魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第六話 一番汚いのは誰か

「お前、頭おかしいのか?」

 

 金髪のツインテールの魔法少女は俺にそう吐き捨てた。

 冷ややかな目付きはそのシャープな顔立ちに合っていて、マゾヒズムなら諸手を挙げて喜ぶ代物だった。もっとも、俺はイジめられるよりイジめる方が好きなのでそれほど興奮しなかった。

 つまり、ちょっとは興奮した。

 

「いんや、これでも大真面目だぜ?」

 

 軽く笑いながら、友好的に握手を求めて手を差し出す。

 彼女はそれを胡散臭そうな目で見つめているだけで、俺の手を一向に握ってくれる様子はない。

 俺は手を差し出した状態でツインテールの魔法少女を観察する。

 彼女の格好は『魔法少女』なんてファンシーな単語からは想像もつかないほど扇情的だった。

 まず、胸元は辛うじて乳房が隠れているほど覆っている衣服は少なく、上の方はほとんど露出している。逆に首元は生地で隠されていて鎖骨の辺りは見えない。腕回りだけ独立した袖が付いていて手首のところの袖口だけが妙に広くなっていた。

 思わず、隠す場所の優先順位間違ってませんかと聞きたくなる。

 乳房を隠している布は下に一直線に続いておへそを覆っているが、それ以外の脇腹や背中はまる見えになっている。

 スカートも非常に短く、すらっと伸びる白とピンクのストライプの二ーソックスは脚線美が素晴らしい。

 硬派で生真面目な俺でも鼻の下伸びてしまうくらいエロい。思春期の男の子には持って来いオカズになること請け合いだ。

 

「そんな鼻の下伸ばして、どこが大真面目なんだ!」

 

 ツインテールの魔法少女は瞳をカッと見開いて怒気を露にする。いやらしい目で見られたのが不快のようで銃を握った状態で胸元付近を交差して隠す。

 俺は握手を待ちわびていた右手の人差し指を、びしりとツインテールの魔法少女の胸元に突き付けた。

 

「アンタの格好がエロ過ぎるから悪いんだ。俺の股間によくない。罰としてえっちなことを要求する!」

 

 

 二挺の拳銃の銃口が俺に「こんにちは」をする。あ、これはこれは礼儀正しい拳銃さんですね。

 持ち主の方もそれくらい礼儀作法を弁えてほしいもんだ。

 

「だから、俺は敵じゃないって言ってるだろうが。なぜそれが分からん?」

 

「さっきとは違う意味で信用できないからだ! 馬鹿!!」

 

 顔を赤くして怒る彼女にやれやれと肩を(すく)める。さっきからずっと話が進みやしない。もっと、俺は建設的な会話がしたいというのに。

 

「とにかく、こっちは名前名乗ったんだから、そっちも名乗れよ。銃なんか構えてちゃ話にならない。はい、自己紹介タイム開始ー。お嬢さんお名前は?」

 

「……ユウリだ」

 

 勢いに巻かれて不本意そうに名前を語るツインテールの魔法少女改め、ユウリちゃん。

 銃口も一時的に下げ、これで満足かとばかりに俺を睨む。

 反抗的だが、愚かではないようで一安心する。

 

「ふーん。ユウリにゃんね。可愛い名前だ」

 

「『にゃん』って何だよ、『にゃん』て」

 

「名前をより可愛くする敬称だよ。知らないの? 遅っれてるー」

 

「お前な……」

 

 いかんいかん。ふざけてる場合じゃない。

 弄りやすい相手のなので、ついからいかけて話が脱線しようになるが、こんなアホな話をするためにここまで来た訳ではない。

 こほん、と咳払いすると表情を引き締め、俺は真面目に話を始める。

 

「ユウリちゃん、アンタはかずみちゃんを狙ってる。間違いない?」

 

「……だったら何だ。邪魔しようっていうのか?」

 

 ユウリちゃんの雰囲気が剣呑なものに変わる。さっきまでの弄られっぷりが嘘のようだ。

 こういう奴の方が分かり易くていい。下手ににこやかな相手の方が本意を読むのが難しいからだ。

 

「そんなことしない。むしろ手伝ってやるって言ってんだ」

 

「は? どういう事だ? お前は」

 

「あきらだ。ユウリちゃん」

 

「……あきらはかずみと一緒に居ただろ? あいつの味方じゃないのか?」

 

