魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
第七話 欲望渦巻く箱庭
中学校!
そこは少年少女を閉じ込める狭き檻。
中学校!
そこは大人たちに役に立たない知識を教え込まれる洗脳空間。
中学校!
そこは子供たちから純粋な心を取り上げる横暴な世界。
そう、まさに中学校とは小学校から出てきたばかりの子供をに理不尽を流し込む邪悪な場所なのである。
とまあ、そんな感じに憤りながら、俺はここ、市立南あすなろ中学校へ転校して来た訳だ。
理由は二つ。
一つは義務教育は一応しておかないとまずいから。二つ目は素質のありそうな奴を見つけて仲間に引き込むためだ。
中学校という抑圧された空間なら大きな『
教室のデザインは斬新極まるもので、何と教室の壁がガラス張りになっている。生徒は動物園の動物と同じなので見世物にしようという校長の教育理念が伝わってくる。……いつか殺そう。
現在、教室の外で男性の担任教師が中に入ってきてくれと言うまで待たされている訳だ。
教室内で他人の佐々岡先生がホームルームを始めた。
「今日は皆に大事な話がある。心して聞くように」
転校生である俺についてのことだろう。そう思った数秒後佐々岡先生の口から出たのは以下のことだった。
「男子! シュークリームを皿に出さないような女性とは付き合うんじゃないぞ! そして女子! 銀紙があるから手づかみでいいなんて女性になるんじゃない! ……先生が言いたいのはそれだけだ……うう……」
意味不明の助言をし始め、終いには
どうやら、女に振られたことを嘆いているらしい。一瞬、中に入ってぶん殴ってやろうかと本気で思った。
仕事を優先しろや、社会人。
「そりゃそうと転校生を紹介しますね」
「そっちが後回しかよ!」
「じゃあ、一樹君。入ってくれ」
そうかと思えば突如、けろりと復活し、転校生の話をする。クラスの中の誰かがそれに鋭く突っ込みを入れた。
俺はそのやり取りを聞いて、手前のドアを開き、教室内へと入って行く。
表情を消して静謐な雰囲気を身に纏わせた俺は教壇の隣に立ち、冷淡な目で生徒を眺める。
その中で見知った顔を二つ見つけた。海香ちゃんとカオルちゃんだ。
「え……?」
「嘘……まさか」
教室に来る前に職員室で佐々岡の机にあったクラス名簿から名前を見つけていたので、俺の方はまったく動じなかったが、向こうの方は驚いたようで二人とも目を丸くしていた。
「はい、それじゃあ自己紹介いってみようか」
「一樹あきらです。よろしくお願いします」
クールに挨拶を決めた後、カオルちゃんと海香ちゃんたちと視線を合わせて無言でいると、佐々岡が困惑したように俺を見つめている。扱いづらい無口な生徒と誤解したようでホワイトボードに『一樹あき』まで書いて止まっていた。いい気味だ、訳の分からない話で出鼻を挫いた罰だ。
「えぇと……一樹君?」
俺は佐々岡からホワイトボード用のペンを奪って、『ら』の文字をきゅっと書き足した。
それから佐々岡がおずおずと指定した席へと黙って座った。二人も含めたクラスメイトは俺の冷めた対応に釘付けになっていた。
これでクラスメイトの印象は冷めた人間という印象を与えることができた。下手に明るくいくと周りに纏わり付かれて身動きが取りづらくなるので、こうやって近寄りがたい第一印象を取ることでそれを防ぐ。
完璧だ。これで俺は無愛想な転校生として認識されたはずだ。
*
ホームルームが終わると、俺の予想に反し、クラスメイトが俺の席に蟻のように群がって来た。
寄って来たのは女子ばかりだった。盲点だったと言える。俺は、俺が美形であることにもうちょっと計算に入れておくべきだった。
この街で会った女の子はわりと淡白な子ばかりだったのですっかり自分が持てることを忘れていた。
「一樹君って、前はどこの学校だったの?」
名前も知らない女子Aが俺に話しかけてくる。地味な顔立ちの女の子だ。特筆する部分がまるでない。
しかし、俺はそんな女の子の質問にもちゃんと答える。我ながらいい奴だ。
「東京の、ミッション系の学校だよ」
その学校のせいで宗教の知識が同い年の奴らよりも豊富だ。聖書の一説を
さらりと答えると、矢継ぎ早に次の質問が飛んできた。
