魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第二十七話 翼をください

~あきら視点~

 

 

 風を、空を支配する翼の魔女……なーんて言えば格好も付くが、所詮相手は紙飛行機。

 俺の相手じゃあ、ない。ないんだが……。

 

『降りて来いや。腰抜け魔女!』

 

 相手が一向に空から降りて来ないと、騎士の形態では攻撃ができない。

 竜巻を纏って錐揉みしながら突っ込んで来てくれた時に一刀両断できれば楽だったのだが、俺が簡単にやれないと理解した翼の魔女はすぐに錐揉みを止め、再度空へと上昇しやがった。

 腹が立つことに理性はなくても知能はあるらしく、俺に対しては突進攻撃ではなく、飛行時に発生する鎌鼬だけで距離を取って攻撃してくるようになった。

 だが、小技で俺はやれない。

 真空波では、肉体そのものが魔力で変質している俺の身体にダメージはほとんど入らない。

 向こうも向こうで決定打に欠けている。もっとも、魔法少女なら、カオルちゃんのような肉体硬化の魔法でもなければそれなりに危うい相手と言える。

 ギミックを理解する。それが魔女相手に戦う時の基本。

 この結界の中に広がるものすべてが、翼の魔女の心象風景だとするなら突破口はこの中にある。

 周囲の景色は箱庭のような世界。住宅街や森、海といった一つの街がサイズを縮尺して集められている。

 時間の概念が結界内に適応されるのかは不明だが、空の色から見て、時間帯は夕暮れってところか。多少雲はあるが(おおむ)ね晴天。

 使い魔はどいつもこいつも警棒と鎖を手に持っている。格好から示されるのは、監守か?

 だが、異様なのは見た目じゃない。この使い魔、闖入者である俺だけではなく、結界の主である翼の魔女を追いかけているものも何体か居る。

 追従しているというよりは、まるで捕まえようと追いかけている様子だ。

 中には小さなジェット戦闘機のような乗り物に乗って、翼の魔女を追跡している使い魔まで居る。

 しかし、必死に追いかけているようで、翼の魔女からは一定の距離離されているようにも見えた。磁石のS極とN極のみたいにある程度まで近付けるとお互いに反発する性質を持っているのかもしれねぇ。

 そして、魔女の外観。

 デカい紙飛行機。付いているのは鎖と枷。でも、両方とも途中半端にちぎれている……。

 鎖を断ち切る。看守から逃避。空飛ぶ紙飛行機——これらから推測するに、差し詰め、『拘束、監視からの解放』を意味しているのだろう。

 サキちゃんが言っていた。魔女には、それぞれその魔女を表す『性質』というのがあるらしい。

 鮮血の魔女の性質が『自傷』なのだとするならば、この翼の魔女は性質は『逃避』、『解放』、……いやシンプルに『自由』か?

 結界内の光景も、使い魔の見た目も()っているのに、肝心の自分は鉄製の飛行機ではなく、わざわざ簡素な紙飛行機にした辺り、複雑な世界から自由になり、単純なものになりたいという願望が滲んでいる。

 『自由』——……自由ねぇ。俺の方もこのイーブルナッツの魔力を抑制するベルトさえなければ、あの魔女よりも自由に空を駆け巡れるのによ。

 ジェット戦闘機の使い魔に、源義経宜しく八艘(はっそう)飛びの要領で翼の魔女へ接近する。

 高速で飛行するあの魔女に攻撃を当てるにはそれが一番だろう。蠅の魔物を超える速度、仮に飛び道具があってもまず当たらないだろうしな。

 それに決定打になり得る近接戦闘を避けたってことは、鮮血の魔女みたく本体が別にある可能性は低いはず。

 そんじゃあ、一丁やってやりますか!

