魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

84 / 110
第三十二話 暗黒の炎

『いやー。最悪のタイミングで来るとは恐れ入るぜ……蠍の魔女モドキ』

 

 灰色の騎士、「アトラス」を名乗ったあきらは長剣を肩に担いで、半笑いの声で言う。

 俺とて、決して望んで割って入った訳ではない。カンナが斬られそうになった光景を目の当たりにした時、身体が勝手に動いてしまっただけだ。

 だが、この騎士の正体が一樹あきらなのであれば、俺としては好都合。

 

『……あきら。お前、弱くなったな』

 

 感じる魔力の圧力が前に会った時に比べ、低下している。〈第一形態〉のドラーゴよりは上だが、〈第二形態〉に至った奴と比較すれば数段ほど格落ちしていた。

 姿も矮小になり、弱体化したのは隠しようのないまでに明白だ。

 イーブルナッツの探知ができなかったのも頷ける。活性化状態でこの程度なら、非活性化状態であれば完全に痕跡を消してしまえるだろう。

 あきらは俺の言葉を侮辱と受け取ったのか、僅かに苛立った声で返答した。

 

『ほお……。言うじゃねーの。だけど、ひ弱なアンタくらい叩き潰す力はあるぜェ~? 試してみるかい?』

 

 指先の関節を鳴らし、挑発の手招きをする。

 

『望むところだ。決着を付けよう』

 

 俺もまた、奴の因縁に終止符を打つ時を心待ちにしていた。

 是非もない。ここであきらの息の根を止め、あすなろ市の崩壊の運命を覆す。

 横目で観察していたカンナは、俺と奴のぶつかり合いを好機と見なして、その場から飛び去っていく。

 その手には当然のようにかずみが入った透明なカプセルが握られていた。

 

「あ! あきら、ニコが逃げて行くぞ! くッ、それなら私が……」

 

 歯噛みして、それを見過ごしてしまったサキは彼女を追って、飛び出そうとするが、意外にもそれを制したのはあきらだった。

 

『いいよいいよ、逃がしちまって。どうせ、ここで逃げても行き場なんてない。……それにここに来る前にちょっとした悪戯がどう作用するか気になるし』

 

「そ、そうか。あきらがそう言うのなら」

 

 あっさりとサキはあきらの指示に従って、跳ね飛ぼうとした足を止める。

 何だ、あの余裕は……。しかし、あきらの奴に言われるがまま従うなど、サキもかずみの身を案じていたのではなかったのか?

 分からない。分からないが、この男の撃破は何よりも最重要事項だ。

 こいつさえ殺せば、少なくともかつて見た地獄は起こり得ない。

 余計な事は後で考えればいいのだ。思考全て戦闘に注ぎ込め。ここが正念場だ!

 先手必勝とばかりに俺は、両腕の銃口から魔力弾の嵐を放つ。

 アトラスはそれに剣の腹で受けるのみ。防戦一方の有様だ。

 よし! このまま攻撃に転ずる機会を与えず、畳みかける!

 踵から生えた(とげ)をアンカーとして地面に突き刺す。コンクリートの大地に棘の先が沈み、その場で両足を固定した。

 尾節を持ち上げ、頭上から砲塔の狙いを定めると、両手の銃身と合わせ、最大出力で魔力を噴き上げる。

 二本の銃身と一本の砲身は三角形を形作り、その中心地点で絡み合った魔力が一つの線に纏って突き進んでいく。

 

『トリニティ・リベリオン……!!』

 

 俺が持ち得る最大最強の一撃を惜しみなく、二手目で投入した。

 三重の復讐を冠する、濃いピンク色の極太の光線は投擲された槍の如く、灰色の騎士・アトラスへと放たれる。

 ……終わりだ。あきら、これで本当に幕が降りる。

 膨大な魔力が剣で身体を隠す奴目掛けて降り注いだ。余波だけでコンクリートの道路が砕け、風圧で街灯が煽られる。

 アンカーをしているにも関わらずに、あまりの威力に後方へと身体が押し出され、硬い道路に擦過痕が刻まれた。

 弱体化した奴の装甲では、高出力の魔力の光線は到底防ぎようがない。

 双樹姉妹の超高温と超低温の混合魔法にすら競り勝ったこの必殺の技に死角は存在しない!