「前は、部活とかやってた? 運動系? 文化系?」
「サッカーを少々。あとは軽音楽」
感心したような声と黄色い歓声が沸いた。サッカーとか軽音楽は部活として、なかなか女受けする部類だ。俺としては何であんなものに打ち込めるのかさっぱり理解できないが。
「すっごいきれいな髪だよね。シャンプーは何使ってるの?」
「源氏堂の『リゲル』」
一樹財閥の系列会社の源氏堂の売れ筋商品だ。ママが愛用していたシャンプーなので、必然的に俺もよく使うことになり、慣れ親しんでいる。
他にも二三個つまらない質問に答えると俺も嫌気が差してきて、中断させてもらった。
「ごめん。何だか緊張しすぎたみたいで、ちょっと、気分が。保健室に行かせて貰えるか?」
無表情のままで少し頭を押さえて、具合が悪そうな真似をする。
何の面白みのもない質問の応酬で本気でユーモア欠乏症に
「え?あ、じゃあたしが案内してあげる」
来んなや。
「あたしも行く行く」
お前も来んなや。
ユニークさ皆無の平凡な女子連中に引っ付かれそうになり、ゆっくりと俺はフラストレーションを溜めていく。
「いや、おかまいなく。係の人にお願いするから」
当然、係の人など知らないので海香ちゃん辺りに助けてもらおうとしたところ、無駄に気を利かせてくれた女子Aは保険係の奴を呼んだ。
「じゃ、氷室君だね。おーい、氷室くーん。転校生の一樹君が気分悪いってー」
余計なことをしてくれた女子Aを軽く睨むと何を勘違いしたのか、頭を掻いて照れた顔をした。
「いや、いいって。これもクラスメイトとしての当然の義務だし……」
この手の反応はよく知っている。俺の顔惹かれ、好意を持った奴の反応だ。
こういう手合いが一番鬱陶しい上に、壊しても月並みな反応しかしないので好きではない。
あとで校舎裏にこっそりと呼び出して処理してしまおうかと半ば本気で考えていた時、後ろからやって来た人間に気付いた。
「やあ、一樹君。初めまして」
品が良さそうな優男が俺に朗らかな笑顔を浮かべ、近付いてくる。
金髪碧眼という絵に描いたような外人ような見た目だが、日本語は
「ボクが保険係の
まあ、そこそこ顔立ちは整っているが俺ほどじゃあないな。ただ、その爽やかな表情の目の奥に俺やユウリちゃんと同じ秘めた欲望の輝きが微かに輝いているのを俺は見逃さなかった。
こいつもこいつで『社交的な人間』に擬態している外れ者だ。同じようなものを持っているから分かる。
心の奥底で弾けてしまいそうな欲求持ちながら、普通の仮面を被っている。
氷室を値踏みしてから、冷静な表情で俺は言う。
「じゃ、連れてって貰えるか? 保健室」
「あはは。クールな人だね、君は。いいよ。こっちだ」
相変わらずの朗らかな笑み。だが、俺にはそれが作り物にしか見えなかった。
転校早々、なかなか期待できそうな奴に出会えるとはついている。俺は彼に従って教室の外に出た。
**
氷室の案内により、俺は保健室へと向かっていた。教室に居た海香ちゃんたちは男同士で交友を深めなさいとばかりに無視された。
俺が自分たちに黙って転校してきたと思い、機嫌を悪くしたようだ。よほど信用されていたようで笑みがこぼれる。
しかし、周囲の教室も当然の如く、ガラス張りなので俺らのことをじろじろと不躾に見てくる輩が多い。
エンターテイナーの俺としては手でも振ってやりたいところだが、学校では人を寄せ付けないキャラで行くつもりなので自重した。
そうして歩いていると、俺たちは校舎を繋ぐ渡り廊下まで来た。唐突に黙って俺の少し前を歩いていた氷室が俺に声を掻けて来る。
「ごめんね。みんな悪気はないんだけど、転校生なんて珍しいから、はしゃいじゃってるんだ」
「そうみたいだな。でも、あそこまではしゃがれるとは思ってなかったが」
何のための近寄りがたい奴アピールだったのか、もう分からない。これなら、最初から普段の性格で通しても変わらなかった。
「そんな緊張しなくていいよ、クラスメイトなんだから。ボクの事は気軽に悠って呼んでよ」
爽やかな善人臭のする顔でそう言うが、俺にはこいつの人間性が何となく感じ取れるので無意味だった。
こいつは多分、人を死に追いやったことのある人間だ。俺と同じ加害者側の人間の臭いがする。
「だから、ボクも『あきら君』って呼んでいいかな?」
