魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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早めに出来上がったので連日投稿


第十七話 巻き戻しの代償

「キュゥべえ……」

 

『この状況を知りたいようだから、教えてあげるよ。赤司大火』

 

 現れた白いマスコットは、ジュゥべえだった残骸を前脚で弄りながら、俺へ説明を話し出す。

 

『ボクらが作り出した魔法少女システム。これを否定するためにプレイアデス聖団はボクらに関する記憶を街全域に掛けた。死んだボクの死体とグリーフシードを掛け合わせ、ソウルジェムを浄化する仕組みを作り、ボクの存在をジュゥべえに置き換えた。当然、グリーフシードの記憶も抹消した』

 

 赤い小さな瞳が俺を向いた。

 

『けれど、それはあるイレギュラーによって少し前に破綻したんだ。そのイレギュラーこそ、君だ。赤司大火』

 

「俺が……?」

 

『君は時を超え、未来からここにやって来た。魔法少女の魔法による枠組みに組み込まれた時間遡行ではなく、時間を超越するほどの膨大な魔力の歪みを受けてね。その際に記憶改竄の魔法は一部壊れ、ごく一部の魔法少女は記憶を取り戻し、後から訪れた魔法少女はボクやグリーフシードの記憶を失わなかった』

 

 傍で聞き耳を立てている双樹姉妹は興味深そうにキュゥべえの話に聞き入っている。

 アレクセイはぼんやりと空を眺め、正しく他人事のように受け流していた。

 ニコその話を聞き、沈痛な面持ちをしている。俺もまた同じ気持ちだった。

 俺がタイムスリップしたせいで、魔法少女たちの頑張りを無駄にしてしまった。

 何が全てを救うだ……。

 他人が頑張って積み上げてきたものを壊しておいてよく言う。

 

『ジュゥべえが壊れたのは、穢れの浄化が限界を超えたからだろうね。一昨日の事件の記憶改竄のために海香は魔法を使い過ぎていたから、それを浄化するジュゥべえも酷使されていたよ』

 

 この手の中のグリーフシードは合成部品としてジュゥべえに組み込まれていたものという事か。

 それなら劣化という表現にも納得がいく。ジュゥべえの中でこのグリーフシードはずっと使い込まれていたのだ。

 

『浄化と言っても表面処理を施す程度の誤魔化しでしかなかったようだよ。素体にしたボクらの肉体の本能がグリーフシードなしの浄化を拒んだのかな?』

 

「はは……結局、私ら魔法少女は騙されるのが常って事か」

 

 ニコは青白い顔で自嘲する。

 俺はそんな痛々しい彼女に何も言葉を掛けてやる事ができない。

 

『さて、これで待望の魔女が生まれるという訳だね。ニコ、君の絶望は一体どれくらいの感情エネルギーに変わるのか楽しみだよ』

 

 ……楽しみ? 楽しみだと!

 魔法少女の絶望を「楽しみ」などと抜かすキュゥべえに殺意が湧いた。

 片手で掴み上げると、握り潰してやろうとする。

 

『ボクを殺すのかい? 構わないよ。ボクら、インキュベーターは総体として存在する。一個体を殺したところで何の支障もない』

 

「クソが……」

 

 こいつは本心からそう言っている。

 インキュベーターというのが何なのか分からないが、話を聞く限りでは魔法少女を利用する外道でしかない。

 あきらとタメを張る卑劣さだ。殺してもダメージがない分、こいつの方が最悪かもしれない。

 

「はあ……もう、いいよ……。赤司大火。グリーフシードが、ない……以上、そいつを……殺した、ところで意味なんか、ない……」

 

「畜生! 畜生!」

 

「…………」

 

 諦めたように笑うニコ。

 俺が見る魔法少女の笑顔は悲痛なものばかりだ。

 誰一人助けれない。無力さが涙になって頬を伝う。

 それを近くでのんびりと眺めていたアレクセイが、ぽつりと言った。

 

「その、グリーフシードってこれだよね?」

 

 振り向くと、ゴソゴソと女物のポシェットを漁っていた漁っていた彼は、黒い小さなオブジェを一つ取り出してみせた。

 

「……!?」

 

