魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
~里美視点~
「おかしい。おかしいわ……こんなの」
アンジェリカベアーズ博物館の地下。
そこには私たち、プレイアデス聖団が作り出した魔法少女の運命を否定するための場所、“レイトウコ”が隠されている。
魔法少女をソウルジェムと別々に保存する事で、ソウルジェムの濁りを抑え、彼女たちの魔女化を防いでいた。
これがプレイアデス聖団の抱えるヒミツ。
でも、ここに隠されているのはそれだけではない事を私は知っていた。
―—かずみシリーズ。
プレイアデス聖団の創設者にして、始まりの魔法少女・和沙ミチルのクローンの失敗作。
ニコちゃんの魔法で複製したミチルちゃんの死体に魔女の心臓と七人の魔法少女の魔法混ぜ込んで作った、魔女の肉詰め。
ミチルちゃんの記憶のせいか、魔女の心臓と魔法の組み合わせが悪かったのか、分からないけれど最終的に理性を失って暴走した『それら』は結局ミチルちゃんの代わりになれず、『処分』することになった。
けれど、中身は血に飢えた獣でも見た目はミチルちゃんそっくりだった『それら』を片付けるのは皆やりたがらなかった。
そんな中、誰もやりたがらない失敗作の処分を自ら買って出たサキちゃんだった。
ミチルちゃんの蘇生に失敗する度に増えていく失敗作の処理役。それをあの誰よりもミチルちゃんが大好きだった彼女にできる訳がない。
そう思った私はある時、処分をしに行くサキちゃんを尾行し、どこでどういう風に失敗作を処分しているのか確認する事にした。
そして、私は彼女が処分などしていないと知ったのだ。
サキちゃんは、ミチルちゃんの失敗作が発生するごとに、このアンジェリカベアーズ博物館の地下に一体ずつ隠して、私たちを欺いていた。
だけど、今。失敗作の入れてあった隠し部屋は空っぽ。そこには人影一つない。
十三回のミチルちゃんの蘇生の試行で生み出された失敗作は計十二体。
この場所には十二体のかずみちゃんが居るはずだった。
「どういう事? サキちゃんが場所を移した? それとも本当に処分を……? いいえ、それはない。それだけはないわ」
失敗作を隠す場所に困っていたから、私たちが出入りする危険を踏まえた上でここに隠していた。
他に移設する場所などあすなろ市のどこにもない。下手に放置をすれば、成功作や私たちと鉢合わせになる。そうでなくても、まともな理性なんて持ち合わせていない化け物を街に解き放つなんてあり得ない。
そして、本当にサキちゃんが処分なんてできるなら、十二体にまでストックは増えていなかったはずだ。絶対にサキちゃんにはかずみちゃんは殺せない。
それがどんな失敗作であっても、あの子にとっては「大好きなミチルちゃん」なのだから。
「でも、だったら誰が……? 分からない。分からないわ……」
改竄していた記憶が戻って来た私は、自分の魔法を使わないで戦う方法を求めて、あの失敗作の人形たちを取りにここに来た。
それなのに肝心要のあれらがもう、この場所にはないなんて……。
あきら君が代わりに戦ってくれると言っていたけれど、それにしても彼が駄目だった時の保険は必須だった。
だって、海香ちゃんが魔女化した時、私は見てしまったもの。
あの子のソウルジェムは、全然汚れていなかった。
それならジュゥべえの浄化は不完全だったという事だ。
私たちはまだ六人も居る。グリーフシードの分配だって難しくなるに決まっている。
だったら、私だけのためにグリーフシードを確保できる戦力が必要不可欠になる。
それなのに……。
今は考えても上手く行かない。
当面の間は魔法を使わずに、あきら君頼みでいよう。
必要なら色仕掛けでもして、彼を
地下から戻って来ると、展示されているガラスケースに入れられた大量のテディベアが出迎えてくれる。
動物好きの私からすると、この熊たちは無機物的過ぎて好きじゃない。
人形は――嫌いだ。
テディベアたちを冷めた目で眺めていると、ケースの一つに背中を預けているニコちゃんが居る事に気付いた。
「あ、ニコちゃん。どうしたの、こんな場所で」
私は自分を取り繕い、いつもの柔らかいイメージの笑顔を彼女に向ける。
ニコちゃんは少し、濡れた前髪を指で弾いて笑い返してくれた。
「いや、ちょうど雨宿りがしたくてね。ちょっと寄ったんだよ」
よく見れば彼女は傘も持っておらず、服も少し湿っている。
傘くらい買えばいいのに。お金ないのかしら?
そういえば、私はニコちゃんの家庭環境について何も知らない。
どこに住んでいるのか、通っている学校はどこかさえ恥ずかしがり屋の彼女は話そうとしないからだ。
「里美こそ、何でみらいの博物館に居るの?」
いつものようにぼんやりとした表情でニコちゃんは私の事を尋ねてくる。
虚を突かれた私は上手い返しが思いつかず、愛想笑いで返した。
「そうね。たまにはみらいちゃんの可愛いテディベアたちの顔が見たくって」
「嘘」
急に真顔になった彼女がそう言って、私のすぐ近くまで歩いて来た。
その瞳には微かだが間違いなく、怒りの感情が浮いている。
どうして……何か怒らせるような発言だったかしら?
