魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第三十四話 解凍される乙女たち

「ここがアンジェリカベアーズか……」

 

 アンジェリカベアーズと呼ばれる場所はテディベア博物館だった。

 大量のテディベアがケースに入れられて展示されている。そのどれもが異なるデフォルメ調の顔で作られており、一つ一つに相当の労力を割かれて製作された事が伺えた。

 だが、それを見てもあまりいいイメージが湧かないのは、どう足掻いてもみらいの魔法を思い出すからだろう。

 

「ここはみらいちゃんの願い事で作られた博物館なの。だから、近くの住民は元からあったように感じているけれど、ある日突然生えて来たようなものね」

 

「キュゥべえの願い事。こういう建築物だとそういう扱いになるのか……怖いな」

 

 案内していた里美の補足に、ホラー映画に登場する館を連想して、じんわりとした恐怖を感じた。

 役所が取り潰そうとした時にはどうなるのか気になるところだが、俺たちは呑気にテディベアを鑑賞しに来た訳ではない。

 

「それで『レイトウコ』という場所は?」

 

「焦らないで、赤司さん。レイトウコはこの建物の地下よ。あの床から行けるわ」

 

 里美が指差した床には、得体の知れない複雑怪奇な魔法陣が刻まれていた。

 ますますホラー映画に出て来そうな小道具だ。魔法少女という響きには似合わないほど仰々しく、何というか異質だ。

 彼女は自分のソウルジェムを卵型の宝石に変えてから俺を連れて、その魔法陣の上に乗る。

 すると、エレベーターのように魔法陣が刻まれた床だけが降下して、テディベアを展示されている場所から、広い通路のような場所に辿り着いた。

 

「ここが地下か」

 

「そう。そして、レイトウコはあの扉の向こう」

 

 通路の突き当りには大小の歯車と魔法陣が付いた両開きの扉が見える。

 あの先に魔法少女たちが捕まっているのか。彼女たちがどのように拘束されているのかまでは、まだ里美には聞いていない。

 それは自分の目でまず確認すればいい事だからだ。

 (はや)る気持ちを抑え、俺は里美の隣を歩いた。

 彼女がソウルジェムを扉に(かざ)すと、自動で両開きに開かれた。

 名称しか知り得なかった『レイトウコ』の実態がとうとう目の前で明かされる。

 

「こ、これは……」

 

「中身がどうなってるかまでは知らなかったみたいね。これが私たちプレイアデス聖団の闇……『レイトウコ』よ」

 

 自嘲するように語る里美の言葉に、俺は返事も忘れて愕然とカカシのように立ち竦んでいた。

 そこを一言で表すなら、少女たちの展示会場だった。

 総勢三十人を超える全裸に剥かれた少女たちが、液体の入った透明のカプセルに閉じ込められて、浮かんでいた。

 俺がニコの家で入れられていたものと同じ形状のカプセル。あれはここで使うカプセルの予備だったのだろう。

 だが、あの時の俺とは違い、彼女たちは一様に死んだように目を瞑っている。

 

「彼女たちは……!」

 

「死んではいないわ。……ソウルジェムを切り離され、意識を肉体のリンクから外されている現状を『生きている』と言えるかは人によると思うけれど」

 

 非人道的だとは思っていたが、ここまで残酷なものだとは想定してきていなかった。

 何だ、これは……。これでは、まるで……。

 

「人形のような扱い、だと思ってるでしょう?」

 

 内心をピタリと言い当てられ、ギョッとして里美を見た。

 彼女は棒立ちになっている俺を置いて、レイトウコへ入ると中央にある噴水へと手を入れ、何かを掴み取る。

 噴水の中から取り出してみせたのは、ソウルジェム。目を凝らして見れば、水の中には色とりどりのソウルジェムたちが弱々しく輝いていた。

 

「私が人形を嫌いだった理由は彼女たちを思い出させるからだったのかもね……」

 

 独りごちるように呟いた里美は、俺にも近くに来るように手招きをする。

 

「赤司さんも手伝ってくれる?」

 

「何をだ……?」

 

「この大量のソウルジェムを持ち主に返すの。そうすれば、皆目を覚ますはずよ」

 

 そう言った彼女の表情は、どこか晴れやかに映った。

 俺にはその内面までは推し量る事はできないが、この行為で彼女の心がほんの少しでも救われてくれるなら、それでいいと思えた。

 首肯を返して、俺は尋ねる。

 

