魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第十八話 天を背負う者

~あきら視点~

 

 

「で、俺はその先生に言ってやった訳。それは答え違ってますって。正しい解はこっちですって。そしたら、も~大変。あれだけ自信過剰だった先生がしばらく無言よ、無言。教室シーンと静まり返っちゃってさぁ」

 

 大変だったわー、と下らない学校での出来事を話しながら、俺はリビングを見渡す。

 正確にはすぐ隣の海香ちゃんを。

 彼女は口元を隠すような上品な笑い方をした。

 その指先には指輪に変化させたソウルジェムが嵌めてある。

 ひじりんによれば、プレイアデス聖団のジェムの浄化はお粗末そのもの。

 いつ魔女化してもおかしくない、危うい均衡の上に保たれている束の間の平穏。

 それなら、蠅公の一般人襲撃事件の情報隠蔽に魔力の大半を割り裂いた海香ちゃんのソウルジェムはどうなってしまうでしょーかっ?

 正解はー……。

 

「うぐっ……」

 

 唐突にテーブルに突っ伏す海香ちゃん。

 乗っていたティーカップが倒れ、中身の紅茶が零れた。

 服が濡れんだろ、タコが。せめて床に落とせ。床に。

 

「大丈夫か、海香ちゃん!」

 

 その他魔法少女の面々も口々に声を掛けるが、海香ちゃんは反応しない。

 心配そうな表情を作り上げ、俺は彼女を覗き込む。

 苦悶の顔を浮かべる海香ちゃんに噴き出しそうになるのを堪え、真剣に身を案じた。

 里美ちゃん辺りが良くない予想をしたようで不用意にも口走ってくれる。

 

「皆、海香ちゃんのこの症状……まさか魔女……」

 

「……里美! 何を言い出すんだ。ここにはかずみやあきらも居るんだぞ」

 

 おーい、墓穴掘ってんぞ。サキちゃん!

 詰めが甘いというか何というか。天然ボケキャラかよ、オメー。

 記憶喪失のかずみちゃんだけおろおろと状況を呑み込めずに他の子たちに尋ねまくっていた。

 そりゃ、答えられないでしょうな。仲間が知性のない化け物になるなんて。

 ……もしかすると、かずみちゃんの記憶を消去したのって、魔女化についての記憶を彼女から取り除くため?

 なーんか、きな臭くなってきましたなぁ。

 プレイアデス聖団の魔法少女からの俺への認識は、「事情を知っても友達で居てくれる優しく思いやりのある一般人」。

 なら、そのイメージを崩さずに演じてやりますかね。

 

「カオルちゃん….…!」

 

 海香ちゃんと一番仲の良い彼女に呼びかけた。

 カオルちゃんが俺に振り向く。ここで一秒くらい間を開ける。

 真剣に目を見つめ、相手の内心を配慮した風を装って、かずみちゃんの手を引いて立ち上がった。

 

「かずみちゃん。俺を連れて逃げてくれ!」

 

「え、どういう事!? それより海香の様子が変……」

 

「いいから頼むよ、かずみちゃん!」

 

 必死さをアピール。

 これが最適解。ベスト・オブ・ザ・ベスト。

 他の魔法少女たちに目配せすると、彼女たちも冷静さを欠きつつも、頷き返した。

 こいつらからすれば、俺とかずみには海香ちゃんの魔女化&その処理なんて見せたくないものの筆頭。

 それを俺がかずみちゃんとこの場を去ることで見せずに済む。

 普通に考えれば、事情を知らない俺が状況を察して動くなんて異常だ。

 だけど、その異常がこの上なく自分にとって有利な時。人間はろくに考えもせずに受け入れてしまう。

 都合の良い偶然を奇跡と呼ぶように、思考を停止させる。

 

「かずみ! あきらの言う通り、逃げて!」

 

