魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第二十八話 罪深い者たちの行方

~あやせ視点~

 

 

 重い……。重すぎる……。

 頭の上から圧し掛かる重さで、身体が沈み込む。

 全身の骨という骨が軋み、悲鳴を上げる。

 

「ごほッ……がッ……」

 

 内臓が潰れ、血反吐が零れた。

 鼻腔も口内も血の味で一杯になった。

 私を乗せる秤がまた一段、下へ傾く。

 

「があぁ……ぐぎぃッ……」

 

 重さが増す。

 重いから傾くんじゃない。真逆……。

 天秤の片割れが傾いたから、私にかかる「重さ」が増した。

 見えない力。重力が私の身体を押し潰そうと、降り注ぐ。

 でも、それだけじゃない。私を苛む苦痛は……。

 秤の上に居る真っ黒い使い魔。それらが棒で、石で、身動きの取れない私を執拗に殴り付けてくる。

 普段なら何て事ないダメージなのに、今の私にはそれを防ぐ事が精いっぱいだ。

 

「雑魚使い魔の……分際で……」

 

 ここは、魔女の結界内。そして、この天秤とその真上に浮いている大きな水晶玉がこの結界を統べる魔女……。

 思うように動かない手足をそれでも振るって、使い魔を攻撃するが剣(さば)きにいつものようなキレがない。

 その間、大きな水晶玉は鬱陶しくも、私に一つの映像を見せ続けた。

 私の記憶……。私の思い出……。

 あれは……そう、私が初めてジェム摘み(ピックジェム)をした時の記憶だ。

 

 初めて、魔法少女(同類)を狩った時の思い出。

 ルカと一緒に二つの魔法を組み合わせて、何度目かの魔女退治を終わらせた直後の事。

 後からノコノコやって来た魔法少女がここは自分の縄張りだと主張して、グリーフシードを渡すように文句を言ってきた。

 私たちは当然のようにその子を叩きのめした。生意気なだけで実力は大した事ない典型的な口だけの魔法少女だった。

 でも、たった一点だけ、その魔法少女が私たちに勝っている部分があった。

 それは、ソウルジェムの美しさ。

 自分とルカ以外のソウルジェムをまじまじと眺めたのはその時が初めてだった。

 澄み切った、向こうまで透けて見えるような美しい宝石。

 綺麗……素直にそう思った。

 だけど、次に私の心に込み上げてきた感情は、激しい嫉妬だった。

 『なんで、こんな弱い子の宝石(ジェム)が私たちの宝石(ジェム)より綺麗なの?』

 そう、思った。

 だから、奪った。摘み取った。

 こんな美しいものは、強い私たちにこそ、相応しい。

 『返して』と泣き叫ぶその魔法少女を無視して、私たちはソウルジェムを自分の物にした。

 追いかけてきたその子は、私たちが少しだけ引き離すと、糸が切れた人形のようにガクッと倒れ込んだ。

 最初は、私たちの気を引きたいのかと思った。でも、違った。

 自動車が近くに来ても、その魔法少女は地面に横になったままだった。

 自動車が上を通っても(・・・・・・・・・・)、その魔法少女は地面に横になったままだった。

 騒ぎが起きても、救急車がサイレンを鳴らして駆け付けても、その子はずっと動かなかった。

 私たちは、いや、私はそれを青ざめた顔で眺めている事しかできなかった。

 いつの間にか、傍に来ていたキュゥべえがこう言った。

 

『今のはまずかったよ、あやせ。君ら魔法少女は肉体から一定距離、ソウルジェムが離れると生命を維持する事ができなくなるんだ』

 

