魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第十六話 ボクの名は

 火焔が飛ぶ。

 氷柱が生える。

 相反する二極の属性魔法が同時に俺たちに襲い来る。

 地面のあちこちは延焼、あるいは凍結していた。常人なら足の置き場などとっくにないだろう。

 ニコの家の庭は人間の生活圏内とは思えない様相を(てい)していた。

 

「「それでは終わりとしよう」」

 

 銀狼に騎乗する白と赤のドレスを纏った姫が言う。

 二人分の声が重なり合うような奇妙な声音。まるでTV番組の音声加工のようだ。

 構えた二刀のサーベルソードの切っ先を同時に向け、突き出す。

 

「「『ピッチ・ジェネラーティ』」」

 

 その先から眩い光の球体が発生する。

 一目で分かる。あれは振れてはいけない類の光だ……!

 

『コル! 回避に専念しろ』

 

『ブモ』

 

 コルの背に跨る俺は命じ、狙いを集中させないように激しく飛び回らせる。

 凄まじい負荷が肉体を締め上げるが、あの光の玉が直撃するようは大分マシだろう。俺の後ろに乗っているニコを気にして、一瞥するが彼女はむっつりとした表情で光の玉を見つめていた。

 

『どうした、ニコ』

 

「あの魔法、炎でも氷でもないように見える」

 

『ああ、それが』

 

「あれだけ炎と氷を見せ付けるように使ってた奴らが、合体した途端に全く別の魔法を使うとは思えない。そして、あの技名……二つの頂き。ここまで言えば、分かるだろう?」

 

『全く分からん。つまるところ、何が言いたいんだ?』

 

 ニコの持って回った言い方に加え、こちらはコルへの指示と放たれようしている攻撃の回避に備えるのだ。

 ただでさえ、手一杯。そこに考える余裕など皆無。

 そもそも頭の悪い俺に小難しい表現を使わないでくれ!

 

「はあ。つまり、あの光の玉の正体は……超高温と超低温の相反する二つのエネルギーの融合魔法」

 

 呆れたように溜息を吐いて、結論を教えてくれるニコ。

 だが、説明を理解する前に件の光の玉が発射される。

 空を(かけ)るコルに向けて放たれた発光する球体は、その後脚を僅かに接触した。

 途端、発生したのは――大爆発。

 

『ブ、ブモォォォッ……!』

 

「ぬおっ!」

 

「ちっ……こりゃまずいね」

 

 爆風により乱れた気流が発生し、空中でコルは飛行制御を失って、地面へ錐揉みしながら落ちていく。

 ジェットコースターで高所まで登った後に来る急降下を何倍にも増幅したような負荷が全身を襲った。

 

『落ちるな、コル! 踏ん張れ!』

 

『ブ、ブモ……』

 

 頭部に生えた雄々しい角をハンドル代わりに掴み、自分でも無茶な注文をコルへと叫ぶ。

 弱々しく答えつつも、地面に激突しかける前にどうにか姿勢を元に戻して、再び上昇する事に成功する。

 

『や、やった……これでどうにか』

 

「赤司大火! 奴らが来る!」

 

 ニコの怒号により、俺は双樹姉妹へと目を向けた。

 

『なっ、そんなのありか!?』

 

 氷の床が地面から作り出され、コルの高さまで届くほどに伸びる。

 氷雪の回廊を駆け上るのは銀の狼、アレクセイ。

 二つの碧眼が俺たちの姿を捕捉した。

 魔力弾による連射で氷雪の回廊ごと撃ち抜くが、奴が跳ぶ方が先だった。

 双牙と二振りの刃が最悪のタイミングで振るわれる。

 弾丸を……!

 間に合わない……?

 俺の両腕が斬り落とされ、片脚が噛みちぎられた。

 にやりと笑う双樹姉妹の表情がはっきりと映る。

 まるでスローモーション映像でも見ているような、時間を引き延ばされた感覚。

 胴体から離れた腕と脚が、空中で分解され、魔力の粒へ変換された。

 俺の負け、か……?

 背中に触れているニコの手を感じる。

 俺がやられれば、次は彼女がこいつらの手によって、殺されてしまう。

 それは防がないと……うん? なんだ、この感触。

 ニコの手から流れてくる、これは魔力……?

 いや、魔法!?

 分解された魔力が収束されて、腕に、脚に再生成されていく。

 そうか、これはニコの魔法!

