魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第二十三話 交渉決裂

「どういう……事だ……?」

 

 土砂降りの大雨に打たれながら、俺はみくが居たパン屋の前に立っていた。

 正確にはパン屋があった場所の前だ。

 出入り口があった場所にはシャッターが降りていて、「空きペナント」の張り紙が貼られている。

 二階の住居ゾーンも同じようにシャッターが閉められ、人が暮らしているようには到底見えなかった。

 

「みくー! 居ないのか?」

 

 少女の名前を呼ぶものの、コンクリートに打ち付けられる雨音に消されて、俺の叫びは無情にも流される。

 偶然、通りかかった雨合羽を着たおばさんに話を聞けば、つい先日ここの主人が行方不明になり、パン屋は閉める事になったのだという。

 その際に一人娘の少女は見滝原市に居る親戚に引き取られたらしい。

 みくはもうこの街には居ないのか……。

 その事実に少しだけ安堵している自分が居た。

 彼の父親、俺に服を貸してくれた人物がどうなったのかは定かではない。

 だが、恐らく、この世には居ないのだろう。

 あの蠅の魔物が引き起こした事件により、死んだのだ。

 根拠はなかったが、確信めいた憶測があった。

 彼女はそれを知る事はない。そして、知る必要もない。

 このあすなろ市は、混沌の坩堝(るつぼ)。悪意渦巻く、暗黒の都市。

 ここから離れて生きて行けるなら、それに越した事はない。

 俺はおばさんに感謝を述べて、パン屋だった空きペナントの前から去る。

 この場所と同じ悲劇をこれ以上、増やしてはいけない。そう心に誓いながら、みくの父に黙祷を捧げた。

 

 

 その後、街の中央から離れ、人通りの少ない外縁部までやって来ると、足を止める。

 

「そろそろ姿を現したらどうだ? ここまで来れば、人も居ない。何が目的なのかは知らないが、そちらにしても好都合なのではないか?」

 

 緑が多いあすなろ市外縁部は、木々が生い茂り、舗装されていない土の道路が剥き出しになっている。

 元々都会には程遠いこの街を中心部だけ急速に発展させた結果、放置され、取り残された歪な自然。

 それがこの場所だ。

 

「……気付いていたのにノコノコやって来るなんて、やっぱり馬鹿だね。ボクの敵じゃない」

 

 この女の子にしては特徴的な一人称と言葉遣い。

 俺はすぐに尾行していた、相手の正体に勘付いた。

 小柄な背格好の少女が木の上から飛び降り、眼前に躍り出る。

 名前はみらい。テディベアの魔法を使う魔法少女だ。

 

「一人か? 仲間はどうした。一緒ではないのか?」

 

「うるさいっ。お前なんかボク一人で十分だ!」

 

 身の丈に合わない大剣を振るい、彼女は威勢よく俺を恫喝する。

 怖さはないが、何をしでかすか分からない危うさがあった。

 例えるなら大物の極道ではなく、ナイフをポケットに忍ばせたチンピラが持つような感覚だ。

 念には念を入れて、俺も即座にリベンジャーフォームへと変身する。

 

「想変身……」

 

 肉体は濃いピンク色の外骨格に覆われ、右腕には金色のスプーンの形をしたマークが浮かんだ。

 両手の先端の鋏が大きく開口し、中心から銃身がずるりと伸びる。

 腰から生えた尻尾を頭上にまで上げ、木々の間から降り注ぐ雨を弾いた。

 

「相変わらず、キモチワルイ色と形……虫みたい」

 

『随分と好き勝手に言ってくれるな。この姿はまだしも、この色は俺の尊敬する魔法少女が授けてくれたもの。それ以上の暴言は看過できないぞ』

 

 あいりから譲り受けたこの色を悪く言う者は許せない。それが安い挑発だとしてもだ。

 

「どうせ、ボクに倒されるんだから関係ないよ!」

 

