魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第二十二話 別れの挨拶 

~みらい視点~

 

 

 最近、サキの様子が変だ。

 今まではまったく男の子には興味がなかったのに、あきらに対しては妙に浮足立った態度をする。

 今日だって、二人っきりで買い物に行くなんて、以前のサキからしたら考えられない対応だ。

 ボクもあきら自体は嫌いじゃない。話は面白いし、意外に物知りだから一緒に居て感心させられる事もときどきある。

 でも、やっぱりボクにとって一番なのはサキだ。

 サキ以外にあり合えない。

 そんなサキがあきらに取られそうで、心穏やかじゃ居られない。

 気晴らしになるかと散歩に出てみれば、生憎の雨に打たれて、気分はげんなり。

 沈んだ気持ちでファミレスにでも入ろうとしていると、ガラス越しの店内にニコの姿を見つけた。

 向こうもボクに気付いて、ひょいっと手を持ち上げる。

 その後、ちょいちょいと手招きをした。

 店の中に来いって事……?

 ボクはそれに従って、ファミレスに入るとニコの居る席へと向かった。

 

「何……?」

 

「機嫌悪いね。どうしたの? おねーさんに話してみ」

 

 何がお姉さんなんだか。同い年の癖にニコの奴ったらボクを子ども扱いするから嫌だ。

 のほほんとした表情で笑うニコ。妙に機嫌が良さげで余計にムカついた。

 だけど、話を聞いてくれると言うなら、聞いてもらってもいいかも。

 

「最近、サキがボクに構ってくれない」

 

「あーあ。サキはあきらにゾッコンだからね。仕方ない仕方ない」

 

「それが気に入らないの!」

 

 ウェイトレスが運んで来た水をがぶがぶ飲んで、大きな氷を一気に噛み砕く。

 頭がキーンとして、思わず額を手で押さえた。

 そういえば、あきらがこの冷たいものを一度に食べた時に起きる頭痛を「アイスクリーム頭痛」と呼ぶとか言っていたのを思い出す。

 脚を組んで偉そうに座っているニコは「うーん」と唸ってから、何か思い付いた風にボクを見た。

 

「それじゃあ、あきらよりもみらいの方が凄いって思わせればいいんだよ」

 

「例えば、どんな?」

 

「そうだねぇ……あきらより早く、あの『蠍の魔女モドキ』を倒す、とかかな」

 

 蠍の魔女モドキ。

 数日前の騒動や三日前に海香の家に現れたボクたちの敵。

 人間でありながら、魔女のような姿であすなろ市を襲う存在だ。

 確かにあいつをあきらよりも早くやっつけて、サキの前に突き出せば、ボクの凄さの証明になるかも……。

 名案だ。でも、素直にニコに感謝する気も起きず、適当に肯定する。

 

「ま、まあ。悪くないかもね」

 

「あくまで一例だけどね。あの魔女モドキが居なくなれば、この街も平和になるし一石二鳥だなって」

 

「それでー……具体的にはどうすればいい? もし、あの魔女モドキを探すなら」

 

 さり気なく、ボクはニコにあいつを探す方法を尋ねた。

 ニコはそれに気付かずに、世間話の調子で答える。

 

「そうだねー。もしも探すとしたらコレが役立つかもね」

 

 ポケットから平べったい機械を取り出してテーブルの上に置く。

 画面はマップのようなものと右上にグリーフシードに似た変な図柄が載っている。

 

「これは?」

 

「奴ら魔女モドキの居場所を調べるするサーチャー。まだ試作段階だけど、普通の魔女とは異なる奴らの魔力反応を感知できる。名付けて『魔女モドキサーチャー』」

 

「! これさえあれば魔女モドキを探せるんだね!」

 

「まだ試験段階だから、街全体をカバーできるほど索敵範囲は広くないけど、捜し易くはなったと思うよ」

 

 流石はプレイアデス聖団のメカニック担当のニコだ!

