魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
煌びやかな宝石の埋まった剣が振るわれ、純金で鋳造された槍が突き出される。
盗賊の使い魔たちによる激しい猛攻に押されて、俺は回避に専念する事しかできなかった。
知らなかった……。右腕がないと人体はまっすぐに立つ事もままならないのだという事を。
体幹が定まらなければ、拳や蹴りを打ち込むのも難しい。
隻腕での格闘打撃にはある程度の訓練が必要だ。魔女どころか使い魔すらこんな苦戦を
『はぁ……はぁ……』
落ち着け、俺。武器を携えているとはいえ、所詮は使い魔の攻撃。一撃一撃の威力は低い。
一体ずつ確実に倒し、魔女へと向かえばどうという事はない。
剣を持った使い魔の刃を尾節で払い退け、左腕の鋏角で頭部を挟み込む。
攻撃の手が防ぐと同時にその使い魔の頭を切断し、近くに居た槍を持つ使い魔へと投げ付けた。
腹部に命中し、よろめくその個体に向け、尾節をバネに跳び上がる。
加重を左寄りに掛けて、空中でのバランスを維持しつつ、膝蹴りをお見舞いした。
これで二体撃破。
大丈夫、俺は戦える。腕がなくとも、あいりの魔法の力がなくとも俺はまだ戦闘能力を失った訳ではない!
残りの盗賊の使い魔を相手取ろうと、格闘技で言うところの残心の姿勢をする。
そこでふと違和感を味わった。
使い魔に戦わせおきながら、魔女が俺を攻撃して来ていないのだ。
一体、あの魔女はどこで何をしている……? そう思い、魔女の姿を目で追うと、奴は大きな
一心不乱に金貨を
誰でもこの財宝は渡すまいと、無我夢中で胃の中に押し込んでいく奴を呼称するなら、『強欲の魔女』が相応しいだろう。
強欲の魔女は手下の使い魔に俺の相手を任せて、ひたすらなまでに結界内の財宝に執心している。
……それだけなら、素直に好機だと喜べた。だが、奴の様子はそれだけに留まらなかった。
財宝を貪る強欲の魔女は、その身を更に巨大にさせていく。腹が膨れるとか、単純な膨張をしているのではない。
翼や嘴、その
この魔女……財宝を糧に強化される特性を持っているのか!?
だとすれば雑魚の使い魔などを相手にしているのは危険だ。奴が強力な魔女へとなる前に滅ぼさなければ、窮地に陥るのはこちらの方になる。
盗賊の使い魔を倒し切らずに、押し退けて、俺は強欲の魔女の元まで飛んだ。
金の延べ棒や銀の食器を呑み下している奴は、背を向けており、俺の接近に注意もしていない。
今しかない! 飛び出した勢いを利用し、必殺の一撃を放つ。
突き出した右脚に尾節を螺旋状に絡ませ、集中させた魔力を足先に溜め、蹴りと共に強欲の魔女の後頭部へと解き放った。
あいりの魔法の力をもらうまでは、俺の最強の技だった。
並みの魔女であれば、充分討ち滅ぼせるだけの威力を持つ一撃だった。
しかし、強欲の魔女は直撃の瞬間に首だけをぐるりと百八十度回転させ、俺の方を向いた。
『何ッ……!?』
『es;sewoa,c;awemo;rw;mcwa:ef』
予想を超える動きに唖然とした俺を嘲笑うかのように、強欲の魔女はその嘴を開き、喉奥から金色の霧状の吐息を噴き掛けてくる。
もしや毒か……! 俺は咄嗟に螺旋蹴りの構えを解いて、尾節と左腕で金色の霧から頭を庇った。
『何だ……これは!』
だが、防いだ左腕や尾節が金色の変色し、微動もできないほどに固まり始める。
違う……。単に色が変わったのではない。金だ! 俺の腕と尾は金そのものに変換されつつあるのだ。
石化ならぬ黄金化により末端から、侵蝕するように広がっていく。中途半端に固定された姿勢のままで空中から財宝の山へと落下する頃には、俺の肉体の自由はほとんど奪われていた。
意識はある。思考もできる。しかし、身体は一切動いてくれない。
複眼状になった目で自分の身体を確認すると、七割がたが黄金へと変換されていた。
俺もまた強欲の魔女の財宝の一部に変えられてしまったのだ。
声を出す事もままならず、必死に肉体を動かそうとするものの金貨の山に自重で沈んでいくだけだった。
指一本動かせない……。外骨格に触れているはずの金貨の感触もない……。
思考するだけの置物と化した俺は、抗い事も叶わずに埋もれようとしていた。
里美たちが危ないというのに、黄金と化した声帯は叫びすら上げる事も不可能だった。
——頼む。里美……逃げてくれ。俺にはもうどうする事もできない。