 カオルちゃんからの一押し。

 状況をよく理解しないままだったが、カオルちゃんの発言もあって、俺と一緒にリビングのドアへと走ってくれた。

 しかし、俺がドアノブに手を掛ける前に、いきなりドアが開かれる。

 そこに立っていたのは。

 

「ニコちゃん……」

 

「かずみ、あきら。早くここから離れるよ」

 

 帰って来たニコちゃんだった。

 何の説明もなく、今起きている危機を完璧に把握している様子だ。

 

「いいタイミングで戻って来てくれたな……ニコ! 二人を頼んだ」

 

 サキちゃんの声を受け、ニコちゃんは無言で頷いた。

 彼女の先導で俺たちは廊下に出て、靴さえ履き替える暇もなく、スリッパで玄関を飛び出す。

 ほぼ同時に海香ちゃんの家がぐにゃりと歪む。

 あれが話に聞いた魔女の結界って奴か。ユウリちゃんの時は見れず終いだったから、こうして直に見られてちょっぴり嬉しい。

 

「何が起きてるの……ねえ、ニコ。あなたは知ってるの?」

 

 渦中の人物で唯一本当に何も知らないかずみちゃんが、不安げにニコちゃんに聞いた。

 

「うん。でも、ここじゃあ、話せない。二人とも付いて来て。すべてを知るべきだと思うから」

 

 彼女はそう言うと、俺たちを引き連れてどこかに向かう。

 何か違和感がある。この子、本当にニコちゃんなのか?

 一昨日、あの蠍野郎が言っていた事を思い出す。

 「ニコちゃんを『聖カンナ』とそっくりだから間違えた」。

 嘘を吐きなれてる俺には解るあの発言は、支離滅裂ではあるものの、嘘を含んではいない。

 あの馬鹿が上手い嘘を考えられるはずもなく、自分の中で明かしてもいい情報を加工せずに伝えた結果、意味不明になった。そう考えていい。

 となれば……。

 そっと後ろからニコちゃんに耳打ちする。

 

「……ひーじりん」

 

「っ!」

 

 前に立つ彼女の頭がビクっと動く。

 この反応。思った通り、こいつは『聖カンナ』だ。

 ニコと瓜二つである顔を利用して、ニコの振りをしている。

 予想だが顔を変えられる魔法ではなく、本当にそっくりなのだろう。

 もし、変装能力があれば、顔を隠さず場所と状況に応じて、変えれば済む話だ。

 双子……もしくはもっと(ごう)の深い理由か。

 

「なるほどね。偽名じゃなかった訳か。顔を隠しておいて本名名乗るなんて、思わなかったぜ」

 

「……かずみに聞こえる。黙って付いて来い」

 

「あいさー」

 

 何にせよ、自分から表舞台に出て、干渉しようって腹なのは間違いない。

 かずみちゃん欲しさに裏方から出て来るなんて思い切りがいい。よっぽど執着心があるみたいだ。

 どこに向かうにせよ、ひじりんの秘密を多少教えてくれると嬉しいんだが、はてさて。

 俺はかずみちゃんのお手てをにぎにぎしながら、ひじりんの後を走った。

 

 

 *******

 

 

 しばらくして先頭のひじりんが立ち止まった場所は大きな博物館の前。

 館名はアルファベットで『アンジェリカベアーズ』と書いてある。

 ひじりんは館内につかつかと入っていく。

 俺とかずみちゃんも続いて、中に入る。受付や警備員は見当たらず、がらりとした印象を受けた。

 展示品は見渡す限り、すべてテディベア。ぱっと見でも分かるくらい、一体一体が個性的だ。

 そういえば、前にみらいちゃんが自分のテディベア博物館を案内してあげるとか抜かしていた気がする。

 自分の部屋を博物館と称している痛い子だと思っていたが、マジで個人の博物館を所有していたのか?