 まさか、こんなにも早く便利なものを作り上げていたなんて、想像もしてなかった。

 これさえあれば、あきらより先に蠍の魔女モドキを見つけられる。

 

「ニコ、これをボクに……」

 

「ノン。奴は強い。一人で立ち向かうには危険すぎるよ」

 

 当然だけど、ニコは魔女モドキサーチャーをボクに貸し出すつもりはなかった。

 ボクがニコの立場なら同じようにすると思う。でも、ボクにとってこれはサキを振り向かせるチャンスだ。みすみす見逃す手はない。

 

「ソウルジェムを無駄に濁らせないためにも、ここはあきらと共に向かうべきだよ。あ、そろそろ、頼んだパフェが来そうだ。みらいもメニューでも見て何か頼みなよ」

 

 横にあったクリア加工してあるメニューをずいっとボクの方に差し出し、ウェイトレスがパフェを運んで来るのを待ち受ける。

 ……今だ!

 ちょうど、ウェイトレスがパフェをお盆に乗せて、このテーブルの隣に着いた瞬間を狙って、ボクはサーチャーをくすねた。

 ニコはパフェに目を奪われて、まるで気付いた様子がない。

 手早く、持っていたテディベアの背中にサーチャーを押し込むと、怪しまれないようにボクはニコに言った。

 

「やっぱりお腹空いてないから、注文はやめておくよ。話聞いてくれてありがとね。じゃあ」

 

 少し早口になってしまったけど、ニコは気にした素振りも見せず、スプーンでパフェのソフトクリームを突きながら、片手を振った。

 

「うん。……さようなら、みらい」

 

 ボクは彼女にサーチャーを盗んだ事を悟られないよう、焦る気持ちを抑え、早歩きでファミレスから出た。

 何とか誤魔化せたみたいだけど、パフェを食べ終えればニコはサーチャーがない事に気付いてしまう。

 そうなる前にあの蠍の魔女モドキを見つけないと!

 早速、サーチャーを起動させて、魔女モドキの魔力反応を探しに行った。

 その前に傘くらい買っておこう。サキに褒められたボクの髪が痛んじゃう。

 

 

 *******

 

 

「ごちそうさま! うまかったぁー……ボルシチなんて食ったのは小学校の給食以来だが、こんなうまいものだったのか」

 

 シチュー皿に乗ったボルシチ七杯と食パン一斤を完食して、俺はようやく人心地が付く。

 こんなうまいもの生まれて初めて食べた……と言い掛けて、今存在している『俺』そのものは生まれて間もない事に気付き、苦笑いしてしまう。

 小学校の記憶どころか、未来で起きた記憶も厳密には俺のオリジナルの赤司大火の記憶をイーブルナッツの俺が引き継いだものに過ぎない。

 みくからもらったパンが『俺』の初めて食べたもので、これは二回目の食事という訳だ。

 

「鍋の中にあったボルシチを残らず平らげてしまわれるとは……大した食欲ですね。意地汚い事この上ない」

 

 皮肉気に言うルカは空っぽの鍋を見せて、蔑んだ視線を向けて来る。

 うっ。そう言われるとご馳走になったとはいえ、多少は残しておくべきだったか……?

 

「ルカ。そんなに食べたかったのなら言えばよかったのに」

 

 俺の向かいに座って、湯呑を(すす)っているアレクセイは無表情でそう語る。

 む? ルカもボルシチ食べたかったのか。それは悪い事をしてしまった。

 

「そういう事言っているのでありません! 私を食い意地の張った女のように言うのは止めなさい。それから私にもお茶を淹れてください」

 

 機嫌の悪そうに命令する彼女に対し、アレクセイは特に焦った様子もなく、湯呑を机に置き、脇に用意してあった急須を持ち上げる。

 このようなやり取りは日常茶飯事という事か。アレクセイの対応が冷め過ぎているのか分からない。

 

「……」

 

 急須を片手に彼が無言でこちらを見つめている。

 段々彼とのコミニケションにも慣れて来た。

 これは俺に「お茶も要るか」と目線だけで聞いてきているのだ。

 郷に入っては郷に従え。俺も彼のやり方に合わせ、机の上にあった湯呑をそっと差し出して、ご相伴(しょうばん)(あずか)る事にした。

 急須から湯呑に淹れられたお茶は、匂いといい、赤茶けた色といい、明らかに緑茶ではなかった。

 

「これは……何茶だ?」

 

「ルイボスティー」

 

「……そうか。ありがたくいただこう」

 

 何故、急須と湯呑でルイボスティーなのか聞こうかと思ったが、特に深い意味ないのだろう。

 恐らく、持っている食器が和式なのだ。その証拠にルカの方も……。

 

