魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第三十七話 みらいなき少女 後編

 身体が動かない。何も見えない、聞こえない。

 黄金の塊と化した俺は、大量の金貨の山に埋もれ、暗闇の中に一人きりで取り残されていた。

 ほとんど無機物のような状態になっても、恐慌せずにいられるのは自分が人間ではないと自覚しているが故だろう。

 己がイーブルナッツだと知っているから、無機物に変わる事に対する恐怖感は薄い。

 むしろ、強烈に感じるのは、魔法少女たちへの心配だった。

 里美は魔女化しそうなほどの絶望を抱えた少女たちの意識を制御するだけで限界だ。魔女と戦う余力など皆無だろう。

 だとすれば、無防備な魔法少女たちは魔女の餌となってしまう。

 一刻も早く俺が戦線に復帰しなければ、待っているのは絶望だけだ。

 力を振り絞り、黄金にされた身体にイーブルナッツの魔力を伝達させようと足掻く。

 しかし、完全に変質してしまった肉体には魔力が巡る事はなく、それどころか魔力が抜けていく感覚すらあった。

 それでも俺にできる事はこの程度しかない。何もできないからと言って何もしない訳にはいかないのだ!

 しばらく、そうして悪足掻きを続けていると、ザクッという音が近くでした。

 聞き間違いかと思い、耳を澄ますとやはりその音は断続的に響いてくる。

 そこで俺はふと気付いた。

 ……この音は金貨を何者かが掻き分けてくる音だ、と。

 では、音を立ている何者かは誰なのかという疑問が浮上する。

 決まっている。魔女だ……!

 強欲の魔女が、金貨を喰らっているのだ!

 奴は結界内の財宝を喰らい、その身を成長させていた。ならば、あの魔女が俺を黄金へと変えた理由は敵の排除だけではない。

 黄金……即ち、財宝となった俺をも捕食するために他ならない。

 最も窮地に追いやられていたのは里美たちではなく、俺の方だったのだ。

 ザックザックと、次第は音は近付いており、大きく響いていく。

 今は意識を保って居られるが、強欲の魔女に噛み砕かれ、体内に押し込まれれば、それもお終いになるだろう。

 瞬く間に、暗闇に居た俺に光が差し込む。

 直後、黒い嘴がすぐ真横に突き立てられ、銀製のティーポッドを金貨共々吸い込むように啜った。

 万事休すとは正にこの事。俺は黙って、死が擦り寄ってくるのを待つ他にない。

 遂に嘴の先端が垂直に俺の身体を捉える。

 死ぬ……! 確信めいた感想が脳内を駆け巡った時。

 

『nujdktjgjpnkflkdsgjmpmpdgamp!!』

 

 突如、強欲の魔女の嘴が引っ込められた。

 代わりに空いた隙間に何かが音を立てて潜り込んで来る。

 使い魔か……! 意識だけは警戒態勢を取るが、音や気配はしても何も見えない。

 目と鼻の先までその気配は近付くと、透明だったそれは姿を現した。

 

「だ、大丈夫ですか? わ、わたしの声、聞こえてますか?」

 

 桜色の前髪で目元が隠れた魔法少女、小春ひよりだった。

 何故、お前がここに居るのだ!? 里美が魔女化を防ぐために意識を乗っ取っていたのではなかったのか?

 しかし、俺の疑問の声は外界に発信される事なく、胸の内で留まる。

 ぺたぺたと心配そうに俺の身体に触っているが、こちらとしては声が出ないため、反応する事はできなかった。

 

「し、死んじゃってる……!?」

 

 いや、生きているぞ。

 生きているのだが、それを伝える術がないだけだ。

 

「どうしよう……で、でも、ルイちゃんとの打ち合わせでは、と、取りあえず連れて行くって事になってたよね……?」

 

 誰に聞いているのだ、お前は……。

 異様に独り言の多い彼女は慌てた素振りで頭を押さえた後、自分に言い聞かせるように頷いた。

 

「よ、よし。ルイちゃんの期待に応えないと……。じゃ、じゃあ、ちょっと失礼しますぅ……」

 