俺はそれに答えず、動かしていた足を止め、氷室の化けの皮を剥がすために一つ質問をする。
「氷室悠。アンタは自分の人生が、貴いと思う? 家族や友達を、大切にしてる?」
「え? それはもちろん大切……だよ。家族も、友達のみんなも。大好きで、とっても大事な人達だよ」
一瞬だけ呆けた後、また笑みを取り繕って聞こえの良い台詞を並べた。
もしも、それを十人が聞いたら九人くらいは素直に氷室の言葉を受け取るだろう。それくらいその言葉には真摯な響きがあった。
しかし、俺は再度問い返す。
「本当に?」
「本当だよ。嘘な訳ないよ」
「なら、そんな大事な人たちを傷付けてみたいと思ったことはない?」
氷室の口元がぴくりと僅かに引きつった。
俺はそれを見逃さない。続けるようにして問いを投げつける。
「別に悪意を持っている訳でもなく、愛するが故に自分の手で壊してみたいと思ったことは? 大切な人たちの笑顔でなく、泣き顔を見たいと心から思ったことは?」
「……何で、分かるの?」
浮かべていた朗らかな笑顔が砕け散り、その中から這い出して来たのは自分を理解してくれる存在への驚愕だった。
震える唇を押さえ、愕然とする氷室に俺はそっと笑いかけた。
「着いて来いよ。お前が見たがっている世界を見せてやる」
俺は彼を抜いて渡り廊下を進み出す。その後ろを驚きから覚めていない氷室は
「あ、そうそう」
「な、何?」
くるりと振り返り、氷室の方に向き直る。
「俺のことはあきらでいいぜ? 俺はアンタのことを『ひむひむ』と呼ばせてもらう」
「え? ひむひむ? あ、氷室だからか……ってちょっと待って。どこ行くの? 保健室はそっちじゃないよ?」
自分のあだ名に納得した氷室改めひむひむを連れ、俺は階段の方へ行った。階段を下り、外に出る。渡り廊下を渡った先の別棟となり、保健室やその他移動教室となっていて、教室棟からは離れている。
そして、それ故に生徒や教師は授業中には近付かない。
絶好のイジめポイントと言える。かく言う俺も前の学校では同じような場所で暴力を振るっていたこともある。
ミッション系の学校だったから教会の裏手などでよくはしゃいだものだ。聖なる場所の裏での暴力行為はなかなかに背徳的な気分がしたのを覚えている。
過去の記憶を思い馳せていると、傍で痛みに苦しむ声とそれを嘲笑う声、そして、暴力を振るった時に出る打撃音が聞こえてきた。
「やっぱり居た」
陰湿なイジめの現場には三人くらいの男子が一人の男子を取り囲んで
その顔には痛みよりも悔しさよりも、無気力さが表れていて涙すら滲んでいない。暴力を加えられることに慣れてしまっていると言った様子だ。
「あれは……見たことない人たちだ。三年生かな? あんなに殴ったり、殴られたり……少し羨ましいよ。暴力は美しい……」
後ろから来たひむひむがさらっと変態チックなことを呟く。その顔に爽やかさはなく、どこか
本性を表すとなかなかユニークな男だ。似非爽やか少年よりは見ていて面白い。
それでは消えても誰も困らなさそうな人たちに『実演』を手伝ってもらいましょうか。
俺は彼らに軽やかな足取りで近付いて行く。
「こらこら、亀をイジめてはいけませんよ」
「あ゛!? 何だ、テメーは!?」
テンプレートな頭の悪い台詞に俺は若干感動しつつ、名前を名乗る。
「浦島太郎だよ。知らない? 亀を助けたばっかりに竜宮場に連れて行かれて、玉手箱テロに合って老化させられる哀れな主人公だよ」
「はあ!? 頭おかしいのか? テメー!」
これまた台本でもあるかのようにありきたりな右ストレートを放ってくる不良A。それに追随する不良B・C。
本当に馬鹿だな。大変宜しい。
この程度の雑魚なら素手で簡単に
代わりに使うのは俺の中のイーブルナッツだ。
俺は即座に姿を変形させて、三メートルほどの黒い竜になる。
「な、何だ……!?」
一番近くに居た不良Aを口の中に放り込み、コンマ二秒ほどで
「ば、ばけも……!?」
最後に一人だけ逃げようとした薄情な不良Cを長い尻尾で絡め取り、同じく丸呑みした。この間約三十秒。人食い選手権とかあれば優勝を狙えるな。
人間に戻り、制服のポケットから出した白いハンカチで口を拭う。
「な……何が、起きたんだ……?」
地面に
「大丈夫か? アンタの名前は?」
