魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
~里美視点~
そんな……カオルちゃんが、私の目の前で魔女になっちゃった……。
激しい魔力を纏いながら、黒く染まったソウルジェムが孵化していく。
そこから現れたのは巨人。鈍くくすんだオレンジ色をベースにした、鋼と鉄で組み合わさった巨人のような魔女。
名を付けるなら――『鋼鉄の魔女』。
『kjdfnfjlsjer;lfjjer;slnvlsrjegvilegrhvilsjeg!!』
鋼鉄の魔女は、人間には発音も理解もできない咆哮を上げると、私を押し潰している海豹の魔女をひっくり返した。
球体のように膨らんでいた海豹の魔女を、目を見張るような怪力で持ち上げ、転がす。回転する魔女は海鳥の使い魔を引き潰しながらも、なおも膨張を続けている。
もう斑点ではなく、ほとんど黒一色になった皮膚。洞穴の中を圧迫するように膨らみ、転がるスペースも確保できなくなって動きを止めた。
動けるようになった私は真っ先に近くに立つ、鋼鉄の魔女を警戒する。
魔女になった魔法少女には自我も理性も残されていない。それは決して短くない魔法少女の戦いの中で嫌というほど味わった。
きっと、私という獲物を海豹の魔女に取られたくなくて、助けたのだ。
そう思ったのは当然の思考からだった。
私は死ぬ……。鋼鉄の魔女に喰い殺されるか、海豹の魔女の爆発に巻き込まれるかの違いでしかない。
ほんの数秒だけ、私は生き延びた。恐怖を感じる時間が僅かに増えただけ。
だけど……。
「え……?」
鋼鉄の魔女は、破裂寸前の海豹の魔女へと向かっていく。
傍に私が居るのに、攻撃するどころか見向きもしない。そのまま、海豹の魔女に組み付くと、首だけを動かして私を一瞥するように振り向いた。
『ldjrgd!』
言葉は当然分からない。
でも、何を言いたいのか、その仕草で分かってしまう。
——逃げろ。
鋼鉄の魔女は、ううん……魔女になったカオルちゃんはそう伝えたいのだ。
「何で、そんな事が……」
違う。口にしたいのはこんな言葉じゃない。
私は醜い。人の優しさを信じられなかった。自分の事ばかりで……プレイアデス聖団の皆だって、偽のニコちゃんに売ろうとした。
そうまでして助かりたかったから……でも、カオルちゃんは、最後まで私を信じてくれた。
裏切り者だって言うのは間違いじゃないのに。そんな私にカオルちゃんは。
「守ろうとしてくれるの……?」
もうカオルちゃんはこちらを向いてくれない。
それでも今にも破裂しそうな海豹の魔女を、全身で押さえ付けている。
そんなの普通の魔女の行動じゃない。
「カオルちゃん……ご、ごめんなさい……」
私は涙を流しながら、必死で走った。少しでも早く、この結界から脱出するために。
この僅かな時間を、死んでなお作ってくれた仲間の命を無駄にしないために。
「私……私は……どうじで……どうじで」
こんなにも卑怯者なの……?
涙と鼻水が止まらない。自分の中身が外に垂れ流されているみたいだ。
流れているのは“恥”。
自分の事しか考えられず、他人を信用もできなかった卑怯者の私の“恥”。
魔女の居る場所から離れた壁にソウルジェムに残っている僅かな魔力を使って、私は出口を作る。
最後に振り返った時に見えたのは海豹の魔女の漏れ出す魔力を抑え込む鋼鉄の魔女の姿だった。
誰よりもまっすぐで、率先して皆を庇って戦っていた『プレイアデスの盾』、牧カオルの姿がそれと重なる。
「……ッ」
後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、結界の外に出られた瞬間、背中の後ろでカッと光が爆ぜた。
後ろを見れば、そこには二つのグリーフシードが落ちている。一つは海豹の魔女のもの……そうして、もう一つは……。
「カ゛オルち゛ゃん……」
夜闇の下で、私はそのグリーフシードに縋りつき、嗚咽に震え、泣き喚いた。
生き延びてしまった幸運と、彼女が残してくれた友情に涙を流す以外、応える方法が見つからなかった。
~サキ視点~
やはりあきらの言葉に間違いはなかった。
ニコが怪しいというその判断、観察眼。何一つ曇りはない。
最初から、有無を言わさずにニコに攻撃したかったのが本音だが、カオルが愚かにも付き纏ってくるせいでタイミングを逃してしまった。
まったく、私を除いたプレイアデス聖団の魔法少女は誰も彼も節穴だらけで困る。
だが、無能なカオルにも目眩まし程度の効果があった事は幸いだった。危うく、ニコを取り逃してあいつらと同じ無能のレッテルを押されてしまう。
ニコが偽物かどうかなど些細な事だ。私にはかずみとあきらが居ればいい。
そう。三人居れば、そこがプレイアデス聖団だ。無能や裏切り者と肩を並べる集会などもう
前方を飛ぶ、海鳥の使い魔を電撃の魔法を飛ばし撃ち落とす。
それに掴まっていたニコもバランスを崩すものの、かずみのカプセルを持った状態でケーブルを近くの雑居ビルの壁面に取り付け、落下を防ぐ。
蜘蛛のような女だ……。罠を張り、獲物を待ち構えるその姑息さも奴にぴったり当てはまる。
「こっちにはかずみも居るのに、容赦ないね」
「問題ないさ。カプセル一つ、鞭を伸ばせば充分拾える。私の武器は伸縮性がウリなんだ。知らなかったのか? 何でも知ってそうな顔で案外無知なんだな」
「これはまた随分煽りが上手くなったね。男ができると女はこうも変わるのか……でも、その男がお前を裏切っていると知ったら、どうする?」
「はッ……戯言か。動揺を拾わないと、私には勝てないと踏んだか。訂正する。……やはり賢いな。実力差はちゃんと理解しているようだ」
「……舐めるなよ。プレイアデスのクソガキが」
その罵倒が口火となって、私とニコは自分の武器をぶつけ合う。
奇妙な
見た事のないタイプの武器だ。私の鞭と違い、ゴムのように伸縮する訳ではないが、ニコの意思で長さが伸びている。
攻撃性能は見て取れないが、あれを使い魔に差し込んで操っていた事から、里美も同じようにしてコントロールしていたのだろうか?
