魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
第二十話 恋する少女と花言葉
~サキ視点~
私ははっきり言って男が嫌いだ。
理由は多岐に渡るが、一番古い理由は幼稚園時代に将来なりたいものの絵を描くというテーマの授業に起因する。
元々、絵心はなかったが、今のように巧拙を気にする事もなく、その頃は自由に絵を描いていた。
問題だったのは描いた「なりたいもの」。
私は当時好きだった絵本に出て来る「凛々しくて、格好良い王子さま」を描いた。
『女の子は王子さまにはなれない。』
クラスメイトの園児だけではなく、先生にまでそう言われた。
今にして思えば、至極当然の発言だったが、当時の私には泣くほど悔しい思いをさせる侮辱だった。
絶対に男よりも凛々しくて、格好良い王子さまになってやる……。
私が男と見るや目の
それは自分が男に対する羨望と、女である自分へ不満の裏返しだという事だと理解しても、なお消えないものだった。
そうだった。そうだったはずなのに。
『これからは俺が魔法少女の代わりに魔女や魔女モドキと戦うぜ』
偽物のニコを粉砕したあきらはそう私たち、プレイアデス聖団にそう宣言した。
ニコの魔法で生成された特殊なベルトで、騎士のような姿に変身できるようになった彼は魔力を使って、魔女たちと戦える力を手に入れたのだと言う。
それを聞いて、私は彼に自分が憧れていた「絵本の中の凛々しくて、格好良い王子さま」を見出してしまった。
理想の自分がそこに居た。憧れの具現があった。
元から彼には嫌悪をあまり感じなかったが、かずみたちが懐いている面白い奴程度の認識でしかなかった。
しかし、今は違う。
あきらを友人としてではなく、異性として意識してしまう。
魔法少女をエネルギーとしか思っていない生命体『インキュベーター』、ソウルジェムの浄化手段『グリーフシード』。
海香が魔女になったせいで色んな事を思い出してしまったからこそ、あきらという希望の存在を大きく感じた。
それに加えて、偽物のニコと行動を共にしていたあの蠍の魔女モドキの事もある。
奴はイーブルナッツという人を魔女モドキにして暴れさせるだけでなく、私たちが生み出した浄化システムのジュゥべえまでも破壊したと、ニコは話していた。
だとすると、益々もって頼みの綱はあきらだけだ。
「サキちゃん。さっきからボケッとしてどうしたー? 俺と一緒に居るのつまらない?」
「い、いや、そんな事はない! 楽しい。凄く楽しいぞ!」
いけない。私とした事が少々考え過ぎて、ぼうっとしていたようだ。
粗相をしてしまったと慌てて、否定するとあきらは安心したように快活に笑った。
「そんならいいんだけどさ」
本日。学校が終わった放課後。渦中の人物の一樹あきらと私は二人きりで、デパートにショッピングに来ていた。
三日前に御崎邸で起きた海香の魔女化の件を未だ引きずっていた私を気遣ってか、あきらが私を買い物に誘ってくれたのだ。
彼は真っ赤なパーカーにジーンズという格好で、私の隣を歩いている。
昔から女の子には好かれても男の子とは距離を置いて生きて来た。だから、こういう風に男の子と一緒に歩くという機会は皆無だ。
今日は珍しく、普段は
できるだけ裾の長いものを選んだが、やっぱり私にはズボンの方が良かったかもしれない。
柄にもなく、ソワソワしながら歩いていると、何気ない口調であきらが話しかけてくる。
「今日は俺がデートに誘ったんだから、欲しいものがあったら何でも奢るぜ?」
「で、でーと……。ああ、うん、そうだな……。でも何か奢ってもらうのは気が引けるな」
デートという文言についつい照れてしまうが、そこはそれとして金品を一方的に奢られるのは
父親の教育が厳しかったのもあるが、中学生の身の上でそういうやり取りをするのには抵抗があった。
だが、あきらは強引にも発言を曲げない様子で言う。
「駄目だぜ。サキちゃん。ここは素直に奢られるのが女の子の役目ってモンだ。男女差別ーなんて憤る奴も居るけど、そいつは甲斐性なしの台詞さ」
「わわっ!?」
するりとあきらは私の腰に手を回し、掻き抱いた。
思っていたよりも
女の子とは違う、細身ながら程よく筋肉が付いた腕を服越しながら感じてしまい、我ながら素っ頓狂な声を出してしまう。
「差別はあって
ふざけているようで真面目なような、どちらとも取れる態度であきらは迫る。
私は腕から布に伝わる彼の体温にどぎまぎして、うまく頭が回らずに何度も頷いた。
「あっ……うん! そうだな、うん! 私が間違っていたよ」
「サンクスサンクス。分かってもらえて嬉しいぜ。じゃあ、どこ行く? 何見る? 何を買う?」
リズムよくヒップホップの歌詞のように尋ねる彼に、少し火照った思考で行き先を思い浮かべる。
服か。それも悪くはないが、彼の前でファッションショーをするのはあまりにも恥ずかしい。
もっと会話に繋がるような、私が知識を披露できるような所……。あった!