 大剣を上段に振り上げ、みらいは高く跳ね上がる。

 直線的過ぎる挙動での突進。

 避けて見ろとでも言わんばかりの大振りだ。

 それとほぼ時を同じくして、俺の両脇に位置する背の高い草むらや背後の木々から、大量のテディベアが飛び出して来た。

 自らを視線を集める囮にして、テディベアの群れで俺の動きを封じ、一刀両断する作戦か。

 ……侮られたものだな。

 その場で跳躍し、前方へ――みらいの方へ俺は身体ごと接近する。

 

「何を!?」

 

 後ろに後退するとでも予想していたのか、みらいは驚愕を露わにした。

 驚くにはまだ早い。前回の邂逅では見せられなかった本気を(とく)と照覧するといい。

 雨水をその身で弾きながら、銃身から放たれる弾丸を周囲のテディベアへとばら撒いた。

 食事を取った事で開封した魔力の弾丸は、前とは比べ物にならない連射速度と精確さで百近いテディベアの群れを一掃する。

 

「こ、この野郎ぉぉぉっ!」

 

 恐慌の色が認められるみらいだったが、彼女もまた戦いを重ねて来た歴戦の魔法少女の一人。

 振るわれた大剣の鋭さに衰えは皆無。

 だが、その剣が最後まで振り下ろされる寸前、尾の先を剣の腹に密着させた。

 尾節に付いた砲塔に溜めていた魔力の砲弾を解き放つ。

 

「うあああああああーーーーっっ!?」

 

 起きた衝撃によって、体格の小さな彼女は耐え切れずに吹き飛ばされた。

 俺は反動を利用し、宙で後方に飛びながら抜かるんだ土の地面に着地を決める。

 足元には崩れゆくテディベアの残骸と……断たれた大剣の刃。

 ゼロ距離で発射された魔力の砲は一撃を以って、頑強な刃をへし折っていた。

 

『実力差は理解してもらえたはずだ。無駄に魔力を使って魔女化を早めるな』

 

「だ、黙れぇ……!」

 

 よろよろと立ち上がるみらいだったが、諦めてくれる様子はなさそうだ。

 睡眠こそ取れていないが、こちらはほぼ万全の状態に回復している。少なくとも魔法少女と一対一で負ける事はあり得ない。

 まして手の内の知れているのなら尚更(なおさら)だ。

 

『ニコの仲間であるお前を傷付けたくないんだ』

 

「ニコ……? 何でそこでニコが……ああ、お前のいうニコって言うのは、お前と一緒に来た偽物のニコか。残念だったね。あいつならとっくに死んだよ!」

 

『何を……言っている?』

 

 ニコが偽物? 死んだ? こいつは何を言っているんだ?

 戸惑う俺に彼女は攻撃的な笑みを向けて、語り出す。

 

「ニコに化けてプレイアデスに潜り込ませるつもりだったんだろうけど、本物のニコが帰って来ちゃったからね。正体がバレて、見っともなく殺されたのさ」

 

 俺を挑発して、嘘を言っている。そうに違いない。

 でなければ……。

 でなければ、あまりにもニコが報われない。

 語られる情報を受け入れられない俺を見て、みらいは加虐的に笑った。

 

「あははは。知らなかったの? 仲間が死んだのに三日も気付いてなかったなんて、ちゃんちゃらおかしいね!」

 

 何故だ。何故、こいつは笑っている?

 ニコが! あの子がどれだけお前たちを気に掛けていたのか知らないのか?

 自分の友達が化け物になり、その事実を知って打ちのめされながら、それでもお前たちと戦うためにあの場所に行ったのだぞ!?

 それを……。それをこいつは!

 よりにもよって、偽物だと……?

 お前ら、プレイアデス聖団とやら仲間と偽物の区別も付かないのか? その程度の絆だったのか!?