 

「こっちだよ。二人とも」

 

 かずみちゃんも飾られているテディベアを近寄って観賞していたが、ひじりんに呼ばれてそっちへ向かった。

 俺も見に行くと、変なマークが書かれている床があった。魔法陣と呼んでもいいキテレツなデザインだ。

 

「かずみ。ここに君のソウルジェムを(かざ)してみてほしい」

 

 魔法陣を指差し、ひじりんはかずみちゃんに指示を出す。

 

「う、うん。やってみる」

 

 かずみちゃんが自分の右耳に付いた鈴のイアリングを黒紫のソウルジェムに変えて翳すと、魔法陣が輝き出し、エレベーターのようにマークの付いた床ごと下へと落ちていくような浮遊感を味わった。

 見た感じ、プレイアデス聖団のソウルジェムを認証して起動しているようだ。何でかずみちゃんのソウルジェムと思ったが、これなら納得だ。

 偽物であるひじりんには認証してくれないだろうからな。

 床が止まると、そこには開けた空間が存在していた。

 魔力で博物館の地下に空間でも作ったのか、空気は清浄で埃っぽさがまるで感じない。

 床からは長い道が一本通り、両脇には水が溜まっている。

 真横には等間隔で並んだ柱とその間を通るように滝のように水が流れていた。

 勝手知ったる我が家のように歩き出すひじりんだが、プレイアデス聖団でもない彼女がこの場所の内部までどうやって把握したのか分からない。

 ひじりんには記憶や情報を得る魔法が使えでもしない限りは不可能だ。

 もしそうなら出し抜くのはなかなか難しいぜ……。

 

「あきら。行かないの?」

 

 かずみちゃんが急に立ち止まった俺に不思議そうに尋ねる。

 おっといけない。今はこの子に怪しまれないように動くのが重要だったな。

 

「行く行く~」

 

 ぐんぐん一人で突き進むひじりんを追いかけ、俺たちはさらに奥へと歩いた。

 奥へ行くとデンと構えた大きな二枚扉が見えてくる。

 扉には歯車がいくつも付いていて、真ん中には魔法陣と同じ多角形を組み合わせたような図形が記されていた。

 ようやく、そこでひじりんが足を止める。

 振り向いた彼女は片手でその扉を強調するように広げてみせた。

 

「開けてみるといいよ。皆の隠していた真実がそこにある」

 

 生唾を一つ飲み込んだかずみちゃんは、扉に触れた。

 それに反応して二枚の扉は自動で開け放たれる。

 

「ようこそ、プレイアデス聖団のレイトウコへ」

 

 左右には裸の女の子たちが円筒形のカプセルに入れられ、プカプカ浮いていた。

 その中央の一際デカい噴水が設置してあり、水の張った台座にはソウルジェムがいくつも置かれている。

 台座に描かれているのはこれまた同じ魔法陣。

 

「こ、これは……」

 

 なかなか眼福……とボケたいところだが、シリアスムードを壊してかずみちゃんの信用を落とすのは下策。

 一体、何なんだという真面目な表情で、固まる演技をする。

 実際、ここで見るものにはそこそこ驚いているが、硬直するにはインパクトが足りてない。

 もうちょい奇怪なもの見せてくれないと本物の驚愕ってのは出て来ない。

 

「何なの、この場所……それにこの子たちは――魔法少女!?」

 

 かずみちゃんは素直にもストレートな反応で驚いている。可愛いくらいに純粋だ。

 記憶がないと人はこんなにもありきたりな驚き方をするものなんだなー。

 そこからひじりんが語り始めた話はさして珍しいものではなく、魔法少女が魔女になるという予備知識さえあれば辿り着けるレベルの陳腐な内容だった。

 一言で要約すると、魔法少女を魔女にしないためにこの場所で肉体とソウルジェムを保管しているんだそうだ。

 ついでに言うとかずみちゃんは海香ちゃんが魔女になったであろう事まで伝えられた。

 純粋なかずみちゃんはショックを受けて、呆然と立ち竦んでいる。

 俺はそんな彼女を優しく抱き留め、慰めた。

 

「かずみちゃん……。急にこんな内容を聞かされて、普通じゃ居られないよな。部外者の俺だって、結構辛いんだから……」

 

「あきら……。ごめん。少し胸を貸して」

 

 俺の胸板に顔を押し当てて、声を殺して彼女は泣き出した。

 

「魔法少女が魔女になるなんて……あの海香が魔女になるなんて……そんなのってないよ……」

 

「そう、だよな……。つれぇよな」

 

 耳でも穿(ほじ)りたいくらい退屈だったが、俺は彼女の望むような優しくて理解ある少年の演技を続けた。

 こういうのがええんやろ? ここで同意してくれる男がええんやろ?

