魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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カオル編
第二十六話 四つの結界、四つの戦場


~カオル視点~

 

 

 海香が魔女になった日から、既に四日が過ぎていた。

 ソウルジェムを失った肉体はレイトウコ内に保管してあるが、もう私にはあいつをかずみと同じように蘇生する気力はなくなっていた。

 生き返ってくれるなら、また会いたい。でも、同じくらいに海香には辛い思いをさせたくない。

 大体、蘇生に必要な魔女の心臓を回収していたのは他ならない海香自身だった。

 あいつが居なくなった今、私たちが作り上げた蘇生方法は成立しないだろう。

 終わりだ。もう誰かの命を弄ぶあの冒涜的な祈りはもうお終いにする。

 そう、私は皆に告げるために御崎邸にプレイアデス聖団の皆を集めた。代わりにかずみには二階の自室で大人しくしているように言い含めている。

 この家は壁が厚いから声量に気を付けさえすれば、まず二階まで話し声は届かない。下手に街へ出して、蠍の魔女モドキに襲われるリスクを考えれば、こちらの方が安全だ。

 集合時間は午後七時ちょうど。

 しかし、現在時刻午後九時。決めていた集合時間二時間も超過してなお、その発言は出せずにいた。

 理由は一つ。メンバーが全員集まっていないからだ。

 御崎邸に集まったのはサキ、ニコ、そして私の三名。みらいと里美は未だこの場に到着していなかった。

 

「遅いよね、いくら何でも……。サキはみらいについて何か知らない?」

 

 みらいと仲が良いサキに聞いてみるが、まるで他人事ように答える。

 

「知る訳ないだろう? 私はみらいの親じゃないんだ。常にどこに居るか把握してはいない」

 

「え……。あ、そうだね。ごめん」

 

 あまりにも淡泊な発言に、私は面食らって思わず謝罪の言葉が出た。

 ……どうしたんだ、サキの奴。みらいと喧嘩でもしたのかな?

 

「それより、どうするの? まだ二人を待つ? 二時間待って来ないなら別の日程にした方がいいんじゃない?」

 

 ニコもニコであまりこの会合に乗り気ではなかったのか、天井を見上げて足を組んで腰掛けている。

 二人とも遅れているみらいと里美を心配すらしていない様子だ。

 

「どうしたのさ、二人とも……私たちはもっと仲良く……」

 

「魔法少女を狩っていた? それともかずみを『作っていた』?」

 

 皮肉気に言うニコ。私はその言葉に押し黙る事しかできなかった。

 確かに私たちのやって来た事は褒められた行いではない。それでも皆で選んで、皆で決めてきた事だったはずだ。

 そこに正義はなくたって、大義はあった。

 そうじゃなかったら……。そうじゃなかったら、私たちは、一体どうやって償っていけばいいって言うんだ……。

 レイトウコの中の魔法少女たちに。

 かずみのクローンに。

 何よりミチル。

 私たち、プレイアデス聖団はどうやって……。

 心の奥に押し込んでいた罪悪感が、破裂しそうになる。

 そんな中、玄関の扉が開く音がして、邸内に入って来る足音が続いた。

 

「ごめんね、皆。ちょっと遅れちゃった」

 

 ムードメイカーの里美がリビングに顔を現す。

 てへっ、と舌を出して、片手で拳をこつんの額に当てて悪びれた様子もなく、笑っていた。

 本当なら怒るべきなのだろうが、精神的に追い詰められていた私は彼女が来てくれた事でホッと胸を撫で下せた。

 

「遅いよ、里美。みらいは一緒じゃないの?」

 

「みらいちゃん? あー、それなら……」

 

 二人してどこかに言っていたのかと思って尋ねたつもりだったが、彼女はごそごそと片手に掛けた大きめのハンドバッグを漁り出す。

 ハンドバッグの動く度に細かい土がリビングの床にこぼれ落ちた。

 里美の方はそれに頓着せず、バッグの中のものを取り出す事に集中している。

 