 

『消し飛べッ、あきらぁぁぁ!!』

 

 激しい情動がイーブルナッツを介して、凄まじいエネルギーに変換され、更なる威力を増大させる。

 ここに来て、俺は内包していた感情の全てを解放していた。

 怒り、嘆き、後悔、悲しみ……そして、純然たる殺意を加え、怨敵あきらへ向け、注ぎ込んだ。

 灰色の騎士の姿は濃いピンク色の光に塗り潰され、その影法師さえも映らない。

 奴と接触し、爆ぜた光が砕けたコンクリートの破片をも焼き尽くしていく。

 

「あ……あきらぁぁぁぁぁーー!?」

 

 サキの絶叫が遠巻きに聞こえる。膨張した魔力の渦が音さえも変質させた結果だろう。

 放たれた光はやがて収束し、霧散する。俺はアンカーを地面から外し、数歩だけ前に出た。

 朦々(もうもう)と湧き上がるのは、砂埃でも煙でもなく、粉々に砕かれて宙に舞ったコンクリートやアスファルトの粒だ。

 仰向けで倒れているものは、真っ黒く変色した人型の物体。

 イーブルナッツを排出後に焼け焦げたあきらの死体だ。

 

「あ、あ……あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 狂ったように悲鳴を上げ、サキはそれに駆け寄ってしがみ付く。

 思わず、あきらを殺した達成感より、あきらを泣くほど大切に思っていた彼女への同情が勝ってしまう。

 あんな腐れ外道にも、死んで涙を流す人が居るのだ……。

 それを理解し、やるせない気持ちになる。

 

『サキ……奴はもう』

 

「そんな、あきらぁぁ……嘘だ! 違う、こんなのっ……現実じゃない! これは夢っ! そうだ、悪い夢なんだ!」

 

 支離滅裂に泣き叫ぶサキには、もう俺の姿は映っていなかった。

 仇討ちや復讐など考えられないまでに彼女はあきらの喪失に心を乱している。

 これが、俺の本当にやりたかった事なのか……。

 本当に願った結末だったのか……?

 固く決意したはずの想いは、一人の少女の慟哭により揺らいでいた。

 だが、感傷的な思考が続いたのもそこまでだった。

 

『……!』

 

 小さな囁き声が断続に聞こえている事に気付く。

 これは……この音は。

 

『ククククククククッ』

 

 笑い声だった。

 そしてこの反響するような声音は魔力による変化を伴った声帯から出るもの……。

 

「あき……ら……?」

 

 呆けた様な声でサキが目を向けるのは黒焦げになったあきらの死体。

 否、違う! 光源が少なく薄暗い夜の闇に紛れて視認し辛かったが、あれは焦げたものの黒ではない!

 あれは、あの黒色は……魔力により作られた()の色だ。

 奴の……ドラーゴの全身を覆っていた鱗の色。

 弾かれたように立ち上がった黒い鱗に覆われた人型は盛大に笑いながら、俺へと顔を向ける。

 

『あはははははははははっ! 蠍野郎。いや、感謝を込めて大火と呼んでやるよ。おかげで鬱陶しいベルトもこの有様だ』

 

 ベルト、だと? 

 奴の腰元に目をやると、そこには罅割れた横長の金属片がボロボロと剥がれ、落ちている。

 まさか、それが奴を弱体化せしめていた拘束具だったのか!?

 咄嗟(とっさ)に魔力弾を放とうと腕の銃身を構えた。

 しかし、激しい突風に煽られ、吹き飛ばされそうになった。

 次に目を向ければ、そこに奴の姿はない。同時に何者かの視線を感じ、空を見上げる。

 ……奴が居た。

 俺に圧倒的な実力差を見せ付けた四枚翼の黒竜。

 〈第二形態(セコンダ・フォルマ)〉のドラーゴが低空で翼を羽ばたかせていた。

 

『いーい気分だァ……。閉じ込まれた牢屋から脱獄した囚人の気持ちとでも言えばいいのかねェ。こいつは爽快で愉快だぜ!』

 

 爬虫類のような輪郭が恍惚の表情に弛んでいた。

 体長六メートルを優に超えるその巨体が、軽やかに宙返りを打つ。

 まずい。一刻も早く、奴に攻撃を……ダメージを与えなくては!