 なぜか、心の中のいやらしい関西人が騒いでいた。

 流石に飽きて、暴れたくなってきたのでその怒りをひじりんに向ける。

 

「ニコちゃん! こんな残酷な事をかずみちゃんに伝えたんだ! もう少し言いようがあったんじゃないのか!?」

 

 意訳すると、『もっと面白く話してくれや!』ってことだ。

 俺とかずみちゃんの主人公とヒロインムーブを見せ付けられ、ひじりんは険のある目付きで睨む。

 自分一人が悪者扱いされて、ご執心のかずみちゃんが俺にべったりなのが気に喰わないのだろう。分かりやすい奴め。

 もっと悔しがらせてやろうと、さらにかずみちゃんの身体を引き寄せる。

 うーん。柔っこい。それでいて肌には張りがある。女の子ってのはこうじゃなくちゃな。

 かずみちゃんの柔肌を堪能していたその時、リーンと鈴の音が聞こえた。

 彼女の耳に付けられた鈴型のソウルジェムが鳴り響いている。

 

「あれ……? 私のソウルジェムが鳴ってる?」

 

 どうにも、かずみちゃんの意思とは無関係で鳴っているみたいだ。

 俺の中のイーブルナッツに反応しているには、タイミングが変だ。それにまだイーブルナッツは活性状態に入っていない。

 魔女化した海香ちゃんは、きっと今頃残りのプレイアデス聖団と交戦中のはず。

 

「……お目覚めみたいだね」

 

「お目覚め?」

 

 俺がひじりんの台詞にオウム返しした直後、少し離れた壁が砕けた。

 流れていた滝が弾け、水飛沫が宙を舞う。

 

「おー……?」

 

 破壊された壁の穴から這い出してきたのは、十人、いや十二人の黒い少女。

 全員とんがり帽子と長いマントを身に着けている。

 十二人全員の顔が揃って、こっちを向いた。

 服装だけじゃなく、少女たちの顔も皆、同じ。

 

「……嘘、私と同じ顔……」

 

 そう。かずみちゃんとまったく同じ造形をしていた。

 流石の俺もこの光景には驚きを隠せなかった。

 ひじりんだけが胡乱(うろん)げな表情を浮かべていた。

 

「これがプレイアデス聖団が隠したもう一つの秘密」

 

 鈴の音が響き渡る空間の中、彼女の声が通った。

 

「かずみシリーズ。とある魔法少女のクローンの失敗作」

 

 顔面蒼白になったかずみちゃんは、開いた口を閉じられないまま、俺の服にしがみ付いた。

 気持ちは分かる。俺だって、自分と同じ顔が一ダース並んでればビビりもする。

 しかしまあ、クローンと来たか。

 こいつは予想外だったが、なるほどなるほど、読めてきたぜ。

 かずみちゃんの記憶喪失っていうのは真っ赤な嘘。本当は記憶そのものがなかった、あるいは初期化されたと考えるのが妥当な線だ。

 雁首(がんくび)揃えて、睨んでやがるあの子たちが失敗作なら、こっちのかずみちゃんが成功事例。

 向こうは何らかの欠陥を抱えて、閉じ込められていたと見てよさそうだ。

 

「かずみの魔力に当てられたか。魔法の封印を力づくで破ったみたいだね」

 

 呑気な口調とは裏腹に、ひじりんはさらりとヤベー事態が発生したことを明かした。

 何考えてやがんだ、この女。責任取ってどうにかしろよ。

 当然、ひじりんが収集を付けるモンだと思って、見ていたが一向に動こうとしない。

 かずみちゃんシリーズは、成功作らしいかずみちゃんへとにじり寄って来ている。

 

「お、おい。ニコちゃん……?」

 

 どうして、アンタは変身して戦おうとしないのディスカ?