「あーあ、土落ちてるよ。てか、何見せるつもりなの? 野菜? みらいと二人で芋掘りにでも行ってた訳?」

 

 茶化して私が指摘すると、里美はブンブン首を振るう。

 

「ううん。掘り出してたのはお芋じゃなくてぇ……あ、やっと取れたぁ!」

 

 彼女が嬉しそうな表情でバッグから引きずり出したものは……。

 

「じゃーん! みらいちゃんでーす。大変だったのよ、掘り出すの」

 

 ―—土で汚れた、みらいの生首だった。

 

「あ、ぇ…………?」

 

 思考が目の前の光景を認識する事を拒否した。

 でも、私の脳は、記憶の中のあの子と、里美が持っているそれが同じであると無慈悲な判断を下す。

 黒い土がこびり付き、べっとりと固まっている薄桃色の長い髪。見開かれ、虚空を眺めている同色の瞳。そして、表情が欠落して、がらんどうになっている死者の顔。

 それが、若葉みらいだと……みらいだった成れの果てだと私に理解させる。

 

「ああ……あああぁアァアあぁぁァぁぁぁアあ!?」

 

 喉が破れるような叫びが(ほとばし)った。

 長らく吐いた事のない絶叫。酸欠で眩暈がするほどの悲鳴。

 けれど、私の前に立つ里美は何事もないように微笑んでいる。

 

「みらいを……殺したのか?」

 

 そう尋ねたのは私と向かい合うように座っていたサキだった。

 彼女は驚きはしているが、私のように取り乱してはいない。冷静に見えて仲間の事となると熱くなり易い彼女からは考えられないほど、落ち着き払っている。

 

「魔女モドキを使って、私たちに魔力を消費させたのも、里美……お前なのか?」

 

「フフッ。ご名答。私がこの騒動の立役者。あなたたちには分からないと思うけど、ここまで来るのに苦労したのよ?」

 

 里美、いや、私たちの敵はそう言って、手に持っていたみらいの生首を床に放った。

 ごとりと重たい音がして、土と共に黒ずんだ血がフローリングの床板を汚す。

 それを目撃した時、私の中で大切なものが、ぶちぎれた。

 

「さぁとみぃぃぃーー!」

 

 ソウルジェムによる、瞬間変身。

 椅子を蹴って、彼女に接近し、拳を振り被る。

 硬化の魔法で鋼と化した私の右拳を眼前の里美の顔に叩き付けようとした。

 たが、それより前に里美が(あらかじ)め、持っていたものを私に見せる。

 

「……それ!?」

 

 グリーフシード。それも孵化寸前の明滅状態。

 

「あはっ」

 

 堪え切れないといった具合で里美が噴き出し、それを手から離す。

 グリーフシードの下部から生えた突起が床板に突き刺さる。ほぼ同時に起きる衝撃波。

 

「うわあぁぁぁぁ!」

 

 殴り掛かろうとして、不安定な姿勢でいた私はその衝撃波に吹き飛ばされ、背中から奥の壁に激突した。

 大したダメージはない。しかし、周囲の光景が歪み、異質な空間に呑み込まれる。

 展開された魔女の結界。里美の奴、ここまで織り込み済みか!

 辺り一面は一瞬にして様変わりする。

 視界に映る景色は、夕暮れ時の屋外。足元には縮尺の小さな住宅街や森、海までが浮かんでくる。

 まるでミニチュアの模型か、ジオラマセットのような結界だ。

 

「ウフッ、ウフフフッ」

 

 愉快そうに私たちを見下して笑う里美は、巨大な紙飛行機の上に座っている。

 紙飛行機の両翼には、ちぎれた枷や鎖がアクセサリーのように付いていた。

 このソウルジェムの反応……あれが結界を展開している魔女だ。

 大人しく里美を乗せているところを見るに、彼女の魔法・『ファンタズマ・ビスビーリオ』で支配下に置かれているのだろう。

 