 語られたのは、魔法少女の身体の秘密。

 ソウルジェムは、私たち魔法少女の魂そのものだという真実。

 何だ、そうだったの……。

 私が羨んだのは宝石じゃなかった。私が妬んだのはきっと。

 その魂、その心。

 名前も知らないその魔法少女は純粋な心を持っていたのだと思う。

 少なくとも、残酷な魔法少女の真実を知っても、少女の命を奪ってしまったと理解しても、ジェムがまったく濁らない私やルカの心よりはずっと純粋で綺麗だったはずだ。

 その日から、私たちはジェム摘み(ピックジェム)を目的とした魔法少女狩りを行うようになっていった。

 自分よりも綺麗な心を一つ残らず、摘み取る。

 そうすれば、ソウルジェムはただの宝石(ジェム)。ただの綺麗な宝飾品(アクセサリー)

 そうすれば、この世で綺麗なソウルジェムの持ち主は、私とルカの二つになる。

 そうすれば、綺麗な心なのは、私たち二人だけ。

 そうすれば、……自分の心の醜さを忘れる事ができる。

 

『あはははははは。私に摘まれてよ。その宝石は私にこそ、相応しいんだから』

 

 水晶玉に映る私は、そうしてソウルジェムを目当てに魔法少女を殺していった。

 嫉妬を欺瞞で塗り固めて、剣を振るった。私は私の本心を誤魔化して、炎を燃やした。

 もう片方の秤から拷問官の使い魔が更に投入され、私の乗った秤がまた下に傾く。

 纏わり付く重力が増して、身体を激しく苛めた。

 

「あッぐ……ぅがぁッ……」

 

 筋肉が裂ける。骨が砕ける。息も絶え絶え。

 身体の内側から締め付けるように破壊されていく。まともに立っているのも難しい。

 辛うじて、使い魔に抗っていた力さえも失い、握っていた剣を落とした。

 

『あやせっ! 今、私が代わりますから、少し待っていてください』

 

 駄目だよ、ルカ……。痛みをあなたに肩代わりさせるだけで、この状況は変えられない。

 二人とも魔力を無駄に消耗させるだけなら、私のままでいい。

 それに、これは私が招いた結果だから……。

 

『あやせ……』

 

 ルカの心配そうな声が頭の中で響く。

 安心してなんて、この現状じゃあ口が裂けても言えそうにない。

 こんな事になるなら、あの馬鹿犬を連れて来ればよかった。

 ……ああ、でも、あいつの顔が見たくなかったから、外に出て来たんだった。

 無表情で何考えてるかも分からない癖に、ズケズケと他人の内心を言い当てるあいつ。

 何でも二つ返事で引き受けるのに、変なところで強情で譲らないおかしな奴。

 スキくない。スキくない。全然スキくない。

 ……なのに。

 それなのに、死にそうな今、頭に浮かぶのは何であいつの顔なの……?

 

『あやせ……それはきっと彼が、あなたの心に踏み入ってきた初めての他者だからです』

 

 何それ、ムカつく。

 でも、ルカの言葉を否定できない私が居た。

 それもそっか。私もルカも、元を正せば一人の人間。

 魔法少女になる前は、私の人格の一つに過ぎないんだから。

 結局、私は独りぼっちだ。……ああ、そういえば、私が魔法少女になる時にキュゥべえに頼んだ願いは……。

 『独りぼっちになりたくない』だったっけ。ルカが生まれたのもその時だ。

 キュゥべえの奴、全然願い叶えてくれてないじゃない。

 苦笑いが込み上げた時、数十体の拷問官の使い魔が私を取り囲んで、一斉に殴り付けてきた。

 

「うッ……! あぅッ……!」

 

 これが罰? 私がこれまでに犯してきた罪に対する罰だって言うの?