 怪訝そうに俺を見るユウリちゃんに、逆に首を傾げた。

 こいつの言ってることは短絡的だ。物事を一面からしか見られていない。

 まったくもって哀れだ。

 

「一緒に居れば友達なのか? 傍に居るだけで絶対に味方か? ……違うだろ?」

 

「信用できない。アタシから情報を聞き出してあいつらにバラすつもりじゃないのか?」

 

「ユウリちゃん。俺の目を見ろ。お前と同じ瞳をしてるだろ?」

 

 ゆったりと警戒させない足取りでユウリちゃんのすぐ目の前まで近付き、握っている拳銃に指先でそっと撫でた。

 視線を合わせて、微笑みながら瞳の奥を覗き込む。

 ユウリちゃんの瞳は俺と同じように歪んだ欲望を光らせていた。周りを、下手をすれば自分まで焼き尽くしてしまう破滅の光だ。

 

「壊したい。砕きたい。弄びたい。破壊衝動がアンタの中でギラギラしてる。俺もそうだ。そういう純粋な思いが渦巻いてる」

 

「…………」

 

「分かるだろ? 同類なんだ、俺たちは。破壊と陵辱を演出する料理人なんだよ」

 

 あの刑事や今のこのビルの下で人を襲わせる魔女を作り出したのはこの女の子だ。

 つまりは人の命よりも自分の目的を優先している。俺と同じものを持っている証拠だ。

 言葉なく、ユウリちゃんの目が俺に答える。

 『イエス』――だと。

 俺は浮かべた笑みを殊更大きくした。

 

「もう一度、言おう。俺と友達になってよ」

 

 

 *

 

 

「なるほどね」

 

 俺の中の欲望を信用してくれたユウリちゃんは『イーブルナッツ』と『魔女モドキ』のことを教えてくれた。

 まず、イーブルナッツというのはグリーフシードの偽者、言うなれば擬似グリーフシードとのことだ。

 本来のグリーフシードは人を魔女にはしないものらしい。だから、形状こそ似ているがイーブルナッツはグリーフシードとは性質は別物のようだ。

 次に魔女モドキとはこのイーブルナッツにより異形化した人間のことで、あの刑事やビルの下で現在進行中で人を襲っている人の上半身が生えた芋虫、そして今の俺みたいな奴らのことだ。

 ユウリちゃん自体、イーブルナッツの性能は分かっていないので人体実験をしてテストしてるのだと言う。

 

「で、そのイーブルナッツで何がしたい訳? 魔女モドキ軍団を作ろうって様子じゃないみたいだけど」

 

 俺がそう聞くとユウリちゃんは苦笑した。

 

「まさか。魔女モドキ程度で奴ら……プレイアデス聖団を倒せるとは思ってないよ」

 

 プレイアデス星団……おうし座の散開星団のことだが、そのことについて言っている訳ではないことは理解できた。

 

「お星様の話じゃないんだな?」

 

「かずみを含めた七人の魔法少女のチームの事だよ」

 

 七人。かずみちゃん、カオルちゃん、海香ちゃんの他に四人も居るのか。随分と大所帯だな。魔法少女はいつから戦隊ものになったんだ?

 

「じゃ、何のために魔女モドキのテストなんかしてるんだよ?」

 

「あいつらの前でかずみを魔女に変えてやるのさ。そのために今、こうやって……チッ、あいつらだ」

 

「どしたの?」

 

 下に居る魔女モドキを眺めたユウリちゃんは舌打ちを一つした。俺も彼女の見ているものを見ようとすると、眼下にはかずみちゃんとカオルちゃんたちが魔法少女になって魔女モドキと交戦していた。

 カオルちゃんの方はフード付きの銅部分だけオレンジ色のタイツのような格好で、太腿(ふともも)から下が肌を剥き出しにしている。

 海香ちゃんの方は胸に十字架のマークが付いている修道女に似た格好をしていた。なぜだか眼鏡が装備されている。

 こちらは他の魔法少女に比べ露出部分がない。強いて挙げるならミニスカートくらいだが、それもニーソックスの鉄壁で肌が隠されている。むう、エロさが足りない。

 かずみちゃんは昨日と同じ露出の多い魔女っ子のコスプレみたいな格好だ。こちらはエロさが際立ち、大変宜しい!