 硬直している俺の肉体の腰の辺りを掴むと、ひよりは頭の後ろにあったフードを被り直す。

 すると、彼女の姿は瞬間的に消えてなくなった。

 それだけではない。彼女に捕まれた俺の身体すらも見えなくなっていたのだ。

 透明化。それがひよりの持つ魔法なのだろう。

 フードを被る事が引き金になっているのかは定かではないが、自分と触れている相手を完全に透明にする事が可能なようだ。

 俺の身体は少しずつ引っ張られて行き、少しして金貨の山から引きずり出される。

 おかげでようやく、周囲の光景が俺の視界に飛び込んできた。

 映ったのは、強欲の魔女とその配下である盗賊の使い魔。そして、それと戦うルイと舞だった。

 ひよりだけではなく、あの二人まで動いている。一体どうなったというのだろうか。

 客観的に考えるなら、二人が自分の意思で里美の魔法を破り、魔女と戦い始めた……そう考えるのが妥当だ。

 彼女たちは不甲斐ない俺の代わりに戦ってくれているのか。

 透明になったひよりに引きずられながら、俺はただ二人の魔法少女の戦闘を見守る事しかできなかった。

 強欲の魔女の前に立つルイは、数本のクナイを空中へと放り投げる。

 投げられたクナイはその一つ一つが紺色の光を集め、形を人型へと変えていった。その姿は忍装束に身を包んだルイと寸分(たが)わないものとなる。

 クナイから生まれた彼女たちは強欲の魔女に肉薄する。

 しかし、魔女の嘴から吐き出される金色の霧状の吐息は、それらを(ことごと)く、黄金の彫像へと変換させた。

 駄目だ、ルイ……。強欲の魔女の恐るべき黄金化の吐息を攻略しない限り、近距離での攻撃は意味をなさない。

 魔女の吐息の無敵さに内心で舌を巻く俺だったが、仕掛けたルイはさほど衝撃を受けている様子は感じられなかった。

 

「やはり……恩人が受けた時よりも黄金化の吐息の噴射範囲が広がっている。半径五メートル。いや六メートル前後といったところか。舞、これ以上財宝を食べさせるな!」

 

 そうか、今の分身での突貫は試し打ちだったのか!

 なんと彼女は今の攻撃で魔女の黄金化の吐息の広がる範囲を計測していた。

 目視で大体の範囲を割り出し、身に降りかかる危険を減らそうという魂胆だったのだろう。

 俺の力任せの戦い方とは違う頭脳を活かした戦術に感服する。

 

「あんた、本当に人遣いが荒い奴だな。しゃあねぇな、一丁やってやるよ」

 

 名前を呼ばれた舞は槍を振り回し、盗賊の使い魔を弾き飛ばしながら、前に進んだ。

 強欲の魔女との彼我距離はおよそ五メートル程度に縮まっていく。

 な、何をやっているんだ、舞。ルイが割り出した吐息の噴射範囲を聞いていなかったのか!?

 その場所は奴の攻撃圏内なのだぞ!

 叫び出したい気持ちで一杯だが、俺の声は外へは出て行く事はない。焦りだけが、俺の胸の内で猛烈に募るだけだった。

 ルイもまた同じ感情を懐いたのか、舞に叫ぶ。

 

「舞! お前の槍でもその間合いは……」

 

「槍、槍、槍……。あたしと戦う奴は皆、そう言うんだけど、——あたしの得物が()だなんていつ言ったんだ?」

 

 不敵に笑う舞は橙色の槍を、川面に投げ込む釣り竿のように大きく振るう。その瞬間、(いかり)のような形状の穂先が前方に素早く飛び出した。

 あれは……槍ではない! 碇状の穂先と彼女が握る棒は長い鎖で繋がれている。

 

「あたしの得物は連接棍棒。フレイルって呼んだ方が馴染みがあるかもな」

 

 鎖で繋がれた碇は強欲の魔女の首に巻き付き、遠心力により一回転。碇の端が首へと食い込み、外れないように固定された。

 魔女は翼を羽ばたかせもがくが、そう簡単には逃れられない。

 

