魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第二十四話 血の雨のち晴れ

~あきら視点~

 

 

 

 さーてと、そろそろなんだがなぁ。まーだ来ねぇのかよ、“アレ”は。

 サキちゃんの家で(くつろ)ぎながら、俺はその時をのんびりと待つ。

 外はまだ、雨が降り続いていた。ベランダのガラス戸に貼り付く雨水がピチャピチャと音を立てて、跳ねている。

 ご両親は共働きでなかなか帰って来ないという彼女は、夕食に手料理を振る舞ってくれるらしい。

 手持ち無沙汰になった俺は和紗ミチル……かずみちゃんのコピー元の少女の日記帳を暇潰しにペラペラ捲った。

 長ったらしい内容を要約すると、死にかけのババアのために魔法少女になり、足手纏いの仲間のせいで魔女になった馬鹿な女の子の一年も満たない記録だ。

 ババアの意思を尊重して、生き長らえさせなかったそうだが、俺から言わせれば、どっち付かずの願望。

 結局、他人の生命を自分の都合で延ばしている癖に、尊重だの何だって……寝言かよ。

 偉そうなことを言っても所詮はお花畑の女の子。

 そんな子がお友達にクローンを何度も作られ、命を弄ばれているなんて、笑える皮肉だ。

 ま。結局のところ、プレイアデスの皆さんは怖かっただけ。

 魔女なるのを恐れ、死ぬのに恐れ、一番最初に魔女化した和沙ミチルの死を『なかったこと』にしたかっただけ。

 友情だとか、連帯感だとか後付けのゴマカシ。

 だからこそ、新しく都合のいい依存相手を演じた俺に、コロコロリーンと傾いた訳だ。

 キッチンで楽しそうに鼻歌を歌っているサキちゃんなんかは差し詰め……“トモダチモドキ”なーんてのが相応しい呼び名かもなぁ。

 この日記をどう使うかは俺の胸先三寸って訳だが、今はそれよりもサキちゃんを完全に堕とす方が重要だ。

 もう八割方俺に(なび)いてるが、最後のダメ押しがほしい。

 そのために、ひじりんに一つ頼みごとをしてたんだが……待てど暮らせど一向にその予兆が起きない。

 あの無能ガールめ、まさか俺の頼みを無視しやがったのか?

 ….…やっぱ、そろそろ俺を切り捨てようとか考え始めてる感じかね。かずみちゃんの信用も独り占めにしたいし、一番面倒な魔法が使えた海香ちゃんが消え、蠍野郎サイドに付いたニコちゃんが消えた今、目下脅威なのは俺くらいだ。

 みらいちゃんはアホだし、里美ちゃんはビビリ。サキちゃんはしっかりしているようでこの有り様。あと排除したいプレイアデスの魔法少女はカオルちゃんくらいのモンだ。

 しかし、外部に蠍野郎やあやせちゃんという不確定要素を抱えた局面で、重要戦力である俺をそう簡単には切れないはず。

 だからこそ、こんな着替える時にクソ邪魔なベルトまでこしらえて、俺に(かせ)を嵌めたんだ。

 俺を切るには時期尚早。俺以外をジョーカーに据えるにしても、手間暇掛けた分、元は取りたいのが人情だろうよ。

 そこまで考えた時、サキちゃんが慌てた声で俺のところへやって来る。

 エプロンが初々しいねぇ、お嬢さん!

 

「あきら!」

 

「どーした、サキちゃん。砂糖と塩でも入れ間違えたんか?」

 

「違う! これを見てくれ!」

 

 突き出したのはサキちゃん自身のソウルジェム。

 濁りは目視できないが、ひじりんの話によると、ジュゥべえの不完全な浄化で上っ面だけ綺麗に見えてるって話だ。

 そのソウルジェムが一定の間隔で光ってる。……ようやく来たか。

 

「これは、ひょっとして」

 

「ああ、モドキじゃない本物の魔女の反応だ」

 

 言われてみれば、イーブルナッツの魔力とはまた違う感覚がこのマンションから、少し離れた地点からしている。

 魔女と魔女モドキ。似ているが、それを構成している魔力の質は完全に別物らしい。

 ひじりんに俺が頼んだのは、イーブルナッツを使ってレイトウコから持ち出したソウルジェムから、魔女が生み出せるかの実験。

 俺の中のイーブルナッツが感知できなかっただけで、あの子は言付け通りに実行してくれてたみたいだ。

 そして、実験結果は成功した。イーブルナッツを使用したソウルジェムの任意孵化は可能と証明された訳だ。

 偶然、サキちゃんの自宅付近でプレイアデス聖団の魔法少女が孵化した可能性もゼロじゃないが、タイミング的にはまずないだろう。

 何にせよ、この目で確認しておくに越した事はない。

 