「だが、どうやって手伝えばいい? これだけの数だ。どのソウルジェムがどの少女のものか判別が付くのか?」

 

「それに関しては問題ないわ。……海香が残してくれたリストがあるの」

 

「リスト?」

 

 里美はレイトウコの最奥まで進むと小さな机の引き出しを開ける。

 そこからクリップで留められている分厚い紙束を取り出した。

 

「これよ。『魔法少女保存リスト』。ここに居る魔法少女とソウルジェムの組み合わせ。それとあの子が一人で調べていた魔法少女たちの名前なんか載っているわ。……海香はきっと最終的にはここに居る魔法少女を家に帰すつもりだったのかもしれないわね」

 

 寂しげに里美は紙束へ目を落とす。

 今は亡き、共に向けるのは哀愁か後悔か……。だが、俺から言える事は一つだけだ。

 

「里美。お前が、その意志を継いでやればいい。それはもう、お前にしかできない事だ」

 

「そんな格好いいものじゃないわ……。でも、優しいのね。赤司さんは」

 

 僅かに微笑み、やがてその表情を引き締めた。

 彼女はリストとソウルジェムを見比べて、持ち主である魔法少女のカプセルの前に置いていく。

 里美の指示に従い、俺もまた同じく噴水の中からソウルジェムを回収する。

 正直に言えば、あられもない格好になっている魔法少女たちをまじまじと見ずに済んで、少しだけホッとしていた。

 嫁入り前の少女の裸体をじろじろ見るような下衆な行いなど(もっ)ての(ほか)だ。

 それぞれのカプセルの前にソウルジェムを設置し、その数を確かめていると俺は気付いてしまう。

 

「里美、やはりソウルジェムの数が……」

 

「ええ。……五個足りないわ」

 

 全部のソウルジェムをカプセルの前に置いても、少女の数と合わなかった。

 その数は五人。俺たちがどう足掻いても救う事のできない魔法少女の人数だった。

 しかし、俺はふと先ほど交わした会話を思い出す。

 

「里美が強制孵化させたグリーフシードは四つだと言っていたな? であれば、カンナは最後の一つのソウルジェムをまだ隠し持っている可能性がある?」

 

 イーブルナッツで強制的に孵化させられていないのならば、あと一人だけは助けられるかもしれない。

 一縷(いちる)の望みに(すが)って、里美に聞いてみるが、彼女は残念そうに首を振るだけだった。

 

「私がカンナに操られていた時に、あきら君と連絡を取っていたから知ってる。既に実験としてレイトウコ内のソウルジェムを強制的に孵化させたって。だから、その一つはもう……」

 

「一番最初に魔女にさせられた、という事か……クソッ!」

 

 という事はこの残った五人の魔法少女の魂は永久に戻る事はないのだ。

 魔女にされ、カンナやあきらの計画によって、その命を散らした哀れな少女たちは二度と目を覚ます事はない……。

 俺はリストを里美から渡してもらい、彼女たちの名前を探した。

 家の魔女になったあの魔法少女の名前を知りたかったからだ。

 カプセルの上に付いている番号とリストの番号を照らし合わせていった。

 五人の内、三名は何故かすぐに違うと判断できた。

 該当する可能性があるのは二名。一人は、「鞠井(まりい)真理恵(まりえ)」。

 黒ずんだ朱色の髪を不揃いに切った、そばかすと隈の目立つ少女。

 もう一人は、「(あさひ)優衣(ゆい)」。白みがかったピンクのロール状のポニーテールを持った少女。

 これは勘だが、恐らくは後者だろう。

 真理恵の方は手首に躊躇い傷のような痕が残っている。

 魔法少女の治癒力なら、この程度数分で完治するというのにわざわざ残しているという事は、これが彼女にとって必要なものだと認識しているからだ。

 少なくてもあの『家の魔女』は自傷を好むような性質(たち)には見えなかった。

 だから、『家の魔女』は――。

 

「お前か……? 優衣」

 

 彼女は何も言わない。魂の抜けた抜け殻の肉体はプカプカとカプセルの中で浮かぶのみだった。

 海香が調べたらしい情報には、彼女はあすなろ市の出身ではないと明記されていた。

 つまり、彼女の遺体さえ家に帰してやる事はできないのだ。

 自分の無力さに嘆くのは、これが幾度目になるのだろうか。俺はその度に立ち止まり、誰かに助けられてきた。

 優衣だけではない。この五人の魂なき魔法少女は帰る場所すらもうどこにもないのだ。

 