 まず、足元にあるミニチュアの街で一番高いタワービルを踏み付けて、低空飛行している手近なジェット戦闘機の使い魔に長剣を突き立てる。

 ジェット戦闘機と言っても本物よりは遥かに小さなレプリカのような機体。大きさは全長三メートルもない。一撃で破壊しないように細心の注意が必要だ。

 貫通させないように力加減をして、使い魔の胴体に斜めに突き刺したまま、ぶら下がり……。

 

『よっ、と』

 

 身体を揺らして、機体の重心を傾かせた隙に一息で這い上がって、胴体の辺りにしがみ付く。

 この程度では墜落しない辺りは頑丈だな。伊達にジェット戦闘機の造形をしている訳じゃないようだ。

 同型の使い魔は、仲間内で同士討ちをしないためか、もしくは翼の魔女を追跡することを第一目的にプログラムされているのか、ジェット戦闘機の使い魔に取り付いている最中に横やりは入らなかった。

 ……いや、そもそもこいつらはミサイルとか機銃とか遠距離武器を搭載してんのか?

 常に翼の魔女の後を追いかけてはいるものの、攻撃しているところは今のところは一切見受けられない。

 形だけの追跡者。万が一、攻撃が命中した場合を考えて、遠距離武装を保持していないってのはありそうだぜ。

 じゃあ、翼の魔女が邪魔しなかった理由は何だ? 俺が使い魔に乗れば自分の危険は増すだろうに、それを見過ごした理由は?

 前方でジェット戦闘機の使い魔から逃げている、翼の魔女を観察する。

 そして、気付く。理解する。

 あー、なるほどなぁ。そういうことか。

 

『追われたいんだな? テメーは』

 

 手下である使い魔どもに自分を追わせ、それを逃げ切る。

 そうして、こいつは『自由』を感じられる。

 一見すると、マゾな思考にも思えるが理に適っていないこともない。

 要するに、この魔女は「鬼ごっこ」がしたいんだ。

 あの遊びは、追われる者と追う者が居て、初めて成立するゲーム。追われる側は追いかけて来る鬼から逃れることで爽快感を得る。

 誰も追ってくれない状況は『自由』じゃない。ただの『無』だ。必死で追う者を余裕で引き離して、初めて『自由』になる。

 だから、鬼を求めた。自分を追い掛けてくれる(おれ)を待ったんだ。

 だから、鬼をしてくれないカオルちゃんたちを結界から見逃した。

 つまるところ、翼の魔女の思考回路は最初から一貫していたという話だ。

 なるほどなるほど。納得ですわー……………………………………………………は?

 何様なの、こいつ? 俺を。この俺を、相手にして舐めてるとか、許される訳ねぇだろ?

 魔女が。魔女如きが。魔法少女の負け犬風情が、図に乗るなよ?

 怒りが脳内で弾ける。

 この思い上がった紙飛行機に天誅を下す必要がある。

 ……翼だ。翼が欲しい。

 あの魔女よりも速く、鋭く、強い翼が。

 抑制のベルトがチキチキと異音を発する。

 

『煩えよ……、俺は今キレてんだ……!』

 

 ベルトを思い切り殴り付けた。

 バチッと魔力の余波が漏れて火花のように光る。

 その時、背中の肩甲骨の辺りが激しい熱を持ったのが分かった。

 砕ける音と共に、背中の一部から魔力が枝のように伸び上がる。

 この感覚――ああ……これだよ、これ。

 

『そうだぜ、そう。(おまえ)が欲しかった』

 

 魔力が翼となり、騎士の鎧を突き破って、顕現した。

 たったの二枚。たったの一対。それでも俺が欲した翼だ。

 じゃあ、今、乗っているコレは要らねーな。

 ジェット戦闘機の使い魔の胴体に刃を深々と突き立てた。

 黒煙を噴き上げるように魔力の粒へと還元され、使い魔だったそれは消えていく。

 それを払うように、一対の翼は夕焼けの空へと羽ばたいた。

 黒い。夜の闇より尚黒い、どこまでも黒い翼。

 

『お帰り、マイウィング。そんじゃ……飛ぼうかァ!!』

 

 翼を使い、空を駆ける。

 ジェット戦闘機の使い魔に刃を滑らせながら、一体。また一体と撃墜していく。

 速くなっている。

 間違いなく、俺の飛行速度は上昇している!