 天秤の魔女は何も答えない。ただ、その上部で光る水晶玉で私の過去を映すだけ。

 

『あやせ!? あやせ!!』

 

 意識が飛びそうになる度、拷問官の使い魔の打撃が痛みを与えて、正気に返す。

 気絶する事さえ許さない徹底的な私刑(リンチ)の嵐。

 頭の中で直接響いているルカの声すら遠くに聞こえる。

 私が死んだらこの裁きは終わるかな……? ルカだけは許してあげてほしいな。

 あの子は、私に付き合っただけ。私が無理やり共犯者にしただけだから。

 天秤の魔女に私は嘆願する。

 

「ルカ、だけは……許して、ね……私は……殺して、も……いい、からさ……」

 

 使い魔からの私刑は止まない。のし掛かる重力も衰える様子がない。

 私の身体に付いたソウルジェムが軋んでいる。今にも砕けてしまいそうに、振動していた。

 終わるのかな、私……。死ぬ、のかな。痛いよ、苦しいよ……。

 とっても怖いよ……。

 

「……アレ、クセイ……」

 

 最期に私は、ルカ以外で初めて心を許した奴の名前を呼んだ。

 返ってくる訳もないのに、思わずその名前を口にしてしまう。

 自分の事なのに、それが酷くおかしかった。

 だから。

 

 

 

 

 

 

「呼んだ? あやせ」

 

 当たり前のように返事がした事に、私は戸惑った。

 裁判所の法廷のような結界内で、銀髪碧眼の少年が傍聴席の通路を通って歩いて来る。

 何事もないように、日常にいる時と同じくらい平然と、私に近付いて来ていた。

 私を囲んでいた使い魔がざわつき始める。侵入してきた異物に対してどう反応すべきか混乱しているように見えた。

 銀狼に変身して、自分から秤の上に飛び乗ると、拷問官の使い魔を爪と牙を使って薙ぎ倒す。

 そして、アレクセイは今にも倒れ込みそうな私に尋ねた。

 

『それで、僕は何をすればいいの?』

 

 身体中のパーツが悲鳴を上げるような重力を、物ともせずにそう言った。

 透過の能力は使っていない。もしも使っているなら、そもそも秤の上に立っている事はできない。

 効いてないんじゃなく、耐えているだけ。

 魔法少女が耐え切れない重さを、当たり前のように耐えている。

 本当に、こいつは……。

 無遠慮に私の心を掻き乱してくる。

 私は少しだけ考えてから、アレクセイに命令を投げた。

 

「私を……向こうの秤、に投げて……」

 

『分かった』

 

 相変わらずの二つ返事でアレクセイは私のドレスの裾を大きな顎で咥えると、頭を振るってもう一つの秤へと投げ飛ばす。

 容赦もなく、宙に上げられた私はそこでもう一人の私にバトンタッチする。

 ルカ、後は……。

 

『ええ。任せてください、あやせ。この魔女の手口には、私の堪忍袋の緒も限界ですので』

 

 ありがとう。少しだけ、私は眠るけど、いい?

 

『存分に眠っていてください。目覚めた時にはこの天秤の魔女はグリーフシードになっている事でしょう』

 

 いつになく、激しい怒りを抑えた声でルカはそう答えた。

 私は安心して空中で意識のブレーカーを落とした。

 

 

〜ルカ視点〜

 

 

 不甲斐ない。本当に私は不甲斐ない。

 あやせを守ると誓ったのにこの体たらく……我ながら、恥ずかしく思う。

 空中で肉体の主導権を譲り受けた私は、魔法少女に変身する。

 秤の上に着地すると、その場で一振りのサーベルを作り出した。見渡せば、こちらの秤の上にも先程見たものと同じ使い魔が数体点在している様子。

 ……これは重畳(ちょうじょう)。八つ当たりの相手を引き受けてくださるとは、何とも気前の良い使い魔たちですね……。

 

「——『カーゾ・フレッド』」

 

 サーベルを指揮棒のように振るって、秤の上に氷の魔法を振り撒いていく。

 腕や脚、末端から凍り付き、拷問官の使い魔たちは、一様にしてその動きを封じられた。

 ……この程度では終わらせませんよ?

 

「あやせが身動きも取れない中で受けた苦痛と屈辱。その身を以って味わいなさい!」

 

 そして、氷漬けになった使い魔を……。

 ――斬る。

 ――斬る。

 ――斬り刻む!