「え? 僕は
くすんだ黒髪に目の下に隈がる不健康そうな顔色の中学生はそう名乗る。見た目からして、こいつもさっきの不良と同じで一つ上の先輩なのだろう。
竜の姿に一度変貌した俺を驚いてはいるが、怖がってはいない。非現実過ぎて理解が追いついていないのかと思ったがそうでない。
彼の両目はしっかりと俺の姿を捉えている。その前は夢と現実の区別が付いている正気の目をしていた。
これはなかなかの掘り出し物かもしれない。顔には出さず、内心でほくそ笑んだ。
「アンタ、俺と一緒に化け物になる気はある?」
「……僕も。僕も君みたいになれるの……?」
「ああ。なれるさ」
俺はにやりと笑って言う。
その言葉に縋るように旭先輩は俺の手を掴み取った。彼の頬には暴力を浴びていた時には一滴も流さなかった涙が伝っている。
その涙はイジめから解放された安堵から来る涙ではなく、新しい可能性を提示された喜び涙に映った。
「凄い……凄いよ、あきら君!!」
興奮した面持ちでひむひむが俺に駆け寄る。
一応、怯えて逃げ出す可能性も考えていたのだが、そんなことは考えるだけ損だったようだ。ちなみに逃げていたら、不良さんたちと一緒に俺のお腹の中にボッシュートしてもらう予定だった。
「あれ何? ドラゴン? 凄いな~。でも、一つだけ残念なのは血が見れなかった事だよ!」
「ここで撒き散らしたら後片付けが面倒だろ?」
ハイテンションのひむひむは俺の言葉など耳に貸さず、自分の高説を垂れ流す。
目は
「やっぱり何と言っても一番重要なのは血だよ! 与え合う痛みと愛を表すのは血液なんだ! 美しい物語はどれだけ大量の血が流されたかによって決まるんだよ!!」
「うるせえ!」
俺はひむひむの顔面を力の限り殴り飛ばした。
ちょうど穴を狙ったので、いい感じに綺麗な鼻筋へ拳が叩き込まれる。
「おぐッ!?」
その場にひっくり帰ったひむひむの鼻の穴からは彼の大好きな真っ赤な鮮血が噴き出していた。
俺は手についた返り血を拭って、倒れたひむひむに言ってやる。
「ほら、大好きな血が出たぞ。喜べよ」
「ほ、本当だ。ボクの血が……愛が流れ出している。フ、フフフ……」
自分の鼻血を手で掬って、悦に浸ったように喜んでいる。
おいおい。こいつ、真性の変態さんだよ。
こいつが保険係になった理由は、多分クラスメイトの出血を見るためだったのだろう。
まあ、そのくらい弾けてる奴の方が見ていて面白いのも事実だ。
「ほれ! これが力の元だ」
俺はポケットからイーブルナッツをひむひむの額に向けて投げ込んだ。
このイーブルナッツは化粧品の販売員から奪ったものだ。奪う時に血がべっとりと張り付いていたので血液大好きのひむひむ君にはちょうどいいだろう。
すぐにイーブルナッツの効果が出始め、仰向けの彼の姿がぐにゃりと歪んで、骨格が変形していく。
「すごい……これがあきら君と同じ力……」
変貌し終えると流石に本人も冷静になったようで自分の身体を見回す。
ひむひむは巨大なコウモリの姿へと変わっていた。色は目と同じ紺碧の皮膚で覆われている。
「旭先輩にも、はい!」
傍でひむひむがコウモリになっている光景を見て、羨望の眼差しをしていた旭先輩にもイーブルナッツを渡した。
こちらはユウリちゃんにもらって来た誰にも使っていない新品のものだ。俺やひむひむと違ってお古ではない。
「ありがとう。これがあれば僕も変われるんだね?」
旭先輩はイーブルナッツをまるで宝石のように大事そうに眺めた。それほどまでに自分に変革をもたらす力に渇望していたのだろう。
俺やひむひむ以上にイーブルナッツを欲していた人間とも言える。
俺は彼にそっと微笑み、自分の口元に一指し指を置いた。
「その代わり……クラスの皆には内緒だぜ?」
こくりと頷く旭先輩の目はもう無気力とは程遠いぎらついた欲望の光に満ちていた。
愛の戦士さんが送ってくださった、ひむひむこと「氷室悠」君。
ネオ麦茶さんが送ってくださった、「旭たいち」君。
私なりにオリジナルキャラを描いて見ましたがどうだったでしょうか?
喜んで頂けたら幸いです。
次回はもう一人の応募キャラが出る予定です。
ちなみにあきらのクールな演技はアニメでのほむらのオマージュです。
まあ、読んだ人は大体分かったとは思いますが。