「里美!」

 

「それではご機嫌よう、皆。さあ、翼の魔女さん。テイクオフ!」

 

 魔法少女に変身した里美は、猫の顔が付いたステッキを振るった。

 紙飛行機、いや、翼の魔女はそれに応じるように発進する。

 

「待て! 里美……くっ!」

 

 翼の魔女が空へと舞い上がった時、私たちには真空の刃が放たれた。

 鎌鼬……これがこの魔女が持つ魔法。

 咄嗟に身体を硬化の魔法で硬めて、身を守る。

 里美を乗せた翼の魔女は空の彼方へと飛び立ち、見えなくなった。

 凄まじいスピード。こんな俊敏な魔女は初めて見る。

 

「サキ! ニコ! アンタらは大丈夫!?」

 

 振り返って、近くに居るはずの二人の安否を確認した。

 私と違い、二人には鎌鼬を防ぐ術はないはず……。

 しかし、背後には二人を守るように立つ灰色の騎士の姿があった。

 

『よう、カオルちゃん』

 

「あきら!? 何でここに?」

 

 変身したあきらことプレイアデスの守護騎士・『アトラス』の唐突な登場に、私は目を丸くするが、彼は何でもない事のように説明する。

 

『いや何。なーんか様子のおかしな里美ちゃんが、海香ちゃん()に向かうから、後を付けてみりゃ案の定この有り様よ』

 

 流石は勘の鋭いあきらだ。私たちを守ると宣言したのは伊達や酔狂ではなかったらしい。

 二人への攻撃をその頑丈な鎧で防ぎ切った彼は、長い剣を鞘から抜き、前方に構える。

 

『こっそり庭から忍び込んだから、いきなり魔女の結界が張られてやがると来たモンだ。デッカい紙飛行機が里美ちゃん乗っけて飛んだのは見えたんだが、一体何があったんだ?』

 

 警棒と鎖を手に持った監守のような人型の使い魔を何の気なしに斬り伏せながら、アトラスは尋ねる。

 そうか……彼はまだみらいが死んだ事も里美がプレイアデス聖団を裏切った事も知らないのか。

 それなら、話す内容は二つだけだ。

 

「里美が裏切り者だった。目的は多分……」

 

『かずみちゃん、ってとこか』

 

 相変わらず、頭の回転が早くて助かる。

 サキがアトラスに寄り添うように触れながら、尋ねた。

 

「あきら。私はかずみを里美から助けに行く。それでいいか?」

 

『おうさ。三人は里美ちゃんを追ってくれ。魔女や使い魔は俺が薙ぎ倒す」

 

 そう言いながら、私たちに群がってくる監守の使い魔を倒していく。

 これなら魔力の消費は最小限で良さそうだ。

 私たち、三人は変身だけに留め、アトラスに使い魔を片付けてもらいながら、ミニチュアの街を駆け抜ける。

 私は初めてアトラスが戦う姿を見たけれど、その力は魔法少女にも引けを取らない。いや、それどころか、単純なスペックだけなら、私たちプレイアデス聖団の誰よりも強いかもしれない。

 監守の使い魔を露払いするように打ち倒すアトラスの後ろを走り、上空を移動する翼の魔女の後を追う。

 魔女の反応を追跡していると、翼の魔女の姿が見えてきた。明らかに初速よりスピードが緩んでいる。

 だが、もう既にその上に里美の姿はない。結界内から逃げた様子だ。

 翼の魔女も私たちを発見したようで、Uターンして螺旋状に回転しながらこちらに突っ込んできた。

 きりもみ回転をした魔女は竜巻を身に纏い、急速落下してくる。

 

「アトラス!」

 

『分かってる。ここは俺に任せて、三人は里美ちゃんを追ってくれ! ――イル・グリージオ・スパーダ!』

 