 

『お前ぇぇぇ!』

 

「ははは。魔女モドキの癖に仲間意識だけはちゃっかり持ってたんだ? どうせ化け物の仲間も化け物なんだろう! だったら、それらしくしてなよ!」

 

 頭に血が昇った。

 思考が怒りで真っ白に塗り潰される。

 激しい激昂が頭から爪先まで広がり、骨の髄まで染め上げていく。

 

「怒れっ! 怒れよ、化け物!」

 

 みらいの声が誰かと重なる。

 そうだ……この人の精神を愚弄し、踏みにじる外道の(さえず)りは奴と同様。

 一樹あきらそのもの!

 あの外道と同じく、この魔法少女は人間性は血の底まで堕ちている。

 生かしては置けない。殺すべきだ。殺すべき悪だ!

 二つの銃口と砲塔はその頭蓋(ずがい)に照準を合わせる。

 

「あははははは」

 

 笑う下衆を跡形もなく、この世から消し去るために――!

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せぇぇぇぇぇぇぇ!

 

『死ねぇぇぇぇ!』

 

 三重の発射口から魔力の波動を放とうと、アンカーを地面に埋め込んだ瞬間。

 

「……『ラ・ベスティア・リファーレ』!」

 

 みらいが笑って、そのイタリア語の羅列を口にする。

 背後で何かが強大な魔力の塊が寄り集まる感覚が、俺の中のイーブルナッツ(心臓)に届いた。

 上を見上げた時、視界に映ったものは。

 ―—巨大なテディベアの大口を開けた顔……。

 

『ウオォォォーン!』

 

 巨熊は俺の頭部を喰いちぎろうと唸りを上げて、噛み付いた。

 アンカーが地面に埋まり、回避の取れない俺の頭部は牙の生えた口の中に呑まれる。

 

『……邪魔だぁ!』

 

 両腕の鋏角で俺を咥える巨熊の頭を抉り、銃口を押し当てゼロ距離で弾丸を放った。

 魔力の弾丸の直撃に挟まれ、巨熊はその牙で首を噛み切る暇もなく、崩壊する。

 崩れていく魔力の隙間から、半ばから砕けた大剣を横薙ぎに振るうみらいの姿が垣間見えた。

 

「お前が死ねぇぇぇぇ!」

 

 巨熊もブラフ。本命は大剣での直接攻撃!

 まんまと挑発に乗せられ、俺は必殺の一手を手放してしまった。

 だが、俺にはまだ尾節に付いた砲塔が残っている。

 砲弾は既に充填済みだ。

 

『おおおおおおおぉぉぉぉ!』

 

「はああああああぁぁぁぁ!」

 

 折れた大剣の一刀と砲塔の一撃が互いに互いの命を狙い、撃ち振るわれる。

 衝突した魔力が暴風を巻き起こし、辺りの雨水を巻き上げた。

 木々が突風で煽られ、葉を揺らし、枝を折る。

 泥の大地は衝撃波によって、激しく抉られ、地面に大穴を穿(うが)った。

 

『ごほっ……』

 

 口もないのに咳が漏れる。

 大剣の刃は俺の外骨格に深々と突き刺さっていた。

 人体でいう肺に相当する箇所にダメージが入ったようだ。

 血が、流れる。人とは違う黒い血が……大穴の内側に零れた。

 乾いて固まった土に染み込んでいく、魔物の黒い血。

 そして、その血に混ざるように流れ込む深紅の血。

 

「………………………………、ぁ」

 