 凍って脆くなった部位に、サーベルの斬撃をこれでもかと浴びせ回る。

 斬られた使い魔はその肉片ごと砕け散り、秤の上から転がり落ちていった。

 

「手出しできない状況で訪れる痛みと恐怖。それがどのようなものか教えて差し上げましょう!」

 

 粗方の使い魔を片付けると、私は二つの事柄に気が付いた。

 一つは、こちら側の秤の上はまったくと言っていい程に「重み」を感じない事。

 むしろ、普段よりも重力が弱まったとさえ感じられる。

 二つ目は、天秤の中央に浮いている水晶玉に映し出されている映像について。

 映っているのはあやせや私の姿ではなく、今より少し年若いアレクセイだった。

 彼と共に居るのは、まだ小学生くらいの灰色のセンター分け少年。その子については何も知らなかったが、ふと初めて会った時に通話していた従弟ではないかと、そう直感で思った。

 季節は彼らの来ている服が半袖だから恐らく夏だろう。空は暗く、夜に差し掛かっている。

 アレクセイと従弟らしき少年と他愛もない会話をしながら人気のない夜道を歩いていた。話の内容から夏祭りの後らしいという事が察せられる。

 すると、背後から何者かが近付いてきた。

 足音を消して、接近する様子は、忍び寄っていたと表現した方が正しいだろう。

 背後から忍び寄った人物は大柄の男性で、見るからに様子がおかしかった。

 目の焦点が合っていない。言動も支離滅裂で明らかに正気を失っている。極度の酩酊状態あるいは麻薬による狂乱に陥っていた。

 男は従弟に掴み掛かると、怒鳴るように叫びながら彼を近くの草むらに連れ込んだ。

 怯える従弟の少年に男はポケットから取り出したバタフライナイフを突き付け、傍から聞いても訳の分からない事を(のたま)っている。

 アレクセイはそれを止めようと手を伸ばすが、代わりに切り付けられて、肩から血を流して地面に倒れ込んだ。

 それを見て、絶叫する従弟の少年。興奮して吠える男。

 血の付いたナイフを舐めた男は、今度はその切っ先を従弟の少年へ向ける。

 逃げようにも、手首を掴まれたままの従弟の少年にはどうする事もできなかった。

 肩から流れる血を押さえ、仰向けに倒れたアレクセイは従弟の少年の言葉を聞いた。

 

『助けて、お従兄(にい)ちゃん!』

 

 そこでアレクセイは、地面に落ちているブロック塀の破片を見つける。

 立ち上がった彼はそれを両手で持ち上げて、従弟にナイフの刃を突き刺そうとしている男の後頭部を力の限り叩き付けた。

 出血した頭を押さえて、血走った目でアレクセイを睨む男。

 そして、その顔面に再度ブロック塀の破片……彼が持つ唯一の武器を叩き付ける。

 何度も何度も叩き付けた。

 真っ赤な血が飛び散り、男の歯が折れてもなお、アレクセイはブロック塀の破片で殴り付ける。

 彼の手の皮が破け、血が滲もうとも彼は男への攻撃を弛めはしなかった。

 アレクセイの手が止まったのは、完全に相手が沈黙し、その手からナイフが零れ落ちた時だった。

 顔面は陥没し、肉体からは力が抜けている。誰が見てもこう思うだろう。

 死んでいる、と。

 息を整えて、血塗れのブロック塀の破片を投げ捨てると、彼は従弟の少年の元に近寄った。

 

『大丈夫? もう、こっちは終わったよ』

 

 平然とさも当たり前のように年若いアレクセイはそう言い放った。

 正当防衛とはいえ、人を撲殺した後の少年から出るには異常過ぎる発言。

 幼い少年が口にしたのは当然、感謝でも安堵でもなく、恐怖による絶叫だった。

 アレクセイはそんな従弟の少年を慰める訳でもなく、誤魔化し宥める訳でもなく、ただ近くで静かに見守っていた。

 映像はそこでピタリと止まる。

 これがアレクセイの過去。人を殺した罪の記憶。

 罪……?

