魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第十五話 頼れる使い魔

 桃色の軌跡が空を横切る。

 発光する粒子を撒き散らし、黒い闇のキャンパスにショッキングピンクの絵の具を走らせた。

 銀色の四足獣はその色を無視するように縦横無尽に駆け回る。

 速い。だが、速さなら蠅の魔物の方が数段格上だ。

 なのに弾丸は当たらない。

 否、当たっているのに通り抜けている。

 

「あの魔物の能力は物質の透過。いくら撃っても無駄になるだけだよ」

 

『そのようだな』

 

 ニコの意見に同意する。というか、知っているなら、もっと早く教えてくれ。既に数発無駄にしてしまったぞ……。

 突撃してくる狼の魔物の背に騎乗したポニーテールの魔法少女は握り締めたサーベルソードを一閃。

 斬撃より発生したのは――火焔!

 流動する火焔が唸りを上げて、俺たちへと迫り来る。

 まずい。俺だけなら多少耐えられるが魔法少女のニコは炎はまずい。

 いくら超再生力があるとしても、余計な魔力消費はソウルジェムを濁らせる。

 

『ニコッ!』

 

 とっさにニコを抱えて真横、庭の方へと跳躍した。

 片腕が塞がった俺にサーベルソードと、狼の牙が襲い掛かる。

 もう片方の腕に付いた銃身から魔力弾を放つ。狙うのは魔物ではなく、その上に乗る魔法少女だ。

 

「ふふん。そんな攻撃、私に届くと思ってる?」

 

 ポニーテールの魔法少女は艶然と微笑した。

 魔力弾は笑う彼女を通り抜け、残っていたニコの家の壁を砕いた。

 

『くっ、透過能力は背中の魔法少女にも有効なのか……!』

 

 迂闊だった。この二者は二つで一つ。

 魔物と魔法少女で、『一騎の強大な敵』と認識を改めた方がいい。

 

「それじゃあ、さっさと終わらせるね」

 

 先の炎とは比べ物にならない炎が彼女の周囲に現れ、渦巻くようにその剣に収束されていく。

 膨大な量の火焔が彼女のサーベルソードを赤く染め上げる。

 何倍にも膨れ上がった深紅の剣を魔法少女は高らかにかざし――。

 

「はい、おしまぁい! 『セコンダ……』」

 

 ――振り払った。

 

「『スタジオーネ』!』

 

 辺り一面に広がるの炎の津波が、視界を深紅で塗り塗り潰す。

 俺たちを呑み込まんと押し寄せてきた火焔の大波に為す術はあるのか。

 いいや、ある……あるとも!

 精神世界でのあいりとの再会によって、俺は彼女の魂とより深く繋がった。

 あいりの魂とは即ち、彼女の願い。彼女の想い。

 即ち、あいりの魔法!

 俺はその呪文を叫ぶ。彼女がもっとも信頼し、彼女の心を支えたその魔法名は…….。

 

『来い! コルノ・フォルテ!』

 

 ブモォォォォ。

 呼応するように(いなな)きが響き渡る。

 瞬く間もなく、俺とニコの身体は火焔の津波の届かぬ空へと運ばれた。

 

「な、なんだ? これ….…魔力で構成された牛!?」

 

『ブモ!』

 

 俺たちを乗せて、空まで飛翔したのはショッキングピンクカラーの牡牛。

 コルノ・フォルテ。あいりはこいつをコルと略して呼んでいたらしい。彼女の魔法により生み出されたものだが、ある程度独立した自我を持っているようだ。

 あいりが誰かを求めていたからこそ、こう言った形の魔法が存在したのだろう。

 

「何、それ。空飛ぶ牛? なぁんだ、無機物以外にも作れたんだ。隠し玉を持ってたのはそっちも同じって訳?」

 

 忌々しげに下から見上げるポニーテールの魔法少女。

 どうやら、コルをニコの魔法と勘違いしているようだった。

 

『……あやせ。違う、あの牛の臭いは蠍の怪人から出てる魔力と同じ』

 

 だか、鼻をスンスンと鳴らした狼の魔物はすぐに看破し、あやせというらしい魔法少女に訂正する。

 勘違いをされようが、されまいが、この際どちらでも良かったが、奴の持つ鼻は魔力を臭いで嗅ぎ分けられると知れたのはいい収穫だ。

 魔力をそこまで微細に感知できる以上、このまま、奴らを振り切っても追撃に合うだけ。

 ならば、この場で倒しきる以外に道はない。

 