「私が行きたい場所でいいか?」
「もちろん。どこへなりともお供しますよ、お嬢様」
身体を話した後、冗談めかして、どこぞの執事のように恭しく一礼をする彼。
ついついその仕草にくすりと笑ってしまう。
では、私もその冗談に付き合おう。
「それではエスコートしてもらおう、かしら……」
初めて使う女らしい言葉に途中で照れが出てしまった。
誤魔化すように咳払いを何度かして、彼を案内するように歩き出す。
あきらはそれをにやにやとした笑みで見守ったが、口に出してからかいまではしなかった。
そうして、二人で目的のコーナーへと辿り着く。
「ここだ」
「ここって……フラワーショップコーナー?」
そこはデパート内に併設されたフラワーショップコーナー。街で見かける花屋よりは小さいが、ブースの一角を陣取っており、それなりに豊富な花々が手前に並んでいる。
咄嗟に私が思い付いたのは花だった。
服や装飾品の知識には自信がないが、花に関する知識なら同年代では負けない。
それに……。
こうやって、デートで花を選ぶという行為を一度やってみたかった。
購読している恋愛小説の一巻にそういう場面があり、「いいな……こういうの」と一人妄想に
「ふふん。私は花は詳しいんだ。どれ、あきら。ここにある花を適当に選んでみてくれ」
得意げに鼻を鳴らすと、彼は少し悩んだ後、
「じゃあ、これ」
手前のブースに活けられている花の一輪を指差した。
俯くように頭を垂れた紫の花の名前は。
「オダマキ。英名はコランバイン。学名はアクイレギア。それは紫色だから花言葉は……『勝利への決意』だな」
得意げに私がそう語ると、あきらは感心したような目で見つめてくる。
プレイアデスの皆は私が花に詳しいと話すと「似合わない」だと「乙女チック」だの馬鹿にしてきたから、彼のように感心してくれる反応は素直に気分がいい。
「おお! 詳しいなぁ。紫色は、ってことは他の色にもそれぞれ花言葉は違うのか?」
「赤のオダマキは『心配して震えている』。白のオダマキは『あの方が気がかり』。オダマキ全般としては……」
有頂天になって、それぞれのオダマキの花言葉を次々に教えていた時、あまり良い意味ではない花言葉もある事を思い出して口篭もってしまう。
あきらは急に詰まった私の言葉に続きを促した。
「全般としては? また違う花言葉?」
「あ、ああ。オダマキ全体としての花言葉は……『愚か』」
「へぇ~。愚か、ね」
何を思ってか彼はオダマキを面白そうに眺め回す。
若干、気落ちしてしまった事を悟られないように、花言葉の由来を付け足した。
「英名のコランバインは、ヨーロッパのお芝居に登場する娘の道化役にちなんでいる。『愚か』の花言葉もその道化役が由来だな。『勝利への決意』は、オダマキの葉を食べてライオンが強力な力を得ていると言う逸話からだ。人間も葉をこすりつけるだけで勇気が出ると信じられていたそうだ」
「面白いんだなぁ、花言葉って。あ、店員さーん」
あきらは、活けられたオダマキを指差してブースに居た店員を呼び付ける。
一輪だけ買うと、その紫色のオダマキの茎を短くちぎって、私の髪に
「え、これ」
「プレゼント。花言葉を聞いて、ぴったりだと思ってさ」
にこりと微笑んで、彼はそう告げた。
紫色の花言葉は『勝利への決意』。これが意味する事は。
「俺は勝つよ。あの蠍の魔女モドキにも、アンタら魔法少女を取り巻く状況にも」
「魔法少女を取り巻く状況……?」
「皆は隠そうとしてたけど、俺はニコちゃんから聞いてんだ。海香ちゃんがどうなったのか」
「! それは……」
「大丈夫。かずみちゃんには内緒にしてある。てか、教えられる訳ないって」
あきらは全部あの時には知っていたんだ。
知っていて何かも受け止めた。
私たちの代わりに戦う。それは彼の傷付けまいとしたのではなく、魔女にしないという誓いだったのだ。
「あきら……。お前は」
「俺はサキちゃんたち、プレイアデス聖団を支えるよ」
この時、私は自分の本心に気が付いた。
ずっと……ずっと誰かにこう言ってほしかった。
ミチルがこの世を去ってから。
彼女の蘇生に失敗する度に。
支えてくれる誰かを欲していた。
いや、本当はもっと昔、妹を交通事故で亡くした時から思っていたのかもしれない。
私の理想の王子さまはここに居た。
もう何も怖くない。
*******
「クソッ! どこだ、どこに居るあきらぁ!」
この三日、俺はずっとかずみを攫ったあきらたちを探していた。
流石に日のある内から、コルを使って飛行するのは人目を引き過ぎるため、基本は脚を使っての街を巡っている。
あすなろ市の工業地帯など、あまり目の届かない場所を中心に探すが一向に奴のイーブルナッツの反応を感じ取れない。
日中や問わずに探しているが、空腹で頭も回らなくなっていた。
自分が人間ではないと発覚しても、人間だった時と同じように減る腹に嫌気が差す。
水は公園の水道や川で事足りるが、飯については金がなければどうしようもない。
唯一違うのは多少無理が利くくらいだ。
それでも夜は多少眠らなければ行けなかったし、警察に補導される訳にもいかなかったから大っぴらには動けない。
手がかりゼロ。身体を休まれる場所も、腹を満たす金もない。
橋の下やろ狭い路地裏で警察の目を掻い潜って眠り、回らない頭でまたあきらの反応を探す日々。
捕まったニコの方も気になるが、俺が顔出したのではそれこそ纏まる話も纏まらない。
知恵の回る彼女の事だ。きっと自力でどうにかしているだろう。
俺はかずみを攫ったあきらを見つけるだけ。
しかし、どこを探そうとも奴の影すら捕まらない。
俺のイーブルナッツの反応を感知して逃げているのか……?