いや、あれはまるで里美の魔法そのものだった。ならば、こいつの固有魔法はコピーといったところか。
私が持つ雷の魔法は、微調整が必要な精密さが問われる魔法。一朝一夕で真似たとしても、その練度では私には敵わない。
「『イル・フラース』」
ケーブルと乗馬鞭の先を絡め合った状態で、私は電流を流し込む。
私の鞭はゴムのように伸縮性があるが、ゴムではない。魔力で作られた私の電流をこの世で最も流しやすく最適化された武器だ。
その伝導率は使い魔の残骸などとは比べものにはならない!
「くッ、この……馬鹿の一つ覚えみたいに電気を流しやがって……」
ニコの奴は痺れて、動きが鈍っている。ここが好機だ。
ソウルジェムを破壊し、完全に奴の息の根を止めてやる。
電撃で麻痺している隙に接近して、私はニコの背中に付いたソウルジェムに手を伸ばす。
この距離、この状況……私の勝ちだ!
「『トッコ・デル・マーレ』!」
勝利を確信し、私はそれをもぎ取った。腕に流した電流により筋肉を脈動させ、増強した握力で握り潰した。
しかし、次の瞬間。
「良い夢を見れたか? ……サキ」
ソウルジェムを破壊したというに……ニコは侮蔑に満ちた視線を這わせ、口元を弛めていた。
……馬鹿なッ! それでは、今潰したのは――!?
「それは
やられた……!
想像だにしないトラップに動揺して、私は愚かにも動きを止めてしまう。
それが、奴の狙った瞬間だというのに、生理的な反応が思考よりも早く肉体に伝達した。
ニコのケーブルの先に取り付けられた黒い小さなオブジェが、私のソウルジェムに届く……。
「終わりだ! お前は魔女になれ!!」
脳裏に駆け巡ったのは、プレイアデスの皆でも、ミチルでもなく――あきらの笑顔だった。
幻聴が消えて来る。彼の陽気で余裕に満ちた力強い軽口が。
『ザァンネェン!! そいつは無理な相談だぜ、ニコちゃーん!』
灰色の刃が、ソウルジェムに黒いそれが触れる前にケーブルを断ち切っていた。
この長剣……そして今聞こえた声の主は――。
憎々し気にニコがその名を呼ぶ。
「ッ!? やってくれるな、あきらぁ!」
私が最も信頼し、心を預ける騎士がそこには居た。
勇猛で、知性に優れた彼は超然とニコのケーブルを一太刀で斬り伏せると、私に言う。
『ご苦労だったな、サキちゃん。後は任せてくれや』
私の理想の騎士、一樹あきらは剣を構えて、労いの言葉を掛けてくれた。
同時にグリーフシードを一つ投げて寄こす。
『ソウルジェムも一応、綺麗にしといて。綺麗に見えても、
「あきら! ……分かった。ありがとう」
その頼り甲斐のある背中を見て、私は感謝の言葉を話すので精一杯だった。
颯爽と現れ、窮地を救い、その上万全なアフターケアまで施してくれる。
一体、どこまで格好いい
早速、彼の好意をありがたく受け取り、ソウルジェムにグリーフシードを押し当てた。
すると、穢れの予兆も見えなかったソウルジェムの表面は剥がれ落ち、驚くほど濁ったジェムが顔を出す。
あきらの言う通りだ。理由は分からないが、表面だけ加工されたように穢れが溜まっているのが目視できなかっただけで、実際には孵化しそうなくらい汚れていた。
だが、彼からプレゼントしてもらったグリーフシードがその穢れを一瞬で吸い取っていく。
それを確認して、あきらに報告すると彼は首を横にずらして頷いた。
『やっぱりな。それもあのニコちゃんが仕組んだ事だったんだ。土壇場で
あきらはそれだけ言うと、雑居ビルに張り付いたままのニコへと剣の先を突き付ける。
『さて、それじゃあ諸悪の根源を、正義の名の下に断ちますかねぇ』
形勢は完全に逆転した。
グリーフシードにより魔力を全回復した私。そして、無類の強さを誇るあきら。
私たちが揃えば、怖いものなど何もない。
全てを仕組んだニコを殺して、一連の事件に幕を閉じよう。
乗馬鞭に電気を走らせ、私もまたあきらと同じように戦闘態勢を整えた。
********
「クッソ。里美たちはどこへ行ったんだ?」
家の魔女を退け、攫われたかずみを探しに出た俺は彼女たちの行方を見失っていた。