『ニコ。奴らはここで倒すぞ』

 

「言われなくともそのつもり。それで? あいつらを一網打尽にする策でも思い付いた?」

 

『それはまだない……頑張って倒すとしか』

 

「はぁ、脳筋だな。君は」

 

 むう。否定はできない。頭を使うのは苦手だ。

 肩を竦めたニコは、ふと何かに気が付いたように俺に言う。

 

「でも、あちらさんは見た感じ飛行手段はないみたいだ。それならやりようはある」

 

『やりよう?』

 

 何らかの策略を企てたニコは口の端を吊り上げた。

 場違いだが、こういう表情されるとカンナと瓜二つで内心動揺してしまう。

 魔物になって居なければ、顔が紅潮するのを隠し切れなかった事だろう。

 戸惑う俺の感情を知らないニコは、身体を引き寄せ、顔を近付けた。

 イーブルナッツが模した心臓が更に高鳴る。

 

「赤司大火。君が他にできる事を教えてくれ」

 

 囁くような声でそう言った。

 

 

〜双樹あやせ視点〜

 

 

 こっちに手を出す手段がないと高を括って、あいつらは空に浮かび、のんびり内緒話をしてる。

 何その絶妙にムカつきポイントの高い行動。普通に許せないんだけど。

 決め手として放った一撃をかわされて、私はご機嫌ナナメだ。ジェムが濁らないように痛みを感じる暇もなく、身体を燃やし尽くしてあげるつもりだったけど、予定へんこー。

 ちょっと痛い目、見せてあげる。

 

「ア・レ・ク・セ・イー」

 

『何?』

 

 相変わらず、平坦な抑揚で私に返事をする。

 狼なんてワイルドな姿になったのに、人間だった時と同じ超絶クールだ。

 銀細工のような毛皮も、そのサファイアみたいな澄んだ碧い瞳も綺麗だが、その性格だけは少し気に入らない。

 ルカは気に入っているようだけど、私としては物足りなく感じる。

 だけど。

 

「私が指示した通りに動ける?」

 

『分かった、いいよ。やってみる』

 

 下僕としては有能だ。

 アレクセイはどんな命令にも逆らわずに従ってくれる。

 根っからの従者。反抗しないお人形。彼みたいに都合の良いタイプの人間とは初めて出会った。

 自分の意見も言う。能動的に動く事もある。意思が弱いのでもない。

 強いて言うなら、『目的を持たない人間』。

 自分にも、相手にも、世界にも関心がない。だから、平然と残酷な命令にも躊躇いなく従う。

 便利な機械。それが私の中沢アレクセイという人間の評価。

 それなら、目的のある人が使ってあげるのが正解というもの。

 

「なら、次はこういう風に動いて」

 

 具体的な内容をアレクセイに命じる。

 返事は聞くまでもなく『分かった』の一言だけ。

 だけど、不安があるかと聞かれればない。

 私の綺麗な従僕は命令通りに動く。

 コレはそういう風に、できている。

 

 

 ******

 

 

『本当に大丈夫なのか?』

 

 俺はニコの提案した策に対し、酷く懐疑的だった。

 

「私を信用できないのは分かるけど、そこは信じてもらわないと勝ち目はないよ」

 

 ニコは俺が彼女の人格を疑っていると思っているようだが、それは違う。

 彼女自身への疑いなど微塵もない。

 確かに仲間の魔法少女たちに隠し事をしている点は褒められたものではないが、それも内容が内容なだけに簡単に話せないのは仕方がない。

 しかし、情報を開示する時はなるべく全てを話す誠実さはちゃんと持っている。

 

『いや、心配なのはそこじゃなくてな……。ニコの負担があまりにも大き過ぎる点だ』

 

「同じ事だよ。私の実力も人格もここは信用してもらえないと話が進まない。分かるだろう?」

 

『だが……』

 

「悠長にお喋りしてる時間はなさそうだよ」

 

 なおも俺は食い下がろうとするが、ニコの発言で意識を真下に居る敵へと向ける。

 狼の魔物。名はアレクセイと呼ばれていたか……奴はその背にあやせを乗せたまま、地面に“沈み込んだ”。

 潜ったという方が正しいのだろうか。潜水、いやこの場合は地中だから潜地になるのか。

 完全に彼らがその場から姿を消した時、球体になった炎が一つ、また一つと地面の上に灯る。

 来る……!

