魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

81 / 110
第二十九話 還らない日常

 ……何だろうか。とても大切な事を忘れている気がする。

 それが大切だったという事は思い出せるのだが、具体的に何を忘れているのかが思い出せない。

 喉の奥に魚の骨でも引っかかっている気分だ。

 確か、俺は……。

 

「ターイカっ」

 

 自室にて座って考え事をしていると後ろから、いきなり抱き付かれた。

 首に手まで回されている。この甘えた声の持ち主は。

 

「どうしたんだ、かずみ」

 

 俺の家族。妹分のかずみだ。

 いつになく、甘えた様子で後頭部に頬を擦り付けてくる。

 

「一緒に遊ぼう。どうせ、暇でしょ?」

 

「いや、暇では……あるな」

 

 思い出せない、考え事など恐らくそこまで重要ではないだろう。

 ならば、可愛い妹分の頼みを聞いて、共に遊んでやる方が有意義だ。

 とはいえ、我が家にゲーム機の類はない。ボードゲームも置いていない。

 

「よっし。何をする? そうだ、二人で外に出てどこかに……」

 

「外は嫌っ!」

 

 びっくりする程の強い語調と声量で、かずみは俺の発言を遮断した。

 空気が重くなり、俺は閉口してしまう。

 正直、かなり戸惑っていた。自分の台詞がどうして、彼女をそこまで怒らせたのか見当が付かないからだ。

 外出に対しての拒絶だけは激しいくらいに感じられる。

 

「……なら、家でトランプとかはどうだ?」

 

 そう言うと、かずみは先程の発言が嘘のように笑顔の花を咲かせた。

 

「トランプ! いいね! やろうよー!」

 

 喜ぶかずみを見て、安堵した俺は自分の机からトランプの箱を取り出す。

 中に入っているカードを抜き出しながら、彼女に尋ねた。

 

「何がやりたい? と言っても二人ではできるゲームは限られているが」

 

「うーん。じゃあ、……七並べ!」

 ババ抜きか、ポーカー辺りにしようと考えていたが、まさかの七並べ。

 あれは二人でやるにしても、結構な時間が掛かる遊びだ。

 だが、かずみの提案を無碍に断る程、俺は狭量な男ではない。

 

「そうか。ならジョーカーは入れて置くか」

 

 カードを混ぜて、自分とかずみに選り分けていく。

 そして、七のカードを四枚一列に並べる。二人では並べられるカードも多く、あっという間に全体の三分の一が埋められていった。

 やはり、ジョーカーは二枚も入れる必要はなかったかもしれない。

 こんなのんびりとした気持ちでいるのは一体いつ振りだろうか。

 最近は慌ただしくて、何もやる余裕がなかった。

 ……ん? 何、そこまで時間を割り裂いていたんだ、俺は……?

 やはり思い出せない。だが、勉学やスポーツではなく、もっと苦しくて、辛い毎日を送っていたような気がする。

 

「タイカ。ほら、タイカの手番だよ」

 

「あ、ああ」

 

 かずみに急かされ、俺はカードを並べた。

 置いたカードはスペードのA。これでスペードの頭は全て揃う。

 黒いスペード……この♠️のマーク、何かに似ている。何に似ているんだ?

 ずっと見てきたものに、そうだ、これはイーブルナ……。

 

「タイカ!」

 

 叱責するかのような語調でかずみが、俺の名前を呼ぶ。

 

「ど、どうした、かずみ?」

 

「私と遊ぶの、楽しくない? なんかずっと別の事考えてるみたいだよ」

 

 ムスッとした彼女に慌てて言い繕う。

 

「そんな事はない。とても楽しい、というか心穏やかになれている。どうしてこんな気持ちになるのか、分からないくらいにな」

 

 そう。とても楽しい。だからこそ困惑している。

 何故こんなにも平凡のはずの日常が愛おしいのか、判断が付かない。

 まるで、昔中学の社会科の授業で見せられた『戦場帰りの軍人たち』のようだった。

 あの映像は、戦場から日常に戻って来た軍人たちにインタビュー形式で対話するドキュメンタリー番組だった。

 映っていた誰も彼もが泣いていた。

 嬉しいと、喜ばしいと軍人たちが口々に言って、平穏な日常を謳歌しているシーンが延々と流れていた。今でも鮮明に記憶に残っている。

 戦場……? 戦い……?