 〈第二形態(セコンダ・フォルマ)〉の時よりは劣るが、一時的に全盛期の出力が戻っていた。

 イーブルナッツ二個分の魔力を吸い上げ、恐ろしいほどの推進力を得た俺は、空を飛ぶ使い魔を流れ作業で落としていった。

 

『ははははは! いいねェ! これこれ、これだよ、自由ってのはそう、何にも縛られないこと。そうだよなァ、翼の魔女さんよォ!』

 

 音を裂く。風を穿つ。

 加速! 加速! さらに加速!

 遥か前方に居た翼の魔女は、もう目前にまで迫っていた。

 目で捉えるのも難しいほど速かった魔女の速度が、今では自動車の徐行運転くらいにしか感じられない。

 遅い。遅いぜ。魔女さん。

 顔どころか形さえ、人とは程遠い翼の魔女から焦りに似た感情を感じ取る。

 ああ……そうだよ! それでいいんだ。

 レイトウコにぶち込まれ、ソウルジェムを無理やり孵化され、それで魔女に成り下がったアンタが『自由』なんて感じているのは許されない。

 そいつは、ちょいとばかし贅沢ってモンだ。

 そして――。

 

『追い付いたァ!』

 

 前を飛んでいた翼の魔女を抜き去って、進路を妨害する。

 立ちはだかるように前を飛ぶ俺を見て、魔女は……。

 

『djrjnglesrhie;sriesjfhdldfjgutdjdk;mdsglj!!』

 

 ―—激怒した。

 叫びの意味も、その表情も分からないが、それだけは分かる。

 自分のお株を奪う、『自由』を目にして、激しい怒りを懐いていた。

 気持ちイイーー! これだよな。得意げにしているものを踏みにじる。

 これが俺の『自由』。この行いが楽しくて、生きている。

 激しい怒りを俺へとぶつけるように、錐揉み回転をして竜巻を纏う翼の魔女。

 前に受けた時よりもデカい竜巻だ。空全体を巻き上げるようなハリケーンが発生させ、地上のミニチュアの木々や家、海の水さえ取り込んでいる。

 そこまで激しく、怒ってくれたか。俺もやった甲斐(かい)があったぜ。

 その健気な怒りに免じて、こっちも今出せる全力をぶつけてやろう。

 黒い翼を広げ、黒みの増した灰色の魔力を長剣へと流し込む。

 

『d.fgldtgkmlrjgt;ljgesljtge;osrmg;elsji;i!!』

 

 押し進んでくる横向きのハリケーンに、高く振り上げた剣を振り下ろした。

 

『リベルタ・アーレイ・スパーダ!』

 

 黒に近い灰色の斬撃が向かってくる竜巻に亀裂を入れる。

 真っ黒い翼から膨大な魔力を噴き上がった。速度を乗せて、ハリケーンを貫き、斬り進む。

 両断された翼の魔女は、はらりと空中で折られる前の二枚の大きな紙になり、掻き消えた。

 圧倒的な魔力が弾け、夕焼けの空が灰色に塗り潰されていく。

 俺の魔力が魔女の結界を侵蝕し、元あったものをすべて破壊した。

 灰色の世界が収束し、景色が薄らぐと、コロンという音を立てて、グリーフシードが転がった。

 海香ちゃん家のリビングに戻って来ると、俺は変身を解かないまま、背中に手を当てる。

 生えていた翼は消えていた。退化した翼の名残が背中で盛り上がっているだけ。

 やっぱ、一時的に抑制が弛んだだけで、完全に力を取り戻せた訳じゃないみたいだ。

 

『ちっ……。まあ、いいや。今回の収穫は十分あった』

 