 俺は正体を隠すために魔物になれない。かずみちゃんは精神的にグロッキー状態。

 となれば、戦えるのはひじりんしか居ない。

 焦る俺に対し、ひじりんは何でもないことのように言う。

 

「お前が戦えばいいだろう? あきら」

 

「え? 俺が、どうやって?」

 

 確かに〈第二形態(セコンダ・フォルマ)〉になれば、魔法少女の一ダースや二ダースは余裕で潰せるが、こっちはかずみちゃんたちの前では、無力な一般人を演じている。

 こんなところでネタバラシなんて興醒めにも程があるってモンだ。

 それともここで俺の正体を見せ付け、自分だけが味方だとかずみちゃんに刷り込みたいのか?

 (こす)い! あまりに狡いぞ、ひじりん!

 困惑顔を維持するものの、内心ブチ切れ寸前の俺に彼女は背中のリュックから何かを放り投げてくる。

 キャッチすると、それは……ベルトだった。

 中央部にバックルが嵌っているそれは、日曜の朝にやる特撮番組に登場するような俗に言う変身ベルトという奴だ。

 

「そのベルトで変身して戦うんだ、あきら」

 

 ……お主、ふざけておるな。

 こんな子供の玩具みたいのでどうするっちゅうねん。

 恨みがましく、ひじりんを見るが、俺にベルトを着けろと言外に促すばかりだ。

 

「戦え、あきら」

 

 チクショウ……目がマジだぞ、こいつ。最近のニチアサ番組でも初バトル前には、もうちょい丁寧に説明するよ?

 やるしかないのか。こんな玩具で。

 

「あきら……。私……わたし……」

 

 俺は震えているかずみちゃんの頭をポンと叩く。

 使いものにならない道具の弱音なんか聞きたくもないが、かずみちゃんにはまだ利用価値がある。

 頼れるヒーローを演じて、依存させる方向で行こう。

 かずみちゃんの身体をそっと引き剥がし、前に一歩前進。

 

「大丈夫だ、かずみちゃん。俺がアンタを守ってみせる」

 

 かずみちゃんシリーズは距離を詰めて、獣のように唸りながら床から跳ねた。

 ベルトを腰に装着し、期待されているだろう台詞を叫ぶ。

 

「……変身!」

 

 肉体が魔力により、変化する感覚が全身を駆け巡る。

 イーブルナッツを初めて使った時と似ていた。

 明確に違うのは、閉塞感。イーブルナッツは解放感があったが、こいつはその逆。

 魔力を放出して肉体を変化させるんじゃなく、収束し固めている。

 ……そういうことか。なーにがベルトじゃい。

 こいつは変身アイテムなんかじゃない。

 イーブルナッツの抑制装置。魔力による魔物化を中途半端な状態で固定化する外付けのパーツ。

 とどのつまりは、イーブルナッツの魔物化を和らげる拘束具だ。

 黒い鱗の代わりに、灰色の鎧となって筋肉を覆う。

 鉤爪は伸びずに、指先は人間らしさを保ったまま籠手が包み込む。

 尻尾は生えずに、代替するように長い剣を腰元に携えている。

 翼は短く後退し、背中に収納されていた。

 頭部も爬虫類じみた変容はせず、フルフェイスの兜のような形状で固定される。

 鏡を見なくても、自分がどういう姿になったのか、肉体を伝う魔力の流れで分かる。

 灰色の騎士。

 面白くもないが、一言で表すならその形容が一番近い。

 魔力保有量は変わらずイーブルナッツ二個分だが、出力は〈第二形態《セコンダ・フォルマ》〉をやや下回るくらいか。

 

「ガアァァァ!」

 

 かずみちゃんシリーズの一体が俺に向かって牙を剥く。

 ほとんど野獣だ。理性のりの字もありゃしない。

 

「あきらっ!?」

 

 心配しているかずみちゃんの声が飛ぶ。

 うるさいから少し黙ってろ。こいつらと声が同じなんだから、余計に混乱するわ。

 ドラーゴの時とは勝手が違うものの、肉体の使い方は感覚で理解できた。

 剣は……こう振るう!