 灰色の魔力を収束させた剣で、アトラスは翼の魔女の竜巻特攻を防ぐ。

 彼の技は偽物のニコを消し飛ばした時は破壊力のある攻撃と思っていたが、防御にも転用できる万能型の魔法のようだ。

 

「カオル! ここはアトラスの言う通りに、私たちは里美を追おう!」

 

 ニコの発言に頷いて、私は結界から出ようとする。

 しかし、サキだけはアトラスに近付いて、何か小さな声で話していた。

 

「サキっ! 何やってるの!? そんな近くに行ったら、魔女の竜巻に巻き込まれるよ!」

 

「いや、すまない。あきらと少しだけ話してた。すぐに向かう」

 

「気持ちは分かるけど、猶予はないんだよ!?」

 

 叱責を零しつつも、私たちはニコ、私、サキの順に結界内から飛び出した。

 御崎邸に戻って来るが、当然ながら里美はもうそこには居ない。

 かずみの名を呼んで二階にあるあの子の部屋に入るが、そこもやはり、もぬけの空。

 里美にしてやられた……。

 私は舌打ちを一つ鳴らして、二人を引き連れ、夜の街へと出て行く。

 待っていて、かずみ。私たちが必ず、アンタを取り戻してみせるから。

 

 

〜あやせ視点〜

 

 

 夜のあすなろ市は明るい。

 ビルや店先の明かりで街頭がなくても充分過ぎるほどピカピカと輝いている。

 それなのに、私の心はどんよりと曇っていた。

 理由は分かってる。昨日のアレクセイの言葉が突き刺さって抜けないからだ。

 『本当は、自分のソウルジェムに満足できなから、誰かのジェムがほしいんじゃないの?』

 淡白で、何も考えてないようなアレクセイの癖に……。

 あなたなんかに私の何が分かるっていうの?

 ムカつく。気に入らない。スキくない。

 なのに、何でこんなにも……心を掻き乱すの?

 分かんない。全然、分かんない。

 

『自分の心に嘘を吐くのは止めた方がいいですよ、あやせ』

 

 もう一人の私(ルカ)の声が私の脳内で響く。

 あなた、いつからそんなに口煩くなったの?

 

『あやせ。分かっているはずです。私たちは同じところから分かたれた心なのですから』

 

 うるさいなぁ。どうして、私じゃなく、アレクセイの肩を持つの? そんなにあの男の子に入れ込んだ?

 ルカに八つ当たり気味に聞く。

 

『彼は鏡です。傍に居る者の願いを映す鏡。その意味は今更語るまでもないでしょう?』

 

 分かる。それは分かる。

 あいつは他人の願いに応える。その願いがどれくらい身勝手だろうと、邪悪だろうと構わずに聞き届ける。

 だから、嘘は吐かない。いい加減な事は言わない。

 それでいて、妙なところで意固地だ。

 ……認めるよ、ルカ。アレクセイの言った事は何一つ間違ってない。

 私は、私の宝石(こころ)がスキくない。

 ジェム摘み(ピックジェム)なんてしてるのも、自分のジェムから目を背けたいからやってる事だ。

 綺麗なジェムを集めて、それを眺めていれば、自分のジェムを見なくて済む。

 汚い心と向き合わなくて済む。

 

「でも、仕方ないじゃない! 私は……私たちはこういう風に生まれて来たんだから!!」

 

 そう。最初からそうだったのだから仕方ない。

 私は、私たちは間違ってない!

 

『あやせ……』

 

 悲しそうなルカの声。

 煩い。今更、一人だけいい子ちゃん面しないで!

 私はこのままでいい。この自分でいいの!