 身を乗り出して気付かれないように身体を引いて見ていると、海香ちゃんは持っていた分厚い本から光の球を出現させた。

 その光の球がカオルちゃんの方へ飛んで行く。

 カオルちゃんが球を胸で一旦受け止めて、弾ませた拍子にそれを思い切り蹴る。

 

「パラ・ディ・キャノーネ!!」

 

 謎の技名と共に蹴られた光の球は芋虫に似た魔女モドキに直撃した。芋虫に付属した女性の上半身が「ごぶ!?」と悲鳴を上げたのがシュールだった。

 

「はい、ごめんよ」

 

 次にカオルちゃんは芋虫の魔女モドキの背中に回り込み、女性の上半身部分から生えた大きな手を掴み、動きを封じた。

 海香ちゃんは分厚い本の内側をかざし、これまた技名を叫ぶ。

 

「イクス・フィーレ!」

 

 芋虫の魔女モドキから文字が生まれ、開かれた白紙のページに貼り付いていく。

 書かれた文字は『キタナイ』、『イタイ』、『ガングロ』など、さっき魔女モドキが喋っていた言葉ばかりだ。

 恐らく、魔法で魔女モドキのことを読み取っているのだろう。

 そうして、眺めているとかずみちゃんは跳び上がり、昨日の刑事を吹き飛ばした光の奔流を放とうとする。

 

「ちちんぷりん! ……」

 

 しかし、昨日と同じように目を瞑って溜めて放とうとしているため、直線上に海香ちゃんが居ることに気付いていない。

 このままでは直撃コースだ。海香ちゃんはさくっと皮までこんがり焼けることだろう。

 

「! まだ早い!」

 

 カオルちゃんの制止も空しく、かずみちゃんの攻撃が放たれた。

 

「えい――!! ……海香!?」

 

 撃ってから気付いたかずみちゃんだが、光の波は止まらない。

 海香ちゃんはご臨終――とはならず、カオルちゃんがとっさにタックルして海香ちゃんごと避けることに成功した。

 あらまあ、残念。友達の女の子が無残な焼死体になるのも見たかったんだけどな。

 芋虫の魔女モドキはその隙に大きな手のひらで地面を押すようにして、上空へ飛び上がる。カエルのように跳ね上がるとそのままどこかへ逃げてしまった。

 

「カオルー!! 海香ー!! ごめんなさい。わたし、記憶どおり動いたのに……」

 

「これくらい平気だよ。いきなり『以前の』かずみの本領発揮とは行かないよ。気にしないの」

 

 カオルちゃんたちに駆け寄るかずみちゃんは申し訳なさそうに謝罪するが、カオルちゃんはそれを微笑んで許した。

 だが、かずみちゃんはカオルちゃんの一言が余計だったようで傷付いた表情をする。

 

「……そう。わたしは『以前の』かずみじゃない」

 

「かずみ……あなたの調子も考えず、勝手に動いていたこっちに非があるわ。だから気にしないで」

 

「友達に攻撃をしかけたわたしの気がすまないよ!」

 

 気遣わしげにかずみちゃんを見るは海香ちゃんも慰めの言葉を掛けるが、それも逆効果。こういう時はどちらか一人くらいは素直に失敗を責めた方がいいのに。

 全然、セオリーを分かっていない。こいつらは本当に昔からの友達なんだろうか?

 しかし、そんなことも気にせず、海香ちゃんとカオルちゃんは小さく笑うと、お互いに片手を上げた。

 

「じゃあ」

 

「おしおきね」

 

 二人の後ろから「HAIR SALON 『SEA FRAGRANCE』」と書かれた看板の付いた巨大な建物が出現する。

 俺はあまりの唐突ぶりに「おう……」と僅かに声を漏らした。これも魔法の力で作ったものなのか。

 二人はかずみちゃんを連れて建物内に入って行った。ヘアサロンと書いてあるくらいだから(みそぎ)として髪でも切るつもりなのだろう。

 俺は目を離すと、ユウリちゃんの方を向く。

 

「何で攻撃しなかったんだ? あの子ら隙だらけだったじゃん」

 

「駄目だ。ここで殺したってアタシの気が済まない。あいつらは心をへし折って絶望させて殺さないと駄目なんだ……」

 

 憎々しげに建物内に入って行った三人を血走った瞳で睨み付けて、ユウリちゃんは吐き捨てた。

 プレイアデス聖団とやらにはよほど個人的な恨みがあるらしい。

 どういうものか気になるが、今はそれは後回しだ。

 

「ふーん。じゃあ、あの魔女モドキのところへ行こっか」

 

「お前には分かったのか?」

 