 腰に付いた鞘から抜刀ならぬ抜剣をすると同時に真一文字に斬り伏せる。

 潰れた果実のように中身の液体が飛び散った。

 二つに分断された体は黒く変色した後、泥のように溶けて消える。

 手に直接持つ『武器』は、牙や爪とは異なる手応え。イメージとしては間合いが広がったような気分だ。

 同類が死んだのに、悲鳴一つ上げないかずみちゃんの失敗作。

 今度は二体同時。双方ともに腕から黒い爪を生やして突撃を試みてくる。

 

「アアアアアゥ!!」

 

「ア゛ア゛ア゛ァ゛!」

 

 盛りの付いた猫かよ、うるせえなぁ。

 一体目を剣で往なして、蹴り飛ばす。

 もう一体の進路を阻害させ、二体が激突したところで、二つの首を一刀ではねた。

 あと、九体も居るのかよ。炎で焼き払いたいが、この形態じゃ無理そうだ。

 仕方なく、剣を構えて、奴らの方へと接近する。

 すると、接近戦オンリーだった戦法から一転して、十字架型の杖を握った三体は黒い光線を放ってきた。

 かずみちゃんの魔法……。それも不思議じゃねーか。こいつらも一応、かずみなんだモンなぁ!

 俺は転がって黒い光線を避けると、別のかずみちゃんシリーズをふん捕まえて、盾代わりに掲げた。

 躊躇してくれたら嬉しいなぁとか考えていたが、予想通りに仲間を身体をノータイムで吹き飛ばす。

 光線魔法を出し終えた時を見計らって、間合いを詰めて剣を投擲。頭に刃が突き刺さった個体はどろどろになって溶けた。

 手放した杖を回収して、即座にもう一体にフルスイング。頭蓋をミート。ホームラン。

 ちぎれ飛んだ生首が残り一体の脇腹にめり込んで、当たった相手ごと消滅した。

 投げた剣を死骸から抜き取り、敵を残数を数える。

 残り五体。楽勝だな。

 

「ウルルルルルァァァアア!」

 

 遠距離戦では埒が明かないと思ったのか、杖を捨て一体が突進してくる。

 どこの猪か、アンタは。

 袈裟切りにしてやんよ、と余裕をかましていた俺だったが、振るった刃が途中で止まる。

 

『あり……?』

 

 手応えがおかしい。肉を斬る感触でも骨を折る感触でもない。

 これは金属を殴りつけた時のような硬い感触……。

 かずみちゃんの魔法じゃない。これは別の――魔法少女の魔法!

 一体手こずっている間に別の個体が背後に回っていた。

 

『……ちぃっ』

 

 硬化の魔法を使うかずみちゃんシリーズの頭を踏み付けて、空中でターン。背後に来た個体のそのまた背後を取る。

 逆さまの視界に映ったのは杖ではなく大剣を持つかずみちゃんシリーズ。

 

『んなぁ!?』

 

 大剣の大振りを宙に浮いた状態で剣の腹を使って受け止めた。だが、衝撃までは殺せず、ひっくり返った状態で床の脇を通る水路へ転落した。

 

「あきら!?」

 

 かずみちゃんが悲鳴じみた声を上げる。

 それに反応する暇もなく、水中でもがいた。

 幸いにも、口がマスク上に変形しているおかげで水を飲み込まずに済んだが、逆さまで吹き飛ばされて三半規管がやられた。

 酷い眩暈を感じながらも、床へ戻ろうと起き上がる。

 その瞬間、俺の目の前にかずみちゃんの顔が広がっていた。

 