 そうだ、私は双樹あやせ。ジェムを摘み取る、強い魔法少女。

 何を忘れていたんだろう。今すぐにでもプレイアデスの魔法少女を摘みに行けばよかったんだ。

 あんな変な男と一緒に居たから、おかしくなってたんだ、きっと。

 私は通りを駆けて、プレイアデスの魔法少女を探す。

 魔法少女狩りなんて大っぴらにできる訳ない。だったら、主な活動時間は夜。

 そう考えて、私は魔法少女に変身し、純白のドレス姿になる。

 ビルの合間を飛び移り、魔法少女を探し回った。

 ……居た。

 運良く、すぐに魔法少女を見つけられた。

 その子は、猫耳を生やした薄紫のふわふわした髪型の魔法少女。

 喜び勇んで、その子の元へ脇から接近する。

 こっちに気付いてない。これなら速攻で摘み取れる!

 猫耳の魔法少女がグルンと思い切り、私の方へ向いた。

 

「……っ!?」

 

 人形のような予備動作のない無茶な動きに私は、一瞬だけ固まった。

 相手はその一瞬を見逃さなかった。

 何か小さな物を私の傍にあった壁に投げ付ける。壁に突き刺さったそれは武器ではなく、グリーフシードだった。

 即座に孵化したグリーフシードは結界を形成し始める。

 夜の街並みは消え、代わりに現れたのは。

 

「ここは、裁判所……?」

 

 中央に巨大な天秤が立てられている、裁判所のような場所だった。

 魔女らしき天秤がガクンと大きく傾いた。

 

 

 *********

 

 

 俺はあすなろ市の外縁部の森から帰った後、邸宅の傍でずっとかずみを奪還する機会を狙っていた。

 ニコの生存を信じていた時は彼女の立場を考慮して、あえて邸宅には近寄らなかったが、もはやその心配は杞憂に終わった。

 何に遠慮する必要もない。かずみ自身に理解してもらう必要もない。

 力尽くで彼女を攫い、この街から遠ざける。それだけでいい。

 かずみに説明をするのはその後だ。

 あきらを倒し、カンナを倒してでもかずみをこの地獄の渦中から引き剥がす。

 そう考えた俺は、ただひたすらに機が熟すの待った。

 真夜中、魔法少女さえ寝静まったところに、侵入し、かずみの身柄を確保する。

 それだけを念頭にひたすら待っていた。

 だが、何かおかしい。

 里美が邸宅に入っていた後、叫び声のような音が聞こえたかと思えば、猫耳の魔法少女姿になった里美が気を失っている様子のかずみを抱えて出て来るではないか。

 

「おいっ、かずみに何を……」

 

 そう言葉を吐く前に、俺の存在に気付いていたようで、こちらに向けて何かを投げ付けて来る。

 魔法や武器かと思い、変身しようとしたが、それは俺に命中する事なく、地面に垂直に突き刺さった。

 ニコを助けるのに使ったものと同じ道具、グリーフシードだった。

 それが地面に刺さるや否や、周りの風景が歪む。

 気が付けば、目の前は見慣れた場所に変わっていた。

 

「……ここは、俺の家……?」

 

 そこにあった洋食屋『アンタレス』の店の奥にある住居。

 俺の実家。いや、正確には俺のオリジナルの赤司大火の実家だ。

 あまりの事に呆然としていると、ポンと背中を叩かれた。

 

「何してるの、タイカ」

 

「かずみ……? どうして、ここに居るんだ……?」

 

 不思議そうな顔で俺の背後に立っていたのは、俺が助け出そうとしているかずみ本人だった。

 

「いや、どうしてもこうしてもないよ。ここが私たちの家でしょ?」

 

 そう言われ、俺は状況が呑み込めずに混乱する。

 だが、そんな俺を「いいからいいから」と言って、強引にどこかに連れて行くかずみ。

 彼女を無下にも扱えず、されるがままで居ると俺はリビングへと導かれた。

 お袋が当たり前の顔で茶碗に飯を盛り付けている。

 

「お袋……?」

 

「おや、やっと起きたね。この寝坊助が。ほら、朝ご飯だよ。ちゃんと食べな」

 