 そう思って、夜空を舞うドラーゴに向けて、魔力弾を撃ち鳴らした。

 撃った。撃ったはずだった……。

 だが、奴が居た空には影も形もない。星々が静かに瞬いているだけだった。

 

『な……』

 

『……焦んなよ? まだ夜は始まったばっかだぜ』

 

 黒い竜の顔が視界一杯に広がる。

 右腕が。俺の右腕が、目の前に浮かんでいた。視界がぐらりと揺れ、眩暈を感じて膝を突く。

 ぼとりと落ちたその腕と、右肩から感じる激痛から状況を理解する。

 斬り落とされた――!? どうやって……?

 その疑問は、すぐに氷解した。

 ドラーゴの額から生えたジグザグな刃状の角が黒い液体で汚れている。

 あれは、俺の魔物化した血液。

 奴の角で俺の腕を切断されたのだ。

 あまりにも速い、高速の移動。音も、気配も感じる間もなかった。

 されど、俺もまた腕一本失った程度で放心するほど惰弱ではない。

 残った左腕で起き上がり、尾節に付いた砲塔を奴の顔面を狙い撃つ。

 

『焦るんじゃねェって言ってんだろうが』

 

 発射された光弾は、ロウソクの火でも吹き消すように奴の一息で霧散した。

 

『……! そん、な……馬鹿な』

 

 圧倒的過ぎる。実力差が離れすぎていて戦いにすらならない……。

 舐めていた訳ではない。侮っていた事もない。

 だが、それでもここまで彼我の差が開いていたなんて、想像できるものか!

 

『ちょっと遊んでやろうと思ったによォ。もういいや。終われよ、アンタ』

 

 あからさまにやる気を失くしたドラーゴは炎を噴きかける。

 赤くない、黒い、闇夜よりのなおドス黒い炎。

 人間の世界では(おおよ)そ、見る機会のない地獄の業火のような黒い火焔は俺を一瞬で包み込む。

 

『ぐッ……あああッああああああああああああッ!』

 

 細胞の一つ一つを汚染するような邪悪な黒炎は瞬く間に、俺の身体を焼き尽していく。

 感じた事のない異様な魔力の炎。

 俺の魔力を削ぎ落とし、燃やしている。

 激痛に次ぐ激痛。外骨格が焼き切れ、人間態になった俺の肉を焦がしていた。

 そして、感じるのは嘲笑と侮蔑。

 黒い炎が(わら)っている。俺の弱さを。俺の脆さを。

 この火焔は奴の感情。奴の醜悪な内面の具現化なのだ。

 意識が重くなる。痛覚も感じない。

 唯一感じるのは俺を貶める悪意の哄笑のみ。

 また、俺は奴に負けるのか……。

 何も残せず、何も守れない。無力な俺の何と無様な事か。

 

『か、ず……み……』

 

 黒い色に覆われながら、俺はただ左腕を伸ばした。

 そこに微かな(ひかり)があると信じて。

 

 

~カンナ視点~

 

 

「はあ……はあ……」

 