この最悪極まる状況を打開する策は、今の俺には何一つ出て来てくれなかった。
~里美視点~
そんな……。頼みの綱だった赤司さんが、あそこまであっさりと負けてしまうなんて……。
私は一体、どうすればいいの……。
『ファンタズマ・ビスビーリオ』を展開し続けているせいで、私には戦うどころか、この場から動く事もできない。
もしも、一歩でもこの場から離れれば、その途端三十二人の魔法少女たちの支配の魔法は解けてしまう。
あのカラスの姿の魔女のように全員が魔女化してしまえば、それこそ地獄絵図になってしまう事だろう。
魔法から集中を切らさずに頭を巡らすけれど、湧いてくるのはこの状況がどうにもならないという結論だけだった。
キュゥべえが私の近くまで寄って来て、喋りかけてくる。
『赤司大火は負けてしまったようだね。どうするんだい、里美? 君が戦う? それとも魔法を掛けた皆に戦ってもらうかい? この大人数を操作するのは君でも難しいと思うけど』
赤い円らな瞳がまるで私の心を覗き込むように向けられ、強く唇を噛みしめた。
悔しい。とても悔しい。キュゥべえの策略に嵌り、まんまと彼の思うがまま動かされてしまった自分が酷く惨めだった。
彼にはずっとレイトウコの封印が解かれるのを待っていた。こうやって不安感に付け込んで魔法少女たちを魔女化させるために、
愚かにも私はそれに気付く事なく、この状況を作り出してしまった。
『ほら、使い魔たちがこちらに来るよ。魔法少女の使命は魔女と戦う事だろう?』
平坦な抑揚のない声が脳に響く。
キュゥべえの声には嘲笑はなく、あくまでも不思議そうに尋ねるような大人しい声音だった。
だからこそ一層、私の心は苛立った。
馬鹿にしているのでも、煽っているのでもなく、純粋に観察しているからだ。
科学実験に使うマウスかモルモットのように、危機的状況に追い込んだ魔法少女がどういう行動に出るのか眺めている。
魔女になる事を期待しながら、それでも私がどういう行動をするのかデータを取っている。
私の大嫌いな動物を物扱いする研究者の目をして……。
駄目よ。絶望的に考えては駄目。
それでもぼやけた盗賊のような見た目の使い魔たちは私たちの方へと武器を持って迫って来ていた。
「確かに一理ある。それが魔法少女に課せられた使命だとお前は最初に提示していたからな」
誰かが私の頭の上を飛び越え、使い魔の一体に接敵する。
金属と金属がぶつかり合う硬質な音が響き、使い魔の動きが止まった。
盗賊の使い魔の持つ剣がクナイによって受け止められているのが見える。
「皐月ルイさん!」
魔法を掛けたはずの彼女は、私の意図しない動作をしていた。
驚く私の両脇を二つの人影がすり抜け、皐月ルイさんを守るように躍り出る。
袴姿で槍を振るう少女とサバイバルナイフを提げた少女。
「三鳥舞さん! 小春ひよりさんまで!」
「舞でいいぞ、里美さん」
「わ、わたしも呼び捨てか……ちゃん付けで、お願いしまうぅ……」
皐月ルイさんを中心にして、二人の魔法少女……舞さんとひよりちゃんがカバーするように、動きを止めた使い魔へ攻撃をする。
受け止められた剣を槍で弾き飛ばし、空いた身体にサバイバルナイフが突き立てられた。
隙の無い
消滅した使い魔が消える前に、皐月ルイさんがそれを踏み台にして宙へ跳躍する。
指先の間に挟み込むように生み出したクナイが、迫って来ていた盗賊の使い魔の頭を正確に捉えた。
次々と倒されて行く使い魔たち。それを平然とこなすのは三人の魔法少女。
華麗な動きに一瞬だけ見惚れていたものの、すぐに正気を取り戻した私は三人に聞いた。
「わ、私の魔法が掛けられていたはずなのに……どうして……」
「私も最初はまったく身体が動かなかった。だが、あなたがそこに居るキュゥべえと会話をし出した辺りから拘束が弱まっていき、最後には無理やり解除できるまでになっていた」
皐月ルイさんの言葉に私はハッとなって、理解する。
キュゥべえに心を乱されたせいで、『ファンタズマ・ビスビーリオ』の効き目が浅くなっていたらしい。
だけど、それにしたって彼女たちは反応はおかしい。
救いのない話を聞かされ、この街が魔法少女にとってどれだけ危険か知ったはず。
それだけで心を折れても仕方がない中で、実際に魔女化する魔法少女の様子を見せ付けられた。
絶望でソウルジェムを黒く濁らせるのが、普通の反応だ。