 ベルトの抑制は俺の激しい感情によって、一時的に制限を無視できる。

 理由は多分、この魔力という力の源が感情エネルギーとかいうものだからだろう。

 空を飛べるなら、騎士の姿で魔法少女たちを追ったんだが、歩くしかないなら人間の姿に戻った方が目立たなくて済む。

 魔力の解放を止め、俺は人間態へと戻った。

 ふと、テーブルの上に目をやると、白い変な小動物が乗っかっている。

 こいつは最近、ひじりんとつるんでいる……なんたらローターとか言う奴だ。

 

「ピンクローターだっけか? アンタ、何でこんなとこ居るんだよ」

 

『ボクの名前はインキュベーターだよ、一樹あきら。それにしても君の感情エネルギーは凄いね。イーブルナッツによる魔力増強があるとはいえ、感情によるエネルギーの上昇はなかなかのものだ。君が女の子ならすぐにでも契約したいくらいだよ』

 

 ピンクローターは俺に名前を訂正すると、いきなり俺のことを褒めちぎり始めた。

 感情が全然籠っていないトーンで話されてもまったく嬉しくない。そもそも畜生風情が俺をヨイショしていること自体、軽くイラっとする。

 大体、魔法少女なんて哀れな子たちになるなんざ、こっちの方から願い下げだわ。

 

「俺が女の子でもアンタの思い通りにはならねーよ。あんなの頭が悪くて夢見がちな馬鹿しかならないモンだろ? アンタ風情でも騙し通せる程度のさぁ」

 

 ちょっと考えれば、願いを叶えてくれる理由や魔女と戦う理由が何なのか、契約する前に聞くだろうに。

 それもできない、疑うことを知らない食い物してくださいって女子しか引っ掛からない。それかよっぽど追い詰められている奴か。

 俺はそのどっちにも属さない。だから、女の子だったとしても魔法少女なんぞに成り下がることは絶対にない。

 

『手厳しいね。でも、騙すという表現は間違っているよ。ボクは誰も騙した事なんてない。ボクには嘘を吐くという概念がないからね』

 

「騙す=嘘って発言が既に、にわかなんだよ。嘘なんか吐かなくても相手に真実を誤認させるくらいできるっちゅーに。ま、いいや。それで俺に何の用?」

 

『ああ、そうだったね。君と話がしたくてね。少し時間いいかい?』

 

 俺が聞くと、思い出したかのようにピンクローターは話し出す。

 ……こいつ、まさか俺が里美ちゃん(ひじりん)に追い付かないように、ひじりんに時間稼ぎを頼まれている?

 その可能性はあるな。あの子も根本的には俺を信用していない。プレイアデス聖団の残りを片付けて、かずみちゃんだけゲットしたら、俺のことは用済み。

 目的を達成するまで、俺に邪魔をされたくないだろう。

 逆にいえば、その間は付け入る隙があるってことの裏返しだ。

 

「あー、時間ね。時間時間」

 

『あるようだね。だったら、ここで……』

 

「ねぇよ、バーカ」

 

 そいつを両腕で捕まえて、そのまま一気に丸かじりする。

 舌触りはふわっとした綿毛のような感じだったが、噛むとすぐにドロッと柔らかく溶けて口内に広がった。

 全体的な感想としては、味のしないヨーグルトってところだ。

 

「もにゅもにゅ……ごくん。まずい! もう一匹!」

 

『まさか、食べられるとは……それなりに人間と関わってきたけど、この行動に出たのは君が初めてだ、一樹あきら』

 

 一匹を完食し終えると、示し合わしたようにもう一匹リビングに現れた。

 おかわりされたいみたいだ。これは、ご期待に応えてやらなきゃいけねーな。

 魔法少女というメインディッシュを前に、オードブルの盛り合わせをたんまりと頂くとするか。

 俺は二皿めのピンクローターへと手を伸ばした。

 




一つ目の結界での戦闘は終わりました。
あきら君は意外にものを考えているんですよね。キチ○イなのに、分析的というか。

次回は二つ目の結界での戦いとなります。
どの結界かはお楽しみという事で、しばしお待ちください。

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