 双樹姉妹の表情が悦びから、驚きに変わる。

 彼女がアレクセイに命令を飛ばそうと唇を動かす。

 その前に――。

 俺の両腕の銃身から連射される魔力の弾丸が銀の顎の内側に撃ち込まれていた。

 透過能力。あらゆる攻撃を無効化させる、恐るべき力。

 だが、攻撃を与えた直後なら?

 俺の脚に噛み付くために実体化していたお前は、即座に透過できまい!

 アレクセイの正面から、ゼロ距離射撃の嵐を見舞う。銀の毛皮にいくつもの風穴を開いた。

 

『……うッ』

 

 口から血の混じった咳を吐き、ぐらりと体躯が(かし)ぐ。

 今度、空中でバランスを崩す事になったのは彼らの方だった。

 

「「っ、アレクセイ!」」

 

 氷雪の回廊を砕きながら、地面へ落ちるアレクセイ。

 奴の背を蹴って、双樹姉妹はギリギリのところで地面へ着地する。

 

『ニコ、魔法感謝する。後は任せろ!』

 

「……一人であの魔法をどうにかするつもり?」

 

『ああ。これから先は俺一人で十分だ。コル、彼女を頼む』

 

 ニコをコルに任せ、下へと飛び降り、彼女と対峙した。

 

「「下僕を倒したくらいでいい気になるなよ、この最強の魔法は未だ破られてはいない!」」

 

 血を吐き。倒れたアレクセイには呼びかける事もせず、双樹姉妹は二刀のサーベルソードの切っ先を俺へと向ける。

 自分に付き従ってくれた相手に労い言葉一つ投げられないのか、この魔法少女は。

 その態度に苛立ちを感じながらも、俺は静かに返した。

 

『超高温と、超低温のエネルギーか。確かに厄介だ。だが、残念ながら最強には程遠い』

 

「「戯言を! 『ピッチ・ジェネラーティ』!!」」

 

 光の球体が剣先に発生する。

 紛れもなく、強力な魔力を編み込んだ一撃。

 だが、俺の知る最悪の邪竜の息吹に比べれば、最強を担うには矮小過ぎる。

 踵に付いた杭に似たアンカーが地面へ深々と刺し込み、その場に両足を固定する。

 長く伸びた尾節の砲塔と両腕の銃身から同時に魔力を収束されていく。

 

『トリニティ・リベリオン!』

 

 発射の反動で、アンカーを打ち込んだにも拘わらず、後方へ吹き飛ばされそうになる。

 あいりの想いを理解したおかげか威力が前回よりも上がっている……!

 三つの銃口から魔力が一本に寄り合わさり、放たれる濃い桃色の光の太い線。

 発射された光の球体と光の線。

 光体同士が激突した瞬間、中心で魔力の渦が発生し、熱と冷気が周囲に流れ出す。

 生まれた突風の中、光線は球体を打ち破り、さらに直進。

 

「「……まさか、私たちが……負け……」」

 

 しまった! 想定より威力が増したトリニティ・リベリオンが彼女たちを消し飛ばしてしまう!?

 魔物ではない彼女は、あれほどのダメージを負えば肉体は当然、ソウルジェムすら残らないだろう。

 流れる魔力を抑え込み、威力を削ろうと尽力するが、それでも勢いは削ぎ落し切れない。

 だが、光線が彼女を焼き尽くす直前に銀色の影が横切った。

 やがて眼を焼くような閃光が収まると、眼前に広がるのは……。

 壁や地面を抉り取ったような直線と、大きなクレーター。そして。

 

「「……くっ、早く降ろせ。アレクセイ」」

 

 双樹姉妹のドレスを咥えて、地面から浮上する銀色の狼の姿だった。

 ぶら下がるように牙でドレスの裾を噛まれた彼女は、下品だがスカートが(ひるがえ)り、なかなか扇情的な様相を晒している。

 

『分かった』

 

「「ふぎゃっ!」」

 

 マイペースなアレクセイは双樹姉妹の指示通り、口を開いて彼女を解放する。

 当たり前の事だが、身体を支えるものがなくなった彼女の身体は地面へと落ちた。

 大層情けない悲鳴を上げた双樹姉妹は、剥き出しになった庭の土で顔を汚し、わなわなと怒りで震える。

 

「「アレクセイ! いきなり落とすなんて、何を考えてる!?」」

 

『降ろせっていたのはお前だろうに』

 

「「少しは降ろし方を考えろ!」」

 