「大変じゃねーか! 場所は?」

 

「反応からして、すぐ近くだ。あきら……悪いが、その」

 

「分かってる。俺が行くぜ!」

 

 申し訳なさそうに頼むサキちゃんにサムズアップして俺は答える。

 それを見て安心したようにサキちゃんは表情を弛めた。うんうん、順調に俺に依存してますな。良きかな良きかな。

 感じ取れる反応は微弱だが、これだけ距離が近ければ、俺でも場所を辿れる。さっさと魔女が生まれた場所まで向かおうとサキちゃんの家から出て行こうとした。

 だが、玄関まで向かった俺を彼女は止める。

 

「待ってくれ、あきら。……私も共に行く」

 

 えっ、来んなし。マジ来んなし。

 足手纏いを引き連れて戦うのがどれだけストレスか前回の戦闘で嫌ってくらいに味わった身としては、変身して戦わないサキちゃんなんて重荷でしかない。

 しかし、何か覚悟を決めたような面で俺に付いて来る気満々のサキちゃん。

 あのー、チミ。俺が魔法少女の代わりに戦うという宣言した意味分かっとる? 魔法少女に魔力を使わせまいとするヒロイックな意思表明理解しとるん?

 魔力を使わないならマジで足手纏いだし、使ったら使ったらでこっちの意図理解してないってことになる。

 

「駄目だ、サキちゃん。ここは俺一人で……」

 

「いいや、それは駄目だ! あきらだけに辛い思いをさせるなんて! それに直接戦えなくても魔女との交戦経験がある私なら助けになれるはずだ!」

 

 いや、やめて~。クッソ邪魔だからそれやめて~。

 俺に対して好意を持たせ過ぎたか……。庇護欲を持っているくせに依存癖のあるサキちゃんを狙ったのが(あだ)になった。

 良い感じにコントロールしやすそうだと選んだのだが、ここは多少探り探りでもカオルちゃん辺りにしておくべきだったかー。

 割と真剣に困り始めた俺だが、ここで俺の圧倒的な戦闘力で魅せるのもありかと思い、話の分かる男を演じる。

 

「オッケー。でも、俺から離れるなよ? 肝心のサキちゃんが危険な目に合ったら意味ないからな」

 

「ああ。ありがとう」

 

 俺は成り行きに任せて、サキちゃんと魔女の元へ向かうことになった。

 

 

 サキちゃんのソウルジェムが反応を拾ってくれたおかげで、自分で調べるよりも簡単に魔女の結界とやらに辿り着く。

 傘を差しているとはいえ、水溜まりのある道を歩き回るのは嫌だったから、そこだけは素直に感謝だ。

 結界についてベラベラと解説をしてくれたが、適当に相槌(あいづち)を打ちながら、聞き流して中に侵入した。

 前は海香ちゃんが魔女化する前に逃げたせいで内側の光景は見れず終いたった。

 俺は少々期待をしながら、今回生まれた魔女の結界内を観光する。

 そこはレンガで囲われた巨大な広場。

 積み上げられた古ぼけた赤レンガが、不規則に並んで一つの空間を作り上げていた。

 中央には木製の土台が置かれ、その上に刃の付いたオブジェが一つ設置されている。

 もっとも人道的な処刑具と言われる発明品。

 ギロチン。所謂(いわゆる)、断頭台だ。

 

「……悪趣味な結界だ」

 

 サキちゃんはこの場景が気に入らないらしく、不愉快そうに眉を(ひそ)めた。

 俺は魔女の結界の中を見物するのは初めてだから、これが普通かと思ったけれども、経験者である彼女から見るとこの結界は悪趣味なんだそうだ。

 同意も否定もせず、俺はざっとこの結界内を見回す。

 レンガの高い外壁とギロチン台しかない世界だ。魔物や魔女モドキとは違って、別の空間を形成して、現実の世界に入口を作れるらしい。

 この世界も魔女の一部。精神性が魔力を使って結界になったと見て、良さそうだ。

 眺め回していると、中央の台座の上でゆらりと何かが(うごめ)いた。

 体内のイーブルナッツがほんの僅かに振動して、俺に敵が近くに居ることを知らせる。

 

「あきら。——来るぞ」

 

「おうよ……変身!」

 