 それは俺の手の中の壊れたグリーフシードに酷似した、否、ほとんど同じものだった。

 そうか。双樹姉妹こそ、先にキュゥべえが述べていた俺の時間遡行の影響で記憶を改変されなかった魔法少女。

 であるならば、彼女はソウルジェムを浄化するためにグリーフシードを保持していても何らおかしくない。

 

「なあ……! それは私のポシェット!」「荷物持ちさせていたとはいえ、勝手にあやせの私物を漁るのは言語道断ですよ、アレクセイ!」

 

 双樹姉妹は口々にアレクセイを非難し、ポシェットを引っ手繰る。

 グリーフシードも回収しようとするが、アレクセイはそれを拒否して手を高く掲げた。

 

「返して! それは私のだよ」「そうです。あやせに返しなさい!」

 

 怒る彼女に対し、全く動じずアレクセイは俺に尋ねた。

 

「……蠍の怪人。これ、欲しい?」

 

「え?」

 

 思いがけない質問に面食らう。

 一旦、戦いは終わったとはいえ、魔法少女にとってグリーフシードが命綱である事は今のやり取りで十分身に染みていた。

 それを遠足のバス内でのガムみたいなノリで欲しいか聞かれるとは想像もしていなかった。

 

「欲しい! 欲しいが……くれるのか?」

 

「ふざけないで! あげる訳ないでしょ? 馬鹿なの? 燃やされたいの?」「あなた、どこまで図々しいのですか!? 一度頭を冷やして差し上げましょうか?」

 

 当然ながら、双樹姉妹は怒り狂って、断固拒否してくる。

 対して、当のアレクセイはと言えば……。

 

「そう。なら、あげるよ」

 

 平然と俺にくれようとしていた!

 しかしながら、キュゥべえと同じくらいに無表情の彼からは真意は読めない。

 敵に塩を送る行為でしかないこの行動。どういう目的があるのかさっぱりだ。

 

「あやせ。ルカ。これがお前たちの手下になる報酬って事じゃ駄目?」

 

「う……! 確かに何か報酬あげるって言ったけど……」「不覚……これほど大事なものを要求してくるとは思いませんでした……」

 

「何でもいいって言って割りに渋るんだね」

 

「ううー……! 分かった分かった。それが報酬でいいよ。ね、ルカ?」「あやせが良いなら私も構いません。しかし、何故肩入れするのです?」

 

 双樹姉妹とアレクセイのやり取りは一応の決着を迎えたようだ。

 アレクセイはグリーフシードを雑に俺に投げて寄こす。

 これでニコが救える! 歓喜に震え、キュゥべえを手放し、両手でそれを受け取った。

 俺としてはありがたいとしか言いようのないが、ルカと同じでこちらにそこまでグリーフシードを譲ろうとする理由が不明だ。

 彼らの実力を鑑みれば、例えニコが魔女になっても余裕を持って勝利できるだろう。

 自分の報酬にしてまで、俺たちを助ける義理なんて彼にはないはず。

 性分的に見殺しにはできないというなら、ニコや俺を本気で殺しに来ていた事と矛盾する。

 これはまさか、あれか? 俺たちと再び、万全の状態で雌雄を決したいとかいう戦闘狂(バーサーカー)的な目的なのか!

 尋ねられたアレクセイはどこを見ているのか分からない目で答える。

 

「……んー。泣くほど助けたいみたいだったから。欲しいならあげればいいって思って」

 

「うわ、適当……」「こういうところがありますよね、アレクセイには」

 

 怒りを超えて、呆れたように言う双樹姉妹。

 外野から言わせてもらうなら、こういう人間だからお前たちのような危険人物に付き従っているのだと思う。

 珍妙なコントから目を背け、グリーフシードをニコのソウルジェムに近付けた。

 穢れがソウルジェムの内側から乖離して、グリーフシードの中へ吸い込まれていく。

 これが本当の浄化という奴か……。

 完全に澄み切った美しさを取り戻すと、卵型の宝石は指輪になってニコの指に張り付いた。

 

『そのグリーフシードはこれ以上穢れを吸収できないみたいだね。ボクが回収するよ』

 