 腹部を大きく抉られ、内臓のその大半が円状に消滅しているみらいの身体が穴の中に横たわっていた。

 ほとんど真っ二つなっているに等しい彼女は大量の血を流し、血だまりの上に転がっている。

 即死していないのは辛うじて、ソウルジェムの破壊を(まぬが)れたからに過ぎなかった。

 薄桃色の彼女の瞳はもう光を映してはいない。ここまで損壊してしまった肉体は例え、魔法少女といえども治癒は不可能だろう。

 罪悪感は不思議と感じなかった。

 人間を、魔法少女を殺したというのに俺の心は(なぎ)のように静かだった。

 他に生き残る術がなかった以上、後悔などある訳がなかった。

 ……いや、言い訳はよそう。

 みらいとあきらが重なって見えた時、俺は彼女を必ず殺そうと思った。

 人の道などあやせに語った舌も乾かぬ内に、自分はこれだ。

 やはり、俺はもう肉体的だけではなく、精神的にも人間から離れて行っているようだ。

 足元を見ると、死に掛けのみらいの肉体に付いていたソウルジェムが、卵型の宝石の形状に戻って落ちていた。

 みらいのソウルジェムの表面がパリパリと音を立てて、剥がれ落ち、澱んだ色を覗かせる。

 濁り切ったソウルジェム。

 魔女が生まれ落ちる予兆。

 魔女の、卵。

 

『…………』

 

 俺はそれを躊躇なく、踏み砕いた。

 砕かれたソウルジェムは魔力の粒子になって、空へと流れていく。

 いつの間にかあれだけ降り続いていた雨は止み、空には雲間が見えていた。

 ずっと見えなかった太陽がやっと雲の影から顔を出す。

 

『酷い事をするね、赤司大火』

 

 天を仰いでいると、白い生き物が近くに生えた裸の木の枝の上で俺の名を呼ぶ。

 変身を解いて、人間の姿に戻った俺はそれに問い掛けた。

 

「酷い、というのはみらいのソウルジェムを砕いた事か? それとも魔女の発生を未然に防いだ事か? どちらだ、キュゥべえ」

 

『当然、後者に決まっているよ。ボクら、インキュベーターには、感情エネルギーの回収が最優先だからね』

 

 白い生き物・キュゥべえはさも平然と言い放つ。

 これが妖精、か。あいり、その名称はあまりにもこの外道には似合わないぞ。

 

「何の用だ? それとも嫌味を言いに来ただけか?」

 

『ボクはそんな無意味な事はしないさ。そうだね、簡単に言うなら交渉に来たんだ』

 

「交渉、だと?」

 

『そうだよ』

 

 キュゥべえは一旦、枝から飛び降りると、耳の内側から生えた毛の塊のようなものを器用に動かして、(めく)れ上がった草むらの間に転がっている何かを引きずり出す。

 土に汚れたそれは何かの端末機器のように見えた。

 

「それは何だ?」

 

『みらいが君を探し出した装置だよ。何でも聞こえて来た内容によると、イーブルナッツの反応を感知できるみたいだ』

 

「そんな便利なものがある訳……」

 

 ない、とは言えない。

 作れるだけの知識と魔法を持った魔法少女を俺は知っている。

 聖カンナ。イーブルナッツの生みの親である彼女なら、その反応を感知する道具を製造するなど簡単な事だろう。

 俺は湧き上がった疑問を自己解決して、キュゥべえに聞く。

 

「それで交渉の内容は?」

 

『これを君にあげよう。君が憎むあきらを探す助けになるだろう? その代わりに魔法少女の魔女化に関連する一切の干渉を止めてほしいんだ』

 

 確かにその装置があれば、俺が感知できないあきらのイーブルナッツ反応を見つけられるかもしれない。

 だが、その装置を作ったのは間違いなく、カンナだ。

 彼女があきらを従えているという事は、自分たちの不利になるものを果たして作るか?

 それをみらいに与えたのだって、彼女のはず。となれば、あきらのイーブルナッツの反応があれば、プレイアデス聖団内にも、あいつが魔物である事が露見してしまう。

 いや、よく考えろ。あきらのイーブルナッツが完全に消えたのはいつだ?

 少なくとも公園で戦った時は、ちゃんと反応があった。

 ならば、あきらのイーブルナッツの反応を感知できないのもカンナが一枚噛んでいる可能性が高い。

 もしやあきらにイーブルナッツの反応を消す装置を付けさせているのではないだろうか?