 イヌ科の獣の顔だが、あれは絶対に無表情をしている。

 マイペース極まりない魔物とぎゃあぎゃあ喚く魔法少女を見て、俺はすっかり毒気を抜かれてしまった。

 上から降りてきたコルと、その上に乗ったニコも同じように戦闘続ける気はなく、彼らを何とも言えない表情で眺めている。

 このまま、ただただ眺めているという訳にもいかず、俺は彼らの言い争いに割り込んだ。

 

『あー……。仲間内での(いさか)いは後で頼む。それで何だが、この勝負、俺たちの勝ちって事でいいのか?』

 

 俺がそう尋ねると、双樹姉妹は激昂した様子で吠えた。

 

「「いい訳ないだろう! 私たちは負けていない! ここで仕切り直……」」

 

『うん。僕らの負けだよ。降参する』

 

 それを無情にも途中で遮って、アレクセイが降伏を宣言した。

 納得していない双樹姉妹は彼を強く睨む。

 

「「アレクセイ!」」

 

『気付いてなかった? 僕が間に合ったのはそこの蠍の怪人が威力を下げたから。手心を加えてもらわなかったら二人は今頃、この庭の塵になってたよ』

 

 蠍の怪人という表現に少し引っ掛かりを覚えたが、奴の発言は概ね正しい。

 俺はアレクセイが思ったよりも自発的に発言する事と周囲の状況を把握している事に驚いた。

 奴はそれ以上は何も言わず、沈黙したまま、魔物化を解く。

 人間の姿に戻った奴……否、彼は銀髪碧眼の少年になっていた。

 背格好は中肉中背。年齢は俺と同じか一つ下くらい。とてもあの精悍な狼に変身していたとは思えない相貌をしている。

 顔立ちはやや外人風で、ひょっとするとアレクセイというのも偽名ではなく本名なのかもしれない。

 手下の裏切り発言でむっとしていた双樹姉妹だったが、彼女も彼女で諦めたようにドレス姿からラフな私服に戻る。

 交戦する意思はないと思って良さそうだ。

 俺も彼らに倣って人間の状態になる。その途端に横に居たコルは魔力の粒子に還っていく。

 

「ありがとう、コル。お前のおかげで命拾いした」

 

『ブモ!』

 

 頼りになる牡牛の使い魔に感謝を述べると、コルから降りていたニコにも改めて感謝を言おうと近付いた。

 

「ニコ。さっきは助かった。あの肉体の再生はお前の」

 

 魔法か、と続けようとしたところでニコは急に俯いて、地面に膝を突いた。

 

「ど、どうした、ニコ!」

 

 覗き込めば、顔色は真っ白になっている。

 明らかに何らかの異常を肉体が訴えているのが見て取れた。

 彼女は答えない。

 代わりに自分のソウルジェムを手の上に乗せて、俺に見せた。

 穢れのない、透明なソウルジェムだ。

 

「……!」

 

 違う! 透明なソウルジェムの表面が剥離していっている……!

 玉ねぎの皮のように澄んでいる外側が薄い膜となり、剥がれ、その下からどす黒く濁った宝石が顔を出す。

 あいりのソウルジェムと同じ、完全に濁り切る前の色。

 

「そんな……ニコ。嘘だろう!?」

 

「だいじょう、ぶ。ジュゥべえが、来てくれ、る……から……」

 

「ジュゥべえ!? 誰だ。そいつは?」

 

 震える声で絞り出したジュゥべえという名前。

 俺には聞き覚えはない。似たような名前の奴なら知っているがあれの親戚か何かか?

 

『オイラの事さ!』

 

 ぴょんと崩れたニコの家の庭から見た事のない小動物が現れた。

 縦長の瞳とギザギザの歯を持つそれはニコの傍までやって来ると、自己紹介をしてくれる。

 

『オイラはジュゥべえ。魔法少女と契約している妖精だぜ』

 

「お、おう。そうなのか。俺は赤司大火……ってそれどころじゃないだが!?」

 

『分かってるぜい! ちょいと待ってな。すぐにニコのジェムを浄化してやるぜ』

 

 そんな事ができるのか! ニコもそう言えば、ジュゥべえが来ればと言っていた。

 ますます以って、俺が知る似た存在とは違う。

 ジュゥべえは空中に跳ねるとくるくると縦に回転し始めた。

 すると、濁ったニコのソウルジェムから穢れが吸い出されて、ジュゥべえの方に引き寄せられていく。

 おお! これならニコは魔女にならずに済むのか!