 

「『アヴィーソ・デルスティオーネ』」

 

 あやせの技名を号令にして、地面に灯る火球が次々に俺たちを襲って飛来した。

 

『コル! 頼んだ!』

 

 ブモォォォ、と一鳴きしたコルは空を滑るように飛び、撃ち込まれる火球を回避していく。

 一撃二撃なら避ける事は難しくないが、かわす度に撃ち出される数が増せしている。

 魔力の弾丸でいくつか迎撃するも、相手へ攻撃する手段がなければジリ貧だ。

 安全地帯からの、一方的な遠距離攻撃。命懸けの戦いで戦法にどうこう言うつもりはないが、やはり卑怯に感じてしまう。

 

「手筈通りに私は行くよ。『プロドット・セコンダ-リオ』!」

 

『待てニコ! ……くっ』

 

 コルの上から空中で分身したニコが地上へ向けて降下していく。

 二十人ほどに増えた彼女だが、その半数以上は火球に撃ち落とされ、地面に着く前に火達磨となって消えた。

 身代わりがいると言ってもあまりに危険な降り方だ。

 頑丈な俺を後方支援に置いて、彼女単身で突撃するなど、どうかしている。

 しかしながら、ここまで来てしまった以上、俺も今更拒否する訳にもいかない。

 俺は頼まれた通り、ニコのサポートとして立ち回るだけだ。

 腹を決め、次なる行動に出ようとした時、一際大きな火球が俺へと飛んで来る。

 魔物化した俺の身体がすっぽりと隠れるほど巨大な直径の火球だ。

 だが、大きい反面、飛来速度は大した事はなかった。

 避けるのはそれほど難しくはない。

 と考えた直後、接近するイーブルナッツ反応を感知した。

 外骨格になった背中から冷や汗が流れる錯覚をする。

 既にコルには回避行動を取らせてある。二撃目に備え、最小限の動きで逃げるように命じてしまった。

 滑空するコルの真横を横切る炎から、銀の顎が飛び出す。

 

『っ……!』

 

 もっと早く気付くべきだった。

 アレクセイは巨大な火球に透過能力で身を潜め、俺への強襲を狙っていたのだ。

 奴は俺の右腕を噛みしめた状態で、コルの背中から突き落とす。

 左腕の銃身で奴に弾丸を浴びせるが、右腕を咥えられている上に、バランスを崩しながら落下中という状況では急所には当てられない。

 地面に落ちる寸前、アレクセイは噛み付いていた腕をぱっと放した。

 そのまま、トプンと奴は地面の中へ再び潜る。

 対して俺はといえば尾節を使って、辛うじて受け身を取ったものの、衝撃を削ぎきれず、ダメージを負った。

 

『がふっ……』

 

 潜ったアレクセイに警戒をしつつ、目の端でサーベルソードとバールが鍔迫り合いをしている光景を認める。

 刃を正面から受け止めず、刀身の腹を打ち、切り落とされるのを凌いでいるニコ。

 だが、あやせの剣術の腕は予想以上に立つ。

 一振りで杖を弾き、二振り目でその杖を断ち斬った。

 

「これで終わりだよ!」

 

 ニコを両断しようと上段まで振り上げたあやせはその剣を振り下ろす。

 しかし、それを俺は待っていた。

 彼女が無防備に腕を上げた瞬間に、弾丸を放つ。

 弾丸は彼女の腕に直撃する寸前に形を変え、リング状に変形させる。彼女の両腕を拘束され、空中に縫い止められた。

 

「な……」

 

 驚いたあやせはこちらの方に視線を向ける。

 

「上出来だよ、赤司大火……。『トッコ・デル・マーレ』」

 

 半ばから切られたバール状の杖を捨て、ニコはあやせのヒョウタンのような形になったソウルジェムへ手を伸ばす。

 抜き出されるように彼女の手のひらに移るのは、卵状になったソウルジェムだ。

 がっくりと項垂れるあやせには意識はない。その意識はニコの握るソウルジェムにある。

 魔法少女の変身は解け、白いドレスからラフな私服へ戻っていた。

 勝敗は決した。これ以上の戦いは無意味だ。

 俺は彼女の腕に付いたリングを消すと、未だ地面に潜っているアレクセイに勧告する。

 

『一緒に戦っていた魔法少女は倒れたぞ。大人しく降参するならこれ以上傷付けるつもりはない。どうする?』

 

 俺にはアレクセイが自発的に戦っているようには見えなかった。

 何らかの事情があり、あやせに付き従っている。そう感じたから、わざわざ降伏勧告を出した。

 奴は少し考え込むように黙った後に尋ねた。

 

『……だそうだけど、降参するの? ルカ?』

 

 ルカ……?