魔女の結界での時間がどのくらい時を過ごしたのかは分からない。だが、外の暗さにはあまり変化ない事を見ると小一時間程度と言ったところか。
ともかく、一刻も早く、かずみを助け出さなければ。
だが、実際問題、魔法少女のソウルジェムの反応など、俺には感知できない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、最近はめっきり感じなくなっていたイーブルナッツの反応を捉えた。
酷く微弱で、気付き
俺はその反応を頼りに走り出す。
……近い。この様子だとそう遠くない距離に居る。
家の魔女の結界内で過ごしていたせいなのかは判断できないが、妙に身体に魔力が
九時間以上、熟睡した後の朝のようだ。常に圧し掛かっていた倦怠感が嘘のように消えている。
軽い足取りで難なく、現場へ急行する事ができた。
着いた場所ではカンナがサキ、そして灰色の騎士が剣を構えて、対峙している。
微弱なイーブルナッツの魔力反応はその騎士から発せられているものだった。
状況はお互いの表情や雰囲気から察するにカンナ側が劣勢、といったところか。
どちらに加勢すべきなのか、それとも横から漁夫の利を攫うべきなのだろうか……?
判断に苦しんでいると、カンナの持っている透明な筒状のものが目に入った。
人形のような大きさに縮んでいるが、そこに封入されているのは紛れもなくかずみだ!
あれは……本物のかずみだ。
俺には分かる。本当に……。本当に、彼女の姿を見るのは久しぶりだ……。
彼女の姿を確認した以上、俺のやるべき事は決まった。
即座に変身し、奴らの横合いからかずみを奪い取る。
それだけだ。
「……想変身」
イーブルナッツの魔力を解放し、人間態から魔物態へと肉体を変貌させた。
そして、銃身と化した両腕で然るべき時を見計らい奴らを一網打尽にする。そのはずだった。
視界の先で長剣の刃が月明かりに照らされ、鈍く光った。
凶刃はカンナへと振り下ろされようとしていた。
どのような理由があろうとやってはならない事を積み重ねてきた魔法少女へ、明確な死が迫ろうとしている。
……見過ごせばいい。
むしろ、好機と見るべきだ。彼女の魔法は攻撃性能こそ低いが、その特性は非常に応用が利く。
ここであの騎士に殺されてくれれば、それこそかずみを奪う機会が巡って来るというもの。
だが。
だが、何故だろう……。
俺の肉体は考える間もなく彼女を。
『無事か、カンナ……』
―—守るように刃へと弾丸を放っていた。
灰色の騎士は魔力弾を撃ち落とすために、攻撃を一時中断し、防御に専念する。
驚いた顔で俺を見つめるカンナの眼差しが向いた。
「お前、どうして……」
どうして、だと?
こちらが聞きたいくらいだ。
俺は何故、カンナを助けた。一度は倒すと決意したこの少女を一体何故……。
サキもまた同じように現れた
だが、そこで一人、否、一体、さして驚愕もせずにこちらを窺うものが居た。
灰色の騎士。顔も兜のような部品で覆われ、表情は確認できない。
しかし、俺はこいつを知っている。
この邪悪な目の光を覚えている。
そうか、お前だったのか……。
『お前……「ドラーゴ」、だな?』
『いいや、今は「アトラス」って名乗ってる。プレイアデス聖団を支える
白々しくもそう名乗ったその魔物の正体は……俺の宿敵。全ての元凶。邪悪の権化。
一樹あきらに他ならなかった。
前回と今回で活躍した海豹の魔女は、黒ゴマアザラシさんより頂いた魔女でした。
爆発した後は臭気を放つ設定でしたが、それを嗅ぐ者は既に消滅する結果と相成りました。
カオル編は本人は退場してしまいましたが、もう一話だけ続きます!
まあ、次編からオリジナル魔法少女を登場させる予定なので、ある程度期間が延びる方が良いのかもしれません。
活動報告欄にて、『プレイアデス聖団の被害者名簿』に連ねるオリジナル魔法少女を募集しております。
恐らく、5月上旬頃には締め切る予定なので、応募したい方はお早めにお願い致します。