かかった(ヒット)! 今なら、厄介な霧は吐けないはずだ。ブチかましてやれ、ルイ!」

 

「任せろ……『ブル・スクーロ・アッサルト』」

 

 再び、ルイの指先から無数のクナイが放たれ、彼女の分身へと様変わりする。

 分身は高速で強欲の魔女へと突撃し、紺色の砲弾のように叩き込まれて行く。

 紺色の魔力の光が瞬き、魔女を覆うように爆発が巻き起こった。

 

「や、やりましたよ! ル、ルイちゃんたち、魔女を倒しました……!」

 

 顔は見えないが無邪気な声だけが傍で聞こえる。

 ひよりは勝利を確信しているようだったが、俺はその喜びを分かち合う事はできなかった。

 何故なら、俺の黄金化は一向に解かれる兆候が見られなかったからだ。

 ――強欲の魔女はまだ倒されてはいない!

 俺の予想を肯定するかのように、爆発の中から黒い翼を広げた強欲の魔女が飛び出した。

 

『kla;eiwisrughrivnssfiewhf!!』

 

「無傷だと……。強化されていた魔女の肉体は私の想定以上だったという事か」

 

 (おのの)くルイの言う通り、強欲の魔女に損傷は見て取れなかった。

 怒り狂った様子で魔女は微塵の疲れも見せずに洞窟内を飛び回り始める。首を鎖で繋がれている舞は振り回されて、フレイルから手を放してしまう。

 

「クッソ、この野郎……ッ!」

 

 背中から財宝の上に放り出されると、慣性の法則に従ってそのまま、球のように転がって動きを止めた。

 ルイは即座に彼女の元へ行き、合流する。攻撃が効かなかったというのに気落ちせずに、すぐさま集まれる辺り(したた)かだが、浮かべている表情は酷く苦々しいものだった。

 

「大丈夫か、舞……! くッ、こんなにも強力な魔女は今まで見た事もない……」

 

「あたしもだ。……あんたの攻撃はかわされた訳でも、特別な方法で防がれた訳でもなかった。完全に喰らった上でダメージが出なかった」

 

 俺のミスだ……。俺が油断したせいで、強欲の魔女は強靭に成長してしまった。

 奴は今や、生半可な攻撃でびくともしない強力な魔女へと育っている。彼女たちの力では打倒は無理だ。

 洞窟の中を一回りするように旋回する強欲の魔女は首に巻き付いた舞のフレイルを遠心力で振り払うと再び、彼女たちに接近する。

 

『lidslljfjhrhurghnrljwe;jiwrjfiles!!』

 

「ちッ、ルイ! あんたは次の手でも考えて置け! ここはあたしが何とかする!」

 

 手元にフレイルを作り出し、舞は魔女へを迎撃するように構えた。

 

「次の手……。そんなものがあれば……」

 

「頼んだぞ!」

 

 視線を落とすルイとの会話を強引に打ち切って、舞は強欲の魔女へと対峙する。

 魔女は伸びるフレイルの鎖による拘束を警戒し、着地せずに滞空した状態で、嘴を開口させた。

 噴射される黄金化の吐息。彼女たちに、それを防ぐ術は……!

 碇と共に射出した鎖が回転を始め、旋風を巻き起こす。

 

「『ラ・ティフォーネ』!」

 

 舞の叫ぶ魔法と共に発生された激しい風が、強欲の魔女の吐息を阻んだ。

 黄金化の吐息は彼女たちの三メートルほど前方で押し留められた。

 魔女の攻撃を防いでいる! あと、少し威力が強ければ、押し返す事も可能なのではないか?