『……!?』

 

 すぐ傍までかずみちゃんシリーズの一体が近付いていたことに気付けなかった。

 慌てて、剣を構えて受けの姿勢を取る。だが……。

 その個体は武器を持たず、両手を水中に沈めた。

 とっさに何か(から)め手を使う気かと警戒し、水路から逃げようとした。

 

『う……』

 

 身体中の自由が一切聞かなくなった。

 この感覚、電気!? ……電撃だな!

 それが電気による麻痺だと気付けたのは、スタンガンで遊んで一度気絶しかけた経験があったからだ。

 水路に再び、倒れ伏す俺だったが、魔力による肉体強化の影響で二秒ほどで痺れから脱した。

 ふら付く身体をどうにかして、水路から持ち上げると、次に待っていたのは小型のミサイルの嵐。

 

『クソがぁ!』

 

 剣を遮二無二(しゃにむに)振るって、全て斬り落とす。

 複数の魔法。そして、明らかに連携が取れつつある体制。最初に倒した七体の時とは戦術が違う。

 

『はあ……はあ……』

 

 〈第二形態(セコンダ・フォルマ)〉になれれば、全員纏めてチャーハンにしてやるのに……。

 何で俺がこんな縛りプレイやらにゃあ、ならねーんだ。

 

「あきら!」

 

 かずみちゃん、うるせー! BOTか、アンタは。いちいち、ちょっと劣勢になったくらいで狼狽(うろた)えんな。

 

『かずみちゃん。ヒーローってのは劣勢からの逆転劇が華なんだよ。安心して待ってな』

 

「あきら……うん。私、信じているよ……」

 

 意訳すると、「いいから黙って見てろ」ってことなんだけど、ちゃんと伝わったか不安だわ。

 まあ、たかだか魔法がたくさん使えるだけの魔法少女如きに後れを取るあきら君ではないのだよぉ!

 五体のかずみちゃんシリーズが俺を囲むように陣形を取っている。

 ムカつくぜ。かずみちゃんの失敗作風情が俺に泥付けるなんて状況が。

 でも、ここらで遊びは終わりだ。

 竜の姿で炎の息吹が放てたように、この姿にはこの姿の魔力放出手段がある。

 俺は両手で長剣を握り締め、左下段に切っ先を下す。

 剣を下した俺に、チャンスとばかりに群がるかずみちゃんシリーズ。

 やっぱり失敗作はどれだけ数を集めても失敗作。未知の動作を取った相手への警戒心が足りてねぇ……。

 刀身に魔力を流し込み、その場で大きく水平に一閃。刃に留めた魔力を解き放つ!

 五体のかずみちゃんシリーズは灰色の魔力の斬撃をまともに受け、ほぼ同時に上半身と下半身が泣き別れする。

 倒れた肉体全部が黒く崩れて、地面へ落ちるのを見送ってから、俺は変身を解いた。

 

「ふー。まあ、そこそこの強さだったわ」

 

 これは強がりじゃない。本当に第二形態なら苦戦せずに余裕で勝利していた。

 ていうか、圧勝してた。もう気付いたら敵が消滅する感じの勝ち方してた。

 

「あきら!」

 

 レイトウコの扉の前まで避難していたかずみちゃんは、俺の勝利を見るや否や飛んで来る。

 そのままの勢いで俺に抱き着いて、胸板に顔を埋めた。

 

「あきら。本当に戦って、勝ったんだね」

 

「ああ、約束通りに勝ったぜ。俺としてはかずみちゃんと同じ顔を斬るのに抵抗があったけどな……」

 

 しんみりした表情を作り、周りの残骸を見つめる。

 俺が勝利したことで喜んでいたかずみちゃんも、あの敵が自分と同じ存在かもしれないことを思い出して、表情に影を落とした。

 