 俺には無関係のはずのものだ。何故なら俺はただの高校生なのだから。

 

「それならいいんだけどね。あ、ハートの一列全部揃った! 私、あと四枚!」

 

「むむ! それはいかん。俺も出せる手を出しておかねば」

 

 そうして、俺とかずみは七並べで時間を潰した。

 にこやかに微笑む彼女を見て、俺は凄く幸せな感情が溢れてくる。

 その内、何を考えていたのかすっかり忘れ去ってしまった程に……。

 

 

 ********

 

 

 ふと二人で遊んでいると、現在の時刻が何時なのか気になってきた。

 部屋にある窓は固く雨戸が閉められ、外の景色は確認できない。時計を探すが奇妙な事にどこを探しても見当たらなかった。

 

「あれ? そう言えば、何で雨戸が閉まってるんだ?」

 

「……忘れたの、タイカ? あの雨戸、壊れててずっと開かなかったでしょ?」

 

 カードを切って配るかずみが怪訝そうな顔でそう言う。

 彼女にそう言われると、不思議とそうだったような気がしてくる。

 でも、何でだ? 何でこんなに俺の記憶はあやふやなんだ?

 

「あと、俺の部屋に時計……」

 

「ないよ」

 

「…………」

 

「タイカのお部屋に 時計なんて 最初から ない」

 

 俺の目を射抜くように見て、そう断言するかずみ。

 その気迫に気圧され、俺はひとまず納得をした。

 

「そ、そうか。そうだったな……うん」

 

 真顔で俺を見つめるかずみから、視線を逸らして肯定する。

 だが、はっきりと内心では疑問が渦巻いていた。

 おかしい。この家は、このかずみはどこかおかしい。

 どこが、と言われれば具体的な箇所を上げる事は難しいが、それでも違和感があった。

 しばし、お互いにトランプの手札を見ながら、沈黙している。

 ええい、ここで何と切り出せばいいんだ!?

 どう尋ねればいいのだろう。「お前、何かおかしくないか」なんて面と向かって聞ける質問ではない。

 しかし、この疑問を放置する訳にもいかない。

 思い切って、かずみに切り出した。

 

「なあ……かずみ。お前……」

 

「あ。タイカ。おばさんがそろそろ夕飯だって。トランプは一旦止めて、リビングの方に」

 

 手札をパッと手放して、彼女は俺の手を掴んで引っ張る。

 それは俺の質問を封殺するような不自然な挙動だった。

 だから、俺はその手を振り払い、かずみに向かって強い口調で言う事ができた。

 

「かずみ! 聞いてくれ!」

 

「…………」

 

「お前は本当に、俺の知るかずみなのか……?」

 

「…………」

 

「なあ、お前は……」

 

 続けようとした言葉はそこで途切れる。

 かずみは。目の前の少女は。

 俺を恨みがましい瞳で睨んでいた。

 

「どうして。どうして、そんな事を言うの?」

 

「それは……」

 

「この『家』は楽しくない? この『日常』は嬉しくない?」

 

「……楽しいさ。ここに居られて嬉しいとも思っている」

 

「だったら、いいじゃない。それで」

 

 彼女の言っている事は至極当然な主張に思えた。

 この日常を謳歌しているのなら、何を戸惑う必要があるのかと。現状に満足しているのなら、何を疑う意味があるのかと。

 そう言っているのだ。

 だが、違う。そこではないんだ。

 俺が拘っているのはその部分ではない。

 