 キュゥべえは背中のハッチのような部分を開き、グリーフシードをその中に入れるように要求してくる。

 この野郎……。蹴り飛ばしてやろうか。

 タイムスリップ前より、このマスコットの性質を理解したせいで憎しみしか感じられない。

 あきらを倒す事が俺の主目的だが、このふざけた小動物もどうにかする方法を考える必要がありそうだ。

 と言いつつも、グリーフシードから感じる不快な感覚に危機感を覚え、仕方なくキュゥべえに投げ込んだ。

 

「残念だったな。これでニコはしばらくは魔女にはならない」

 

『確かに残念だけど、魔女になるのは彼女以外にも居るしね。気長に次を待つ事にするよ』

 

 気長に待つ。それはニコが魔女になるまで待つという意味だ。

 この小さな外道はニコの、いや、あらゆる魔法少女が魔女になるその時を虎視眈々(こしたんたん)と狙っているのだ。

 想像するだけで反吐が出る内心だ。

 俺は不愉快さに唇を噛むが、ニコは何かに気付いた様に声を上げる。

 

「……魔女になるのは? まさか、海香が」

 

『気付くのが遅いよ、神那ニコ。ほら、空を見てみなよ』

 

 視線を空に誘導するキュゥべえ。

 その言葉に従って、上を向くと亀裂の入った光のサークルが夜空の中で輝いている。

 

「あれは」

 

 光のサークルに細かい(ひび)が入り、一拍置いて、砕け散った。

 

「海香……!?」

 

 その場から弾かれたようにニコはどこかへ向かって駆け出した。

 

「ニコ! ……ちっ」

 

 恐らくは向かった先は海香の家だろう。

 俺もまた彼女に続こうとして、残っていた彼らを思い出す。

 

「アレクセイ、グリーフシードの件、感謝する。あやせたちはもう悪さをするな。今度、この街の魔法少女に何かするようなら俺が許さない」

 

 余裕があれば、アレクセイのイーブルナッツを壊しておいた方がいいのだろうが、今は一刻一秒を争う事態。

 これ以上、彼らと問答を積み重ねている暇はない。

 返事も聞かずに俺は走り出す。

 

 

~あやせ視点~

 

 

 あーあ、やんなっちゃう。

 全力を出して負けた挙句、グリーフシードまで取られて、最終的には見逃された。

 まったく。実力には相当自信があったのに。プライドって奴をぽっきり折られた気分。

 でも、その代わりにこの街で起きている事がいくらか分かったのは幸いだった。

 魔法少女システムとそれを否定するために抗ったプレイアデス聖団。

 ドラーゴが言ってた魔法少女狩りっていうのも案外、魔法少女全体の事を考えてのものなのかもしれない。

 追いかけて、プレイアデス聖団を襲うってのもアリだけど、今はそんな体力は残ってない。

 これからホテルを取るっていうのも面倒だし、お金を掛けたくない。

 

「アレクセイ、今日あなたの家に泊るね」

 

「分かった」

 

 どこまで本気なのか分からない表情でアレクセイは頷いた。

 今日、この男と一緒に戦って理解した事は二つ。

 一つはこいつは強さ。

 アレクセイは途方もなく強く、奴に立つ手駒だ。

 透過の能力は使い方さえ間違えなければ格上にも通用する。

 二つ目はこいつの面倒臭さ。

 アレクセイは基本的に目的がない人間。

 だから、私やルカの言う事もホイホイ聞くが、別にそれは私たちに限った事じゃないらしい。

 傍で強い望みを聞けば、何でも受けいれてしまう。

 時に私たちに逆らってでも実行するほどに。

 ……でも、まあ、私たちの事を全力で助けてくれたから許してあげる。

 

「それにしても、難義な街だね。あすなろ市」

 

 薄暗い夜空には星々が光り、宝石のように輝いていた。




キュゥべえの説明で本編との矛盾点が明らかにされました。
大火は台風の目という意味では最初から第二部の中心に居ました。


後付けではありません。
原作読み直して「あっ、やべっ」なんて思った事は一度もないのです。

……下手に時間を空けると記憶というものは風化していくものですね。


次回はあきら君サイドを描写していきます。

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