 この推測が確かならば、感知する装置をもらったところであきらは追えない。

 …………違う。そもこの思考、そのものが無意味だ。

 

『要らないのかい? 君には必要なものだと思うけど』

 

 キュゥべえは装置の画面を前脚でトントンと叩いて返答を催促している。

 俺の答えは決まっていた。

 待たせるのも悪い。早々に答えを返そう。

 

「どうせあきらが捕捉できないだろうが、もらっておく事にする」

 

『それじゃあ、交渉は成立だね』

 

「いいや? 交渉には応じない。……俺が一方的にもらっておくだけだ」

 

 右腕のみを魔物に変化させ、魔力弾でキュゥべえの頭を撃ち抜く。

 脆い奴はたった一発だけで頭どころか胴体に至るまで消し飛んだ。

 それからゆっくりと装置に近付いて、地面から拾い上げる。

 

『驚きだよ、赤司大火。君がそういう不公平な対応を取るなんて』

 

 木々の合い間から撃ち殺したキュゥべえと同じ声が聞こえてきた。

 こいつらは個体での生物ではなく、総体で一つの生物なのだと自分で言っていた。

 だから、さして驚きはない。

 

「消えろ、キュゥべえ。お前にいくら代わりが居ようとも、俺はそれをダース単位で消し飛ばす力がある。魔力切れまで粘ってみるか? 魔法少女たちより俺の攻撃は燃費がいいぞ?」

 

『やれやれ。第二次性徴の男の子はこれだから嫌なんだ。すぐにボクに反感を懐いて、追い払おうとする』

 

 まるで俺以外にも少年と交流があるような言い草だが、多分あきらの事だろう。

 魔法少女になる女の子を除いた普通の人間、ましてや何の利用価値もない少年にこの強欲な生物が興味を持つとは到底思えない。

 奴が姿を現す事もなく、去った気配を感じ取ると、俺は拾った装置を眺め回した。

 残念ながら俺は電子機器には疎い。日常で触る機械などせいぜいテレビくらいのものだ。

 使い方だけ吐かせてから追い払えばよかったのだろうが、あの生き物と話しているのは精神的に耐えられなかった。

 おもむろに画面に付いた泥を指先で拭うと、地図の画面から別の画面に急に切り替わる。

 

『ハロー、赤司大火。聞こえてる?』

 

「その声は、……ニコ!?」

 

 一瞬、それがニコの声だと思い、喜色が滲みそうになったが、すぐにそれは違うと思い知らされる。

 

『……残念無念。私は神那ニコじゃない。——聖カンナだ』

 

 それは至極当然の事だ。

 俺自身、この装置の製作者はカンナだと推測していたにも拘わらず、都合よくニコが生存している可能性に縋ってしまった。

 不思議なものだ。

 過去に戻って来た時には、あれほど聞きたかったカンナの声を聞いたのに、俺の心はピクリとも動かない。

 

「俺を、赤司大火を知っているのか?」

 

 通話状態になっている事は、機械音痴の俺にも分かる。

 音量が小さかったが、下手に弄って通話が切断すると二度と繋がらなくなる可能性を考慮して、そのまま耳を近付けて喋った。

 

『何故か、私が作ったイーブルナッツを持っている人間という事くらいは掴んでいる。私の邪魔をしている事もな』

 

「そうか。だが、俺は……お前がプレイアデス聖団を憎む理由を俺は知っている。かずみを求めるその理由も」

 

 疑うか、驚くかの二択だと思ったが、意外にも通話している彼女の声は落ち着いていた。

 

『それは結構。余計な話をせずに済む』

 

 この余裕、ニコから何か聞いたのか……?

 いや、未来からの時間遡行者と知っていれば、逆に余裕ではいられないはず。

 ニコと組んでいた事が彼女に露見しているから、ニコから情報をもらったと勘違いしている?