 食卓に並べられたのは焼き魚に金平ごぼう。お新香に味噌汁。そして卵焼きと茶碗に乗った白米。

 見慣れたものでありながら、この崩壊前のあすなろ市に来た時には見る事もできなかた美味しそうな朝食のラインナップだ。

 それを眺めていた俺は自分が涙を流している事に気付いた。

 

「あれ? どうしたの、タイカ? どこか痛いの?」

 

「怪我でもしたのかい? あんた、そそっかしいからねぇ」

 

 かずみもお袋も俺を心配して、背中を(さす)ってくれる。

 

「違う……違うんだよ……ただ、ちょっと嬉しくて……」

 

 当たり前の日常がこんなにも尊いものだと知らなかった。

 どんなに泣き叫んでも返って来ない幸せがそこにはあった。

 

「変なタイカ……ほら、ご飯冷めちゃうよ。座って座って」

 

「……うん……うん」

 

 俺はかずみに急かされ、食卓に着く。

 三人で、両手を合わせて、食事前の挨拶をする。

 

「「「いただきます」」」

 

 この懐かしい言葉が心を締め付ける。

 かつては毎回飽きるほど口にしていたのに、それが愛おしくて堪らなかった。

 

 

~カオル視点~

 

 

「……とうとう追い詰めたよ、里美」

 

 里美に向かって、そう言い放つ。

 ニコとサキと三人で囲うように追い詰め、私たちは彼女を逃げ場のない一本道まで誘い込む事に成功した。

 観念したのか里美もこれ以上、逃げようとはしない。

 

「里美……どうして、こんな事をしたの? 私たちは、同じ志を持った仲間だったんじゃないの!?」

 

 だからこそ、私の口から最初に出た言葉はそれだった。

 恨み言でも、罵倒でもなく、問いかけ。

 ただ、彼女の真意が知りたかった。

 

「私に仲間なんて居ないわ。最初から私の味方は私だけ……」

 

「そんな……」

 

「でも、今はこの子が居るわね」

 

 そう言って、また孵化寸前のグリーフシードを床に落とす。

 魔女の結界が私たちを包むように形成され、広がっていく。

 今度の結界の内部は酷く暗かった。光源は遥か頭上にぽっかりと開いた穴から差し込む光だけ。

 いや、逆だ。この結界が穴倉なのだ。目が慣れれば、それが夜の闇ではなく、密閉空間から来る独特の閉塞感をもった暗さだと分かる。

 周囲には白っぽい海鳥のような使い魔が大きな岩石を足の爪で抱えて、何十羽も飛んでいる。

 その下。穴倉の中央で天井の穴のスポットライトを浴びているのは里美と……黒い斑点のついた海豹(アザラシ)の見た目の魔女。

 

「さあ、戦いを始めましょう……ウフッウフフフフフフッ!」

 

 里美は気の触れたように笑って、横たわる海豹の魔女の上で愛しそうに眠ったかずみの頬を撫でた。

 その様子は……もはや私の知っている宇佐木里美ではなかった。

 覚悟を決めて、私は彼女と相対する。隣に立つ、ニコとサキも同じ気構えのようだ。

 里美はもう居ない。目の前に居るのは……魔女使いの魔法少女だった。

 




今回は四体の読者応募魔女を一挙に登場させました。
翼の魔女はひがつちさん、天秤の魔女はマブルスさん、海豹の魔女は黒ゴマアザラシさん、家の魔女は猿山ポプラさんからそれぞれ頂いた魔女です。

かなり群像劇っぽくなりましたが、この展開を思い付いてしまったので、形にしました。
次からはそれぞれの魔女との戦いが始まります。

追記

ちなみに、里美の言動が邪悪過ぎるのは、演出や台詞の台本を作ったのがあきら君だからです。
カンナだけなら、みらいの死体を使う発想さえ出てこなかったでしょう。

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