「そうだね……助ける方法はなかったのかな……?」

 

「優しいね、かずみは。でも、その可能性はなかった。だから、プレイアデス聖団はそのかずみたちをここに閉じ込めたんだ」

 

 後から、訳知り顔でそう言いながら、歩いてきたのはひじりんだった。

 この女、マジで許さねーからな……。いつか覚えとけよ。

 

「かずみ。このプレイアデス聖団は欺瞞だらけだ。それでも私だけは信じてほしい」

 

「ニコ……うん。ニコだけは本当の事を教えてくれたんだもんね。信じるよ」

 

「ありがとう。かずみ。さあ、戻ろう。ここで起きた見た事はあいつらには言っては駄目だよ」

 

「うん。分かった……」

 

 俺をダシにして楽をしていた癖に、美味しいところだけを奪ってちゃっかり信用を取り戻している。

 かずみちゃんが一旦、俺から離れるとひじりんは俺に言う。

 

「よく頑張ってくれたね、あきら。感謝するよ」

 

「本当にマジ頑張ったぜ……もっと労って」

 

「ああ。いいとも……それで私を裏切ろうとしている事は水に流してやってもいい」

 

 ぼそりと小声で呟く彼女に、俺は困った顔を浮かべた。

 カマ掛けだろうと思い、得意の演技で乗り切ろうとしてみるが、ひじりんは含みのある表情を崩さない。

 ……嘘だろ? 俺が本気で演じれば精神鑑定だって突破できるってのに。

 この女、完全に本心を見抜いてやがる……。

 まさか……。

 そこで俺は腰に巻き付いたベルトを外そうとするが。

 

「あれぇ!? 外れないぞ、このベルト!」

 

「そのベルトは私が魔法で作った特別製。私の意思がない限りは絶対に外れないよ」

 

 嵌めやがった……。

 かずみちゃんシリーズもこいつは端から知っていたんだ。

 ひじりんは俺に抑制装置を付けるために、わざとかずみちゃんの前で戦わないとならない状況を作り上げた。

 この俺を力を制限するためだけに。

 かずみちゃんがプレイアデス聖団に疑心感を持つのも、信用を得るのもそのおまけ。

 まんまと出し抜かれた俺は悔し気に歯ぎしりするが、ひじりんはどこ吹く風だ。

 俺たちの内心を知らないかずみちゃんは、良い事に気付いたと手を打った。 

 

「そうだ。あきらのあの変身した姿って名前あるの?」

 

「名前? いや、さっき初めて変身したから名前はまだないぜ」

 

 変身後の名前ね。かっちょいいのが良いが、今のところパッと思いつかない。

 

「名前なら決めてある。『アトラス』だ。いい名前だろう」

 

「ええ、勝手に決めるなよ。にしても……なんでアトラス?」

 

 ギリシャ神話に登場する巨人にして、頭上で天球を支える神。

 そして、プレイアデスと称される七姉妹の父でもある存在だ。

 

「ああ。『支える者』、『耐える者』。私たちプレイアデスを支えてくれる今のあきらにぴったりだろう」

 

 そう言って、腰に嵌められたベルトを眺めるひじりん。

 クソが! 体のいい奴隷じゃねーか。確かにこのベルトは天球並みの重しでしかないが、俺はアンタらを支え続けるつもりなんざ毛頭ないぜ。

 だが、ここは甘んじて受け入れてやろう。

 

「いいな、『アトラス』。俺も気に入ったぜ」

 

「かっこいい名前だよね」

 

「だな」

 

 無邪気に笑うかずみちゃんを余所にアトラスの名前が持つもう一つ意味を頭に浮かべる。

 『歯向かう者』。それがアトラスの名が持つ最後の意味。

 俺はいつだって、歯向かう者なんだぜ。ひじりん。

 




とうとう、変身ヒーローになってしまったあきら君!
次回で多分、ニコ編は終わります。

……あきら君視点は何書いても許されるから、楽しいなぁ。

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