 俺の肉体がイーブルナッツの力で変質していく。

 本来は黒い竜へと変わるはずだったが、腰に付けたベルトの抑制のせいで中途半端に阻まれて、灰色の騎士の姿へと変化した。

 時を同じくして、サキちゃんのソウルジェムの光が一際大きく瞬いた。

 台座の上でギロチンの刃が落下する。

 どちゅりと水分を含んだ切断が聞こえ、台座の上から血の飛沫が噴き上がった。

 さっきまで外の世界で振っていた雨のようにザアッと地面を濡らす。

 流れた血の雫が台座の下の地面に触れた。

 そこから芽吹くように黒い人影が生えてきた。

 

『あれが使い魔って奴ね』

 

 血の雫から誕生した人影はぼんやりとした人型の黒い染みといった見た目をしている。

 目も鼻もないのっぺら坊だが、口だけは赤く三日月のように吊り上がって浮いていた。

 武器も持たないそれはノタノタした緩慢な動作で俺たちに近寄って来る。

 両手だけを無意味に突き出したその恰好は古いゾンビゲームの雑魚キャラそのもの。

 ていうか実際、本当に雑魚キャラなんだろ? 作りといい、動きといいまったくリソースを割いてないのが分かる。

 昨今の無料ゲームでももうちょっと作り込むぜ。

 腰にぶら下げていた長剣を抜いた俺は、一振りで近くの人影を斬り捨てる。

 案の定、大して力も入れてない一撃で周囲にいた十体近い使い魔は消滅した。

 思った以上に弱いが、それでも囲まれると鬱陶しい。

 大技で片付けるか、と俺は剣を構えた。

 

「あきら。魔女が動く!」

 

 ちらっと眼を動かすと壇上に使い魔とは別の人影が立っている。

 鮮血が染み込んだような真っ赤なドレスを着た戯画っぽい少女。昼にやってる教育番組のアニメに出てきそうな姿だ。

 ……ただし、頭がちゃんと生えてたらの話だけどな。

 首から上には頭部はなく、噴水のように血液を流している。こんなん地上波で流したら、速攻でPTAから苦情来るぜ。

 おまけに片手には馬鹿デカい剃刀(かみそり)を刃ごと握っている。

 握った手のひらには剃刀の刃が食い込んで、ポタポタ血を流していた。

 よく見れば、手首の方も切り傷がある。魔女の姿が元の魔法少女の精神性が反映されているって言うなら、自傷癖でもあったのかね?

 ま。どうでもいいわ。

 

『一撃で終わるんだからよォ! ――イル・グリージオ・スパーダ!』

 

 灰色の魔力を剣に流し込んで、俺は大きく跳躍。壇上まで一っ飛びで接近して、ぶった斬る。

 鮮血の魔女は俺が持つ必殺の一刀を受けて、腹からも大量の血を吐き出した。

 台座の上は真っ赤な血でペインティングされて、元の色が何色だったのかも判別できなくなっていた。

 転がった鮮血の魔女は噴き出す血の池で泳ぐように手足をバタつかせる。

 

『魔女ってのも呆気なかったな。これで……』

 

 違和感があった。

 何でこいつまだ消えてないんだ?

 結界は魔女が死ねば消えるって話だった。

 でも、腹を斬られた鮮血の魔女の結界はまだ健在でここにある。

 台座の下の使い魔共も、何より魔女が血を流して転がっているだけだ。

 

『lkdsvlskngfilejsmfliejgpoekgvopjegijeofk;kntg』

 

 血だまりの上に膝も曲げず、起き上がりこぼしのように九十度ずれて、立ち上がった鮮血魔女。

 その手に握ったデカい剃刀を振ってくる。

 それを剣で弾きながら、俺は状況を分析する。

 ……何だ。こいつ、俺の一撃が完全に決まったはず。

 なのにピンピンしてるってのはどうも()せねぇ。

 悩んでいる俺に台座からサキちゃんの声が飛んでくる。

 

「あきら! 魔女の身体は普通の生き物とは違う。独特の法則を持った魔女も中には居るんだ。倒すには闇雲に攻撃するよりも魔女をよく観察して、その法則を調べるべきだ」

 

『了解。サキちゃん』

 

 剃刀を長剣で鍔迫り合いをしながら、サキちゃんの助言に従って、鮮血の魔女を観察してみる。

 俺が斬った箇所からは絶えず、真っ赤な血が流れており、少なくとも再生はしていない様子だ。

 ダメージが物理的に無効化されている訳じゃない。

 さりとて、断ち切れてもいない。あくまで大量に出血しているだけ。

 身体から、血を絞り出せば、死ぬ? いや、魔物と違って、魔女は人間の肉体をベースにしているのではなく、ソウルジェムから誕生したもの。

 謂わば、魔力で構成された存在。

 人間だったら、そこまで血を流せば出血多量で死んでいるし、何より頭がない時点で即死……。

 ……ん?