 生き延びた。いや、生き延びさせてもらったのか。

 あの横からしゃしゃり出て来た蠍の魔物によって、私は九死に一生を得た。

 手に持ったカプセルを眺める。

 中にはかずみが縮小されて封入されていた。

 ともかく、目的のかずみは手に入れた。邪魔なプレイアデス聖団もほとんど壊滅状態。

 万全なのはサキくらいのもの。カオルと里美は魔女になったか、死んでいる頃だ。

 あやせとかいう魔法少女も魔女をイーブルナッツで孵化させた魔女をぶつけてやった。少なくとも多少なりとも手傷は追ったはずだろう。

 となれば、一番邪魔なのはあきらだ。

 あの蠍の魔物と相打ちになって、死んでくれればいいのだが……奴は侮れない。

 だが、今は体力と魔力の回復に務めなくてはならない。

 思ったよりも、魔法を使わされた。本来もっと上手くいく予定だったが、予想以上にサキが手強かったのが計算外だった。

 あきらの人心掌握も生半可なものではない。あれはほとんど狂信と言ってもいい。

 コネクトであきらの内心ばかり探っていたのが裏目に出た。

 私はふらつく足取りで私の家――『聖家』の自宅へと帰って来る。

 私の本当の家族ではない。あの女の家族が住む家。

 作られた人工物である私には家族と呼べる存在は居ない。居るのは自分を作った神那ニコの……本物の『聖カンナ』の肉親だけ。

 鍵を開けて入口のドアを開こうとして……違和感を捉えた。

 ドアの鍵が、既に開いていた。

 時刻は既に午後十時を回っている。両親はとっくに帰宅しているはずだ。

 幼い妹二人が外出する訳ないし、ダディとマミィがそれを許すなんてあり得ない。

 私の外出だって、バレないように工夫を重ね行っている事なのだ。

 胸騒ぎがした……。嫌な予感がする。

 ドアを開いて玄関に入る。真っ暗な闇だけが私を出迎えてくれた。

 かずみの入ったカプセルを持っていたリュックの中に差し込んで、慎重に足を進める。

 夜目が聞いて来たおかげで、暗闇の廊下の奥まで目を凝らせば見渡せた。

 少なくとも廊下には何者かが潜んでいる気配はない。

 息を殺し、一歩一歩忍び足をして、中に入っていき、突き当りにあるリビングのドアノブをゆっくりと捻って開けた。

 

「……うっ!」

 

 開いたドアの隙間から強烈な鉄錆臭が流れてくる。

 これは――血の臭いだ!

 中央にあるテーブルの傍にに大きいシルエットが二つ、小さいシルエットが二つ。

 静かに椅子に腰かけていた。

 だが、どこかおかしい。そのシルエットの形状に違和感が拭えない

 暗闇の中で数秒間、私はそれらを眺め、そして、その違和感の原因に気付いてしまう。

 気付いてしまったが最後、呼吸が止まるほどの動揺と恐怖が押し寄せた。

 

「ダディ……マミィ……」

 

 大きいシルエットの方……両親の方に震える声で呼び掛けた。

 小さいシルエットの方……年の離れた双子の妹の名前を呼ぶ。

 反応は皆無。誰も私の呼びかけに応答しない。

 嫌な気持ちを呑み込んで、私は壁にある電灯のスイッチをオンにした。

 

「………………あぁ……」

 

 座っていたのは想像通り、両親と妹たちだった。

 ただし、その全員とも――首から上が無くなっていた。

 斬り落とされたように見える断面図から流れた血は、既に黒く変色していた。

 テーブルに置かれた大皿にはそれぞれの生首が身体と対面するように置かれている。

 その表情のどれも恐怖に歪んだ顔で留まっていた。

 気が付けば、私はがっくりと膝を落とし、その場で胃袋の中のものを吐き出していた。

 

「ゥウェエェェェ……げほッ、げほッ」

 

 胃液しかなくなっても消えない吐き気に苛まれながらも、私は状況を判断するために周囲に目を配る。

 そして、それを発見した。

 壁に突き刺された包丁。これには血は一滴も付いていなかったが、代わりに文字を書いた紙を一枚壁に縫い留めていた。

 黒いマジックペンで書かれているものは日本語の文章と顔文字。

 

『素直に本名を明かすのは危険だぜ? 悪い人に住所を特定されちまうからな! ( ´艸`)』

 

 目の前が暗くなった気がした。

 あきらだ。これを行なったのはあきらだ……。

 私の名前からこの家の住所を探り当てて、私の家族を殺したのだ……。

 私の……? 何を馬鹿な事を……。

 『私』には家族なんて居ない。この四人がどうなろうと知った事ではない。

 それなのに。

 そのはずなのに。

 

「あ……ああッ……」

 

 何で私は泣いている?

 涙なんて流しているのだ……?

 意味が分からない。何も分からない。

 

「あああああああ! ああああああああああああああぁぁぁッ!」

 

 どうして身体が震えている。突かれたダンゴムシのように丸くなって、何で叫んでいるのだ。

 笑うべきだろう? ニコは自分の家族まで奪われたのだから、滑稽さに拍車が掛かる。

 ざまあみろと、そう笑っているはずなのに。

 私は……私は……。

 頭の中でニコの、本物の『聖カンナ』の言葉がリフレインする。

 

『聖カンナ……赤司大火はお前を必ず――救いに来る』

 

 思い出したくもない言葉が何故か、頭の中で何度も何度も繰り返される。

 救いに来る? この私を……? この『聖カンナ』を?

 ふざけるな。『私』には関係ない。『今、ここに居る私』にはそんな事は関係ない。

 そうだ。関係ないのだ……。

 だから。

 

「たす、けて……助けてよぉ……タイカぁ……」

 

 この口から漏れる泣き言も、私には関係のない事だ。

 震える自分の唇から零れ落ちる戯言を、背中を丸めて泣きながら他人事のように聞いていた。

 




これでカオル編は終わりです。
次回からはカンナ編になりますが、オリジナル魔法少女の締め切りが終わってから書き始めようと思うので、少し期間が空くと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。