「俺は、『かずみ』に幸せになって欲しいんだ。俺が楽しいか、嬉しいかなんて重要な事ではない。それが『赤司大火』のだった一つ残った願いだ」

 

 己の幸福は、俺が既に人間ではないと自覚した時に捨て去った。

 そうだった……今、完全に何もかも思い出した。

 俺が何者で、何を成そうとしていたのか。その全ての記憶が箱の蓋を開いたように蘇る。

 

「俺の居場所は……」

 

「駄目! それ以上は言っちゃ駄目ッ!」

 

「…………」

 

 制止を促す目の前の少女の泣き出しそうな顔を見て、俺は一旦口を閉ざした。

 しかし、もうこの場所に留まる気は当に失せている。居心地が悪いのではない。俺にはもう必要のない場所だからだ。

 彼女は俺に悲しい顔で尋ねる。

 

「……全部思い出したの?」

 

「ああ。全て思い出した」

 

「だったら、分かるはずだよ! あなたには何もない! 優しくしてくれる親も、大好きな人も、温かい温もりも、帰る場所もない! あるのは辛くて苦しい戦場だけだってッ!」

 

 彼女の言葉は正鵠(せいこく)を射ている。訂正の余地はない。

 その全てが紛れもない真実だ。

 

「ここなら全部ある! あなたが欲しいもの全部が! 何もかも取り戻せるの! なのに何で? 何で、あなたはそれを捨て去ろうとするの!?」

 

 何故、か……。そう尋ねられると答えるのは容易ではない。

 だが、答えねばならない。答えてやらねば、それこそ茶番だ。

 俺は静かに彼女の悲痛な問いへの回答を口にした。

 

「お前の言う通り、俺には何もない。この街に……いや、この世界に俺の居場所はもうどこにもない」

 

「だったら、ずっとここに居たらいいじゃない。ここなら、あなたを……」

 

「でもな、それでいいって思えたんだ」

 

「……どうして」

 

「俺を救ってくれた魔法少女が居た。そいつは復讐に囚われながら、それでも自分にとって何が正しいのかを見つけ出した。そいつが俺に言ってくれたんだ。俺はヒーローなんだって」

 

 力をくれた正義の魔法少女を思い出す。

 名前はあいり。

 彼女は俺にその魔法と、前に進む勇気をくれた。

 

「俺と共に戦ってくれた魔法少女が居た。そいつは後悔に取り憑かれながら、それでも俺の手を取って同じ道を歩もうとしてくれた。そいつが俺に教えてくれた。誰かを信じる事を」

 

 勇気をくれた覚悟の魔法少女を思い出す。

 名前はニコ。

 彼女は俺に己の正体と、行動に付随する責任が伴う事を思い出させてくれた。

 

「二人とも既にこの世には居ない。だけどな、二人の魔法少女が俺に教えてくれたものは、まだ残っている。彼女たちがくれたものは俺の中にちゃんとあるんだ。……だから、俺は」

 

 万感の想いを籠めて、台詞を紡いだ。

 

「俺は何一つ、失ってなんかいない」

 

 俺は確かに『赤司大火』の記憶を継承しただけのイーブルナッツ。

 ――偽物だ。

 だが、彼女たちから受け継いだものは『俺』だけの……——本物なのだ。

 かずみの顔をした少女は、それを聞いて、諦めたように肩を落とした。

 

「そっか……じゃあ、仕方ないね。もうあなたをここに閉じ込めておく事はできそうにないよ……」

 

 一度俯いた彼女は、もう再度顔を上げる。

 そこにはかずみの顔はなく、ぼんやりとした影だけが顔面を覆っていた。

 これが彼女の、魔女としての姿なのだろう。

 俺の前でかずみの振りをするのは止めたようだ。

 

「一つ、聞きたい。どうして、俺を襲わなかった? この結界で何もかも忘れ去っていた俺なら、いつでも倒せたはずだ」

 

『……最初はそう考えていたよ。でも、できなかった。ここに居るあなたがとても幸せそうだったから』

 