「悪くない味ですね」

 

 普通にティーカップでお茶を飲んでいた。

 何なのだ……。ティーカップがあるなら、どうして湯呑を使っているんだ。

 謎過ぎるぞ。中沢家……。

 難解なこの家の食器事情に翻弄されつつ、俺は湯呑に注がれたルイボスティーを啜った。

 

「うまい……。あ、そうだ」

 

「?」

 

「中沢アレクセイでいいのか、本名は」

 

「うん」

 

「では、アレクセイ」

 

 俺は湯呑を机に置き、アレクセイに向き直ると改めて、彼に頭を深々と下げた。

 感謝の口上を粛々(しゅくしゅく)と述べる。

 

「ありがとう。本当に助かった。食事だけじゃなく風呂にも入れさせてもらって、どう感謝したらいいか分からない」

 

「そう」

 

 アレクセイは興味なさげにルイボスティーを口に含む。

 愛想もなく、何を考えているのか表情から把握できないが、この男は(すこぶ)る親切な人間だという事は多少なりとも交流していて身に染みていた。

 双樹姉妹が彼に文句を言いつつも、力尽くで言う事を聞かせないのもその人柄あっての事だろう。

 

「だが、あえてその恩人に苦言を呈させてもらう」

 

 これだけは言わねばならなかった。

 義理があるからと言って、善悪の道理を無視する事は許されない。

 

「イーブルナッツを使って、魔法少女を襲っているお前やルカたちは間違っている! 何が目的なのかは分からないが、力任せに命を脅かす行為を俺は断じて見過ごせない!」

 

「何様のつもりですか? たかだか魔力を得ただけの人間が私たちのやり方に口を出すとは……」

 

 ルカはソウルジェムからサーベルソードを作り出し、その刃を俺へと突き付けた。

 

「のぼせ上ったその思想、私が冷ましてあげましょうか?」

 

 その刃から冷気が吹き荒れ、俺の前髪を激しく揺らめかせる。

 変身こそしていないが、彼女は本気だ。本気で俺を斬ろうとしている。

 こうなるとは分かっていたが、それでも言わねばならない台詞だった。

 

「俺は魔法少女として、正義を貫き死んだ少女を知っている。だからこそ、言おう。ルカ、あやせ。お前たちの在り方は『魔法少女』とは言い難い!」

 

 脳裏に浮かぶのは小さな女の子のために、その命を散らしたあいりの姿。

 身体中の肉を抉られ、目玉をくり抜かれてなお、正義の在り方を突き通した彼女に比べ、双樹姉妹の行動は身勝手で残酷な行いにしか映らなかった。

 

「……お喋りな舌ですね。それが遺言という事で宜しいでしょうか?」

 

 怒気を含ませたあやせの言葉。

 酷く静かだが、それ故内情は逆に怒りに震えているのが感じ取れる。

 やはり分かり合う事は無理なのか……。

 

「ルカ」

 

 沈黙を保っていたアレクセイがとうとう横から口を出す。

 

「僕も聞きたかった。何で魔法少女のソウルジェムがそこまでほしいの?」

 

 剣呑に俺を睨んでいた彼女は彼の問いには、当たり前のように答えた。

 

「それはあやせが望んだから。彼女の望みは私の望み。私の全て」

 

「じゃあ、あやせに交代して。そっちに聞くから」

 

「……いいでしょう。あやせ、聞いていましたね? アレクセイに答えてあげてください」

 

 すっとルカは目を閉じる。握っていたサーベルソードが粒子のように宙を舞って、消失した。

 次に目を見開くと、冷静なルカとは対照的な、天真爛漫(てんしんらんまん)な表情の少女が座っていた。

 

「私がジェムを求めるのはそれが綺麗だから。綺麗なものを手に入れるのは女の子として当然の事じゃない?」

 

 あやせはさも常識のように自分勝手な理屈を述べる。

 俺はその発言に不満しか感じられずに、反論しようとしたが、それより先に言葉を紡いだのはアレクセイだった。

 

「自分のジェムだけで満足できないの? 二つも持っているのに」

 

「……二つじゃ足りない。もっともっとたくさんのジェムを手に入れて愛でたいの。綺麗な宝石たちを」

 