「海香ちゃんたちが作り出したヘアサロンを見て、ピンと来たわ。俺がボコった女たち……思い返せば髪が痛んでた気がする」

 

 ママが元女優だったせいか、小学校時代は髪の手入れは丁寧にしてもらっていたので、俺は痛んだ髪とそうでない髪の違いが一目で分かようになっていた。あの時はそれほど気にする要因ではなかったから注目しなかったが、思い返せば皆、髪質が良くなかった。

 さらに魔女モドキが言っていた「ガングロ」だの「キタナイ」だのは恐らく化粧のことだ。

 

「あの魔女モドキの元の人間は……エステティシャンと見た!」

 

 俺はドヤ顔で推理をユウリちゃんに披露する。どうだ、穴のないこの名推理は。

 天才中学生探偵ここに現る! ちゃらら~ら~ ららら~らら ららら~らら~ と某少年探偵の解決シーンBGMが俺の脳内に響き渡る。

 

「間違ってる。あの魔女モドキになった奴は単なる化粧品の販売員だ」

 

「ネクストアキラズヒーント!?」

 

 あっさりと自信があった推理は外れて、俺は地面に膝を突く。

 化粧品の販売員なんてショボい職業思い付かないよ。だって俺、上流家庭の生まれなんだもん。

 ブルジョア的思考が俺の根幹にあるからどうしても庶民派の答えには辿り着かない。

 

「まあ、それはそれとして、魔女モドキのところ行こうぜ?」

 

 すくっと立ち上がって何もなかったようにそう言うと、ユウリちゃんは呆れた表情を浮かべた。

 

「立ち直り早いな、お前……」

 

 

 **

 

 

 ユウリちゃんと一緒に来たのは、『GOODS』という化粧品店の傍にあるビルの屋上だった。

 そこには茶髪のポニーテールの女性が悲しそうな顔で長蛇の行列ができている『GOODS』を見下ろしていた。彼女の手には「GUNGROW」というファンデーションのケースを握っていた。

 ……ガングロウ? ネーミングセンス皆無だな。商品開発担当者出て来いってレベルだ。

 

「こんなもの使うから……肌が泣くのよ!!」

 

 女性は持っていた「GUNGROW」を力の限り握り潰す。

 まあ、俺もそんなふざけた商品名のものがあったら問答無用で握り潰すと思うので共感できる。

 俺は何気なく女性の近くへと歩いて言った。

 

「あら? 君は……男の子なのに綺麗な肌ね。髪も潤ってる」

 

 俺に気が付くと、肌と髪の質を褒めてにこりと柔らかに笑った。

 俺も彼女に友好的に微笑み返した。

 

「お褒めに預かり光栄DEATH(デス)!」

 

 ――右手の肘までを部分的に異形化させ、彼女の額に突き刺しながら。

 悲鳴さえも上げる暇も与えず、前頭部を陥没させて、寄り掛かっていた屋上の手すりから下へと落ちて行った。

 

「あきら! お前、何を!?」

 

「あいつは役に立たない。さっきもかずみちゃんがドジらなかったら負けてたしな」

 

 俺の手のひらには頭蓋骨(ずがいこつ)の破片とと脳みそと血液の混合物が乗っている。その混合物の中には、イーブルナッツが光を反射して鈍く輝いていた。

 

「イーブルナッツの無駄遣いだ。俺がもっとユウリちゃんの力になってくれる魔女モドキ……いや、『魔物』を見つけてきてやるよ」

 

 そう言って笑いかけると、ユウリちゃんは理解したとばかりに背を向けて、階段の方へ歩き出した。

 海香ちゃんたちもいずれ、ここに辿り着くかもしれないから早めに退散しよう。俺はユウリちゃんを追い、その場を後にする。

 最後に下に落ちた化粧品の販売員だという女性の死体を一瞥した。

 頭から落下して、醜く潰れ、辛うじて人の形を保っているだけの肉塊と化したそれに俺は一言投げかける。

 

「アンタのが汚いよ」

 

 『GOODS』に並んでいた客が大騒ぎしている声を聞きながら、俺はビルの階段を下りて行った。

 




ここまで読んで下さった読者さんに今回オリジナルキャラクターの応募を行わせて頂きます。
魔女モドキ・魔物になってあきら君と一緒に暴れてくれる邪悪なキャラをお待ちしています。応募しているキャラクター数は2~3人程度です。
『活動報告』の方にその応募する場所を作るのでもし良かったら書き込んで行って下さい。

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