吐息さえ聞こえるような至近距離まで来ると、彼女は少しだけ背の高い私を見上げるように見つめた。
「ニコ、ちゃん……?」
「お前は人形が大嫌いだろう? 人形には何をしてもいい、そう思っているんだろう?」
「何を言ってるの……?」
刺すような鋭い眼差しが私の心を竦み上がらせる。
怖い……怖いよ……。
恨まれるのも、憎まれるのも大嫌い。
だから、私は穏やかで、優しい自分で居たいのに。
「かずみシリーズ。彼女たちならもう居ないぞ」
「……! 何で、それを……」
ニコちゃんの言葉で、心臓が高鳴った。
知っているんだ。この子は隠されていたかずみシリーズの事も。
それだけじゃなく、私がそれを取りに来た事も……。
「可哀想なあの子たちは全員旅立った。もうこの世には居ない」
少しだけ寂しげに語る彼女。
だけど、私はそれがとてもおかしく聞こえた。
「ニコちゃんが『処分』したって事……? 何だ、じゃあもう無いのね」
せっかく再利用する方法を思い付いたのに、ニコちゃんが片付けてしまっていたなんて。
でも残念だけど、仕方ない。諦めて、グリーフシード集めはあきら君に頑張ってもらうしか手段はなくなってしまった。
「はっ。『処分』、『無い』か。どこまで行っても物扱い。何様なんだ、お前らは……」
「何で怒っているの……、それに口調も態度もなんだかおかしいわ。ニコちゃん」
明らかに怒気を含ませた彼女の言葉は、私の知る掴みどころのないニコちゃんが口するようなものではなかった。
それに「お前ら」という言い方も変だ。まるで、自分以外の集団に向けているような、そんな発言だった。
……もしかして。
嫌な予感が猛烈に胸の内側から湧き出して、思わず一歩引いてしまう。
「あなた、本当にニコちゃん……?」
「くふ。あははははははは。仲間の事も分からずによくもまあ、絆だ何だと言えたものだな?」
ぞっとするほど酷薄な表情がニコちゃんの顔に浮かんでいる。
違う。この子はニコちゃんじゃない。絶対にニコちゃんはこんな顔を私に向けたりしない。
「『ファンタズマ・ビスビーリオ』」
すぐに得意の操作魔法を掛け、彼女の身体を支配――したはずだった。
しかし、動けなくなったのは、私の方。
「……!?」
「生物を操る魔法……。他者の命を何とも思わないお前らしい魔法だな、宇佐木里美」
目の前の少女の黒っぽいソウルジェムから流れる一本のケーブルが私のソウルジェムに接続されていた。
見た事のない魔法……ニコちゃんの再生成の魔法じゃない!
私の内心を読み取ってか、彼女は自慢げにその魔法の内容を教えてくる。
「『コネクト』。他人のソウルジェムに接続し、その魔法を行使できる。自分の魔法を掛けられる気分はどうだ?
宇佐木里美」
自分の魔法……それじゃあ、私が掛けられているのは。
「そうだ。それは『ファンタズマ・ビスビーリオ』。お前の得意な操りの魔法だ。……ああ、今更言う必要はないがコネクトは接続した相手の心も読める。お前の身勝手な思考も、情けない怯えも全部筒抜けだぞ」
何それ……? そんな反則じみた魔法。最初から私に勝ち目なんかないじゃない。
いや、待って。この子が偽物だっていう事は、三日前にあきら君が殺したあの子が……。
「フフッ、やっと気付いたのか? そうだよ、お前が偽物と判断して殺したのは本物の神那ニコ! 最高に哀れだったぞ? 仲間に見捨てられるあいつも! それを気付かないお前らも! あはははははははははっ!」
溜めていた負の感情を全て爆発させたように、偽物のニコちゃんは高笑いをする。
完全に肉体の支配を奪われた私は、
「泣いているのか? それは死んだ神那ニコのため……? いいや、違う。それは自分のための涙だ! お前はプレイアデス聖団の中で一番身勝手で、一番救いようのない屑だ!」
顔を掴まれて、無理やり彼女の方に目を向けさせられる。
「お前が神那ニコの次に許せなかった! だから、こうやって私が自ら出向いたのさ。お前に取って置きの苦しみと絶望を与えるために!」
私は、死ぬの? それとも魔女にされる……?
嫌。嫌嫌嫌。それだけは許して! 謝るから、何だってやって、あなたに許しを乞うから!
だから、お願いします……! 私を! 私だけは助けてください……!