 まさか、彼もあやせと同じ目に!?

 私はもう片方の秤の上に居るアレクセイへと目を向ける。

 銀色の狼になった彼は、先ほどあやせが味わっていた重力と使い魔の私刑の責め苦を享受していた。

 美しい銀細工のような毛皮から血が滲み出し、サファイアのようなその碧い瞳は片方潰されている。

 

「アレクセイ!? 何をやっているのですか? そんな攻撃、透過してしまえば……」

 

『……僕がそれを使ったら、多分そっちに重みと使い魔が行くよ』

 

「……それは」

 

『この天秤、見た感じだと、過去の映像を見せられている奴の秤が傾くみたい。そっちの秤が上がっているって事僕の想像と合ってるんじゃない? だから……』

 

「片方が重みを味わい続ければ、片方は頂点に……あの水晶玉に近付ける、と」

 

 こくりと、アレクセイは頷く。

 彼は本当に周囲に関心がないようで、誰よりも周囲の状況を観察している。

 そして何より義理堅い。求めた相手を最後まで求めたものを差し出してくる。

 どれだけ自分が傷付くかも厭わない。

 機械のような利他の権化。それが中沢アレクセイという少年の在り様。

 ならば心配など侮辱。私は私の役割をこなすだけ。

 残った使い魔を、秤から湧き出してくる使い魔を、冷気とと共に葬り去るのみ。

 

「今宵の双樹ルカはいつもよりも冷酷ですよ……『カーゾ・フレッド』」

 

 氷結の魔法をサーベルに纏わせ、凍らせながら使い魔たちを斬り伏せる。

 アレクセイは、魔物としての能力は強力な代わりにその頑強さは極めて低い。透過能力がある以上、素の耐久力などなくても問題ないはずだった。

 でも、今は違う。

 その身に受ける攻撃を真っ向から受け止めなくてはならない。

 だから、早めに終わらせなければ……彼の命に係わる。

 秤がまた動き出し、私を持ち上げる。同時にそれはアレクセイの居る秤が下に落ちる事を意味した。

 この秤は下に下がれば下がるほど掛かる重力が増す性質を備えている。

 今、アレクセイが味わっている重みはあやせが感じていたものよりも強まっているだろう。

 でも、彼のおかげで頂点。即ち、水晶玉がある高さまで浮上しつつある。

 先ほどまでの上昇率を考えれば、あと二回ほど上がれば、水晶玉の位置に手が届く。

 拷問官の使い魔を蹴散らしながら、下の秤に目をやった。

 

「……ッ! アレクセイ!」

 

 そこで目撃したのは、あやせ以上の責め苦を味わっていた銀色の狼から、イーブルナッツが排出されたところだった。

 魔物の肉体で受け止めきれる負荷を超えたのだろう。

 ここは私が一度下の秤に戻って、彼を助けに行かなくては!

 私がそう決意した時、人間の姿に戻った彼の視線がこちらに向けられた。

 使い魔の棒や石での殴打を受けながら、アレクセイは静かに首を横に振る。

 彼は、来るなとそう示しているのだ。

 

「あなたという人は、どこまでッ!」

 

 ガクンとまた秤が上昇する。

 あと一息。あと一回。それだけ、頂点に到達するというのに……。

 もどかしさを噛みしめながら、私は着々と湧き出す使い魔を一掃していく。

 秤の中心から湧いてくる使い魔の量よりも、蹴散らした使い魔の量の方が多くなっていった。

 そして、ようやく。

 

「これが最後の一体——!」

 

 拷問官の使い魔を斬り倒すと、私を乗せた秤は頂点に達する。

 躊躇なく、秤の上から跳んだ。重力が少なくなっていたせいか、私の身体は弾丸のような速度で天秤の中央にまで到達した。

 そこに浮かぶ巨大な水晶玉に最大級の氷結の魔法と斬撃をお見舞いする。

 