 だが、その期待は、回転する鎖が次第に黄金に変わっていく様を見て、すぐに否定された。

 舞の魔法は辛うじて、黄金化の吐息を防いでいるに過ぎない。拮抗しているように見えて、じわじわと削られている。

 その証拠に魔法を継続している彼女の顔は苦し気に歪んでいた。

 

「な、なんでさっきまで勝てそうだったのに……」

 

 呆然とした呟きと一緒にひよりの姿が露わになった。

 ひよりも彼女たちの絶望的な状況に思わず、透過の魔法を解いてしまった様子だ。

 このままでは二人は黄金に変えられ、ひよりは絶望で魔女になってしまう……。

 最悪だ……。俺はまた助けたい人たちを助けられないのか?

 守りたい人たちが傷付いて、苦しんでいる様を黙って見ている事しかできないというのか……。

 澱んだ絶望が俺の心の内側にへばり付く。

 俺は……。

 あいりの顔が脳裏に浮かぶ。

 俺はまた……。

 ニコの顔が脳裏に浮かぶ。

 何も変える事ができないのか……?

 そう思った時、意識が暗転する。

 

 気が付けば、俺は暗闇の中に立っていた。

 金貨の山に埋もれた時とは違う。不自然に黒い四方で覆われた場所。

 ……違う、暗闇ではなく、壁も床も真っ黒な部屋だ。

 俺はこの場所を知っている……。この場所に来た事がある。

 ここはあいりとあった俺の心の中——精神世界だ。

 近くに誰か居る……。俺の背後に何者かの気配を感じる……。

 誰だ……? あいりか?

 

『違う……ボクだよ。化け物』

 

 ……! その、声は……。

 振り返った先に居たのは薄ピンク色を基調にした衣装の魔法少女。

 ……みらい。

 

『あははははははは。ざまあないね、化け物。ボクを殺した罰が当たったんだ!』

 

 攻撃的な笑みで俺を嘲る小さな少女は、俺の身体に触れる。

 触れた部分が変色して、彼女の色に染め上げられていく。

 ……やめろ。俺に触れるな。俺を変えるな。

 

『お前はきっとまた殺す! 殺して殺して殺し尽くすのが化け物だから!』

 

 拒絶にしようとも俺の身体は動かない。さっきは振り返れたはずの肉体は再び固められたように微動だにしない。

 

『お前のせいでサキに会えなくなった! サキに愛してもらう機会を永久に失った! だから、償え! ボクに償えよ、化け物!』

 

 やめろ……やめてくれ……。

 もうそれ以上、俺に力を注ぎ込むのを止めろ……。

 

『力が必要なんだろう。あげるよ、ボクの魔法(ちから)を全部……その代わり、誰よりも不幸になってシネ!』

 

 笑うみらいの姿が歪み、ドロドロに融解した彼女は薄ピンク色の染色液になって、俺へと塗り込まれていった。

 彼女が消えて、黒い部屋に俺だけになった時、俺の視界は切り替わっていた。

 

 そこにあったのは、金銀財宝が敷き詰められた洞窟。

 金色の霧を吐き出している強欲の魔女。追い詰められる魔法少女二人。

 暗転する前に見た光景とまったく同じもの。

 違うのは……俺の中に溢れる感情。

 

『……はは』

 

「……!? い、今、声を出したのって、あ、あなたですか? も、もしかして元に……」

 

『ははははははははははははッ!』

 

「な、何で急に笑って……」

 

 ひよりの困惑する声。それすらもどこか愉快気に感じた。

 激しい衝動が俺の中で暴れている。こんなにも荒々しい情動を感じたのは久しぶりだ。

 身体を覆う金の膜が、メッキを剥がすように俺から分離していく。

 剥き出しになった外骨格の色彩は――薄ピンク。あいりの色ではなく、みらいの色。

 ……やれる。今なら、やれる。

 壊せる! 潰せる! 殺し尽くせる!

 俺は湧き上がる破壊衝動に身を任せ、その場から弾かれるように跳躍する。

 

「な、何を……」

 

 後ろでひよりが何か言っていたが、どうでもいい事だ。

 何故ならこんなにも気分が良いのだから……!