いや、それができるほど近く居るなら俺の方も感じ取れないはずがない。
では、カンナの魔法を使っている?
だとしても常時魔法を使う事は自殺行為だ。グリーフシードも貴重品。無暗に魔力を使いたくないから、魔女モドキという尖兵を必要としたのだ。
「腹が減った……」
ぼんやりする思考で口には出さないように耐えていた言葉が、ついに喉から零れてしまう。
ぐらりと身体が揺れて、俺はとうとう地面へと倒れ込んだ。
精神的にも、肉体的にも、魔力的にも限界だった。
駄目だ。身体を休ませ、何か食べない事には捜索などできない。
仮にあきらを見つけたとしても返り討ちに合うだけだ。
まともに機能しない頭で倒れたまま、コンクリートの地面を眺めている。
その時、ぽつりと水滴が落ちて、硬い地面を濡らした。
ぽつぽつと水滴は増え、すぐにざあざあと音を立てる大粒の雨へと変わる。
泣きっ面に蜂とはこの事か……。
雨露を
だが、一度倒れた身体を起こすのには相当の気力が必要とされた。
その時、酷く懐かしい声が倒れた背中に浴びせられる。
「あんた、何してるの! 雨の中、こんなところで寝て!」
「……!」
この声は……。
声の主が俺を無理やり引き起こしてくる。
それに抵抗もせずに従い、膝立ちになった。
「何でこんなに服も汚れているのか、あたしには分かんないけど眠いなら家まで我慢しな」
恰幅の良い中年の女性。
お節介で、口うるさくて、俺にはとても敵わない唯一の人間。
「……おふくろ、なのか?」
「見れば分かるでしょうに。大火。何であんた、そんなに疲れてるの? 制服も来てないけど、何かあったのかい?」
お袋の顔を見て、俺はボロボロと流れ出す涙を止められなかった。
そう、今はまだ死んでいないのだ。お袋は生きている。
その事実が雨にも負けないほどの水滴になって目から零れ落ちた。
「ふぐっ、うう……う……」
「大火? あんた、泣いているのかい? どうして……」
お袋は困惑したように眉根を寄せて、俺に聞く。
今までずっと我慢していた心細さが心の堤防を壊して、噴き出した。
怖くて、辛くて、悲しくて、寂しくて。
「お、俺……おれぇ……」
吐きそうなくらい辛さが込み上げて来て、状況を呑み込めないお袋にしがみ付いて、ひたすらに
「一体、どうしたって言うの? 大火」
心配そうに背中を撫でてくるお袋。
俺は何もかも吐き出そうと、その場で口を動かして……止まった。
「おーい。お袋ー。雨ん中、傘も差さずに何をしてるんだ」
傘を差した学生服の俺がお袋の後ろから駆けて来るのが見えた。
……俺は、赤司大火ではない。
一度は受け止めた事実が再び、俺の心に叩き付けられる。
「た、大火!? 何で、あんた、二人も居るんだい!?」
「二人? 何を言ってるんだ、お袋は」
もう一人の俺……本物の赤司大火と俺を見比べ、お袋は混乱する。
俺はその隙に立ち上がって、ふら付く身体を支えながら、千鳥足でその場から走り出した。
「あ! 大火……!」
「いや、俺はこっちだ」
「でも、確かにあの子……」
後ろで本物の赤司大火とお袋の会話が聞こえたが、無視して駆け抜ける。
冷たい雨に打たれながら、俺は涙を堪えてひたすら脚を動かし続けた。
止まってしまえば、もう二度と走れなくなる。
そんな気がした……。
活動報告欄にて、オリジナル魔女の応募を始めました。
期間は五月五日までですが、宜しければご応募ください。
詳しい応募方法は私の活動報告に記載しております。