 そういや、この魔女が現れる時にギロチンの刃が落ちて、音がしたような。

 剃刀を弾いて、鍔迫り合いを解いた俺は距離を取り、ギロチンの方を調べる。

 すると、本体と同じく戯画風の少女の頭が転がっていた。

 まさか、こっちが本体とか言わないよな……?

 

『rferjmif;jesrferijmgfijmgijtelisitjngle——!!』

 

 俺が頭部を発見したことに気付いた鮮血の魔女はさっきまでとは比べ物にならない速さで突っ込んで来る。

 首がないが、俺には焦っているように見えた。

 マジかよ……。

 

『……えい!』

 

 鮮血の魔女が剃刀を振り被って突撃する前に、俺は落ちている頭部に長剣の先端をぶすりと突き立てた。

 その瞬間、迫っていた鮮血の魔女は塵のように粉々になって、崩壊していく。

 ……マジかよ。

 タネが割れれば、後はあっさり。鮮血の魔女は意図も容易く、消滅した。

 結界内の風景がすぐに薄れ始める。いつの間にか現実世界の雨が上がっていた。

 赤レンガの広場が剥がれ、現実の景色に戻って来る。

 何ていうか、アレだ。魔女との戦闘は、ちょっとした謎解きゲーム感がある。

 強い弱いの前にギミックありきの敵というか……。論理的な思考で動いてないNPCみたいな存在だった。

 理不尽といえば、理不尽だが法則さえ掴めちまえば、倒すのはそれほど苦じゃない。

 

『魔女ってのは皆、こういうモンなのかねぇ』

 

 魔力での肉体の変質を止めると、変質が止まり、元の姿に戻った。

 足元に転がっているイーブルナッツに似た、手のひらサイズのオブジェを拾う。

 これが嘆きの種(グリーフシード)。魔法少女の生命線にして、ソウルジェムの成れの果て。 

 しげしげと魔女との戦闘の戦利品を眺めていると、隣にサキちゃんがやって来ていた。

 

「凄いぞ。あきら! 初めての戦いだっただろうに、魔女に危なげなく勝利するなんて」

 

「あー……うん。(魔女とは)戦闘初めてです。はい」

 

 もうちょっと苦戦した方がよかったか?

 だが、下手に弱そうな振りをすると、俺が代わりに戦うことに不安感を懐かせちまう。

 あくまでも俺の役割は『魔法少女の代わりに魔女と戦うヒーロー』。一定の強さは常に示しとかないと意味がない。

 

「何故、敬語……? まあ、本当に……本当にあきらは凄い奴だ。私たち魔法少女の代わりに戦ってくれる存在なんて今まで想像もしてなかった」

 

 サキちゃんはそう言って、俺に尊敬の眼差しを向ける。

 フフフ。予想通りの反応。これでサキちゃんは俺という人間にヒーロー像を思い描いただろう。

 これで、「魔法少女になって戦う」ということと「あきらに任せれば大丈夫」という思考を刷り込んで、完全に牙を抜き、家畜化させてやる。

 グリーフシードを指先でピンと弾いて、俺は晴れやかな空を仰いだ。

 思い通りにしてやるよ。プレイアデス聖団の魔法少女も、あの蠍野郎も、ひじりんも……。

 俺の愉しみの元に、散々弄んで、飽きたら全部壊してやる。

 俺を奴隷にしたと思い込んでいるあの子が、俺に涙と鼻水を垂らしながら命乞いをする時が待ち遠しいぜ。

 

「どうしたんだ、あきら。急に笑い出して」

 

 不思議そうに顔を覗き込んでくる可愛いサキちゃんに、俺は頬を撫でながら返す。

 

「嬉しくてさ。皆を助けられることが」

 

「あきら……お前は本当に」

 

 懐いた犬っころのように俺の手に頬擦りする彼女。

 俺だけを信じる手駒。俺の魔法少女。

 せいぜい役に立ってくれよ、サキちゃん……。

 心地の良い日の光を浴びながら、完璧に自分の手の中に堕ちた少女を微笑みながら、撫で回した。

 




今回登場した鮮血の魔女は、huntfield様よりいただいたオリジナルの魔女です。
こんな感じでちょくちょく活動報告で応募してくれた魔女を出して行こうと思ってます。

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