 目も口もない人型の影。それでも俺は彼女が愁いを帯びた顔で微笑んでいるように思えた。

 この幻想の家を作り出した魔女……『家の魔女』は更に言葉を続ける。

 

『私も同じだった。魔女になる前の、魔法少女だった私も強く日常を望んでいた事を覚えている。名前もどんな顔をしていたかも思い出せないけど、それだけは心に刻まれているの……』

 

「そうか……。最後に言い残す言葉はあるか?」

 

 幾多の魔物や魔法少女と対峙してきた俺には、目の前の魔女が酷く虚弱な事が肌で感じ取れた。

 恐らくは、完全な変身するまでもなく、腕だけの変化でも容易に撃破する事ができるだろう。

 だから、最後にこの優しい魔女に言葉を残す機会を与えた。

 これはきっと戦いにはならない。ただの一方的な殺戮になる。

 家の魔女は少し、考えたように黙った後、俺に言った。

 

『言い残す事……。お願いがあるって言ったら聞いてくれる?』

 

「何だ?」

 

『魔法少女だった時の事はほとんど覚えていないけど、それでも残った記憶は断片的に残ってる。私はこのあすなろ市を訪れて、そこでプレイアデス聖団の魔法少女たちによってソウルジェムを奪われた』

 

「つまり、望みは……プレイアデス聖団の魔法少女への報復か?」

 

 悪いがそれはできない、と答えようとしたが、彼女は首を真横に振った。

 

『ううん、違うよ。……ソウルジェムが取り上げられる寸前に私は聞いたの。「魔法少女はアンジェリカベアーズのレイトウコに入れる」って彼女たちは話してた事を』

 

 アンジェリカベアーズ……? レイトウコ……?

 どちらも初めて聞く名称だ。プレイアデス聖団のアジトか、どこかの事だろうか。

 思考を巡らせる俺を余所に家の魔女は話し続ける。

 

『きっと、私と同じような魔法少女がそこに入れられているんだと思う。ソウルジェムと一緒に。だから、あなたにはその子たちを助けてあげてほしいの』

 

「だが、お前はもう……」

 

 魔女なった魔法少女を元に戻す手立てはない。

 それは誰もが知る。不可逆の法則だ。

 

『……分かってる。魔女になった私には居場所はない。でも、その子たちはまだ、帰る場所が……日常が残っているはずだから』

 

「承った……必ず、その囚われた魔法少女たちは救い出そう」

 

『ありがとう。私の最期を看取ってくれるのが、あなたみたいな暖かな焚き火のような人でよかった。……ああ、そうだ。言い残したい言葉が一つだけあった』

 

 魔女に成り果て、帰る家を失った哀れな少女は最期に俺に言葉を一つ手渡した。

 

『——いってらっしゃい、タイカ』

 

 自分が消える最期まで、他者を思い、幸福を願った魔女は……。

 

「ああ、行って来る……」

 

 俺の右腕から生えた銃身の、魔力の弾丸によって、その命を散らした。

 『家』が消えていく。主をその『家』が、心無い居候の凶弾のせいで粉々に砕け散る。

 音もなく、地面に落ちたその黒い嘆きの種(グリーフシード)は、日常を切に願った少女の亡骸だった。

 それをそっと掴み上げて、懐に入れる。

 また一つ託されたものを胸に、俺は己の戦場へと足を向けた。

 




今回登場した魔女、『家の魔女』は猿山ポプラさんから頂いたものです。
喋る魔女というかなりのイレギュラーな存在として書いてみました。
一応、バトル展開も少し考えていたのですが、追加で頂いた情報を加味した結果、この魔女には戦いは似合わないと判断し、完全に会話劇をメインに据えてみました。

次回は最後の結界、『海豹の魔女』の手番です。
ようやく、魔法少女オンリーの戦いとなります。メインタイトルに居るの原作主人公はピーチ姫状態ですが……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。