「くッ……俺はまた、何もできやしない!」

 

 苛立ってカプセルを叩くが、頑丈なカプセルはその中身の液体をほんの僅かに揺らすだけだった。

 後ろから、(いた)わるような里美の声が掛かる。

 

「……赤司さん。あなたは充分過ぎるほど頑張っているわ。自分を責めないで……悪いのは私たちなんだから」

 

「そういう訳にもいかない……。これは俺が背負わなければならないものだ」

 

「そう……だったら、もう何も言わないわ。でも、今はそれよりも……」

 

「ああ。帰る場所のある少女を優先する。嘆くのはその後でいい」

 

 俺は優衣の入ったカプセルから離れ、ソウルジェムが残っている魔法少女のカプセルを解放する作業に戻った。

 だが、俺にできるのはソウルジェムの回収だけだ。これから先は里美の作業を見守ることしかできない。

 彼女は中央にある噴水の頂上に立つと、魔法少女の衣装に変身する。そして、猫の顔が付いたステッキを高らかに掲げてみせた。

 

「『スコンジェラーレ』!」

 

 高らかに放たれたその言葉に反応し、ソウルジェムを設置したカプセルの外殻が消滅し、内側に溜まっていた液体が一気に流れ出す。

 そして。

 

「げほッげほッ……ここは?」「あ、あれ、わたし、何でこんなところに……」「一体何が起きたって言うんだ!?」

 

 三十三のカプセルから解放……否、解凍された魔法少女が意識を取り戻した。

 全員裸体を晒しているため、俺はそっと床に視線を落として、彼女たちの尊厳を守る。

 噴水から飛び降りた里美は、目覚めた三十三人の彼女たち全員に言葉を掛ける。

 

「おはよう、魔法少女の皆さん。そして、本当にごめんなさい……。私は宇佐木里美。あなたたちからソウルジェムを取り上げ、この場所に閉じ込めたプレイアデス聖団の一人よ」

 

 彼女は全ての責任を取るつもりで、彼女たちに語るつもりなのだ。

 プレイアデス聖団が行ってきた悪行。そして、魔法少女の真実を。

 

「お前が、プレイアデスの魔法少女……我々を閉じ込めていた最悪の魔法少女集団の一人か」

 

 敵意を隠そうともせずに、背の高い紺色の髪の少女が里美を睨んでいる。

 彼女のリストの中の番号は二十一番……名前は確か。

 

「ええ。その通りよ、皐月ルイさん」

 

 そう皐月ルイだ。リスト内の情報によれば、彼女は先に捕まった友人の魔法少女を助けるためにアンジェリカベアーズに忍び込んだ魔法少女。

 狩られた魔法少女の中で唯一、独自でレイトウコの存在を突き止めた猛者だと記載してあった。

 

「ル、ルイちゃん! ど、どうしてここに、それにプ、プレイアデス聖団って……わ、わたしに攻撃してきた、こ、怖い人たち……!?」

 

 そのルイを見て、目元が隠れるほど長い桜色の前髪を揺らして、一人の少女が駆け寄った。

 

「ひより! 無事だったか。済まなかった……助けに来たつもりで、私まで捕まってしまった」

 

「そ、そんな事ないよ。わ、わたしなんかのために、こ、こんな場所まで来てくれてたなんて……」

 

 二人は裸体のまま、お互いに寄り添うように強くその身を抱き締め合う。

 小春ひより。彼女はリスト番号、十二番。比較的に早期にプレイアデス聖団に狩られた魔法少女だ。

 ルイが死に物狂いでレイトウコを探し当てたのは友人である彼女を助け出すためだったそうだ。この内容を海香はどのような感情で記入していたのだろう。

 自分がどれだけ非道な行為をしているか分かっている人間が書く文章だ。とても平常では居られなかったはずだ。

 

「あー……あんたらが感動の再会しているとこ悪いんだけどさ。先に色々聞いとく事あるんじゃない? ねぇ、里美さんよ」

 

 完全に話の流れが断ち切られてしまった後、軌道修正を促すべく、短い橙色のポニーテールの少女が困ったように突っ込んだ。

 三十三名の内、彼女だけは比較的に怨嗟(えんさ)の眼差しを向けていなかった。

 理性的というよりも、無頓着というイメージがする。

 リスト番号は六番。名前は三鳥(みどり)(まい)。相当初期に閉じ込められたはずの彼女はプレイアデス聖団が何をしていたかもよく知らないまま、腕試しとして挑戦し、破れたと書かれている。