 

『はははははははははははははははははははははははぁッ!』

 

 二人の魔法少女を襲っていた魔女が俺の急速な接近に気が付く。

 首を曲げ、嘴から吐き出される霧の標的を彼女たちから俺へと変更した。

 触れた者を黄金に変換する魔女の吐息。

 恐怖はない。駆け巡るのは快楽。目の前の標的を叩き潰したいという欲求のみだ。

 

『ラ・ベスディアァァァ!』

 

 右肩の断面から、百を超えるテディベアが絶え間なく湧き出し、黄金化を防ぐ。

 それどころか増え続けるテディベアは黄金化の霧を突破して、魔女へと食らい付いた。

 

『rfelgnvlesjifvlue;rnclefdjrsafwjir!!』

 

 理解不能の鳴き声を上げる強欲の魔女。だが、まだだ。まだ足りたない。

 もっと俺の愉しませろ! 俺のこの衝動を満たしてくれ!

 

『ラ・ベスディア・ダ・ブラッチョ』

 

 右肩から(あふ)れ出すテディベアたちがぐちゃぐちゃに混ざり、一本の巨大な腕に形成される。

 溶けた小熊たちで形作られた歪な巨腕がずるりと伸びた。

 飛行する強欲の魔女の嘴を掴み、無理やり閉じさせる。

 これでもう邪魔な吐息は吐けない。奴の最も得意とする力を封じ、惨めにもがく魔女の姿に加虐的な悦びが滲んだ。

 逃がさない。これでお終いだ。お前は俺に殺されるのだ。

 左腕の鋏が大きく開かれ、その内側から薄ピンク色の大剣の刃が顔を見せる。

 

『ははははははははははははははははははははははッ!!』

 

 嘴を右の巨腕で掴んだまま、その首を左手から生えた大剣で叩き斬った。

 黒い汚らしい魔女の血が、煌びやかで美しい財宝に撒き散らされる。それを見て、ますます内なる衝動が激しく沸き立つのを感じた。

 これが傷付ける悦び。破壊する愉しみ。

 良い! 良いぞ! まだ消えるな! まだ死ぬな!

 もっと攻撃させろ! もっと俺の破壊衝動を満たしてくれ!

 地面に落下する魔女の死骸を、左腕の刃で何度も何度も斬り刻む。

 その度に溢れる黒い血液が俺の火照った外骨格を濡らし、ひんやりとした冷たさを味合わせてくれた。

 

『はははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!』

 

 一方的な暴力とはここまで歓喜に震えるものだったとは知らなかった。

 素晴らしい。これこそ虐殺! 強者のみに許された特権に他ならない!

 興奮しながら強欲の魔女へ三十を超える斬撃を与えていると、次第に魔女の身体は薄れ、その身は小さなグリーフシードへと変わっていた。

 黒い液体も粒子状に分解され、風に乗って消えていく。

 財宝の山も洞窟の壁も消滅し、見えてきたのはレイトウコの内装。

 

「恩人……なのか? その姿は……」

 

「あんた、急にどうしたんだよ……?」

 

 紺色の髪の女と橙色の髪の女が喋りかけて来た。

 ……なんだ。まだ壊せる相手が居るではないか。

 もっともっと、俺を……オレヲ、タノシマセテクレ!

 

『ははははははははははははははははははッ!』

 

 左腕の大剣で彼女たちを切断しようと振り上げて……。

 ——やめろ! 止まれ! 止まるんだ!

 失っていた正気を取り戻す。

 その途端に肉体は魔物から、人間へと戻っていく。

 背中に氷でも入れたかのように、熱を持っていた思考が冷却された。

 

「俺は……何をして……」

 

 我に返った俺は己の行動を反芻(はんすう)し、脱力して膝を突く。

 目の前に居るルイと舞の顔が映り込む。

 彼女たちは、俺を恐ろしい化け物を怖がるような眼差しで見つめていた。

 

「違う……俺は……」

 

 化け物なんかではないんだ……。

 揺れる視界。重くなる思考。俺の意識は再度闇の中に(いざな)われて行った。

 




闇落ちしかける主人公というのを書きたくて、今回の話を考えていました。
実はサブタイトルの意味は、『みらい、亡き少女』というみらいを再び登場させる事を示したものでした。


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