足して頂けたら幸いです。
さて、あきら君率いる魔物四体が勢揃いしました。これで次の回辺りから、魔法少女とのバトルが始めると思います。
ようやく書きたい話が書けそうですが、次回はちょっと遅くなります。
しばらくお待ち下さい! 

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