「これがあやせとアレクセイの受けた痛みへのお返しです! 『カーゾ・フレッド』!」

 

 球体を氷で覆い、そこに跳ね飛んだ勢いを付け、上から真っ二つに叩き割った。

 氷に覆われた二つの破片が更に(ひび)割れて、千々に霧散する。

 ――……天秤の魔女、破れたり。

 魔女の法廷はその主を失った瞬間に、同じく砕け、周囲の光景は街の夜空へと戻っていく。

 それを確かに認めた後、急いでアレクセイの姿を探した。

 居た。あそこだ……。

 見つけた彼は想像していたよりも血塗れで、うつ伏せに力なく地面に横たわっている。

 

「アレクセイ! 大丈……ッ」

 

 起こした彼の顔は陥没し、まるで彼がかつて手に掛けた男と同じようになっていた。

 口元に手を置いても呼吸をしている様子もない。

 私は天秤の魔女のその劣悪な厳格さに激しい怒りと、アレクセイを失う恐怖がない交ぜになって、言葉を失う。

 血塗れでボロ切れ同然になった衣服を脱がし、彼の心臓へと耳を付けた。

 目を瞑り集中する。

 とてもゆっくりで耳を澄ませなければ、聞こえないほどの微弱な鼓動が……。

 

「聞こえる……まだ、聞こえてきます!」

 

 心臓は僅かだか動いている。まだ、まだ彼は死んではいない!

 すぐに彼の近くに落ちていたイーブルナッツを再装填する。

 魔力による治癒が、これで少しは起きるはずだった。

 

「何故!?」

 

 それでも彼の傷は塞がらない。魔力が足りないのか? それとも彼の意識が戻らないからなのか?

 分からない。分かるのは、今すぐどうにか治癒しなければアレクセイが死んでしまうという事だけだ。

 魔力。余分な魔力……そういえば、イーブルナッツは他にもあと二個ほど残りがあった。

 あれは、確か家に、アレクセイの家に摘み取ったジェムと一緒に置いて来てしまっている。

 ここから家に戻っているほど悠長にしている暇はない。

 ジェム……? ソウルジェム!?

 自分の白いソウルジェムを見つめる。これこそ、魔力の塊。

 私はそこでキュゥべえと契約した時に願った事を思い出す。

 『あやせの力になり、あやせを護る』。

 そうして、私はあやせの人格から魔法少女へと相成った。

 

「アレクセイ……私の代わりに私の願いを叶えてください。あやせにはきっと、私よりもあなたが必要だから」

 

 原形すら留めていない彼の唇にそっと、自分の唇を押し当てる。

 ファーストキッスはお先に頂きましたよ、あやせ……。

 そう言えば、ロシア語で狼の事は「ルカ」と呼ぶそうだ。そういう意味でもぴったりだ。

 最後にほんの少しの我がままを添えて、ソウルジェムをアレクセイの顔の上で、握り潰す。

 罅が入って宝石が砕ける瞬間、私の意識もまた粉々になり、目の前が真っ暗になっていく。

 薄れていく視界の中で見えたものは、ソウルジェムから流れる魔力の粒を吸い込む愛しい(ひと)の寝顔だった。

 ……頼みましたよ。私の(ルカ)




という訳で、第二の戦場は天秤の魔女の結界でした。
わりと構想段階では決まっていたのですが、エンジンが掛かるまで少し時間が必要でした。
改めてご紹介。
今回登場した天秤の魔女はマブルスさんより頂いた魔女でした。
設定上はかなりの凶悪な強さだったので、一番最初はあきら君に突破させようと思いましたが、あやせ組を掘り下げるチャンスだったのでこうなりました。

何というか敵側で出てきた魔法少女組の方が優遇されている感じがします。
次回の戦場は家の魔女の結界です。
ようやく、主人公の出番。メンタルが戻る度に粉砕される彼はどうなるのか!?
ご期待ください。

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