 感動を覚えつつ、黙って事の成り行きを見つめる。何故か、その近くで眉を(ひそ)める双樹姉妹。

 ソウルジェムの穢れを吸い込む途中で、回転していたジュゥべえの動きが唐突にピタリと止まる。

 そのまま、宙から落ちて、土の上に転がった。

 ニコのソウルジェムは浄化されておらず、依然濁っている。

 

「ん? おい、どうした? まだ、ニコのジェムは綺麗になってないぞ?」

 

 不自然な姿勢で地面に倒れたジュゥべえは、そのまま何も言わない。

 それどころか、その身体が端から崩れて始める。

 唖然とする俺、呆然とするニコ。

 一人、したり顔を浮かべているのは双樹姉妹。

 

「やっぱりねー。おかしいと思った」「キュゥべえがソウルジェムを浄化するなんて話聞いた事もなかったですからね」

 

 それぞれフランクな口調があやせ。丁寧な口調がルカなのだろう。

 彼女たちは一つの口で交互に喋る。

 

「ソウルジェムを浄化できるのは……」「魔女から落ちるグリーフシードだけですよ」

 

「グリーフ、シード……! キュゥ、べえ……? うぐっ、頭が……」

 

 それを聞いたニコは頭を押さえて、ふらりと身体を揺らす。

 慌てて駆け寄った俺は彼女を支えた。指先に触れた彼女の肌は酷く冷たく感じられた。

 

「おい、ニコ! 大丈夫か!?」

 

「思い……出した……。でも、何故……それを……グリーフシードとキュゥべえの事を覚えていられた? このあすなろ市には……海香が、掛けた……記憶改竄の、魔法が……」

 

 ぶつぶつと呟くニコの様子がおかしい。

 あり得ないものを目撃したような、目の前の事実が受け入れられないといった表情を浮かべている。

 

「何がおかしいんだ? ジュゥべえというのは初めて見たが、キュゥべえという白い猫みたいなのなら俺も知ってるぞ?」

 

「……! そうか、赤司大火……。君か。君の存在が……」

 

 俺を見つめるニコは譫言(うわごと)のように言葉を漏らすだけで、問いかけには一切返答してくれない。

 しかし、問題なのは彼女の濁ったソウルジェムだ。頼みの綱のジュゥべえは砂のように崩壊し、残ったのはイーブルナッツに似たオブジェだけ……。

 

「あそこに落ちてるの、グリーフシードじゃない?」「その様ですね。ただ、大分劣化しているようですが……」

 

「ほ、本当か! それなら……」

 

 双樹姉妹の発言を受け、飛び付くようにジュゥべえの残骸からグリーフシードを拾い上げた。

 これさえあれば、ニコは魔女にならずに済む!

 俺は即座に彼女のソウルジェムにそれを近付けてみる……が。

 

「何も起きないぞ!」

 

 無情にもグリーフシードはうんともすんとも言わない。劣化しているのがいけないのか、それとも他に原因があるのか、門外漢の俺には見当もつかない。

 泣きそうになった。

 一体どうすればいいんだ。やっと救えると思った命をまた失わないとならないのか。

 自分の無力さに打ちひしがれて、空を仰いだ。

 

「……あれは、なんだ?」

 

 いつの間にか、あすなろ市の上空には巨大な光のサークルが浮かび上がっていた。

 万年筆を円状に並べて作ったような光のサークル。

 そこの中央には大きな亀裂が入っている。

 現状さえ忘れるほど、巨大なサークルに目を奪われていると、近くから声が聞こえた。

 

『あれはプレイアデス聖団が、この街全体に掛けた記憶改竄の魔法だよ。もっとも、少し前から機能不全を起こしていたようだけどね』

 

 頭に直接響くような声。

 知っている幼い少年のような口調。

 聞き覚えのある中性的な声色。

 俺は足元に来ていたそれを認識する。

 

「お前は……」

 

『どうやら時間遡行者……時間遡行()であるらしい君は知っているのかもしれないけれど、ここは初めましてと言わせてもらうよ』

 

 真っ赤なビー玉のような感情を感じさせない目玉。白い猫か、イタチを思わせ得るほっそりした身体。

 タイムスリップする前、人間だった俺を大量虐殺へ導いたマスコット。

 

『ボクの名前はキュゥべえ。よろしくね』

 

 あきらと並ぶ最悪な存在は、俺に可愛らしく挨拶を述べた。

 




ジュゥべえ『オイラの出番……』

キュゥべえ『選手交代だよ。下がってて』(肩ポン)



あやせ戦は終了です。
やっと、まどマギの主役であるキュゥべえさんを登場させられました。
ジュゥべえは可哀想ですが、扱いに困るキャラでした。
登場しても賑やかし要因にしかならないし……という事でばっさり数行で退場してもらいました。


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