 一体誰だ? 初めて聞く名前だ。

 誰に投げている問いなのかと俺は口に出そうとしたが、それよりも早く返答が来る。

 

「笑止千万。私たちはまだ負けておりませんよ、アレクセイ」

 

 ソウルジェムを奪われたはずのあやせの口から言葉が流れる。

 

「……!」

 

『何、どういうカラクリだ!?』

 

 驚く俺とニコを後目に、立ち上がった彼女は別のソウルジェムを(かざ)すと、赤いドレス姿の魔法少女へと変身する。

 今度は左肩が露出し、その下に盾のような形状になったソウルジェムがくっ付いていた。

 首にはリボン。腰回りには着物の帯のようなものが巻かれている。ドレス姿は同じだが、全体的に和風な要素が足されていた。

 

「二つ目のソウルジェム!? そんな馬鹿な……」

 

「馬鹿でも阿呆でもありませんよ。私は双樹ルカ。お見知りおきを」

 

 その手には先ほどの同じサーベルソードが生まれる。

 魔法の武器まで作れるのか。これはまずいぞ……。

 

『ニコ! 下がれ!』

 

「……できたら、やってる」

 

『? 何を言って……!』

 

 見れば、ニコの足は地面にぴったりと張り付いていた。

 地面から生えた氷が彼女の足を脛のあたりまで凍り漬けになっている。

 炎ではなく、氷。本当にあやせとはまた別の魂だとでもいうのか。

 あやせではなくルカと名乗りを上げた魔法少女は、緩やかな動作でニコの手のひらからソウルジェムを奪い返す。

 愛おしさにそれを頬に沿えると、ニコや俺を無視し、独り言を始めた。

 

「あやせ。可哀想に……。こんな姿を晒すとはさぞや屈辱でしょう。ええ、分かっていますよ。では、そろそろ本気でやりましょうか」

 

「いつまで浸ってるんだよ、君ら」

 

 足元の氷を、彼女の魔法で再構築し、バール状の杖に変えていたニコが遠い目をして独り言に興じていたルカへと攻撃する。

 しかし、ルカはそれを跳ね飛んでかわすと、もう片方のソウルジェムを翳す。

 ジェムから流れる魔力の光が彼女の左半分のみを包む。

 すると、左側のドレスだけは赤から白へと変色した。

 

「「これが、私たちの本当の姿」」

 

 両手にサーベルソードを持ち、二刀流となった彼女たちはそれぞれ炎と氷を刀身に纏わせる。

 

「「アレクセイ、来なさい」」

 

『分かったよ』

 

 彼女の真下の地面から浮上する銀色の狼、アレクセイ。

 奴はまったくこの状況下においても淡泊な対応で彼女に寄り添っている。

 炎に引き続き、氷までも操る二つのソウルジェムの魔法少女、あやせとルカ。

 現在の彼女を何と呼称していいのやら。取りあえずは、二人とも双樹と名乗ったからには双樹姉妹とでも呼んでおこう。

 

『二対三だったという訳か。ちと分が悪い』

 

『ブモォォォ!』

 

 傍に降りてきたコルが自分を忘れるなとばかりに抗議する。

 

『悪かった。三対三だよな。うん』

 

『ブモ!』

 

 本来の主人に似て自己主張の強い奴だ。

 しかし、これで戦力差はお互い同数になった。

 ニコのソウルジェムはまだ濁りはないが、それでも早々に決着を付けたいところだ。

 




次回であやせ戦を終わらせたいと思ってます。

それからニコがグリーフシードを知っている記述がありましたが、あれは私のミスです。
彼女はまだグリーフシードでソウルジェムが浄化できる事を知りません。

何故、本来は記憶改竄の魔法が掛かっているあすなろ市でカンナやあやせたちがグリーフシードの浄化を認識できているかは次か、その次の回には明らかになります。

追記
大火が拘束のリングを解除した描写が抜け落ちていたので修正しました。

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