「本当にそうなの?」

 

 (あお)い二つの瞳があやせの顔を見つめる。

 言葉は少ないが、心の奥まで見通すような静かで穏やかな視線。

 

「……何が言いたいの? あなたは」

 

 あやせはたじろいで、視線を逸らした。

 

「あやせは、自分のソウルジェムを綺麗だって思ってる? どのジェムよりも綺麗だって」

 

「何を……」

 

「本当は、自分のソウルジェムに満足できなから、誰かのジェムがほしいんじゃないの?」

 

 皿のように見開かれたあやせの目。

 今度はアレクセイの視線を逸らす事もままならず、硬直している。

 自分のソウルジェムに満足できない……?

 彼の言う言葉の意味が俺には分からなかったが、あやせの方には効果があったらしく、蛇に睨まれたカエルのように動きを止めていた。

 

「僕は一緒に居て、あやせから魔法少女の話を聞かされる度にそう感じてたよ。この子は自分の宝石が気に入らないから誰かの宝石がほしいんだって」

 

「違う――!」

 

 時間が動き出したように彼女は立ち上がって叫んだ。

 

「私は! 私は自分の事が嫌いなんじゃない! 自分のジェムが、自分の魂が気に入らないんじゃない! 違う! 違う違う違う違う!」

 

 あやせは半狂乱になって、居間から走り出し、障子を開けて別の部屋に行ってしまう。

 残された俺とアレクセイはそんな彼女の背中を黙って見送るしかなかった。

 

「……良かったのか?」

 

「何が?」

 

 お茶を啜るアレクセイは捉えどころのない無表情のままだ。

 俺には分からない絆や関係性があるのかも知れないが、それでも今のは踏み込み過ぎたように見えた。

 だが、あやせもただの異常者ではなく、内心に深い闇を抱えているようだった。

 そして、それをどうにかできるのは彼以外に居ないのだろう。

 

「アレクセイ、俺はもう行く。だが、魔法少女を襲うのは止めてくれ。あやせにも止めさせてほしい」

 

「それを決めるのは僕じゃない」

 

「……そうか。そうだな」

 

 これ以上の会話は無用。

 再び相見(あいまみ)える時があれば、その時に決着を付ければいい。

 そう思い、立ち上がった。

 しかし、そこで今着ている服がアレクセイから借りたものである事に気付く。

 そもそも今まで着ていた服も、みくの家で着替えさせてもらったものなのだが、色々あって借りっぱなしなっていた。

 どうしたものかと悩んでいると、アレクセイは何でもないように言う。

 

「いいよ。その服あげる」

 

「いいのか?」

 

「裸で出ていく? お前の濡れた服ならビニール袋にあるけど」

 

 部屋の隅に膨れているビニール袋を顎で示した。

 確かに今出ていくなら、着ているものを返す訳にはいかない。

 ありがたく、もらって置こう。本当に彼には借りを作ってばかりだ。

 

「服は借りていく。返せれば、返したいが……期待はしないでくれると助かる」

 

「うん。傘は一本しか家にないから貸せないけど」

 

「そこはまあ、何とかする。ではな」

 

「うん」

 

 濡れた服が入ったビニール袋を引っ掴むと、そのまま玄関で靴を履く。

 逆さまにして、水を抜いていたが、それでも足を入れると内部が湿っているのが感じられた。

 それでも濡れ鼠状態よりは遥かに快適だ。

 雨脚が弱まっている事を期待して、外に出るが雨の勢いは弱まるどころか、さらに土砂降りになっていた。

 

「ええい、ままよ!」

 

 ビニール袋を頭の上に掲げ、申し訳程度に頭を隠して、走り出す。

 かずみの捜索を再開したいところだが、ここは先にみくの顔でも見に行くとしよう。

 思えば、ニコに拉致されて以来、あのパン屋がどうなったか確認しに行けなかった。

 借りた服は濡れたままだが、乾かす手段を持たないまま持っておくよりは返却した方がいいだろう。

 目指す目的を決め、俺は雨の中を駆け抜けた。

 




あやせの設定は、彼女の行動の理由を独自解釈して掘り下げる予定です。
あきらの章で即座に退場したキャラを積極的に描いていくつもりではありますが、あくまで予定なのでどうなるかは分かりません。

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