 

「もう一度聞く。俺の事をどこまで知っている?」

 

『私の届く範囲まで』

 

「……コネクトの魔法が届く範囲という意味か?」

 

 こちらが持つ最大級の情報をチラつかせてみる。

 カンナの魔法。それはこの世界では彼女以外に知らない秘密だ。

 慎重な彼女があきらに自分の魔法を明かしているとは考えにくいし、仮に明かしていても、あきらが俺に情報を流す理由もない。

 

『さあね。好きに取ればいい』

 

 カンナの声音には微塵の焦りも滲まない。

 分からない。彼女の内情が俺には読み取れなかった。

 駄目だ。頭を使えば使うほどドツボに(はま)るだけだ。

 だが、これだけははっきりさせねばならない。 

 

「みらいにこの装置を渡したのは、結果的に俺の手に渡すためか?」

 

『イエス。あの雑魚(みらい)じゃ、逆立ちしたってお前には勝てないのは明白だった』

 

「俺が彼女を殺すのも、カンナ……お前の手の内かっ!?」

 

 否定してくれと祈りながら、俺は彼女に問いかける。

 しかし、彼女の口は聞きたくない方の答えを返した。

 

『イエス。そのために短慮で愚かなあの子をメッセンジャーガールに選んだんだよ。お前が拒んでもみらいは戦いを止めない。グリーフシードだって持ってないだろう? となれば、殺されるのは目に見えていた。そ・れ・に……』

 

 ——魔女になって、殺してくれたらグリーフシードも一個できるしね。

 残酷極まりないカンナの言葉に俺は震えた。

 こいつは本当に俺の惚れた聖カンナなのか。さらにもう一人居る同じ声の別人ではないのか。

 俺の反応を察してか、彼女はケラケラと楽し気に言う。

 

『その様子じゃ、魔女になる前に殺したのか! うんうん。なるほど。賢いよ、赤司大火!』

 

 止めろ……。止めてくれ……。

 それ以上、カンナの声で喋らないでくれ。

 

『ああ、っと。世間話はこれくらいにして、本題に移ろうか』

 

「本、題……?」

 

 これ以上、何があるというのだ。

 精神を残虐にも抉るような発言を止め、カンナははっきりと口にした。

 

『一樹あきらを殺させてやる』

 

「……っ!」

 

 心臓が跳ね上がる。

 俺のかねてからの悲願、それが一樹あきらの抹殺。

 悲しみも、怒りも、全てその一言で吹き飛んだ。

 それほどまでに俺にとっては重要な台詞だった。

 

『と言ってもすぐじゃない。お前が大人しくしていたら、の話だ』

 

「……どういう事だ。お前とあきらは」

 

『繋がっている? 仲間同士? 冗談は止めてくれ。都合が良いから利用しているだけで、向こうも私も信用なんてしてはいない』

 

「邪魔になったから俺に始末させるって事か?」

 

『イエス。そうだな……奴を切り捨てる段階にまで計画が移行したら、その端末に……』

 

「ふざけるなっ!」

 

『…………』

 

 ふざけるなふざけるなふざけるな!

 お前は……お前は命を何だと思っているんだ!?

 この街に居る魔法少女はどいつもこいつも(ろく)でもない奴ばかりじゃないか!

 それに群がるあきらも俺もどうしようもない屑だ!

 魔法なんかに関わる奴は誰も彼も命を軽いもののように扱いやがる。

 

「絶対に、思い通りになんかさせない……。お前にも、あきらにも」

 

『……じゃあ、せいぜい一人で頑張ってみなよ。セイギのミカタ』

 

 握っていた装置はその途端に、ボンっと小さく爆発して、黒い煙を噴き上げた。

 画面は黒く染まり、何も映していない。

 俺はそれをみらいの死体がある穴へ放り投げた。

 もう一度、魔物へ変身して、死体共々魔力の放射で消し飛ばす。

 

『やってやるさ。悪党共……』

 

 俺は誓う。

 この心が、精神が砕けようとも、この街から邪悪を放逐すると。

 




お腹がいっぱいになり、とうとう頭を使い始めた主人公・赤司大火!
ラスボスの座を奪還しつつある原作ラスボス・聖カンナ!
どうなる次回!



活動報告欄にて、引き続きオリジナルの魔女を募集しております。
現在二枠埋まったので、残り三枠。お待ちしております。

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