『君たちは恐ろしくないのかい? 自分たちがやがて必ず行き着く結末を見たというのに不安を感じてはいないのかい? プレイアデス聖団の魔法少女が記憶改竄まで行って秘匿していた事実だ。何も感じていない訳ではないんだろう?』
私の疑問を代弁するようにキュゥべえが彼女たちに尋ねた。
彼女たちはそれぞれ、使い魔を退けながら、目配せをすると一人ずつ答えていく。
「衝撃的な内容だった事は否定しない。だが、怯えたところで変わらないのなら、気にするだけ無駄だ。私たちが魔女になるのが確定事項だと言うのなら、限られた時間を有効に使う事こそ重要だろう」
落ち込んだ様子を微塵も見せず、落ち着いた口調で語る皐月ルイさん。
「あたしも同意見だ。あんまり頭良くないから、上手い事言えないんだけど……別に良いんじゃねぇのと思う。ま、落ち込んでも仕方ないなら、ごちゃごちゃ考えずに突っ走れって事だな」
あっけらかんとした風に豪快に答える舞さん。
「わ、わたしは落ち込んでますけどぉ……学校で虐められて、生きているのも嫌だった時よりはマシかなぁって……えへへ、へ、変ですかね? も、もちろん、魔女になるのも嫌で辛いんですけど……」
卑屈な笑みを浮かべて、自虐を言うひよりちゃん。
最後の一人はコメントに困るけれど、三人とも魔女化に対しての不安や恐怖に囚われてはいない。
凄い……。私はこの真実を知った時、平静を保てなかった。
ミチルちゃんが目の前で魔女になってしまった光景を目撃した日は、ずっと震えていたっていうのに……。
『それは現実から目を背けているだけなんじゃないのかな? 限られた時間で君ら魔法少女に何ができるっていうんだい?』
「何ができるか、か。そうだな、差し当たっては――魔女退治と言ったところか」
キュゥべえにそう返した皐月ルイさんは、奥で財宝を
この人はある意味で、誰よりも魔法少女としての在り方を体現しているのだろう。希望的ではなく、現実的な観点で物事を見ているが、それでも『魔女退治』という建前を本分として認識しているように思えた。
「そ、それにき、金みたいになっちゃったあの人も、魔女を倒せば……た、助かったりしないですかね……」
ひよりちゃんは、魔女よりも金貨に埋もれてしまった彼を心配そうに見つめていた。
皐月ルイさんが彼女の意見を受けて、深く頷く。
「それもある。恩人を助けるためにもあの魔女の打倒は必要不可欠だ。……宇佐木里美……さん」
目線だけを私の方に差して、ぎこちなく名前を呼んだ。
恨みがあるというよりも、どう接したらいいのか分からず、距離感を測りかねている様子だった。
私もまた、その微妙な雰囲気を感じ取り、どう答えたものかと思いながら、返事をする。
「な、何かしら、皐月ルイさん」
「……私も名前を呼び捨ててもらって構わない。それから、引き続き、他の魔法少女の事を頼んでもいいだろうか?」
「頼む、っていうのは魔法を使い続けてって意味かしら……?」
「ああ、そうだ。その代わり、魔女や恩人の事は任せてもらってもいいだろうか」
「え、ええ。こっちとしても願ってもいない事だけど……どうしてわざわざ私に許可を取るの?」
「それは……」
彼女にしては珍しく、少しだけ歯切れ悪く言い淀む。
そこにひよりちゃんが言葉を付け足した。
「る、ルイちゃんは、さ、里美さんをリーダーだと認めているから、き、許可がほしいんだと、思いますぅ……」
「ひより! 余計な補足を付けないでくれ!」
意外にも照れた様な声でルイさんは言葉を荒げる。
今までのやり取りから大人びた雰囲気の子だと思っていたから、この反応はちょっとした衝撃があった。
ニコちゃんタイプだと思いきや、サキちゃんタイプだったというべきか……。
彼女はとても律儀で真面目な女の子なのだろう。
こんなピンチな状況なのにクスリと小さく笑みが零れた。
それじゃあ、お言葉に甘えて、こう言おう。
「お願いするわ、ルイさん。他の皆も」
「……う、うむ。承った。舞、ひより。援護を頼む」
ルイさんは少しだけ上擦った声で頷いた後、二人にもサポートを依頼した。
絶望しかなかった状況に一筋だけ光が見えてくる。
あれだけ鬱陶しく喋りかけてきたキュゥべえも、すっかり黙り込んで事の成り行きを見守っていた。
この子たちを見てしみじみと思う。魔法少女は誰かの食べ物になるだけの存在じゃないって事を。
このまま最後まで書くと恐らく一万文字くらいになりそうだったので途中で中編を挟みます。