どんなに頑張っても声は出ない。代わりに内心で彼女に全力で命乞いをする。
魔女になるのも、このまま殺されるのも絶対に嫌だった。
「……屑もここまで来るといっそ清々しいな。殺す価値もない奴ってのはお前みたいな奴を言うんだろうな」
そ、それじゃあ、私は……。
「ああ。ここで殺しはしない。魔女にするのも勘弁してやる」
ありがとうございます! ありがとうございます!
良かった。本当に良かった。これで私は……!
「見苦しいお前の意識はもう要らない。これ以上不快な気分になりたくはないからな」
えっ……?
一瞬にして、安堵から絶望に突き落とされる。
私の意識は、要らない……?
それじゃあ。
「完全に意識を乗っ取り、お前は私の手足となる……これもお前の魔法が持つ効果だ。良かったな、宇佐木里美。もう恐怖も絶望も感じる必要はない」
い、いや……やめて……。
どれだけ拒絶を意思を示しても、彼女は止める素振りを一切見せてくれない。
ニコちゃんと同じ顔が、凶暴に、残酷に、笑った。
「『コネクト』——『ファンタズマ・ビスビーリオ』」
その魔法名と共に、私の意識は完全に塗り潰された。
~キュゥべえ視点~
展示物のケースの上から事の成り行きを一部始終観察していたボクは、そっと床の上に飛び降りた。
聖カンナと向き合う宇佐木里美に話しかける。
『復讐は遂げられたかい? 聖カンナ』
「「そう見えるのか? 私がこの程度で満足するとでも」」
二つの唇から重なり合うように喋る聖カンナと宇佐木里美。いや、既に二人とも『聖カンナ』なのだろう。
肉体を魔法によってリンクさせている。ある意味でボクら、インキュベーターに近い状態だ。
『ボクとしては魔法少女は全員、魔女になってもらいたいところだけど、君はプレイアデス聖団をどうするつもりなんだい?』
「「かずみは私がもらう。それ以外は魔女にしても構わない。……ああ、お前がいう全員はレイトウコに保存されている魔法少女も入っているのか」」
『そうだよ。彼女たちもあそこで生命活動を停止させておくより、魔女になって、感情エネルギーになる方が有効だと思うよ』
「「それはお前の理屈だろう、インキュベーター。魔女の卵を孵すもの」」
酷い言われようだ。
ボクらはいつだって、この宇宙全体に住まう生命体の事を考えているのに、誰も理解してくれない。
人間よりもボクらに思考が近い合成魔法少女である彼女なら受け入れてくれると思ったが、難しいようだ。
『それくらい協力してくれてもいいんじゃないかな? 御崎海香の記憶改竄の魔法が機能不全を起こした時、ボクがこの街で一番最初に接触を取ったのは君だ。そのおかげで君はもっとも早い段階で魔法少女の全容を把握する事ができた』
「「だから、従えと?」」
四つの眼球が同時にボクを睨み付ける。
本当に誰かに従う事を嫌う少女だ。それだけ自分の誕生理由が嫌いなのだろう。
それでもボクは自分の行動に対する正当な報酬を彼女に要求する。
『赤司大火に装置が渡るように若葉みらいの行動をこっそり調整しただろう。お使いの駄賃くらいはくれてもいいんじゃないかい?』
若葉みらいが赤司大火の元へ辿り着けるか、聖カンナの頼みでずっと監視していた。
イーブルナッツの反応を感知する装置も戦いに巻き込まれないように移動させたりと、それなりに彼女に協力したのだ。ある程度の報酬を望む事くらいは彼女も許容するはずだ。
だが、相変わらず、二人の聖カンナはボクに譲らない。
「「イーブルナッツを使って、ソウルジェムを即座に孵化させる方法をさっき見せただろう? あれをまたやってやる。それで我慢しろ」」
『どうせなら全部孵化させてくれるとありがたいんだけどね。それで、今度もあきらに倒させるつもりなのかい? それともプレイアデス聖団の残りの魔法少女にぶつけるのかい?』
「「そうだな……使い捨てのボディも手に入ったし、それなりに派手に魔女を作ってやるさ」」
彼女はそう言って、両手の五本の指の隙間に、四つのソウルジェムと四つのイーブルナッツをそれぞれ挟んで見せ付ける。
なるほど。それなりの戦力投入するという事は……。
『期待して待ってるよ。聖カンナ』
本当に彼女に目を付けてよかった。おかげでこんなにも大量の感情エネルギーを回収する機会に恵まれた。
プレイアデス聖団の存在のせいで、あすなろ市でのエネルギー回収は難しくなっていたが、彼女のおかげでそれもなくなりそうだ。
魔女の作り手、聖カンナ。
彼女もまたボクらと同じく、ソウルジェムを孵化させる者として、この呼び名が相応しいだろう。
——『
これにて、サキ編は終わりです。
「編ヒロインなのに死んでいない!?」と驚く読者さんもいらっしゃるでしょうが、殺すだけがヒロインではありません!
それに、アイデンティティを自ら破壊してしまった彼女もまたある意味、キャラクターとしての『死』とも言えるでしょう。
次回からは……カオル編です。
何としても作品タイトルのかずみを出したいです!