 里美は彼女に名前を呼ばれ、頷いて話し出した。

 

「ええ。三鳥舞さん。話さなければならない事はたくさんあるけれど、あなたは何から聞きたいのかしら?」

 

「ああ、これだけは聞いておかないとならない事が一つあんだよ。……そこに突っ立ってる男誰だよ!? 無言でさっきから紙束ペラペラ捲りやがって! 気になってしょうがねえんだよ!」

 

 すっと俺の方を向いた舞は人差し指を突き付けて、大声で叫んだ。

 今まで黙って里美へ敵意を向けていた他の魔法少女たちも俺の存在を改めて認めて、更に自分たちが裸だという現状を理解した後……悲鳴を上げて魔法少女に変身する。

 あ、しまった。それはそうなるよな……。むしろ、今まで無反応だったのが、おかしいくらいだ。

 

「いや、俺は……その……」

 

 とりあえず、弁明しようとするが魔法少女たちは聞く耳を持ってくれそうにない。

 

「私だけならいざ知らず、ひよりのあられもない姿を舐め回すように眺めた汚らしい変態が……。ひより、下がっていろ。私がすぐに片を付ける」

 

「そ、そんな、駄目だよ。ルイちゃん。わ、わたしも一緒に戦うよ!」

 

 紺色の忍装束のような格好になったルイとフード付きの学生服のような姿になったひよりが俺と戦う気満々で各々クナイやらサバイバルナイフやら物騒な武器を作り出す。

 まずいぞ……! このままでは美しい少女同士の友情の前に、俺は片付けられてしまう!

 

「ま、待て。話を聞いてくれ!」

 

 リストを掴んでいる左手を前に出して、俺は彼女たちを懸命に制止する。

 こちらとしても救い出しに来た彼女たちに殺されるなど勘弁だ!

 すると、袴のような衣装に包まれた舞が、肩に長い槍を掛けて尋ねてきた。

 

「じゃあ、あんた。あたしらの裸見てねぇんだな?」

 

 落ち着いているように見えて、目が据わっている。

 これはかなり怒りを抑えている人間の瞳……。分かりやすい嘘を吐けば、火に油を注ぐだけだ。

 仕方なしに俺は正直に答える。

 

「いや、その……見ないようには、していたんだが……その、ちょくちょく視界には映り込んでいた……と思う」

 

「よっしゃ、有罪(ギルティ)! って訳で死ねぇぇ!」

 

「ぎゃあああああああああああ!」

 

 投げられるルイのクナイ。

 襲い来るひよりのサバイバルナイフ。

 そして、突き出される舞の長い槍。

 更には他三十名の魔法少女の武器が俺目掛けて飛び交う。

 片腕で、しかも変身もしていない俺にはひたすらに逃げ回る事しかできなかった。

 一分後、里美からのフォローもあって、ようやく許された俺は身も心も疲れ果てていた。息を切らし、レイトウコの床に転がる俺を見て、溜飲が下がった彼女たちは武器を収めてくれた。

 何度も死ぬような目に合ってきたが、こんな情けない理由で殺されかけたのは初めてだった。

 

「何で、俺がこんな目に……」

 

「乙女の裸は高く付くから、かしらね」

 

「まあ、それなら仕方ない……のか?」

 

 里美の理解できるような、できないような発言に相槌を打って、零れた液体で濡れた床の冷たさに身体を預けた。

 ……こういう下らないピンチというのも、たまにはいいのかもしれない。

 そんな事を考えて、俺は改めて解凍された魔法少女たちを見る。

 お互いに話をする者、生きている事に喜びを見出す者、周囲を見渡して改めて驚く者。

 そこに居るには確かに「今を生きる少女たち」の姿だった。

 




何だかんだで、結構早めに投稿してしまいました。
今回登場したオリジナル魔法少女は、
navahoさんから頂いた皐月ルイ、
huntfieldさんから頂いた鞠井 真理恵、小春ひより、
マブルスさんから頂いた三鳥 舞、
猿山ポプラさんから頂いた旭 優衣、
の五名でした。
生存している魔法少女で無名なのは後、三十名居るので応募したい人は私の活動報告欄にて、注意事項を守った上でコメントしてください。

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